【朱雀】【一般歓迎】朱雀祭
マスター名:夢村円
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: やや易
参加人数: 23人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/09/25 23:41



■オープニング本文

 最近、五行の町や開拓者ギルドに貼り出されているチラシがある。

『陰陽寮 朱雀 秋祭り 開催!!

 普段、なかなか入ることのできない陰陽寮を覗いてみませんか?
 楽しいイベントや屋台も盛りだくさん。
 素敵な秋の思い出を皆さんで作りましょう』


 夏もそろそろ終わり。
 セミと虫の声の合唱が聞こえてくる秋のある日。
 寮生達は朱雀寮長各務 紫朗に全員集合の招集をかけられた。
 一年生も、二年生も、三年生も。
 全員が講義室に集められた。

「なんでしょう?」
 問いかける三年生に寮長は手元の書類を見ながら答える。
「陰陽寮で秋祭りを行うことになりました」
「え??」
 寮長の思いもかけない発言に寮生達は目を丸くする。
 秋祭り? 今までに行われた事の無いイベントだ。
「なりました、ってもう決まってるんですか?」
「はい、決まっています。実はもうチラシもできていて、貼り出されているとか。随分期待されているようですね」
 そう言って寮生達の前に寮長は赤やオレンジで賑やかに彩られたチラシを差し出した。
「五行の下町では例年、秋に収穫祭のようなお祭りを行っています。
 今年、その盛り上げに朱雀寮も力を貸して貰えないか、という話を受けたのです。どうやら昨年の委員会勧誘祭りで下町の子供達などを招待したことが評判になったようですね」
 地元からの依頼としては収穫祭の一イベントの位置づけで一般の人も参加可能なお祭りをして貰えないかと言うことであったという。
「本来であるなら別に受ける必要もないのですが、今まで陰陽寮というのは一般の人に対して敷居が高い場所であったのも事実。
 それがこのような依頼をうけるくらいに人々に親しまれるようになってきたというのであれば、それは良いことではないかという判断から、引き受けることにしました。
 勿論、皆さんに確認してからの方が良かったのですが、できればスタートイベントとして盛り上げて欲しいということで時間がないのと、後ろにずらしてしまうと卒業、進級試験に入ってしまって皆さんが忙しくなることから事後承諾になってしまったことをお詫びします」
 なので参加は強制しないが、できるなら協力してほしいと寮長は続ける。

 場所は朱雀寮の一部、朱雀門から中央広場。
 特に研究に使われていない部屋の一角などが使用できる。
 朱雀寮の一部を公開する形だ。
 図書室や倉庫などは貴重な文献や、道具があるので立ち入り禁止。
 但し、中の品物を寮生の判断で屋台やその他に使用する為、外に持ち出すのは妨げない。
「基本としては委員会ごとに屋台等の出店、発表などをするのがいいのではないかと思いますが詳細はお任せします。
 材料その他必要な物資は特別なものでないかぎりは朱雀寮と、商店街が用意しましょう。
 値段設定その他も自由にしてかまいませんが、儲ける為にやることではないのでまあほどほどに」
 相棒は同伴可能であるが、一般人に危害が加えられないように、また危害を加えないように注意をすること。
 参加者に怪我などが発生しないよう安全管理には万全を期すこと。
 その他、細かい注意点をいくつか説明して、寮長は書類を置いた。
 そして寮生達を見る。
「今回、この時期にこのような急な祭りの計画に乗ったのにはいくつか理由もあります。
 その最大の理由は陰陽術、陰陽師への理解を高めることです。
 先の戦乱を経て、五行国と陰陽術のあり方も変わらなくてはならない時期に入ったと考えます。
 今までの様に国の上層部など解る者が解ればいいという考え方ではいられなくなるでしょう。
 陰陽師になるのには志体という資質が必要で有る為、誰にでも門戸が開かれる、と言うわけではありませんが国民により深く陰陽術について理解して貰い、陰陽術を支える裾野を広げていくきっかけを作るのも朱雀寮の務めではないかとおもうのです」
 朱雀寮は、陰陽寮の中でも依頼やその他で一般との関わりも深かった。
 そう言う面で入口になりやすいのではないかと、と彼は続ける。
「加えて今年は新入生の募集を表立った試験としては行わないことに決めました。
 しかし、学府として護ってきた知識と伝統を伝えて行く為には新しい人材は不可欠。
 広く開拓者に陰陽寮に興味を持ってもらい、入寮を希望する人材を発掘できればという意図もあります」
 色々な意図や思惑が絡み合う朱雀寮の秋祭り。
 けれど、と寮長は最後に明るく笑って寮生達に告げる。
「そんな事は皆さんは考えなくて構いません。
 参加者を楽しませ、自分達が楽しみ、秋の一時に良い思い出を作って貰えればそれでいいのです。
 家族や、仲間を呼んで、とにかく元気に楽しく朱雀らしい祭りを開催して下さい」
 と。
 その笑顔を見て、寮生達は気付いた。
 これは、何より自分達の為の祭りであると。
 卒業、進級試験を前に寮内にはどこかぴりぴりとした空気が漂っている。
 それを払しょくし、気持ちを切り替え、何より皆で力を合わせて何かをやり遂げる思い出を作る為の祭りであると。

 試験が終われば三年生の卒業も間近。
 このメンバーが全員で同じことに取り組む機会は、おそらくこれが最後だろう。
 だからこそ、皆で賑やかに楽しく、朱雀らしい祭りを。
 忘れえぬ思い出を。
 寮長からのこれは寮生達への贈り物なのかもしれないと思いながら寮生達は人々の期待の籠ったチラシを見つめるのであった。


