【南部】昏き真実
マスター名:夢村円
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや難
参加人数: 7人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/10/10 23:17



■オープニング本文

 ガシャン! 
 物が割れる音がした。
 高価な調度がまた壊れたのだろう。と使用人達は昏い目で顔を見合わせた。
 夏の終わりから約一カ月、人も訪れぬこの館はまさに地獄であった。

 ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう!
 どうして俺が、どうして俺が、どうして俺が、どうして俺が!!
 許せない、許せない、許せない、許せない!!!
 思い知らせてやる、思い知らせてやる。思い知らせてやる!!!!

 暗い貴族館の一室で、その男は世の中全てを呪う様に全てに当たり散らしていた。
 自分はこの国の貴族に生まれ、さらに志体という才能を与えられた選ばれた人間である。
 陛下を除く全ての者は自分を敬い、愛し、そして称えなければならないのに…。
 今、自分は、その特権を全て奪われてしまった。
 あの、忌々しい一族のせいで…。

「復讐してやる! あいつらから栄光と特権と生きる喜びの全てを奪い取って俺と同じ目に合わせてやる!!」
 この日、男はこの数週間、毎日のように同じ相手を呪い、同じことを誓っていた。
 しかし、それが実現に一歩たりとも動く事は無い。
 家長によって男の財産は多くが奪われ、配下も全て取り上げられていた。
 外部との接触が禁じられていたわけでは無いし、彼が心を入れ替えればと親や家族は期待して復帰の道も残している。しかし貴族社会で忌避されたこの男に近付こうとする者はだれもない。
 そして、貴族に生まれ志体を持ちながらも、その座に甘え自らを鍛えることを何もしなかった男は、自分の非を認めることを良しとせず、金と権力を奪われて後どうすればそれを取り戻せるかを考えることさえできなかったのだ。
 世を呪う以外、男にできることは何も無い。
 そんな日々が続く筈であった。

 この日、一人の貴族が館を訪れるまでは…。


 最近、ジルベリアにある噂が広まっている。
 それは最初、一種のロマンスとして語られたと言う。
 メーメルの庶民に広まった吟遊詩人の語る物語が元であったとも言われている。
 その話はこうだ。

 ある幼馴染の男女がいた。
 二人は姉弟のように仲良く慕いあっていたが女は男の兄の生まれながらの婚約者。
 愛し合いながらも結ばれぬ二人は兄の目を盗んで逢瀬を重ねた。
 やがて女が子を宿すと同時に兄は失踪する。
 兄の失踪の理由は誰にも解らなかった。
 しかし、女にはよく解っていた。腹の子の親が本当は誰であるかも…。
 二人はその後、互いを慕い想い合いながらも永遠に許されぬ罪を背負い、互いに背を向けて生きて行く。

 話だけ聞けば確かにロマンチックな話と思える。
 しかし、噂はやがて翼を持ち邪悪に広がって行く。謳う吟遊詩人はほのめかしたのだ。
 この話は実在の話だと、モデルがいて真実なのだと。
 さらにそれを面白おかしく言い広める者がいた。
 物語は尾ひれがついてさらに過激になっていく。
 そうなれば庶民が面白がるに留まらず、退屈し切った貴族社会の人間まで噂が広まって行くのは直ぐであった。

「…お願いです。どうか、力を貸して下さい…」
 開拓者ギルドにやってきた若い騎士は、項垂れ、顔を下げて係員の前に立っていた。
 南部辺境伯グレイス・ミハウ・グレフスカスの甥、オーシニィ。
 その只ならぬ様子に係員が奥へと案内し、話を聞くと彼は噂の話をした。
「僕は、最初知らなかったんです。そんな噂が立っている事。でも、叔父の用で城に行ったりする度に後ろ指を指されているようで…、見かねた騎士仲間が教えてくれました。噂の物語を…。そしてその噂の人物が母と叔父である、と」
 オーシニィは慌てて祖父母に相談した。
 母にはとても言えなかったのだ。
 だが二人の返事は
「放っておきなさい」
「噂など直ぐに消える。何憚ることないのであれば堂々としていることだ。噂を消そうなどとやっきになると余計に面白がられるぞ」
 それは、確かに正論であるのだろう。
 だが、若いオーシニィには我慢ができないことであった。
 加え、噂が本当であるかどうか、知りたいということもあった。
 母や叔父にオーシニィが聞いても真実を語ってくれる筈はない。
「だから、開拓者の皆さんのお力をお借りしたいんです」
 オーシニィが一番望むのは噂の鎮静化だ。
 しかし、オーシニィがそれをしようとすれば余計に噂は広がることになるだろう。
 ならばせめて噂の発生源を突き止められれば、最悪、誰が噂を流しているか解る筈だ。

