【陰陽寮】星と人形【七祭】
マスター名:夢村円
シナリオ形態: イベント
危険
難易度: 普通
参加人数: 17人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/07/23 07:31



■オープニング本文

 かつて、一人の青年がいた。
 人の子として生まれ、アヤカシの子として育ち、己を敬愛する親の為の人形と言い聞かせ、人の心を殺して生きてきた。
 陰陽寮という場所に出会い、友や仲間との出会いと生活の中、心を取り戻しながらも彼は最後まで、親の為の人形。その信念を貫き、死んでいった。
 だが、彼は友の元に一つの希望を残していく。
 同じ運命を辿る筈だった妹。桃音。
 彼女は兄の生きた場所で変わり、そして自らを操る糸を自らの手で断ち切った。
 糸が切れた人形は、よろめきながらも自分の足で歩き出す…。

 五行・石鏡には古くから七祭りと呼ばれる行事がある。
 七月の上旬になると、精霊に秋の豊作を祈り、同時に人々の穢れを祓う為に開催される祭りである。
 この季節に現れる蛍は、淡い輝きを放つことから精霊の遣いであるとされ、来訪する精霊の遣いを迎えて祀り、帰って行くのを見送るという風習がある。
 闇夜の中、星のように輝く蛍は幸せを運んでくれるとか――。 
 
『陰陽寮のお兄ちゃん、お姉ちゃん
 一緒に七祭りをしませんか?』

 そんな手紙が五行の子供達から陰陽寮朱雀に届いたのは先日のことである。
 先に石鏡の三位湖水祭りに引率した子や五行の下町の子供達からそのお礼にというものであるらしかった。
「へえ、今年は下町の子供達が祭りの飾りつけをするんだってさ」
 招待状を見た寮生の一人が顔を綻ばせる。
 町の広場の一角を子供達の絵や飾りで装飾し、そこを中心に祭りをするのだと言う。
 石鏡では精霊の化身であるもふらさまに願いごとを書いた短冊を飾って祈ると、願いが成就するという言い伝えもあり、それを真似て大きな笹に短冊を吊るして願い事もするらしい。
 …寮生達はふと、さっき寮長から告げられた事を思い出した。
 白虎寮の崩壊や青龍寮の事例から、陰陽寮のこれからについて見直しが現在検討されていると言う。
 朱雀寮生達の授業内容や、進級、卒業に大きな変更は無いようだが、今後細かい点で変わってくるところもあるかもしれないと寮生達は思った。
 先月はできなかった授業も今月から再開される。
 暫くできなかった委員会活動と共に、今のうちに卒業や進級に向けて課題の見直しや再確認をしておく必要はあるかもしれない。
 先に見えたカラクリの進化の可能性について研究もしてみたいところだ。

 そして…それとは別に寮生達にあることが報告されていた。
 今まで、五行の牢に囚われていた生成姫の子、桃音が朱雀寮長預かりと言う形で牢より出されることが決まったというのだ。
 基本的に保護司として香玉が側に付き、陰陽寮の一角に部屋を与えられ寝泊まりする。
 陰陽寮から外に出ないことが基本ではあるが、寮生が責任を持つのであれば外出も許可されると言う。
 彼女が牢を出るのは丁度、子供達から招待を受けた日だ。
「楽しそうですね…。皆で見に行ってみましょうか?」
 アヤカシの世から決別した少女。
 彼女に人の世界を見せるのは悪くない話かもしれない。

 七祭。
 流星に願いをかけて、未来への希望を祈る。
 アヤカシから勝ち取った希望と共に、開拓者は夏の澄んだ星空を見上げるのであった。


■参加者一覧
/ 芦屋 璃凛(ia0303) / 俳沢折々(ia0401) / 青嵐(ia0508) / 蒼詠(ia0827) / 玉櫛・静音(ia0872) / 喪越(ia1670) / 平野 譲治(ia5226) / 劫光(ia9510) / 尾花 紫乃(ia9951) / サラターシャ(ib0373) / アッピン(ib0840) / 真名(ib1222) / 尾花 朔(ib1268) / 雅楽川 陽向(ib3352) / 比良坂 魅緒(ib7222) / 羅刹 祐里(ib7964) / ユイス(ib9655


■リプレイ本文

●未来への祈り
 今日は七祭り。
「お兄ちゃんやお姉ちゃん、来てくれるかなあ?」
「お客さん、たくさん来るといいね」
 朝早くからそんな事を話しながら、子供達は折り紙の輪を繋ぎ、広場に長く飾り付けた。
 他にも星を象った切り紙や提灯、もふらの飾りなど…
 精霊に秋の豊作を祈り、同時に人々の穢れを祓う為に開催される祭りが七祭りだ。
 空に輝く星を見上げながら、精霊の使いと呼ばれる蛍を探し、常緑の笹に願い事を書いた短冊を吊るし、星と精霊に願いの成就を祈ると言う。
 夏の始まりを告げる美しく楽しい夜祭に向け、子供達やそれを助ける大人達、そして露天商などの準備は着々と進んでいた。

