【魔法】スイーツパーティ!
マスター名:夢村円
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 易しい
参加人数: 9人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/10/30 02:29



■オープニング本文

※このシナリオはIF世界を舞台としたマジカルハロウィンナイトシナリオです。
 WTRPGの世界観には一切関係ありませんのでご注意ください。

 …ケーキ、アイスクリーム、ジュース、プリン、チョコレート、パフェ、マロングラッセ、タルト、ジャムたっぷりのトースト、つきたてのお餅、おはぎ、串団子、肉まん、あんまん、中華まん、スイートポテト、焼き芋、甘いフィリングたっぷりのパンプキンパイ。
 寿司、ラーメン、焼き立てのパン、焼きそば、スパゲティ、冷やし中華、冷麺、かつ丼、牛丼、中華丼、チャーハン、チーズたっぷりのピザ、餃子、シュウマイ、グラタン、ドリア、オムライス、カレーライスに白いご飯。TKG。
「食べたい…」
 ある者が叫ぶ。
「甘いものが、おいしいものが食べた〜〜〜〜い!!」
 抑圧された思いは、黒い影となり、空へと登って行く…。
  
 
 それは、もはや伝説共にあった。
 秘密の楽園、スイートランド。
 一年中、ありとあらゆる果物がたわわに実る山。
 栄養たっぷりの大地と弾ける太陽の元で育つたくさんの野菜。
 黄金に広がる畑ではたっぷりと実をつけ膨れた麦穂が風に揺れている。
 大地に広がる豊かな実り。
 それらを餌にのんびりと牛や豚や鶏など生き物たちが穏やかに暮らす。
 尽きず流れるチョコレートの滝。
 澄んだ水は正しく甘露。
 銘酒が泉のごとく湧き上がり、木の洞には天然のワインが満ち溢れる。
 上質の砂糖が満ちる浜の前には世界中のありとあらゆる魚が泳ぐ海が広がっているという。

 食を愛し、求める者の正に天国。
 一説には一生に一度、本当に食べることを愛し、食べることを望む者の前にスイートランドの扉は開かれると言う。
 そして、今、貴方達の前に、その扉が開かれる。

「皆様を、スイートランドにご招待申し上げます。私めはジャック。しがない道化師にございます」
 そう言って、案内役は優雅にお辞儀をした。
 南瓜頭の道化師は貴方達に一通の書状を差し出す。
「スイートランドは秘密の楽園。そこにはあらゆる食が満ちており、辿り着いた者には至福の時間が約束されております。
 但し、そこに人間が滞在できるのは、一生に一度三日間だけ。
 本来であるなら、この世での生を全うした者が天に上る前に訪れる場所でございます。ですが…」
 道化師は目を伏せるように下をむく。
 顔が見えるなら、彼はきっと寂しそうな顔をしていたのだろう。
「現在、スイートランドは危機に瀕しております。黒き怨念がスイートランドを覆い尽くそうとしているのです。
 その念は抑圧された食欲の固まり。
 地上の人々が、俗にいう『ダイエット』をして食を我慢した時、あるいは食に恵まれず、飢えた人の空腹など食への思いが集まり凝り固まったものなのです。
 その存在はもはやアヤカシなどと言う概念を超え、世を脅かす災厄となろうとしています。
 もはや、我が主にさえ手が出せない存在になりつつあります」
 世界中から集まった怨念は、もはやどうしようもできないものであるという。
「怨念を解き放つ方法は、ただ一つ。食べることを愛し、楽しむ者が共に、その思いを満たしてやること。
 そこで皆さんにお願いがあるのでございます」
「お願い?」
 良く見てみれば、書状は招待状ではなく、ギルドへの依頼書であった。
「スイートランドにおいでになって、その食を楽しんで頂きたいのでございます。
 ギルドには名料理人が多く存在し、また食を楽しんで下さる方も多いと聞き及んでおります。
 また、アヤカシなど人外との関わりにも長けた方が多いかと。
 人の心に食し、酒を酌み交わし、笑いあう事に勝る薬はございません。
 皆様のお力でどうか、怨念を解き放ち再び、スイートランドに平和をもたらしては頂けないでしょうか?」
 添えられた飴細工の鍵を握り、祈ると大きなお菓子の扉が貴方達の前に現れる。

