|
■開拓者活動絵巻 |
■オープニング本文 六月は結婚式のシーズンである。 特にジルベリアの六月は一年で一番美しい季節。 新緑と、どこまでも続く青い空の下。 愛する人と結ばれたいと願う者は少なくない。 森には白い鈴蘭の花も一面に咲く。 花言葉は 『純愛』『幸福の訪れ』 その白い花に永遠の愛を誓えば幸せになれるという言い伝えもあるという。 花園を歩く彼は足元に咲く花を一輪。そっと手折って 「愛し合う恋人達に祝福を…」 小さく、優しく口づけた。 「手を貸して!!」 「え? 美波? いつジルベリアに?」 ジルベリア。南部辺境メーメルの街。 南部辺境劇場春花劇場に勤める青年冬蓮の元に幼馴染(であり実は恋人)美波が突然訪ねて来た。 天儀神楽の都で彼女は貸衣装屋【弧栖符礼屋 西門】を営んでいる。 仕事中の彼は目を瞬かせる。 「手を貸して…って何?」 「南部辺境伯から呼ばれたの。直々の依頼よ。春花劇場でイベントとして結婚式パーティを開くんですって。 それに貸衣装屋として力を貸して貰えないかって」 「け、結婚式パーティ? 貸衣装屋として?」 そう、と美波は頷く。 「ど、どういうこと」 元々、天儀と違い『神の前で愛を誓い合う』という風習がないジルベリア。 結婚式と言っても集まる人々の前で結婚することを披露したり、領主や役所に結婚を報告し登記を変更して貰うのが殆どであると聞いている。金持ちや貴族などは大々的な結婚祝いのパーティを礼服を着て行ったりするが一般人だと登記だけですませるとか、パーティもよそ行きを新調して家族や友達と祝うくらいの人が多いらしい。中には登記もしない者もいて、子供が生まれて初めて解るというケースもあるらしい。 「それで、春花劇場の夏イベントを兼ねて『一生に一度の結婚という喜ばしい日を思い出に残してあげたいのです。手伝ってくれませんか』って辺境伯様に頼まれたのよ」 「で、何をするの?」 「勿論、うちは貸衣装屋だもの。貸衣装よ。希望者に結婚式の衣装や晴着を貸し出すの。それを着てパーティに参加してもいいし、肖像画を描いて貰ったりしてもいい。リーガとメーメルの役人が出張して登記の受け付けもしてくれるんだって。 辺境伯はそのパーティで、領主として希望者に結婚の祝福もしてくれるらしいわ。天儀でいう神主様かしら…」 「へえ〜。面白そうだね。でも、そんなにたくさんの結婚式衣装、あるの?」 「なあに言ってるの? うちは元々、花嫁衣装の貸し出しからスタートした貸衣装屋よ。天儀の花嫁衣裳なら古式ゆかしい白無垢から、色打掛に引き振袖まで数十種。新作から古典まで。 一着だけだけどとっておきの三枚重ねの黒引き友禅もあるわ。 ジルベリアでも純白の貴族衣装を中心にドレスはいろいろ集めたもの。花嫁のヴェールも。 白百合のドレスやデコルテがお勧めね。最近天儀でもけっこう人気あるのよ。最近手に入れたアル=カマルの衣装も素敵なの。辺境伯のお仕事だから取り揃えてもうこっちに輸送してきちゃった」 「ええ?」 「でも本人に合わせて丈を合わせたりいろいろしなきゃならないから冬蓮の手助けが必要なのよ。お願い。手を貸して?」 拝む様に手を合わせてウインクする美波。 「そりゃあ、辺境伯の依頼とあれば…僕の雇い主だもの。断る理由はないけど…」 「よーし! じゃあ決まり!とにかく時間がないの。準備開始よ。あ、皆さん。冬蓮お借りしま〜す!!」 「ちょ、ちょっと待ってよ。美波ってば!!」 元気よく走り出す娘とずるずると引きずられていく青年の微笑ましい姿を、同僚達は生暖かく見守るのであった。 かくしてジルベリア各地にこんなチラシが貼り出さる。 「南部辺境 春花劇場 夏イベント 『鈴蘭の宴』開催。 