【形人】存在の意味
マスター名:夢村円
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 普通
参加人数: 11人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/09/29 02:55



■オープニング本文

 世には覚醒からくりと呼ばれるものがいるらしい。
 そして、どうやら自分はその一人のようだと言われている。
 だが、それに何の意味があるのだろう。
 ふと、そのからくりは「考え」た。
 ご主人様は自分をとても可愛がってくれた。
 まるで子供や孫の一人のように大切にしてくれていた。
 騎士としての剣技などを教えてくれたのはおそらく気まぐれだったのであろうが、それを覚えて見せるととても嬉しそうに褒めてくれたのだ。
 それを珍しいと周囲の人間は言っていた。
 良い後継者ができたものだと褒めてくれたりもした。
 だが、そんなことはどうでもいいこと。
 ご主人様の役に立ち、喜んで貰えるならそれでよかったのに…。
 何か自分は間違ってしまったのだろうか?
 そんなことを思いながら彼は今日も剣をとる。
『この村と…あいつらを頼んだぞ…』
 大切な人との約束を守る為に。
 大切なものを守る為に。

「あの…アヤカシ退治をお願いできないでしょうか?」
 その日、開拓者ギルドを訪れて躊躇いがちに言った女性達に係員は軽く瞬きすると
「勿論、問題ありません。開拓者ギルドはその為の場所ですから」
 と笑いかけた。
 場所はリーガとクラフカウ城を繋ぐ街道沿いの森の入り口にある小さな村。
 元々、クラフカウ城への補給拠点として作られたその村は今は、一時期、戦乱で放棄されたが今は人が戻ってきていると言う。
「とはいえ、森の中にある村です。アヤカシやケモノが多い場所なので今まではリーガから派遣された騎士様が部下の方と護衛として村にいて下さったのです。志体こそお持ちではなく、ご高齢でしたがとてもお優しく素晴らしい騎士様でした」
 敬愛の口調で語る女性の言葉に係員は小首をかしげる。
「今までは」「でした」
「過去形、ってことはその人は…」
「はい。先日、2週間前ですがお亡くなりになりました。お歳も60を過ぎておられましたし、アヤカシとの戦いの傷がもとであったとはいえ、その最期は安らかなものであったとは思うのですが…」
 そこまで告げて、女性はため息をついた。
「騎士様が亡くなられて後、騎士様の御子息が村に赴任されました。…ところが、その方は村に住むことなく王都に戻ってしまわれたのです」
「? その村の護衛という命令を無視して?」
「はい…いえ、正確には護衛を配下に命じて自分は戻ってしまった、というのが正しいでしょうか? 今は元騎士様の側近であった方が、一人で村を守っておられます。ただ、最近村の周辺に獣系のアヤカシが増えてきてその方お一人ではあまりにも大変であるので、どなたかにアヤカシ退治を手伝って頂けないものかと思いまして…」
 係員は話を聞きながら少し肩を竦めた。
 依頼としてはなんの問題も無い話であるが…。
「それではあまり解決にはならないのではないですか? 開拓者の手を借りれば確かに一時しのぎにはなるでしょうが…またアヤカシが増えればその部下の人が苦労する羽目になるでしょう。その騎士の息子とやらを連れ戻すことが先なのではないかと思いますが?」
「…それは難しいと思います」
 女性達は顔を見合わせると悲しそうな顔をした。
「今、部下の人とおっしゃいましたが、実は今、村を守って下さっている騎士様の部下というのは人ではないのです。からくりなのです」
「からくり?」
 目を見開く係員に女性達は頷く。
「はい。騎士様のお手伝いにと与えられたからくりであったそうです。命令が下った当時騎士様には奥様がなく、お子様、お孫様も王都で別のお役目を持っておられましたので。
 そのからくり様はとても良い方で、しかも私達は他のからくりを知りませんので解りませんが、とても優秀であったそうです。お出かけになるたび、騎士様はそれは嬉しそうに、自慢そうにお話をして下さいました」
 剣の腕に優れ、王都との騎士さえ打ち破った。騎士にしか使えないオーラの剣術を使えるようになった。教えればアーマーにさえ乗れるようになるのではないか、と。
「騎士様はマリオ…そのからくりの名前です。をとても可愛がっておられました。本当の子孫のように。でも、それを本当のお子様方は快く思っていなかった。そして、騎士様の最期を看取れなかったこともあって」
『父上にも、この村にもお前がいればいいのだろう!』
「そう言って去ってしまわれたのです。私にもそのお気持ちは解らないでもありません。
 でも、日々アヤカシやケモノの恐怖に襲われる辺境の村では、傷ついたマリオ様の修復もままなりません。
 このままではマリオ様は壊れてしまいますし、お一人で村を守りきるのも難しい話です。村の猟師や木こりなども手伝ってはおりますが…」
 女性達は目の前で祈るように手を合わせた。
「どうか…村とマリオ様をお救い下さい。よろしくお願いします」

