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■オープニング本文 『我が名は浦部 海人。陰陽師にして人を超え、アヤカシを統べる者なり』 突然、現れた二人の陰陽師を寮生達は言葉なく見つめていた。 『随分と、時が流れたようだな…。愚かな弟の反逆から一体どれほどの時が流れたのか』 数百年の時を経て封じられた、まさか本人がこんなに簡単に出て来ようとは。 『だが、お前達のように力ある者がこれほどまでに生まれる世であるというのなら、待ったかいがあったのかもしれぬな』 『はい。なかなかの素質と見受けます』 逆に陰陽師達も笑って彼らを見つめている。 『待っていたぞ。力を求める者よ。 我が前に膝を折り下るがいい。さすれば力を与えよう』 大量のアヤカシとの戦闘で疲労していたことは勿論ある。 だが、目の前に現れた人物達が果たして「人間」であるか疑ったのだ。 「…あんたが、浦部 海人…本人なのか?」 揺れる声で寮生が問う。その質問には側に控えるもう一人の陰陽師が答えていた。 手に槍を持っている。 『海人様の話を聞いていなかったのですか? まあいいでしょう。そのとおり。我々の長にしてアヤカシを統べる者。 浦部 海人様 ご本人です』 良く見れば確かに西家の長 西浦 長次と似た面影がある。 人を惹きつけそうな力ある眼差しは、陰陽寮講師 西浦 三郎を思わせもする。 だが…彼らが纏う瘴気は尋常なものでは無かった。 例えて言うなら不死王と呼ばれた吸血鬼。 いや、それ以上かもしれないと感じる。 「…間違いなく、人間の身体じゃないですね。アヤカシ化してる?」 かちゃり。 武器を握り直す音がした。 現れた浦部 海人を前に、誰一人、寮生達は警戒の糸を緩めようとはしなかったのだ。 『ほお〜』 海人は楽しげに笑って見せるとふわりと地上に降りる。 『我に刃向うか? 力を求め、覚悟を持て我らの前にやってきたのではなかったのか? 無礼者!!』 「!!!」「ギャアア!」「グアアッ!」 「みんな!!」 瞬間寮生達の前に金色に輝く虎が現れると、一直線に駆け抜けた。 と同時、光の虎の疾走範囲にいて直撃を受けた仲間達が次々に膝を折り始める。 「…身体が…痺れる!」 海人にタイミングを合わせるように、側に控えていた陰陽師は黒い力をその身に纏わせている。 「…あれは、前のおいらと同じ…?」 明らかに力をあげた陰陽師は、にやりと笑うと腰に帯びていた槍を構え、踏み込み袈裟懸けに振り下ろした! 放たれる衝撃波に主を守る様に立っていたからくりや人妖達が吹き飛ばされる。 「大丈夫か?」 崩れた仲間に駆け寄りながらも寮生達は術を放った『海人』ともう一人を見た。 彼は、腕を組みながら悠然と笑っていた。 「これが!?」 氷龍にも似たその術は寮生が初めて見る、失われた陰陽術であった。 「今のは、地奔? サムライの術でしょう? なんで陰陽師が? …しかもとんでもない威力」 『強き力を求める心、そしてそれを得ようとする覚悟と力も無いなら去れ。そんな者に我らと並び立つ資格など無い』 『人を超え、永劫に近き時を生きる我らと並び立つ力が、貴方達にあるのですか?』 二人の言葉が冷たく寮生達に降り注ぐ。 だが、二人の攻撃に膝を折り、身は崩れても彼らの心は決して、揺れても乱れてもいなかった。 「覚悟なら…とうにした。だが、それは人を捨て去ることじゃない…」 痺れる身体を自らの意思で支えながら彼らは立ち上がる。 「力を求めること、その力に責任を持つこと、それは切り離せない。その上ですべてを望む。護る為に」 「技術の発展、技術の倫理。そこに相反するものはあるでしょう。発展は大事です。 ですが、「倫理」を失ってのそれは意味があるのでしょうか。 人間は、人間として夢を追い続けるのが、良いのです」 「あんたらのやり方には愛が見えねえな…。なあ、そこに愛はあるのかい?」 「貴方達は人と、アヤカシの共存を願ったんじゃなかったの? アヤカシを力で従えて…それが共存と言えるの?」 強大な力を見せられてなお、怯まない眼差し。揺るがない心。 そんな寮生達を見て、かれらはくくと笑っていた。 心底楽しそうに、嬉しそうに…。 『大きな口をほざくものよ。ならば見せてみるがいい。お前達の力と覚悟と言うものを』 『この部屋の先には三つの部屋があります。最初の部屋には我らの配下たるアヤカシを放っておきましょう。 第二の部屋では私がお相手します。最後の部屋まで貴方方が辿り着ければ海人様が相手をして下さいますよ』 『万が一、私を倒せれば全てはお前達のものだ。さすればお前達を認め、力を与えてやろう。行くぞ。龍!』 『待っていますよ』 そう言うと二人の身体は霧のように闇に溶け消えて行った。 高笑いを残して。 一度、外に戻った寮生達は身体を休めながら考える。 「海人は自分を倒せ、超えろと言う。闇に墜ちて封印された陰陽師。しかも自分はアヤカシを統べる人を超えた存在であると言いながら…言う事がなんかまともじゃないか?」 「それに倒した後に力をくれる? どうことなのでしょうか?」 あの二人の正体と言葉の意味を。 「実は気になっていたのですよ。