素敵な衣装を着て、パーティを楽しみませんか? 今回のテーマは結婚式。 結婚したけれど、今まで式を挙げる機会が無かったと言う方に素敵な衣装を着ての結婚式をお贈りします。 今回は珍しい天儀の花嫁衣装も多数取り揃えています。 今回結婚するという方も大歓迎。 沢山の人の前で愛を誓い合うもステキですし、静かに二人だけで互いの絆を確認し合うもいいでしょう。 パーティ会場では小ステージを用意して楽団などがムードを盛り上げます。 またご希望の方は南部辺境伯グレイス・ミハウ・グレフスカスの名において結婚の登記も行います。 勿論、衣装を着てみたいというだけでもOK。 恋人同士が未来の予行練習をするのも。 会場では似顔絵描きも集まり、ステキなお二人の思い出を絵に残してくれるでしょう。 参加費は一人2000文(貸衣装代、食事代込) ジルベリアは今花盛りの時。 鈴蘭の花も美しく咲いています。 皆で、結婚という輝かしい時を楽しく彩りませんか?』 ちなみにこのチラシは天儀の開拓者ギルドにも貼り出された。 パーティの参加者に加え、吟遊詩人や踊り子なども募集すると付け加えられて。 ちなみに手伝いをする場合は参加費が無料になる。 初夏を彩る鈴蘭の花。 天儀ではそろそろ静かに花期を終え始めていると聞く。 ジルベリアでの花期が終ればもう夏だ。 愛し、愛し合う者達へ幸せの贈り物。 鈴蘭の花が今、可憐に、そして楽しく賑やかに花咲こうとしていた。 |
■参加者一覧 / フレイ(ia6688) / リューリャ・ドラッケン(ia8037) / リエット・ネーヴ(ia8814) / 尾花 紫乃(ia9951) / ユリア・ソル(ia9996) / フラウ・ノート(ib0009) / フェンリエッタ(ib0018) / 雪切・透夜(ib0135) / ヘスティア・V・D(ib0161) / ニーナ・サヴィン(ib0168) / アイリス・M・エゴロフ(ib0247) / ニクス・ソル(ib0444) / 宵星(ib6077) / 春風 たんぽぽ(ib6888) / エリーゼ・ロール(ib6963) / 闇野 ハヤテ(ib6970) / シフォニア・L・ロール(ib7113) / リリアーナ(ib7643) / 霧咲 ネム(ib7870) / 不破 イヅル(ib9242) / マルセール(ib9563) |
■リプレイ本文 ●春花劇場の春 ジルベリア、南部辺境、春花劇場はその名の通り、花の溢れる美しい劇場である。 特に春から夏にかけては美しく手入れされた花壇と、整備された並木が絶え間ない花と深緑を飾る。 庭園劇場の周りには移植された白百合や鈴蘭など野の花も咲いている。 夏には春、戦乱の一刻も早い終わりを願って子供達の手によって植えられたという向日葵が満開になるだろう。 今日は快晴。 花々は太陽に照らされ、ヒカリノニワ。もう一つの名のごとく光り輝き訪れた人々を祝福する。 その頭上には深みのある青空が広く、広く、どこまでも美しく広がっていた。 「うわ〜! ニーナねー。すっごくキレイなところだねえ〜」 リエット・ネーヴ(ia8814)がぴょんぴょんと、飛び跳ねながら手を広げた。 「ホント。とても素晴らしい庭。手入れされた薔薇の花園も美しいけれど、所々に咲く鈴蘭もまた可愛らしくて。あちらに芽吹いているのは向日葵かしら。満開になったらさぞかし見事でしょうね」 はしゃぐリネットに微笑みながらニーナ・サヴィン(ib0168)はそっと膝を折った。 手に触れた鈴蘭の小さな花がふるんと揺れた。 結婚式に招待されて、はじめてやってきた南部辺境、春花劇場。 