 さて、と係員は考える。
 アヤカシ退治として依頼を出すのは簡単だ。
 敵は多いとはいえ話に聞く限り、そう強敵はいない様子。
 開拓者がある程度揃えば、退治は難しくないだろう。
 しかし、それで本当に問題は解決するであろうか…。
 ため息をつきながら彼は依頼書を貼りだした。


■参加者一覧
/ 柚乃(ia0638) / クルーヴ・オークウッド(ib0860) / 椿鬼 蜜鈴(ib6311) / ルース・エリコット(ic0005) / セリ(ic0844) / シンディア・エリコット(ic1045) / 神無院 槐(ic1054) / 嘉瑞(ic1167) / 樂 道花(ic1182) / 浪 鶴杜(ic1184) / 昴 雪那(ic1220


■リプレイ本文

●からくり騎士の守る村
 彼は来客が帰ってからというものずっと苛立っていた。
 部屋の中でさえ、ずっと足を止めることができない程に。
 少しでも立ち止まればさっきの来客達の言葉が、蘇ってくる。

『おんしの父御の護られた村じゃ。危険が迫って居る今、意志を継ごうとも思えぬのか?』
『おんし等に逢えぬ寂しさを紛らわせる為に愛でたからくりでもあったであろうに…可哀想な父御じゃのう』
『ねえ? …気持ちは変わらなくても、村を一人で守っている彼の努力は認めてもいいんじゃないかしら?』
『……も、もし一時的な…感情で、起こし…た行動、なら…考え直し…てくれ…ます、か?』

「くそっ!」
 やり場のない思いを吐き出す彼の部屋を、トントンと誰かがノックした…。


 うっそうと茂る森は深緑の衣に身を包んでいる。
 深夜。灯りの全くない夜道は先に進むのも困難な程だ。
「足元に気を付けて下さい」
 カンテラを手に振り返り、気遣う様に声をかけてくれたクルーヴ・オークウッド(ib0860)に
「ありがとう」 
 と柚乃(ia0638)は頷き微笑んだ。
「城に向かう山道はそれなりに整備されていますが、他は殆ど手つかずの山です。
 アヤカシだけでなく、この時期は動物もケモノも多いです。人を、襲う事は少ないですが…」
 さらに先を進む騎士の声はからくり特有の抑揚のない声であるが、それでもどこか大切な、愛しいものを抱きしめる様な、優しさを感じる。
「おい、おい! あんまり先に行くな、って言ったろ! まだ全部が完全に治ったわけじゃあねえんだから! 逃げたアヤカシ見つける前にお前が倒れちまったら意味ねえだろ? おい! 嘉瑞(ic1167)! しっかりこいつについてろよ。わんこも遅れるな!」
「はいはい。…でも、マリオ」
 樂 道花(ic1182)の声に小さく肩を竦めながらもからくり騎士マリオの側に駆け寄った嘉瑞は、隣から彼の顔を見て微笑みかける。
「君が倒れたら、誰も代わりにはなれない。ご主人の命令を守る事が大事なら、自分の身を守る事も必要だよ」
「俺の回復では損なわれたものを治す事はできないんですからね。…気を付けて下さいよ」
 片目を閉じて見せた浪 鶴杜(ic1184)の視線をまっすぐに受け止めながらも、マリオは肩を竦めてその足を止めようとはしなかった。
 微かなカンテラの灯りを頼りに山道を歩きながら昴 雪那(ic1220)はマリオの背中と思いをじっと見つめていた。