■参加者一覧
/ 芦屋 璃凛(ia0303) / 青嵐(ia0508) / 蒼詠(ia0827) / 玉櫛・静音(ia0872) / 御樹青嵐(ia1669) / 喪越(ia1670) / 八嶋 双伍(ia2195) / 瀬崎 静乃(ia4468) / 平野 譲治(ia5226) / 鞍馬 雪斗(ia5470) / 鈴木 透子(ia5664) / 劫光(ia9510) / 尾花 紫乃(ia9951) / ニーナ・サヴィン(ib0168) / 真名(ib1222) / 尾花 朔(ib1268) / 雅楽川 陽向(ib3352) / 緋那岐(ib5664) / カミール リリス(ib7039) / 羅刹 祐里(ib7964) / ユイス(ib9655) / パロワン(ic0703) / ネメシス・イェーガー(ic1203


■リプレイ本文

●朱雀祭の始まり
 ある秋晴れの日。
 普段、そう多くが通るわけでもない朱雀寮への道をいつになく沢山の人が歩いていた。
 賑やかで楽しそうな笑い声と共に。
「秋はお祭りのシーズン。楽しそうな笑い声が聞こえるのはいいことかな?」
 周囲を見回しながら鞍馬 雪斗(ia5470)は自分自身も楽しそうに笑った。
「朱雀寮の方伺わさせて頂くのも久しぶりですね。なにやら面白そうなお祭りと聞いてやって参りました。武闘会楽しみですね」
「ええ、それにしても、流石は朱雀。皆さん仲の良い事です」
 楽しそうに連れだって歩く開拓者もいれば、
「朱雀寮の元気な様子を見るにつけ青龍寮の行く末が心配なわけですが…」
 一人歩きの陰陽師、子供同士や親子連れも見て取れる。
 勿論大人も、子供も、
 やがて大きな門が見えてくる。朱雀門だ。
 門の入口で
「おーい、こっちだ!!」
 見知った顔が手を振るのが見えた。
「あ、劫光(ia9510)さん!」
 雪斗は手を振りかえすと走り出す。
「よく来たな。雪斗。ニーナも」
 劫光の側にはもう一人、雪斗の知った顔がいた。
「あら、雪斗さんもいらっしゃったんですね」
 ニーナ・サヴィン(ib0168)の明るい笑顔に雪斗は笑って頷く。
「今まで陰陽寮には一切かかわってなかったけれど今回を機に見てみるかな? って思って。せっかく誘って貰ったしね…でも」
 雪斗は招待主である劫光をちらりと見た。
 顕にはしていないが目元の薄い隈やどこか疲れた様な様子。
「劫光さん、ひょっとしたら疲れてる? 寝てないんじゃない?」
「あ〜、まあな」
 頭を掻きながら劫光は頷く。
「もうじき卒業が近くてな。卒業研究にちょい本腰を入れてるってのはある。そんな時に秋祭りの話が出てな。ちょっと気晴らしをたくて誘ったんだ。来てくれて助かるよ」
「陰陽寮って確かに謎の集団って感じよね。だからこういうお祭り、いいかも♪」
 ニーナはニッコリとすると周りを見る。
 重厚な建物には大きな看板や赤や黄色、色とりどりの花が飾られている。
『いらっしゃいませ〜』
 入口で笑顔を振りまきながら入場者に小冊子を配っているのは劫光の人妖双樹である。
 他にも朱い髪の人妖が手伝っていて、普通の人は滅多に見られない人妖の出迎えに大喜び。
 あちらこちらから賑やかな呼び声が聞こえいい匂いが漂い、子供達のはしゃぎ声も響いている。
「準備期間が少なかった割には、割といい感じになっていると思う。楽しんでくれ」
 そう言って背を向けようとする劫光にあら? とニーナが首を傾げた。
「エスコートしてくれるんじゃなかったのかしら?」
「勿論そのつもりだが、体育委員会でちょっと出し物をしていてな。その手伝いが少しだけある。まずは適当に見て回っててくれ。昼過ぎにはなんとか時間を空けるから」
「あ、いってらっしゃい」
 瞬きする間もなく走り出して、人ごみに消えた劫光を雪斗は見送った。
「忙しそうだね〜。さて、どうしようかな」
 考える雪斗の背をツンツンとニーナが突いた。
「何? ニーナさん?」
「ねぇねぇこれ見て。雪斗さん」
 配られた小冊子をニーナは雪斗の前で広げて見せた。紅い栞の挟まれたその小冊子には朱雀寮の歴史や成りたちの他に今日の祭りのイベントスケジュールも書かれていたのだ。
「え〜っと、体育委員会主催、演武と模擬武術大会?」
「仕事ってきっとこれよね。ねえ。劫光さんを一緒にからかいにいきましょ♪」
「面白そう!」
 雪斗の目も輝く。そして二人は連れ立って陰陽寮の中を歩いて行くのだった。

「ふ〜。いよいよ当日やねえ」
 荷物を抱えた雅楽川 陽向(ib3352)がどこか疲れたように、でも嬉しそうに眩しい空を見上げる。
「お客さん、喜んでくれるやろか。計画した通りにはなかなかできへんかったけど…」
「大丈夫ですよ」
 少し尻尾を下げた陽向の頭をぽんぽんと慰めるように青嵐(ia0508)は撫でるように叩く。
「一つ一つ、自分にできることをしっかりやっていく。それが一番です」
「はい。おおきに。先輩」
「先輩。陽向ちゃん。これはどこに持って行ったらいい?」
 用具委員である清心が声をかける。彼の手には大きな手書きの看板。
『貴方も陰陽師になってみませんか? 陰陽師の衣装、礼服体験会』
「ああ、それは広場で呼び込みなどする時に使うつもりで…」
「更衣室を借りる許可も出ていますからね」
「はい」
 大きな荷物の中は陰陽服や狩衣。使っていない服を直して子供用も何着か作ってみた。
「皆が、喜んで、楽しんでくれるといいなあ」
 それを大事そうに抱えて呟く陽向を、清心と青嵐は後をついて歩きながらそっと見守っていた。

