【南部】蒼の影の陰謀
マスター名:夢村円
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/08/08 01:00



■オープニング本文

「遊びに行きたいの。息子には内緒で♪」
 ギルドにやってきた貴族の婦人はそう言って明るく微笑んだ。
 係員はため息をつく。
 貴族の婦人が開拓者ギルドにやってくることはそう多くはないが、無いわけではない。
 だが、その中でも彼女は異色の存在であった。
 サフィーラ・レイ・グレフスカス。
 南部辺境伯グレイス・ミハウ・グレフスカスの母親である。
 皇帝の信頼厚い老グレフスカス卿の奥方であり、彼女自身元騎士として戦場にあったこともあるというジルベリア貴婦人の中でも珍しい経歴を持つ人物だ。
 貴婦人らしからぬのは経歴ばかりでなく、その行動力にもある。
 息子の様子を知りたいと、侍女と二人で身分を隠して南部辺境を何日も旅していたことや、戦地に向かい後方支援にあたったことが一度ならずあり、息子である辺境伯が心配して探索や護衛の依頼を出していた。
 そんなサフィーラが息子に内緒で、というのには何の理由があるのだろう。
「お一人で…ですか?」
 と係員は問う。
「あら、違うわ。侍女と…それから嫁も一緒なの」
 サフィーラは首を横に振った。
「嫁? 辺境伯はまだ独身でいらしたはずでは…」
 疑問符を浮かべる係員にああ、とサフィーラは笑う。
「グレイスの兄の妻。リィエータよ。夫を早くに失って後もあの子はグレフスカスの嫁として残っているのよ」
 ジルベリアの社交界で彼女は貞女として有名である。
 家に戻ってこないかという実家の声や、再婚の申し出をずっと断ってグレフスカス家で息子であるオーシニィを育ててきた。
 オーシニィはグレイスが後継者をもうけない限りはグレフスカス家を次代として継ぐことになっていると聞く。
「実はね。遊びに行くと言うのは表向き。
 ジルベリアの上流階級にいるある男性がずっとリィエータを後添いに欲しがっているの。
 私達としてもリィエータを家に縛るつもりはないからあの子が望むなら出してあげたいのだけど、本人はその気はないというし、何より…その男は女癖が悪くてね、何度も結婚と離婚を繰り返しているのよ」

『ずっと貴女の事を思っておりました。御子息も騎士の叙勲を受けられて手を離れたと伺っております。
 どうぞ、私と共に歩んで下さい』
『お気持ちはありがたいのですが、私は亡き夫の妻であるつもりです。どうか、お許し下さい』

「断られても執拗に結婚を申し込んで来ていてね。しかも、どうやらリィエータやオーシニィの周りを嗅ぎまわったり、怪しい連中を使ってよからぬことを企んだりしているようなの」
「よからぬこと…というのは?」
「リィエータを攫って強引に妻にしようとするか、オーシニィを捕えて脅すか…。先日も彼の招待を断った翌日、リィエータの乗った馬車が盗賊に襲われそうになったことがあるの。
 それも、おそらく彼の手の者だと思うし、もしかしたらもっとやっかいなことを狙っているのかもしてないけれど…」
「もっと…やっかいなこと?」
「とにかく、今、夫が手を回して彼を上から抑える為に動いているわ。でも、懲りずにまた招待状を出してきていてね。夫からリィエータを家から連れ出すように、と言われているの。だから一週間、リィエータと私を護衛してちょうだい。こちらに手を出して来たら返り討ちにしていいわ。証拠として付きつけてやるから」
「解りました」
 係員は依頼を受理する手続きを取った。
 辺境伯に秘密で、というのはともかく貴族の婦人の護衛というのであれば問題は無い。
「それで、どちらに行かれたいのですか?」
「せっかくだから南部をリィエータに見せてあげたいわね。あと、海もいいかも。流石に海で泳ぐことはできないでしょうけれど…。場所は開拓者の皆さんに任せるわ」
 リーガの近くには美しい浜や、漁港もあるらしい。
 メーメルは劇場で今、一番活気のある場所だ。
 避暑というなら森に囲まれた静かなフェルアナも環境はまずまずだ。
 別の意味で危なくはあるのだが…。
 ラスカーニアには周囲にたくさんの農場があって、今は果物と夏野菜のピークであるという。
 夏の南部辺境は一番いいシーズンだ。
 滞在費用は依頼人が持つという。
 護衛がてら婦人達と、南部辺境を歩くのも悪くないだろう。
 
