【朱雀】知識との出会い
マスター名:夢村円
シナリオ形態: イベント
危険 :相棒
難易度: 普通
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/08/20 21:59



■オープニング本文

【このシナリオは陰陽寮 朱雀 三年生合格者対象シナリオです】

 五行の戦乱、神代の戦いの終焉から早三月が過ぎようとしている。
 生成姫が没したのは冬の終り。
 やがて春が来て、間もなく夏も終わろうとする八月の始め。
 三年生達は少し遅れた七月の全体講義の為集まっていた。
 彼らの前には朱雀寮長 各務 紫郎が立っている。
 講義と言ってももはや卒業を間近に控えた三年生に寮長が教鞭をとって講義を行う事はあまりない。
 卒業研究へのアドバイスや研究への助言が主であった。
「からくりの進化の可能性が見えてきましたね。凛がまだ術としては未完成ですが感じ取り、操る片鱗を見せたのは精霊術でした。からくりは瘴気だけでなく精霊術をも身につけられるのかもしれません」
「術の強化にはイメージが重要です。自分がどのような術を求めるか。それを強く己の中で象る必要があるでしょう…」
「実体、非実体を問わず捕えられる封縛縄は扱いの難しい品です。それを一般人でも使用可能なようにする為には何かもう一工夫が必要だと思いますが不可能ではないと思いますよ」
「瘴気の削減ということはある意味陰陽師にとって己の存在意義にも関わることです。慎重に研究を続ける必要がありますね」
 その他寮生達と会話をして後、寮長は教壇の前に立ってカツンと靴音を響かせた。
 寮生達の目視が一気に寮長に集まる。
 それを確かめて、彼は懐から一通の書状を取り出したのだった。
「皆さんを指定して一つ、依頼が来ています。依頼主は西浦 長次。場所は西域、内容はアヤカシ退治です」
「西域?」
 寮生達は首を捻る。五行西域と言えばアヤカシが多い土地であることで有名だが、同時にかの地を守る陰陽集団がいることでもまた有名である。
 陰陽集団 西家。西浦 長次はその集団の長である。
 五行王 架茂王を、陰陽術を囲い込むと非難して憚らない長次は、だがそれだけに己が守るべき地、西域をそして五行を守ることには部下と共に常に全力を持って当たっていた。
 かつて幾度かアヤカシを倒す為に協力しあったことはある。
 遺跡の調査などを依頼されたこともある。
 だが、最初から彼らが陰陽寮にアヤカシ退治を依頼してくることは…。
「そのアヤカシって、どんな相手なんです? 西家が手を焼くほどの強敵だとか?」
「いえ。普通のと言っていいか解りませんが怪狼の群れですよ。西家の山で動物達を襲っているので倒して欲しいとのことです」
「え?」
 彼らは首を捻る。そんなありふれた敵を相手に何故自分達が呼ばれるのか…。
 寮生達の疑問を正確に理解して、寮長は小さく笑と書状を広げ読み上げた。
 主に追伸として書かれた部分を
『…アヤカシを退治し終えたら我らが村に寄って欲しい。
 礼をしよう…。お前達のこれからに力になれるかもしれない』
「礼? これからって?」
「西家は陰陽集団です。五行中央と今まで深い信頼関係があった訳でありませんが、それだけにアヤカシや術、道具に関して独自の視点での研究開発を行っていたようです。
 今までそれらは門外不出とされていましたが、長次は皆さんになら開示すると言ってきています。卒業研究にもそろそろ目鼻をつけなくてはならない時期、貴重な資料を閲覧できる機会は皆さんにとって無益にはならないでしょう」
 無益には…と寮長は控えめに言ったが今までとは違った視点の研究資料を見られる機会は間違いなく有益なものになるだろう。
 寮生達は理解した。寮長は今回課題と言う言葉を使用していない。
 これはアヤカシ退治という名目の卒業研究準備期間なのだ、と。
「アヤカシ退治さえしっかりやれば後は期日までに戻ってくれば構いません。卒業研究の纏めと発表は現時点では11月を予定しています。
 卒業研究とは目に見えない敵との戦いのようなもの。難しい課題を選んだ者も多く、最終的に全員が納得のいく結果を得られないかもしれません。でも、その過程で学んだ事、思ったことはこれからの皆さんにとって必ず役に立つことでしょう。頑張って下さい」
 そう言って寮長は去って行った。

