【朱雀】進級論文への道
マスター名:夢村円
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや難
参加人数: 4人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/10/06 02:37



■オープニング本文

【これは朱雀寮二年生用シナリオです】

 一年生の小論文試験が開始された。
 そして、二年生の進級試験も今月から始まると予告されていた。
 進級試験の課題内容も既に解っている。
「皆さん、進級試験の用意は進んでいますか?」
 朱雀寮長 各務 紫郎は集まった二年生達にそう問いかけた。
「進級の仕組みについては昨年も説明したとおりです。
 実習における配点などについても一年時とそう大差ありません。
 細かい所で違いはありますが、合格点数が80点、そのうち授業配点で得られる点数が50〜70点。
 ちなみに100点が満点ではありません。というより満点はありません。
 本人次第で加点、減点はいくらでもなされるということ。
 残りをこれからの試験でどの程度の点数を獲得するかで合格不合格が決まると思って貰えばいいでしょう」
 つまり、授業にちゃんと出て成果を残していれば試験が奮わなくても進級の見込みはある。だが試験を落せば進級は困難ということだ。
「なお、実技試験は例年通り陰陽人形制作となります。どのような形で行うかは次回に発表しますが、一年時のように試験の時に行動を見る様な事はしません。純粋に制作とその過程、そして結果を見ますので自分はどんなモノを作りたいか、考えておくとよいでしょう」
 そう言うと彼は寮生達を見る。
 静かな目で。
 寮生達は気配を感じて背筋を伸ばす。
 何かが始まる気配を。だ。
「では、これより進級試験を始めます。
 第一義
 朱雀寮二年生進級試験 課題。
 十二月に決定したテーマについての考察、意見を300字以上、500字以内に纏め、発表会にて発表しなさい」
 寮生達は息を呑み込んだ。
 いよいよ始まってしまった。
「発表は今日一週間後。場所はこの講義室です。発表の順番はくじ引きで当日決めます。
 纏めの為の資料閲覧は二日前までは自由。
 二年生用の図書室などを利用しても構いません。質問等もあれば受け付けましょう。
 その後、内容を纏め発表をしてもらいます。その発表態度、内容など全てを踏まえて成績を付けます。
 なお採点者は私の他、何人か…、もう隠しても仕方のないことですから言いますが五行王を始めとする五行重鎮の方々が集まります。
 偉い人の前で発表するから、良いモノを、ではなく、誰が聞いても良いと思われる内容になるよう十二分に精査、検討して臨んで下さい。」
「すみません。質問いいですか?」
 手を上げた寮生に寮長はどうぞ、と頷く。
「最初思っていたことを色々調べていくと、思っていたような成果がどうしても出せない事が解って…、研究として纏まらないと言うか…形にできないというか」
「そういう時は、纏まらない、あるいは間違っていた理由や過程を振り返り、纏めてみるといいでしょう。
 自分はこう思っていたが、調べてみたら実際はこうであった。よって自分はこう反省した。解った事や経験を主軸として纏め、そして可能なら今後の課題なども提起する。
 足りない所があるならそれを逆手にとるのもまた一つの方法ですよ」
 なるほど、と寮生達は思う。
「発表形式に決まりはありません。発表と実技を取り混ぜて成果や検討課題を見せたりするのも有りでしょうし、実物などを持ってきて提示することも認めます。各人の創意工夫を期待していますよ」
 説明と指導の後、寮長は寮生達を見た。
 例年、試験前に寮生に告げる言葉を今年も告げる、いや贈る。
「文章は発表後、提出して貰い進級論文として図書室に保管されます。勿論、発表態度なども点数に関わってきますのでいう間でもありませんが、真剣に全力で取り組んで下さい。
 この試験が終われば皆さんは、三年生。陰陽寮の最高学年になります。その意味を忘れないように。以上」
 そして残された二年生達は噛みしめるのであった。 

『陰陽寮 最高学年』
 その意味と重さを…。


■参加者一覧
芦屋 璃凛(ia0303
19歳・女・陰
蒼詠(ia0827
16歳・男・陰
クラリッサ・ヴェルト(ib7001
13歳・女・陰
カミール リリス(ib7039
17歳・女・陰