 同じ頃の朱雀寮。
 三年生の講義室。
『いつまでも同じでは、いられないということです』
 青嵐(ia0508)の言葉をある者は頷き、またある者は沈黙しながら聞いていた。
 陰陽寮の有り方について大きな見直しが検討されていると言う話は卒業を間近に控え、研究に勤しむ三年生達の耳にも入ってきていた。
 以来、三年生達は誰が言うともなく集まって情報交換をしている。
 最近入ってきた情報の中で、一番大きいと思われたのは、入寮資格の緩和であろうか。
 陰陽寮が陰陽師の為の学び舎である以上、そこに属し学ぶ間は陰陽師で有るべしと言う不文律が廃止され、今まで以上に見学などにも門戸が開かれると言う。
『この国は大きな打撃を受けた。その打撃から復興し、前よりも良くして行く為には新しい風を入れていく必要はあると思われます』
 噛みしめるように言う青嵐の言葉を劫光(ia9510)や玉櫛・静音(ia0872)。真名(ib1222)達は黙って聞いている。
『だけど、それは安易な甘さであってはいけないと思います。
 国に属する意味を、正しく理解している者のみを受け入れるべき。そして、我々、陰陽寮を…朱雀寮を卒業していくものはそれを体現するものでなくてはならないと思うのです』
「生成姫との戦いでごたごたしてしまいましたけれど、私達の卒業も、もう遠くないですからね〜。そろそろしっかりはじめないとですね〜」
 青嵐とアッピン(ib0840)の告げる思いに机に座っていた俳沢折々(ia0401)は、足を揺らしながら
「ん、そうだね」
 と頷く。
「私達はもうじき卒業する。三年間をここで過ごして得た事を次に残して、伝えて行かなきゃいけない。それが研究であっても思いであっても構わないんだけど…。でも、その心構えだけは忘れちゃいけないってことだよね」
 三年主席の言葉を寮生達は胸に刻んだ。
「三年前の今頃は入寮式だった。今こそ、初心に返る時かもしれないな」
 劫光の言葉に思わず空気が固くなる。だが当の折々は
「でも、ま、そう固くならずにできることをしっかりやって行こう。失敗する事も試す事も、今だからできることだからね」
 口調を明るく変えると軽く片目を閉じて微笑んだ。空気を解す様に。
「七祭りの招待状も来てたし…あ、桃音ちゃんが陰陽寮に来るのも今日だったよね。譲治君は迎えに行く?」
「勿論、そのつもりなりよ」
 頷く平野 譲治(ia5226)の後ろから尾花朔(ib1268)や泉宮 紫乃(ia9951)も手を上げている。
「折々は行かないなりか?」
「ん〜、ちょっと考え中。あ、でも桃音ちゃんが来たら挨拶はしたいかな?」
「解った。こっちに連れて来てから行くようにするなり」
 譲治の言葉に頷いた折々はぴょいと机から降りて立つ。
「ありがと。それじゃあ、仲良く、楽しく頑張って行こうか!」
 頷きあう寮生達。
 意気上がる鬨の声、ではないけれど、それは確かに寮生達の心を、思いを繋いだのだった。

 綺麗に掃除され整えられた朱雀寮の中庭に明るい日差しが降り注いでいる。
「う〜ん! 今日はいい天気やね」
 日当たりのいいここは、気温が結構高くなる。
 まだ朝の早い時間、軽いマラソンと組手くらいしかしていないのだが少し動くと汗が流れ落ちてくるのはその証拠だ。
「もうそろそろ本格的な夏になる、ってことなりよ! こうして日々を過ごせるありがたさ、時は少しずつ。でも確実に進んでいるのだ!」
 晴れやかに言う三年生譲治を見つめ、額に滲む汗を拭きなら
「そう…やね」
 芦屋 璃凛(ia0303)は頷いた。
 例年であるならもう目の前にいる先輩は陰陽寮を卒業している筈であった。
 そして、自分は三年生に…。
 五行を揺るがせた長い戦乱とその結果生まれた不思議な猶予期間。
 こうして過ごせる一日一日が貴重なものであるとは解っているが…
「はあ〜」
 大きくため息をついた璃凛に
「どうしたなりか?」
 譲治は顔を覗き込む。
「いえ、何でもないんやけど…ただ…時々思ってしまって。うち三年生に成ってええんやろか?」
「ん? なんでなのだ?」
 小首を傾げる譲治から璃凛は目を逸らす。そして囁く様に、呟く。
「うち…後輩の為に何にもしてない…」
「璃凛?」
 璃凛は暗い思いを振り払う様に首を横に振ると背筋を伸ばした。
「ううん! なんでもないです! 譲治先輩! 組手練習の相手ありがとうございました! 桃音を迎えに行くのはいつですか?」
「七祭りに行く前だから、昼過ぎ…なりかね」
「じゃあ、その前に戻ります。ちょっと調べものとかしたいので、失礼します!」
 返事を待たずに駆け出していく璃凛の背中を見送ると、
「あっ…と、おいらも行かないと」
 譲治もまた汗を拭き、駆け出すのであった。