 寮生達の前に先達からの激励を置いて…


■参加者一覧
/ 俳沢折々(ia0401) / 青嵐(ia0508) / 玉櫛・静音(ia0872) / 喪越(ia1670) / 平野 譲治(ia5226) / 劫光(ia9510) / 尾花 紫乃(ia9951) / アッピン(ib0840) / 真名(ib1222) / 尾花 朔(ib1268


■リプレイ本文

●知識への誘い
 山の正面を中心にして二手に別れる。
 広範囲に散らばっている怪狼の群れを、左右から追いたて、追い詰めていくのだ。
「いました。群れで…一か所に集まっているようですね」
「では、私が先制攻撃を…銃…、いえ先に蠱毒を使って数を減らしてみましょうか?」
「まだ、気付かれていないみたいだから…いいと思うわ」
「鋼糸で、逃亡範囲を狭めつつ、中央に追い込んでいく。…けっこう纏まった数、だからな」
「そして…挟撃。それでいいでしょう。彼は中央のここいらで待ち構えてるって言っていましたから。殲滅しきれない時はここに追いこむということで」
「よし、向こうに合図をしたら行くぞ!」
 的確な判断と行動。強いチームワークで敵に向かって行く陰陽寮三年生達。
 それを、少し離れた所から一人の男性が、微笑み…見つめていた。