■リプレイ本文

●進級試験の前に
 10月某日。
 ある秋晴れの吉日。
「来ない!?」
 朱雀寮では悲鳴にも似た声が響いていた。
 今日は朱雀寮二年生の進級論文発表会の日。
 部屋の中を行き来する芦屋 璃凛(ia0303)はまた、動きを止めて声を上げる。
「なんでや?」
 朱雀寮小講義室脇、発表演者控室。
 璃凛だけではない。集まった二年生達は全員が今だに姿を見せない仲間の事を案じていた。
「何か…あったのでしょうか?」
「試験を受ける意思は…あったと思うけれど…」
 カミール リリス(ib7039)もクラリッサ・ヴェルト(ib7001)も顔を見合わせている。
 間もなく始まる進級論文発表会。
 講堂には既に多くの人が集まっている。
 さっきちらりと覗いた限りでは中央には五行王 架茂 天禅が護衛も兼ねた陰陽師を側に控えさせて悠然と座していてその他にも王の側にいる初老の男性は大臣の一人だと聞くし、知望院や封縛院の関係者もいるらしい。
「あ、西家の長治さんも」
 見ているだけでかなりの実力者、もしくは高い地位にあるのだろうと解る人物がごろごろと並んでいるのだ。
 小講義室はほぼ満員。
 俯く璃凛を見ながら彼方や清心も心配そうに窓の外を仰ぐ。
 未だ来ない同級生。
 彼が来る様子はまだ無かった。
「…何か、事情があるのでしょう」
 軽いノックの後、扉が開いて一人の人物が入ってくる。
 朱雀寮寮長 各務紫郎は室内に入ると落ち着かない様子の二年生達をぐるりと見回した。
「間もなく発表会が開始されます。用意はいいですか?」
「寮長…、あの…」
 縋る様な璃凛の眼差しに寮長は小さく息を吐き、頷いた。
「彼の事は後で考えます。発表会不参加が大きなペナルティになるのは否めませんが、でも、彼に進級の意思があるなら救済方法も考えましょう。
 皆さんは、今は自分の発表に専念して下さい」
 寮長の言葉に二年生達は背筋を伸ばす。
 これから始まるのは陰陽寮最高学年への進級をかけた大勝負なのだ。
「先にアヤカシ研究の二人、それから後に術研究の三人が発表を行います。用意はいいですね?」
「「「「「はい!」」」」」
 彼らは声を上げた。
 自分達の試験に全力をつくし、その上で彼を待つ。
 寮生達は、自分達の草稿を握りつつ、
「これから陰陽寮朱雀寮二年生 論文発表会を始めます」
 今まで体験したことのない勝負の舞台に向かっていく。

●アヤカシ研究
 最初に登壇したのはリリスである。
 彼女は深く一礼すると草稿を演壇の上に置いて読み上げる。

「蛇アヤカシに見る瘴気の形状形成」
 聴講者達の視線は突き刺さるように鋭いがなるべく気にしないようにしながら彼女は発表を開始する。
 なるべく聞く人達の顔を見ながら、淀みの無いようにしっかりと。
「先ず、蛇アヤカシについて調査すると言うのが当初の目標でした。
 そこで思った事がありました。アヤカシが何故その姿を取るのか、つまり、瘴気の形状形成までの過程についてです」

 最初にリリスが提出したテーマはシアナスネークであった。
 しかし、そこから発展させて蛇アヤカシ全体、さらにはそこから先に進ませたのだ。

「生物とは違い進化といった理を必要としないアヤカシではありますが瘴気がその形状を選び取る何らかの理由という物があるのではないでしょうか?
 これは泰国の魂魄やアル=カマルのカーとバーと言った霊魂観から発想を得た部分も多いですが
 下級アヤカシの類いは数も多く多様性に富んでいます。
 しかし、何故ここまで増える事と成ったのでしょうか?」

