【朱雀】卒業への道 前
マスター名:夢村円
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 難しい
参加人数: 11人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/10/17 18:13



■オープニング本文

【これは朱雀寮三年生 合格者対象シナリオです】

 五行西域、その奥にある魔の森に最近、ある遺跡が発見された。
 荘厳な神社を思わせるその建物はかなり大きく、時代を感じさせたと発見した陰陽寮生は語る。
 そしてその遺跡は今は失われた古い技術で編まれた封印で守られ、アヤカシは近づけないし、封印を解くこともできない。
 だが、その封印は人間が陰陽術か武器で切れば簡単に解けるものであるということが判明したのだった。
 報告を受けた五行西域を守る陰陽集団、西家の長は一族ほぼ総出で西家のあらゆる資料を調べていた。
 陰陽集団 西家の開祖の名は「浦部 川人」
 遺跡の案内人を名乗ったアヤカシは主を「浦部 海人」
 と名乗ったという。
「浦部 川人」を
『アヤカシさえも統べる偉大な力を持った兄を封印した愚かな弟』とも。
 そして彼らはある手記を見つける。

 ありふれた本の中に驚くほど普通に紛れ込んでいたそれは

「●月×日 兄さんと一緒に封縛縄の改良を行う。
 凄くいいのができて兄さんは褒めてくれた。
 僕は道具を作るのは得意だけど、まだ扱うのは苦手。
 でも、使うのは兄さんに任せるからいいんだ♪」
「×月△日
 アヤカシに襲撃されていた村を救出する。
 かなり強い吸血鬼であったのに、兄さんはあっさり倒してしまう。凄いなあ。
 蝙蝠の群れを一撃で倒してしまう雷の技は兄さんにしかまだできない。
 僕も早く修行して、兄さんやみんなのように人々をどんなアヤカシからも守れる陰陽師にならなくては」
「△月〇日
 今日は龍さんに笑われた。瘴気吸収のコントロールに失敗して、高くジャンプしたはいいけど屋根の上に登って降りられなくなってしまったからだ。
 瘴気吸収はお前にはまだ早いよ、と兄さんは慰めてくれたけど、早く覚えて兄さんや皆の様に強くなりたい」

 術の資料や研究書ではなく、まして西家開祖が残した秘密の文書などではなく、兄を慕う弟が書いた日々の日記であったのだ。
 浦部海人というのは優れた開拓者であり、陰陽師。
 仲間と、弟である川人と共に魔の森に苦しむ西域に依頼としてやってきて後、人々を守る為に西域に残ったらしかった。

「〇月■日
 旅のサムライ透徹さんと兄さんは意気投合していた。彼は大きな犬を連れていたのだけれど、実はそれはアヤカシだったのだ。
 陰陽師でもないのにアヤカシを従えるその人に兄さんは興味を持ったらしい。
 兄さんの夢はアヤカシと人が共存できる世界を作ること。
 アヤカシもこの世界を生きる存在なのだから共に生きれないかというのが兄さんの持論であり、夢なのだ。
 その為にアヤカシさえも従える強い力が欲しいと兄さんは言っていた。
 その為に日夜修行にはげみ、研究を続けている。
 兄さんの夢が実現すれば素晴らしいと思う。でも…とても難しいとも思う。
 だから、僕は兄さんの助けをしながらこの西域を一緒に守っていきたい。
 兄さんの夢を助けるのが僕の夢だ」

「―月=日」
「兄さんは凄い! アヤカシを次々に配下に加えていくのだ。
 透徹さんから教わったというアヤカシを従える技に、自分なりの工夫を加えた兄さんの術にはアヤカシ達さえも魅了する力があるに違いない。彼らは次々、自ら仲間に加わって行くのだ。仲間達も兄さんの技を覚えてアヤカシを仲間にしている。
 魔の森の社ではアヤカシ達が今も兄さんの命令を待っている。
 今日はかなり強い力を持った吸血鬼さえ、兄さんの前で膝を折った。
 兄さんは覚悟と力の無い奴は来ちゃいけないと僕が森に来るのを嫌がる。
 でも、僕だって陰陽師としての覚悟位はちゃんとあるんだ。
 兄さんの力になりたいと、僕も仲間にして欲しいと、明日ちゃんと告げよう」 