陰陽師でもなくアヤカシを従えていたという男のこと。彼はサムライであったと記されていませんでしたか?」 「海人さんに手ほどきしたと言う透徹さんですね〜」 「ギルドにも西家の文献にも記録がありませんでした。海人さんについてと同様にまるでいなかったように」 「…それに」 彼らの何人かは思い出していた。 閉じ込められていた吸血鬼の最期の言葉を。 『人のいう事など、聞く耳は持たん。今までも、これからもな…』 今までの調査と共に纏めてみる。 あの遺跡は最初から、アヤカシを閉じ込める為に作られた建物であるということ。 陰陽寮のアヤカシ牢を少し居心地良くしたような作りなのだ。 調べた部屋の様に、各部屋にアヤカシが閉じ込められていたとして、何故そんな建物が必要だったのか。 『あの二人』が、自由に動き回っていたのか? 「俺も気になっていたことがある。なぜ、川人は海人を封印にとどめ殺さなかったのか」 単純に強かったというのはあるだろう。川人は海人に能力は全く及ばなかったと自身で書き記している。 だが封じることはできた。 「もしかして…海人さんは…」 「不思議には思いませんよ。…そうだとしても」 静かに言う仲間の言葉を寮生達は噛みしめた。 「そうか。だから川人さんは…封じるしかできなかったのか…。あの中に、まだ海人さんは…いるのかな?」 顔を上げて遺跡を見つめる。封印の縄が今も入り口を結ぶ。 今度あそこに足を踏み入れたら、おそらく決着がつくまで戻ることはできないだろう。 完全に待ち受けられているのだ。 「鬼が出るか、邪が出るか…」 「どっちにしろ前に進むしかねーだろ」 頷きあうと寮生達は立ち上がった。 そして彼らは進んでいく。 陰陽寮 朱雀 最後の課題。 卒業への道を…。 |
■参加者一覧
俳沢折々(ia0401)
18歳・女・陰
青嵐(ia0508)
20歳・男・陰
玉櫛・静音(ia0872)
20歳・女・陰
喪越(ia1670)
33歳・男・陰
瀬崎 静乃(ia4468)
15歳・女・陰
平野 譲治(ia5226)
15歳・男・陰
劫光(ia9510)
22歳・男・陰
尾花 紫乃(ia9951)
17歳・女・巫
アッピン(ib0840)
20歳・女・陰
真名(ib1222)
17歳・女・陰
尾花 朔(ib1268)
19歳・男・陰 |
■リプレイ本文 ●最後の課題 不思議に、心が高揚していた。 敵は強敵で、連戦で身体はボロボロ。 でも、前を見れば自分達を守るように立つ大きな背中がある。 横を見ても、後ろを見てもそこには信頼できる仲間がいた。 「良かった」 と思う。 その一言の思いと意味は言葉に表しつくせない。 けれど彼女は、彼らは絶望の一歩手前である今でさえ、どこか満たされた幸せな思いを感じていたのだった。 「1日…いえ、半日下さい」 そう言った青嵐(ia0508)の言葉に従って、ベースキャンプに集まった朱雀寮生達は今、互いを見つめていた。 青嵐が封縛縄や今までの調査資料を基に「何か」をしようとしているのは解っている。 「青嵐さん、これも検討して頂けますか?」 尾花朔(ib1268)が差し出した資料を基に二人で検討を続けているようだった。 だから、その邪魔をしないようにということもあった。だが 「やつらは、待ち構えている」 劫光(ia9510)はまるで刃のような鋭さでそう言った。 晩秋の森であることを差し引いても冷気に似た思いが彼等を包み込む。 「愛がねぇ、愛がねぇ、どいつもこいつも愛がねぇ……!! もっと愛をもって生きようぜ。憎しみばかりじゃ疲れちまわぁ」 「喪越(ia1670)?」 「それを証明する必要があるってんなら、このフーテンのもっさん、魂を懸けてお相手しようじゃねぇの。セニョリータやママンとの約束は絶対守れって、グランマも言ってたしな」 いつになくやる気の喪越の言葉に目を瞬かせる寮生達にからくり綾音はお茶を配りながら肩を竦めて見せた。 『珍しく主がやる気のご様子。これは、明日は嵐ですね。皆様、傘の準備をお忘れなきよう。洗濯物は今の内に取り込んで下さいませ』 張りつめた空気が僅かに弛緩する。小さな笑みも零れた。 『――それはさて置き。決闘を申し込まれたという事は、これを力でねじ伏せれば良いという事でしょうか? 主は嫌いそうですが、シンプルで私としては分かり易いです。暴力はより強大な暴力で屈服させられるのですよ』 「確かに、勝てばいいんだよな」 少し場の空気が明るくなった。その空気のまま、作戦会議に入る。 「一部屋目がアヤカシ、二部屋目が腹心、そして最後に本命…ですか」 玉櫛・静音(ia0872)は鷲獅鳥 真心の頭を撫でながら呟く。これから遺跡突入だ。真心にはこのベースキャンプを守って貰うしかないだろう。 「最初の部屋にはおそらく大群を配置している…。…これは…おそらく不死系か…獣系アヤカシが多いと思う…」 魔の森と、敵の傾向からして…と静かに続けたのは瀬崎 静乃(ia4468)だ。彼女の調査と結論に頷きながらも 「敵の数が多いということが厄介であるということは間違いありませんが、それらに全力でかかる余裕はないと考えます。 その先にまだ二部屋もあるのですからね」 朔は静かに事実を告げた。