 蛇アヤカシ一つをとってもその種類は何種類もあり、同じアヤカシであっても能力差が少なからずある。
 炎龍ラヒバで幾度も、天儀各地、時には故郷アル=カマルに赴いて調べる度に、リリスはアヤカシの個体差に驚き、頭を抱えることになった。
「全ての人に正しいアヤカシの知識を伝えたい。儀での差、国での差、地域差、集落での差それら全てを無くしたい」
 それが彼女の願いであるが、その前に伝える為の正しいアヤカシの知識を獲得するにはどうしたらいいのか…。
 正直、簡単に答えは出ない。

「成りたちを知ればその器を壊したり、発生そのものを制御することも可能な筈。
 想像の域を出ませんが瘴気にも質や性質のような物がありその影響による物ではないか。
 もしくは、地域や風土、支配者となるアヤカシの影響なのではと考えます。
 無作為に選ばれるので有れば死霊系や物品に宿るアヤカシは存在したでしょうか?
 蛇アヤカシの場合卵から誕生しない為元々は単独であった瘴気が分裂、もしくは、その場に存在するアヤカシの影響から器を選択したのでは無いでしょうか?
 そして、幾度か繰り返した末変化又は変異を生じさせアヤカシでしかあり得ない体躯や能力を得たのではないかと推測します」
 
 アヤカシの研究に終わりはない。
 だからこそ、彼女は未来への課題を提示したのだ。

 発表を終えたリリスに小さくない拍手が贈られる。
 大きく息を吐き出して壇を降りた彼女はもう一度、草稿を見つめた。
 最初に考えていたものとはだいぶ変わり、気が付けば蛇アヤカシそのものはおまけのようになってしまった。
 でも、目指す目的は変わらない。
 小さく微笑んで、リリスは次の発表に向かう清心とすれ違う。
 そうしてもう一人のアヤカシ研究発表者が壇上に登ったのである。


 清心の研究テーマは
「アヤカシの憑依能力」であった。

「アヤカシの中には憑依と言う能力を持っている者が少なからず存在します。
 当初、それは一部の吸血鬼のみの能力と思われていました。
 しかし、近年、異なる形ではありますが憑依の能力を持つ違う種のアヤカシが確認されました。
 憑依と言う能力は吸血鬼のみの力では無く、その憑依の方法もまた様々であるようです」
 そう告げて清心はいくつかの事例を挙げた。
 第一の事例は物品が本体であり、物品を媒介にして人を操り続けたジルベリアのフェイカーである。
 続けて幽霊系のアヤカシが人に入り込み、その精神を崩壊させかけた事例なども挙げる。
 また、死体や物品に憑りつくのも広義で言うなら憑依と言えるだろうし、生きている人間に憑依しその身体を食い殺しながらも生きている様に見せかけ開拓者をけん制したり、新たな餌を探しに人間の世に潜り込んだ例もあった。

「アヤカシに憑依された事例の中で、人間が生きたまま憑依され、最終的に生存した例はごく僅かであるようです。
 憑依されたが最後、命を食い荒らされ死に至る。
 けれど、その外見は人の姿のままで有る為、家族などの反発をうけ退治できなかったという話もあります」

 そこで清心は一つ大きく深呼吸をする。
 実は彼はかつてある研究に心を惹かれていた。
 実体を持たないアヤカシに憑依と言う形で肉体を与え、使役するというもの。
 アヤカシそのものを捕え、自分の命令を聞かせる。それがとても魅力的だったのだ。
 自分自身を認めて欲しい、自分は優れた人間であると証明したい。
 初心はあまりにも幼稚で今思い返すと恥ずかしくなるが、でもその研究は今も彼の目標である。
「アヤカシと人を繋ぐ存在になりたい」
 そう願った先輩の影響もあるだろうか。
 彼にとってもこの研究は夢の第一歩でもある。

「ですが、逆に考えればアヤカシが何かに憑依すると言う事は実体を持たないアヤカシに『肉体』という形を与えられると言う事。
 相容れないアヤカシと人、それを繋ぐ可能性が憑依にはあるように思います。
 現在ではまだ憑依という能力や、その性質、使うアヤカシなどについても不明な点が多いですが、だからこそこれから向かい合っていくべきテーマで有ると考えます。
 まだまだ未完成の研究ですが、これからも注意深く調査、観察を続けていくつもりです」