 だがその日誌はある日、唐突に終わりを告げる。
 二頁の白紙をはさんで開かれたページには震える手で、こう記されていた。

「…………魔の森の社にアヤカシを統べる者、浦部 海人を封じる。彼の名、業績、術、その全てと共に。
 西家 長 西浦 川人の名において命じる。
 彼を決して解放してはならない。一族はこの遺跡に近づいてもならない。
 そして我が一族は生涯と全てをかけてこの西域を守るべし。
 それが残された我々にできる唯一の事だから…」
  
 そこから先にはもう何も書かれていない。
 ただ…最後の最後の一頁にこう記されてあるのを長次は見つけた。
 きっと歳をとってから死の間際に書き残したものだろう。

「…祈り、願う。
 いつの日か、誰かが、私の為せなかった事を叶えてくれることを…。
 我が兄弟の罪の結末を解放してくれることを…」
 


 陰陽寮 朱雀。
 集められた三年生の前で朱雀寮長 各務 紫郎は告げた。
「長く待たせましたがこれより陰陽寮朱雀、卒業試験を開始します。
 皆さんに与える課題はただ一つ。
『西域 魔の森に赴きかの地に封じられた遺跡の謎を解き明かすこと』
 です」
「…つまりは、この間行った魔の森の遺跡探索が卒業試験に決まった、という事ですね?」
 寮生の問いにそうです、と紫郎は頷いた。
「皆さんからの調査と、西家からの追跡調査により、かの地には優れた技を持ち、アヤカシさえも統べたという陰陽師 浦部 海人が封じられていると判明しました。遺跡には彼の配下のアヤカシと共に、今は失われた陰陽術などが多く眠っているようです。今は失われた術を現代に取り戻し、再生することができれば今後の陰陽術に力となることは間違いありません。
 よって、この遺跡の探索を皆さんの卒業試験とすることにしました。
 期限は無し。
 遺跡の調査を終えた時点で卒業試験は終了となります。
 但し、遺跡には多くのアヤカシと共に封じられた陰陽師 浦部 海人がいます。
 遥か昔の人物、人間であるなら既に死んでいるでしょうが、皆さんが先の調査で出会ったアヤカシの言い方から察するに彼は、まだ遺跡の中に存在するようです。
 彼とどのように対し、また彼をどうするかは皆さんの判断にお任せします。
 しかし彼は『封じられた』存在です。それなりの理由があってのことであると考えられますので、理由の解らないうちに彼を逃亡させることは許しません。彼の配下のアヤカシも同様。
 それらが外に出て、外部への被害が出た場合は探索は失敗とします。
 西家は捜索のバックアップはしてくれますし、資料も必要なら貸し出してくれますが、捜索には参加しません。遺跡の内部はかなり広いようですので十分に注意して下さい」
 そこまで言って、彼は一度だけ言葉を閉じ、そしてまた続けた。
「これが、皆さんに私から与える最後の課題になります。
 皆さん自身で準備をし、考え、そして行動して下さい。
 最後まで朱雀寮寮生としての誇りを忘れることなく、全員が無事に戻ってくることを願っています」


 かくして、陰陽寮朱雀 三年生最後の課題が始まる。
 それは失われた過去への旅、そして未来へ続く道への始まりでもあった。


■参加者一覧
俳沢折々(ia0401
18歳・女・陰
青嵐(ia0508
20歳・男・陰
玉櫛・静音(ia0872
20歳・女・陰
喪越(ia1670
33歳・男・陰
瀬崎 静乃(ia4468
15歳・女・陰
平野 譲治(ia5226
15歳・男・陰
劫光(ia9510
22歳・男・陰
尾花 紫乃(ia9951
17歳・女・巫
アッピン(ib0840
20歳・女・陰
真名(ib1222
17歳・女・陰
尾花 朔(ib1268
19歳・男・陰