 からくり騎士マリオが守護する村に開拓者達がやってきたのはそれほど遅くない時間であった。
「からくりの護る村か…」
 神無院 槐(ic1054)はそう呟くと村を見回した。
 今は、アヤカシの気配もなく一見すれば長閑に見えるが、村囲いの柵が壊れていたり、摘まれた干し草が燃えた形跡があったり、見る者が見ればけっして、そうでは無いことが解る。
「マリオ様」
 村人の声にマリオは開拓者達の来訪を知るとなんとも言えない顔をする。
「アヤカシ退治に…いらした? 村人が、開拓者の皆さんに依頼を?」
 さしずめ人間であれば、驚いた。もしくは困惑したという表情だ。
 自分は不要と思われたのか? マリオの心情を読み取る様にクルーヴは首を横に振ると
「いいえ、違います。マリオさんの手助けをする為に、我々は呼ばれたのです」
 マリオに深く礼をとり、彼をじっと見つめ、その左手にそっと手を伸ばした。
「失礼かもしれませんが、その左手、関節が破損していませんか? それでは、両手で剣を構えるのも辛いのではないでしょうか?」
「!」
 慌てたのであろう。マリオは隠す様にクルーヴの手を払いのけるように後ろに下げた。
 マリオの破損は左手だけの事では無い。
 さらに一歩下がるマリオを柔らかい風がふんわりと包み込む。
「?」
「神風恩寵。からくりの大きな破損までは治せないけど、とりあえず小さな怪我を塞ぐ、くらいは、ね?」
 明るく笑って鶴杜が片目を閉じるが、マリオの表情は冴えないままだ。
「ん〜、もしかして自分達がここに来てアヤカシ退治をするのなら、自分はもう用済みだ、なんて思っちゃったりしてない?」
 セリ(ic0844)が頭を掻きながら問う。
「確か、貴方はご主人に村を頼まれたのよね? それが私達が来たら守れなくなるとか?」
 マリオはピクリと身体を震わせただけで、返事をしなかった。
 だが様子や、仕草を見れば解る。
 正に図星、であると。
「…それでしたら…誤解です。…クルーヴさんも言った…とおり、私達は…マリオさんを…助ける為に…来たんですから」
 一生懸命に思いを伝えようとする柚乃の優しさに続いたのはある意味正反対の指摘。
「事情も一応聞いていますが、一人で村を守るのは、些か無謀が過ぎますね。
 それを知らない筈もないのに置いていった領主、とは…余程の嫉妬か、無能の木偶でしょうか?」
 鶴杜の言葉は厳しいが、正論で反論することなく、マリオは顔を下に向けた。
「まあ、我々の事は手伝ってくれる村人が少し増えたとでも思ってくれればいい。あと、野暮用があって遅れてくる三人も含めて事が終ったら長居をするつもりはないからね」
 嘉瑞は鶴杜の言い様に肩を竦めながら、手を両手の前で広げ言った。
 そこまで言われて、そして心配そうに様子を見守る村人達の視線を受けて、マリオも納得、したわけでは無いのかもしれないが
「解りました。よろしくお願いいたします」
 開拓者達の助力を受け入れることにしたらしい。深々と頭を下げたのだった。
「おっけー。任された! 村の人達も安心して。必ずアヤカシはやっつけてあげるから」
 片目を閉じて笑うセリに村人達は満開の笑顔を咲かせる。
「よーし。そうと決まれば打ち合わせだ。これだけいるんだ。攻めに行ってもいいが基本は防衛がいいだろうな。打ち漏らした敵は追いかけて仕留めるとしても」
「今回だけでの完全な殲滅は困難と思います。ただ、人手があるうちにできる限り数を減らして、今後の負担を減らしたいのもまた事実。
 効果的な探索と緊急性の高い目標を選びましょう。マリオさん。現在、特に脅威となっている敵はなんですか?」
「火をまき散らす火兎と、統率のとれた動きで襲って来る剣狼でしょうか? 一匹特に能力が高そうなものがいるのですが護衛に囲まれていていつも手が届かないのです」
「じゃあ、その剣狼を倒すのが第一目標だな」
「あと、全員が待ち構えるばかりではなく、周囲の索敵も行って…」
 開拓者の助力を受け入れると決めてからは、マリオは彼らを戦力として計算し、それぞれの意見を確認しながら的確に配置していく。
「…作戦立案能力も、なかなかのものですね。やはりそれもご主人であった方から?」
 感心したようにクルーヴが言うと、マリオは初めて嬉しそうな表情を見せた。
「はい…全てご主人様から教えて頂きました」
「…本当に、良いご主人であったのですね?」
 紫乃の問いにも躊躇いなく頷く。
「はい。最高の主です」
「そう…ね」
 主をひたすらに慕うからくり。マリオにセリは笑いかけるとその手をしっかりと握りしめる。
「でも何もかも一人でなんて無理よ、壊れてからでは遅いの。体も心も、大切にして? 貴方を大切にしていた人の為にも」
「しかし、今の私には村を守る事が全て…私の事など…」
「大丈夫。その為に私達は来たんだから」
 セリとマリオの会話を雪那は静かに…黙って聞いていた。

