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■オープニング本文 ジルベリア南部辺境は野菜や穀物の優秀な産地でもある。 春から、夏にかけては特に果実、野菜が良く育ち他の地方に出荷される。 この時期に大量に獲れた果物はジャムや砂糖漬けにされ、野菜は酢漬にされたり、塩漬けにされてジルベリアの長い冬の食卓を彩るのだ。 この果物農家も本来であるならこの時期はベリー収穫の真っ最中である。 長い間育てたブルーベリーの他、山から移植し、近年やっと収穫にこぎつけたラズベリー、カシスなどが今、丁度摘み頃を迎えている。こうして、傍に来るだけでも甘い香りが漂ってくるのに…。 「くっそー! なんでこんなことになっちまったんだよ!!」 農家の青年が農園の前で、歯ぎしりをする。 手に持った籠は空のままだ。 こんな風に畑の前まで来ては戻る。それを彼はもう何日も続けていた。 「やっぱり、今日もダメだったのか?」 落ち込む青年の背を、友人である菓子職人は宥めるように叩く。 ことのきっかけは数日前、青年の果物畑に蜂が大量発生したことに端を発する。 蜂と言ってもミツバチではない。ミツバチだった逆に畑に放すくらいだ。 スズメバチでもない。それくらいならまだ彼らにもなんとかなった。 畑に現れた蜂というのは似餓蜂なのだ。しかもかなりな群れで。 甘い匂いに惹かれたわけでもない筈だが奴らはどういう訳か青年の畑に住みつき、飛び回っている。 うっかり近寄れば攻撃されるので、自分の畑であるというのに彼はここ数日、近づくことさせできずにいた。 「ベリーを食べてるとかいうのであれば、まだあきらめもつくのに、奴らはベリーの木を平気で荒らしてやがる! 摘み頃のベリーが奴らの翼に煽られて、潰されて…くそっ!!」 悔しげに青年はテーブルを叩いた。 「正直、お前の所のベリーが獲れないと俺も困るんだよな。ベリーのジャムを使ったケーキやプリニャキが目玉商品なんだから」 菓子職人も腕を組む。そして、手を叩いた。 「そうだ! 開拓者に頼んでみたらどうだ? 似餓蜂を退治して欲しい…って」 「今は収穫前なんだ。今、本当に金はない。ここで現金収入が得られないと首をくくるしかねえってくらいなのに…。父さんと母さんの残してくれた畑…」 苦しげに唸る青年に菓子職人は笑って言う。 「俺も手伝うよ」 「えっ?」 瞬きする青年に菓子職人は腕をまくって見せた。 「まあ、俺もあんまり金はないけど、収穫したベリーでケーキを食べ放題振る舞うってのはどうだ? 俺が腕に寄りをかけて作るよ。もしかしたら引き受けてくれるかもしれないよ」 「いいのか?」 「俺も困るって言ったろ? それに開拓者に新作ケーキを食べて貰ってアドバイスを貰ったり、一緒に作れたりしたら俺もレパートリーを増やせるかもしれない。蜂がいなくなれば収穫が出来る。獲れたてのベリー、少しくらい分けてくれるよな?」 「それは勿論…」 「じゃあ決まりだ! さっそく依頼を出そうよ」 「おい! ちょっと待てって!」 職人はエプロンを外すと青年の手を強く引いたのだった。 依頼内容はブルーベリー畑に居ついた似餓蜂の集団の退治。 数は20匹弱。 それらをなるべく木を傷めずに退治して欲しいということであった。 報酬は微々たるものであるが、無事退治が完了したら友人の菓子職人が獲れたてのベリーで菓子を御馳走するという。 収穫したてのブルーベリーでのジャムも食べられるかもしれない。 もしかしたら、生のブルーベリーを木からもいで食べられるかも。 今回の依頼に関しては開拓者の食欲が頼りであるが、ベリーは自然から贈られた夏の宝石。 味も美しさも解らないアヤカシに踏みつぶされるのはあまりにも惜しいと係員も思った。 かくして、ギルドに依頼が貼りだされた。 甘くて優しいベリーの香りの依頼が。 |
