【五行】朱雀寮入寮試験
マスター名:夢村円
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 不明
参加人数: 18人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/06/15 20:59



■オープニング本文

●架茂王
 場所は五行の首都、結陣。
 久しぶりに小窓を開けて、五行の王 架茂 天禅(iz0021)は目を細めた。朝の光が差し込む。天儀も既に6月である。夏が近づいていた。
「そういえば、あれの時期だな」
 五行の陰陽四寮ではこの時期、入寮試験が行われる。
 真っ白な紙を前に、天禅は四角い墨を手にした。水を差した硯の海で墨を磨る。じわりと黒く染まる水を見つめながら、天禅は最近提出されたアヤカシに関する新たな文献のことを思い返していた。巷で騒がれている遺跡や新大陸に興味がないわけではないが、彼にとってはアヤカシの研究こそが最優先。未だ進展の見られない案件も数多い。
「こんなものだろう」
 磨り終わった墨を脇に置き、黒く艶やかに光る硯の海に筆を沈め、天禅はまたしばらく考えた。なにを書こう。

 陰陽四寮は国営の教育施設である。陰陽四寮出身の陰陽師で名を馳せた者はかなり多い。天禅も陰陽四寮の出身である。一方で厳しい規律と入寮試験、高額な学費などから、通える者は限られていた。
 寮は四つ。

 火行を司る、四神が朱雀を奉る寮。朱雀寮。
 水行を司る、四神が玄武を奉る寮。玄武寮。
 金行を司る、四神が白虎を奉る寮。白虎寮。
 木行を司る、四神が青龍を奉る寮。青龍寮。

 ちなみに天禅は玄武寮の出身であるが、現在玄武寮と白虎寮の二寮は老朽化のため建て直している最中だった。玄武・白虎寮の寮生は、残る二つの寮が預かるかたちで通っている。玄武寮と白虎寮の建て直しは存外時間がかかると報告があがっており、二寮の入寮試験は今年、見送りになるとのこと。
「‥‥よし」
 朱雀寮と青龍寮の寮長宛に書をしたためると、天禅は早速側近を呼びつけた。

 それぞれの寮長に架茂王からの書簡が届いたのは、その日の昼頃であったという。

●朱雀寮 入寮試験
「さて、皆さん」
 朱雀寮の寮長 各務 紫郎は集まった担当官や、手伝いの生徒達に眼鏡を持ち上げながらそう呼びかけた。
「今年も陰陽寮の入寮試験が近づいてきました。近年アヤカシの脅威や起こす事件は増加の一途を辿っており看過できない状況になっています。優秀な人材を今年は広く求めるとのこと。王からの御命が下っています」
 今年試験を行うのは四寮のうちの二寮のみ。
 火行を司る、四神が朱雀を奉る寮。この朱雀寮。
 そして木行を司る、四神が青龍を奉る寮。青龍寮だ。
「試験の日程と内容についてはおって指示を出します。皆さんは新しき仲間を迎え入れる準備をお願いします。それから試験官を担当するものにはいくつかの注意と仕事があります」
「よっしゃあ! お任せ下さい。寮長」
「今年はどんな生徒がやってくるかな?」
 それまで、静かに話を聞いていた生徒達の空気が一気に沸き始める。
 それを寮長は止める事はしない。
 元よりこの朱雀寮は、陰陽師らしからぬ直情家で元気者が集まる寮だ。
 寮長は担当官にいくつかの指示を与え、微笑した。
「くれぐれも言っておきますが羽目は外し過ぎないように‥‥。とりあえず試験の間は猫を被りなさい」
 眼鏡の下に不思議な輝きを湛えて‥‥。

『陰陽寮 朱雀の入寮試験案内
 入寮資格 陰陽師である。もしくは陰陽師の力を得たいと思う者であること。

 入寮試験内容
 以下の口頭問題を答えること。
1、火炎獣召還に必要なレベルと初期段階での必要練力を答えよ。
2、以下の術の読み方を答えよ。
  砕魂符
  瘴気回収
  砕魚符
3、魂喰と爆式拳、人間相手の戦いにおいてどちらか一つを活性化させるとしたらどちらを選ぶか。
 その理由も答えよ。