■リプレイ本文

●出立
「さて、行こうか」
 集合した仲間達の前で俳沢折々(ia0401)がいつものように声をかける。
 薬の準備、調査をまとめた資料。朱雀寮でできる準備を全て整えた寮生達は頷いて、歩き出した。
 やがて見えてきた朱雀の大門の前には二人の人物と二人のからくりが立っている。
「気を付けて行って来い」
 静かに行ったのは講師 西浦三郎。
『ご無事のお帰りをお待ちしています』
『気を付けて行ってきてね〜! 無理はダメだよ〜〜!』
 凛と朱里。二人のからくりはそれぞれに笑顔を浮かべて寮生達を見送る。
 そして
「寮長…」
 朱雀寮寮長 各務 紫郎が立っていた。
 並び立つ寮生達を前に、彼は何も言わなかった。
 一人一人を静かに見つめ、そして微笑んだ。
「全員で無事戻って来なさい。それが、私が貴方達に与える最後の課題です」
「はい!」
 十一の声が唱和するように答え、門をくぐって行く。
「行ってくるのだっ!」
 平野 譲治(ia5226)は大きく手を振った。外では彼の相棒 鋼龍、小金沢 強が待っている。
 相棒達と共に朱雀寮三年生、卒業試験への出立である。

 五行、西域。
 ここに何度訪れただろう。
「またお世話になります。今回は宜しくお願いします」
 上級鷲獅鳥 真心から降りた玉櫛・静音(ia0872)は出迎えてくれた西家の陰陽師達に深く頭を下げた。
 彼らの中心には西家の長 西浦長治が立っていた。
「こちらこそ、面倒をかけるな」
 苦笑いという風情の長治に尾花朔(ib1268)は首を横に振る。
「いえ、こちらこそ貴重な術の残る遺跡の調査機会を与えて下さって感謝しています」
「ただ…できれば魔の森での後方支援に力を借りたいんだけど…」
 少し遠慮がちに望みを口にした折々に長治は勿論、と頷いた。
 寮生達と話し合い、人員や物資の手配を軽く済ませて後、長治は来いというように寮生達を手招きした。
「遺跡の探索の前に、お前達にちょっと見せたいものがある」
 三年生達は顔を見合わせて頷くと、長治の後を追うのであった。

 長治が見せたい物、と言ったのは西家 開祖。
 浦部 川人の手記だった。
 その内容を読み進めて行く中、寮生ほぼ全員がなんとも言い難い表情を見せた。
「アヤカシとの共存…だと?」
 最初に苦い声をあげたのは劫光(ia9510)。
「アヤカシとの共存ですか・・・。人と牛や鶏の関係を共存というのなら、可能かもしれませんね」
 いつも穏やかな泉宮 紫乃(ia9951)の言葉もどこか苦しげだ。
「共存。ふたつ以上のものが争わずに生存すること、だね。魅力的な言葉だけど、だからこそ気になるんだよね」
「覇をもって和となす、ってとこか?」
 喪越(ia1670)の問いにそう、と折々は頷いた。
「人とアヤカシの共存を願った人が、最後に用いた手段が「アヤカシを従えるための技」だってこと。その結果生まれた関係は果たして共存と呼べるのか…」
「そいつもある意味、覚悟を伴った一つの愛の形だろうが…」
「この内容からするにおそらく共存…とは言い難い「内容」であったのでしょうね。
随分と、極端に振れてますし」
 書を見つめながら青嵐(ia0508)の目はおそらく遠い海人と川人の兄弟を見ている。
「元々の陰陽師としての実力+強力な瘴気吸収系の術でアヤカシの力を奪い、屈服させていたんかな? そして……力に溺れたか、魔に魅入られたか。結局は自分もアヤカシ同然の存在に成り果て、弟に封じられた、と。推測できるのはこんな辺りか」
「ええ、おそらくそんなところなのでしょう」
 二人の用具委員が顔を見合わせている時も、寮生達はそれぞれの目から手記を見ていた。
「アヤカシを統べた陰陽師かあ…。どんな人だったのかしら?」
 真名(ib1222)の目には正直な興味がある。
「川人さんの手記からすると、私たちも知らないような術をもってたみたいだし…、この前のアレもあるしね。治癒に関するものもあったのかしら…。ほら朔。ここ全体攻撃の雷術ですって」
「確かに気になりますが…、こちらも気になりますね。『一族はこの遺跡に近づいてもならない』意味深です」
 尾花朔(ib1268)は真名が指し示したページのさらに後ろ、最後の言葉である。
「やはり、血による憑依継続、封印解除等でしょうか」
「その危険性は否定できません。ご協力を仰いでおいて失礼とは思いますが…」
 朔の言葉に頷いた紫乃は長次を見る。
「解っている。三郎は寮を動くなと言ってあるし、俺も森へは入らん。だから…」
「はい」
 静かに、だがはっきりと静音は答える。
 そして、そっと書物を手に取り、閉じて…触れた。まるで撫でるように。
「川人さんと海人とは仲の良い兄弟であったように思われます。それが何故…」
「封印されるくらいですから暗い真実なのでしょうけれど、そろそろ因果に終止符をうつ時なのかも知れないですね〜」
 アッピン(ib0840)の言葉を噛みしめるように静乃は頷く。
(…おそらくは海人の力と目的に理由があるはず)
「それをつきとめていくのが、私たちの役目…そういう事ですね」
「ああ、任せたぞ」
「はい」
 自然と、声が揃った寮生達の返事。
 長次は小さな笑顔と立ち上がりさらに一族に指示を出したのであった。