 係員は軽い気持ちで依頼を貼りだした。
 動き出した陰謀を知る由もなく…。


■参加者一覧
水鏡 絵梨乃(ia0191
20歳・女・泰
芦屋 璃凛(ia0303
19歳・女・陰
龍牙・流陰(ia0556
19歳・男・サ
ルオウ(ia2445
14歳・男・サ
アーニャ・ベルマン(ia5465
22歳・女・弓
フレイ(ia6688
24歳・女・サ
デニム・ベルマン(ib0113
19歳・男・騎
御陰 桜(ib0271
19歳・女・シ
ジャスミン・ミンター(ic0795
18歳・女・騎
天道 白虎(ic1061
10歳・男・泰


■リプレイ本文

●陰謀と作戦の始まり
 ジルベリアの夏は黄金の季節。
 眩しい緑、色とりどりの果物、野菜。
 そしてどこまでも美しい空と海の青。
 白一色に染まる冬が夢のような眩しい輝きの中を馬車は進む。
 貴族用に用意された長距離用馬車。
「まったく、無粋な話、ですね。襲撃の恐れがあるとはいえ、せっかくの美しい光景をゆっくり楽しむこともできないとは」
 中では婦人が二人と一人、そして少年が一人。
 その向かい側に娘が四人。
 静かに揺られていた。
 乗り心地は決して悪いわけではないが、この人数で乗るにはやや狭い。しかも窓には白いカーテンがかけられていて外の様子を窺う事はできなかった。
「まあ、確かに迷惑な話だな」
 水鏡 絵梨乃(ia0191)に頷きジャスミン・ミンター(ic0795)は大きくため息をつくと
「せめて窓の外を良く見えるようにカーテンを開けさせては頂けませんか?」
 外に向けて声をかけた。
 御者や助手席に座る相棒である人妖ヘキサも聞いている筈だ。
 だが、仲間達は首を振る。
「いや、気持ちは解るけどさ。せっかく囮も動いてくれるんだ。近くに奴らいるかもしれないし。はっきりバラすのは拙いだろ」
 ルオウ(ia2445)の言う事は正しい。
「でも…」
 何かを言いかけるジャスミンに、目の前に座る婦人達は笑いかける。
「大丈夫です。心配してくれてありがとう」
 婦人達の心遣いと優しさが伝わってくるようで
「そんな…奥様方がよいのであれば…私が言う事では」
「優しいのね。嬉しいわ。でも、皆さんとこうしているのが楽しいの。もっとお話を聞かせて頂きたいわ」
「はい…。ありがとうございます」
 ジャスミンは頬を赤らめている。彼女にはサフィーラはどうやら憧れの女性であるらしい。
「あらあら」
 そんな微笑ましくも幸せな光景をフレイ(ia6688)は)や芦屋 璃凛(ia0303)や絵梨乃。ルオウらと顔を見合わせ、心から楽しげに笑って見つめるのであった。