時間があると思って会場の散策をしていたが 「え〜っと、今回お申込みがあった挙式の参列者の方ですね。受付と衣装のご準備がありますので、こちらへどうぞ…」 係員の一人であるらしい、銀の髪の青年に声をかけられて、とりあえずは向かう事にする。 「はーい! 行こう! ニーナねー」 リネットはニーナの手を引いた。 「とても美しい庭園ですね。後でここの花で花嫁のブーケを作りたいのですが、いいでしょうか?」 ふと考えてニーナは係員に問う。 「大丈夫だと思いますよ。後でご案内します」 やがて案内された参列者の控え場所で、 「よっ!」 明るく手を上げるヘスティア・ヴォルフ(ib0161)に二人は手を振った。 黒王子のスーツに宝剣、ブーツと男装が凛々しい。 その横にはイリス(ib0247)が微笑んでいる。 「もう皆さん、集まっているのかしら?」 「まあ、ぼちぼち…かな? 男衆の控室は向こうだからよくわかねえけど。ああ、花嫁はもう着替えと準備に入ってるんでもう少し待っててくれとさ」 ほら、とヘスティアが指差す奥のテーブルでは 「な、なんでか挙式する本人でもないのに、物凄く緊張するわね。 くむぅ。あたしが式挙げるとしたら、この数百倍緊張するのかしら? …うあー。落ち着く為にお茶飲みたいわー!! あ、すみません。ここのティーポットお借りしまーす! 皆も飲む?」 頭を抱えたり、立ち上がったりとどこか挙動不審なフラウ・ノート(ib0009)がお茶を入れていて、その横では 「ありがと。頂くわ。…でも、ユリアもついに陥落なのね」 フレイ(ia6688)がゆっくりとカップを持ち上げ微笑んでいる。 気心の知れた者が集まってこう待つ時間も楽しいものだ。 「良いお式になりそうですね」 「そうですね。お二人の一番幸せな日ですから」 ニーナの優しい声に泉宮 紫乃(ia9951)は嬉しそうに微笑みを返した。 「紫乃ねー! いっしょにブライドメイドやろー。ね、どのドレスがいいかなあ?」 リネットが紫乃の服を引いて控室に並ぶ女性用のドレスの方に誘う。 「ああ、そこの服は式に着たいときは自由に好きなの着て構わねえってさ」 「わあ〜。本当に沢山の衣装があるんですね。どれにしましょうか?」 紫乃が服の一つに手を伸ばそうとした時 「あ、ごめんなさい」 同じ年頃の少女と手が触れて、紫乃は慌てて手を引いた。 「こちらこそ。あ、私は春風 たんぽぽ(ib6888)と言います。今日は同じ小隊で、大事なお二人の結婚式に参列する為に来たんです」 たんぽぽがお辞儀をすると 「あら、たんぽぽ様。ドレスは決まりましたか?」 「ぽぽ姉ぇ?」 柔らかい笑みの獣人の少女が後ろから声をかける。その背後には朱い髪の少女もいた。 紫乃や、リネットなど他の挙式の参列者に気付いたのだろう。 獣人の少女は修羅らしい少女を促し、優雅にお辞儀をした。 「この度はお日柄もよく。私、リリアーナ(ib7643)と申します。こちらはネム様(ib7870)。本日はシフォニア・L・ロール(ib7113)様と蒼 エリーゼ(ib6963)様の御結婚式に参列する為に参りました」 「ああ、これはご丁寧に」 最年長の意味合いで、ヘスティアがお辞儀を返した。 「あたしらは、ニクス(ib0444)とユリア・ヴァル(ia9996)の式に呼ばれて来た。今回のイベントで大きな挙式は二つって言ってたから、多分うちらとそちらってことになるんだろうな」 「はい。庭園劇場で我々が、パーティ会場の特設舞台で皆さまがと伺っております」 リリアーナの横でネムがはしゃぎながら手を差し伸べる。 「あのね〜。お式の後のパーティは一緒にやるんだって〜。その時、いっぱい遊べるといいなあ〜」 「うん! ネムちゃん! いっぱい遊ぼうね!」 