 そして可能であれば真実を知りたい。
 本当に自分は裏切りの恋の果てに生まれた許されぬ子なのだろうか。と。
 母を愛している。叔父も心から尊敬している。
 けれど…
 
「どうか…、どうかお願いします。力を貸して下さい」
 俯く青年騎士の目元から雫が零れ落ち、消えていった。
 


■参加者一覧
龍牙・流陰(ia0556
19歳・男・サ
フレイ(ia6688
24歳・女・サ
和奏(ia8807
17歳・男・志
フェンリエッタ(ib0018
18歳・女・シ
クルーヴ・オークウッド(ib0860
15歳・男・騎
ウルシュテッド(ib5445
27歳・男・シ
わがし(ib8020
18歳・男・吟


■リプレイ本文

●真実の先にあるもの
 その人物は下町で歌う吟遊詩人としては不似合いであったとそれを見た者は語る。
 派手な衣装に趣味の悪い竪琴。そして目立っていたのは紅い大きな石の入った指輪を左手にしていたこと。
 最初は鼻持ちならなかった男の歌を聞く者は誰もいなかった。
 だが日に日に生気を無くしていく男と引き換えのように、歌は日に日に輝きを増し人々の心に響く様になったという。
 男は最近姿を見せる日が少なくなった。
 しかし、その頃には歌と噂はジルベリア各地に知れ渡る程になっていたのだった。

「…なぜ、敬愛している筈のご身内の言葉より、出所の判らない下品な噂の方に心を置かれていらっしゃるのでしょう…?」
「それは…」
 開拓者ギルドの一室。
 和奏(ia8807)の鋭い一言に依頼人であるオーシニィは俯いた。
「…自分の目の前にあるコトが全てではダメなのですか? ある意味、ギルドにこうして依頼を持ち込むこともある意味噂を広めている事になるように思うのですが…」
「事が…僕一人の事であるのなら、なんとでも我慢します。でも、母上や叔父上、大切な人達を傷つけ侮辱する様な事は許せなくて…」
「信頼している人物が関係のない第三者を雇ってまでこそこそ詮索している事実に対して、当事者さんたちは傷付かれるのでは…と思うのですが…」
「……」
 オーシニィは強く唇を噛みしめていた。
 和奏の発する言葉は柔らかいが、時にナイフの様に鋭くオーシニィを貫いていく。
 彼の言っていることは全て正しい。だからこそオーシニィは反論を紡ぐことができなかったのだ。
『あのねえ!』
 見かねた和奏の人妖光華が和奏の前に指を立てる。
『みんなが和奏みたく何も考えずに全てをそのまま受けて入れてくれるワケじゃないの!』
「そういうものですか?」
『そういうものなの! しがらみとか白い眼とか、後ろ指刺されるとか。人の世ってのは和奏が考えるよりずっと大変なのよ』
「まあ…そうよね」
 話を聞いていたフレイ(ia6688)が肩を軽く竦めて見せた。
 時に人を飲み込んでしまう程ドロドロした貴族社会の闇の深さは、覗き込んだ者でないとなかなか解らないことであろう。
「高き地位にあればある程に、誇りや名誉というものは重くのしかかるもの。
 思いのならいっそ捨ててしまえば楽なのでしょうが、地位と責任有る者の下にはそれを支える多くの人がいて一人の我が儘や思いが多くの人を苦しめ、傷つけることもある…」
「そういうこと。気にするなでは納得できないわよね、そこに悪意を感じるのならばなおのこと。自分自身だけでなく大切な人を貶められると思えば…じっとしていられないのもよく解るわ」
 わがし(ib8020)の言葉に頷くと、フレイはオーシニィをまっすぐに見た。
「でも、抱え込みすぎるのは良くないわ。あなたは一人じゃないんだから」
 ポンと明るく笑いかけてフレイはオーシニィの肩を叩いた。
 その太陽のような明るい声にオーシニィは顔を上げる。そこでフェンリエッタ(ib0018)と目が合った。
 どこか縋る様な眼差しのオーシニィに気付いたフェンリエッタは近づくと、彼の手を取った。
「忘れないで。家族に愛され育まれた事こそが貴方の尊さを何より物語る。
 顔を上げて、胸を張りなさい」
「は、はい!」
 敬愛する騎士と開拓者に励まされたオーシニィの顔は貴族らしい誇りと強さを取り戻しつつある。
「力になることを約束するわ。だから聞かせて。貴方の知る限りの事を」
「はい」
 そうして彼は語り始める。
 まだ微かに首を傾げる和奏も光華に背を押され、オーシニィの話を聞くのであった。