 朱雀寮の一角には龍や移動相棒、そして滑空艇などの置き場がある。
 そのさらに一角で作業をするユイス(ib9655)の姿を見つけ
「おや? 何をしておる?」
 比良坂 魅緒(ib7222)は首を捻った。その横には雅楽川 陽向(ib3352)。
 通学途中であったのであろう二人にやあ、とユイスは手を上げた。
「ちょっと、気分転換。劫光先輩に滑空艇に絵を描いてくれって頼まれてさ」
 手に持った筆でひょいと指示した方向を見て、二人は声を上げる。
「うわ〜。これ、朱雀、やろ?」
「そう。図書室で色々資料を探しちゃったよ。ちゃんと朱雀に見えるかな?」
「うむ、なかなか上出来であると思う。劫光にはもったいないやもしれんがな」
 苦笑しながらユイスは横に広げ置いた本を見る。図書室から本を借りた時の事をふと思い出して…
「あのさ」
 独り言のように呟くユイスの声音に今までと違う者を感じて、二人は顔を見合わせた。
「どうした?」
「サラターシャ(ib0373)先輩。暫く休学するんだって。図書委員の先輩達に話してたんだ」
「「えっ?」」
 思いもかけない話に魅緒も陽向も目を丸くする。
「だって、サラターシャ先輩って言うたら二年の主席やろ?」
「しかも進級試験前のこの時期に休むとなれば、留年ということになるのでは?」
「…そうなんだけど、本人もそれを解っていて休むと言うのであれば僕らの言う事では無いから…。でも他人事でもなくてね」
「あいつの事だろう?」
 後ろからかけられた声に三人は振り向く。そこには手に本を抱えた羅刹 祐里(ib7964)がいる。
「丁度、皆を探してたんだ。符の作成について祭りに行く前に相談したくてな。…全員揃って、はいないが…」
「うん。あれから顔を見ないから心配でもあるんだけどね…」
 祐里が言うあいつ、とはサラターシャのこと、ではない。魅緒と陽向にもそれは解っている。
 この場にいないもう一人の一年生の事だ。
「仲間として残って欲しい。それは正直な気持ちだ。でも、思うところがあり、自分の目指す道が別にあるとしたら…最終的には本人に任せるしかないからな。他人がどうこう言っても仕方がない」
「僕達には信じて、できることをしながら待つことしかできないからね」
 ユイスが顔を上げて笑う。その目はどこか寂しげだが、揺るぎなく前を向いている。
「そうやね。先輩達はもうじき卒業やし、そうしたらうちらが二年になる。一年生の入寮は今年はないっていうとったけど桃音さんの面倒もみなあかんしね」
「うむ。今はやるべきことをやる、それだけだ」
 陽向、魅緒と続いた仲間の思いに祐里は小さく微笑んだ。
「…良かった」
「なに?」
 ユイスが顔を覗き込む。それには首を振って
「いや、なんでもない。皆、これから委員会だろう? 七祭りも行くんだろうし。その前にせっかく集まったんだ。ちょっと符作成の相談できないか? 資料は纏めたんだけど…一人でやると独りよがりになりそうだ」
 祐里は声をかける。
「それは望むところだ」
「あー、うちも図書館行かなあかんと思うとったんや。助かるけど…なあ、授業で言うとった符の模様、ちょっとでも書き方間違ったら、符にならんのやろか? うち、絵心ないねん。ユイスみたいに絵が上手いとええのに…」
 しっぽを伏せる陽向にユイスは軽く片目を閉じた。
「配置とかにコツはあるみたいだけど、多分大丈夫だよ。心配なら練習してみよう」
「おおきに!」
「じゃあ、後で講義室に集合な」
「うん、ここ片付けたらすぐ行くよ」
 一年生達の前向きな声は、朱雀寮を夏の日差しのように明るく照らすのだった。