 本人も言うとおり、今はまだ研究と呼ぶには未熟な点が多い発表である。
 だが、視点と意欲は悪くない。
 後に彼の発表はそう評価されていたようだった。

●術応用研究
 アヤカシ研究二名の発表が終わり、少し休憩をはさんで術応用の発表の番になった。
 術応用の発表者は未だ三名。
 最初の予定は少し変更され本来であるなら二番目に発表する筈だったクラリッサが一番に発表を行う事になる。
 草稿を手に舞台に向かって歩き出すクラリッサの足どりは重い。
「あぁ…自信ない…」
 順番が近づくごとに高鳴る心臓、そして正反対にテンションは下がって行く。
 この内容でいいだろうか?
 間違っているところは無いだろうか?
 自分はちゃんと発表できるだろうか?
 そんな事ばかりが頭の中を駆け巡って行くのだ。
『今更言っても仕方ないだろう?』
 はあ、と何度目かに大きく息を吐き出したクラリッサの肩に猫又のルナはひょいと飛び乗った。
『行け、行って砕けてこい』
 尻尾がぺちりとクラリッサの背中を押す様に叩く。
「砕けちゃダメでしょ…」
 くすっと、クラリッサは小さく笑った。
 ぶっきらぼうだが、相棒の思いやりは肩に伝わってくる。
 スッと肩が軽くなった。ルナが肩から降りたのだ。
 気が付けば舞台はもう目の前。
「うん、行って来るよ」
 契約の時計をぎゅっと握りしめて、クラリッサは意を決して舞台へと上がって行った。

「治癒符について考察したことを発表します」

 彼女は居並ぶ聴衆を前に真っ直ぐ顔を上げて自分の考えを言葉に表す。

「治癒符は式を体の一部として形成させて傷を癒す術です。
 普段私たちが使う式はどれも時間経過によって消滅してしまうのに対し、治癒符で補った部分は消滅することがありません。
 これはなぜか?
 私は既に人の体の一部になっているからだと考えます。
 これは、式という異物で人間の体を、条件付きとはいえ創っていると言い換えることができます」

 瘴気から生み出された式が別なものへと変化する。
 それがクラリッサには瘴気、しいては陰陽術の持つ可能性を一番表す術に思えたのだ。
 いくつかの実例や、特殊な過去の症例などを具体例として提示する。
 それらは同時に治癒符、陰陽術によって人が救われた例でもある。

「現状、骨に欠損が及んだ場合は効果が望めません。
 しかし、切断された腕の結合が可能だったとの文献もある為、目に見える程の効果は無くとも再生はしていると考えることもできます。
 同様に失血状態に対し効果が望めないのも、血液の創造が困難だからでしょう。
 なぜそれらの違いが出るのか、その理由は解っていません。
 ですが、術式を解明し、最適化を試みることができれば、自ずと答えが見えてくると思っています」

 課題選択の時、この術を選んだ理由をクラリッサは思いだす。
 それは今も変わらず心の中にあること。
(私は、役に立ちたい。
 母さんの、そして私の手が届くできる限りの人たちの…)
 全ての人を救う事はできないかもしれない。
 でも、手の届く限りの人は救いたい。

「治癒符は陰陽術の中でも発展性を持っている術でしょう。
 より発展を望むにはどうすべきか、今後も試行錯誤を重ねていきたいと思います」

 最後まで迷いなく、淀みなくしっかりと自分の考えを纏め述べたクラリッサに大きな拍手が贈られたのはいうまでも無い。


 彼方の研究テーマは呪縛符である。

「呪縛符という術は、名前負けしている術ではないかと感じることがあります」

 最初から術の否定から入った彼方の発表にざわりと空気が揺れた。
 だが、それを表面上は気に留めた様子もなく、口調も変えずにさらに彼方は続けた。

「呪縛という名にもっと強烈な足止め効果を期待する人は多いと思いますが、現状の呪縛符はほんの僅か動きを鈍らせる程度の効果しかありません。
 陰陽師の誰もが最初に習得する初歩術であることを考えれば致し方ないとも言えますが、実際の戦闘の中ではそのほんの僅かの差が命のやりとりに大きく左右する現実があります。
 故に呪縛符がもっとはっきりと敵の動きに干渉することができればアヤカシとの戦闘において強力なアドバンテージとなり、多くの人の命を守ることになるのではないかと思うのです。
 僕が呪縛符を研究対象に選んだ理由もそこにあります」
 
