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■オープニング本文 【このシナリオは陰陽寮 朱雀2年生用シナリオです】 それは初めて見る作業。初めて見る光景でもある。 次に何をするのか、どうしたらいいのか。 解らないからこそ胸が躍る。 寮生達は真剣な眼差しで目の前で行われる作業を見守るのであった。 朱雀寮長 各務紫郎の手は片時も止まることなく手際よく作業を続けていた。 机の上に広げられているのは主に木材。あめ色に輝くいい色合いは長年使いこまれた家の廃材ではないだろうか? それからバネや糸、鋼でできた爪。 白く染められたそれは猫をモチーフにしている。しなやかで優美な白猫だ。 組み立てられた細く長い手に鋭い爪が差し込まれる。 かたんと鳴る音は軽い。 中は空洞化されていているようだと思う間に寮長はいよいよ、完成への最終段階に向かう。 それぞれのパーツの位置や組み立て具合を考えて、確かめて彼は胴体の中央部、腹の下を開いた。 そこに開いた空洞部に小ぶりの宝珠を填めると全体を整える。 糸を付けて目を入れる。そして最後に白いリボンを首に巻いた。 眠ったように蹲る猫人形に向かって寮長はもう一つの宝珠を手に取り呪文を唱えた。 宝珠から放たれた薄紫の瘴気は猫人形の周りを巡り、まるで吸い込まれるように消えていく。 全てが吸い込まれた次の瞬間、人形が輝いたように見えた、のは多分錯覚であろうけれど、ふうと息を吐き出した寮長に寮生達は人形の完成を確信した。 宝珠を置き、釣り手部分い指を絡めた寮長は下がりなさい。と寮生達に指示をする。 そして彼は傀儡操術を発動させたのだった。 小さくてしなやかな子猫は机の上や地面をまるで飛ぶように走りまわる。 暫く操演して後、猫人形を着地させた寮長は息を吐き出すと 「いかがですか?」 朱雀寮二年生達に微笑んで見せた。 「陰陽人形というのは本来それを専門にした職人などが作ることが多いものです。その為、作り方はも職人ごとに様々で、作り終わった後、さらに特殊な術式を加える者もいれば、宝珠を組み込まず、独自の方法を為す方もいます。 今見せたやりかたはあくまで陰陽寮朱雀のやり方ですが…どうです? これが皆さんの考えた守護猫人形「昴宿」(マモリネコニンギョウ「スバル」)ですよ」 寮生達の多くは蹲るような人形を言葉無く見つめている。 「さて、進級試験開始です。他人事のように見ていない事。これをこれから皆さんが作るんですからね」 小さなざわめきが消え、ぴんと空気が張り詰める。 その中で寮長は宣言した。 「第二義 期限一週間の間に一人、一体の陰陽猫人形を作成し、完成させること」 そう言うと寮長は既に用意してあった箱を一人一人に手渡す。 中に入っているのは設計図。木材、竹、紙、猫の爪部分にあたる金属パーツなど猫人形の材料と、彫刻刀、やすり、筆、絵の具などの人形作りの道具。そして大小二つの宝珠であった。 「設計図はあくまで基本。 色、形その他は別にこれというものが決まっているわけではありません。昨年、三年生が作った鳥人形も、色々な種類の鳥がいました。今年は猫とモチーフが決まっていますから黒猫、白猫、三毛猫など自分で好きな色やデザインを考えて下さい。 自分達でそれぞれ人形のデザインを決め、設計図に合わせてパーツを作り出し、組み立て形を完成させて下さい。形を完成させるところまでの期限が六日間、最後の日に講堂で瘴気の注入を行って貰うことになります。それまで寮内の部屋は自由に使って構いませんし、資料閲覧も一年、二年用図書室は自由に使って構いません。宿泊も許可します」 そして寮長は寮生達を真っ直ぐに彼らを見つめた。 「今回の試験において一年時のような皆さんを試す課題は誓ってありません。ですから、人形制作に集中して挑んで下さい。 どんな思いを込めて、どんな姿の猫にしたか。 紙に書いて人形と一緒に提出してもらいます。