 ゆっくりと陰陽寮内を巡っていたカミール リリス(ib7039)はふと、壁の一角に気付いて声を上げる。
「あっと、ここ剥がれてる。ユイス(ib9655)君!」
「はい。…どうぞ」
 ユイスに差し出された鋲を受け取ると剥がれかけていたチラシをリリスはもう一度壁にしっかりと貼り付けた。二人は今回の祭りの案内役をかって出ていた。朱雀寮の歴史や寮の案内が描かれたチラシや小冊子は二人の力作である。
『あ、いたいた。リリスさん。ユイスさん』
 二人は自分を呼ぶ声に振り返る。そこにやって来たのは陰陽寮の人妖朱里で、背後にたくさんの子供達を連れている。
『お客さんが増えて来たので連れてきました〜。特にお子さんが多いのでご案内、お願いできますか? 受付落ち着いたら凛ちゃんも送るから』
「はいはい。了解しました。ユイス君は、そちらのお二人のご案内をお願いしますね。では、皆さん、行きますよ〜」
 ユイスに軽い笑みを残してリリスは子供達を引率して行く。
「はい。はじめまして。ユイスだよ、よろしくね」
 明るく笑いかけるユイスにポニーテールと鼻眼鏡が特徴的なエルフの少年はどこか大人びた口調で答える。
「ぼくはパロワン(ic0703)、宜しく」
「こちらこそ。貴方は?」
 銀の髪、銀の瞳のからくりは戸惑う様に答える。
「私は…ネメシス・イェーガー(ic1203)。ふらりと、立ち寄っただけなので、案内は別に…不要だが…」
「ん〜、でも、せっかくだから簡単に見どころは案内しますよ。この陰陽寮にもからくりは何人もいますし、気軽に楽しんで下さい」
 そう言うとユイスはまだ、戸惑う様子のネメシスの手を引いた。
「あちらこちらの屋台を覗きながらゆっくり行けば、丁度メインの体育委員会の武術大会に間に合います。さあ、行きましょう!」
 ピクンと肩が揺れたが、彼女はその手から逃れることはなく、前を進むユイスの後に静かに続くのだった。

 まだ、本格的なイベント開始には早い時間であるが、人はけっこう集まっている。
「ふむ、なかなか盛況のようですね」
 広場の一角に作られた小さな厨房から尾花朔(ib1268)が周りを確認すると、もう席が埋まりかけている。
 保健委員会と調理委員会の合同喫茶店。
 今日はおそらく人が切れることは無いだろう。
「ハーブティの配合もなかなか。蒼詠(ia0827)さんも羅刹さんもいい仕事をしますね」
 お茶の入った沢山の瓶を確認するように開けて、匂いを確かめる朔を
「…あの朔さん…」
 控えめな声が呼ぶ。
「ああ、玉櫛さん。着替え終ったんですね。お似合いですよ」
 朔は瓶の蓋を締めながらニッコリと笑うが、呼びかけられた当の玉櫛・静音(ia0872)は俯いたまま、耳まで真っ赤にしていた。
 着ているのは可愛らしいメイド服。真っ白なレースリボンのカチューシャ付き。
 一般的なものよりも長めのスカートが静音の上品さを引き出している。
 とはいえ
「…私も着るんですか?」
 最初に衣装を見た時から静音はけっこう引いていた。
 今まで着た事の無い分野の服であるからだ。
「静音、ほら着替えて、着替えて…」
 真名(ib1222)は服を抱えたまま凍りつく静乃に
「う〜ん、強制はしないけど、折角のお祭りだし、着ましょうよ。絶対に似合うから」
 ね? と片目を閉じた。
 喫茶店をやると決めた時
「どうせでしたら執事服やメイド服でも着てみますか?」
「いいわね。きっとお客さんも喜んでくれるわ」
「は? メイド、服?」
 制服が提案された時、静音は唖然とした。でも、気が付けばあれよあれよと話が決まり、貸衣装屋から服まで借りられてきてしまったのだ。
 蒼詠や彼方もジルベリア風の執事服に最初は赤面していた。
 今は、諦めて着ているようだが。
「せめて…紫乃さんのような服装では、ダメなのでしょうか?」
 売店兼和風軽食担当の泉宮 紫乃(ia9951)は優美な和服に可愛らしい白いエプロンをしている。
「ダメとは…言いませんが…」
 苦笑する朔を見ていた為一瞬反応が遅れた静音は
 がしっ。と
 気が付けば腕を掴まれていた。
「あ…静乃さん」
「…静音。お客さんの呼び込みするから…一緒に来て!」
 たれ耳犬のカチューシャを付け、裾の短いメイド服を着た瀬崎 静乃(ia4468)が小さな身体からとは思えない力で静音をずりずりと引っ張って行く。
「わっ、わっ、わわっ!!」
「…喫茶店開店中。御休憩に、美味しい軽食やハーブティーは如何でしょうか…」
 慌てながらも抵抗できずに呼び込みに引きずられていく静音を朔は
「頑張りましょうね」
 生暖かく見守り、手を振るのであった。

 やがて、中央広場の奥に作られた、ステージと呼ぶには質素な一角に人が集まる。
 敷き詰められた土の奥に広げられた幕の隙間から
「うんうん、けっこう人が集まってるなりね〜」
 黒と朱色の丸い目が覗いていた。
 楽しげな平野 譲治(ia5226)とは正反対に
「うわ…どないしよ。なんだか、うち、急にドキドキしてきた」
 胸に両手を当てる芦屋 璃凛(ia0303)。
 心臓の音が聞こえそうなほど緊張しているらしい後輩の背中を
「落ちつけ。大丈夫だ。まずは、楽しんで来い」
 準備や手配をしていた劫光がポン、と優しく叩く。
「そうなりよ。璃凛。元気が一番! なのだ」
 二人の先輩の激励に、璃凛は大きく深呼吸すると
「はい。…行きます!」
 元気に駆け出した。
「さてっ! 思いつくのが遅いおいらでも、出来ることはしたのだっ! 後は全力でやるなりよ!」
 思いっきりの気合を入れて後を追う譲治を、劫光は頼もしい思いで見送ると自身も動き始める。
 朱雀寮 大文化祭。
 前学年合同で行う最初で最後の大祭りに向けて。