 時を遡ること少し。
 ジェレゾのある貴族館で依頼人となる婦人は
「まあ、こんなにたくさんの方が集まって下さったの?」
 驚きと嬉しさの溢れた声を上げた。
「しかも皆さん、こんな依頼には勿体ない様な方々ばかりね」
 ニッコリと笑いながらも婦人は、どうやら開拓者達の実力を正確に把握しているようだ。
 夫と共に戦場に立つこともあった元騎士と聞いている。
(ふうん、この方がミハエル、じゃなかった、辺境伯のお母さんね)
 想いながらフレイは
「お初にお目にかかります。この度、護衛の任を努めさせていただきます、フレイ・ベルマンと申します」
 完璧な騎士の礼で挨拶をした。
「貴婦人の危機に立ち向かうのは騎士の本分。必ずお護り致しますので、道中、ご心配なさらずどうか、お心安らかに旅をお楽しみ下さい」
 デニム(ib0113)も膝を付き
「あら、丁寧なご挨拶ありがとう。私はサフィーラ・レイ・グレフスカス。こちらは嫁のリィエータと侍女のシエラ。今回はお世話になります」
 そう返す依頼人サフィーラの挨拶も完璧であったが、
「でも、そういう堅苦しいのはなし。気楽に行きましょう」
 パチンと片目を閉じて明るく笑う婦人に開拓者も肩の力を抜いて
「それじゃ、お言葉に甘えて。俺は今回護衛させてもらうサムライのルオウ! 相棒は迅鷹のヴァイス・シュベールトだ。護衛、がんばるぜい! よろしくなっ」
「御陰 桜(ib0271)よ、ヨロシクね♪ ま、私も護衛をすればタダでばかんすを楽しめるってコトかなって思って依頼を受けたし、楽しんで行きましょ」
「虎耳泰拳士の天道 白虎(ic1061)です。よろしくお願いします」
「アーニャ・ベルマン(ia5465)です。お姉やデニムと一緒に頑張りますね」
 軽く挨拶を交わした。
「あら? もうお一方いなかったかしら?」
 サフィーラが周囲を見回すとああ、と桜が頷く。
「彼は影から護衛するって言ってたわ。気付かれないように別行動をとるつもりかも。終わったらきっと顔を出してくれるわよ」
「それは心強いわね」
 自分達に全幅の信頼を置いてくれるのが、その笑顔で解る。
 だから、全力でそれに答えようと開拓者達は改めて決意するのであった。
(でも、正直、さっぱり事情が分からないのですよね〜)
 アーニャは顎に手を当てる。
『おい、アーニャ。遊びじゃねーからな、しっかり働けよ』
 相棒である仙猫ミハイルが肩の上に乗るが
「解ってますよ」
 答えながらも彼女は考えていた。
 サフィーラを除く婦人達の表情もやや硬い。
「ミハイルさん、出番です! 猫かぶりで和ませましょう」
『なに!!』 
 一番手持無沙汰に見えた侍女に肩から抱き下ろしたミハイルを差し出す。
「猫好きですか〜? ほら〜肉球ぷにぷに楽しいのですよ〜」
 片手で腹を抱き、片手で腕を持って手を動かして見せる。
 抵抗なく操られる猫は微笑ましくも愛らしい。シエラだけではなくリィエータまでもが興味に目を輝かせ始めた。
「とても、可愛いですね。私も触らせて頂いてよろしいでしょうか?」
「どうぞ、どうぞ。ね? ミハイルさん?」
『…にゃ〜ん(後で海の幸は期待させて貰うぞ!)』
「わ〜い! 猫さん! う〜ん、かっこかわいいのです!!」
 白虎も飛び込んできて緊張していた様子の女性達。
 特にリィエータの空気がふわりと緩んだ。
「3人を警備するには規模が大きすぎるくらいだけど敵ってそんなにスゴイのです?」
「名家のお血筋でいらして…志体もお持ちでいらっしゃるのです。ただ、戦闘などに出られることはあまりなくて…」
「なるほど〜、いわゆる貴族の放蕩息子ってやつですね〜」
 和やかな情報収集。アーニャの意図をくみ取ったのであろうサフィーラは侍女と嫁を彼女らに任せて開拓者達の打ちあわせの方に顔を向ける。
「連絡にあった通り、馬車は二台用意してあるわ。…それで、どうする予定なのかしら?」
「人数もいるし、囮にひっかけてみようと思うのよ」
 桜はそう言って仲間達とサフィーラの前に地図を広げ、説明する。
「なるほど…悪くないわね。馬車に一緒に乗るなら、むしろゼファーは置いて行ったほうが良いかしら」
「僕のワールウィンドは空に控えさせましょう」
「途中で馬車を…」
「ご不自由をおかけしてしまうかもしれませんが…」
 手早く相談と、役割分担を終え数刻後
「ヴァイス、見回りしっかり頼むな! 怪しいのがいたら報せてくれよ?」
 ルオウが迅鷹を高く空に放った。
「では、参りましょう!!」
 手綱をとるデニムの手によって優美で豪華な長距離用馬車ともう一台の馬車がグレフスカス家の館からジェレゾを旅立つ。
 そして、彼らを追い馬車や馬が少なくない数、町を出る。
「予想通り、というところですね。いや、予想外の事もありましたが…」
 それを上空から見ていた龍牙・流陰(ia0556)は甲龍穿牙の背を叩きながら、自分達の護衛対象とは別の、しかし勝るとも劣らない豪奢な馬車の行く先をじっと見つめるのであった。