「どうか、皆様のおいでを心からお待ち申し上げております」
 
 そう言うとジャックは、スーッと音もなく消えて行った。
 依頼書と鍵が無ければ夢かと思うような話だ。
 いや、もしかしたら本当に夢かもしれない。

 あらゆる食を楽しむことができるスイートランド。
 今、その夢の世界への鍵が貴方の手の中にある。
 危機に瀕したその世界を救えるのは貴方達だけなのだ。

 扉を開けるか否か。
 スイートランドは貴方達の訪問を待っている。 


■参加者一覧
/ 柚乃(ia0638) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 和奏(ia8807) / 尾花 紫乃(ia9951) / ニッツァ(ib6625) / エルレーン(ib7455) / ラグナ・グラウシード(ib8459) / 十朱 宗一朗(ic0166) / 神室 時人(ic0256


■リプレイ本文

●美食の園
『さあ、皆様。どうか少しだけ目を閉じて下さいませ』
 案内人であるジャックは集まった開拓者の前で優雅にお辞儀をした。
『そう、そうでごさいます。目を閉じ、静かにお心を開いて下さいませ。
 感じるでしょう?
 暖かな天上の光、柔らかく甘い香りが、さあ、皆さんの前に!』
 そうして彼らは顔を上げて、そしてその目を見開いた。
 その眼前に菓子で作られた大きな扉がある。
 飴細工の鍵で開かれたそこには幸せの香りが一面に広がって行く。
 ありとあらゆる食の集う美食の園。
 天国の一歩手前。
 幸せだけが集う場所に開拓者達は今、立っていた。