「や〜れ、やれ。随分と面倒臭ぇ事をするんだな。「西家の里へ、ヨーコソー」って歓迎のポーズしてくれりゃ、スキップでお邪魔するのに」
 陰陽寮朱雀。
 課題を兼ねた西域への授業に出発する為に集まった三年生達は、大きく伸びをしながら告げた喪越(ia1670)の言葉に苦笑する。
 彼の思いに同感というように頷きながらも
「まあ、そう簡単にはいかないんだと思うよ。イロイロあるんだろうしね。しがらみとか立場とか、私達には解らない所でイロイロ、とね」
 資料の確認や準備をしていた俳沢折々(ia0401)が手を止め肩を竦めた。
「でも、いい、ありがたい機会だとは思うよ。神代の時もお世話になったのに、ごたごたあってお礼も言えてないからね。
 雨降って地固まった今だからこそ、ちゃんと話はしておきたいなって思ってたんだ」
「確かに…粋な計らいよね…、ってどうしたの? 朔?」
 嬉しそうに笑っていた真名(ib1222)はふと、横で準備を続ける尾花朔(ib1268)の顔を覗き込んだ。
 いつになく眉根を上げ、厳しい表情を、彼は浮かべている。何かを思案しているような…。
 反対側の横で泉宮 紫乃(ia9951)も心配そうな顔をしている。
 彼女らの視線に気づいたのだろう。
 朔は瞬きすると顔を上げにっこりと笑って見せた。いつも彼女達に向けるのと同じ柔らかい笑顔で。
「いえ、なんでもありませんよ」
「なら、いいけど…」
「今は、自分のやるべきことやる、それだけです」
 いずれ、時が来れば必要な事なら、彼はちゃんと話してくれる。
 二人はそれ以上は何も聞かなかった。
「まずはアヤカシ退治ですね。敵は怪狼。数は不明。複数の群れがいるようであるということですから、一匹一匹はそれほど強くは無くても油断はできません」
 持っていく薬草の準備と確認をしながら玉櫛・静音(ia0872)は告げた。
「アヤカシ退治ですか〜 ん〜」
 アッピン(ib0840)は頷きながら背筋と首筋を伸ばす。
「困ってる人を助けるのは当然ですよね。まぁ、知識の方も重要ですけどね」
「せっかく西域の連中が俺達を信じて託してくれたんだ。全力を尽くす。アヤカシ退治も、知識の取得もな」
 噛みしめるように言う劫光(ia9510)の言葉にふと、
「西域…久しぶりなりね。前に来たのは委員長の時なりかねっ」
 平野 譲治(ia5226)の手が止まっている。
 戦いの準備などの他に、鼻歌と共に荷物にたくさんの菓子を詰め込んでいた譲治。
「大丈夫か?」
 問いかける劫光に譲治は頷き、パッと表情を明るい笑顔に戻す。
「ごめんなのだ。大丈夫なりよ。ただ貰うばっかりというのは性に合わないなりからお菓子の手土産を、と思ったのだ」
「そうだね。ただ、教えて貰うばっかりじゃ無くて、たくさん教えて貰って、逆にこっちの知識も知らせて…、話し合って…お互いに高め合って行けたらいいよね」
 明るい折々の声に三年生達は頷いた。
「おーい。皆、頼まれてた西域の地図、持ってきたぞ!」
 見送りを兼ねて資料を届けに来た陰陽寮の講師にして、西家の若長、西浦 三郎が手を振る。
 側には彼のからくり凛がいた。
 見送りに来てくれたのだろう。ぺこりと頭を下げて後彼女は
『折々様』
 と折々の前に立った。
「凛ちゃん。あの後、どう?」
 折々は凜に問う。この間の委員会活動の時、凜は今までにない『力』を表せるようになっていた。
 術としてはっきりと方向性を与えられるには至っていなかったのだが…
『寮長様やご主人様にお声かけを頂き、調べて頂きましたところ…やはり私が使えるようになったのは精霊力というもののようです。まだ、術の形をとれてはいないのですが、今度正式に術を学んでみるようにと指示を頂いております』
「そっか。陰陽師の瘴気ではなく、凛ちゃんが精霊力を使えるようになった…その辺に何か鍵があるんだよね」
 考え込む折々に三郎が声をかける。
「西家にも今は何体かからくりがいるらしいから、話を聞いてみるといいぞ」
「ありがと。先輩」
「三郎は行かないなりか?」
 荷物を背負った譲治の言葉に三郎は苦笑いしながら頭を掻く。
「…今回は、な。兄者や皆にはよろしく言っといてくれ」
「解った。あんまり心配かけるなよ」
 明るく笑って劫光は頷いた。地図を受け取った事で用意はほぼ終わった。
「まずはアヤカシ退治だ。気合入れて行こう!」
 こうして三郎と凛の見送りを受け、三年生達は朱雀門を潜り西域へと向かうのであった。