その通りであり先の部屋には二刀流。腰に帯びた槍と長柄の槍。 両方を使いこなす『龍』がいる。 それらを倒して始めて最奥のボス『海人』に辿り着けるのだ。 「だったら手分けしましょ」 真名(ib1222)は明るく告げた。 「青嵐も言ってた事だけど一部屋一部屋に全員が当たっていたら回復にも、その他にも効率が悪いわ。特に龍っていう陰陽師は強そうだもの。倒すには万全に近い力がきっと必要よ」 真名の提案に寮生たち達の異論はなかった。よほどの事態が起き無い限りは龍と対峙する者は体力を温存する。 「じゃあ、おいらは雑魚の部屋を受け持つのだ! 勿論、終わり次第援護するなりよ」 「それじゃあ、わたくしも手伝いますかね〜。先に進むのは体育委員長が適任ではないかと」 「まあ、それ以外の選択肢は無いですよね。では私も龍氏との戦闘に臨むとしましょう。劫光さんのサポートに入りますよ」 平野 譲治(ia5226)、アッピン(ib0840)と続けられた言葉を朔が其れ以外ないだろうという顔で受け継いだ。 「じゃあ、僕も。術で彼への妨害とか足枷できると思ってる。にぃやもよろしくね」 「…まあ、分担するなら間違いなく龍だが…」 苦笑いに似た顔で劫光は朔や静乃を見る。 それは、自分の考えや行動を読まれているという感覚。 気恥ずかしくもあるが、嫌では無い。それは…仲間が自分を理解してくれるという証拠でもあるからだ。 自分を見上げる静乃。そして後ろに黙って控えてくれている人妖双樹。 二人の頭をぽんぽんと撫でてから 「どう思う?」 劫光は黙って話を聞いていた主席に声をかけた。 「いいと思うよ。異論はない」 俳沢折々(ia0401)は微笑んでそう答えた。 「相手はサムライの技を使う陰陽師だからね。一気に攻め込むのが望ましい。でも、陰陽師でもあるから懐に入り込むのは少ないほうが良い。それに情報収集もしたい。最初は、少し戦いながら情報を引き出せるようにしたいよね。 逆に全体攻撃班には回復役が欲しい。こっちの方が消耗は激しいと思うから」 「それじゃあ私は先にアヤカシ退治の班に入ります」 泉宮 紫乃(ia9951)に折々はうん、と頷く。彼女は仲間達の事をよく把握していた。 「うん、お願い。負担は大きくなっちゃうかもしれないけど、そこは薬草とかと併用していこう」 彼等は自分達の能力とやるべき事を良く解っている。だから、自分はその後押しをしてやればいいのだ。 龍との戦闘に入れるべきメンバーは決まっている。 こちらの回復役は朔の槐夏の双樹、劫光を温存したい。 最初の部屋の攻略が長引きそうなら、彼らに先に進んで貰おう。 素早く計算を巡らせる折々は、ふっと微笑んだ。 いつの頃からだろう。 何も言わなくても、誰かの術が、技が、このタイミングでくる。 こういう動きをする、というのがなんとなくわかるようになったのは。勿論それをさらに有意義に動かす為にはさらなる判断が必要だが仲間達はそれを解ってくれている。 (「連携する」なんて、言葉では簡単でも、そうそう上手くいくもんじゃないって思ってたっけ) 仲間を信じるということが呼吸をするように自然な事と思えるようになったのはいつの頃からか。 もう折々には思い出せない程にこの仲間達は折々の「力」であった。 (……) 胸の中で小さく呟いた言葉を今は言葉にせず、折々は学年主席として仲間達とさらに作戦を纏める。 終わりの時は近い。 皆で、このメンバーで旅するのはもしかしたら、これが最後かもしれない。 最後の課題。 だからこそ…用意を整えて三度立った扉の前で 「最後もきっちり決めて、いつも通りみんな揃って寮に帰ろう」 折々は仲間達に向日葵のような笑顔で、そう告げたのだった。 ●揺るぎない決意 「右から骨鎧が来ます! その数10数体。奥にリーダーがいるようです!」 冷静に全体を見ながら静音が告げる。 彼らは既に剣狼の群れと戦闘中だ。その数20。 レベルでいうだけなら朱雀寮生達の足元にも及ばない敵。 だが、レベルの低い敵で有ろうと数で攻め込まれると後手に回らざるを得ないことは往々にあるのである。 「うわっち!」 死角から飛び込んできた狼に譲治が一歩下がる。だがその隙間に稲妻のように飛び込んできた影が狼を切り伏せた。 「大丈夫ですか? 譲治君」 「ありがとなり! 青嵐。アルミナ!」 仲間とからくりに礼を言う譲治の頭上で羽妖精がひらひらと舞う。 『あのね、その奥にゴブリンの群れもいるみたい。数は20以上。鎧を着たような鬼が…ボスかも?』 「ありがとなのだ! 偵察を続けてくれなり。遠距離攻撃には気を付けるなりよ〜!」 譲治は高い所から偵察を続ける小村 雄飛に指示と言う名の声をかけつつ、目の前に迫る狼に今度は冷静に勢いよく回し蹴りを喰らわせた。 『ぎゃうん!』 そのまま地面に叩きつけられた狼は鈍い声を上げて、瘴気に還る。 しかし、直ぐにまた次の狼が襲い掛かって来る。 「譲治! 避けて! いくわ、紅印! 氷炎乱華!」 真名の言葉に譲治がすっと射線を開ける。敵を引き付ける前衛。 そこに集まった敵に真名は氷龍を放つ。と同時宝狐禅の紅印が『九尾炎』を紡いだ。 