 この依頼を出した時、カボチャ頭のジャックは言っていた。
「スイートランドは秘密の楽園。そこにはあらゆる食が満ちており、辿り着いた者には至福の時間が約束されております」
 それが、決して誇張では無かったことを開拓者達は今、目の当たりにしていた。
 スイートランドは見れば大きな島のようである。
 島の中心には大きな城がそびえ立ち、そこに至る道の街路樹は皆、たわわに実った果実の木であった。
 みかん、桃、林檎、梨、柿、サクランボは勿論、レモン、マンゴー、パパイア、葡萄、さらにはイチジク、杏、枇杷に至るまで。
 ありとあらゆる季節の果物が、同時にそしてたわわに実っている。
 城の周りの平野には同じようにぴかぴかと輝く程に新鮮な野菜が育ち、黄金に広がる畑、田んぼではたっぷりと実をつけ膨れた麦穂、稲穂が満ち足りたように風に揺れている。
 のんびりと草を食む牛や豚や鶏。
 流れ巡るチョコレートの河と滝。
 甘い炭酸水の泉があるかと思えば、無味無臭であるのに喉に深い滋味を与える甘露水の湖もある。
 銘酒が沸く井戸、木の洞には天然のワイン。
 上質の砂糖が満ちる浜。
 世界中のありとあらゆる魚が泳ぐ海。
 スイートランドを見回して柚乃(ia0638)はうっとりとした顔で
「見渡す限りすべて食べ物だなんて…夢のようです♪」
 まさに夢見るようにそう言った。
「ちびもふらの八曜丸が不在でよかった。…きっと食い尽くされますっ」
 思わず後ろを振り向く。
「最近、こそりとついてくること多くて」
「ほお、本当にこりゃあ、食材使い放題やなあ」
 吟遊詩人のニッツァ(ib6625)は嬉しそうに目を細める。
「食べ放題、ではないのですか?」
 ほんわりと問う和奏(ia8807)にニッツァはああ、と頷いた。
「そりゃあ、食べるのも楽しみやけど、デニの台所を預かる料理人としては、そらぁ参加せん訳には、そして料理せんわけにはいかんやろ〜。
 何しろこんなに沢山の食材が食べてくれ、ってまっとるんや!」
 手を大きく広げる彼の腕の中にはまるでもう食材が溢れている様に見える。
『この地の食材は人の手に取られ、食されるまでは決して腐ることがございません。
 食は喜び。
 スイートランドの食材たちは皆、食されその喜びとなる日を待っているのです』
「そっか」
 ジャックの言葉にニッツァは優しく微笑む。
「なら、もうちょい待っといてな。必ず美味しく料理したるさかい」
 ニッツァの言葉に食べ物たちは喜んだのだろうか、きらりと輝いたように見えた。
「ん?」
 脇道に咲いていた花に目を止めた神室 時人(ic0256)はふと、そのうちの一つに手を伸ばす。
 珍しい茶色の鈴蘭の花がふるん、と揺れると時人の手の中に小さな何かを転がした。
「とっきー? 何をしているんや? 君は?」
「おお! 宗君。これを見たまえ!」
 わくわくと子供のような顔をした時人は手の中のものを旧友である十朱 宗一朗(ic0166)に差し出す。
「なんや? これ?」
「これは、ちょこれーと、だ。普通、天儀ではなかなか食べられるものではない」
「そうなんか?」
「そうなのだ。しかも、この色、このツヤ…。ああ、これは連日予約でいっぱいの洋菓子店のちょこれーとにも勝るとも劣らぬ天上の美味!」
 あっという間に口に含んだ時人は思わず頬に手をやる。
 まるでほっぺたが落ちそうだ、と。
「おお! こちらの草の葉っぱはクラッカー! ああ、こちらの花の花びらは牛皮じゃないか!」
 花畑から花を摘んではぱくぱくと食べる時人はもう至福の笑みを浮かべている。
「ふむ…固い。こっちの朱い花はもしかしてせんべい?」
『こちらの花などはお気づきになられました通り、菓子でできております。素材としての最高級品。そのままでも美味しく召し上がれます。無論、料理に使って頂ければなお、美味しくめしあがれるでしょうが』
「ジャックさん」
 お菓子の花畑を見ていた泉宮 紫乃(ia9951)が道化師を手招きする。
『はい、なんでございましょう。お嬢様』
 お嬢様と優雅に頭を下げられた紫乃は少し頬を赤らめながら、一瞬空を見上げた。
 そして
「お菓子の家を作りたいんです。大人も入れるような大きな家。材料は、私も作りますけどこういうお菓子の花畑や森があるのなら材料を揃えて欲しいんですが」
『お任せを』
 ジャックは芝居がかったような仕草でお辞儀をした。そしてパンパンと手を叩くと部下らしい小人たちを呼び出したのだった。
「わあっ! かわいい」
 と言ったのは誰であったか。
 南瓜ジャックの小人版達は、解りやすいかわいさはしていなかったが、主人の命令に並んでお辞儀をする。
『この者達は皆様のお手伝いを致します。なんなりとお申し付け下さい』
「ありがとう」
 微笑んだ紫乃であるが、その表情は少し寂しげだ。
 彼らの視線の先には黒雲の様にどす黒く渦巻く影がある。
 今はまだ遠巻きに見つめているだけだが、哀しい思い、苦しい声がここまで聞こえて来そうである。
『あれらは、夜になると力を増して襲ってきます。食材ならいくらでもある。けれどそれだけでは満たされない何かが、あるようなのです』
 その意味を同じように察した礼野 真夢紀(ia1144)は祈る様に胸の前で手を組んだ。
「ご飯を食べたくても食べられない人の思いが天国に行く前の地を脅かしているって、悲しいよね」
「楽しく、おいしく、お菓子を楽しむ…そうしたら、おんねんが消えるの?」
 頷く真夢紀にエルレーン(ib7455)はそっか、と頷くと拳に力を込める。
「じゃあ…私、いっしょうけんめいお菓子を作るよ!」
「さあ! 行こううさみたん! お菓子の山が私たちを待っているお」
 背中に背負ったうさぎのぬいぐるみにそんな声をかけていたラグナ・グラウシード(ib8459)は、エルレーンを見て足を止めた。
 彼にとってはエルレーンは宿敵(?)なのだ。
「ふふん、本来なら我が大剣にて真っ二つにしてやるところだが…」
 慌てた顔で仲介しようとした真夢紀にラグナは大丈夫、と小さく笑って見せた。
「ここは天国ゆえ、そのような血なまぐさいことは似つかわしくない。勘弁してやる」
 流石にそこまで空気を読まないことはしないでくれるかと真夢紀はホッと胸をなでおろす。だが
「しかーし! 貴様が菓子作り? 無駄無駄、どうせ失敗するにきまっている!」
 エルレーンの気合と心の籠った決意を鼻で笑うラグナ。
「うっ、うるさいなあ…わ、私だって、やればできるんだよっ!!」
 肩を震わせるエルレーン。
 二人の間の空気は正に一触即発だ。
「ああ! もう! 依頼中は争わないで下さいね」
 心配そうな真夢紀に大丈夫と今度はエルレーンが笑って見せる。
「ここでケンカなんかしないからね。そう…ケンカは…」
 ぞくり、とラグナは背中が泡立つのを感じた気がした。
 だが、どうせ気のせいだと肩を竦めて
「行こう。うさみたん! 果物と美味しいモノを食べつくすぞ!」
 背を向けてしまう。その背にどんな視線が刺さったか知る由もなく。
『では、お料理をなされるかたはこちらへ。お食事を始められる方はご自由に島をお巡り下さい。ご希望を言って下さればお望みのものを取りそろえさせて頂きます』
「また後ほど」
 柚乃、真夢紀、紫乃、エルレーン、ニッツァは手を振って島の真ん中、厨房へと向かう。
 残りの面々はさっそく美味を探して島を巡る。
 ほんの僅かな心配はあるが、幸せだけが溢れる島を、今は子供のような笑顔を見せながら。