●依頼と信頼
 朱雀寮生達は西域には何度も足を運んでいる。
 魔の森や遺跡にも来たことが有るので他所に比べれは地形などもだいぶ把握できていると思っていた。
 西域は五行の中でもアヤカシが多いことで知られている。
 土地の殆どが山野で土地も肥沃という訳では無い。
 しかも魔の森は年々その汚染を拡大させつつあって、多くの者がこの土地を離れたと聞いている。
 それでも、新天地を求められない人々、移動が出来ない者達は、今も貧しい生活を余儀なくされているという。
 彼らの日々の生活の糧は小さな畑であり、森であり、山だ。
 その土地をこれ以上失わせる訳には行かない。と寮生達は思っていた。
「資料の為、ではなく、これは陰陽寮生として、開拓者としての仕事ですから」
 静音はそう言って人魂を空に向けて放った。
 山に辿り着いた寮生達は、山の入口と山頂への道を中心として右と左に別れることにしている。
 目的の場所は山として決して大きいわけでは無いが、それでも『森』ではなく『山』である。
 うっそうとした木々の中は暑いし、歩き辛い。
 しかし寮生達は文句ひとつ言わず歩いて行く。
 山を行くうちに普通の動物達と時々出くわした。
 小鳥や兎、鹿やリスなどである。
 それらに心癒されたのも、束の間。
「しっ!」
 後方を歩いていたアッピンが立ち止まり指を立てた。
 前方を進む譲治と劫光、中衛の折々が足を止めて振り返る。
「どうしました? 敵が見つかりましたか?」
 横に立っていた静音の問いにアッピンは頷く。
 静音とアッピンが人魂で周囲を伺い、折々が人魂で補助しながら前衛の二人が目で索敵を行う形で敵を探していたのである。
「ここから、もう少し離れた川沿いに、怪狼の群れがいますね〜。方角としてはあっち北東方面」
「ああ、ホントだ。数としては少ないね。10匹いるかいないかだ。だけど…う〜ん。このまま放って置くと山を降りられちゃうかもしれないね」
 折々も人魂で確認し
「どうする?」
 と仲間達に声をかけた。
 劫光が耳を欹てる。微かに聞こえて来るのは呼子笛。
 森の反対側で同じように索敵をしているであろう仲間達の合図の…音。
「向こうも敵と遭遇したようですね。こちらは数が少ないし…まだ気付かれていません」
 左手側に出た敵の数は解らないがあちらの方が人数が少ない。可能なら援護に行くべきだろう。
「よし。奇襲をかける。万が一にも山を降りられないように回り込んで北西から攻撃を仕掛けよう。一気に決めて左側の援護に向かう」
「了解」
 劫光の指示に仲間達は頷き展開した。
「いいか? 譲治?」
 仲間を守る様に前に立つ劫光は隣に立つ譲治に声をかけた。
「もっちろん! なりよ」
 譲治は満面の笑顔で頷いて身構える。
「油断大敵っ! されど来るなら来るのだっ!」
 ニヤリと満足そうに劫光は笑って譲治の頭をぽんぽんと叩く。
「その意気だ。まずは術で敵の中に穴をあけて、そこから一体一体確実に仕留めて行く。援護は皆に任せればいい」
「了解なのだ!」
「行くぞ!」
 そうして二人は完全に弛緩していた敵の只中に奇襲をしかけ向かって行ったのだった。

