雪原の落し物
マスター名:夢村円
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/02/24 01:06



■オープニング本文

 その日、今年一番の寒波と雪が街を襲った。
 特に夕方から夜にかけての吹雪はすさまじく、目を開けても数歩先が見えないほどであったとやっとのことで、宿まで辿り着いたその若い商人は語っていた。
「でも、なんとか無事に辿り着けて良かったです。品物も無事だったし、後はこの品物を春までに売って故郷に帰れば、結婚式ができます」
 品物を見る若者は喜びを隠せない様子だ。
「ほお、ご結婚を。それはおめでとう」
 宿の主人の祝福にも顔を赤らめている。
「幼馴染‥‥なんですよ。彼女の為にもなんとか商売を成功させて、早く戻らないと‥‥」
 そこまで言いかけて、若者の顔が雪のように真っ白になっているのに主人は気付いた。
「な‥‥ない?」
「何が無いんです?」
 慌てて荷物をひっくり返す青年に主人は聞く。
 財布、ではないだろう。それは彼の手に握られている。
「財布の中に入れておいた、水晶の指輪‥‥です。彼女への結婚の贈り物なのに! 一体、どこへ‥‥」
「まあ、落ち着きなって。最後にその指輪を見たのはどこだい?」
 主人の言葉に青年は懸命な顔で考える。
「前の町、いや、途中の雪原で、でしょうか? 細工屋でそれを受け取り、その足でここへ向かう商人達の一行に加わりそこで確認して‥‥まさか!」
 最悪の想像が頭を過ぎる。
 ここに来るまで歩いたあの雪の平原、そのどこかに落としたのか!
「おい! 待て! どうするつもりだ!!」
 椅子から立ち上がり、今にも外へ駆け出さんとする青年を主人は必死に引きとめた。
「は、離してください! 早くあの指輪を見つけないと!」
「バカをいうな! この雪の中、しかも夜、指輪なんか見つかるものか! しかもあの平原にはアヤカシだって出る。隊商と一緒に来るならともかくあんたみたいな人間一人じゃ、直ぐにやられちまうぞ!」
 主人の言葉は事実であり、正しい。
 けれど足を止めた青年は身体を震わせて、手を握り締めた。
「だったら、だったらどうしたらいいんです? 僕は‥‥何もできないんですか?」
 涙を流す青年に、主人は背を軽く叩くとこう告げた。
「開拓者に頼んでみな?」
 と。

 探すのは水晶の飾りの着いた指輪。
 ほんの指先ほどの小さなそれは、だが特別に作られたもので、精緻な加工がされているということだった。
 落としたのが街中であったのなら、それは売られもう二度と戻ってはこないかもしれない。
 逆に落としたのが街に辿り着くまでの街道であり、雪原であるなら売られる可能性こそ低いものの、見つけ出すのは至難の業である。
 まして、一人では‥‥。
 どちらにあるのか解らない。どちらにあるのが幸運かもわからない。
「だから、お願いします。助けて下さい」
 そう言ってその男は頭を下げる。


 差し出された依頼書と報酬には彼の涙が染み込んでいた。


■参加者一覧
北條 黯羽(ia0072
25歳・女・陰
静雪 蒼(ia0219
13歳・女・巫
奈々月纏(ia0456
17歳・女・志
龍牙・流陰(ia0556
19歳・男・サ
篠田 紅雪(ia0704
21歳・女・サ
奈々月琉央(ia1012
18歳・男・サ
大蔵南洋(ia1246
25歳・男・サ
神咲 六花(ia8361
17歳・男・陰