その手をリネットは取ると嬉しそうに身体を揺らした。 「ドレス、いっしょに選ぼうか!」 「ネムはねえ〜。紅いドレスがいいなあ〜」 「よし! それならきっとあっち!」 「あらら。リネットさん。自分のドレスはいいの?」 「ニーナねーに任せた!」 「では、ブーケを作る時には手伝ってね」 「はーい!」 仲良く並んであれやこれやと服の中で遊ぶ少女達。 それを優しい眼差しで見つめながら 「せっかくの良き日、だ。一緒に楽しく過ごさせて貰えるとありがたいかな」 「はい。こちらこそ」 女性達は微笑み合うのだった。 こちらは男性控室。 女性達の部屋よりもやや静かである。 「もうすぐ、ですね」 雪切・透夜(ib0135)が呟くと 「そうだな」 横のソファに腰を下ろして、のんびりと茶を飲んでいた竜哉(ia8037)が相槌をうった。 「やることがなくて、なんだか手持無沙汰です。何か手伝いでもさせてくれるといいんですが」 「まあ、式場の準備はあらかたできているらしいから。のんびり構えて、奴が出て来たらからかってやればいいさ」 「そうですね」 クスッと笑って、今度は透夜が相槌をうつ。 今頃、新郎はどんな顔をして準備に臨んでいるのだろうか。 考えるのもなかなかに楽しいものだ。 「まったく…遅いんですよ。まぁ…今日ぐらいは許すか」 「おや? どうしました?」 貸衣装の山をどこか不機嫌な顔で睨んでいる青年に気付き、透夜は声をかけた。 「ああ、失礼。式に着るのに借りたい服が見つからなくて」 彼は確か今回、二つ行われると言う結婚式のもう一つの方の参列者だった筈だ。 「どんな服ですか? さっき服を借りるのに見たので解るかもしれませんよ」 明るく笑いかける透夜に青年は躊躇いがちに答える。 「スーツを…」 「それなら確かこちらに。「黒王子」とか「白騎士」とかちょっと華やかなものが多いようですけどね」 透夜が指し示し並べた服に青年は微かに、また眉根を寄せる。 零れる呟き。 「…似合わねー」 「?」 透夜が首を傾げるが青年は手を横に振る。 「あ、いえいえ。どうぞ気になさらず。助かりました。俺は闇野 ハヤテ(ib6970)です。別の式の参列者ですがよろしく」 「雪切・透夜です。解りました。では、後ほど」 透夜が下がったのとほぼ擦れ違いに トントントン。 ノックの音がして、控え室の扉がゆっくりと開いた。 「ハヤ兄ぃ。ちょっとい〜い〜? 手伝って欲しいことがあるのだ〜」 紅いドレスと赤い髪の少女が顔をぴょいと顔を覗かせる。 「ネムちゃん!? 何?」 「あのね〜。パパたちにお祝いしたいんだ〜。パイをね〜」 「すみません! ネムちゃん。今、着替えて行くから、ちょっと外で待ってて…」 慌ててスーツの一着を選んで着替えた、ハヤテはネムの手を取り飛び出していく。 閉められた扉の外から楽しげな会話が聞こえてきて、 「あちらも、楽しい参列者が集まる面白い式になりそうだな」 「そのようですね」 竜哉も透夜も思わず零れた笑みを止めることができないでいた。 「あの…、本当によろしいのですか? 礼服の貸し出しや、控室もご用意していますが?」 心配そうに声をかける係員に 「…いや、結構。式の邪魔はせぬので…自由にさせて…頂きたい。…これは祝い酒。どうかお納めを」 不破 イヅル(ib9242)は酒を差し出して後、首を横に振った。 隣に立つマルセール(ib9563)は華やかに飾られた式場に驚き目を輝かせている様子。 「解りました。間もなく、結婚式が始まりますので、何かご用がありましたら、どうぞお声かけ下さい」 係員は一礼して去って行く。ふう、と息を吐き出すイズルにマルセールは 「ケッコンシキ、か。