●幸せの作り手
「おー! 本当に至れり尽くせりやないか!」
 案内された台所にニッツァは嬉しそうな声を上げる。
 磨き上げられた綺麗な城の中には驚く程に完璧で美しい台所が備えられていたのであった。
 曇り一つない鍋は大きさに別れて何種類、いや何十種類もあり、フライパン、中華鍋、大きな竃、ダッチオーブン、さらには魔法の力で暖められたオーブンさえある。
 包丁も、やかんもナイフもフォークも皿もティーカップも何でもそろっている。
 水も台所内に井戸がある。流し場もある。
 キレイな水が使い放題だ。
 そして…部屋の隅に白い、不思議な箱があった。
 不思議なマジックアイテムなのだろうか?
 それを開けると中には何もない。ひんやりとした空気が漂うだけだ。
「なんですか? これ?」
 真夢紀が問うとジャックはニッコリと(多分)微笑んで見せた。
『その箱を一度閉めて、また開けて下さいませ。その際、自分がこれからどんな料理を作りたいかを、どうか御心に浮かべて…』
「?」
 意味が良く解らないが、言われるままに真夢紀は箱の扉を閉めた。
(え〜っと、マツタケご飯が作りたいです。それから山菜ごはん。蕨やぜんまいが入っていると美味しいですよね。それからすき焼きと鴨鍋と…、あ、お肉を得るのに動物さん達を絞めないといけないのでしょうか…)
 そんなことを考えながらまた扉を開いた時、真夢紀の目は丸くなる。
 勿論、その様子を後ろから伺っていた他の開拓者達も、だ。
 箱の中には新鮮なマツタケやキノコ、瑞々しい蕨、ぜんまい、タケノコ。
 見ただけで上質と解る牛肉、鶏肉、鴨肉、その他真夢紀が作りたいと思っていた料理の材料が完璧に揃っているのだ。
「うわ〜、凄いですね〜」
 紫乃も思わず声を上げてしまう程に、それは感動的な光景であった。
『皆様が、料理にお望みの品があれば、そのマジックアイテム レイゾウコがなんなりとお取り寄せ致します。無論、新鮮な木の実、野菜をご自分で採って来て頂いても構いません』
「本当に至れり尽くせりや。これで、美味いもの作れんかったら、それは嘘やな」
 心底嬉しそうにニッツァは服の腕を捲る。
「食べるのは勿論、作るのも楽しみのうち♪」
 柚乃も冷蔵庫から溢れる材料を見ながら歌う様に微笑んでいる。
 ぴかぴかに輝く食材に心が躍るのは料理人なら当たり前の事だ。
「ねえ、真夢紀…さん?」
「なんです? エルレーンさん?」
 しおらしく自分を呼ぶエルレーンに真夢紀は首を傾げた。
「美味しいお菓子の作り方、教えて貰えないかな。勿論、知ってるのもあるけど…その上手く作れないのもあるかもしれないし」
 エルレーンは自分の腕前を知っている。
 ラグナはああいってからかっていたが、自分がお菓子を作った場合「五分五分で失敗」するのだ。
 外見はともかく味は爆発しているとか、試食した相手が悲鳴をあげることさえ無い事で倒れるとか、単純にまずいとか。
「やっぱり、今日は…少しはおいしいもの作りたいし…。こんなキレイな材料達、失敗させたくないから…」
 どこかしおらしいエルレーンに真夢紀は微笑む。
 自分より歳も背も大きい彼女には失礼だろうが、可愛いとさえ思ってしまう。
「いいですよ」
 真夢紀は微笑んだ。
「一緒に作りましょう」
「ホント!」
 パッとまるで向日葵のような笑顔を向けたエルレーンの手に自分の手を重ねる真夢紀。
 その目はほんの少し、遠く。
 窓の外、さっき見上げた空の黒い怨念達を思い出し見ていた。
「美味しい物一杯作って、心を満たしてあげましょう!」
「うん!」
 頷くエルレーンの頭上にどこからともなく白いエプロンが降ってきた。フリルたっぷりのかわいいエプロン。
 真夢紀のところにも同じものがサイズピッタリで落ちてくる。
「本当に至れり尽くせりですね」
 エプロンを被り、きゅっと後ろの紐を縛る。これで、戦闘準備OKだ。
「さあ、始めましょう!」
「了解。頑張ろう!」
 二人は手を繋いで台所へと走って行った。自分達の調理を待つ食材と仲間達の元へ。