■リプレイ本文

○救い主現る
 雪は日に日に降り積もり固くなる。
「ああ‥‥こうしている間にも‥‥、指輪が‥‥」
 涙目の依頼人は、本当に今にも外に飛び出していきそうだった。
 それを引き止めたのは
「おちつきなはれ。今、あんさんが急いで出かけてもなんも役にはたちまへん」
 静雪 蒼(ia0219)と篠田 紅雪(ia0704)であった。
 彼の依頼に応じてやってきた開拓者達は優しく、だが依頼人より冷静でシビアな目で今回の件を見つめている。
 特に蒼はそれが顕著であり
「灯台もと暗し。まずは褌まで全部脱いでよーく探しておいてつかぁさい」
 と依頼人を身包み剥いで探させた後
「まずは落ち着くこと。そして、よ〜く考えはることが大事どす。何処まで持ってはった記憶がありはるか、もうちぃと考えて貰えんやろか」
 柔らかく、そう言って笑いかけたのだった。
「そうだな。まず知りたいのは『最後に指輪を確認した場所』と『お金を使った所』の心当たりか‥‥? 指輪、財布に入れていたのじゃろう? それから『指輪に支払ったおよその金額』も頼む」
 紅雪の問いは依頼人を落ち着かせ、状況を確認把握させる意味も持っていた。
「なるほど、最後に確認したのは町を出ての最後の野営地じゃな。そこで財布から出した‥‥と」
「周囲の隊商の者達に野営時見せたのが最後、だと思います。財布の縫い目がゆるくなっていたので小さな穴が開いて、そこから落ちたのかもしれませんが‥‥」
 なるほど、と二人は頷きあう。
「後、何度か転んだりも‥‥。皆、歩き辛くて苦労していましたから助け合って歩いていたんですけど‥‥」
「ならば彼らの行動は無駄足ではないかもしれまへんなあ〜」
「ああ‥‥」
「?」
 既に仲間達は動き出している。
 首を捻る依頼人に、紅雪は一番大事なことを確認した。
「最後に一つ聞かせてくれ。もし、その指輪が誰かに拾われたり、売りに出されていたら買い戻すか? その時の予算はいくらくらい‥‥」
「勿論! 何があっても買い戻します。いくらかかってもかまいません!」
 二人は微笑む。一番確かめたかったのは依頼人の思い。
「よう解りました。後は全力で探させていただきまひょ」
「ああ、‥‥行くか」
 歩き出す二人の背中を依頼人は瞬きして見つめる。
 あの日。ギルドで会った時も思ったこと。
 微笑む彼らが依頼人には本当の救世主に見えたのだった。

○伝える思い
 依頼人の町から隣町まで雪道を一日以上。
「ふ〜、やっとついた。ほんま。寒かったわ〜」
 頭の雪を払う藤村纏(ia0456)の肩に琉央(ia1012)は自分の上着をそっと乗せた。
「大丈夫か? 気をつけろよ」
「ありがとな」
 恋人のぶっきらぼうな優しさに纏は小さく笑って肩の上着を前に引き寄せた。
「さて、それじゃあ例の指輪を作った店に行って、そっから依頼人はんの辿ったコース、さがしてみよ? 明日には中間地点で皆と待ち合わせやから少し急いでな‥‥」
 歩き始める纏になあ、と琉央は声をかける。
「なんや?」
「吹雪いている中に小さな指輪を、だ。正直な話、見つかると思うか?」
「そうやね‥‥確かにうちも難しいと思うわ」
 ここに来る途中、イヤというほど感じた。
 自然の大きさ。強さ。広大さ。
 その中で自分、いや人間など本当に小さな存在である、と。
 ましてや指輪など簡単に見つかる筈がないと解っている。
 だがそれでも
「依頼人さんの落し物、見つけてあげたいな〜。な? 琉央」
 纏は琉央の胸に肩を寄せて言う。愛する者がいるからこそ解るのだ。
 彼の気持ちが。
 琉央も纏を見て頷く。
「ああ。そうだな。なんとしても見つけてやりたいな」
 二人の思いは一つであった。


 そして、纏と琉央が隣町からの調査を開始し始めた頃。反対の街からも冒険者が動き出そうとしていた。
「また一緒に雪まみれになりそうだね? 大蔵さん?」
 くすくすと笑う神咲 六花(ia8361)に大蔵南洋(ia1246)はまあな、と答えながら心配そうに六花を見る。
 彼は雪かきの道具を借りての完全防備だ。
「そんな軽装で大丈夫か?」
「あは、心配してくれてありがとう。まあ風邪はひかないように気をつけますよ」
 苦笑しながら六花は前を見る。雪原は数日続いた吹雪こそ止んだものの雪が膝まで埋まるほど積もり、開拓者達を笑うかのように広がっている。
 風もある。そして寒い。
 これからの苦労を考えるとため息が出そうなほどだ。
「犯人はあなたです。依頼人さん! ‥‥とかが、事の真相だったらどれだけか楽なのにね〜」
 いきなりビシリと指を指され、慄いた依頼人に六花はもう一度くすと笑う。
「身包み剥いで調べましたよって、それは大丈夫どす。でも大変なのは最初から解ってましたやろ」
 蒼に言われて六花も太鼓判を押す。
「別に嫌なわけじゃないよ。心配しないで」
「でも、力は尽くすが何といってもこの悪天候、確約はできぬぞ」
 南洋が依頼人をじっと見つめる。依頼人もまた真剣な眼差しだ。
「解っています。それでも‥‥どうかお願いします」
 頷いて南洋は腕をまくる。
「では、始めるとしようか」
 と‥‥。 