●陰陽師達の見せる夢
「みんなー! おっはようなのだーー!」
 舞台に駆け上がった譲治が観客に向かって大きく手を振る。
 自分達に歳の近い少年と、少女の登場に溢れる歓声と子供達の
「おはよーー!」
 大きな挨拶が木霊する。譲治は満面の笑顔で名乗ると
「今日は、朱雀寮のお祭りにようこそなり!」
 と手を前に綺麗なお辞儀をして見せる。
 その横で璃凛もピッ! と背筋を伸ばし頭を下げた。
「朱雀寮は陰陽師の学び舎。おいら達、朱雀寮の他、青龍寮、玄武寮、白虎寮があって、それぞれ皆頑張っているのだ。でも、陰陽師ってどんなものか、どんなことをして、どんなことが出来るのか、みんな、ちゃんと解ってるなりか?」
 はーい、と手を上げる子もいれば、隣と顔を見合わせる子もいる。
「解ってる子も、そうで無い子も、今日、朱雀寮でそれが、少し解るといいなりね」
 開会の挨拶も兼ねた譲治の掴みはバッチリで、観客達の注目も集まっている。
 その視線を逃すことなく、譲治は話を続けた。
「では最初に、各寮の紹介を兼ねた演武をするのだ。
 演武というのは武道・武術において学んだ形を披露すること。
 陰陽師というのは頭脳派に見えるなりが、けっこう武術なども学んだりするなりよ。
 今回は、おいら達、朱雀寮の体育委員会が、各寮をイメージした演武を行うのだ。
 見ていて欲しいなりよ。では…オス! なのだ!!」
 両手を腰元に、気合を入れるように引いて挨拶をすると、譲治はスッと舞台袖にはけた。
 舞台の中央に残るのは璃凛一人。璃凛は大きく深呼吸をすると
「よろしくお願いします! …ハアアアッ…! ハアッ!!」
 かけ声を発しながら、動き始めた。
 高く足を回し、蹴りを上げるポーズから、腰に構えた手を、胸の前で、重ね、回しながら両手を広げていく。
 優雅な鳥のようでありながら大きく、強く情熱的な、風のような動きだ。
 璃凛の赤い髪も相まって、彼女の動きは朱雀を表していると誰もが理解した。
 高く、手を掲げたところでスッと横に避けた璃凛と入れ違いになるように素早く現れたのは譲治であった。
 白い陰陽服で虎拳のように素早く、それでいて雄々しく強い武が繰り広げられる。
「ハッ! タアッ! トオオッ!」
 まるで虎の咆哮のようなかけ声と小さな体が動く度、彼はとても大きく見えた。
 地に足を付けた力強さと素早さで武舞を終えた譲治が璃凛と反対方向に避けると、今度は連続の跳躍と回転を行いながら、背の高い男性が現れてくる。
「あ、劫光さんだ」
 雪斗は目を輝かせた。
 青い服の劫光が表すのは青龍。
 どんな困難にも怯まず、強敵にも負けず、挑む強さ。
 水のように柔和に見えるが堅い物さえも削り切り開く…苦難を耐え、決して未来を諦めない柔にして剛、剛にして柔の精神を動きに託すかのように想えた。
 そして最後に現れたのは、なんとからくりであった。
 黒い陰陽服を纏ったそのからくりの動きは重々しく、時に鈍重な動きかと思わせながら食らいつく物には機敏な剛の舞。青龍が柔にして剛なら、玄武は剛にして柔であると言えるかもしれない。
 寮生達の舞の間、人々は驚くほど静かにそれを見つめていた。
 人の動きという者は、極め、突き詰めれば美しくなるものだ。
 寮生達の動きは拳闘士や、武術の師範などから見ればまだまだと言われるかもしれない。
 しかし、見る人々の心を捕えるのには十分であった。
 彼らの一挙手一投足を人々は見つめる。
 そして
「!?」
 四人が舞台に揃ったと同時、不思議な音色が舞台と客席を包んだのだ。
 それは、素朴で優しい、包み込むような笛の音。
 まるで、五行の大地とそこに住む人々のよう。
「あれ? ニーナさん?」
 舞台袖でオカリナを奏でるニーナが見える。
 急に頼んだ為、即興に近いのに理想通りの強く、それでいて優しい調べである。
「いい…リズムだ」
 言った後、劫光は璃凛を見た。
「最後の場面だ。笛の音は俺達を邪魔したりしない。予定通り動け」
「はい」
 四人は舞台上、四方東西南北に立って、互いに近づき、時に離れ拳を交わしながら、中央に集まっていく。
 そして
「ヤアアッ!!」
 最後に放たれた一際大きな気合と共に、四人それぞれが、それぞれにポーズを決めた。
 動きも流れもみんな、バラバラ。
 しかし、高く掲げられた手と前を向く眼差しは同じ。同じ目標を見つめているのだ。
「そんな思い…解ってくれるやろか?」
 璃凛の心配は、無用のものであった。
 演武の終了後、満場の拍手が上がる。
 それは、寮生達の努力と、心が伝わったということだろう。
 喜びに、胸が熱くなる。
 お客達に心からの感謝を込めて、四人は深く、深くお辞儀をするのであった。