 三年生の実習実験室。
 ここは術の影響が外に出にくい構造になっているので、術の実験、練習にはもってこいである。
「イメージする。…患部から血液に染み込ませる様に…」
 自らの中で新しい術のイメージを形にして、それを瘴気という力で象り形にする。
 強く集中し、己の中の理想を形作ろうとするが…
「あ!」
 まるでシャボン玉が割れるようにパチンと、イメージは心から現実に移動する前に弾けて消える。
「う〜ん。また失敗か。やっぱり難しいわね」
 ため息をつく真名の後ろから
「冷たい飲み物は如何ですか? 檸檬水と冷やし飴を用意してみましたが…」
「根を詰め過ぎるのも毒ですよ。朝摘みのミントで入れたミントティもあります」
 柔らかい声が肩を叩く。振り返ったそこに親友達の顔を見て
「紫乃。朔♪ ありがとう。みんな、ちょっと休憩にしない?」
 真名は同じ部屋で研究に勤しむ仲間たちに声をかけた。
「おう!」
「ありがとうございます」
「頂こうか。凛ちゃんもおいで」
『ありがとうございます』
 折々、劫光、静音、アッピンらが伸びをしながら集まってくる。
 からくり、凛もお辞儀をして寮生達の後ろに立つ。
「ここは締め切ってあるから、けっこう暑いんだよね〜。頂きます〜」
 そう言うと寮生達は嬉しそうに冷えた飲み物に手を伸ばした。
「はあ〜。美味しいですねえ」
 アッピンが深く息をつく。
「色々と行き詰ってましたから生き返る気分ですよ」
「まあ、それは皆同じですからね。なかなか研究というものは簡単には目に見える結果が出にくいものです」
 静音の思いに仲間達も同意するように頷いた。
 卒業までの残り期間はあまり長くないが、研究の結果がはっきりと実例として目に見えている者は少ない。
「人口アヤカシというものを研究して、能力の少ないアヤカシを作っている方はいるようなのですよ。でも、それを利用して周囲の瘴気を減らせるか…というところになると難しいようですねぇ〜。人妖の作成にも半端では無い技術が必要のようですし…」
 アッピンの周囲には資料が積み重ねられている。
 人妖から人口アヤカシに至るまで、その作成理論などは解るが実際に作るとなるとなかなかな難しいようでもある。
「方向性は違いますが、解りますよ。いろいろ術式の違いを研究しているのですがほんの少しの違いのように見えるのに、既に完成している術と新しい術の間の違いは大きくて」
 雷閃の強化を目標にしている朔であるが、既にそう言う術式が完成している火術や氷術を応用できないかと努力しているが、まだなかなか見通しが立たない。
 それは、他の仲間達も同様で、新しいものを生み出すことがそう簡単では無いことを実感している。
「瘴気に方向を付けて形にするというところが難しいのよね。私達が使っている術は先人たちが皆、こうやって試行錯誤して作ってきたってことなんだけど」
「まあ、最悪、俺達の代で完成できなくてもその研究の成果や過程を記録して次に繋げていくのも大事だからな」
 瘴気のアイテム付与、新しい術式の確率、アヤカシの研究。どれも一筋縄ではいかない難しい研究だ。
「からくりに陰陽術を覚えさせるのも、ね…」
 折々も息を吐く。
 彼女は今、貴重な瘴封宝珠を借りて、陰陽寮のからくりである凛にも瘴気が感じられないか実験をしているところだった。
 結果としては凛も瘴気と思われるものを感じている。
 ただ、そこから先にはまだ進めない。
「後何か一つ、壁を超えるきっかけがあれば、と思うんだけど…」
『お役にたてず、申し訳ありません』
「いやいや、そうじゃないから気にしないで。こういうことは簡単に結果が出ることじゃないんだ。色々、試してみないとね」
 難しいのは解っている。だからこそ、挑みがいもあるというものだ。
「先輩達から託されてきたものを次により良くして伝えていく。それが陰陽寮というものの意味、でしょうから」
 紫乃はそっとお茶を入れ替え微笑み、ふと、凛の手に目を止める。小さな切り傷などが目についたのだ。
「凛さん、それは?」
『あ、最近、料理などを習っておりまして。包丁の扱いというものを学んでいるのですがなかなか上手くいきません…』
 からくりである彼女は痛覚を感じないから、作業に支障はないと気にしていないのだろう。だが…紫乃は気になった。
「桜。お願い」
『はい。お手をお借りします』
 凛の手を紫乃の桜が手に取り、神風恩寵をかける。
 風の精霊が彼女の傷の周りに集まり、そっと傷を塞いでいく。
『今のは…』
「神風恩寵。巫女の精霊術だね? あれ? 始めてだったっけ?」
『はい…いえ…』
 自分の手を見つめながら考え込む様に俯く凛の様子に寮生達は首を傾げるが、そこに
「みーんな!!」
 勢いよく扉が開いて元気のいい呼び声が部屋に響いた。
「譲治くん」
「そろそろ、桃音が来るなりよ。皆で迎えにいこうなのだ!」
 桃音。
 その名に寮生達の顔が輝く。
 アヤカシから寮生達が奪い返した生成姫の子。
 人の世に戻る為に、今日から牢から出され陰陽寮で暮らすと言う。
「そうですね。行きましょうか」 
 静音が立ち上がった。その後に全員が満面の笑みで続く。
「凛ちゃんも行こう。ちょっと気分転換ね。桃音ちゃんに紹介するよ」
『…はい』
 自分の手をもう一度見つめ、凛は小走りに走って行った。