■参加者一覧 / 芦屋 璃凛(ia0303) / 柚乃(ia0638) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 玄間 北斗(ib0342) / 闇野 ハヤテ(ib6970) / 霧咲 ネム(ib7870) / レナート・ロセフ(ic0821) |
■リプレイ本文 ●青い空の下で 「良い季節ですね」 目に沁みる様な美しい青空と、大地に溢れる花。 そして美しい新緑を眩しそうに見つめ柚乃(ia0638)は微笑んだ。 以前南部辺境に来たのは8か月前。 秋も終わり、冬が近づくハロウィンの頃であったろうか? 紅葉や雪の南部もそれぞれに味があるが、やはりこの春から夏の美しい光景には叶わないかもしれない。 「人でも、アヤカシでもない…俺も少しは手伝えるかな…」 真剣な眼差しのレナート・ロセフ(ic0821)の呟きを耳にして芦屋 璃凛(ia0303)は小首を傾げる。 「? 似餓蜂はアヤカシやで。虫の形をしているけど、れっきとしたアヤカシ」 「えっ?」 レナートは目を瞬かせる。 「体長は大体人間と同じくらい。普通の蜂と思うとったらビックリするで。 針や毒蜂としての特性が厄介なのは勿論やけど、中には麻痺や目つぶしの毒を噴出したり、攻撃に特化した奴とかもいたりし…て…? どうしたん?」 陰陽師の学び舎陰陽寮で学ぶ璃凛が講義と実体験から得た知識と言う名の情報を教えると、レナートはしゅんと頭を下げていた。 「いえ…てっきりケモノなどと同じ種かと…、解っていましたが…まだまだですね」 この真面目な少年がまだ駆け出しの開拓者であることは見れば解る。だからくすりと微笑むと 「真面目やね。でも、ちょっと肩の力抜いてもええで」 璃凛はその肩をぽんと叩いた。 励ます様に。 「久しぶりの南部でのんびりできたら、と思うんです。やるべきことは勿論しっかりやりますけどね。自分のできることをしっかり。それで、いいんですよ」 璃凜の思いを肯定するように柚乃もレナートに微笑んだ。 「…はい。ありがとうございます」 緊張した様子のレナートの周り、その空気がふわりと弛緩した…。 と、その時向こうからは逆に冷たい空気が漂い始める。 「ぷぅ〜〜〜」 「あ〜、その、あの…ネム(ib7870)ちゃん?」 朱い髪の少女と茶髪の青年がプチ修羅場を繰り広げているのだ。 「…ハヤ兄ぃ〜、ボッロボロだね〜」 上目使いの冷ややかな眼差しでハヤ兄ぃと呼んだ青年闇野 ハヤテ(ib6970)を見つめるネム。 「折角〜、蜂退治〜、競おうと思ったのに〜」 その頬は風船のように膨らんでいる。 修羅場と言っても別にケンカしているわけでは無い。 一方的にネムがハヤテの事を怒っているだけだ。 その理由はハヤテの重傷にある。 「ネムちゃん? ブルーベリー好き? お菓子も食べられるらしいから一緒に行かないか?」 「わ〜い! 行く行く!!」 ギルドの張り出しを見てハヤテが妹の様に可愛がっているネムを誘ったのは数日前の事だ。 だがその後、彼は重傷を負うことになる。 戦いに出る以上覚悟していなかったわけでは無いし、生きているのは幸運であったと思うのだが… (よりによって、折角のネムちゃんとの楽しい時に…だよなあ) ハヤテは心の中でため息をついて笑みを作って見せる。 「だ、大丈夫だよ…十分に戦えるから…」 でもその笑みが引きつっているのが自分でも解っているからついつい、目を逸らしてしまった。 正直な話、傷が重すぎて薬も治療の術もあまり効かない。 ため息をついても笑っても痛いのだが、それでもハヤテは笑って見せる。 何よりこれ以上ネムをがっかりさせたくなかったのだ。 「良いも〜ん、ハヤ兄ぃは〜、大人しく援護して〜。後で〜、ブルーベリーいっぱい摘んでね〜」 不機嫌な表情のまま、くるりとネムは背を向けた。 