 見事な演武に人々の目視が集まったところで
「さあさあ、これからが本日のメーンイベント。
 非公式陰陽師武闘大会! 陰陽寮生による術の競演なのだ!!」
 譲治が高らかに宣言すると幕の後ろから四人の参加者が登場してくる。
 わあっ、という歓声と拍手が会場全体に広がった。
「ルールは簡単。スキルは陰陽術のみ。肩に紐で軽く結わえてあるリンゴを奪うか落とす事で勝利、なのだ」
 では、さっそく一回戦、始めるなりよ!!!」
 瞬く間に会場が整えられ、一回戦参加の二人が舞台の中央で向かい合う。
「一回戦は玄武寮の八嶋 双伍(ia2195)対緋那岐(ib5664)!」
「おや、一回戦から玄武同士の対戦ですか?」
 見知った顔に双伍が軽く肩を竦めると、向かい合う緋那岐は頭を掻きながら答えた。
「仕方ないんじゃないか。参加者四人だし、そのうち三人玄武だし。奇数になるからって譲治は審判に回ったみたいだしな」
 舞台の中央で凛々しく場を取り仕切る譲治を見やると、緋那岐は小さく笑うと身構える。
 両手は無手に見える。まるで舞手のような優雅な動きだ。
「まあ、せっかくの武闘会の誘いだ。協力させて貰おう。まぁ、祭りってことだし気楽に、楽しめれば良し、だな」
「そうですね」
 双伍もまた観客席を見ながら、すっと符を構えた。
 最前列には目を輝かせてこちらを見ている子供達がいる。
「あの子達に見せるなら、分かりやすい方が良いですかね。まぁ、楽しく頑張って参りましょう」
「おう!」
「始め!!」
 譲治の声を合図に対戦が始まった。
 二人は互いに間合いを取りながらまずは、様子を窺う様に、ゆっくりと円を描く様に歩く。
 先に、動いたのは緋那岐であった。無手に見せかけていた手の中に袖に隠していた符を、さっととると構えて毒蟲出現させると双伍に向けて放った。
「おっと!」
 と、舞台の中央に結界術符『黒』が出現した。蟲は直線の攻撃射線を阻まれてしまう。
 その間に射程から逃れた双伍はにやりと緋那岐に笑って見せる。
「いきなり毒蟲とは大人気なくはないですか?」
「まあ、その辺はお遊びだ。気にするなって!」
 次々に放たれる毒蟲。まるで舞のような美しい攻撃が続く。
 それを結界術符を駆使しながら躱していく双伍は小さく笑うと
「見事ですね。では、そろそろ反撃にといきますか」
 攻撃の隙を見てフッと術を手の中に紡いでいた。
「げ!」
 召喚された式は指差された手に従うように、たじろぐ緋那岐の周りを包み込むと、吸い込まれるように消える。
 眩暈のような幻影が緋那岐を襲う。膝を付き、目を擦りながら彼は声を上げた。
「幻影符、なんて大人気ないのはどっちだよ!」
 その隙を、双伍は見逃さなかった。
「まあ、その辺はお遊びです。気にしないで下さい。行きますよ!!」
「わああっ!」
 歓声が会場から上がる、巨大な蛇が双伍の真横に立ち上がると、緋那岐に向かって襲い掛かる。
 緋那岐は除けようと巴で躱す。蛇は少し前まで緋那岐がいた場所に向かって突進し、消えるが
「あ…」
 その躱した射線上にはいつの間にか双伍が待ち構えていたのだ。唖然とする緋那岐に微笑んだ双伍が林檎の糸を切る。
 ぽとりと、地面に林檎が落下すると。
「そこまで!」
 譲治の声が上がった。
「大丈夫ですか?」
 差し出された双伍の手を
「ああ」
 と緋那岐は取って立ち上がる。
「まあ、無手を装うなんて作戦は同業者、同寮同士じゃ通用なんかしないのは解ってるしな」
「でも、役割は十分に果たしたようですよ」
 双伍が顔で指す方向には目を輝かせて拍手する、子供達や観客の姿があった。
「趣旨とはちょっと違うかもしれませんが、見ている人達に面白いと思わせ、楽しませる事はできたようですからね」
「…まあ、それならいいか」
 頭を掻きながら緋那岐は、満足そうに笑うと観客席に手を振るのであった。

「第二回戦は青龍寮 鈴木 透子(ia5664)対 玄武寮 御樹青嵐(ia1669)!!」
「よろしくお願いします」
「こちらこそ」
 二人は丁寧にお辞儀をしあうと身構えた。
 小柄な透子と大柄な御樹では大人と子供のように見える。
 だが、実力は伯仲。お互い、向かい合っているお互いがそれをよく解っている。
「始め!」
「行きますよ!」
 先に仕掛けたのは御樹であった。
 彼は踏み込むと式を透子に向けて放つ。
「くっ!」
 視界を封じる暗影符。黒い影が彼女の視界を曇らせる。
 術の影響そのものは大したことは無い。だが、彼女の作戦に置いてこれは大きな痛手になる。
 透子は予定通り、自分の周りに結界術符『黒』を隣接させた。
 何本もの結界術符が立ち上がっていく様はさぞかし、壮観であったのだろう。
 周囲から歓声が上がるのが聞こえてくるが、それを気にしている余裕は、残念ながら透子には無かった。
 結界術符に身を隠しながら相手の様子を伺う。
 さながら隠れ鬼ごっこである。
「やれやれ、困りましたね」
 結界術符の林の中で御樹は小さく肩を竦めた。
 そして、周囲に注意を張り巡らせ結界術符の林からこちらを狙っているであろう気配を探る。
 ふと、彼の背後で何かが大きく動く音がした、とっさに振り返り呪縛符を放つ御樹。
 だが、そこには何もなかった。正確には無くなった。
 ほんの少し前まであった結界術符が消えたのだと御樹が気が付いた正にその時、背後から透子が奇襲をかけるように飛び込んできたのだった。
 狙うは肩の林檎。
 振り返り、御樹もまた相手の肩に手を伸ばす。
 払い飛ばされるように透子は地面に尻餅をついた。
 二つの林檎がほぼ同時、肩の紐から切り離される。
 ほんの僅かの間隔で地面に落下した二つの林檎。先に地面に落ちたのは…。
「この勝負! 青龍寮 鈴木 透子の勝ち!」
 譲治の手の旗が上がった。
 ふうと、息を吐き出した透子に御樹が笑いかける。
「お疲れ様、お見事でした」
「いいえ。一時はダメかと思いました。積極的に攻勢に出られた上、視界を奪われるとこちらの作戦は意味を失ってしまうので」
「ありがとう」
「こちらこそ」
 互いを称えあう二人の姿勢と、その見事な技に、観客たちは惜しみない拍手をいつまでも贈っていた。