 部屋を片付けて、身の回りを整理して…
「準備はできたかい? 桃音」
「ええ…。香玉」
 呼ばれた声に少女桃音は頷き答えた。
「じゃあ、行くよ。出ておいで…」
「…はい」
 牢の鍵が音を立てて開き、桃音は重い扉を自分の手でゆっくりと押した。
 扉は微かな抵抗もなく開き、少女桃音は半年近くを過ごした牢から自分の足で外に出る。
 今までは僅かな散歩以外出ることができなかった『外』の空気は牢屋の中とは明らかに違う色をしていると桃音は感じていた。
「お世話に…なりました」
 しおらしく頭を下げる少女。
 アヤカシの子としてこの牢に入れられた時とは違う姿に、変化に牢番達も微笑みながら
「元気でな」
 優しい言葉をかけて見送った。
 いくつかの門を抜け、最後の大門を潜りぬけた。
 午後とは言え眩しい夏の太陽が桃音の上に降り注ぐ。
 目を細め空を見上げた桃音を
「桃音!!」
 元気で明るい声が呼ぶ。
 桃音は声の方に顔を向け、そして破顔した。
「譲治! 劫光! 真名! みんな!!」
 そして走り出す。迎えに来てくれた朱雀寮生達の元へと。
「おかえりなさい。桃音さん」
 サラターシャが柔らかく笑いかけ、両手で手をぎゅっと握った。
「よう! 桃音。髪を切ったんだな。前もいかしてたが、ますます可愛らしくなったぜ」
 バチンとウインクした喪越(ia1670)が大きく手を広げるが
「では、俺様の熱い抱擁を…!!」
『止めなさい!』「暑っ苦しいのだ!」
「げふっ! 軽い歓迎の冗談なのに…」
 青嵐と譲治の遠慮のないツッコミに地面に伏してしまう。
「まあ、とにもかくにも…良かった」
 大きな手で頭を撫でる劫光に桃音は目を閉じで微笑む。まるで甘える子猫のようだ。
「陰陽寮はお前を歓迎する。ここで、今まで知らなかった事を学ぶんだ」
「うん…、じゃなかった。はい。これから、どうぞよろしくお願いします」
 目を開け、背筋を伸ばし、深く頭を下げる桃音を寮生達はまるで宝物を見るように見つめた。
 最初に会った時の敵意に満ちた眼差しはどこにもない。
 実際、彼女は陰陽寮生達にとって一つの宝であった。
 アヤカシから取り返した希望、という。
「桃音! 今日は五行で七祭りってのがあるのだ! 荷物置いたら一緒に行くなりよ!」
 譲治が肩を叩いて笑いかける。
「お祭り? でも…」
 躊躇いがちに振り返る桃音に香玉が頷く。
「勉強は、桃音さんがやる気であればいつでもできますよ。お祭りを楽しむのもある意味勉強です」
 サラターシャも桃音の手を握り直して
「それでは、先輩方、お先に失礼します。行きましょう。桃音さん」
 引く。一年生達も後に続き、
「私達も片付けをしたら行きますから…」
「迷子にならないようにするのよ!」
 紫乃や朔、真名やアッピンも手を振る。
「あ、待って。これあげる。龍の鱗クッキー。下町の子たちといっしょに食べてね」
「俺も後から行くから。暴れるなよ」
 楽しそうに駆け出していく少年少女の後ろ姿に三年生達は目を細めるのであった。