『浦部 海人様。手段や形が異なるとはいえ、主の夢を実現させた先駆者、となるのでしょうか。もしお会いできれば、有益な情報を手に入れられそうですね』
「そう簡単な相手でもねぇだろうけどな。ともかく、ご拝謁に与る為にも、足掛かりはキッチリと固めなきゃなんめぇ」
『お任せを。皆様が寛ぎ易い空間を作るのもメイドの務めで御座います。お茶の準備はバッチリです』
「いや、お茶の準備だけしてどうするよ!?」
『冗談で御座います。道中の小拠点を作る為の天幕等を御用意致しました。加え、戦闘用には新しく銃を調達して参りましたので、より速やかな殲滅が可能となっているでしょう』
 まるで掛け合い漫才のような喪越とカラクリ綾音の会話に周囲からはくすくすと笑い声も聞こえる。
「じゃあ、その天幕を立てますから貸して下さい」
『はい。ありがとうございます。お仕事が終わりましたらお茶をどうぞ』
「やれやれ。うちの冥土さんは準備に抜かりがねぇこった」
 西家の協力を得て魔の森の入口と、遺跡からほど近い廃墟の一角に寮生達は進行拠点を作った。
 ここの維持は西家の陰陽師達が受け持ってくれる。
 数度の事前探索でアヤカシ達の数が減ったこともあるのだろうが、思ったよりは敵の襲撃も受けず場を整えることができた。
「試験も大事なりが、全陰陽師にとっての大切な事かもしれないのだ。準備のし過ぎ、と言うのは無いと思うなりよ」
 食料や道具、封縛縄などを運びながら譲治は明るく笑った。
「はい。…これ、西域の文献と資料で調べた…アヤカシの種類の考察…。建物についても…」
「ごくろうだったな。静乃」
 瀬崎 静乃(ia4468)が差し出した調書を劫光は読む。
「どこにでもいる怪狼と、吸血蝙蝠、人喰鼠を除けば…やっぱり屍人系が多いか。遺跡の中は年月が過ぎていることを考えると骸骨とかが多いかもな…」
「当時…戦乱とか、アヤカシの被害もたくさんあって…死者も、たくさん出たみたい。それを安置したり…封じたりする為の建物なのかも…」
 静乃の頭を労う様に撫でながら劫光は封印の縄を調べる青嵐と折々に声をかけた。
「どうだ? そっちは?」
「どうやら、この建物そのものはアヤカシを出さない仕掛けで組まれているみたい。ほら、陰陽寮のアヤカシ牢と同じ仕掛けだね」
「静乃が言った通りか」
「扉を閉めて外から鍵をかけてしまえば、中からはアヤカシが出られないという事です。入口の縄はさらにアヤカシを外に出さない為のもの。複雑な編まれ方をしていて、アヤカシを弾く効果があるようですね。
 この間のアヤカシは透が中を探った時に、おそらく隙間から零れた者、自分は封印の縄に触れられないので封印を解く者を待っていたのかも、しれません」
「なら、扉を閉めて内側から守ればとりあえず外に逃がす心配はしなくてすむか…。皆、いいか?」
 劫光は振り返り、仲間達を見た。
 返事を待つ必要は無い。皆の目がもう答えている。
「よし、中に…入ろう」
 劫光は剣を握り注意深く斬った。
「譲治」
「はいなのだ!」
 全員が中に入ってから縄の端と端を既存の封縛縄を使って繋ぐ。とりあえず応急処置で効果があるかどうかは解らないが寮生や、西家が対応するまでの時間は稼げるだろう。
「みんな」
 折々が声をかけた。
「寮長も言ってたとおり、全員無事に帰らなくちゃ、何の意味もないからね」
 その言葉を胸に彼らはいよいよ遺跡に足を踏み入れたのだった。