●楽しい時間
 メインイベントが終わっての中庭は丁度昼食時間と言う事で、寮生達の出す店には多くの人達が集まっていた。
 中でも人気を集めていたのは手打ち蕎麦の屋台。
『フッ…お・も・て・な・し―ですか。これ程、たくさんのお客様がお見えになっている…。
 メイドからくりとしてこれ以上の舞台は御座いませんね。よろしい、ならば戦争です』
「あ、あの〜。先生。祭りと聞いてテンション上がろうとした矢先、もっとテンション上がってる人が隣にいて、戸惑い気味の俺なんですが…」
『そこの蕎麦屋! 私語は慎みなさい! そのような弛んだ心では、お客様を満足させる事はできませんよ!!
 見なさい。この行列を!
 たくさんのお客様が、我々の調理を、おもてなしを待って下さると言う、その意味が、解らないのですか!!』
「さ、サー、イエッサー!?」
『よろしい! これより先は、修羅のみが踏み入ることを許される死地! 我に続けー!
 …はい。いらっしゃいませ〜。ご注文は何に致しますか?』
「何か違う気がするが、楽しそうなんでまーいっか」
『蕎麦屋! たぬきそばの大盛りとキツネそばのご注文です。急ぎなさい!』
「はい! よろこんで〜!!」
 まるで漫才を見ているような喪越(ia1670)とからくり綾音のかけあいを、少し離れた軽食喫茶から、四人の陰陽師はハハハと笑いながら見ていた。
「相変わらず、賑やかな事ですね。朱雀寮は」
 微笑む双伍の前には暖かい香草茶が柔らかい香りを立てている。
「今日はお疲れ様でした。…どうぞ。これはサービスです」
 紫乃が差し出したのは、月餅であった。
「美味しそうですね。手作りですか?」
 透子が手に取って表裏を返してみる。
 月餅には朱雀、青龍、玄武、白虎などの模様が刻まれているのだ。
「はい。餡に薬草園で採れた胡桃や干し葡萄、薬草など混ぜ込んでみました。型は作って頂いて…丁度月も綺麗な時期ですしね」
 執事の服装をした朔が答える。
「薬草茶、ハーブティも朱雀寮の薬草園で採取した薬草を使って独自に配合したものです。気に入って頂けたのならレシピなどもお渡しできますから」
「確かに、お茶を頂きながらの月餅は悪くない。ゆったりと落ち着けます。これで…酒など…いやいや、日中、陰陽寮の文化祭の模擬店でそれを望む訳にはいきませんね」
 御樹は紫乃に微笑み湯呑の暖かい温度を楽しみながら、静かに茶を飲み干した。
「皆さんのおかげで、祭りが盛り上がりました。本当に感謝しています」
 静音が頭を下げるとなんの、と緋那岐が手を横に振る。
「お客が喜んで、皆が楽しんだのなら、それが何よりだよ。それに…お土産まで貰っちゃったしね。いいの?」
「はい。失礼でなければぜひ。朱雀寮にもあまり在庫があるわけではありませんが、おいで下さった方にと思って用意してありましたので」
 参加賞として渡された朱雀の救急箱を嬉しそうに撫でる緋那岐に紫乃は頷いた。
「ありがとう。ちょっと欲しかったんだ」
 武闘大会は大盛況のうちに終わった。
 決勝は透子と双伍で行われた。優勝は透子である。
 互いに結界術符『黒』を使って相手の隙を狙う守りの戦法同士の戦いであったが、人魂を使って相手を確認してから行動に移した透子が僅かなアドバンテージを発揮して勝利したのだ。
 とはいえ、今回の戦いは別に優勝を誇る為のものでは無い。
 観客で有る人々に、陰陽師の術や戦いを見て貰う為。
 そして陰陽師と言う存在に親しみを持って貰う為の大会だ。
 その意味で彼らは十二分に期待を果たした。
 今も、喫茶店の外では憧れの眼差しで彼らを待つ子供達もいる程である。
「後はゆっくり楽しんで下さいね。いろいろ普段は見れない所が公開されてますし、イベントもあちこちでやってますから」
 静音が微笑んで広場を見る。
 喫茶店の横では羅刹 祐里(ib7964)がリリスやユイスと一緒にお客、特に子供達を誘ってお菓子作りをしているのだ。
 昨日から用意してあった月餅の生地を色々な型に入れて餡を詰めるだけの簡単なものであるが、月餅の型には色々な絵が彫り込まれている。
 餡を包んだ生地を型に押し込み、抜いて絵が押し出されると、子供達からは嬉しそうな歓声が上がっていた。
「さあさあ、いらっしゃい! 君も一日陰陽師! カッコいい衣装を着てみない?」
 向こうでは、用具委員会が陰陽師体験のコーナーを作っているようだ。
 カッコいい衣装を着て、陰陽寮の中を歩いて回れる。
 終わると記念に符が貰えると、子供達に大好評だ。
 他にも、閲覧可能な図書が並べられた移動図書館や、占術が得意な職員が出している占いの店などもある。
「お客様と皆とで作る朱雀…ですね」
「そうですね。ゆっくりと見させて頂きましょう」
「ごちそうさまでした。お祭り、楽しませて貰います」
 お茶を飲みほした彼らは立ち上がり、祭りに向かう。
「あー! 後で入口で配ってた短冊に願い事書いて出して下さいね〜!」
 彼方の声が彼等に聞こえたかどうかは解らない。
 だが
「なんだ? どうした?」
「あ、劫光。ニーナに雪斗もいらっしゃい!」
「真名さ〜ん♪」
「よく来てくれたわ、待っててね。今、おいしいの作ってあげるから。なにがいい?」
「おススメ頂戴♪ 勿論、劫光さんの奢りで」
「! おいおい」
「冗談よ。でも、こういうところで会うと何だか新鮮ね♪ 雪斗さんもそう思わない?」
「確かに、ね」
「楽しんでくれてる?」
「勿論」
「いろいろ、興味深い所もあったよ。こちら流の占いと言うのも少し教えて貰った。占卜とか、方角とか…ジルベリアとは違う概念が新鮮だったなあ」
「はい、お待たせしました。お勧めのチョコピザと野菜入り冷麺どうぞ」
「美味しそう!」
 劫光が連れてきた客や陰陽寮生だけでは無い。
 店にはお客が途切れることなく集まってくる。
 静乃は慌ててテーブルを拭き使用済みのカップを片付け、水気をとった。
 氷柱で冷やしたハーブティも切れそうなので新しいのを作る。
 新しい客には静音が赤い顔で注文を取りに向かった。
 料理もお茶も好評でおかわりの声もある。
 のんびりしている時間は当分なさそうだった。