●愚かな男
「いかがいたしましょう?」
 早朝、リーガの町を出た馬車が二台。
 ジェレゾから同行してきたこの馬車は、なぜか少し先の森から別方向に進んでいく。
 優美な貴族馬車はフェルアナの方へ。もう一台の大型馬車はリーガの海沿いへと。
 それを見送った男は部下の問いにうむと尊大に応じた。
「一台は開拓者達が乗っているようです。もう一台におそらくご婦人方が…どちらを追いましょうか?」
「貴族馬車の方だ」
 部下の問いに男は即答する。
「よろしいのですか? 囮ということも考えられますが…」
「ふん。お前も少しは考えろ」
 男は見下すように部下に言い放った。
「あの小うるさい姑が開拓者をバカンスを兼ねてと護衛の依頼を出して呼び集めたことは解っている。だが、それはこちらにとっても好都合なのだ。館に籠りきりでは手も出せぬが外でならいくらでも手に入れるチャンスはあるからな」
「ですが、開拓者を呼んでいるということは奥方もこちらの動きを察しているということでは?」
「だからこそ、頭を使わねばならないのだ。囮を使い我々の目をごまかすと見せかけて実はそのまま馬車に乗り続けて我々の裏をかくなどあの姑のやりそうなことではないか?」
「なるほど。流石は若様」
 部下の賛辞に男は胸を張る。
 実はリーガの宿で出会った子供に教えて貰ったのだということは言わない。
「おじさん達何やってるの?」
 昨晩、宿を見張っていた時に声をかけてきたその子供は大型馬車から降りてきた開拓者の仲間で、兄姉達の護衛兼バカンスについてきたのだと言っていた。
 それをお菓子や飲み物で懐柔し、男は相手方の情報を手に入れたのだ。
「あのね。ボク達、途中で分かれて海に行くんだよ。新しい水着も買ったんだ」
「おねーさんたちは演劇を見に行くんだって。それからフェルアナで洋服を買うって。後でお土産に買ってきて貰うって約束なの」
 ケーキを頬張りながら子供は嬉しそうに話していた。
 もし、あの子からの情報が無ければ
「フェルアナまで行くんだけどココの果物は美味しいって聞いたから♪」
 婦人達と一緒にラスカーニアで買い物していた女の言葉が自分達を騙す為のフェイクだと信じ込んでいただろう。
「ふん。私の方が一枚上手であった、ということだ」
 鼻を鳴らして男は部下に命令する。
「貴族馬車を追って、ご婦人方をお連れしろ。…丁重にな」
「はっ!」
「ああ、念の為に囮の方にも少し人をやっておけ。可能なら痛めつけて捕えてこい。それを見ればご婦人方もおとなしくなるだろう」
「解りました」
 部下が去って行ったのを見て男は楽しそうに笑う。
「女など一度手に入れてしまえばこちらのものだ。世間体を気にして反論もできぬからな。尻の軽い女などよりも貞淑な女性を貶める方がよほど面白い。後はゆるりと楽しませてもらおうか…」
 この男。生まれついての貴族であり志体持ち。だが名目上の騎士であるものの父や祖父、先祖からの地位と財に胡坐をかくばかりで一度も戦場に立ったことがなかった。
 故に、知らない。知ろうとしない。
 自分を取り巻く情勢の変化も、皇帝や上層部が彼にどんな印象を持っているかも。
 そして何より、自分達が相手にした開拓者という存在がどんな存在であるかも。
 やがて、彼はそれを知ることになるだろうと上空から見ていた流陰は思いながら龍頭をメーメル、フェルアナ方向に向ける。
「愚かな考えの代償に高い授業料を覚悟して貰わないといけませんがね」
 憐れむような目で文字通り彼を見下して…。