 山の西側、左手方面に向かった寮生達は思わぬ苦戦を強いられていた。
 敵は怪狼。
 アヤカシとしての能力で言うなら低級に位置し歴戦の開拓者でもある寮生達にはそう脅威となる敵では無い。
 だが、この東側に現れた怪狼の「群れ」は30匹に近い数がいて、一体を倒しても直ぐに複数の敵が襲い掛かって来るいう連携のとれた一斉攻撃で寮生達を苦しめていた。
「紫乃! 危ない!!」
 狼の一匹が疾走し一気に距離を詰めてきた。
 狙いは中央で仲間達の治療回復に努めていた紫乃だろうか?
 真名はとっさに結界術符『白』を狼の眼前に発動させた。
 回避できずに激突した狼の眉間を鈍い音と共に朔の放った銃弾が貫いた。
 瘴気に還る狼。
「大丈夫?」
 三人は駆け寄り、互いに背を合わせた。
 そこにまた狼が今度は襲い掛かかろうとにじり寄ってくる。数は五匹。
「くっ! 捌ききれないわね、また結界術符で足止めして…!?」
 唇を噛んだ真名の前で
『ギャアウッ!!』
 今まさに襲い掛からんとしていた狼が悲鳴をあげ、地面に転がり腹を見せた。
 血反吐を履いてのたうち消えていく様子に怯えた訳ではあるまいが他の狼達は足を一瞬止める。
 その隙を勿論開拓者達は見逃さなかった。真名が氷龍で敵を足止めし、朔の銃とどこからともなく放たれた斬撃符が敵を瘴気に還していく。
「青嵐さん!」
「間に合ったようで良かった。だが…ああ、やはり。最高位の術と言うのは使い勝手が悪い…」
 黄泉より這い出る者で彼らを援護した青嵐もまた彼らと合流する。
 敵はだいぶ減ってきた。
 とはいえまだ半分は確実に残っている。周囲に散った狼達は一か所に集結して攻撃を仕掛けようとしているようだった。
 それを指揮しているであろう一際大きな怪狼はまだ術の射程範囲外。
 狼達に守られていて接近は難しいように思えた。
「追いこむ、つもりが追い込まれている感じですね…」
 擦り傷、切り傷で赤くなった青嵐の手を取り紫乃が治癒符をかける。
「そうね。でも、状況としては悪くは無いわ。あと少し…多分、右側の人達もこちらに向かってくれている筈だもの」
 真名はある方向を見た。
 森の中央、示し合わせた場所まであと少し。
 追いこみでも、誘導でも…そこまで敵を誘い込めれば…形勢は変わる。
 その時だ。
 ピーーーー!
『グギャアア!』
 高い響きと共に集団の奥の奥に悠然と立っていた狼が悲鳴をあげた。
 目を鴉に抉られ、血反吐を履きながらも流石は長狼。倒れることなく後ろを振り返る。
 そこに現れたのは狼達の後方に回り込んだ、朱雀寮生達。
「大丈夫か!」
「皆さん!」
「今だ。こっちから攻勢に出て、敵を追いたてる!!」
「「了解!」」
 青嵐の声に朔は銃を構え、真名は氷龍を再び放った。
 放たれた鋼糸は飛びかかってきた怪狼の首にかかり、そのまま頭部を切り落とす。
 狼の群れはここに至り自分達が不利な状況に陥ったと気付いたのだろう。
 逃亡を試みる。右からも左からも敵。
 ならば真ん中を! 長とそれを守る群れは飛び出して行った。
 その考えは普段であれば決して間違ってはいないが…
「狼さん、いらっしゃあ〜〜い!!」
 この場においては最悪の行動であった。
 幾重にも貼られた結界術符『黒』が彼らの行く手を挟み
「そんじゃま、いくぜ。ふぁいあーー!」
 逃げ場を失った狼達を、放たれた炎の狼が焼き尽くす。
 灼熱の炎の中で踊るように暴れた長狼達は瘴気となって消失する。
 統率を失って怯えさえ見せる狼は寮生達の敵では無い。
「後の事を考えるとここで逃がすわけにはいかない。皆! 敵を掃討するよ!」
 ここから先に寮生達の敗北の目はもう無いだろうと確信できた。

「流石、だな。見込んだだけの事は…ある」
 的確な判断力とチームワーク。
 そしてそれを支える能力。
 戦いに勝利し掃討戦に入った寮生達の戦いぶりを、少し離れた所から一人の男。
 この依頼の依頼人にして陰陽集団の長。
 西浦 長治は静かに、そして嬉しそうに見つめていた。