 そうして彼は術式を提示し、より強力な技にできないかと提案する。
 手や足に絡みつく式をより大きくする。もしくは強化する。
 それによって得られるアドバンテージはおそらく、一撃、一瞬、一秒程度のものであろうが…。

「その一瞬、一秒で流れが変わります。
 強敵が相手であればあるほど、その一瞬に命を救われる人は多いでしょう」

 彼方は揺るぎない視線で前を、未来を見つめる。
 
「僕がこの陰陽寮で学んだ事は、陰陽術は人の希望と命を守る為の術であるということ。
 人の希望と命を守る為にはどうしても強い力は必要です。
 ですが、その力に呑み込まれては結局アヤカシと同じ存在に堕ちてしまう。
 故に呪縛符という陰陽師にとって初歩の初歩である術を高める努力をすることで、初心を常に忘れないようにするべきだと思うのです。
 術式の書き換え強化は試行錯誤が必要であり、簡単にできることではないかと思いますが、僕は今後も研究を続け、挑んで行きたいと思います」

 朱雀寮生らしい発表は概ね好意を持って受け入れられたようであった。


 進級論文発表会最終演者。
 自分の番が近づいた璃凛は何度も大きく深呼吸した。
 と同時自分の衣服も再確認する。
 ただ発表を行うだけで有れば衣服は清潔で、ちゃんとしたものであれば問題ない。
 だが今回自分が行う発表は、今までに例の少ない特殊なものであるので足先から靴まで確認する。
『発表』の最中に破れたり、脱げたりすることの無いように。
『璃凛』
 からくり遠雷に名前を呼ばれ、璃凛は顔を上げた。
『もうじき前の寮生の発表が終わるぞ。用意はいいのか?』
「あ、大丈夫や。おおきに」
 最後に服の埃を払って璃凜は控室を出た。その後を遠雷がついていく。
「心配やわ、したい事書いただけやし」
 既に仲間達は発表を終えている。
 周囲に人目が無いのを確かめて、ふと零す様に璃凛は呟いた。
 フッと肩を竦めるように遠雷が笑う。
『なるようにしか、ならないだろう? それとも辞めるのか?』
「解ってる。ちょっと言ってみただけやて」
 相棒の笑みと言葉に、逆に気合が入ったのだろうか。
 璃凜は軽く自分の頬を叩くと舞台袖に立った。
 丁度彼方が発表を終えて降りてくるところ。
「頑張って下さい」
「おおきに!」
 彼方と軽く手を打ちあわせると璃凛は真っ直ぐ顔を上げて、壇上へ上がって行った。


 最後の発表者は芦屋 璃凛の登壇に聴衆は軽くざわめく。
 それは璃凛が一人では無く、側にからくりを伴っていたからである。
 だが、当の本人はそのざわめきを特に気にせず一礼するとからくりを背後に控えさせると演台の前に立った。

「巴の発展について」

 深く深呼吸して璃凛はまず、自分がこの研究を選択した理由を語る。

『うちの研究テーマは巴の戦闘転用でした。
 発想理由は、巴には伸びしろが有り改善可能で有ると感じたからと自身の視力低下が主な理由です。
 元々は攻撃手段に使えないかと考えましたが、それを行うにはアヤカシを形成する瘴気に介入するという、高度かつ難度の高い物になり長期及ぶモノとなりそうな為、進級論文とするには適さないのでそれよりも見いだす事の出来る能力強化に的を絞る事としました』

 軽く眼鏡に触れた後、璃凛は本論に入った。

『とはいえ、外に向けるか内に向けるかでまるで違った物になります。
 行動予測と身体強化で全く別の動作、術となる為です。
 そして能力強化として考えている術は巴では察知できない攻撃行動までの対象の体の動きを予測し先手を打つというのが思い描く理想形に成ります
 方法としては、純粋な強化又は、身体に補助的な式を用いての強化です。
 なので、どちらに絞るかを決めようと考えています。
 補助的な式を用いての式の形状は、音から周囲を知覚する感覚器官型もしくは、動きの流れを捉える眼球型が良いのではと考えます』