「あ、ネムちゃん! …うっ!」 彼女の背に向けて手を指し伸ばすが鈍い痛みが身体を奔って、ハヤテは固まった。 そんなハヤテの元にとことことこと近寄った礼野 真夢紀(ia1144)が手を取り神風恩寵をかける。 「気休め程度ですけど…」 「あ…どうも」 「さっき、農園の人にも言ったけど〜困った時はお互い様なのだぁ〜」 真夢紀の後ろでほんわりと玄間 北斗(ib0342)が笑う。 治療して貰いながら、変わった二人だとハヤテは思った。 頭二つ分以上の身長差。 親子か兄弟のようでもあるが、和やかに笑いあう様子は仲の良い友達同士にも見える。 まあ、傍から見ればネムと自分も変わった二人に見えるのかもしれないが。 「皆で力を合わせて蜂退治と行きましょう。大丈夫です。力を合わせればなんとかなります」 「美味しい摘み立てベリーを楽しめるだけでも、おいらも幸せなのだ。 大切な樹や実を傷めない様に、退治しようなのだぁ〜」 「そう…ですね」 ハヤテは素直に頷いた。 ネムに機嫌を直して貰う為にも、まずは蜂退治だ。 「よっしゃあ、いくで」 璃凛の言葉に意気を上げ、開拓者達は甘い香りと羽音の溢れるベリー畑へと踏み込んで行くのであった。 ●農場奪還作戦 見渡す限り…と言うと大げさかもしれないが、とりあえず周囲一帯は全て畑であると依頼人は言っていた。 垣に作られ、棘で身を守るラズベリーは入口の近くに。 そして奥にはさまざまな種のブルーベリーの低木が間を開けて並んでいた。 「あんまりでかい木でないのはありがたい…かな? 蜂の連中が身を隠しても直ぐに解りそうや」 「人と同じくらいとおっしゃっていましたか?」 そう、と頷く璃凛の袖を、今まで身動き一つせずに術を行使していた柚乃は、くいくいと引っ張って 「…あっちです。向こうの方に似餓蜂のかなり纏まった群れがあります」 畑の奥の方を指差した。 瘴索結界「念」で位置と数を確認し、超越聴覚で羽音を拾う。 「あ〜、確かにいるみたいやな。あれに一気に攻められたらちょっとヤバいかもしれへんわ」 う〜ん、と璃凛は考える。 木々はかなり密集して植えられている。 横に摘み取りの為の細い道があるが、あの辺での派手な立ち回りは宜しくない。 木を傷めてしまうだろう。 既にかなり大量の実が地面に敷かれた枯草や麦わらの上に落ちて潰れている。 蜂達が暴れまわった為に落ちたものだろう。 これ以上は実の被害も避けたいところだ。 「となると、こっちのちょっと広い所におびき寄せて退治がええんやろか…」 悩んでいるような様子の璃凜は北斗が近寄って来たのも気付かない。 だから 「嬢ちゃんは結構強そうなのだぁ〜」 大きな手で頭をわしわしと撫でられて思わず慌ててしまった。 「な、なんや?」 自分を見上げる璃凛に北斗は柔らかく笑う。 「おいらも手伝うから蜂を一緒に引き付けるのはどうなのだぁ? まゆちゃんとかみんながきっとサポートしてくれるのだぁ」 アヤカシとはいえ、蜂の習性を持っている筈だから一気に襲って来るだろう。 視野に入りきらないまたは死角でカバーできない部分を抑えて貰えるなら…。 「こっちからもお願いしたいくらいや。頼めるやろか?」 「勿論です」「解りました」「いいよ〜」 そうして、璃凛に北斗、そして盾を構えたレナートが前に立つことが決まった。 「よっし、じゃあいっくよ〜〜!」 ネムが華妖弓の一矢を遠く、射程ギリギリの蜂の前に向けて迷いなく放つ。 蜂の一匹の羽根を発を込めた矢が貫いた瞬間、彼らは開拓者の存在に気付き、怒りと共に襲い掛かって来たのだった。 『敵を良く見て、その行動を読み取ること。そしてその先にどう動くかを考えることが大事だ』 陰陽寮の先輩や先生が組手をした時に言っていた。 敵の攻撃を巴で回避しつつ璃凛は相手をよく見る。 そして 「レナートはん、毒液が来る。盾で防御や!」 「はい!!」 