●西の一族
 西域には首都と言えるような大きな都や街は無い。
 領域の殆どが山野や深い森。
 魔の森も長い年月の間、確実に地域を浸潤していっている。
 かろうじて小さな集落や村があちらこちらに点在している形であるからである。
 その中で一番大きな村が、西斗。
 西域を守る一族、西家の拠点であり、彼らの加護を求め集まった人々が作った集落である。
 とはいえ、魔の森の最前線でもあるからここにそれほど多くの人が訪れる事は無い。
 見知った者同士が暮らす静かな里である。
 だが、今日はやや様子が違う。
 長の館とその周辺は
「…へえ〜。このように長期持続型の式を作ることも可能なのですね〜。これは犬の形をした式、ですか?」
「面白いのだ。本物の犬みたいなのだ」
 たくさんの来客と共に楽しげで明るい声に包まれていた。
「特別なやり方や準備が必要だから、誰でも簡単に作るって訳にゃあいかないけど、人妖程手間がかかるわけじゃないから隠遁している陰陽師なんかがよく門番とかに使ってるぜ」
「これを発展させれば人に無害な人造アヤカシとかもできるかもしれませんね〜。ちなみにこれらは攻撃された場合は?」
「ダメージを受けたら瘴気にかえっちまうぜ」
「なるほどなるほど」
「瘴気を上手に運用したり、人工的に作り出したりっていうような資料はねえかな?」
「う〜ん。瘴気なんてそれこそ、嫌になるくらいそこいらにありますからねえ。節約するとか新たに作るなんて概念はあんまりないんですよね。とりあえず資料庫を見てみますか?」
「お、あんがとさん」
 アヤカシ退治を終えた陰陽寮生達が、勉強の為に数日滞在するということになって、西家の陰陽師のみならず村の職人や子供達が集まってきているのだ。
「からくりに陰陽術や精霊術を覚えさせたい、って思っているんだ。最近、なんとなく方向は見えてきたような気がするんだけど…」
「ほお、瘴気をからくりが感じ取れたと? 精霊術らしきものを使えた奴も?」
「興味深い話だな。うちのでも試してみるか? おーい、ちょっと来い!」
『はい、なんでしょう?』
「お前、ちょっとこの宝珠持ってみろ」
「疲れたら、皆でおやつにするのだ。お菓子の手土産いっぱいもってきたなりよ」
「うわ〜。街のお菓子って綺麗だねえ〜。それに美味しそう」
「いっただきま〜す!」
 村の住人達はどこまでも明るく、寮生達に優しく、そして楽しげである。
 前に、ここに来たときには彼らを
「五行の犬」
 と厳しい目で見た者達もいた。だが、今回はそういう者は殆どいない。
 逆に
「あの時は、すまなかったな。世話になった…」
 と若い陰陽師の一人が譲治に頭を下げた。
「別にいいなりよ。お互い様なのだ」
 首を横に振り二カッと譲治は笑って見せる。
 折りにふれ思い出してしまう戦いの影。ふと人ごみに探してしまうあの人の笑顔。
 心の中に風が吹き抜ける様な気持ちになることは今もある。
 こんな思いも、アヤカシから見れば滑稽と言われるのかもしれないけれど…。
(折に見る寂しさはどうにもならないなりが、言い合う事も弔いと出来るのだ。委員長にしろ、おかあさまにしろ)
 そう一度だけ目を閉じた後は、満面の笑顔で譲治は西家の陰陽師の手をとる。
「おにーさんは瘴気回収使えるなりか?」
「ああ、まあ一応…」
「じゃあ、良かったら見せて欲しいのだ。ついでにおいらのも見て錬度を見て欲しいのだ。
瘴気の種類とか研究してみたいなりよ!」
「ああ、解った。手伝おう」
(おいらが考えうる事は数少ないのだ。だからできることを全力でやるなりよ!)
「よし、じゃあ、行くのだ!」
「うおっ、ちょ、ちょっと待て!」
 賑やかに走り出していく二人を、見守る者達は暖かく見送っていた。