合間を縫う様に紅の華を咲かせる同時攻撃を真名は合わせ技『氷炎乱華』と呼んでいる。 凍りついた後、焼け焦げ狼達の何匹かは声もあげずに消失した。 微かにできる細い道。 しかしそれは瞬く間に次のアヤカシ達で埋め尽くされてしまう。 戦闘開始から十数分。寮生達はそれなりの数のアヤカシを倒している筈であったが、それでも、その数が減ったようには感じられなかった。 この部屋は狭くは無い。むしろかなり広い部類に入るだろう。 灯りが乏しいので光源が一つ二つでは向こう壁が見えないくらい。 アッピンの鬼火玉が高く上がると寮生達の真っ直ぐ前に次の部屋に向かう扉が見えた。 しかし、その部屋はびっしりとアヤカシ達が埋め尽くしていたのだった。 出てくるのはほぼ雑魚。ごくわずかにそれらを指揮する少し手強いアヤカシ。 前衛の狼、後ろの骸骨。ゴブリン。それだけで50以上、寮生の五倍以上だ。 しかも闇に紛れてまだかなりの数がいると寮生達は見ていた。 「まずは様子見。そういう事ですね」 龍も海人もいない事を見てとった静音は呟いた。このような敵に倒れるようだったら相手にもならないということなのだろう。 寮生達がとった作戦は第一部屋と第二部屋、その戦闘に参加する者と体力、能力を温存する者とを分ける事である。 「防御は受け持ちます。黒音(クヲン)、立ち塞がりなさい」 まず、静音が背後を取られることのないように自分達が入って来た扉を背に左右にある程度の広さをキープしつつ結界術符を立てた。複数の寮生がタイミングを合わせた壁は城壁の様に彼らを守り、敵からの攻撃を一方向に限定させたのだった。 そしてその一方向に全力を注いで敵を迎え撃つ。 譲治が体術で敵をいなしつつ火輪で焼き尽くす。 その横に立つのは青嵐で仲間と攻撃タイミングを合わせ火炎獣を放つ。 この場合のタイミングを合わせるとは同時に、ということではない。 真名の術が終るタイミングに合わせて火炎獣を打つ。青嵐の攻撃が終ったら譲治が火輪を放つといった具合である。 ほぼ合間なく彼らの前に立てば攻撃呪文が飛んでくるという仕様なのだ。 それを少し理解しだしたのだろうか、アヤカシ達の何人かは正面からの攻撃を避けて横に回り込もうとする者もいる。 だがそれは 「アルミナ!」「山頭火! お願い!!」 ふたりのからくり達が躊躇いのない攻撃で叩き潰していた。 そこからさらに零れた敵はアッピンが弓で容赦のない攻撃を加えていく。 「肉の壁がいつもの役目ってな。後ろにゃあ行かせねえぜ」 喪越が陣形を守りながら六尺棍を振るった。 劫光、朔、静乃。 背後に守る三人に一切の攻撃はさせないし、三人にも攻撃をさせない。 寮生達の気迫は息を呑むほどである。 本来であるのなら戦闘に立って戦うのが本分の劫光はこうして待つのはあまり好きでは無い。 まして仲間が戦っているのだ。 思わず握り拳に汗が滲む。しかし 「今は…仲間を信じることが仕事です。この戦いはここで終わりでは無いのですから」 朔が静かに言った。その眼差しはこの部屋の先、さらにはその先を見つめているようだった。 「ああ、解っているさ」 劫光は噛みしめるように答えたのだった。 その時、前線がざわりと揺れた。 戦闘開始からかなり時間が経つ。部屋を埋め尽くしていたアヤカシも九割が退治されたのではないだろうか。 まだ敵の襲撃は近づいているものの周囲に空き地も増えてきた。 その空き地に気が付けば巨大なアヤカシが立ちふさがっていたのだった。 人のような顔と髪の毛に、ノコギリのような歯の並んだくちばし、鱗の身体と蛇や龍のような尾。 以津真天である。 おそらく吐き出されたのは全周攻撃の毒のブレス。全員ではないが何人かが直撃を受けたのだろうか。 前の何人かが膝をついていた。 「皆!」 駆け寄ろうとする劫光を真名の手が横に伸びて制した。 彼女自身もブレスを受けたであろうにそれを表に出さず笑顔で振り返る。 「ここは大丈夫。劫光、朔。私達に任せて。全員が力を使ってちゃもたないわ」 「…前に、進んで下さい。これからが本番です」 青嵐も微かに口角を上げて敵を見る。 以津真天は固い床を蹴り、こちらを窺っている。 背後にまだ僅かに残っている骸骨や屍人などを気にも留めていないだろう。 一触即発。 「早く行け!」 喪越の声に背を押されるように駆け抜けたのは劫光であった。 「行くぞ!」 彼が声をかけるのとほぼ同時、朔と静乃も走り出す。 当然以津真天の視線が彼らに行くが 「…白房!」 『合点! 姐さん!』 宝狐禅 白房の飯綱雷撃が以津真天の鼻先にぶつかり弾けた。 それほどダメージを与えられた訳ではないが、一瞬足が止まった以津真天の眼前にはいくつもの結界術符がまた立ち上がっていた。 「行かせませんよ。お前の相手は私達です」 静音の言葉に青嵐が手にしたアゾットを回し、握る。 「いつまでもおいら達もお前らの相手をしていられないなりよ!」 譲治も敵に一歩も怯まず睨みつけた。 「…お礼を、言うべきなのでしょうね。これほど沢山のアヤカシを閉じ込め、監視していて下さった事を」 紫乃が祈る様に胸の前で手を組んだ。側で控える桜と共に仲間達を回復しながら。 「ん〜、木乃伊とりが木乃伊になったみたいな海人さんにはガッカリなんですが、まぁキッチリ始末をつけ終止符を打ちましょう。