レナートが眼前で盾を構えた次の瞬間、目の前に蜂が噴射した毒の霧が広がって行く。 「わっ!」 危機一髪、弱った敵を倒そうと襲い掛かって来た蜂は 「させませんよ!」 真夢紀の白霊弾に頭を射抜かれた。 「ありがとうございます」 動きの止まった蜂をレナートは渾身の力で叩き潰す。 柚乃が歌う、魂よ原初に還れが敵の動きを鈍らせた所を璃凛が敵に切りかかったり、北斗が風神で狙い撃つ。 あるいはネムとハヤテがそれぞれ、弓と銃で敵を狙撃する。 開拓者達の連携作戦が功を奏し、敵は順調に減ってきているようだった。 だが、圧倒的に不利でありながらも、もう全滅は間もなくても蜂達もただ、黙ってはやられていない。 「? なんや?」 残った蜂達が、ふと前線から離脱する。 逃げるかと思いきや、蜂達は高く舞いあがり、そして…一直線に彼らの後方、狙撃部隊。 特にハヤテを狙って直滑降をかけてきていた。 「何だ!」 ハヤテとっさに銃を構えるが彼の銃、天衝は近距離狙撃に向かない。 しかも、身体の痛みが動きを鈍らせて…銃弾が蜂の真横をすり抜けて行く。 そして、そのまま攻撃へと転じる蜂達。 「危ない!!」 璃凛が抜身の剣と共に彼の前に立ちはだかろうと駆けだしたその時、 風を切る音が璃凛より早く辿り着き、蜂の頭部に突き刺さった。 「ネムちゃん…」 目を見開くハヤテににっこりとネムは笑って見せた。 「大人しく、ね…?」 (大人しくって……今、どっちに…) ハヤテは背に冷や汗が流れるのを感じ苦笑いする。 「はい…」 もう似餓蜂との戦いは最後の局面、殲滅に入ろうとしている。 一匹でも逃せばまた仲間を連れてくるかもしれない。 逃げる敵の掃討にと地面を蹴り、手裏剣を放つ北斗を援護すべく、ハヤテは再び銃を構えるのであった。 ●藍い宝石 「へえ〜? ケーキ屋さんって女の人だったんだ〜?」 似餓蜂退治を終えた少し後。 依頼人の家のキッチンで幸せそうな笑みを浮かべながらテーブルに肘をつくネムに 「あれ? 言ってなかったっけ?」 台所で油の温度を計りながら振り向いた娘は肩を竦めて見せた。 「うちは男兄弟ばっかりでさ、皆、がさつで荒っぽくて…、だから俺もこうなっちゃったんだ。変かな?」 言いながら油に丸めた生地を落していく。 じゅわ〜〜と気持ちのいい音と、甘い匂いが広がって行く。 「ううん。いいと思う〜。ああ〜。いい匂い♪」 「ありがと。ほい、できた。ブルーベリー摘みの連中が戻ってきたらまたそれでもっと美味しいケーキ作ってあげるけど、とりあえず揚げたて味見して」 砂糖をたっぷりかけた揚げパンにネムは 「は〜い。いっただきま〜〜す!」 満面の笑みでかぶりついた。 「うわ〜。とろとろのジャムがおいしい〜〜♪ おねえさん、おりょうりじょーす♪」 「それはね、コケモモのジャムなんだ。去年のだけど美味しいだろ?」 「うん! さいこ〜〜」 うっとりとほっぺを押さえるネム。 その幸せな笑みといい匂いに引き寄せられたのか。 「うわ〜〜。いいもの食べてるのだぁ〜。おいらもほしいのだぁ〜」 扉からぴょいと顔を覗かせた北斗が声を上げる。 「いいよ〜。一緒に食べよ〜」 手招きしたネムの呼び声に北斗は目にも止まらぬ速さでキッチンのテーブルにつき 「わ〜い、いっただきま〜す。なのだぁ〜〜♪」 揚げパンの前で手を合わせた。 「あ、お帰り。ご苦労さん。いっぱい採れたかい?」 北斗の後ろから帰ってきた幼馴染と開拓者を菓子職人の娘は手を振って迎える。 「あれ? おねーさん?」 微かに頬が朱くなっているようだ。とネムは思った。 「あら? 女の方?」 話に聞いていた菓子職人と違うイメージにネムと同じように少し目を瞬かせる開拓者であったが、くすっと笑うと頷いて 「勿論、大収穫です。簡単には使い切れないくらいい〜〜っぱい採れましたからね」 真夢紀は嬉しそうに籠をテーブルに置いた。 