●旅を護る者
 リーガを出て暫く。
 静かな街道を行く婦人達は穏やかな旅を楽しんでいた。
「グレイス伯はどうですか? 母親として」
「親の欲目を引いても悪い子ではないとおもうんだけどね〜。あら? 気になる?」
「まあ、いい男ですよね。何度か依頼で顔を合わせましたけど…」
 天気の話、社交界の話、南部辺境の話やなど、冷たい飲み物や菓子を用意してのよもやま話はあまり快適とは言えない馬車の旅を補ってあまりあるものであった。
「それでさあー」
 ルオウが語る開拓者としての冒険譚も貴族の婦人達を微笑ませる。
 特に歳の近い子を持つからだろうか、リィエータはルオウの話を目を輝かせて聞いていた。
「まあ。ステキですね」
「絵梨乃さんもこちらに来てお話など聞かせて頂けませんか?」
「話し手は足りてるみたいだし。大丈夫、こちらも楽しませて貰ってるよ」
「全然警戒してないんじゃねえの?」
「いや、気のせいだろう」
 軽いおしゃべりと楽しい時間。
 だからこそ…
「! 来た!」
 絵梨乃の声と同時、急停止した馬車の揺れに開拓者は怒りを露わにした。
「ちっ! これからいいところだったのに!」
「遠雷! 敵の数は!」
 身構えた璃凛が御者の席に座っている筈のからくりに声をかける。
『10人程度、どいつも…ごろつき程度に見えるな』
 その返答に開拓者達は顔を見合わせて笑う。
「と、いうことは囮にうまくひっかかったってことか」
「それじゃあ、パパッと大人しくさせちゃおう」
「何、中でごちゃごちゃ言ってやがるんだ。痛い目見たくなくなきゃ、早く出てこい!」
「痛い目を見るのはどっちかな!」
「なんだと!?」
「遠雷!」
 馬車の扉が開いて開拓者達が飛び出してくるのと、御者席のからくりが相手に飛びかかり蹴りを入れるのはほぼ同時であった。
 先手は開拓者。
 反撃を受けると予想していなかったのだろうか。
 ルオウと絵梨乃の迅鷹達、そして璃凛と遠雷の攻撃は的確に入る。
 明らかに開拓者は手加減しているのに、実力差は明らかであった。
 婦人達の護衛に回ったフレイとジャスミンがその技を披露する間も殆ど無い程。
 ごろつき達はあっという間に全員が地面に伏す事になったのである。
「あら、もう終わり。開拓者の皆さんの技をもう少し見たかったのに」
 心底残念そうにサフィーラが笑う。
『味方に傷一つないのはいいのだが…やはり、うちのみんみんのお転婆の半分は、この奥様のせいか…。頼む、貴人としての貞淑も教えてやってくれ…』
 ため息をつくヘキサの思いを知ってか知らずか、サフィーラは開拓者達の方を見た。
「この程度の手合いなら心配はないでしょうが、囮の方々に数が行っているのなら、心配です。様子を見てきて頂けませんか?」
「なら、ボクが。待ち合わせは…リーガの海でいいかな?」
 絵梨乃の言葉に仲間達は頷いた。
「ええ。ご無事のお帰りをお待ちしています」
 頭を下げるリィエータに軽く手を振って、
「んじゃ、ささっと片付けてくるから。行くよ。花月!」
 迅鷹と同化して走り去る絵梨乃を開拓者達は信頼の眼差しで見送るのであった。

(そんな、バカな…)(こんなはずじゃなかったのに)
 目の前の状況に驚愕する男の頭にはそれ以外の言葉が浮かばなかった。
 敵は女子供を含むたったの四人。
 それを三倍以上の配下で取り囲んだ筈なのに、そのほぼ全てがもう斃されているのだ。
 最初は護衛の騎士一人だけだと思った。
 だから、一気に配下全てで襲う様に命じた。犬が遠吠えするが気にも留めない。
 御者を兼ねていた騎士は周囲を囲まれていると知ると馬車を止め、中に向けて何事か囁くと剣を持って御者台から飛び降り、手近な一人をスマッシュで切り倒した。
「僕の剣では手加減できません! 投降しなさい!」
 配下の男どもは荒くれぞろいだ。そんな言葉は追い詰められた相手の負け惜しみとしか聞かなかった。
 だが、彼の背後馬車の扉が開くと状況は一変する。
「デニム!」
 馬車の中から放たれた矢が男達の足を縫い付け、同時に若い娘が顔を覗かせる。
「大丈夫?」
「ありがとう。アーニャ。でも、大丈夫です。フレイさんと…約束しましたからね」
『ちゃんと護ってみせなさいよ?』
 騎士は剣を握りなおすと剣の峰や柄で強烈な一撃を的確に入れていく。
「あらあら、お熱いこと」
 次に出て来たのは貴婦人。だが、明らかにグレフスカス家の女ではなく、開拓者。
 襲いかかって来た相手は彼女が投げた魔刀によって伏すように倒れていく。
 横にいるのは自分に情報を教えた子供…。
 ここに至り男はやっと自分が騙されたことに気付いたのだ。
 こちらこそが囮。開拓者が自分達をおびき寄せる為に貼った罠である、と。
「くっ! 相手は女子供だ! とっとと片付けてしまえ!!」
 森に身を隠し姿を現さないまま檄を飛ばし、男は逃亡を図る。
「確かに子供だけど女じゃないよ〜だ! いけ! しっと丸! 爆裂しっとアターック!」
 声を狙って子供が投げた鬼火玉が木に隠れた男の真横をすり抜けて行く。
「桃!」
 同じく迫るのは又鬼犬。彼の退路を殺そうと駆け寄ってくる。
「早く、早く逃げなくては!!」
 男は必死で逃げようとした。しかし、それも無駄な努力であることをやがて彼は知る。
 彼の足元の地面がざっくりと大きく割れる。
「わわっ!!」
 足を取られるうちに追いつかれた又鬼犬に腕を噛まれた。
「ぎゃああ!! こ、この!!!」
 又鬼犬を振り払おうと手を振るが、
「そこまでです!」
 目の前に振り下ろされた長巻に、彼はがくりと肩を落した。
「流陰さん!」
 やがて開拓者達が援護にやってきた絵梨衣の援護で男達をほぼ全て倒し終えて後、
「こちらも終わりましたよ」
 流陰は縛り上げられた男を指示し、にっこりとほほ笑んだのだった。