●アヤカシの群れと…
 まだ、太陽が落ちる前、開拓者の何人かは森に出た。
 周囲のアヤカシの様子を探る為だ。
「上より確認する。下から来るが良かろう」
「上?」
 そう言うと身軽に木の上に上がり槐は、森の木々を伝って飛ぶように駆けて行く。
 天狗駆を使っているのだろうが
「見事なものですね…」
 感心したようにクルーヴは木の上を見上げていた。
 彼の真横には祈る様に目を閉じる柚乃がいる。
 やがて彼女が静かに目を開けた。
「どうですか?」
 クルーヴの問いに柚乃は少し考えると
「あっちと、むこう…に小さな気配」
 何か所かを指さした。
「それから、かなり遠いけど、群れの気配も…、できればもう少し近づいて…調べたい」
「解りました。行きましょう」
 そうしてクルーヴは柚乃と一緒に森の中を進んでいく。
「村を襲う狼の群れは日々数を増やしていると言う事です。統率している狼をなんとか退治して、少しでもマリオさんの負担を減らせればいいのですが…」
 クルーヴの願いには柚乃は頷いた。
「…亡くなった老騎士様にとっては、実の子もからくりも関係なかったと思うのです…」
 柚乃はふと遠い何かを見るように空を仰いだ。クルーヴには見えなかったが彼女が見ていたのは留守番をしている大事なからくりの顔。
「きっと、どちらも大切な『家族』」
「ええ、僕も、そう思います」
 クルーヴは手を握り締める。この仕事を受けるにあたりずっと考えていたことがある。
 他の仲間達も動いてくれている筈であるが…。
「この件が終ったら、なんとかご子息との関係改善ができないか、動いてみましょう。その時は力を貸して下さいますか?」
 こくんと、首を縦に動かした柚乃の足が、ピタリと止まった。
 微かに聞こえる呼子笛の音。そして
 手に持ったアクスに力を込めたクルーヴの頭上から、ザッと音を立てて何かが下りてきた。
「槐さん! その傷は?」
「…狼の群れに気付かれた! 数が多くて一人では捌ききれん。村に襲撃をかけてくる可能性が高い。戻るぞ」
「解りました。急ぎ戻りましょう」
 狼煙銃を打ち上げ村に注意を促すと、彼らは村に向けて走り出した。
 帰路、彼らは遭遇し、襲ってきた何匹かのアヤカシを退治する。
 うち一匹は火兎で森の中で別の一匹を仕留めていたと言う槐が倒したものを含めれば二匹になるだろう。
 火を放つ厄介な敵の数が減ったのは朗報であったが、でも安堵している間は彼等には無かった。
 沈む太陽と入れ違いに、無数の闇に光る目が、怪狼と剣狼の群れが村に攻め寄って来たからである。
 戦いが始まった。