勿論、後で人形は返却しますから心配なく」 他にいくつかの注意点を与た。 寮生同士で協力し合って作ってもいい。但し自分の分が完成できない時は不合格。 猫系以外の生き物は作れない。拡大解釈して豹や虎はあっても構わない。 材質は木材がベース(これは寮生達が白虎寮の廃材を利用して人形を作りたいと願った事に由来する) など。 そして最後にと彼は続ける。 「陰陽師というものは、瘴気をから式を象ります。 自分自身の力で無から有を生み出すのです。 今回作るのは人形という命無いもの。ですが皆さんが自分の手で生み出すものであることに変わりはありません。 皆さんが、考え、望み、そして生み出す新しい存在。 どんな願いをこの人形にかけ、友に生きる未来に見るのか。見せて欲しいと思います」 寮長が退室すると同時、進級試験が始まる。 箱の中で、未だ象られない猫は、夢の中でまどろんでいるようであった。 |
■参加者一覧
芦屋 璃凛(ia0303)
19歳・女・陰
蒼詠(ia0827)
16歳・男・陰
クラリッサ・ヴェルト(ib7001)
13歳・女・陰
カミール リリス(ib7039)
17歳・女・陰 |
■リプレイ本文 ●全員で… 試験課題発表の時、その場に彼の姿を仲間達は見つけた。 委員会活動の時も見かけたが、あの時はあまりの憔悴ぶりに声をかけられなかった。 だから…寮生達に材料を渡した寮長が退室して後 「蒼詠(ia0827)!」 思わず誰もが彼の元に駆け寄っていた。 芦屋 璃凛(ia0303)の呼び声と仲間達に応えるように 「ご心配を、おかけしました…」 蒼詠は静かに微笑む。 「良かった。来れたんだ…」 安堵の笑みを浮かべるクラリッサ・ヴェルト(ib7001)。カミール リリス(ib7039)も微笑んでいる。 「先の試験の欠席を埋める為に追試を命じられています。ですが、今はこの試験に集中するようにということでした」 追試と聞いて心配そうな表情を浮かべる仲間達に蒼詠は大丈夫と微笑んだ。 「今は目の前の試験を確実に。追試の事は寮長の言うとおり、また後ほど考えましょう」 寮長から聞いた追試験の内容からするに、いずれは仲間達の力を借りなくてはならなくなるだろうが…、試験前の彼らの手を煩わせるわけにはいかない。 その意味もあって寮長は今は試験に集中せよと告げたのだろうから。 拳を強く握りしめ 「今度こそ…がんばりますのでよろしくお願いします」 深々下げた蒼詠を 「当たり前だ。心配かけさせやがって!」 清心はがしっと抱き寄せ後ろ頭を叩いた。そんな二人を彼方も嬉しそうに見つめている。 仲間がそこにいる。これ以上嬉しいことはない。 「よし。後はもうなんも心配あらへんな」 気合を入れる様な璃凛の言葉に朱雀寮二年生の六人はそれぞれ、顔を見合わせ頷きあう。 「今度こそ、みんなで」 リリスが仲間に手を差し伸べる。その手の上に彼方が自分の手を乗せた。 清心、璃凛。 「ん、皆で進もう」 クラリッサと手が積み重なって行く。 そして、最後に蒼詠の手が乗る。 「みんな、やり遂げるで!」 「おう!!」 重なった手は気合と共に高く、大きく舞い上がった。 ●一人とみんな 試験期間は六日間ある。 その間に自分達で人形のデザインを考え、大まかな製作を行うのだ。 「もし、良ければ皆で、一緒に作りませんか?」 そう仲間達に告げた蒼詠の提案は受け入れられ、試験開始までの間、作業は空き部屋の一室を借りて皆で行われることになった。 「ん、六日もあればかなりじっくり作れるね」 さっそくデザインを考え、作業に入るクラリッサの手元をリリスは覗き込み動きを止める。 「へえ、クラリッサも黒猫ですか」 「うちのルナモチーフだから、ね」 リリスがうーんと考えるように首を捻る。 「別にモチーフが重なることは問題じゃないと思いますよ。大事なのはどんなイメージで作るか、でしょうから」 見透かすような彼方の言葉にリリスは小さく肩を竦めた。