 西家の資料は寮長が言った通り、独特なものが多い。
「なるほど、これは勉強になりますね。西家…やはり魅力的なところです」
 書庫に籠った朔は書を夢中で捲る。
「雷閃を、例えば氷龍のように範囲攻撃に書きかえることはできないものでしょうか」
 式神構成の為の術式の違いなどを検討する。
 古い資料が多く揃えられているのは興味深いところであった。
「これらの資料を閲覧するだけで一日中でも書庫にいられそうです…。それに…ここでなら」
 朔は一瞬、目に何かを浮かばせると首を振りまた本に向かう。
 また西家は中央から遠いので自前で必要な符を作成したり、呪術武器などを作る職人なども抱えていた。彼らは開拓者達の見学を快く受け入れてくれていた。
「なるほど、封縛縄というのは作る際に込める練力と、編み方というか縒り方によって力が生まれるのですね。強い瘴気を込めた縄を瘴気の塊であるアヤカシに触れさせることで反応をおこさせ…動きを封じる?」
「あくまで憶測でしかありませんが、例えば火と火をぶつけて勢いを殺すようなイメージでしょうか」
「でも、かつて遺跡で発見された封縛縄は汚染されてはいましたが、より強い力を持っていました。
 ならば…そう、例えばアヤカシを封じる縒り方を強くしてみるとか、投げつけたり呪文を唱えることで一瞬だけでも爆発的な力が出るようにして見るとかできないでしょうか?」
「面白い視点ですね、やってみましょうか。まずは縄の結び方、縒り方。それから組み込む術式について…いろいろ試してみましょう」
 道具師は興味深そうに頷く。
「この縄を可能なら一般人にも使用できるようにしたいと思っています。劣化版としてでも使い捨てでもいい。「退治」ではなく「時間稼ぎ」一般の人でも扱えて、家族や仲間を逃がし、命を長らえられる道具。そんなものを作りたいと思います」
 青嵐は呟く。
(俺は真っ直ぐは生きられない、だから)
「『私として、真っ直ぐな人を見守りたい』」
「なるほど。やってみる価値はありそうだ」
 西家の道具師はそう言って青嵐の研究をと心を称えるように笑うのであった。

 同じように武器を管理する刀鍛冶は劫光の提案に困ったように頭を掻く。
「防具はなあ、戦いの場での戦い方が一人一人違うからどうしても武器程性能が高くならないんだよなあ。ここでもどっちかというと武器の方に力を入れている」
「だからこそ、武器と兼用できる防具の存在は有効だと思うんだが…」
「瘴気を武器や道具に染み込ませる方法は教えてやれる。だが片面に瘴気を蓄え、もう片面は逆に弾くというのは難しいぞ…っていうかできるかどうか解らん」
「でも、やってみなけりゃ解らないだろう」
 劫光の返事はどこまでも真っ直ぐで
「そりゃそうだ。やってみないとな」
 刀鍛冶は息子のような歳の青年に豪快に笑って
「よし、それじゃあ見ていろ。とりあえず武器の作り方だ」
 その作り方を、一部始終を見せてくれる。劫光はそれを一つも見落とすまいとしっかりと見つめていた。

 朱雀寮に勝るとも劣らない規模を誇る薬草園と治療室で、別の視点から作られた毒消し薬や、治療の薬の作り方を教わりながら真名と紫乃が問う。
「薬と併用しながらの治療符が、やはり対応の基本なのですね」
「ええ、気休め程度かもしれませんがそれが、今まで一番成功率の高い方法です。
 毒などを術で消すことができるようになれば生存率なども上がると思うのですけどね…。長年研究はされていますが実現は難しいようです」
「その、今までの研究資料? 後で見せて頂けますか?」
「勿論」
「あとで一緒にいきましょ。それからみんなに教えられるように薬の作り方と手当の仕方覚えてね」
「はい」
 二人は微笑みあってまた作業に見入るのであった。

「…先輩」
 静音は静かに封じられた部屋の扉を開けた。
 ほぼ手を付けていないという透の部屋は余分なものは何もないが様々な本や資料が並んでいる。
 そのうちの一冊を彼女は手に取った。
 それは残念ながら静音が望むような瘴気に関連する資料ではなく、既存のアヤカシの能力や攻撃方法などに関するものであったが、今まで知られていなかったアヤカシの生態などに触れられている点もあり、陰陽師としては興味深いものばかりであった。
 今思えばアヤカシ側の存在であったからこそ書けたものであったのだろうが、それを書き残して行ったということに静音は透の『思い』を感じ、ぎゅっと胸に強く抱きしめたのだった。