 そこまで言って後、璃凛は軽く首を横に動かす。
 それが合図であったように後ろに控えていたからくりが歩き出し、演台の横に立った。
 そして璃凛もまた演台の横に立ち、からくりと向かい合う様に立ったのだった。
 今までの進級論文発表会において発表演者が演台から離れることはまずない事。
 再びざわめく聴衆。
 だが静寂が戻った時、逆に璃凛は今までない程の目視を集めることになった。
 璃凛は深呼吸をすると組手の体制に身構えた。
 からくりも同じように身構える。
「巴はこうして相手の発する気を、感じる技です。
 相手の行動を読み取り、攻撃を躱す! 遠雷!」
 璃凜の言葉とタイミングを合わせるように遠雷と呼ばれたからくりは、璃凛に攻撃を仕掛けた。
 決して加減されたわけでは無いそれを璃凛は最初は目を閉じて躱し、次は目を大きく見開いて避けた。
「今のは式を使った訳ではありません。
 目や耳を強化する式の術式を考え、整えるのは難しくまだ形にできないのが現状ですから」
 今回はあくまで提案と璃凛は言いながらからくりとの組手を続ける璃凛。
 その技の切れは国の上位に位置する陰陽師達から見ても十分に鋭いものであった。
 そして、最後に一際強い相手の攻撃を交わして、逆に相手の前に踏み込んだ璃凛はからくりへの攻撃を寸止めする。
 拳を降ろし、からくりをまた元の場所に戻らせると、自分自身もまた演台に戻った。
「目指す道は自分を護れる陰陽師に成ること。
 自分、もしくは仲間を守る為にも 自分を護ることは重要です。
 問題点や不備な点、欠点などを洗い出したり他の手段も考えながら、自分への危機をどこまで察知出来るのか、その為に術をどう発展させたらいいかを考えていくつもりです」
 発表を終えて深く一礼した璃凜に贈られた拍手は、その日最後の演者に贈られたものであることを引いても一番大きいものであった。
 
●採点者達の声と結果について
 五名の発表が終了した。講評の為に客席に座る様に指示された寮生達の前に一人の男性が立つ。
 五行の上層部の一人である男性は、架茂王や寮長に頷くと講評を語り始めたのだ。

「まずは発表お疲れ様でした。
 今回の発表は全体的に難しい、もしくは新しい視点から陰陽術を見る者が多く、若い陰陽寮生に相応しい充実したものであったと思います。
 内容に関して採点はしました。
 採点基準は着眼点や、発表の方法、研究に向けてどのように取り組み、どのように展開してきたか、などです。
 全体的にまだ未完成であったり、結論が出ないものが多いですから現時点で結果を評価することはしていません。
 ただ、今後も皆さんが研究を続けていくべき上でいくつか気になった点や注意点を挙げておきましょう。
 まず第一に最後を結論で結ぶ事。
 最後にどうしたいか、どうするか。
 結論が出ていないなら今後の展望や希望などで文を纏める。
 そうでないと全体に締りが無くなってしまします。
 第二に可能な限り、論文を作成するにあたり資料などの裏付けや実験を行う事。
 今回の発表にあったように実戦を取り入れるのも良いですが、頭の中だけでは術や論文は完成しないものです。
 陰陽寮と言うこと実験や資料閲覧において恵まれた環境下にいることを有効活用すると良いと思います。
 文章の組み立てや発表の仕方はまずまずというところです」
 そこまで告げて彼は寮生達に小さく笑いかける。
「個々の採点は既に寮長に渡しましたが落第点を得た者はいません。
 皆さんの今後の可能性と研究に期待します」
 その言葉に二年生達は顔を見合わせ、思わず笑顔と、安堵の息を零すのであった。
 
 かくして進級論文発表会は終了した。
 残る試験は泣いても笑ってもあと一つ。
 寮生達は歩を進めていく。
 陰陽寮、最高学年に向かって…。