彼方もどうやら確固たるイメージがあるようだ。既にスケッチを書き上げている。 「僕の家の側にボス猫が住んでるんですよ。周りを気遣い、弱い者を守るような強い猫。そんな感じを出せたらなあと思っています。清心は白虎をモチーフに作るって言ってましたよ。白虎寮を忘れないようにって…」 「こら! バラすな! 馬鹿!」 照れた顔の清心に周りからくすくすと笑い声があがる。 「…すみません。戸を開けて下さい」 部屋の外から控えめな声がして、慌てて璃凛は戸を開けた。 そこには腕いっぱいに資料を重ねた蒼詠がいる。 「うわ、随分たくさん見つけて来たね〜。少し持つよ」 クラリッサもその資料の一部を預かり、近場の机の上に置く。 それでもかなりの数の本がまだ蒼詠の手の中に残っている。 「図書館を調べたり、天儀の人形製作の方の所に話を伺ったりしていたもので…。陰陽寮だけあって陰陽人形の資料はいろいろありましたね」 それをみんなの輪の中心に置いて蒼詠は、いくつもの資料を広げて見せた。 「あと、これは猫の動きを記したものです。関節の動かし方など参考になるかと思って」 「おおお!」 と周囲から声が上がった。飛び上がる猫や、丸くなる猫。猫好きが描いたスケッチ集のようなものかもしれないが、かなり参考になりそうだ。 「おおきにな。蒼詠」 璃凛がにこやかに笑って礼を言う。他の仲間達もそれに答えるように笑う。 試験の最中だというのに、もう寒い冬だと言うのにここには暖かな空気が広がっていた。胸の片隅にあった焦るような気持ちがそれぞれから、スッと解けて消えていくようだ。 (皆で進級する為に……目の前の事をまずは確実に) 「ねえ、ここのところ、みんなはどうする? 尻尾と爪の部分なんだけど…」 意見を交換し、技術を教え合い、製作の精度を高めていく。 六日間はそれこそあっという間に過ぎていった。 そして、いよいよ明日が試験という日。 「お願いがあるんです…」 蒼詠は最後の追い込みに入ろうとする仲間達に、声をかけた。 「何?」 それぞれ、自分の準備でいっぱいいっぱいである筈の仲間達。しかし、彼らは蒼詠の言葉にその手を止めてくれた。 「ここに、皆さんの名前を頂けませんか? そして…できればもう一文字ずつ…」 蒼詠は筆と、小さな木片を差し出す。それは人形の心臓部、宝珠を止める台座であった。 彼らが顔を見合わせたのは一瞬。 「ん、いいよ」「ここに書けばいいんですか?」「了解」「解った」 璃凛が最後に文字を入れる。 「がんばろうな」 そう心からの笑顔で微笑んで。 「ありがとうございます」 蒼詠は深く頭を下げると大事なそれを胸に強く抱きしめたのだった。 ●象られしもの そして、最終日。 寮生達は講堂へと集められた。 それぞれの手には箱がある。中には六日間の間努力と研究を重ねて作った猫達が静かに横たわっている。 「では、最終過程に入ります。それぞれ、席について」 広い会場には机と椅子が用意されているだけ。 指示されたとおり、席に着いた寮生達は顔を見合わせ、そして微笑み合った。 仲間たちが、すぐ側にいる。 互いの顔も、姿も、何をしているかもはっきりと解る。 それは、とても心強い事であった。 「進級試験は、自分自身との戦い。他人の目を気にする必要はありません。自分の全てを出して作業を完成させなさい」 寮長からの最後のエールを、二年生達はしっかりと受け止めた。 背筋を伸ばし目を閉じる。そこに寮長の声が響いた。 「では、陰陽寮朱雀二年進級試験 最終作業、始め!」 かくして寮生達は人形と言う自分の心と、真っ直ぐに向き合うのであった。 「…あかん。顔の部分がなんか上手く行かへん」 璃凛は猫人形の首元を、ひょいと手で上げ顔を見つめた。 しなやかで凛とした雪豹の雌。 六日間、何度も見当を重ね、作り直し、なんとか形にしたのでイメージに近いものはできた、と思う。 (手、傷だらけになったけどな) 苦笑しながら彼女はもう一度だけ、目の部分を直すことにした。 (完成させるんや、せやないと後悔を残すことになる) 姉のイメージなのか、師匠の雰囲気か、その両方なのか悩むが、心の中に強く有ったのがこの紫の目の雪豹であったのだ。 孤高な面よりも力強さや、その生き方に自身の目指す生き方を見るからなのかも知れない。 凛々しく、真っ直ぐ立てるように。足や尻尾にも工夫を凝らしてある。 もう時間も無い。最後の仕上げだ。 注意深く、もう一度目を入れ直す。仲間達や大切な人達の顔が心に浮かんだ瞬間。 「あっ」 スッと、驚く程すんなりと綺麗に目が入った。 「…やった」 自分でも驚いた。あんなに苦労したのが嘘のようだ。 (人形ってホントに、うちの良い面と悪い面の映し鏡でも、有るんやな) やっと思う形になった人形を璃凛は胸にギュッと抱きしめた。 六日間の時間で、できる限りの事はした。 「うん、上出来かな」 しなやかな黒猫がクラリッサの前で立っていた。 『なんだ? これ? 俺にそっくりだな』 とでも相棒のルナが見たら言いそうである。 当然だ。製作モチーフはルナなのだから。 (ずっと一緒にいたルナと一緒に成長したい。 人形に想いを込めて傍に置けばいつも見守っていてくれるように感じられるから) 猫の人形を作ると決まって、直ぐに思いついたのだ。 自分をずっと見守って一緒にいてくれた大事な存在。 「それに黒猫は幸運の象徴とも言われてるから縁起もいいしね」 最後の仕上げに首にリボンを巻く。自分の髪に結んだリボンと同じ色だ。 「これからも、一緒にいてね」 本猫にはもしかしたら照れくさくて言えないかもしれない言葉を、クラリッサはそっと新しい相棒に心からの思いと共に贈るのだった。 クラリッサは黒猫を作るという。 被るのは拙いかなと思わなくも無かったが、リリスはそれでも選んだ自分の黒猫を見つめていた。 モチーフはアル=カマルの神殿で見かけた彫像。それに璃凛の猫又冥夜と、子供の頃一緒にいた黒猫のイメージを加えた。 目はアル=カマルで手に入れた蒼いトンボ玉。全体的にはなめらかで柔らかい感じが出るように苦心した。 (猫ってなんだか、見ていると安心しますよね。何かに干渉しすぎず、かといって孤立しない存在というか…いつも振り返ると見守ってくれている、というような…) 人形を見つめながらリリスは思う。朱雀寮の仲間達を… 「これがボクの目指す終の姿。人形の漂わせている安心感を広めたいになりたい。存在そのものが希望であるような…」 この子はきっと、その為の手助けをしてくれるだろう。自分を見つめる蒼い瞳に自分を映しながらリリスは静かに微笑んでいた。 清心は白虎猫。彼方は銀のサバ虎猫を作るのだと言っていた。 そして蒼詠はほぼ完成した自らの人形に宝珠をはめ込んだ。 ふと台座に書かれた鮮やかな紫陽花と、自分の名も含めた七つの名前に目を止めを手でなぞる。今はいない彼女の名前は試験前、皆に一文字ずつ書いて貰った。 宝物のようにそっと、優しく触れる。 「いつか…また全員揃いますように」 そんな祈りを込めて蒼詠は蓋を閉め、腹を閉じ柔らかい色合いの毛皮を撫でた。 呪術ぬいぐるみにも近い感じになったが色合いと柔らかさにこだわった三毛猫の人形を蒼詠は気に入っていた。 提出するメモにも心からの思いで記入した。 『三毛猫は三つの色が混ざり合う事なく綺麗に配置されて完成する一つの美だと思う。 僕たちもいろんな性格の人が集まっている。 三毛猫の色が一つ無くなるだけでそれは最早三毛猫とは言えないのと同様に、僕たちも誰一人欠ける事無く揃っていたい…と言う願いを込めて三毛猫を選択しました』 (二年間を共に過ごしてきた、大事なみんな。彼らと一緒に進級したい。最後まで共にありたい) それが蒼詠の今、胸に抱く心からの願いだった。 「それでは、最後の仕上げに入ります。用意はいいですか?」 寮長の言葉に蒼詠は、寮生達はそれぞれ瘴封宝珠を手に取る。 