●七祭りの夜に
「うわ〜〜! すっご〜〜い!」
 寮生達と広場にやってきた桃音は広場に設えられた飾りつけと、屋台の数々。そして既に集まった人の賑わいに声を上げた。
「こんなにたくさんの人、見たの初めて!!」
「ここの祭りはそんなに大きくないなりよ。世の中にはもっともっと大きな祭りがたくさんあるのだ。例えば、石鏡の湖水祭りなんかは…」
 譲治の説明はそこで止まった。
「おにいちゃん、おねえちゃん!!」
 入口の所で、祭りの由来を書いたチラシを配っていた子供達が寮生を見つけ駆け寄って来たからだ。
「来てくれたんだね。良かった」
「ありがとなりねっ!皆の心遣い、感謝するのだっ!」
 深々と子供達にお辞儀をすると
「なりが、今度は石鏡の子達を誘うといいかもなりねっ♪ あ、こっちは桃音って言っておいら達の友達なり」
 譲治は桃音を子供達に紹介した。
「こ、子供? こんなに??」
「「「「「よろしくおねがいします!!!」」」」」
「よ、よろしく」
『桃音、堪忍な。祭りの方は桃音の妹や弟の世話もせなならんもんやから』
 璃凛の言葉が思い出されるが、里で共に暮らした兄弟姉妹とは違う、桃音を見つめる子供達は本当に無垢な瞳をしていた。
 無邪気に、笑いかける。
 戸惑うような顔を見せる桃音を…ユイスも寮生達も静かに見つめていた。
「はい。これたんざく。チラシといっしょにね、アッピンおねえちゃんがよういしてくれたの。あとでよかったらねがいごとをかいてね」
「ねがいごと?」
 桃音は首を傾げるが、ユイスが説明する。
「その短冊に願い事を書いてね、笹に吊るして星やもふらに祈ると願いがかなうって言われているんだよ。桃音ちゃんなら、どんな願い事を書く?」
「…え? えっと…」
 朱雀が薄く描かれた薄紅色の短冊を凝視し考え込む桃音に
「お祭り、お祭り♪ 願い事もええけど、先に屋台まわらへん? 冷やし甘酒に蕨餅やろ、りんご飴!」
「そうなりね。願い事は後でゆっくり考えるなりよ。とりあえずは腹ごしらえ! 屋台を強襲なのだ!」
「行きましょう。さあ」
 サラターシャが桃音に手を差し出す。桃音はそれを少し迷ってしっかりと握りしめた。
「人混みでも見失わない様に手を繋いで歩きましょう。それに――手を繋いでいると暖かい気がしませんか?」
 サラターシャの笑みに桃音は小さく、だがはっきりと頷く。
「…うん」
 サラターシャは思う。今まで閉じられた世界しか知らなかった桃音には新鮮な驚きと楽しさを感じて欲しい、と。
 蛍の美しさも、人々の幸福な笑い声も、七祭りに託した願いも、人が生きて行く為に何より大切な想い。
 沢山知って欲しい。優しい思いを。人の強さと弱さを。
 選べる明日を…。
「あー、ズルいサラターシャ先輩。うちも桃音と手、繋ぎたい!」
「私も、だな」
「じゃあ、順番、ですね」
 くすくすと笑うサラターシャ。
 ちなみに桃音のもう一つの手は
「おねえちゃん。おまつり、あんないしてあげるね!」
「おねえちゃんもおんみょうりょうのひと? すごいなあ。わたしたちとかわらないくらいなのに」
 尊敬の眼差しで見る桃音を見る子供達の手が重ねられている。
「逸れないようにするのよ。後で、皆でお弁当食べましょう」
 走り出す桃音達を真名が追いかける。
 それを少し離れたところから見つめていた紫乃と朔もまた嬉しそうに笑う。
「とりあえずは、一年生さんと二年生さんに任せておきましょうか?」
「そうですね。後でお土産を買う時とかにお手伝いをしてあげましょう」
「それまでは、二人で…。紫乃さんは何時も可愛いですよ? 卒業が楽しみですね」
「朔さん…」
 二人は肩を寄せ合って彼らから少し離れてついて歩いていった。