●封じられたアヤカシ
 扉を開いてすぐの場所に小さな広間があった。
 松明やカンテラに灯りを灯し、入ってきた扉がギリギリ見えるか見えないかの場所に寮生達は小さな天幕を張り拠点を作る。
 そして直ぐ周辺の調査を全員で行った。
「ほんわかさん」
 アッピンの相棒、鬼火玉がゆらゆらと揺れる。
「なんだか、遺跡というよりお屋敷みたいな感じなりね」
 譲治は高い天井を見上げながら言った。その手は入口から見える範囲を地図に書き止めている。一階は広間と左右に階段。奥に長屋の様に並んだ扉がいくつも。
 ここは吹き抜けになっていて天井が見えるが、目の前には二階に続く階段がある。
 広間の前にも部屋。二階も同様に何部屋かありそうだ。
 そして部屋の最奥に階段がある。おそらく地下へ続く階段だろう。
「…白房。お願い」
『了解。姐さん!』
 静乃が宝狐禅、白房を放った。
 上階と一階をぐるぐると回り戻ってきた白房は静乃の肩の上で報告する。
「…二階に二つ、強い瘴気の気配があるって。…後は地下。一階の各部屋にも気配はあるけど強いモノをあんまり感じないって」
「ならば、まずは上階を調べましょうか」
「二組に分かれて一組が拠点待機、もう一組が拠点と扉を守る。で良かったな」
 青嵐と劫光は互いの言葉に頷いて、簡単にチーム分けをする。
 便宜上先頭に立つ二人の男子の名で班を呼ぶことになりまずは青嵐が先に出ることになった。
「皆さん、気を付けて…」
 紫乃の言葉を受けて折々は軽く手を上げて答えるとからくり山頭火を連れて階段を上る。
 最前列に青嵐のからくりアルミナと、喪越のからくり綾音。アッピンの鬼火玉が灯りを兼ねる。
 その直ぐ後ろを二人の主人が歩き、アッピンがサポートする。
 中央で静音と静乃が周囲を伺いながら行き、最後列は折々である。
 彼らは慎重に階段を上って行く。
 たどり着いた二階の廊下、その横にある部屋で立ち止まり青嵐が触れた。
「この部屋に…何かがいますね」
 確かに部屋は陰陽符で封じられていた。
「…かなり強い瘴気があるって…」
 相棒の言葉を告げる静乃に青嵐は頷いた。
「アヤカシが封じられた遺跡で、さらに閉じられた部屋…か。何がいるんだろうね」
 考え込むような折々の背中をぽんと叩いて
「なあ」
 喪越が青嵐に行った。
「なるべくヤバいもんは開けないのは常套。だがまずは『浦部 海人』の正体を探らねぇと。なんか解るかもしれねえ。一室開けて見ねえか?」
 仲間達は無言。しかし反対の声は上がらない。
「確かに…。ですが万が一にも封じられている者を外に出すわけにはいかない。確実に仕留めますよ」
「了解だぜ」
 ぐっと力拳を作る喪越に苦笑しつつ、青嵐は仲間達を見た。そして視線を交わし合うとそっと封印符を剥したのだった。扉を細く開き、静音が人魂を放つ。
 だが人魂はシャボン玉が割れるように即座に消える。
「何かがいます」
 その何かは寮生達が中に入ったと同時
 バサバサバサ!
 寮生達にまとわりつくように襲いかかった。吸血蝙蝠の群れであった。
『主上!』『ご主人様!』『折々様!』
 三人のからくり達は弾けるように動き、主たちの前に立つと蝙蝠たちをそれぞれの大剣で、銃で攻撃で潰した。
 蝙蝠と寮生達の間が僅かでも空けば寮生達も反撃が出来る。
「行きなさい!」「白房。なるべく後方に向けて攻撃!」『合点!』
 相棒達の反撃に加え寮生達の集中攻撃。手加減なしの黄泉より這い出る者が青嵐、喪越、アッピンと三連発で放たれれば吸血蝙蝠の群れなど風の前の霧のように即座に消えうせる。
 そして、彼らの前にアヤカシが現れる。不機嫌な顔で壁際に座していたアヤカシはさらに不機嫌そうな顔で言った。
『話が違う』
 と。
「え?」
 意味が解らない寮生達に再び振ったアヤカシの口調は怒りに満ちて、まるで雷のようであった。
『話が違うぞ。餌場を作るから力を貸せと、食い放題だと言ったのはお前らであろう。なのに何百年も閉じ込められ、外に出ることも叶わぬ。約束が違うぞ』
「何を言ってるの?」
 首を傾げる折々にそのアヤカシは目を向く。
『お前ら、海人の眷属であろう? …ん? 生身の…人?』
「どういう事だ」
 青嵐の言葉にアヤカシは答えずにやりと笑う。
『そうか、数百年ぶりの餌か。ならばありがたく頂くとするか』
『主上!』
 一気に疾走。襲いかかって来たアヤカシは庇うように入り込んだアルミナに噛み付く。
「吸血鬼!」
『なに?』
 だが相手はからくり、血を吸う事はできない。
 そのままアルミナは吸血鬼の身体を蹴り飛ばすと剣を構えた。
 と同時、寮生達の集中攻撃が吸血鬼を襲う。
 ほんの一瞬で吸血鬼は消滅寸前になった。
『貴様ら…一体?』
「私達は『海人の眷属』などではありません。それを調べに来た者。
 さあ、喋るか、消えるか。どちらがいいですか?」
 冷たい、見下すような目で言う静音にその吸血鬼はフッと笑って見せた。
『人のいう事など、聞く耳は持たん。今までも、これからもな…』
 そして一番近くにいた女性、アッピンに襲い掛かった。
 無論アッピンはそれを黄泉より這い出る者で速攻攻撃。瘴気へと返す。
「海人の眷属、話…、今までも…これからも」
 折々の頭にある想像が浮かぶ。最悪の想像が。
「下に戻りましょう」
 きっと仲間達も気付いている。折々は仲間達の顔を見つめると静かに頷いた。