その為にはこんなところで足止めされている暇はないのです」 アッピンが折々を見た。彼女を取り巻く空気が濃密さを帯びる。 折々は小さく頷いて仲間達に声を上げた。 「速攻でこいつを倒して、劫光君達の元に向かうよ!」 「了解! もう一度行くわよ。紅印! 氷炎乱華!」 真名の攻撃と返答にその場にいた寮生達の攻撃全てが重なった。 眼突鴉、火輪、火炎獣、黄泉より這い出る者、そして血の契約を行使した白狐! 寮生達の思い全てが込められた波状攻撃は部屋どころか遺跡全体に響き渡っていった。 彼らの決意の如く。 ●立ちふさがる者 ドーン!!! と、それは遺跡全体を揺るがすように響きわたった。 『ほう?』 それを耳にした男は楽しげな声を上げた。 『あれは陰陽術の響きですね。やはり、なかなかに見ごたえのある方達だ』 「ほざけ!」 劫光は全力で霊剣「御雷」を振りぬく。 だが、その攻撃はひらりとまるで飛ぶように躱された。すれちがいざまに槍の穂先が劫光の鎧に鈍い衝撃を与える。 「うっ!」 「劫光さん!」 飛びずさった劫光に駆け寄った朔は龍に向けて雷閃を放つ。 自動命中スキルであるが対して効果は与えられないであろうことは承知の上だ。 龍と間をとった上で 「双樹さん! 槐夏!」 二人の人妖に回復術を指示する。駆け寄った二人の白い光は劫光を徐々にだが、確実に癒していく。 『しかし、三人とは。三人でかかれば私を倒せると踏んだのですか? だとしたら、私も侮られたものですね』 嘲笑するように目の前の男、龍は肩を竦めた。 『最初に、集中攻撃で私の配下を倒したのは大したものです。ですが、この間の数とさっきの様子から察するに大半を雑魚アヤカシの掃討に使ったようですね。そんなことでは私は倒せませんよ』 彼はそう言うと槍の一方の穂先を地面に向けると逆袈裟懸けに振るった。 地奔。 地面を奔る衝撃波から三人と二人は素早くその身を躱すのだった。 『どうしました? 逃げるばかりでは勝てませんよ』 その口調は明らかに上から目線である。 突入して直ぐの速攻で、彼等三人は龍の側に侍っていた狼達を倒していた。 現在彼らの敵は目の前の『龍』のみ。 だが奴は陰陽術とサムライの技を併用してくるのだ。 しかもどちらもかなり高いレベルの実力がある。 接近しようと思うと槍の攻撃を受け、遠距離からと間を開けると悲恋姫や雷術が飛んできた。 この龍も海人と同じように全体雷術を扱えるようだ。 「確かに、逃げてばかりじゃ勝てねえな」 劫光が唇の横を手で拭く。微かに血がにじんでいるが気にしている余裕などは無い。 「彼は人数の少なさもあって我々を舐めています。今が逆にチャンスかも…」 「ん、そうだな。向こうの連中も直にやってくるだろう。それまでに片を付けておかないと…笑われる」 「にぃや。朔さん」 決意の眼差しを浮かべる静乃の頭をぽんぽんと叩いて笑うと劫光は前に立つ。 そして霊剣を握りしめると 「行くぞ!」 と声を挙げて敵の眼前に踏み込んでいくのであった。 一番に戦いの口火を切ったのは静乃であった。 「白房!」 『合点!』 静乃の肩に乗っていた宝弧禅と共に間合いギリギリを考えて出来る限り間をとり、走りながらの術を命じた。小さく何かを唱えて後、宝弧禅のしっぽが大きく膨らんだ。 バリバリバリ! 威力のある飯綱雷撃が龍に襲い掛かる。 彼女の攻撃とタイミングを合わせるように朔が短銃で攻撃を行う。 この部屋も決して狭くない。 広さとこちらの人数の少なさを最大限に利用しての援護攻撃であった。 槍を持つ敵手にあたった短銃の攻撃に龍が微かに顔を顰める。 龍にとっては一つ一つの攻撃はさして痛痒を感じないかもしれない。 だが、少しずつでも確実に削っていくことが出来ている筈である。 氷柱、飯綱雷撃、銃での攻撃、そして雷閃。 タイミングを合わせて懐に潜り込んだ劫光の攻撃ラッシュは龍でさえ一瞬の気も抜けない状況である。必然的に術は確実に龍の体力を削っているのが目に見えてきた。 無論、それは劫光も同じであるのだが… 『ちっ』 と微かに龍が舌を打つ音を劫光は聞いた。 そして次の瞬間、ふっと龍の身体が沈み込むと同時、消えた。 直閃、いや一閃か。 龍の槍がさらに鋭く、三人の中で一番か弱いと思われる静乃を狙ったのだ。 「静乃!」『姐さん!』 振り返り声を上げた時にはもう龍は間合いを詰めて静乃の懐に入り込む。 『まずは、一つ…!』 余裕を持って言い放った龍であったが、その動きは本人が思うより微かにだが、鈍い。攻撃を予測していた静乃が最高速で重ねがけした呪縛符、である。 攻撃を予測していたとはいえ、それを避けることはできない。けれど、 『姐さん!』「!」 「!!!!」 音も無く静乃は崩れ膝をつく。それでももう一度の呪縛符をかける静乃に龍はもう一度舌を打った。足で静乃を蹴り、空に浮かび上がる。 気が付けば繰り返し目立つ攻撃にカモフラージュされていた瘴気鋭針で抵抗も落ちている感じだ。 そこに再び間を入れず銃が放たれる。 龍が顔を顰め悲恋姫か、雷撃かおそらく術を放とうとしたその時、龍の手元で炎が爆ぜた! 不意を突かれ地面に落ちる龍。 「大丈夫なりか!」 