 彼らは手早く、手際よく料理を作って行く。
「皆、腹減ってるやろうし、まずは軽く食べられるものからにするかな」
 そう言うとニッツァはまずパン生地を作り始めた。
 牛乳を暖め、小麦粉をふるう。大きなボウルに小麦粉、溶き卵、イースト、砂糖を入れて塩も少々。
 暖めた牛乳とバターを混ぜ込んで暖かい所で発酵させた。
 時間30分ほどでふっくらと倍の大きさに丸くなった生地を等分し、作っておいた具を包み込む。
「挽肉と春雨と野菜ぎょ〜さん詰め込んだぁるでぇ」
 やがてたっぷりの油であげられたピロシキという料理は大皿に山盛り積まれて広場へと運び出された。
 勿論、その前に試食をした少女達に
「おいしい!」
 満開の喜びを咲かせて。
 続いて作られたのは米とサーモンのパイだ。米はバターライスにして風味を増してある。
「菓子ばっかよりちゃんと飯も食わなあかんで? なあ、真夢紀ちゃん?」
 と片目を閉じた彼の視線の先では真夢紀が頷きながら、さっきレイゾウコから取り出した材料で食事を作っている。
 竃を使い炊くのは松茸ご飯にお赤飯、春の山菜炊き込みご飯に中華おこわとご飯のフルコース。
 さらにすき焼き、鴨鍋、海鮮鍋に水炊きと身体が暖まりそうな鍋物が勢ぞろいだ。
「はい。このキムチ鍋も運んで下さい。…ん?」
 真夢紀はエルレーンに失敗の少ない菓子の作り方を教えつつ、他の料理人の手元にも注意を払っていた。
「それはなんですか?」
 ニッツァの手元を見る真夢紀に
「こっちはアレーシュキ。甘いミルクの入った焼き菓子や。こっちはナッツたっぷりのコナーファ。揚げ麺というか…春雨の親せきと言おうか…。まあ、少し甘みが強いんやけど美味いで。これ」
 彼は作り方と一緒に説明をしてくれた。見た事の無いレシピを見て知るのも喜びだ。
 特にこんなお菓子が作りたいと思うとレシピが頭に浮かぶのも嬉しい。
「とにかく、今日は和菓子、洋菓子、思う限り作ってみましょう!」
 とはいえ、料理は作る人間の個性で味が変わるものだから、最終的に美味しくできるかどうかは自分の腕次第なのだけれど。
 見れば柚乃の周りには美しいタルトの花が咲いている。
 サクランボは赤、洋ナシとリンゴは白。たっぷり入れた甘煮の栗入りタルトは薄黄色。皮ごと使った葡萄のタルトは紫。ミックスベリーのタルトは赤と紫が絶妙に交じり合っている。
 さらにふっくらホットケーキにはリンゴのジャムを添えて。
 具沢山キノコと野菜のスープに炊き込みご飯。炊き込みご飯には銀杏もたっぷりだ。
 一方、紫乃も沢山のお菓子を作っているが、彼女の周囲には溜まっていなかった。
 次から次へとできる端から運び出されているのだ。
 山盛りのプチシュー。マシュマロとメレンゲで作られた動物達。
 色とりどりのドラジェ。大きく焼かれた大量のクッキーとケーキ、カラフルチョコレート。
 純白の大きな白い飴細工が出来た時には感嘆の声を誰もが上げたものだが、これだけ大量の菓子を使って紫乃が何をするつもりかは彼らにはまだ解っていなかった。
「何を作るつもりなんです?」
 真夢紀の言葉ににっこり微笑んで紫乃は追及を躱した。
 そうこうしているうちに料理はどんどんできて、どんどん運ばれていく。
 間もなく夕暮れ。空は既に薄紫のヴェールを纏いかけている。
「あと少し! 頑張りましょう!」
 真夢紀の言葉に料理人達は有る者は鍋を持ち、ある者はオーブンの中を見つめながら楽しそうに、嬉しそうに頷いたのだった。