 そして同じ頃、同じギルドの違う部屋。
「奥方」
 ウルシュテッド(ib5445)は密かに訪れた人物にお辞儀をする。
 サフィーラ・レイ・グレフスカス。南部辺境伯の母にして今回の依頼人オーシニィの祖母である。
「今回の件、悪意はオーシニィの母親にも向かってる。心当たりは?」
 完璧な礼を取りつつも率直な問いにサフィーラは静かに、だがはっきりと答える。
「…あると言えばいくらでも。貴族社会は魔窟ですからね。ただ…ここまでの事を今、やってくるというのであればそれは皆さんも知る彼かもしれません」
「なるほど」
 頷いて後、ウルシュテッドは視線を逸らした。
 顔を背け独り言のように呟く。
「時間が勝手に解決してくれる訳じゃない。沈黙は優しいが真実より深く心を抉る事もある」
 同じようにサフィーラもまた静かに呟く。
「知らない方が幸せ、ということもあるのよ。真実は万能では無いのだから」
「だが、それでも真実が、真実だ」
 そう言い残してウルシュテッドはお辞儀と共に部屋を出た。
 そこで
「ウルシュテッドさん」
「オーシニィ」
 彼は駆け寄ってきた青年と顔を合わせる。
「先ほどフェンリエッタさん達は発たれました…僕はおばあさまを迎えに…」
「オーシニィ」
 ウルシュテッドはもう一度、静かに青年の名を呼ぶ。そして、その顔を見つめて問うた。
「君は、元凶を具体的にどうしたい? 噂を流した相手の口を封じたいのか?」
「そんなことは…。ただこれ以上悪意のある噂を広げないでくれればでも…、その為に具体的にどうすればいいかは…」
 口ごもるオーシニィの肩をウルシュテッドはぽんと叩く。
「俺も家族も義兄の事を何一つ姪に伝えられない…遺言だからだ。
 君には真実を知る権利があるしお互い手も声も届く。
 やる前から諦めず先ず本心をぶつけてご覧。
 駄目でも次がある、皆もいる、大いに頼れ。
 動かなけりゃ何も始まらん」
「…ウルシュテッドさん」
 オーシニィの返事を待たずウルシュテッドは歩き出した。
 軽く片手をあげて。
 一人残り、拳を握りしめるオーシニィに
「オーシ」
 静かな声がかけられたのはウルシュテッドが姿を消した後の事であった。