その言葉通り、山盛りのブルーベリーが薄白く輝いている。 「うわ〜。凄いねえ。良かったじゃないか」 「うん、開拓者の皆さんのおかげだよ。本当に、なんてお礼を言ったらいいのか…」 「いいえ。こちらこそ、感謝しなくては。自然の恵みと、このような幸せと出会わせてくれた農園の方々に」 柚乃が依頼人たちと話をしているのを聞きながらハヤテははい、とネムに小皿に取り分けたブルーベリーを差し出す。 「ネムちゃん、こっちも食べてごらん。さっきまで木に生ってたブルーベリー。…教えて貰って、美味しいのを選んで来たつもりなんだ」 「うわ〜。綺麗だね。宝石みたい」 ハヤテはほんの少し前のベリー摘みを思い出す。 蜂がいなくなったのを確認してさっそく収穫を開始した依頼人に 「状況考えると一人じゃ到底無理ですもの!」 と手の空いている開拓者が摘み取りの手伝いを申し出たのだ。 低木に仕立てられたベリーの木にはまるでブドウの様にブルーベリーの実が房、というか塊を作っている。 密集した中にはまだ薄緑のものから、赤いもの。濃い紫に色づいたものまである。 ブルーベリーというのは思ったより色鮮やかなのだ。 蒼く色づいたブルーベリーだったら何でもいいだろうと思って適当に摘もうとしてハヤテが手を伸ばしたら 「あ、ダメですよ。それ多分、酸っぱいですから!」 真夢紀に止められた。 首を傾げ口に入れてみると、確かに甘くない。鋭い酸味が口の中に広がる。 「うちにもあるんですよ。ブルーベリー。お姉様の友達が苗木下さったのが。 始めは紅葉を楽しむ為だったんですけど…数年放っておいたらわき目が出てまゆの背丈以上の木になってこんもりと茂みに。毎年凄く生るから摘み取るの大変ですもの」 「果樹園の木は伸びすぎないように定期的に剪定してますから。大きくなり過ぎると収穫しづらいですからね」 「なるほど。今度剪定とかも頼んでみましょうか」 家にブルーベリーの木があると言うだけあって真夢紀の摘み取り手際はとてもいい。 ハヤテやレナート、璃凛も感心する程である。知識も豊富だ。 「ほら、黒いだけだとまだ酸っぱいんですよ、白く粉を拭いたようになったのが熟して甘い物ですから」 食べ比べてみて下さい。 と真夢紀がベリーを両手に差し出す。 言われた通り二つのベリーを食べてみたら 「うわっ、酸っぱい! でも、こっちのは…甘い」 魔法のようだ、とレナートは思った。 一見同じに見えるのに…。 「凄いですね。ぜひコツを教えて下さい」 レナートの言葉に青年は頷く。 「いいですよ。まずはさっき言った真夢紀さんが仰ったとおり、白く粉を拭いたようなのが熟してます。あと、軽く触ってみて、力を入れずに落ちてくるようなものがいいですね。美味しい実は嫌がらずに採れてくれますから」 「なるほど。じゃあ、これは…」 璃凛はブルーベリーを一粒手に取った。触れただけでぽろりと落ちてきた「嫌がらなかった」実だ。 ぽんと口の中に入れる。 「うわっ! 甘い。ブルーベリーってこんなに味が濃いんか〜。ちっちゃな一粒なのに大したもんやなあ」 感心したように頷いた璃凛であったが、コツは掴んだとばかりにまたブルーベリーの木に向かい合う。 「ブルーベリーって、眼にええんやったっけ? まぁ、うちの視力が戻るわけやないけど疲れを癒やす位にはなるやろう」 楽しげに籠に実を落していく 実も早く収穫してほしかったのだろう。面白いように落ちてくる。 時々、つまみ食いをしながら開拓者達は収穫の手伝いを続ける。 「もっともケーキやジャムにするには少しくらい酸味があった方が美味しいですからあんまり気にしないで採っちゃってもいいですよ」 丁寧に選んで採っても1時間もしないうちに籠はいっぱいになる。 それを繰り返して樽にいっぱいのブルーベリーが収穫できた。 「僕はジャムを煮て行きますから、皆さんはそれでこいつにいろいろ作って貰って下さい」 お辞儀をして戻って行く依頼人を見送った。 