●試しの時
『兄…』『アヤカシとの共存』
「ここまで苛立つ相手も初めてだ…」
 小さく、舌打つ劫光を心配そうに人妖、双樹が見つめる。劫光はその頭を撫でながら
「だがどんな思考を持つ人間だったかは理解せんとな」
 噛みしめるように呟いた。
「アッピンさんともお話していたのですが…この透徹さんという方が何か気になりますね」
 二階捜索班が戻って後、入れ替わりにやってきた捜索に出た彼らは、一階を軽く調べた後、捜査の対象を地階メインにしようと相談した。
 二階を調べた仲間達が二階には小さな小部屋が並び、アヤカシ達が封じられていたと告げたからだ。
 一階の各部屋にも符で封じられた部屋がいくつもある。
 構造的に部屋の先に何かがあるということが考えにくく、先に繋がっているとしてもおそらく地下であろうと思われたからだ。
 一階の部屋に背を向け階段から地下へと向かう。
 地下の、最初の部屋はまたも広い、何もない部屋だった。奥に通路らしきものがある。身を隠す場所も無い。
「壁沿いに進もう」
 ゆっくりと、注意深く進む。
 朔と紫乃の人妖も人魂で周囲を警戒している。
 だが、まさにその時であった。
 カチャン。
 どこからか、扉が開く音がして
『マスター! 後ろ!』
 突然、周囲をふわふわと浮いていた真名の宝狐禅。紅印が声をあげた。
「なに? どうしたの?」
 言ったと同時、真名も、そして開拓者達もその尋常ではない様子に気付いた。
 そこからか現れた人喰鼠の群れ、階段から下り部屋の奥から現れたちまち広い床を覆い尽くした。
 ぎらぎらとした目でこちらを見ている。
 そして、その奥に一際大きな気配があった。
「!」
 それは、拠点に待機する寮生達をも気付かせるほどの気配。何故これに今まで気づかなかったのかと思う程、それは強い意思を持った気配がそこにある。
 闇に紛れて姿は見えないけれど、確かに存在する。
「そこにいるのは誰だ!」
 劫光の声に答える代わりに『それ』は周囲のアヤカシ達に何かを命じたようであった。
『キキキッ!!』『ギギャア!』
 次の瞬間、鼠達はいっせいに寮生達に襲い掛かってくる。
「散るな! 固まって敵を迎え撃つんだ!」
 劫光の指示に全員が一か所に固まった。
 数が多い相手には囲まれて一番怖いのは、多数の敵に集中攻撃を受けて各個撃破されることだ。
 全員が背中を互いに預け、守り合う事でそれを回避する。
 最前線にいた為、一度は鼠たちの攻撃を食らった劫光であるが、九字護法陣の助けを何とか借りて後ろに逃れた。
「こっちです。劫光さん」
 紫乃の声に仲間の元に劫光が飛び込んだのと同時
「出でよ! 結界術符!」
 譲治が周囲に結界術符「黒」を繰り出し壁を作った。
『大丈夫?』
 心配そうに相棒の双樹が劫光に神風恩寵をかけた。傷がふさがっていくと共に
「ふう」
 と劫光は息を吐き出した。仲間達に彼は告げる。
「急に一階の部屋が開いて鼠どもが出てきた。封印されていた部屋から、そいつらを出した奴がいるんだ」
 劫光は闇の奥を見つめる。
「こいつらを、倒さないとそいつには近づけないってことなりね」
 譲治もまだ見えない敵をまっすぐに睨んだ。結界術符には体当たりを続ける鼠たちの衝撃が伝わっている。時折隙間から飛び込んでくる鼠もいる。
「槐夏。拠点の人達に連絡を。この様子を察しているかもしれませんが、数が10倍処の話ではありません。援護を頼むと伝えて下さい」
『解りました』
 主の命を受けた朔の人妖槐夏がその姿を鳥に変えて飛び立つ。
「奴らの意図は解らんが、こっちの話を聞くつもりもなく攻撃してきやがった。これくらい躱せなけりゃ意味がねえってことだろ」
 音が聞こえそうなほど強く握られた拳。
「こうなったらやってやる。迎え撃って殲滅だ」
「それしかありませんね」
「やるしかないのだ!」
「桜は私の後方で援護を。無理はしないで」
『はい』
 寮生達は頷きあった。
 鼠達の体当たりが続き、一枚の結界術符が悲鳴をあげ始めた。
 やがて前方の結界術符『黒』が消えうせた途端、飛び込んでくる鼠たち。
 劫光と譲治が二枚で迎え撃ち、そのすぐ横から朔が鞭と鎌で援護攻撃を開始した。
「紅印!」
 氷龍と九尾炎、白と紅の光が包み込む。
「完成せよ、『氷炎乱舞』!」
闇の中で弾けた光が寮生の反撃開始を告げたのだった。