●解放の時
 次々と厨房から運ばれる料理は庭園内の食材をつまみ食いしていた開拓者にも歓声をもって迎えられた。
「これはこれは…」
 前菜のサラダやパン代わりのピロシキに始まり、メインディッシュとも言えるサーモンのライスパイに具沢山キノコと野菜のスープ、炊き込みご飯色々を、手で丁寧に握ったお握りと並べられた料理に和奏は小さいが確かな感嘆の声を上げた。
 そもそも彼は「美味しい味」を知って…はいるが美食家と言うわけではあまりなかった。
 実家では「美味しいモノを少しづつ」という育てられ方をしていたが、実際のところは与えられたモノを与えられただけ食べると言うタイプ。
 どんな食事も、例えば超高級鰹節と挽肉で作った新米の手結びのスペシャルおかかおむすびでも、型で結んだ梅干しお握りでも、玉露と出涸らしの番茶でもありがたく美味しく食べられる人物なのだ。
 …人は時としてそれを味音痴と言ったりするけれど。
「いただきます。…ふむ、なかなかですね」
 そんな和奏であってもやはり、美味しいものは美味しいのでそうでないものよりも口にすればやはり食は進んだ。
「あんまり食い過ぎると菓子が入らなくなるぜ。うむ、このフルーツタルト。絶品だぜ! もぐもぐ…うさみたんも食うか?」
「少しずつ食べていますから大丈夫ですよ」
 全種類の料理や菓子を食べようとしているような和奏にラグナは軽く忠告するがさらりと流された。
 まあいいやと再び料理の並ぶテーブルに向かおうとすると、するとそこには既に先客がいて山盛り、今にも落ちそうな程に食べ物を積んでいる神人がいた。
「うむ。このタルトはいける。飾りつけが繊細で美しい。食べるのが惜しい程だ。このかぼちゃプリンもふんわりと甘い。…こちらの大福。皮が餅では無く牛皮なのが泣けるな。中の餡子と栗の甘煮。小さく砕いて混ぜられた胡桃が絶妙で…」
 もぐもぐと口を動かす神人の手にはナッツ味のコナーファが握られている。
 砂糖たっぷりの蜜がかけられたコナーファは見ているだけで身体が甘くなりそうなほどこってりとしていた。
 甘いモノ好きにはそれがたまらないのだが。
「とっきーは甘いもんばっかやなあ…。お医者の癖に、自己管理がなっとらんなあ。あの料理人の旦那も言うとったろ? 菓子ばっかよりちゃんと飯も食わなあかんで? ってなあ」
 そう言う宗一郎の皿にあるのはこんがり焼いたとうがらしせんべい、キムチ鍋、辛子たっぷりのおでん、唐辛子たっぷりのパスタなどだ。
 甘いモノの殆どない大人向けの料理と言えるだろう。
「…宗君、君という人は…」
 激辛料理を食べる宗一郎に呆れるように神人は肩を竦めた。
 これほどの甘味天国にいながら何故辛い物を食べる必要があるのかと思う。
 ちなみにこの二人、どっちもどっち、ということには気付いていない。
「…なんやの、その目は。
 ええやん、辛い物は新陳代謝を高める事が出来るんやでー? 体にええんやでー? ほら、一つ食ってみぃ」
 そう言いながら真っ赤なせんべいを差し出す宗一郎。
「ほーら、とっきー。あーん」
 朱い、見るからに朱いせんべいに宗一郎はじりりと二歩引く。
「いや、私は遠慮する。香辛料は苦手なんだ」
 だが、宗一郎はにやりと笑ってその二歩を詰めた。
「何で食べてくれんの?
 …僕の事が嫌いなん? 酷いわー傷付くわー…うぅ」
 大の大人の男性に泣かれて神人はわたわたと慌てた。手に持った皿も落してしまいそうな程に。
(ああ、何でこうなった…)
「…わ、分かった。一口、一口だけだよ…」
 両手を挙げて降参の顔で言う神人の声を聴き宗一郎の顔はパッと笑顔に戻る。
「ほら、とっきー。あーん♪」
 イケボイケメンフェイスの宗一郎に
「あ…あーん」
 小さく割ったせんべいを口の中に放り込まれる神人は
「うっ!」
 そのまま声もあげずに倒れ伏した。
「か、辛い…み、水〜〜〜」
「は、はい。お水です!」
 二人のまるで漫才の様に楽しげな会話に一通りの作成を終え、台所から出て来た料理人達も笑顔になる。
 まるで満開の笑顔の花の咲いた幸せの園。
 だが、そこに黒い影が音もなく忍び寄っていたことを全員が気付いていた。