 その後、寮長の面接を経て合格者を決定する。
 寮長には入寮への意気込みを得意な術と共に100文字以内で述べなさい。

 会場は五行 陰陽寮 朱雀。
 日の出と共に受付を開始する。
 日没時に終了。
 以上』

 陰陽寮は広い。会場は朱雀寮のどこだろう?
 試験日当日、緊張の面持ちで探す受験生に明るい声で朱雀寮の学生が声をかける。
「君は、受験生だね。試験会場に案内するよ」
 そして彼は貴方に問う。
「君はどうして開拓者に、陰陽師になりたいんだい?」
 と‥‥。


■参加者一覧
/ 劉 天藍(ia0293) / 俳沢折々(ia0401) / 青嵐(ia0508) / 玉櫛・静音(ia0872) / 喪越(ia1670) / 瀬崎 静乃(ia4468) / 平野 譲治(ia5226) / 鈴木 透子(ia5664) / アルネイス(ia6104) / 劫光(ia9510) / 尾花 紫乃(ia9951) / アッピン(ib0840) / ノエル・A・イェーガー(ib0951) / 真名(ib1222) / 尾花 朔(ib1268) / 桜井 剣太(ib2965) / 雅龍 閃流璽(ib2968) / 紅扇(ib2981


■リプレイ本文

●受験日の朝
 その日、初夏と呼ぶに相応しい朝。
 開拓者達は、結陣の都の一角。
 独特な雰囲気を放つ建物の前に立っていた。
 陰陽四寮。
 普段、資格のない者には入る事ができないその扉が今日は開かれている。
 明日からこの扉を潜る新たな才の持ち主を探し、発掘する為の今日は入寮試験の日、だからである。
「わ〜。人がいっぱいです〜」
 アルネイス(ia6104)は顔を左右に振って周囲を見た。
 年齢層は様々。人種も色々な所から集まっているようだった。
「頑張って陰陽寮に入るのです」
 春色のワンピースに赤い髪を靡かせるアッピン(ib0840)や金髪のノエル・A・イェーガー(ib0951)などが目を引くが瞳の色で言うなら
「な、なんか緊張します‥‥朔さん、どうしましょう?」
「大丈夫ですよ。静乃さん。落ち着いていきましょう」
 互いに励ましあっているのは泉宮 紫乃(ia9951)と尾花朔(ib1268)も珍しい色合いをしている。
 もっとも黒髪、黒眼でも喪越(ia1670)のように別の意味で目立つ者もいるのだが。
 開拓者や志体持ちが殆どであるようだが、よく見れば一般人もかなり混ざっているようである。
 当たり前であるが同じ人物は一人としていない。
 けれどただ、一つ共通していることがある。
 それぞれが、それぞれにこの場に夢や希望を持って来ているという事。
 陰陽師という職業に。
「間もなく、試験を開始します。朱雀寮に入寮を希望する者は門の前に整列して下さい」
 試験開始を告げる声に、ざわめいていた受験生達はぴた、と口を閉ざす。
 それぞれの運命を変える試験が、今、始まろうとしていた。