●新たなる一石
 気付いてみれば単純な事であった、と折々は思う。
 西家の術者とからくり達との対話と実験の中、からくりに陰陽術を使用させる。
 その道筋が見えたのである。
「つまり…瘴気を感じるという感覚を得たからくりが、実際に陰陽術や精霊術をその身に体感する。そうするとそれを使用できるようになる…ってことなのかな?」
 まだ確証が得られたわけでは無い。
 西家の二人のからくりと凛だけの実験結果でしかないが、瘴封宝珠に触れた西家の二人のからくりは、その後主の治癒符を受けることで、瘴気らしきものを操ることができるようになった。
 そして、そのうちの一体は三日間の間に折々と主の指導の下、人魂を生成できるようになったのである。
 これを陰陽寮に報告し、開拓者ギルドに協力を仰いで広く開拓者のからくりなどに実践して貰うなどしてみたほうが良いと話を知った長治は折々に言う。
 もしこれが成功すれば相棒からくりにとって新しい進化が生まれるだろう。
「お前達のおかげでこちらの方こそ勉強になった」
「ありがとうな」
 滞在期間の終わり西家の陰陽師や西斗の村人達は総出で彼らを見送ってくれた。
「また、必要な資料があればいつでも来るがいい。西斗と西家はお前達をいつでも歓迎する」
「ありがとうございます」
 寮生達はそれぞれに頭を下げて礼を述べた。
 道が見えてきた研究もあれば、まだ先が見えない研究もある。
 だがこの三日間は彼等にとって確かに有意義な日々であった。
「長治殿。お願いした件ですが…」
 進み出た静音にああ、と長治は頷く。
「透の資料は天禅の許可が出るなら朱雀寮に送ってやろう。大罪人の研究と焼き捨てられる可能性もあるがな」
「そんなことは、させたくないわ。それはきっと透先輩の思いだもの」
 真名は静音が透の資料を、彼の人が居たという証を、朱雀寮にも残したい。と動いていたと知り同意するように頷いたのだった。
 そして長治の前と、西家の陰陽師達の前でそっと告げる。
「私達は…先輩の最後を見届けたの。
 先輩は言っていたわ。すまなかったと。
 許して欲しいとは言わないけれど詫びていたと伝えて欲しいって。
 そして…できるなら再び人に生まれ変わりたい、とも。
 アヤカシの子であった自分がそう思える程幸せな日々であったことは嘘じゃないって…」
 それは寮生達に贈られた言葉であったが、同時に西家の人達へのものでもあると思い、真名はそれを伝えたのだ。
 西斗に透の墓は無い。
 西家にとっては透は紛れもない裏切り者であるからだ。
 しかし…
「あんた達は透の事、もう許しているんだろ?」
 劫光はにやりと笑う。
 透の部屋が荒らされることなく今も残っていた。
 西家の者達はきっと透の事を許しているのだと、彼がここで過ごした日々もきっと嘘では無かったのだと寮生達は思うのだった。
「桃音については聞いていますか? 透の『妹』です。いつか出会う事があるかもしれませんね」
 青嵐は桃音にどう接してほしい、などとは言わなかった。
 ただ伝え…、そして小さく微笑んだだけである。

「朔さん」
 帰路、紫乃は朔にだけ聞こえるようにそっと問う。
「書庫で、長次さんと一体何を話していたのですか?」
「ああ、聞こえてしまいましたか」
 朔は肩を竦めると真剣な目を見せた。
「卒業後、西家に入ることは可能か、とお聞きしただけです。まだ決めたわけではありませんが」
 国に属する以外の道を考えたくなったと朔は答えるが深い理由は口にせず一度だけ振り返った。
 西斗はもう見えないほど遠い。
「長次殿は歓迎すると言って下さいましたし、これからも伺う事もあるでしょう」
 そう言って今は前を進み、彼らは戻る。
 帰る場所、陰陽寮へと…。

 後日、折々の研究結果は提出検討され、ギルドや修練場の協力の元からくりに術を覚醒、習得させる訓練を行うことになった。
 その「進化」が新たな流れを呼び、からくり達のこれからに一石を投じることになることをまだ寮生達もからくりも、知る由はない――。