「よーし! 先手必勝。いくぜぃ!! ダナブ・アサド!!」
 自らに獅子の名を持つ強化術をかけると道花はシャムシールを手に敵の群れの中央に飛び込んで行った。すれ違い様に剣を振るうと、先陣を切る怪狼は次々と地面に倒れ伏す。数は多いが一体一体の力はさほど恐れるものではないようである。
 彼女の横で共に前衛に立つのはクルーヴだ。道花がスピードと技で敵を切り裂いていくのであればクルーヴは騎士としての力と技で敵を着実に倒していく。撃ち漏らした敵は槐の薙刀が止めを刺していた。
 森の木々に隠れて攻撃を仕掛けて来ようとする狼もいる。だが、それは
「あら♪ かくれんぼ? 逃がさないわよ♪」
 セリが木の上から鞭のヒット&アウェイで仕留めていくのだ。
(我々がいて…良かった)
 戦況を見ながら雪那は思う。もし、この状況下にマリオが一人であったのなら、数に押されて村を守りきれなかったかもしれないからだ。
「おい、わんこ! しっかり援護と回復しやがれよ!?」
「…樂ちゃん、減らず口の前にほら、そいつ。まだ生きてますよ?」
「おっと、やべえ!」
 こちらに人数がいてさえも時に心配になる場面が出てくるのだから。
「おっと、マリオ君。まだ君が出る場じゃないよ。樂ちゃんに任せておいて大丈夫」
 前に出ようとするマリオを制止する嘉瑞。
 治療を受けて最初に比べればいくらかましになったとはいえ、まだ傷だらけのマリオはそれでも村の為に戦おうという意思を弱めることはない。
「貴方はなぜ戦うのですか」
 ふと雪那は問いかけた。思わず口から零れた問いであった。
 マリオは一瞬、動きを止め静かに答える。
「それがご主人様の、遺言であり、願いであるからです」
「…ご主人様は、どんな言葉を残したのですか?」
「この村と…あいつらを頼んだ…、と。だから、私はその最期の命令を守るだけです。この取るに足らない命の全てを賭けて」
 マリオの言葉に迷いは無いように見えた。
 自分と同じように主のないからくり。
 だが一片の曇りもなくそう答えられ、生きられる彼に雪那は不思議な思いを抱いていた。
(これは、もしかしたら羨望、なのでしょうか?)
 アヤカシ狼と開拓者達の戦いはさらに乱戦になっていく。
「一応、女の子なんだから…程々に、ね」
 敵に囲まれかけた道花の周囲の敵に穴をあけ、背中合わせに立った嘉瑞に道花は軽く肩を竦めて見せた。
「程々なんて言ってられねえよ。やるかやられるかだ!」
「まあ、確かにね」
 戦況は確実に開拓者有利に進んでいく。
 アヤカシ狼達ももう数えられるくらいになったと思えた時だ。
「あら?」
 セリは気付いた。狼の群れの最奥でじっと動かずにいた一団がふと踵を返して走り去ろうとすることを。
「敵が逃げるわ!」
 柚乃が気付いて魂よ原初に還れをかける。数匹は逃れられないその影響にのたうち瘴気に還るが、中の数匹は逃れて山奥への逃亡を図ったのだった。
「仲間を呼ぶつもりなのかもしれません!」
「逃がさない! 追うわ!」
 セリが木の上から追撃に飛んだ。
 少し遅れてアヤカシ狼の群れを殲滅させた開拓者達が闇に消えたセリとアヤカシを探す。傷を負った者達もいるが
「俺よりアンタの方が、こういうのは得意でしょう? 任せるよ」
「嘉瑞くんも怪我しているじゃないですか? …自己回復で間に合います? 神風恩寵、します? します? しますね!!」
「おい。ふざけている場合じゃねえぞ」
「解っていますよ。ほら、樂ちゃんも手を出して」
 鶴杜と雪那が術で応急処置を施す。
「村囲いをしっかりと閉じて決して出るな!」
 マリオは村人達に命じると、カンテラを持って出てきた。
「ここで、敵を逃がすわけにはいきません。敵を追われたセリさんも危険です。
 どうか、力をお貸し下さい」
 開拓者達は頷くとカンテラを手に、夜の森へ躊躇うことなく進んで行った。