「じゃあ、少し待って! 今から腕によりをかけて作るから!」 「作り方、見せて貰ってもいいですか?」 「いいよ。どうぞ」 腕まくりする菓子職人とテーブルの上のブルーベリー、そしてハヤテの顔へと交錯していたネムの視線がピタリとハヤテの前で止まる。 そしてハヤテはブルーベリー、その一際大きな粒を一つ手に取ると 「…はい」 とネムの口元に運んだ。 あーん、とまるで子供にするように。 するとそれに答えるようにネムもあーんと口を開ける。ハヤテの手からネムの口の中へとブルーベリーが落ちた。 「どう?」 心配そうに聞くハヤテにもぐもぐと口を動かしていたネムは、暫く黙り……… 「美味しい!」 と破顔した。 「良かった」 ホッと胸を撫で下ろすハヤテ。彼はネムが笑ってくれたのが何より嬉しかったのだ。 「ハヤ兄ぃもいっしょに食べよ。このお菓子もおいしいよ」 「…ありがとう」 お互いに並んでブルーベリーを食べること暫し。 漂い始めた甘い香りにネムが鼻をひくひくと動かした。 「お待たせ〜」 次々に出来上がってくるブルーベリーのお菓子。 ブルーベリー入りのパウンドケーキ。 雪の山のような真っ白なチーズケーキにはフレッシュなブルーベリーがたっぷり混ぜられている。 白いボールのような砂糖菓子は薄くかけた飴と粉砂糖でブルーベリーを包んであるようだ。 小ぶりのタルトのような小さなケーキは真ん中にジャムとフレッシュなベリーが山ほどのっていた。 薄いパンケーキに挟んだブルーベリージャムの紫と木苺のジャムの赤が美しい。 運ぶのを手伝う開拓者達の顔も輝いている。 「そして、これはとっておきのオリジナル。生地の上にブルーベリーとチーズを乗せて焼いたんだ。食べてごらん」 「わああっ!! 美味しそう」 「さあ、遠慮せずにどんどん食べて。紅茶も入れるから」 「いただきま〜す!!」 開拓者達がまだ湯気の上がる焼き立て、出来立ての菓子に次々手を伸ばし頬張る。 そして 「美味しい!」「おいしいのだ〜」「さくさくの生地にジャムが良く合ってますね」 皆、満面の笑みと喜びの声と共に次のお菓子へと手を伸ばす。 これが料理人にとっての何よりの評価であると、菓子職人も嬉しそうだ。 「ハヤ兄ぃ?」 「あ、うん。はい」 あーん、と口を開けるネムにブルーベリーたっぷりのタルトケーキを一口大に切って食べさせる。 「うん。しあわせ!」 笑い、幸せそうに頬張るネムの笑顔に、ハヤテもつい笑ってしまう。 (ネムちゃんには弱いなあ〜) そんなハヤテの肩にコテンとネムが肩を寄せる。 「今度は〜、元気な時に来ようね〜」 苦笑しながらハヤテはネムの髪をそっと撫でて頷いた。 「うん。治ったら色んな所に行こうね」 と。 「出来立てはやっぱりおいしいのだ〜!」 「それにプロの料理人さんが作ると、やはり違いますね。あ、北斗さん。それおいしそう。こちらと交換しませんか?」 「いいのだ〜。こっちも美味しいけど、そっちも食べてみたいのだ〜」 「作り方も教わったので、帰ったら自分でも挑戦してみますね」 楽しそうに笑いあい、皿を交換し合う真夢紀と北斗。 (戦乱の時と、後…。なんだか色々と、嬉しいな) じっくりと故郷の今に思いを馳せながらレナートは (俺は周りが見えてなかったけど少しずつ普通に向けて動いているんだって。 …俺、いいのかな) 一口一口を大事に味わう。 「どうだい?」 菓子職人の問いにレナートは答える。 「…美味い、美味しいです。凄く甘くて、瑞々しくて うん」 これは故郷の平和を意味する幸せの味、である。 「良かった」 「…あと、あのすみません」 菓子職人の娘にレナートは問いかける。 「ジャムか日持ちするケーキを2人分分けてもらえないですか? 母と妹に届けたいので。 