 残念ながら、簡易符とはいえ瘴気を込めたものを一般人の、特に子供に渡すのは許可が下りず、青嵐が最初に考えていた通りにはならなかった。
 用具委員会が準備した体験陰陽師コーナー。
 その代り、符の紙は使っていいということで、その場で子供の好きそうな絵を描いておみやげ符を作ることになったのだ。この決定に最初、陽向はしっぽを下げていた。
「うち…絵心ないねん」
「焦らなくていいのですよ。こういうのは場数と慣れです」
 そうして、衣装を身に着けた子供達に一枚一枚、瘴気を込めない符を描き渡していく。
 時に、朱雀が丸い小鳥のようになってしまったり、白虎が猫のようになってしまったりもしたが、子供達はそれはそれで喜んでいるようだった。
「ありがとう。おねえちゃん!」
 嬉しそうに符を抱えて走って行く子供を見送って
「なんだか、嘘みたいやな」
 陽向はぽつりと呟いた。怪訝そうな目の青嵐に
「去年のお祭り、退寮届けだそうか、悩んどった時期やなって思って。その時の事を考えると今が嘘みたいに想うんです」
 大きな声で笑いながら日向が言うがその笑みに隠したものが決して軽いものばかりではない事を青嵐は気付いている。
「うちら一年は個性強いんばかりやったし、寮長センセに怒られてばかりやし寮でやっていく自信がなかった頃やねん。今も、自信満々ちゅうわけやないんやけど…」
「焦らなくていいのですよ」
 静かな声で青嵐がもう一度言った。陽向は顔を上げる。
「最初から何でも思い通りになる筈はありません。なんでも少しずつ積み重ねて、一歩一歩歩いて進んでいくものなのですからね」
「…ありがとうございます。先輩」
 一瞬だけ下を向いた陽向は、顔を上げた時にはいつもの向日葵のような笑顔をその顔に咲かせている。
「ほら、またお客さんですよ。しっかりお願いしますね」
「はい!」
 そんな様子を物陰から見ていた影がある。
 少年ハロワンに
「どうしました?」
 ユイスは声をかけた。
「衣装体験なら声をかけますけど」
「いやいや、体験は結構。ボクは既に陰陽師であるから」
 自信と強い意思を目に浮かべた彼は首を振ると、先輩である寮生達、いやこの寮そのものを見つめた。
 眩しいものを見るような面差しで。
「将来の見聞の為に、天儀まで来て早半年は過ぎたのだけれど来る前の大きな揉め事によって、後始末の関係で陰陽寮の入学が今年は流れてしまい、ある意味それがぼくの本当の目的なのでこの状況は困ったのだよね」
 その言葉に、ユイスは気付く。彼は今年の入寮を希望していた陰陽師であるのだと。
「さりとて、ぼく自身はまだ年少である手前、先々の機会はまだあると思っているので
慌てる必要はないかな。それでも一般公開の機会は又とないチャンスなので是非とも覗いてみて雰囲気は味わいたいと思っていたのだけれど、実際に来てみて、知るにつけやはり残念だと思うのだよ」
 ここまで、ハロワンは本当に楽しげに祭りに参加していた。
 屋台の食べ物を頬張り、武闘大会に目を輝かせ。
 そして楽しんだからこそ、陰陽寮に入りたいと思ってくれたのなら…。
 小さく考えてユイスは彼の手を取る。
「まだまだ、楽しいところは色々ありますよ。ぜひご覧になって下さい」
「うむ、ありがとう。ではお願いしようかな?」
 自分の手を包むぬくもりに少し照れた顔をしながら、ハロワンは祭りの輪へと戻って行った。
 いつか先輩になるかもしれない友と一緒に。