●口頭試験、そして‥‥
 試験会場は朱雀寮の中であると、案内には記されていた。
 だが、思いもかけないところで第一の試験が始まる。
 朱雀寮への門の前、試験官であるという一人の青年が受験生達にこう述べたのだ。
「陰陽寮に入りたいという意思を持つのなら、最低限の基礎知識は身に付けておくべきです。
 試験官が出す問題を口頭で答えなさい。勿論資料を見る事は禁じます」
 そして、並んだ順番に一人ずつ問題を出されたのである。
 試験の第一問は、案内にも記されていたが、その後の問題はそれぞれの知識が試される。
「まずは、深呼吸して落ち着きなさいな」
 微笑する試験官は女性。
 顔を赤らめた平野 譲治(ia5226)は逆に答えてしまった第一問
「火炎獣召還に必要なレベルと初期段階での必要練力を答えよ」
 をなんとか、正答しなおす。
「これから見せる技の読み方を答えなさい」
 砕魂符。瘴気回収。砕魚符。
「えーっと、さいこんふっ! りさいくるっ! ‥‥はぎょっふ?」
 くすっ。
 また小さな笑みが弾ける。
「あれ? 違ったっけ?」
「まあ、いいでしょう」
 他にもいくつかの問題にしどろもどろになりながらもなんとか答えた譲治に試験官は最後の質問を与えた。
「では、最後にもし、貴方がアヤカシではなく人間相手の戦いにおいて爆式拳と魂喰、どちらか一つ技を活性化させるとしたらどちらを選びますか? 理由と共に答えなさい」
 譲治の答えは即答である。
「爆式拳っ! 男は拳なりっ! ‥‥と、ついでにどんな場合でも対応しやすいし応用が利くから」
「解りました。右側の棟に向かって行きなさい」
 試験官の言葉に扉が開かれる。
「ありがと! またね!!」
 元気良く手を振る少年を、試験官は微笑して見つめる。
 この扉の試験。行く先は三つであった。
 ある者は右の棟へ、それ以外の者は左の棟へ。
 質問に答えられない。あるいは三問以上間違えた者には朱雀寮への扉は開かれなかった。
 ちなみに模範解答その一。
「9レベル。22。砕魂符はサイコンフ。瘴気回収はリサイクル。砕魚符はリーサルウェポンです。
 人相手なら魂喰を選びます。視覚効果によって、精神的に圧力をかける為。対人戦闘はいかに心理的に優位に立てるかが肝要ですから」
 そう答えたのは俳沢折々(ia0401)。
「爆式拳を選びます。理由としては応用が広いからです。地面や壁に向けて放つことで穴をあける・粉塵の煙幕を作り出す、という使い方も出来ます。また狙いをずらす事で手加減も可能なので対人に向くと判断しました」
 青嵐(ia0508)の回答と共に満点として、左の棟へと案内されたのだった。
 ちなみにこの質問における採点の基準は、基礎知識と術の応用。
 特に最後の質問に関しては、それぞれが術の用途を理解し、自身の個性と合わせて正しく使おうとするのならどちらを選んでも正解とされるのである。
 他にも
「犠牲者の怪我や派手な効果で、周囲の戦意喪失を狙う。
 極めて非情だが恐怖を与える事で、最小限の犠牲で戦闘終了する可能性が比較的高いと考える」
「魂喰を活性化。消費行動力と射程の差の観点からこちらを選択。
 戦闘に於いて敵の反撃を受けないレンジから攻撃するのが基本でしょ。体が丈夫とは云い難い陰陽師が接近戦をするのは最終手段だと思うので」
「まさか陰陽師が肉弾戦をしてくるとは思うまいし、力には自信があるからな」
「状況に拠る。志体持相手なら魂喰。志体持相手以外なら爆式拳。でも必ず勝たなきゃならないなら魂喰。
 遠距離攻撃の方が得意だから。けど志体持以外で魂喰使用は好きじゃない」
 などが高得点を得た。
 勿論、今の時点で受験生達はそれを知る芳もないが‥‥。

 試験期間中で、朱雀寮の教室や研究室は殆どが無人である。
 微かに響く靴音は一つの研究室の前に止まり、顔と一緒に部屋の中に入った。
「あ‥‥」
 覗きこんだ一室を見て、瀬崎 静乃(ia4468)は微かに頬を緩ませる。
「おい、そこの君、受験生だろう? こんなところで何をしているんだい? ここは三年次の研究部屋だよ」
 呼び声に静乃は振り返ると、すみません。そう素直に頭を下げた。
「少し、道に迷ってしまいまして。左棟へ行くように言われたのですが‥‥場所が解らなくて‥‥」
「じゃあ、案内するよ。こっちだ」
 自分より少し年上であろう青年が手招きする。
 静乃はそれに素直に従って着いていく事にした。
「で、君、本当は何をしていたんだい?」
 振り返り、にっこりと笑う青年。どうやらお見通しという感じなので静乃は、はいと頷いて『迷子』になった理由と感想を口にした
「陰陽寮というところが、どんなところか感じてみたかったんです。なんだか‥‥優しい感じがするところですね」
「そう? そんなことあんまり言われたことが無いから嬉しいな」
「さっき、見た研究棟に花と、人形が飾ってありました。‥‥なんとなく手作りっぽい‥‥」
「ああ、あれは確か先輩が依頼でお礼にって貰った奴だよ。捨てるのもったいないでしょ、って飾ってた」
 そういうところが、そしてそれを当たり前に言える空気が優しいのだと、静乃は言わなかった。
 軽く世間話などを楽しみながら、歩いていく。そんな中
「そういえば、君はどうして陰陽師を目指すんだい?」
 彼は本当に雑談の中の話題のように、静乃にそう問いかけた。
 だから、静乃は特に気負いもせず己の心を言葉に紡いだのである。
「初めは、父がみていた世界がどんな感じか知りたかったの‥‥」