 黒い影が空から舞い降りてくる。
 その影は瘴気よりもなお濃く、黒く、耐え切れないような腐臭もした。
 空にあった時には解らなかったがモノが腐って集められたようなそんなドロドロしたものの固まりであったのだ。
 そのドロドロしたものはやがて地上に舞い降りる。
 彼らが歩く度、地面は腐り触れた食べ物は焼け焦げたように黒く染まり消失する。
 全ての幸せを拒絶したようなその塊を誰もが黙って見つめていた。
 並べられた料理に黒い影が手を伸ばそうとする。その時
「怨念さん?」
 あまりにもほんわりと気楽で優しい声がかけられた。人であったら動きを止め、振り返ったという仕草だろうか。
 動きを止めた怨念に和奏が仲間達にかけるのと変わらぬ顔で声をかける。
「よろしければ、一緒にお散歩でもしませんか? お見せしたいものもあるんです。さっき見たのですがなかなかすごいですよ」
 ニッコリと笑顔でエスコートするように怨念に手を差し伸べ和奏は前を歩いて行く。
 異臭、悪臭、冷気、邪気そんなものの塊が側にいると言うのに彼はまるで当たり前の人間であるかのように笑う。
「難しい話はあまり、解りませんが…貴方は『食べたい』のですよね。なら、一緒に食べましょう。さあ」
 そう言って和奏が指し示した先にあったのは可愛らしいお菓子の家であった。
 壁と屋根はクッキー、煙突もついている。
 窓枠はキャンディー。ガラスもきっと透明な飴細工だ。
 屋根瓦はドラジェ。カラフルなチョコレートやラムネで飾り付けられた花や鳥。
 白い金平糖と粉砂糖が舞い降る雪のようであった。
 家の外もプチシューを積み上げた木に飴の糸。
 マシュマロの雪だるまとメレンゲで作った動物たち。ソーダゼリーの池には飴細工の白鳥を浮かべて
 綿菓子の雪、生クリームの深雪のチョコレートの石畳の向こう側では、キャンディやラムネ、チョコでカラフルなお花が正に満開であった。
 クッキーで作った椅子を引き、ジルベリア風の衣裳にポニーテール。
 エプロンドレスの柚乃がお辞儀をした。
 周りの木々に小鳥が歌い、大きなポットを手にした紫乃が
「お茶もお菓子も沢山ありますよ。よろしければご一緒にいかがですか?どうぞ、こちらへ」
 クッキーの机の上に山に積まれたクッキーを指し示した。黒い影に向かって笑いかけ、ポットのお茶を注ぐ。
「一人で食べるより、きっと皆で食べた方が美味しいですよ」
 黒い影がぞわりと動き、テーブルに覆いかぶさるように近付いた。
 ジュウと何かが焼ける様な焦げる様な、溶ける様な音はするが…さっきまでとは何かが違うと、開拓者達は感じている。場を励ます小鳥の歌声。そしてみんなの視線。
 その証拠に黒い影はテーブルの上のクッキーを掴み、そっと口に入れたのだ。
 実際にはそう見えただけかもしれないけれど、その瞬間、ニッツァは見た。いや、聞いたのかもしれない。
 ………おいしい。
 その言葉を。
「良かったな。美味しいゆうてもらえたで!」
 エルレーンの背中をぽん! とニッツァが叩くとエルレーンは照れたような嬉しそうな顔を見せた。
「おっしゃあ! 後は、皆で夜どうしパーティや! 料理は山ほど作ったさかい、ぎょーさん喰うてやぁ♪」
 ニッツァの言葉に他の開拓者達も頷いてテーブルを囲む。
「モンブラン、パンプキンパイ、スイートポテト、洋梨のタルト、フロランタン、シュークリームほんでフルーツゼリーもあるで!」
「こっちは和菓子です。芋羊羹に大福、すあま。おはぎはあんことゴマと、ずんだの3種。それに月餅なんかも用意してみました」
 菓子はどんどんと運ばれてくる。無論、菓子以外の料理も山ほどだ。
 膳に並ぶ料理を取り分けた開拓者達は、椅子を持ってきたり、地べたに座ったり。思い思いに料理に舌鼓をうつのであった。
「はい、どうぞ。熱いから気を付けて」
 真夢紀の持つ小さな椀にはたっぷりの暖かい汁ととろける様な肉が盛られている。
 それを差し出された黒い瘴気はそれを、受け取り、食べた。
 開拓者はもはや瘴気を邪悪なものとは思っていなかった。いや最初からそう思ってなどいなかったのだろう。
 まるで依頼に参加した十番目の仲間であるかのように、料理や菓子を勧め、カップに飲み物を注ぎ、鍋を囲みそして微笑みかけた。
「これ、美味しいよ」「こちらもいかがかな?」
 差し出された食べ物を、次から次へと呑み込んでいく瘴気は一口食べるごとに、その怨念を消し去って行くようだった。
 彼等には瘴気の向こうから
『おいしい』『しあわせ♪』
 そんな声が聞こえてくる。笑顔さえ垣間見えるようだ。
「ん、そうや。食べることに恨みなんか持っとったらもったいないで。食べるっちゅうことは幸せになるっちゅうことなんやから」
 そして料理人にとっての幸せと言うのは食べる人の美味しいという笑顔を見ることである。
 その意味で言うならニッツァも真夢紀も紫乃も、エルレーンも幸せであった。
「エルレーンの作った菓子なんかまともに食えるはずがなかろう!」
「! 怨霊さんは美味しいって行ってくれたもん!」
「怨霊しか美味いと思わないということだろう?」
「そんな事を言うなら…食べてみれば!」
「がふっ!! あ…けっこう…食える…か。このカステラ」
「言ったろう! …私だって、やればできるんだよっ!! おいしかったらほめろっ、このばかラグナ!」
「美味しいとは言ってない。このスイートランドの美味に比べればお前の料理なんぞ! なあ、うさみたん!」
 そんな漫才のような会話に笑いあい、
「もう辛いのはおさまったん?」
「ああ、まだ舌がしびれるが…なんとか」
「すまんすまん、とっきーの態度があんまりにも面白くてからかいすぎてしもた」
「…悪戯されることには慣れている。それよりも…だ」
「ん? これは? 真っ白くて、イチゴがたっぷり。見るからに甘そうやけど…」
「誕生ケーキだ。特別に作って貰った。今月は君の誕生月だから…」
「…ん? 僕の誕生日?そうやったっけ? 忘れとったわ…あー、まあ、うん、礼は言っとくわ」
「…おめでとう、宗君。これからも宜しくね」
「こちらこそ、やな」
 親友同士の友情を肴にグラスを重ねあわせた。
 その横には美味しい食べ物が、菓子がどっさり。
 夢の様に幸せな時、が続いて行く。