 ノックと共に保健室の扉が開かれる。
『失礼します。よろしいですか?』
 中で薬草の確認や調合をしていた蒼詠は、中に入って来た人物…いやからくりにもちろん、と答えた。
「凛さん、どうしました? 怪我人、ですか?」
『はい。木の上から落ちた子供と、それを助けて下さったからくりの方が…』
 凛の後ろには無表情で立つ女性型からくりがいた。
「見せて下さい。ああ、子どもさんの方は大丈夫です。擦り傷も殆どない。気を失ってるだけのようですね。直ぐ目を覚ましますよ」
 手早く子どもを処置し布団に寝かせると蒼詠は、からくりの手を取った。
「お名前は?」
「ネメシス…これくらいの傷…、手当は…不要」
「そうですね。でも一応塞いでおきましょう。せっかくの綺麗な肌がもったいないですから」
 そう言って治癒符を彼女にかける。木から落ちたという子供を助けた時についたのだろう細かい傷はスッと消えていった。
 とほぼ同時、廊下の端からこちらに向けてバタバタと大きな足音が近づいてくる。それも一つではなく、たくさん。
「せんせー! 健とからくりのお姉さん、だいじょうぶ〜」
 ノックも無く扉を開けたのは祭りに来ていた子供達、後ろからはあはあと息をきらせるリリスもいる。
「も…もう、勝手に、走っていかないで下さい。また、怪我しますよ」
 周囲の気配に気づいたのか。意識を失っていた少年は目をゆっくりと開けた。
「健!」「あ、気が付いた!」
 身体を起こす少年を蒼詠は軽く診察する。
「もう大丈夫でしょう。でも、危ないことはしちゃダメですよ」
「はーい」
 素直に頷くと少年はネメシスの元に駆け寄って、手を取った。
「おねえさん。助けてくれて。ありがと!」
「いや…私は…」
「ねえ、一緒に遊ぼうよ。これから最後の出し物があるんだって」
 座り込んだネメシスの手を引き促す。そのもう片方の手は、凛が静かに握る。
『まいりましょう』
「凛さん…なにお…、あの、なにを…いえ…」
(…、停滞が打ち壊されてしまうこのまま手を引かれていっては。なのに、体は否定する事を示さない)
「このバグは…、エラーではない?」
 暖かい手と冷たい手。その両方に促されてネメシスは立ち上がる。
 どこか、ぎこちなく、でもしっかりと。
「…何か、わけありの様子のからくりさんなのです。でも子供達や凛さんと一緒にいるうちになんだか感化されてきているみたいで」
「そうですか。それは、きっといい傾向ですね」
 囁くリリスに頷くと蒼詠は保健室の一角に包まれて纏めてあった小さな包みをネメシスに差し出す。
「はい。これは桜の花湯です。朱雀寮で採れた桜の花の塩漬けで作りました。記念にどうぞ」
 そうして笑いかける。
「お祭りを、朱雀寮を最後まで楽しんで行って下さいね」
「行こう! からくりおねえさん!」
 子供達に手を引かれてネメシスは保健室を出ていった。
 静かになった保健室で蒼詠は呟きながら微笑む。
「いつか、彼女もこの門を潜って欲しいですね。心の傷は、保健室では直せない。でも薬ならここにはたくさんありますから」
 また、静かに保健室の業務に戻る蒼詠。
「あっと、フィナーレはお手伝いに行かないとですね」
 彼は自分をずっと見つめる眼差しがあったことを、多分気付いてはいなかった。

「そうですか。ありがとう」
『いえいえ。では!』
 紅い鳥に身を変えて飛び立った人妖朱里に静音は手を振った。保健室を任せた蒼詠が心配で様子を見て欲しいと頼んだのだが、とりあえず心配ないようだ。
 ホッと胸を撫で下ろして微笑むと、静音は小さく呟く。
「…私もだれか手元においてみようかしら…?」
 これは勿論、蒼詠の事ではない。
「機会があれば、私も…あの子達かわいいですしね」
 楽しそうに微笑む静音。
「…早く、こっち手伝って!」
「はい!」
 急ぐ彼女を照らす空は、もう薄紅色に染まってきていた。

●祭りの終り
 気が付けば空の色が薄紅から紫へと変わっていた。
 楽しい時間はあっという間に終わりを告げる。
 広場の屋台が完売を出し、店をたたみ始めた頃、お客達は帰り道に向かう通路に大きな朱雀の絵が貼り出されているのに気付いた。
 羽には自分達が祭りの中で書いた短冊が飾られているようだ。
 誰ともなくその絵に注目が集まる。
 それを待っていたかのように風を孕んで揺れた朱雀の絵からぱあっと、数十の夜光虫がお客達の頭上に舞い散ったのだった。
 まるで、朱雀の羽根から炎の粒が散る様に…。
「キレイね」
「そうだな…」
 ニーナは横に立つ劫光にそう言って微笑んだ。
 彼の作った光もこの中に入っているのだろうか。
「祭りは、どうだった?」
「なかなか、楽しかったわ。何より寮生さん達が元気でいいわね」
「もうすぐ卒業だがな、自慢の家だ」
 照れながら、だがはっきりと言った劫光にニーナと雪斗は顔を見合わせて笑う。
「もうじき、卒業試験でしょ。頑張ってね♪ 無事に合格したらお酒奢ってあげる♪」
「居心地が良いからと言って、留年などしないように」
「ああ。頑張るさ」
 二人の前で答えた。己自身に誓う様に。

「からくりおねえちゃん! またねえ〜〜!」
 大きく手を振った子供達の影が見えなくなるまでネメシスは朱雀門を動かないでいた。
「開拓者二、成れた…というのに情けない」
 闇に子供達の姿が消えて後、自嘲するように呟き歩き出そうとしたネメシスを
「待って下さい」
 土産を配っていたリリスが呼び止めた。そして
「朱雀寮長から伝言です。もし、朱雀寮への入寮を希望するのであれば、門を叩いて下さい。朱雀寮は貴方を歓迎します」
 微笑み、伝えたのだった。同じ伝言はユイスからハロワンにも贈られた。
「ありがとう」「…感謝する」
 舞い散る夜光虫の中歩き去る陰陽師達。彼らがいつかこの門を潜ってくれることを二人は祈り、願うのだった。

 朱雀祭は大成功の中、幕を閉じた。
「楽しかったですね。喫茶店も大繁盛でしたし」
「そうなりね。でも告知遅かったなりよね。もう少し時間欲しかったのだ」
 片づけをしながら寮生達は真っ暗になった空を見る。
 夏が終わり、秋が来て、冬が過ぎれば三年生は卒業。
 この場所から空を見上げられる日は、あと何度あるだろう。
「残された日、一日一日を大切していかないといけませんね」

 祈るような誰かの言葉は、寮生達の思いと共に静かに夜の闇に溶けて消えていった。