 道に迷った受験生がいる。
 彼らの役目はその受験生の試験棟への案内である。だが‥‥
「どうしましょ‥‥」
 彼女は、その受験生になかなか声をかけられずにいた。
 だから彼女を先に見つけたのは受験生の方。
「よぉ、アミーゴ。景気はどうだい? 俺の方はモチのロン、さっぱりサ!」
「はい?」
「いや〜、左棟に行けって言われたけど、どこがどうだかさっぱりわかんねえの。なあ、そこの姉ちゃん、案内してくんね?」
「そ、それはいいですけど‥‥」
「ありがとう! じゃあ、行こうか! アミーゴ」
 明らかに及び腰の彼女の肩を抱きしめて喪越は指を指す。
「試験棟はあっちです‥‥」
「オー。なんてこったい!」
 彼のペースやリズムは独特で、案内役の彼女は終始押され気味であった。
 だが、彼女は正しく彼を試験棟に案内する。
「頑張ってくださいね」
「んじゃ、行ってくるよ。どうもね。アミーゴ! 〜友達いっぱいできるかな♪」
「これで、良かったのかしら?」
 彼女は迷いながらも首を振る。
 彼は言った。
「そうだな。矛盾と絶望に満ちた浮世の全てを解き明かしたいのよ」
 彼の言葉に彼女は確かに仲間の資質を感じたのだ。

 左の棟に行けと言われたもののアルネイスはどこに行ったらいいか、道を見失っていた。
「どうしましょう‥‥。人魂とか使っていいんでしょうか?」
「それは、ちょっと止めてね。決められた場所以外では式を出してはいけない決まりになっているの」
 独り言のように発した言葉に答えが返って驚くアルネイスに、声をかけた女性は優しく笑いかけた。
「お嬢さんは受験生ね。試験会場に案内するからついていらっしゃい」
「はい。ありがとうです。よろしくお願いします」
 とことこと先を行く女性についていくアルネイス。彼女は身長が高いようで、差は頭一つほどある。
 だがアルネイスは物怖じというものを一切してはいなかった。
「陰陽寮って、授業はどんなことをしているんですか? 面白い施設や設備はあるんですか? 力比べとかやってもいいですか?」
 案内役の彼女を質問攻めにしていたのだ。
 そんなアルネイスの質問に彼女は親身に、そして丁寧に答えてくれた。
「私にも貴方みたいな妹がいるのよ。なんだか思い出しちゃうわ‥‥。でも貴方はどうして陰陽師を目指すの? 陰陽師ってあんまり良いイメージが無いのが一般的の様な気がするけど?」
 自分を気遣ってくれているのだと解る。だから、アルネイスは
「私、蛙さんが好きなんです!」
 正直に答えた。
「好きこそ物の上手なれ、蛙さん達と一緒にアヤカシを倒したい、そのためにも私はこの朱雀寮にて修行をして実力を上げたいのですよ! 旦那様や皆を‥‥守るために」
 アルネイスの思いは伝わったであろうが、彼女は別の事に眼を見開いていた。
「‥‥旦那様って、貴方、おいくつ?」
「二十歳です!」
「嘘! 年上‥‥! ‥‥ゴメンなさい。失礼なこと言って」
「いいです。今度、式比べとか腕比べして下さいね」
 明るく笑うアルネイスに、彼女は
「ええ、必ず‥‥」
 笑顔でそう頷いたのだった。