●愛の代償
「ふう」
 大きく息を吐きながら下町のある家から出て来た龍牙・流陰(ia0556)は
「龍牙さん!」
 手を振り駆け寄るクルーヴ・オークウッド(ib0860)に気付くと慌てて彼の手を引き物陰に誘った。
「すみません。少し静かに」
「どうしました? ここは確か診療所ですよね。どこか具合でも?」
「いえ、別にそう言うわけではありません。ちょっと情報収集に来ただけです。それで、何か解ったんですか?」
 流陰に問われ、思い出したようにクルーヴが顔を上げた。
「それが、例の吟遊詩人はメーメルを皮切りにあちらこちらで歌を歌いながら噂を広めて行ったようなのですが…なんだかおかしいんです」
「おかしい?」
「はい。最初は鼻持ちならない貴族っぽかったのですが、徐々に生気を失って行くようで、でも逆に歌は冴えわたっていったと」
 相棒のグェスでクルーヴは吟遊詩人の足取りを追っていった。
 そして調査の結果、本当のスタートはどうやらメーメルではなく、ラスカーニアであると解ったのだ。
 ラスカーニアを出発した吟遊詩人はメーメルに長く滞在し、歌と噂を広め、そしてリーガへと北上していった。
 メーメルは劇場を要する芸術都市でたくさんの吟遊詩人が訪れる。
 彼らが人気の話と曲を聞き覚え、さらに広め…現在に至るということのようだった。
「直接、吟遊詩人と顔を合わせ曲を覚えたと言う人から話も聞けましたし、流れとしてはこれで間違いないかと」
「その吟遊詩人の顔や外見などは解りますか?」
「聞いた範囲ですが…」
 そう言って頷いたクルーヴが提示した情報に流陰は頷いた。
「ほぼ間違いなく彼…ですね。やはりそうですか」
 流陰が言う彼とはグレフスカス家に恨みを持つ貴族の男のことであった。
 依頼人オーシニィの母に恋慕し、卑劣な手を使って手に入れようとして開拓者に返り討ちにあった愚かな男。
 後にグレフスカス家が回した手によって愚行は貴族社会全体に広がり、表舞台に出ることさえできなくなったという…。
 己の一方的な思いを愛と思い込む愚かな男。
「彼ならグレフスカス家に恨みを持っても不思議はありません。しかし…」
 流陰は考え込む。
(いや、こんな回りくどい手を思いつくような人物には見えなかった。少なくともこの手を考えた人物は、別の誰かのはず…。それに…)
 彼は診療所を振り返った。
 流陰がここに来たのは軽い情報収集と共に、一人の女性の幸せを確かめたかったからだ。
「先生はこのお話をどう思われますか?」
 身体に異常がないか見に来て貰いに来たという開拓者を、患者をたくさん抱え忙しいであろう診療所の医師は笑顔で迎えてくれた。
「誰からも祝福されない恋。
 それによって背負った罪。それでも家や立場を捨てて愛する人と一緒になる道を選択する…きっと簡単な選択ではないでしょうね」
「…、そうですね。それにこの国では結婚相手を親や家が決めるなど当たり前の事。その中で無理に思いを通せば自分のみならず周りを傷つけることにもなるでしょうからね」
 嘱望されていた将来を捨て、貴族の娘と駆け落ちした男の言葉に秘められたものは深い。
「けれど…先生は後悔されてはいないのでしょう?」
 そう問うた流陰に先生と呼ばれた男性は少し目を見開き、頷いた。
「無論。彼女は私にとって全てと引きかえにしても悔いはない女性ですから」
「僕も…できることなら幸せになって心から笑ってほしいと、そう思います」
 失礼します。
 そう言って立ち上がった流陰を医師は呼び止めて、ある情報を教えてくれた。
「そうです。忘れるところでした。クルーヴさん。少し前にその吟遊詩人らしい男性が町の酒場で倒れて診療所に運び込まれたことがあったそうなのですよ。
 治療もそこそこに逃げ出したようですが、ずいぶん衰弱していたと…。数日前の事らしいですが…」
「ならば、まだリーガの近辺にいるかもしれませんね。酒場を回って吟遊詩人を探しましょう。予定通り噂を広めながら」
「それがいいと思います。意図的に流された噂なら、三人を貶めるのが目的でしょうか。なんにせよ許せるものではありません。
 念の為、僕は穿牙と一緒にリーガに彼が潜んでいないか探しますから」
「お願いします。僕もグェスの所に一度戻ってきます。何かあったら宿に連絡をします」
 クルーヴに頷き走り出そうとした時、流陰は診療所を一度だけ振り返って小さく呟いた。
「…どうか、幸せに…」
 と。

●言葉の持つ力
 元々、リーガ、メーメルを始めとする庶民たちには噂の主人公に悪意を持つ者は殆どいなかった。
 その話のモデルがグレイスだと聞けば尚更である。
 彼らの多くが持っていたのは純粋な好奇心。
「ならば噂を上書きして興味を逸らす、とかできないかしら」
 フェンリエッタのアイデアに開拓者達は頷いたのだった。
「では、まずはオードソックスに」
 わがしは微笑みながら琵琶を爪弾いた。
「〜〜♪
 若き二人の恋の物語。その行く末はいかに〜♪」
 甘くロマンティックに語られる歌に人々は耳を澄ませる。
「あ! この話知ってる」
 と声を上げた者もいる。
 その言葉通り噂の結末は急速に南部辺境に伝わって行っている。
 嬉しそうに頷きながらわがしは声を上げた。
「それは…悲しき物語…。背を向けあった二人は罪を抱えて生きて行く。
 長き年が流れ彼らは噂を耳にする。
 兄は天儀で非業の死を遂げた。と〜。
 二人は罪の深さを思い知る〜。
 その最たるは本心を歪め封じ込めた為に兄を追いつめた罪。
 二人は償いを決意する〜♪ 愛する我が子に真実を〜伝え二人歩き出す〜♪
 兄に祈りを捧げながら、二人は生きていく〜♪
 罪を胸に、償いをその手に…それぞれの道を歩いて行く。
 それでも未来を信じながら〜♪」
 自らの罪を悔いながらも、未来に向かおうとする二人を希望を込めて歌うわがしの歌は人々の心に染み込んでいくようだった。
 満場の拍手がわがしを包み、彼は優雅にお辞儀をした。
「では、今度はちょっと冒険が好きな方、どうぞ足を置止め下さい。
 これから語りますのは天儀から伝わりし、最新の物語。
 天儀崩壊説は如何でしょう。
 実は大アヤカシがこの地を浮遊させている、「冥越八禍衆」が実はそれであり〜♪」
 わがしが、フェンリエッタが各地で歌い広めた歌を
「そういえば、ご存知ですか? あの噂の結末を」
 調査に回った開拓者達も噂として支え、さらに
「今、ジェレゾでは皇帝陛下が…」
「楽しいハロウィンの歌をお聞かせしましょう!」
 新しく、スリリングな噂を張り巡らせる。
(僕はまだまだ未熟ではありますが、騙りと言うのは僕は許せませんね。
 歌や語りは人の心を和ませ、楽しませるのが本分というもの。
 …しかし、ご依頼人や皆様はその辺りを気にされていない様子。
 ならば流れに乗るのも一興、と申しましょう)
 わがしは思いながら琵琶をかき鳴らし、吟遊詩人の本分を果たす。
 かくして、南部辺境の領主達の耳に噂が届くころには噂はすっかり静かになっていたのだった。