 こんなにたくさんの人は初めてと桃音が言った通り、祭りという経験がほぼ初めてである桃音は目に見える全てのものに目を輝かせていた。
「ねえねえ、あれなあに?」
「あれは、皆さんの願い事を集めた笹、ですね」
 広場のあちらこちらに大きな笹が飾られて、たくさんの色紙で作られた飾りが結ばれている。輪飾り、提灯、そして短冊。
 広場の中央には小さな舞台があって、吟遊詩人や芸人達が前に進み出ては拍手を浴びていた。その舞台を取り囲むように色々な屋台が軒を連ねる。
 焼き鳥や焼き魚の店、甘菓子を売る店。水で冷やした野菜やスイカには夕方になったとはいえ、人ごみで汗ばむほどの熱気の為か、人の行列ができている。
「うわ〜、これ可愛い」
 安っぽい子供用の飾りを売る店に歓声を上げ
「これ、貰ったの。一緒に食べる?」
 と子供達と並んで一緒にクッキーを頬張る。
「私はね…、おかあさんが早く元気になれますように…って書くの」
「僕は大きくなったら陰陽師になりたいんだ」
「うわ〜、キレイな色。これ、絵の具? 使っていい?」
 カラフルな色の筆で短冊に絵や願い事を書き、子供達が店の手伝いなどに戻ってからは
「あれ、やりたい!」
 寮生達と射的や輪投げ、金魚すくいに夢中になる。
「射的は負けたけど、金魚すくいなら負けへんで!」
「ふふふ…、魚とりなら負けないもん!」
 陽向と本気で競う様子は、どこから見てもごく普通の少女であった。
「…心配なかったかな?」
 ユイスが安堵したように呟く。
 人としての生活の基本や常識は一応身についているようでここまでの祭りで大きなトラブルは今の所発生していなかった。
 お金のやり取りなどもスムーズにできている。
 行列で並んで待つ、ということに少し嫌な顔もしていたが、それは子供であるから仕方ないところもあるだろう。順番について話したらちゃんと理解もしていた。
 何より、自分より小さい者を守り可愛がろうとする気持ちが見えていることが嬉しかった。
「彼女はボクらとは違う生き方をしてるんだから、自分が当然だと思う事でもわかってない可能性がある」
 そんな不安が杞憂であったのなら良かったと思ったのだ。
 いつの間にか祐里や魅緒も加わって、金魚すくい競争が始まっている。
「僕もやろうかな」
 だが…
 ガシャン!
「おい! おめえ、何しやがる!」
 何かが割れる音と太くドスの効いた声がその楽しい雰囲気を一瞬で凍りつかせた。
「あ、あの…何か…ありましたでしょうか?」
 冷やし飴を売っていた女性が怯えた様に目の前で怒鳴りつける男の一人に問う。
 男はニヤニヤと笑いながら
「あった、じゃねえよ。こいつ、運んできた冷やし飴の中に指入れてやがったんだ。こんなの飲めるわけねえだろ!」
 と毒づいた。払い落した冷やし飴の湯呑が、あれは割れた音であったのだろう。
「あ、あれはさっきの子…」
 ユイスが目を見開く。家の手伝いをすると戻った下町の子の一人が地面に落ちた湯呑の前で震えている…。
「そ、それは申し訳ありません。直ぐにおとりかえを…」
 母親らしい女性が頭を下げて湯呑を拾おうとするが、
「おとりかえで済むことか! せっかくの祭りが台無しの気分になった。どう責任とってくれんだよ!」
「きゃああ!」
「お母さん!!」
 苛立つ男の足で蹴り飛ばされて地面に転がった。
 そしてそのまま胸ぐらを掴まれる。
「落し前つけて貰おう…ぐあっ!」
 引き上げられ、おそらく殴られる筈だった女性はだが、突然、解放された。
 逆に男が地面にのたうつ。
 突然男と女性の間に割り込んだ少女が、男の顎にパンチを見まい、腹に渾身の蹴りを入れたからだ。
「桃音!」「桃音ちゃん!」
 それは、桃音であった。
「あんたみたいな勝手な人間、大っ嫌い!」
 桃音はそう言うと男と、母子の間に身体で壁を作った。
「何しやがる!」「やっちまえ!」
 男の仲間が桃音に掴みかかろうとする。桃音の目が冷たく光る。
 その瞬間
「止めるのだ! 桃音!」
「えっ?」
 ドン、と鈍い音が響いた。
 本当であったら桃音に当たる筈であった男の拳、それが男と桃音の間に飛び込んだ譲治の腹に打ちこまれたからだ。
「譲治! なんで? 何してるの??」
「ダ…メ、なりよ…。感情の…ままに…人を、傷つけては…」
 桃音の腕の中、崩れ落ちる譲治が、それでも痛みを堪えて笑う。
 その間に、さらに男と譲治、桃音の間に陰陽寮生達が立ちふさがっていた。
「な、なんだ? お前ら!?」
 自分達を睨みつける彼らに男達はたじろぎ後ずさる。
 結果
『その辺にしておいた方が、お互いの為だと思いますよ』
 いつの間にか後ろに立っていた青年とぶつかることになったのだ。
「青嵐委員長!」
 陽向が嬉しそうに声を上げた。
『私達は陰陽寮生です。貴方方がこれ以上騒ぎを起こすというのであれば、それ相応の対応を取らせて頂きますが?』
「お、陰陽寮?」
 ここに至り彼らは自分達と相手の格の違いにやっと、気付いたのだろう。
 顔色を変えて逃げ出した。
「し、仕方ねえ。ここで引いてやる。だが…、今度会った時は覚えてろ!」
 個性の無い文言をいちいち聞いてやる趣味は陰陽寮生達には無かった。
「先輩? 大丈夫か?」
 静音が持たせてくれた薬草で祐里が譲治に駆け寄り手当てをする。
「おいらは…大丈夫なりよ。桃音…」
 譲治は心配そうに自分に寄り添う桃音の頭をそっと撫でた。
「バカ! あんな奴ら、すぐ倒せたのに」
 桃音の頬から雫が零れ譲治の手に落ちる。
「感情のまま、力を使ってはいけないなりよ…。皆、心配するのだ。…もう桃音は一人じゃないなりからね」
 優しく語りかける譲治と、それに頷く桃音を仲間達は静かに微笑んで見守るのであった。