 劉 天藍(ia0293)は先を進む案内役の先輩に、意を決して声をかけた。
「あの、ちょっと聞いてもいいかな?」
「どうぞ。答えられることなら」
 明るく笑う青年に天藍はちょっと生々しい質問をかける。
「学費は二万文と聞いたんだが、他に寮費とかかかるのかな? 学費を貸してくれるとか、分割とかは‥‥ない?」
「寮費‥‥はそれほどには。折々で必要なものが出るときもあるけど。依頼を受けて自分で何とかしている人も多いよ。学費の貸付とかは‥‥聞いたこと無いなあ」
「そうか‥‥。いや、正直二万文はけっこうきつくてね。でも正式に学ぶなら仕方が無いか‥‥」
 くすくすと笑う青年は自分より多分少し年下。苦労知らずのおぼっちゃんに見えるが天藍はそう嫌いになれないでいる自分に気がついた。
「君はいろいろ苦労してるっぽいね。どうして陰陽師になろうと思ったんだい?」
 青年の問いに天藍は冗談めかして答える。
「それは‥‥まあ、練力少ないが威力はそれなりあって、効果は単純で‥‥しかも応用効くんでいろいろ役立ちそうだから‥‥」
「本当に、それだけ?」
 自分を見つめる瞳は揺ぎ無い自信と、何かを感じさせる。
 この瞳に計られている。天藍は大きくため息をつくと、自分の本当の気持ちを答えた。
「‥‥そっか。じゃあ、合格したいよね。ご両親の為にもさ‥‥」
 話を聞き終わった彼は笑いながら、天藍の背を強く叩く。
「頑張って。応援してるよ!」
 素直な激励の言葉に、天藍は
「ありがとう」
 と素直に答えた。
 笑いながら手を振る彼は知らないだろう。その時の天藍が浮かべた表情の意味を。

「へえ、君は玉櫛家の当代かい?」
「はい、ご存知なんですか?」
「まあ、なんとなくだけどね」
 玉櫛・静音(ia0872)は次の棟への道に迷っていたところに声をかけてくれた青年の答えに静かに微笑を浮かべた。
「名家に生まれその期待を背負う、というのも大変だろ?」
「大変‥‥かもしれませんが誇りに思っています。貴方は違うのですか?」
「う〜ん、俺は自分で選んでここに来たからなあ〜」
「そうですか」
 頷く静音の目は真剣だ。
「私はずっと家で過ごしていた為、外をよく知りません。朱雀寮は色々な方が集まっているとお聞きし勉強にはよいと‥‥自分の道を見つける為にここに来ました」
「そうか。そうだね。それはいいことだと思う。君が合格して共に学べる仲間になることを願っているよ。ほら、着いた」
 試験棟にたどり着いて後、
「がんばれよ」
 彼は静音に手を差し出してくれる。微かに考えて静音はその手を握り返す。
 手から伝わってくる優しさを握り締めて、彼女は最終試験会場への段を上っていったのだった。

 その頃、譲治は一人陰陽寮の中を駆け回っていた。
「あれ〜? 右の棟ってどこなのだ?」
 行けと言われたものの、場所が解らない。建物がありすぎる。看板も出ていない。
「困ったのだ〜〜って、わああっ!!」
 右左、首を回しながら走っていた譲治はそれ故、前にいた人物に気付かなかった。
 ぶつかりそうになるのを、ぎりぎりで回避する、が、勢い余って今度は足元のバランスを崩してしまった。
「どわああっ!」
 ドン!
 鈍い音がして地面と顔面直撃をした譲治に
「だ、大丈夫?」
 一人の少女が手を差し伸べた。
「だ、大丈夫なのだ。そっちこそ怪我はないのだ?」
「私は大丈夫。避けてくれて、ありがとう」
 差し伸べられた手を掴んで立ち上がった譲治は改めて顔を右、左に動かす。
「ところで、試験会場ってどこだか解るのだ? 解れば教えて欲しいのだ」
「いいよ。こっち‥‥」
 少女は前に立って歩き出す。譲治はその後に今度は走らず続いた。
「貴方‥‥元気ね。今年は、無いけど白虎とか向いてるかもしれないと思う」
「へえ〜。白虎っておいらみたいのが多いのか?」
「うん。朱雀も、結構そういう人、多いけど‥‥。ねえ、貴方、何で陰陽師になったの? 身体動かす方が向いているとか‥‥思わなかった?」
 自分と大して変わらないような年の少女の問いに譲治は
「むっ? なんとなく‥‥おいらに絶対必要になると思ったからっ!」
 何の躊躇いも無くそう答えた。
「必要って、何に?」
「家族や、仲間を守る為! あの雲の幻想は現実にしてはならないのだっ! おいらであっても他人であってもっ!」
「雲の‥‥幻想?」
 少女は首をかしげながらも、譲治を見つめ‥‥にっこりと微笑んだ。
「大丈夫‥‥貴方ならきっと、できるね?」
「そう‥‥なのだ?」
 ふんわりと甘い笑顔を向けられて、譲治は顔を赤らめた。
「あ、あれ? なんか方向が違う気がするのだ」
「いいの‥‥。ほら、あそこ、最終試験会場。‥‥頑張って」
 少女が指差す建物に、確かに何人もの受験生が登っていくのが見える。
「ありがとうなのだ! 合格したらよろしくなのだっ!!」
 全速力で走っていく譲治を、少女は姿が見えなくなるまで見守り手を振っていた。