 ただ、ジェレゾの貴族社会ではなかなかそうはいかなかった。
「初耳だな、最近の話かい?」
 広がった噂とそれを楽しむ暇人たち。
「そうですわね。貴族のサロンから伝わって…」
「あら、最初はどなたかがお連れになった吟遊詩人の歌からではなかったかしら?」
 噂話の始まりなど特に気にもしない。
 彼らの多くにとっては退屈をしのげればきっと何でもいいのだろう。
 このタロット占いの様に。
 貴族サロンに自身も出入りし、貴婦人たちにタロット占いをするウルシュテッドはタロットカードの手を止めて肩を竦めた。
「俺の友人の話かと思ったよ、よくある話だが聞いたら悲しむだろうな…」
「あら、そんな話が他にもあるんですの?」
「ああ…そいつは…」
 なるべくロマンティックに同情を誘う様に彼は「噂の結末」を語って聞かせた。
 貴婦人たちはうっとりと、聞き入っている。
「ステキなお話ですわね」「切ない思いを胸にそれぞれの道を歩いて行く。感動ですわ」
 これで暫く貴婦人たちの話題は決まりだろう。
 後はゆっくり噂が上書きされるのを待つしかない。
「そういえば、暴力沙汰で破滅した男の噂、その後を知ってるかい?」
 立ち上がりかけたウルシュテッドは、ふと思い出したように問う。
 貴婦人達は一瞬目を丸くし、そして顔を見合わせながら言った。
「あの方は、家を出てしまわれたと言う話ですわ」
「なに?」
「家を飛び出し、行方不明。どこに行かれたのやら」
「お父上はお怒りで勘当するとおっしゃっていましたが、ご老人はご心配しておられたようですわよね」
「ええ…近く捜索の手を広げると…」
 ウルシュテッドは丁寧にお辞儀をしてサロンを出ると急ぎ足でその場を後にした。
「辺境に戻るぞ。ヴァンデルン!」
 駿龍に飛び乗ると彼は全速力で飛翔する。
 姪の待つ、南部辺境へと…。