 町中の七祭りにはなかなか蛍は現れない。
 その代り
 どん!
 音と共に空に大輪の花が咲いた。
 さっきまで
「夏祭りといえば浴衣。浴衣といえば美女。これで決まりでしょ!
 さあ、俺様のルパンダイブを待ち侘びる浴衣美人はど〜こ〜か〜な〜?」
 と暴れまわっていた喪越の姿が見えない。
 もしかしたら、と想いながら寮生達は夜を彩る花を見つめていた。
 願い事が記されたたくさんの短冊が風に揺れる。
『皆が進級や卒業できたらええな』

『「子供達」が人として自分の道を歩めます様に』

『皆が幸せになりますように』

『透兄様の様に、皆と一緒に、色んなことを知りたい』

 短冊を裏返した青嵐は空を見上げる。
 散ってはまた咲く大輪の花火の間から星が覗く。
 ふと思い出す。
 花火の様に大きく咲いて、短い命を散らした透のことを。
 彼に憧れる桃音の思惑とは違い、己を生成姫の人形と言い切ったきっと透は桃音に自分の様になって欲しいとは思っていないだろう。
 それを透はもう桃音に伝えることはできないけれど、少なくとも桃音はもうアヤカシの子でも、操られるだけの人形でもない。自分の意思と心で未来を目指す人間だ。
『「続き」となる事を約束した。人間である「桃音」は、出来る限りで、守るよ』
 青嵐はそう呟くのだった。星に誓う様に…。

 同じ星空と花火を見つめ、劫光は微笑んだ。
 彼は影から仲間達の様子を見守っていた。逃げた男達を片付けて官憲に引き渡したのも彼である。
「子供を守ろうとしたのはいいが、まだまだだな」
(道を間違えても戻ればいい、それを知ってほしいな、あいつには)
「なあ、透…」
 誘われて、子供達と舞台に上がり、楽しそうに演奏する譲治や桃音を見つめながら、彼は杯を空に向けて掲げていた。

●道と思いの先
 祭りが終わり、寮生達は両手いっぱいの土産を抱え帰路につく。
「寮に戻ったら線香花火しましょう」
「この飴細工、香玉、喜んでくれるかな?」
「きっと喜んでくれるわ。桃音が選んだ花の飴とってもキレイだもの」
 大事そうに飴細工を閃かせる桃音を真名は見た。
 色々と心配な点もあるが、人大切に思う気持ちを桃音は持っている。
 きっと…大丈夫だ。
「紫乃や朔の願い事も…叶うといいわね」
 片目を閉じて笑う真名に
「見たんですか!」
 紫乃は頬を上気させた。朱雀寮の恋人同士の書いた短冊は
『ずっと朔さんの隣にいられます様に』
『幸せに暮らせるように』
 互いを想う優しい気持ちが伝わるようであった。
「でも、七祭り、とっても楽しかった! また行こうね」
 明るく笑う桃音に、少し逡巡して…
「ごめんなさい。実は私は暫く休寮する事になります。だから、陰陽寮で会う事は出来なくなると思います」
「えっ!?」
 周りが急にシンと静かになり、笑みはその場で消えた。
「どうして?」
 サラターシャはそれには答えず
「…一つだけ、私のお願いを聞いて貰えますか?」
 桃音に問うた。
「…何?」
「改めて…私とお友達になって貰えますか?」
 そうして、手が差し伸べられた。祭りの中、ずっと自分と一緒にいてくれた優しい手。
「友達、ってどういうモノか…解らないけど。…大好きで、一緒にいたいと思う気持ちが友達の気持ちなら…。答えは、うん、こちらこそ…よ」
「ありがとう。これは友情の印です」
 差し出された「桃一輪の耳飾り」を桃音は大事そうに受け取ると、耳に付けた。
 夜風にふるんと、耳飾りは楽しそうに踊っていた。

 図書室に夜風がふわりと漂う。
「皆、楽しんでるかな?」
 外と星を見やった折々は微笑むと、一つ伸びをするとまた調べものに戻る。
 上級からくりについて、であった。
 情報を見た限りでは、ただからくりが進化しても、性能が上がるだけで『感じる』力は身につかないようだ。
「ただ強くなるだけじゃダメ。あとひとつ、何かを…?」
 トントンとノックをする音がして、折々は
「どうぞ」
 と声をかけた。入って来たのは
「凛ちゃん、どうしたの?」
 からくり、凛。折々の問いに凛は答えずそっと折々の目の前で手と手を合わせ、広げた。
「えっ?」
 折々は目を見開き瞬きする。
 凛の手の中で力が紡がれて…形をとる。
 それは…。

 人形達の夢が、星空の下歩き出す。
 未来へ向かって…。