●朱雀寮生の資質
 最終試験会場は、ただ広い何も無い部屋だった。
 一人ずつ、呼ばれて中に入る。
 立っているのは一人の青年。眼鏡をかけた彼は紫乃を真っ直ぐに見つめていた。
「貴方は‥‥」
「ここは最終試験会場です。余計な言葉は要りません。貴方がここで何を為したいか、何を得たいか、それを教えて下さい」
 陰陽寮朱雀寮長、各務 紫郎と名乗った人物の言葉に、紫乃は下を向きかけた心と顔を、強く持ち上げ彼を見た。
 一緒に来てくれた幼馴染はここにはいない。でも、頼ってばかりはいられないのだ。
「さっき、案内をしてくれた人にも言ったのですが、私は‥‥強くなりたいと思っています。私の大切な人達は皆、強く優しい方達ばかり。皆を守れるだけの力と自信を身につけて、隣にいても恥ずかしく無い自分になりたくて、私は陰陽師という道を選びました」
「貴方なら人を守り、回復させる道も向いているでしょう。それでも、陰陽師の道を選ぶと?」
「はい。私の得意な術は治癒符ですし、肉弾戦もあまり得意ではありません。でも‥‥この寮は正の力を望む人が多く人助け依頼が多いと聞いて是非この寮に入りたいと思いました。ここで、皆さんと一緒に、自分を高めていきたいのです。自分の‥‥そして大切な人達の為に」
 紫郎は、何も言わず紫乃の思いを全て聞き、そして頷いた。
「解りました。戻って構いません。お疲れ様です」
「ありがとうございました」
 紫乃は丁寧にお辞儀をして部屋を後にした。

「ありがとうございます」
 入ってきてまず朔が言った言葉はそれであった。
 瞬きする紫郎に朔はにっこりと笑う。
「紫乃さんが、随分スッキリとした笑顔で戻ってこられたので。彼女の気持ちを受け止めて下さったのだと思いましたから」
 小さく紫郎が浮かべた表情が笑みであることを確かめて、朔は得意術を見せた。
「得意術は雷閃です。姉弟喧嘩にも使えますから。姉は、強いんですよ」
 再びにっこりと笑って後、彼はその眼に真剣な思いを乗せる。
「正直、まだ自分が何をしたいか、まだ定まってはおりません。だから何がしたいか、今何が出来るかを見極める、その為の力を得にきました」
「朱雀を選んだ理由は?」
「時に冷静に時に大胆に、そんな寮ですよね。此処は。ですから此処に」
 迷いの無い朔の眼差しに紫郎は微笑した。
「確かに、君は向いているだろう」
「そうだといいのですが‥‥」

 真名(ib1222)は目の前に立つ朱雀寮寮長を見て、一度眼を閉じた。
「どうか、しましたか?」
「いえ、私が開拓者になり、ここに来たのはおそらく正しかった、と確信しただけ」
 紫郎の問いに真名はそう答える。
「私は昔から陰陽師として打ちこんできたしその力を試してみたいわ。私の力でどれだけの事ができるのか‥‥それを見極めたいの」
 独学では身に付けられる力に限界がある。
 だから、正道を学びたいのだと彼女は言った。
「でも、私が目指す道は壊すより、治す。学ぶより使い、生かす。身に付けた力を正しく使っていきたいわ」
 治癒符を得意とする彼女は紫郎を、もう一度良く見て心に刻んだ。
 ここには確かにあるようだ。
 自分が目指す姿が正しき道の先に‥‥。

 朱雀寮をどうして選んだか。
 問われてアッピンはこう答えた。
「赤い色が好きだから」
 緊迫した空気は、さらに氷のように張り詰める。
「あ、勿論冗談ですよ」
 笑って彼女は、本心を答える。
「世界の神秘を解き明かす為ってトコですかね〜」
 遺跡の謎、アヤカシの謎。この世にはまだ見知らぬことが多い。
 それを自分の目で確かめることが望みであると彼女は語った。
「遺跡の宝珠とアヤカシを見るとアヤカシは誰かが用意したものなのかも知れませんね〜」
 彼女の瞳には好奇心と勇気。
 朱雀に望まれる資質が確かに浮かんでいた。