集中し、呪文と共に瘴気を解き放つ。瘴気はゆっくりとそれぞれの猫に吸い込まれ、定着した。 彼らに、命を与えるかのように。 「そこまで! 動作確認をします。趣旨を書いた紙と共に人形を提出して下さい」 寮長の言葉に彼らは寮長の前に自らの人形を置く。 「わあっ!」 思わず吐息が零れた。 動作確認として寮長の手で操られる人形達は、しなやかに美しく動き、その瞳で寮生達を見つめている。 共に未来へと向かう主をその透き通った眼で…。 ●試験結果と… 昨年、三年生達が作成したのは鳥人形であった。 鳥と言っても色々な種類があるから本当にバリエーションに富んでいたものだ。 今年は猫であるから差と言ってもそこまで大きな違いは出ないだろうと寮長は思っていた。 しかし、提出された六体の猫人形達はみんな、それぞれ、違う顔、違う体格をしている。 「皆、どこか本人に似ていますね」 採点をしながら朱雀寮長 各務 紫郎は笑っていた。 手元で一つ一つの人形の採点をして後、彼は進級試験の結果を付ける。 人形の製作においてはとりあえず及第だ。作成は丁寧に行われているし、しっかりとした自分なりのイメージを持ち、それを象る事にも成功している。 もう少し、仲間と協力し合い試行錯誤する姿が見られればなおよかったが、意見交換なども行われていたし、協力体制もできていた。この面でも及第とすることに何も問題は無い。 人形製作と、論文発表、そして授業の出席点を踏まえて点数を付けると主席は芦屋 璃凛であった。 出席点が二年最高であり、加えて実習点も高かった。 体育委員会ということもあり、二年生の切り込み隊長のような位置に立っている。 論文発表会の独自視点による実技を交えた発表も低い評価では無かったので今年度の主席となる。 次席はクラリッサ・ヴェルトと彼方。 クラリッサは論文の評価が高い。また二年生を丁寧に、しっかりとした立ち位置で支えており、上層部の評価は一番高かった。出席点の関係で璃凛に及ばなかったが、それは能力の点で劣るという事では決してない。 彼方も同様に後方支援の適性がある。もう少し積極性があってもいいかと思うがこれは本人の適性の問題だろうか。 その後をカミール リリス。清心が続く。リリスも独自の視点で二年生の課題達成の原動力となった。柔軟な視点を持っており、期待が持てる逸材だ。 正直に言えば現在残っている二年生の能力、点数に大きな差は無い。 昨年の主席で、事情により休寮した寮生がいればまた違ったが、今の時点では皆、ほぼ同じ位置に肩を並べている。 彼らの真価が問われるのは実は次年度ではないかと、紫郎は考えていた。 今まで授業を引っ張っていた前主席がいなくなって、今後難易度が上がる授業をどうチームワークをとって乗り越えて行くか。 ある意味、進級試験よりこれから彼等は厳しく問われることになるだろう。と。 そして、寮長は一匹の三毛猫人形の前で足を止めた。背をそっと撫でながら人形の内側に込められている思いを『見る』。無論実際に見える訳では無い。その思いは隠されている。 しかし、そこに描かれた仲間達の名前と、紫陽花の花は辛い時、彼にきっと力を与えてくれるだろう。 進級論文発表会欠席のペナルティは大きいが、彼と彼の仲間達が望むなら、進級の為の道へ導こうと紫郎は既に心に決めていたのだった。 そして彼は筆をとる。 「頑張りなさい。全員で前に進めるように…」 祈りにも似た願いをその言葉と文字に乗せながら…。 数日後、貼り出された掲示を二年生達は見つめた。 『朱雀寮二年生 進級試験合格者発表 主席 芦屋 璃凛 次席 クラリッサ・ヴェルト、彼方 カミール リリス、清心 上記の者の三年進級を認める。 以下の者に追試を与える。 蒼詠 課題は進級論文の完成提出と、進級申請書への規定人数の署名。 後日、詳細を発表する』 道は細いが確かに繋がっている。 全員で行く、朱雀寮三年生という希望と未来へ続く道が…。 |