 やがて夜も更け、いつの間にか月が空の最上段へと登っていた。
「あっ…」
 同時に瘴気、怨念の塊であったものが、真っ直ぐな光に包まれて、溶けるように消えて行く…。
「また会おう」も「元気で」も「さよなら」も相応しくは無い別れに彼らは言葉なく光を見つめる。
「!」
 そして、光が弾け怨念が完全に浄化された時、雪のような光に包まれながら彼らは確かに聞いたのだった。

 ………ありがとう。

 その言葉を。

●再び会う日まで
 そして、翌朝。
『この度は開拓者の皆様には大変お世話になりました。心から感謝申し上げます』
 スイートランド去ろうとする開拓者達にジャックは大げさに、でも優雅にお辞儀をした。
「礼なんか気にしないで。美味しいモノを山ほど食べられたんだから」
「そうそう、悪くは無かったですよ」
 神人と宗一郎はそう言って笑いあう。
「エルレーンの料理以外は美味であっ…ぐげっ!」
「美味しいっていってたじゃない!」
「美味しいとは言ってない。食えるといっただ…げ」
「エルレーンさん。その辺にしておいた方が…」
 ラグナにラリアートを決めたエルレーンを真夢紀が宥める。
「とりま俺は皆の美味しい言う笑顔が見たいてな。その点では十分に満足しとるんや」
「ええ。お菓子の家なんて素敵な夢も見させて頂きましたし」
 ニッツァと紫乃は微笑み、
「のんびり、まったりさせて頂きました。ここは…本当に良いところですね」
 噛みしめるように和奏は告げた。
「ごちそうさまでした」
 食事と夢の終わりを。
 次に自分達がここを訪れるとしたら、それはきっと、自らの生を全うした時なのだろう。


 現実に戻る門の下で彼らはもう一度スイートランドを振り返った。
 あらゆる食が彼らを見送ってくれている。

 美味しいモノを食べる、ということは間違いなく幸福な事であろう。
 世の中には食べたくても食べられない状況に苦しむ人は少なくないし、自ら食を制限する者もいる。
 彼らの苦しみや思いを、完全に理解することはできないだろうと解ってもいる。
 けれど…
「できるなら、もうあんな悲しい怨念が二度と生み出されないといいですね」
 紫乃は空を見上げながら呟いた。祈るような思いで。
 もうあの怨念の残滓は残っていない。
「ええ。そして、できるならこの地にはいつまでも天国のように幸せな場所であってほしいな」
「はい」
 少女達の願いは開拓者全ての願いでもあった。

 かくして幸せの園の扉は静かに閉ざされた。
 いつか必要とする者の前に開かれる、その時まで…。