『式で清掃、というのは笑われますか?』
 青嵐の問いに勿論紫郎は笑わなかった。
 西洋人形を抱き、口を開かず青嵐は人形に自分の思いと言葉を語らせる。
『陰陽師は、自由な発想で式を編み上げられます。
 例えば私の得意な術は斬撃符ですが、発生を弱く緩やかにすれば、清掃も出来ると思います。
 私は攻撃の面だけではなく、誰かの役に立つ陰陽師を目指したいのです』
「なるほど、面白い発想ですね。ぜひ、研究してみると良いでしょう」
「ありがとうございます」
 青嵐は人形と一緒にお辞儀をして、静かに部屋を離れたのだった。

 何故、陰陽師の道を選んだのか。
 最初、そう案内役に問われた時、ノエルははっきりと答えることができなかった。
 同じ質問と、朱雀で何をしたいかと寮長に問われた時ノエルはもう一度考えて、今度は答えを返す。
「えっと‥‥私、少し前まで口外できないことに従事させられてました。だから今度は、自分の目標を見つけたいです。
 得意な術は斬撃符。基本の術ですけどそれ故に対人、対アヤカシ、日常生活にも応用が利くいい術です。
 そんな応用をここで学べたらいいと思います」
 強制されてではなく、ノエルは今、自分の意思で自分の道を選ぼうとしていた。

「君は、面白そうな人だね」
 自分より年上の寮長にだが折々は、怯える事無く、飄々とした態度を崩さなかった。
「朱雀寮に入りたかった理由? ‥‥知望院に入るには、なんだかある程度の立場か身分が必要みたいなんだよね。
 四寮の主席級になれば、一歩近づけるかなあと思ったんだよ! 君は近づけるのかな?」
「さて、どうでしょう? ただ、望みを叶えられるとは限りませんよ」
 寮長もまたそんな折々に態度は変えない。
 勿論と微笑しながらさらに折々は続ける。
「あと、世の中にはいっぱい面白いものがあるから、それを全部見てみたいんだ‥‥。
 ただ頭堅い人たちは、見ず知らずの人間には冷たいからなあ。悲しい世の中だね」
「だったら、知り合いになればいいのです。できないことではありませんよ」
「あ、なるほど、そうだね。良いことを聞いた」
 ぽんと手を叩き、折々は楽しげに笑う。
「得意な術は、内緒! 陰陽師がそう簡単に自分の手札を晒しちゃダメだと思うんだよ」
「それが貴方の答えであるのなら、いいでしょう」
 寮長は折々に退室を促す。
「じゃあ、またね!」
 折々は笑顔で手を振って部屋を出て行った。

 劫光(ia9510)は身長も、年齢も自分とはそう大差なさそうに見える寮長と真っ直ぐに視線を合わせた。
 そして
「陰陽師の劫光。よろしくな」
 明るく笑いかけたのである。
「青竜のがいいかなって思わないでもなかったが、朱雀のが性に合いそうだ。
 だから、まあ、よろしく願いたい」
 試験官と受験生の会話ではないが、紫郎は気にする様子を見せない。
 気にせず皆と、同じ質問を劫光に問いかける。
「貴方が朱雀寮に入りたいと思う理由はなんです?」
 劫光は答えた。
「力を得る為だ」
 と。
「俺が何かしたい時、何かを護りたい時、力がないのは言い訳にならねえ。異形操る陰陽の業を心ざすは俺の力が異質である事の覚悟と戒めを持つ為だ。それを抱えた上でなお‥‥霊青打で斬る事を躊躇わない」
「欲しいのは護る為の力、ですか」
「そうだ。師匠はいるがあまり学問学問ってきた訳じゃねえしな。だが正道を学んどきたいとも思う」
 これから先に、より高みを目指し進む為に。
 彼の眼差しと意思を確かめるように見つめた紫郎。
「解りました。これで、試験は全て終了です。結果は後ほど発表します」
 難関と呼ばれる割に思ったよりあっさり終った試験に、少し拍子抜けしながらも、劫光は軽く挨拶をして部屋を出る。
 見送る紫郎の眼に、彼の外見とは違う印象と笑みを感じながら。
 