●昏い真実
「そうですか…オーシがそんな事を…」
 南部辺境、リーガ城。
 その応接の一室で南部辺境伯グレイス・ミハウ・グレフスカスは窓の外を見ながら話を聞いていた。
 側に立つのはフェンリエッタ。
 噂の話と依頼の事を彼に話に来たのだ。
「噂はご存知ですか?
 オーシが苦しんでる」
 フェンリエッタはなるべく冷静に、客観的に事態を話す様に務めた。
 だが、語るごとにこぼれそうになる涙を止めることができなかった。
「グレイス様、貴方は間違ってる」
 振り絞るような声で彼女は言った。
 それは、夏の海で彼が言った言葉へのフェンリエッタの返答であった。
「私は人を愛する資格の無い者ですから…」
「もう少し時間を頂けませんか? 貴女との間の種を育てる時間と共に…」
「約束したのに、ひとりじゃないと言ってくれたのに。
 貴方自身は独りで抱え込んで私を拒絶した。
 腹が立った、落胆した。
 悔しくて寂しくて…消えちゃいたいと思った」
 雫が一つ、絨毯に落ちる。
 その雫からグレイスは目を離しはしなかった。
「でも人は誰でも過つし
 許す事ができるのも人だから
 今すぐ言えなくていい
 私じゃなくていい
 愛さなくていいから
 痛みも分け合って
 一緒に考えればいいの」
 目元を拭い、フェンリエッタはグレイスの手を取る。
 勇気を持って片手を、そしてもう一つの手と共に自分の手で包み込む。
「私は…貴方が怖い、男の人が怖い
 でも離したくない。
 貴方がちゃんと人と向き合えるまでは。だから…どうか…」
 フェンリエッタがグレイスの手を強く握りしめた、その時。
 廊下を正に走る音がする。
「大変よ!」
 そして部屋に飛び込むように開拓者達が入ってきた。
 二人の手が離れる。
 流陰、クルーヴ、フレイ、わがし、そして和奏までもが息を切らし慌てた顔をしている。
「どうしたんです? 一体?」
「噂を蒔いていた…吟遊詩人を見つけたのです。ところが…彼は…」
 クルーヴが息を整えながら事情を説明したのだった。

 噂の上書きをしながら開拓者達は噂をばらまいていた吟遊詩人を捜索していた。
 そして、リーガでそれらしい男をクルーヴが発見したのだ。
 彼はキャラバンに紛れて次の村に行こうとしていたようだった。
 近場にいた開拓者達に声をかけ彼を追い止めようとした。
 キャラバンの幌馬車に追いつき男を呼んだのだ。
「怪しい者ではありません。ただ話を聞きたくて…」
 中から男が立ち上がる。
 貴族風の優美な服装に竪琴。趣味も仕立ても悪くないが紅くぎらぎらした大きな指輪が不釣り合いに光っている。
 流陰はその顔を見て呟いた。彼の顔に覚えがある。
「貴方はやはり…」
 しかし、次の瞬間
「えっ?」
 彼らは驚愕した。
 彼の背後から、キャラバンの商人達が飛び出し、開拓者達に襲いかかって来たのだ。
 目を血走らせて、あるいは狂気の眼差しで。手に手に武器を持って。
「何? 一体?」
「何者かに…操られている?」
 その数十名弱。
 とっさに攻撃をかわしながら開拓者達は商人達の意識を刈り取って行く。
 明らかにアヤカシではないから倒すわけにはいかない。
 開拓者達が襲いかかって来た男達を全員地面にひれ伏させた時には、もう馬車から男の姿は消えていたのだ。

 フレイは言う。
「彼は、アヤカシだったのよ。もしくは何かアヤカシの介入を受けている。
 怨みを持つ男のただの嫌がらせじゃない。何かが…動き出しているんだわ」
 彼女の言葉は仲間達に説明するだけのものではない。
 その証拠に彼女は真っ直ぐにグレイスを見つめていた。
「私は、約束したの。オーシに力になるって…。でも、その為には真実を知る必要があるわ。そしてちゃんと終わらせなくては。…彼女が作り、皆が語った歌の様に…」
 フレイの言葉と共に開拓者達の目視その全てがグレイスに集まった。
 グレイスは唇を噛みしめ、沈黙している。
 隣に立つフェンリエッタは彼の手に小さな、でも確かな震えを見た。
(どうして…彼は)
 その時である。
「…どうか、グレイスさんを責めないで頂けませんか? いえ、責めているわけではないのは解っていますが…彼が罪を背負い沈黙を守っている本当の理由は、私にあるのです」
 静かな声が部屋に響いた。
 開拓者達全員が振り向く。開拓者達が飛び込んだ時、開いたままの扉の前にウルシュテッドが立っていた。その背後には依頼人オーシニィと、その祖母サフィーラ。
 そして…
「リィエータさん」
「義姉上…」
「お話は義母様から伺いました。貴方はずっと…私が思う以上に苦しんできたのですね」
 立ち尽くすグレイスの前に歩み寄った貴婦人は自分より背の高い義弟を見上げ、その頬に触れて微笑んだ。
「良い機会かもしれません。真実をお話ししましょう。これ以上、貴方が苦しみ続けるのを見るのも…私は忍びないのです」
「義姉上」
 そして彼女、リィエータは開拓者達と息子の前に立った。
「全てをお話しします。そして…どうか皆様のお力とお知恵をお貸し下さいませ」
 跪くように深く頭を垂れたリィエータは語り始めた。
 遠い過去に埋もれた昏い真実を…。