●蒼と黒の陰謀
 ジルベリアの海は澄みきっていて美しい。
「遠雷に海、みせてやりたかったんや」
『マスターに、体と心の休息を取らせてやれと兄貴の要望だったからな』
 のんびりと浜辺を歩き、貝殻を拾い、開拓者達はジルベリアの海を満喫していた。
 しかし…明るい日差しがあるとはいえ、そこはジルベリアである。
「さ、さむい! つめたい! 波高い!!」
 水着になって海に飛び込んだ白虎は五分と持たずに飛びだし
「ミハイルさん! 桃ちゃん!! 助けて!!」
 仲間の相棒のもふもふの身体に飛びついた。
「こっちにはバーベキューの焚火もあるのに」
 桜は海辺に敷いた毛氈の上で笑うが、
「別にいいよね? ミハイルさん?」
『俺の毛並みにまいったか。構わん、存分にもふるがいい』
 可愛い少年にもふられるミハイルも、桃もまんざらでは無いようなので何も言わない。
 何より白虎の幸せそうな顔の前では多少の事は許容範囲というものだ。
 無事に依頼を終えて、開拓者達はリーガの海へやってきた。
 白い砂浜でのバーベキュー。
 途中で仕入れてきたラスカーニアの野菜や取れたてのリーガの海の幸がふんだんに用意され、焼かれて鼻腔を擽る。
 しかも依頼人であるサフィーラ手ずからの料理だ。
「さあ、焼けるわよ。どんどん食べて」
「いただきま〜す!」
 開拓者達は嬉しそうに串焼きなどを頬張った。
「おいしいです!」
「襲撃者どころか首謀者まで捕まえてくれたお礼よ。これで大分こっちが有利に動けるわ」
 サフィーラの笑みと言葉に開拓者達はふと思う。
「もしかして今回の件そのものが、囮だったんですか?」
 桜が問う。
 相手の悪事の証拠を手に入れる為の…。
「皆さんが依頼を受けて下さったから、できたことよ」
 サフィーラは片目を閉じる。それはおそらく肯定の意だ。
「最初からあのバカ貴族とは役者が違ってたってことね」
 フレイがくすくすと笑い、開拓者達も肩を竦めながらも微笑んでいた。
「まあ、ええわ。うちは遠雷に見たことのない所を見せてやりたかっただけやし」
『マスターも海を楽しんでいるようだしな』
「…なんや、それ。なんか、ウチの事読まれて居るみたいでつまらへんやんか」
『マスター、オレは予想していただけ、楽しんではいるよ』
「せやったら、なんやそのアルカイックスマイルは!!?」
 漫才のような二人の会話に開拓者もさらに笑顔になる。
「そうね。後は思いっきりバカンスを楽しみましょう」
 蒼い海と空に開拓者の笑い声が溢れる。
 ジルベリアの夏を美しく彩り輝きながら。

 役割を果たした流陰は一人メーメルを訪れた。
 劇場により客も増え、花に溢れたメーメル。
「記憶の中のメーメルとは比べものになりませんね、この活気は…これも姫や彼女を支える人たちの努力の成果なのでしょうね」
 流陰は眩しそうに嬉しそうに町を見つめた。そして胸に手を当てる。
「この人々の笑顔を少しでも守っていけるようにしなくては…僕にできる方法で」
 そう、心に誓って…。

 さて、悪事の末開拓者に捕えられた男は、被害者であるグレフスカス家が訴えなかったこともあり程なく釈放された。
 しかし、その愚行の噂は既に貴族社会に広く伝わり、リィエータに求婚するどころか表社会に顔を出すことさえできなくなっていた。
 加え隠居した父や祖父に責められ、廃嫡の可能性さえ示唆されているという。
 これで彼が心を入れ替えてくれれば。
 それが老グレフスカスの思いであったのだが後に事態は彼の想いと別方向に結実する。

 昏い意思の介入によって…。