●闇の追撃
 暗闇の中、セリは木の上から敵を追撃する。
 突出するつもりは無かったが、敵を即座に追える状況にいたのが自分しかいなかった以上、この状況は仕方ないと思う。
「かくれんぼの次は鬼ごっこ? 逃がさないわよ♪」
 この状況を楽しむ様に口調を躍らせながら、彼女は狼達を追いかけた。
 勿論、続いてくる筈の仲間の為に標を残しながら。
 どれほど時間が経ったろうか。
 そして、そこに辿り着いたのだった。
「あれは…ボス?」
 小さな広場の最奥。周囲を取り巻く数匹の狼達が首を垂れる存在を見つけたセリは息を呑んだ。
 種類としては多分剣狼。だが体格が他のそれより一回り以上違っている。
 通常の剣狼以上の存在かもしれないと思える程にその迫力は絶大であった。
(もしかして、あの狼に惹かれてアヤカシが増えた?)
 状況を窺っていたセリの背後で突然大きな羽ばたきが聞こえた。
「えっ?」
 振り返るとそこにいたのは巨大な蝙蝠。
「わあっ!」
 脳に直接響くような怪音波に思わず声を上げてしまう。
「しまった!」
 続く蝙蝠の攻撃から身を守る為、セリは鞭を振ると同時に木から飛び降りた。
 その攻防に気付いたのだろう。狼の群れもセリに向けて唸りを上げて近寄ってくる。
 もう一度木の上に上るか、それともこのまま逃げるか。
 セリが逃亡ルートを考えていたその時、セリは光を見つけた。
 比喩では無い。森の中を近づいてくる、行く筋もの光が見えたのだ。
「とりあえず、生きているようだな」
 自分と似たルートでやってきたのだろう。木から飛び降りて横に立つ槐に
「なんとかね」
 とセリは肩を竦めて笑った。
「御無事で何よりです」
 気遣うマリオに微笑んで後、セリは真剣な顔で仲間達に夜の闇を指差す。
「気を付けて。闇に紛れて蝙蝠が襲って来るから。しかも奥にはボスらしい狼がいる。ここで奴を逃がすとまた、きっと手下を増やして襲って来るわ」
「そうか…。聞いての通りだ、ここで逃すわけにはいかないぞ」
「了解ってね!」
 振り返った槐の言葉に頷くより早く、道花とクルーヴ。
 そしてマリオはカンテラを闇の中に投げ込むと場に飛び込んで行った。
 闇の中にぼんやりと浮かび上がった狼達は、迫る開拓者達に飛びかかる。
 数はほぼ同数。しかし速さのアドバンテージは狼に。
 彼らの爪が開拓者達に届こうとした、正にその時であった。
「…みなさん、下がって。シンねー様!」
「任せて!」
 二つの正反対の「音」が場に響いた。
 場の真上、遅れてやってきた吟遊詩人の姉妹シンディア・エリコット(ic1045)とルース・エリコット(ic0005)が、それぞれ歌を響かせたのだ。
 ルースの歌う重力の爆音とシンディアが紡ぐ武勇の曲。
 狼達の背後で爆発した『音』は開拓者達を襲う狼の殆どには当たらなかったが奇しくも彼らの奥にいたボス狼とその周囲を飛ぶ蝙蝠には直撃することとなった。
『ギャイン!!』
 その声に一瞬足を止めた狼達を、逆にシンディアの歌に励まされた開拓者達が袈裟懸けにする。
 倒れた狼達に、柚乃が魂よ原初に還れで止めを刺す。狼達は瘴気へと戻り、残されたのは長であろう狼だけであった。
 狼は、怒りに我を忘れたように立ち上がり、驚異的なスピードで開拓者達に襲い掛かる。
 しかし、そこまであった。
「えっ!」
 まるで天からの裁きのように、暗闇を一陣の雷がまっすぐに下り落ち狼に直撃したのだ。
 その隙を見逃さず、道花が一閃、首を切断する。
「待たせたの。皆、間に会って何よりじゃ」
 見上げた開拓者達の頭上から椿鬼 蜜鈴(ib6311)が空龍に跨り楽しそうに手を振っていた。