「決して、あんた達を疑ったりしているわけじゃないんだ。まずはそれだけははっきり伝えさせて貰うよ」
『商人がなくした指輪を探している。知らないか?』
 やってきた開拓者の用件と問いかけに、当然といえば当然ながら商人達は不快な顔を見せた。
 北條 黯羽(ia0072)がそう伝えても様子は変わることが無い。
 彼らが開拓者だから我慢しているが、という顔つきである。
 自分達が盗んだと思われているのかと思い嫌な気持ちになるのは、まあ無理も無いだろう。
 軽く肩を竦める黯羽の後を繋ぐように龍牙・流陰(ia0556)は前に進み出て、丁寧に頭を下げる。
「依頼人さんが落としてしまった指輪は結婚指輪なのです。それがないと結婚できないという大切なものだそうなのです。ですからどうか一緒に行動していた間のことを教えていただけないでしょうか? できるだけ、でかまいませんので‥‥」
 誠実な二人の開拓者の礼儀ある仕草となにより、結婚指輪という言葉に、商人達は顔を見合わせばつの悪そうな顔をした。
「でも‥‥本当に俺達知らないからなあ〜」
「知る限り、の事で構いません。小さな水晶の指輪を見せて貰ったりはしませんでしたか?」
「依頼人が道中に何かを確認した、とか歩調を緩め。とかはなかったか?」
 そんな風に商人たちから出来る限りの情報を集めた二人は一通りの話が終ると頭を下げた。
「本当にありがたかった、感謝する」
「お二人はこれからどうするのですか?」
 気遣うように問うた一人の若者に、これから仲間と合流し、指輪探しに入ると流陰は答えた。
「ありがとうございました。もし、それらしいものを見つけたらお知らせ下さい。依頼人は買い取る意思もあるそうですから‥‥ぜひ。お願いします」
 心からの礼と共に去った彼らは、仲間との合流に向けて情報の確認をしながら振り向かず自分達の背に感じる視線の先を見た。
 そこには何かを告げたげな、一人の若者が立っていたことに気付いて‥‥、でも知らない気付かないふりをして。

○雪原の奇跡
 雪原での捜索は、やはり困難を極めたものになったようと『彼』には見ているだけで解った。
 ベースとなる拠点を集めた情報にあった、商人達の野営地にとり、開拓者達はそれぞれが懸命に、丁寧に雪の中の小さな指輪を探す。
 六花は黯羽と共に人魂の術で空から指輪らしきものがないかを探す。
 だが、それは雪の反射に阻まれ思う程の効果を得る事はできなかった。
 雪こそ止んだが風は冷たく開拓者達に吹き付ける。
「纏はん。お久しゅうに〜あ琉央はんもついでにお久しゅうに。一緒にさがしましょうなあ〜」
 楽しげな蒼や纏などの女性陣でさえ、そのしなやかな手を赤く凍らせる事を躊躇わずに探している。
「大丈夫か? 纏?」
「大丈夫って何を心配してるんや? 琉央? ああ、うちの手か? はや? おー‥‥手が真っ赤やねんな。ウチ」
 纏の手を琉央が包みこむようにして暖めている。
 琉央にあかんべをしてはいるが蒼も捜索に手は抜かない。丁寧に火を使って雪を溶かしている。
 南洋も雪かきで集めた雪を焚き火で丁寧に溶かしながら調べているし流陰にいたっては、手に布を巻き手で雪をかきながら一掬いの雪さえも見逃さないようにと調べていた。
 黯羽が火を炊いてやっているが、濡れた手を気にする様子さえ見せない。
 勿論、依頼人も必死の顔で探している。
「なんで、あんなに人の為に頑張れるんだろう?」
 全身雪まみれ。でも何のためらいもなく、ただ一生懸命のその姿は、まるで奇跡のように『彼』には思えた。
「僕は‥‥」
 微かな声と、気配。
 仲間から少し離れた所にいた紅雪は振り返り走り出した。
 槍を構える。木の影から彼らを見る青年に、ではない。
「そこ! 動くな!」
 真っ直ぐに走った紅雪の槍が青年の真横を突き抜ける。
「こっちだ! 雑魚め!」
「ぐあああっ!!」
「えっ?」
 呆然とする青年の真後ろで鈍い悲鳴が上がった。
 慌てて振り返るそこには小鬼と赤小鬼が数匹、彼を狙っていたのだ。
「お前達は動くな! こっちだ!」
 前半は仲間に、後半は小鬼達に告げて咆哮を使いながら琉央が駆ける。
 戦いそのものは直ぐに終わった。
 紅雪と琉央、そして黯羽に背後からサポートする流陰のお陰で数匹の小鬼はあっという間に退治されたのだ。
「君は一体‥‥」
 何をしていると、開拓者が問おうとするより早く、青年は小さな籠を木の根元に置くと、ぺこりと頭を下げた。
「あ、ありがとうございます‥‥。あの、これ、差し入れなんです。お疲れ様です!」
 それだけ言うと止める間もなく去っていった青年。籠の中には握り飯と冷えてしまったがお茶が入れられていた。
「おや、ありがたいね〜」「頂きましょうか」
 開拓者がその籠を手に取った時、
「えっ?」
 彼らは籠の下、木の根元、雪の中、微かに、だがはっきりと光るものを見た。
「あれは? まさか‥‥?」
「おーい、あれ、ちゃうの?」
 開拓者達に促されおそるおそる拾い上げる依頼人。
「あ、あったあああ!!!」
 水晶の飾りの付いた指輪が依頼人の手にある。
 それは紛れもなく彼らが捜し求めていたものであった。 