響いた声に朔の表情が輝く。 「皆さん!」 後続の寮生達の登場に龍の気が逸れた瞬間を、もちろん劫光は見逃さなかった。 「まずは、一つだ!!」 渾身の力を込めた霊青打を弛緩した龍の身体に叩き込む。 『ぐあああっ!』 人のものとは思えぬ悲鳴が部屋に響き、かたん、からんと槍が地面に落ちた。 黒い瘴気が龍の身体から抜け出るように消えていく。 「…やったか?」 荒れた息で龍を見下ろす劫光に仲間達が駆け寄った。 治癒を施す双樹。静乃も治療を施されてなんとか歩いている。 「大丈夫でしたか?」 心配そうに問う紫乃にああ、と劫光は頷く。 気になることはまだあるが、それより今は優先させなければならないことがある。 「行くぞ。奴がお待ちかねだ」 薬と術でできる限りの治療を施し、可能な限り瘴気回収で練力を回復させる。 「痛みも疲労も、生きているからこそ感じられることだ。俺は、それは素晴らしいものだと思う」 青嵐がそう微笑んでいる。 劫光は掌にぐっと力を込めた。 万全、ではないが十分戦える。 背後に彼等と戦う仲間がいるのだから。 決意と思いと共に、彼らは最後の敵が待つ扉を開けたのだった。 ●闇の中の陰陽師 彼らが部屋に入ると同時、周囲にいくつかの明かりがパッと灯った。 漆黒の闇に包まれたその部屋の最奥に、まるで玉座に座る王の様に泰然と悠然と待つ一人の人物がいた。 「…待っていたぞ」 彼はそう言って笑うが、まだ座したままだ。 横に一匹、鵺を侍らせているが他にアヤカシはいない。 いかにも楽しそうに笑う浦部 海人を前に全員が、かつてあった時の様に身構えていた。 『龍を倒したようだな。やはり見どころがあるようだ。我々が封じられていた間に開拓者と呼ばれるものも力をつけたようだな』 心底嬉しそうに、楽しそうに言うと立ち上がり海人は寮生達を見た。 『もう一度だけ問うとしよう。我が配下となり仕える気はないか? 我が手を取ればお前達に力を与える。その足元に多くのアヤカシがひれ伏すだろう』 鷹揚に差し伸べられた手に反応する者は誰一人いない。 むしろ憐れむような目で海人を見ていた。 スッと一歩前に進み出たのは真名であった。 「力は求めてる。誰より貪欲に」 紫乃を仲間を見て、海人を見て、重ねる。 「でも、それは人として越えちゃいけない線をこえていいって話じゃない。私は私のまま力を求めるわ。 アヤカシに負けて得た力なんかより、もっと強い力を私は持ってる。その力が…今から貴方を倒すわ!」 「前にも言った筈です。人間は、人間として夢を追い続けるのが、良いのです」 「アヤカシに心を売るつもりは無い。人として強くあり続ける!」 青嵐は静かに、劫光は己の全てを込めるような声でそう宣言する。 「愛の千年王国。ヒトとアヤカシが殺し合う事無く暮らせる世界。その夢の為にゃ、こんなところで引き下がれねぇんだ!」 『ほう…、その夢を持ちながらも我が手を拒むか』 差し出した手を強く引き、海人はニヤリと笑う。 その彼に怯むことなく立って紫乃は告げる。 「私は自分の未熟さを知っています。 一人では海人さん達にかなわないでしょう。 けれど、私には仲間がいます。 心から信頼し、力を合わせて立ち向かえる仲間がいます。 だから・・・安心して、眠って下さい。 これからの世界は、私達皆で護っていきますから」 祈るように、誓う様に。 そして次の瞬間、空気が爆ぜた! 『それ以上の大口は、私を倒してから言うがいい!!』 高く浮かび上がった海人はその手を大きく頭上に掲げた。 「みんな! 散開!!」 打ちつけられた稲光が戦いの開始を告げる。 浦部 海人であったアヤカシと朱雀寮生の最後の戦いが今、始まったのだった。 アヤカシ浦部 海人の能力は恐るべきものであった。 アヤカシとしての能力と陰陽師の能力を的確に使い分けているのだ。 例えば 「先手は貰うわ! 紅印! 氷炎乱華!」 宝孤禅 紅印と真名が仕掛けた合体技。氷龍と九尾炎のタイミングを合わせた攻撃は… 「えっ?」 海人が片手で繰り出した結界術符『黒』に阻まれた。 僅かな弛緩を見逃さず、一直線の氷龍が真名を襲った。 「キャアア!」『マスター!』 庇う様に紅印が前に立ちふさがるが、術の重さが自分の術とはけた違いだ。 紅印は吹き飛ばされ自分自身の思わず膝をついてしまう。 「大丈夫ですか?」 とっさに駆け寄ってきた紫乃が治癒符をかけるが一撃で紅印はかなりの生命力を持って行かれたようだ。 よろめきながら身を起こす紅印はまだ戦意を失ってはいないが、無理はさせられない。 「ありがとう。でも後は任せなさい」 焔纏で同化するように命じて真名は今、まさに懐に飛び込もうとする劫光と青嵐、譲治を見た。 左右真ん中からの多重攻撃を海人は信じられないスピードで交わしていく。 「この!」 劫光は気迫を込めてその目を睨みつける。だが、次の瞬間海人の目が赤く煌めいた瞬間 「なに!?」 劫光の前で世界が反転した。 白が黒に、黒が城に見える世界の中、真横にいる筈の譲治が消えて、そこにいつの間にか海人がいた。 背後に回り込まれる! そう思って蹴りを入れようとした瞬間! 「劫光!」 喪越が劫光と譲治の間に割り込んだ。鈍い音と共に腹に重い攻撃がめり込んでいた。 