教えて貰って作っても良いけどやっぱ職人さんの美味しい菓子、食べさせたいから」 「ああ、いいよ。ジャムはあいつが作ってるだろうから貰うといい。日持ちするのがいいのなら…そうだ。プリニャキを作ってやるよ。ジャム入りでけっこういけると思う」 「ありがとうございます」 「せや。うちも寮のみんなと姉さん、星鈴にも土産に持って帰りたいな」 「私もお願いできますか? 神楽でお留守番さんな皆へのお土産分。なんだか期待しているみたいで…持ち帰らないと拗ねちゃいます」 「あ、私も姉様達に…」 「おいらも欲しいのだ!」 「ネムも〜!」 「小隊の皆にお土産持って行ってあげようか?」 「よっしゃ! 任せておきな!」 「やった〜〜!」 そうして、開拓者達は蜂退治の疲れも吹き飛ぶ、蒼い宝石の織りなす幸せの味を心行くまで堪能したのであった。 ●初夏の一時 お菓子とケーキを思う存分楽しんだ夕刻。 「あ〜、おいしかったのだぁ〜。おなかぽんぽんなのだぁ〜」 「ふふ、本当のたぬきさんみたいですね」 お腹をさする北斗に真夢紀が微笑む。 小腹もはって、幸せいっぱいの開拓者達はできたてのブルーベリージャムに秘蔵のコケモモジャム、プリニャキとたくさんのお土産を持って帰路に着く。 「皆よろこんでくれるかなあ?」 ほくほくの笑顔に 「そうだね」 とハヤテも微笑んだ。 「寮の皆にふるまったろ。姉さんも喜んでくれるやろか?」 「きっと喜んでくれますよ。でも、美味しいからあっという間に無くなっちゃうかも」 璃凛と柚乃もお土産の入った袋を見て嬉しそうだ。 「こんなにたくさん貰っていいのでしょうか?」 「報酬の代わりにっていうんだから貰っておいてええと思うよ。がんばったんだし」 躊躇いがちのレナートに璃凛が片目を閉じた。 「少しでも…役にたったのなら…」 噛みしめるようにレナートは言うと振り返り、もう後ろになった農園と、まだ見送ってくれる依頼人と菓子職人を見た。 「あの蜂は別の山から偶然流れてきたもののようですね。周辺も確かめたので再発の心配は少ないと思いますが、念の為リーガには連絡しておきましょうか」 柚乃は再発防止の為の調査なども行った。 これで、当分、少なくとも今シーズン再びかの地が似餓蜂に苦しめられることはないだろう。 ベリーの恵みが荒らされることも。 「ねえ、ハヤ兄ぃ、知ってたぁ?」 腕にもたれかかるネムの質問に 「何が?」 とハヤテは逆に問うた。 「あの菓子職人のおねーさんのこと。あのおねーさん。きっと依頼人のおにーさんのことが好きなんだよね〜」 「あ、多分そうですね。依頼人さんも菓子職人さんのことを憎からず思っているようですし…」 真夢紀もうんうんと同意する。 「だから、きっとおにーさんの力になりたかったんだとおもうんだ〜」 「ふ〜ん。そうなのか?」 興味なさげなハヤテの答えにネムは頷き、微笑み、またハヤテの腕に頭を預ける。 「まあ、俺達には関係ない話だけど」 「でも、ネムはハヤ兄ぃと一緒にここに来れて良かったよ。また一緒に来ようね〜」 「ああ」 「でも、こんどはけがしないように!」 「…………はい」 微笑ましい二人の様子を見ながら、彼らは空を見上げた。 気が付けば、もう空にはブルーベリーにも似た紫紺が広がっている。 「もう蜂も出ないでしょうから、今度は…母や妹も連れて来たいですね」 「ん、そうやね。また来れたらええね」 農園は徐々に遠ざかる。振り返ってももう依頼人達の姿は見えない。 けれど、あの幸せの味は、依頼人達の笑顔と共に今も開拓者達の中に残っている。 開拓者達の帰りを待つ家族や仲間に、きっとそれは最高の土産になるだろう。 両手いっぱいのジャムやお菓子と共に…皆を幸せに、笑顔にしてくれる筈だ。 これから夏本番。 ブルーベリーも木苺もこれからが盛りである。 開拓者達が守った畑から、きっと今年もたくさんの甘い夢と幸せと、笑顔が生まれる事だろう。 |