○届いた願い
「‥‥もう、失くさぬようにな」
「ん、よかったな。今度はしっかり袋の中に入れるとかしーよ?」
「よかったね」
「その指輪はきっと、あなた方にとって大切な思い出の品となると思います。どうか大事にしてください」
 開拓者達の祝福に依頼人は涙ぐみながらはい、と頷いた。
 握り締められた指輪をもう、二度と彼が失うことは無いだろう。
「本当に、ありがとうございました。結婚式には、どうかぜひいらしてください」
 依頼人はそう言って、報酬とお礼だといって売り物の一部を開拓者達に与えていった。
 それは簪であったり、飾り物であったりする。
 そう高価な品ではないが彼からの心づくしのお礼をありがたく受け取り、手の中で弄びながら、黯羽は、依頼人は勿論、仲間達にも多くには告げなかった人物の『真実』を、思い出していた
(あの指輪はおそらく‥‥)
「何を考えていたんですか? 黯羽さん?」
 ぼんやりとした彼女の様子に気づいたのだろう。にっこり笑って黯羽は首を振る。
「なんでもないよ。言わなくていいことだからね。流陰?」
「はい。解っています」
 微笑んで頷く流陰は多分、解っただろう。
 他に気付いた者もいるかもしれない。
 指輪は雪の中に落ちていたわけではないと‥‥。
 あの青年が雪の中に置いて行ったのだと。
 依頼人が落としたものを拾ったのか、それとも、青年が財布から抜き取ったのかは解らない。
(あの様子からして多分、前者かな?)
 拾ったと言い張って買い戻させたり、褒賞を要求したりすることも彼にはできた。
 だが、彼はそうせず、黙って指輪を返してくれたのだ。
 だから彼らは沈黙する。
 開拓者や依頼人の思いを理解してくれた彼を傷つける理由は指輪が戻ってきた今、もうどこにもないのだから。
「ま、依頼人には幸せになって欲しいもんさね」
 それは依頼開始の時から変わらない、彼女の本心であり、願いであった。
「大丈夫ですよ。彼には指輪が戻ってきたんですから笑顔で春を迎えられます。それにあの指輪はきっと彼らの絆になってくれる筈です。彼だけじゃなく、僕達を含む沢山の人の思いが込められているんですから
「そうだね」
 微笑する黯羽は顔を上げた。
 見れば視線の先で蒼や纏が手招きをしている。
「黯羽さんたちも温かいもんでもご一緒しまへんぇ? 身体冷えて寒うて、寒うて‥‥」
「うわっ‥‥、急に寄りかからんと。危ないで」
「‥‥でも、身体は冷えた。確かに暖かいものが欲しいな」
「決まりやな。六花さんも紅雪さん達もいっしょにいこ〜」
「だから! なんでうちらを引き離しはりますの!  琉央はん!」
 楽しげな仲間達を見つめて
「行こうか」
「はい」
 二人もその輪の中へ入っていった。
 吹く風がどんなに冷たくても、もう寒さは微塵も感じる事はない。

 間もなく春がやってくる。
 開拓者の下に結婚式の招待状が届くのもきっとそう遠いことではないだろう。