空気を震わせるような強い声に呼ばれ、劫光の意識が覚醒する。 そして、自分が誰を攻撃したのか理解したのだ。 「今のは…! 喪越!」 「意識が戻ったか。相手から目を逸らさないのはいい。でも気を付けろ。奴は魅了の術も使うみたいだ」 「すまん!」 「謝るのは後でいい。来るぞ!」 微かに頭を下げた劫光は再び敵に向かい合う。 「アルミナ!」「綾音!」「山頭火! 援護!」 『了解だ。主君』『おまかせを』『了解だ』 「敵の目に気を付けろ! あいつは陰陽師である以上にアヤカシだ!」 包囲網の最前線をからくり達と分担しながら、寮生達は多重攻撃を繰り返していく。 全体攻撃を受けないように分散、波状攻撃。 だが、多少の攻撃は意にも止めず、痛みやダメージさえ気にしないで連続攻撃を仕掛けてくる。 さらには地下であるというのに素早く動き回る鵺が放つ毒風、毒旋風。 寮生達は幾度膝を折り、幾度地面に倒れたか解らない程であった。 「これほどの力を持ちながら、なぜ…」 静音は答えの返らない問いを紡ぐ。力を持つことはこういう事なのだろうか…?と。 「いえ。そうじゃない…ですよね」 静音は首を横に振る。先輩の背中を思いだしながら仲間達の顔を見た。 傷ついても諦めず、ただひたすらに前を向く。 (ここに理想を体現しようとしている人達がいる。 力はまだ足りないかもしれない、けどいつか。 間違える事無く…) 「私も、その一人としてあります!」 静音は声を上げて敵の背後に結界術符「黒」を連続発動させる。 相手の動きを少しでも封じる為だ。 『大丈夫ですか? マスター』 「回復は、最小限で構いません。自分で回復もできます。毒にやられた仲間の治療を優先に」 「…イエス、マスター」 弾丸をリロードした朔は銃を海人に向ける。 「皆さん! 避けて!」 気付かれるのも、雷撃をしかけられるのも承知の上だ。 避けて、と声をかけたのは自分の射線上ではなく、敵の雷術から仲間を逃がす為。 『馬鹿が!』 予想通り雷の獣が朔に襲い掛かる。 「くっ!」 それを我が身で受けながらも朔は銃を取り落すことなく発射する。 銃が与えるダメージはおそらく海人にとってはそれほど大きく無い。けれど 「今です!」 仲間達の攻撃の起点になるには十分であった。 攻撃から逃れたと思われていた寮生達は、海人が朔に意識を向けた時間にして数秒を最大限に活用した。 「肉体戦は専売特許じゃないなりよっ!」 「私達は、負けない!」 譲治と真名がまず、攻め込んでいく。 援護するのはアッピンの魔槍砲! 「どうです? あなたの時代にこんなのありましたか?」 陰陽術ではない火炎の奔流と二人の攻撃を 『くそっ!』 海人は自分の身体に集めた瘴気を鎧に変えて弾き飛ばす。 けれど、間を開けず攻め込んでくる青嵐と劫光。彼らの背後から折々と喪越、そして鵺の退治に成功した静乃が渾身の術を紡ぐ。 「海人さん。貴方が手強い相手で、良かった!」 「こいつが俺の覚悟だ、食らいやがれ!!」 「…逃がさない」 連発した呪縛符で動きを封じ、折々と喪越が自身の思いと覚悟で極限まで強化した白狐と黄泉より這い出る者で攻撃を仕掛ける。 『くっ…』 陰陽寮朱雀が誇る術者二人の攻撃を受けてなお、まだ立ち上がり動ける能力は驚異的だと思う。 だが 「トリックスターに堅実家、役者は揃ってんだよ! 見くびんな!」 「おいら達はひとりじゃないのだ!」 劫光と譲治が懐に踏み込んでいく。 近場の瘴気を回収して自らの力に変える能力はどうやら応用性があるのかもしれない。 その耐久力は陰陽師であるというのに鋼の鎧を着た騎士を相手にしているような印象さえ感じられる。 けれど、ダメージは確実に通っていると感じられるようになってきた。 (もう…一押し!) ちらりと後ろを見る前衛二人。そこには仲間達の頷く顔が見える。 (開祖であれ何であれ道を違えればこうなる事は織り込み済み、なりね。 …おいらはおいらのやれる事、心に描いたことをするのだ!) 飛びずさり間をとった譲治が呼吸を整える。 瘴気の流れを自分の身体に取り込み、そして一か所に集める。 『! それは?』 微かに残る感覚だけを武器に右手を高く掲げた彼は拳を握りしめ、そのまま海人に打ち付けたのだった。 譲治の攻撃は海人の腹を抉る。 反撃の蹴りで彼自身も吹き飛ばされるが、譲治が作った隙を見逃すようなことは誰もしない。 「行くよ! 集中攻撃!」 譲治の回復に走った紫乃と前衛二人、そして援護のカラクリ以外。 氷龍、白狐、左右方向からの黄泉より這い出る者、眼突鴉、氷柱、そして雷閃。 全員の攻撃がただ一人浦部 海人に向かう。 ドーン! そんな音では表せないくらいの地響きが部屋全体を揺らした。 『ぐ、ぐああああっ!!』 始めて響いた海人の絶叫に 「感情を制御出来ない奴に陰陽師たる資格はねえんだよ!」 「力を与える? 与えられた力なんぞ興味はない。人間は十分自分の足で歩ける。舐めんな、大先輩。…アルミナ!」 二人の声と渾身の攻撃が重なった。霊青打と爆式拳。 全てを込めた攻撃は、からくりたちの援護攻撃と最大限の相乗効果で海人という存在を打ち砕く。 『ふ…ハハハハハ、ワハハハハッ!』 