●闇の中の陰陽師
「あと少しです。しっかり! アルミナ。叩き潰しなさい!」
「ああ!」
 最前線に立つ劫光に相棒を伴った青嵐が声をかける。
 迎え撃つ体勢さえ整ってしまえば、数が多いだけの雑魚など寮生達にとってはさしたる敵では無い。
 連絡を受けて援護にやってきた青嵐班の援護もあって無数に思えた鼠共もようやく床がみえるくらいには減って来ていた。
 アルミナ、綾音、山頭火、カラクリ達に加え、白房、紅印。二匹の宝孤陣の攻撃も忘れてはならない。
「…白房。僕と同時に術攻撃」
『了解!』
 的確な攻撃が前線の切り込み隊長を援護して、敵を確実に潰していく。
 やがて、最後の一匹が譲治によって踏みつぶされた時
『合格だな、なかなか早かった。待っていたかいもあったというものだ』
 暗闇から声が聞こえた。
「誰だ!」
 もう一度劫光が闇に向かって叫ぶ。
 カンテラと周囲に放たれた夜行虫、そして鬼火玉の炎が闇のに浮かぶ、二つの影を浮かび上がらせた。
 黒い長髪の男と、赤い髪の体躯のいい男。
 どちらも狩衣を纏い人間に近い形をしていた。だが人とは思えぬ瘴気を見纏っている。
『待っていたぞ。力を求める者よ。
 我が前に膝を折り下るがいい。さすれば力を与えよう』
 赤い髪、赤い目の男が尊大に告げる。
『我が名は浦部 海人。陰陽師にして人を超え、アヤカシを統べる者なり』
 自分達を見下すように笑う男を寮生達は真っ直ぐに、それぞれの思いで見つめていた。