 そして、全ての試験が終了した。
 第一の試験の合格者が第二の試験に進む。
 第二の試験官達は、それぞれが選んだ合格者を最終試験会場に導いたのだ。
 それは、案内役という寮生達。
 ある者は言った。
「彼は‥‥出来るはずの事をしなかったせいで、後悔したことがあるのだと言いました。彼はここで学べばもし、次にその時が来た時、後悔しなくてすむと思います」
 ある者は悩みながらも彼を合格させたいと言った。
「パッツンパッツンな女教師を探して、というのはともかく彼は新しい何かを朱雀に入れてくれると思います。というより朱雀以外では彼はきっと学べません」
 ある者は彼女を得がたい存在だという。
「彼女は心に何か、傷を持っています。でも前を向いている。後方支援や補佐の力をつける為、自分のできる事を多くしたいという彼女と僕は共に学びたいと思います」
 ある者は彼こそが朱雀に相応しいという。
「彼は、どこか寮長に似てますよ。同じ志を持っている。お気づきでしょう?」
 ある者達は二人を一緒に合格させたいと願う。
「彼らは幼馴染同士。とっても仲がいいです。離れさせるのは可哀想です」
「頼りあうのではなく、支え合って、きっと伸びてくれます」
 他の試験官達もそれぞれに自分が担当した受験生達を笑顔で語っていた。
「今までできなかったのなら‥‥彼女に教えてあげたいです。自らの手で道を切り開くことを、一緒に‥‥」
「‥‥私、彼女ともう一度会いたいです。技を見せ合おうと、約束しましたから」
「彼は、意欲を持っています。学びたいという気持ち、親を思う気持ち。彼はきっとその意欲を朱雀でも消す事はないと信じます」
「彼女は私を面白いと言いましたが、私も彼女を面白いと思います。一緒に勉強したいです」
「彼女は狭い世界で術を学んでいたそうです。もっと広い世界を彼女に見せてあげたいと思います。きっと使う術の幅が広がります」
「彼女、艶っぽくてステキ、というのは冗談で、面白い視点を持っていますよ。いろいろ話を聞いてみたいです」
「学ぶだけではなく、使う術を、というのは朱雀の姿勢に合うのではないでしょうか」
 それぞれの試験官達は、勿論不合格者も出している。
 だが、友として一緒に学びたいと思う者に対しては、強い姿勢で合格を押していた。
 ほぼ、全ての合格者が決まった後、最後の一人が進み出る。
 合否、ギリギリの線上にいる『彼』をなんとか合格させて欲しいと願う為だ。
「彼‥‥まだ、本当に子供なんだと‥‥思います。でも、大事な事は、ちゃんと解っています。だから、合格させてあげて下さい」
 最終試験を終えて、全ての受験者達と見えた寮長は、寮生達の言葉に眼を閉じて真剣に聞いている。
 第二試験を実技ではなく、寮生達の選抜にしたのは朱雀寮というある種、陰陽師らしくない者達の集う場で、学びの三年、いや、ひょっとしたらそれ以上を共に歩む仲間をそれぞれが確かめる為。
「朱雀寮生に何より求められるのは、意欲、志、そして前を向く勇気。彼らにはそれが備わっていると思うのですね?」
 彼女の、そして寮生達の頷きに、寮長は
「解りました」
 答えると筆を取る。
 そして無言で、走らせた。
『朱雀寮 合格者』
 と書かれた紙に一人ひとりの名前を。

●合格者発表
 今年の朱雀寮の受験者は一般人や志体持ちを合わせて三桁を超えたと聞く。
 そして合格者は約三十名。
 数倍の狭き門である。
 それを潜り抜けた合格者の名前が、今日、門の前に張り出された。
 ある者は笑顔で、ある者は涙でその結果を噛み締めていた。
『陰陽寮 朱雀 合格者
 合格者は準備を整え入寮式に参加すべし。
 主席合格者 劫光 次席合格者 俳沢折々、青嵐‥‥
 瀬崎 静乃、尾花朔、泉宮 紫乃‥‥アルネイス、劉 天藍‥‥玉櫛・静音、真名、アッピン、ノエル・A・イェーガー‥‥喪越‥‥。

 以下の者を補欠合格者とする。
 入寮式の際、口答試験の追試を行う。
 試験の時に間違えた問題を正答し、合格して後、入寮を認める。
 ‥‥平野 譲治』

 陰陽寮 朱雀の新しい一年が始まろうとしていた。