●新たなる翼
 深夜の攻防で狼達の長を倒した開拓者達は、その後暫く村に滞在して改めて周辺のアヤカシ調査と退治を行うことにした。
 結果、完全にとは言い切れないかもしれないが周囲のアヤカシをほぼ、村に影響がないレベルまで減らすことができたのだった。
「おそらく、セリさんの言った通りですね」
 アヤカシの出現状況などを細かく調べていたクルーヴが書きものの手を止め顔を上げる。
「強力なアヤカシの出現に弱いアヤカシが惹かれて来たってか? もし、気付かなかったらもっともっとアヤカシが増えてたのかもしれねえってことだろ?」
「ぞっとしない話だね」
 開拓者達は肩を竦めたが、とりあえずこれで少しは村も、そして村を守るマリオも息をつくことができるだろう。
「…それで…、どうでした…か?」
 主語の無い問いであたがルースとシンディアには解ったのだろう。顔を見合わせ、微かに首を捻る。
「…脈が…ない…、わけではない…と、…思うの…ですが…、特に…お孫…さんの方とか」
「自分のしてることが間違っている、とは解っている。でも、素直になれない…そんなところですかね?」
 二人の話に気付いたのだろう、蜜鈴も肩を竦めてみせる。
 ルースとシンディア、そして蜜鈴はここに来る前に龍でジェレゾに回り、係員から聞いたマリオの主人の息子、ここを本来守るべき騎士の元に赴いたのだ。
 騎士は開拓者達の訪問に思っていたよりもすんなりと、面会を認めてくれた、という。

『お前達も私を責めるのか?』
 騎士の言葉にシンディアの背に隠れながらルースが首を傾げる。
『…? …お前達も? …誰か…他の人にも…責められて…いる…の…ですか?』
 しまったという顔の騎士の側で娘であるという女騎士は肩を竦めて見せていたのが見て取れた。
『まあ、そんなことはどうでもよい。我らは責めに来たわけでもない…』
 蜜鈴は手の中で煙管を回しながら、だが騎士の顔をまっすぐに見る。
『ただ、言うべきことを伝えに来ただけ。問いに来ただけ故。
 おんしの父御の護られた村じゃ。危険が迫って居る今、意志を継ごうとも思えぬのか?』
 蜜鈴の言葉をルースは引き継ぐ。彼女は騎士に寄り添うように言葉をかけた。
『……私にも、姉…がいま、すが…自分と、は真逆…の容姿、と性格でして…。
…理解…とは言え、ないです…がその気持、ちは私に…も少し、だけ経験…がありま、す。
 ……も、もし一時的な…感情で、起こし…た行動、なら…考え直し…てくれ…ます、か?』
 一生懸命に思いを伝えようとする妹に微笑みながらシンディアはその笑みのまま思いを伝える。
「…これはギルド委員の人の話からの、私の勝手な推測なんだけれども。
亡くなった騎士様は、マリオさんに貴方達の姿を映していたのかもしれないわね。
…気持ちは変わらなくても、村を一人で守っている彼の努力は認めてもいいんじゃないかしら?」
 返事は返らない。ただ沈黙し、イライラとした顔で腕を組む男に三人は頭を下げた。言うべきことは言った。
『…では…失礼…します。村…が…アヤカシに…襲われて…いる…そうなので…。からくり…さんも…傷を負い…危険…だとか』
『人と違い半永久的に動けるからくり…ですが、人と違う脆さもあります。…損なわれたら誰かの手なしには治らないのです』
『おんし等に逢えぬ寂しさを紛らわせる為に愛でたからくりでもあったであろうに…可哀想な父御じゃのう』
 そう言い残して彼女らは戻ってきた。
 後の決断は本人以外にはできない事であるのだから。