乾いた高笑いと共に海人は、膝を折り、がくんと倒れた。 どさりと地面に響く音。 「やった…の…かな?」 荒い息を整えながら遠巻きに海人を見る折々。 その時! 誰もが予想のできないことが起きた。 海人の身体から噴き出た黒い影が一番手近にいた折々を、寮生達の背後にいつしか立っていた黒い影が劫光を狙って飛びかかって来たのだ。 「「危ない!!」」 まずとっさに反応した一人は青嵐であった。 懐から取り出したものを背後の影に向かって投げつける。 それは、青嵐が出発前ぎりぎりまでかけて作ったアヤカシ足止めの縄。 符に移すことができなかった封縛縄の能力を彼は縄に込めたのだ。 縄が黒い影と劫光の間に薄い結界の壁を作る。物理能力で斬れば簡単に切れる。 けれど実体のないものであるなら…壁を抜けられない筈だ。 そのとおり、影は足踏みするように止まる。劫光は霊青打の一閃で切り捨てた。 黒い影は霧散して消える。 しかし、もう一つの影は 「ぐ、くうっ!!」 折々を庇う様にして立った譲治に絡みついていた。 「譲治君!」 「わああっ!」 譲治の苦痛の声を踏み潰す様に、再び乾いた高笑いが寮生の前に響く。 『愚かな人間め。私は不滅だ…。我が名は饕餮(とうてつ)人の身体を乗り換え、その力を奪い私は長い時を生きてきた…』 声は譲治のもの。だがその存在は今や『海人』いや海人であったアヤカシそのものになりつつあった。 寮生達は唇を噛む。うっすらと感じながらも失念していたこと。 このアヤカシの本体は実体のない黒い影。人に憑依しその能力を奪う事で人の身体を乗り換えて生きて来たのだ。 おそらく海人も龍も力を求めたがゆえに心の隙を狙われ、身体を奪われた被害者であったのだろう。 「譲治!」 劫光は友の名前を呼んだ。 唯一の希望は譲治が意識を保っていること。力を求めて憑依を許したわけではない事。 不滅と言ったが、さっき寮生が倒した影のように人に憑依していない本体の状態であるなら退治はおそらく可能であろう。 その為には譲治が遺跡の入り口の時のアヤカシのように自ら影を振り払う必要がある。 「譲治!」「ジョージ!」「譲治くん!!」 寮生達だけではない。からくり、人妖、宝孤禅。そして 『しっかりしてよ。目を覚まして!』 羽妖精 雄飛。その場にいる全員が魂の全てで友の名前を呼んでいた。 ●闇を照らす灯 真の闇の中、譲治は立っていた。 眼前に見えるのは遠い昔見たアヤカシの幻影。それはやがて白虎寮での現実と重なり思い悩んだ自分を思い出させる。 「うっ」 心臓が掴まれるように痛んだ。 目の前で死んでいくたくさんの人達。崩壊する建物。血にまみれた戦場。 アヤカシの呪縛から逃れられなかった先輩。 あの場に居合わせた仲間も、勿論自分自身も運命を変える力が欲しかった。 呻く譲治に何かが囁く。 『力は欲しくないか? 力があればたくさんの人が救えるぞ。大切な者達も。お前はアヤカシも人も救え守れる神になれるかもしれない』 ああ、と譲治は理解する。 かつて自信に溢れていたという海人もきっと自らの力の限界に悩んでいたのだ。そして大事なものを守りたいと、この魅惑的な声に負けてしまった。 でも…彼の周りに光が踊る。 「いらない!」 譲治ははっきりと答えた。この手をとった道の先にあるものを譲治は知っている。 他ならぬ海人自身が教えてくれた。 そして、今、自分を取り巻くたくさんの光。それが闇を照らしてくれる。 自分がすべき心に描くこと…それは 「この身は今、新しい事を知る為に在るのだ。仲間達と共に未来に行く為に。 だから、与えられる力など、ましてやアヤカシの力なんかいらない!」 その瞬間、何かが悲鳴を上げた! 叫び声と共に飛び出して行くと同時周囲が崩れ落始める。これは夢だ。現実ではないと解っていても崩壊に飲み込まれそうだ。 出口は解っている。光が導いてくれる。でも間に合うだろうか。 「?」 ふと譲治は誰かがに背を押される。 たどり着いた出口。 遠のく意識の中で譲治は、自分を助けてくれた『彼』の笑顔が誰かと似ていると思った…。 「譲治君!」 折々が何度目かの名前を読んだ時、それは起きた。 譲治を取り巻いていた黒い影が渦を巻き身体から弾き飛ばされたのだ。 覚えのある光景を前に寮生達は一瞬たりとも躊躇わなかった。 「終わりだ!」 もう一度、黒い影に向かって技を、術を思いの全てを叩きつける。 『ぐああああっ!!』 響く断末魔に寮生達は勝利を確信する。 『お、おのれ…。私は…不滅だ。全ての…神に…』 「笑わせるな。お前などアヤカシと人に憑りつく寄生虫にすぎない」 見下すように言い放った青嵐の眼前でそれは静かに消えていった。 寮生達はアヤカシの消失を確認すると、譲治に駆け寄った。 「譲治君!」「大丈夫か!」 自分を取り巻く眩しいまでの光に目を細めながら譲治は頷いている。 その手を握り折々はさっき、言葉にできなかった思いを紡ぐ。 彼に、そしてみんなに。 「…ありがとう」 と 目に滲むものを拭いて彼女は立ち上がると仲間達に言った。 「さあ、帰ろう。朱雀寮へ…」 かくして朱雀寮三年生の卒業試験は課題達成、合格で幕を閉じる。 それは同時に彼らの卒業と朱雀寮からの別れが決まった瞬間でもあった。 |