「そう…ですか」
 クルーヴは報告書を抱えたまま頷いた。
 横では鶴杜が呆れたような顔で肩を竦めている。その様子に蜜鈴はくくと笑った。
「まあ、要は拗ねておるだけじゃろう? 父の愛をからくりに取られたようでの」
「…しかし、意志を継ぐべき人が斯様な程度の者では、継がねばならなかった者に同情を禁じえんな。騎士殿の残した意志はマリオ殿しか知らぬだろう?」
「想いを継ぐ事ができないものに、何の価値もないと思うけどね。モノも人も」
 仲間達の話を聞きながらクルーヴは手にした報告書を改めて見る。ギルド提出用と、それより詳しく周囲のアヤカシの分布状況などを記したものと。
「僕も全てが終ったら、伺ってみるつもりです。もう一度、話し合って頂きたいですから」
「その必要は無い」
「え??」
 開拓者達は振り向いた。そこには村人達に連れられてやってきたのだろう二人の騎士が立っていたのだ。若い少女騎士と、貫録ある騎士。
 蜜鈴は目を見開いた。
「おんしらは…」
「…この人達が…例の?」
 こっくりと頷くルースに柚乃は相手を見た。
「…騎士…様」
 そして、すっと彼の前に進み出ると、かつて森でクルーヴに告げた想いをもう一度言葉にする。
「亡くなった老騎士様にとっては、実の子もからくりも関係なかったと思うのです…」
 きっと、どちらも大切な『家族』…それは確かなコト、きっと。
 望むは…二人が協力して、村を護る未来。
「そうだな…」
 答えた騎士の顔は思ったより穏やかで優しいものであった。
「マリオはどこだ?」
 慌てて呼びに走った雪那がやがてマリオを連れて戻る。
「エリオ…さま」
 騎士を見た途端、俯き、動きを止めたマリオの背を雪那がそっと、押す。
「…ご主人様の最後の言葉、ご子息方に伝えてはいけませんか?
 死の間際まで気にかける程大切に想われていたと、彼等は知らないのかもしれません」
 雪那の言葉に顔を上げたマリオは意を決したように騎士の前に歩み出ると深く頭を下げた。
「ご主人様の最期のご命令を、お言葉をお伝えします。
『この村と…あいつらを頼んだぞ…。エリオは良い騎士だ。仕え、助けてやってくれと』
 エリオ様。どうか、私にご主人様との最期の命令を果たさせては頂けないでしょうか?」
「許す」
「!」
 見守る開拓者達は、それぞれの顔で二人を見た。驚きであったり、喜びであったり、冷やかすような口笛であったりしたけれど
「任務をいつまでも放棄していては皇帝陛下にも信任を得ることは叶わぬからな。だが、私は父上の様に甘くは無い。こき使うぞ」
「御意に」
 膝を折り、マリオは新たな主に忠誠を誓う。
 その光景を開拓者達は静かに、笑顔で見つめていた。

 それからさらに数日後、村人達の感謝を背に受け開拓者達は村を後にした。
「父のわがままでご迷惑をおかけしました」
 帰路は娘の騎士と村人が見送ってくれた。
「本当にありがとうございました」「なんとお礼を言ったらいいか…」
 彼らの手には村人手作りのジャムがある。彼らからの心づくしである。
 娘は苦笑交じりの笑みで、仕事と言って見送りから逃げた父を語る。
「本当に父は拗ねていただけなんです。マリオに嫉妬してたのかも」
 蜜鈴は何も言わず煙管をくるりと回す。
「もっと祖父の側にいたかった、認められたかったって。
 皆さんに背を押して頂けたおかげで、素直になれたんだと思います。感謝申し上げます。これから家族みんなで村を守っていきます」
 家族。
 マリオに与えられたその言葉に開拓者は安堵した。
 もう大丈夫。
 彼は一人ではないのだと…。

 かくして、孤独であったからくりは、新たな主と家族をという翼を得てさらに羽ばたいていく。
 新たな未来へ向かって。