見るのも初めてで良く解らなくてな…。だが、二人に祝いを言いたかった。イヅル、援護を頼む!」 と声をかけた。 「…俺とて、祝いの席というものに…そう縁が…あったわけでは無い。だが…愛し合う二人の…大事な式典だ…。しっかり祝わせて貰おう」 「そうだな」 庭園舞台と呼ばれているらしい会場に、気が付けば人が徐々に増えてきた。 華やかなドレスや式服の男女が見つめる先を、イヅルとマルセールも同じように見る。 やがて鐘の音が鳴り響き、庭園舞台に柔らかい音楽が響く。 そして 「わあっ!」 マルセールは声をあげ、その後言葉を失った。 『結婚式』 その美しさに…。 ●漆黒の新郎新婦 花嫁の控室。 「蒼 エリーゼ様、会場の準備が整いました。どうぞお進み下さい」 係員がお辞儀をする。 「さっき、皆と一緒に作ったんだ〜」 ネムとリリアーナが春花劇場の花で作って持ってきた手作りのブーケを持ってエリーゼはゆっくりと立ち上がり、微笑んだ。 「蒼 エリーゼ。と呼ばれるのはきっとこれが最後でしょうか。参りますのでお願いしますね。たんぽぽさん」 「はい」 身支度を整えた花嫁のドレスの裾をたんぽぽはそっと握った。百合の甘い香りが漂ってくる。 エリーゼはマーメイドラインの黒いドレス。 その後を、ゆっくりと青いシフォンのドレスを着たたんぽぽが歩いて行った。 「…お綺麗です。エリーゼさん」 口に、言葉に出しこそはしないけれど、たんぽぽは心からそう思っていた。 今日のエリーゼは今までになく美しいと。 特別誂えの漆黒のドレス。長いヴェール。髪飾りにはオレンジの薔薇の花。 衣裳にも薔薇をあしらった身体のラインの出る繊細なドレスがエリーゼにとてもよく似合っている。 けれど、今、エリーゼが美しいのはドレスのせいではないとたんぽぽには解っている。 控え室で身支度が整ったエリーゼを見た時、思わず零れてしまった言葉があった…。 鏡台の前でヴェールを整えながら鏡の向こうのエリーゼにたんぽぽは問う。 『幸せですか?』 と。 彼女があまりにも美しい笑顔で、あまりにも幸せそうだから…。 「幸せです」 返答は間髪なく返った。迷いのない眼差しが鏡の中で微笑む。まるで花のようだ。 いや、花よりも間違いなく美しい。 その美しさがシフォニアへの愛ゆえにだと解っているから、たんぽぽは思わず視線を逸らしてしまった。 (自分は人を愛せない。だから分からなー……) 「いいえ」 たんぽぽの思いを読み取ったようにエリーゼは首を横に振った。 「たんぽぽさまも幸せになれますよ。そんな不安そうなお顔、しないでください。貴女に感情は揃っているのですから」 鏡越しに微笑むエリーゼ。共に移る自分の顔はエリーゼの言うとおり不安そうな顔をしているとたんぽぽには解るが…くしゃりと笑う。 「…幸せ者ですね」 そっと呟く。 貴女も、私も…。 やがて、エリーゼは真っ直ぐに花の道を進み、庭園舞台の前に立った。 一歩歩むごとに周囲から花びらが降り注ぐ。 「パパ〜、エリー、おめでとうだぞ〜」 集まった友や家族からの祝福である。 そしてその道の先には、漆黒のスーツに身を纏ったシフォニアが待っている。 胸にはオレンジの薔薇が一輪。 そしてエリーゼに手をまっすぐ差し伸べて、彼女だけを見つめて待っている。 「覚えているかい?」 シフォニアが歩み来る『花嫁』に問う。 「二年前の告白、お前は返事を出さなかったなー…今日でようやく二回目だ。返事を聞かせておくれ。エリーゼ…俺はお前を愛してる。お前はどうだ?」 「シフォニアさま…」 差し伸べられた手を取って、エリーゼは自らの足で先に進み、シフォニアの横に、立つ。 「覚えていますとも。二年と言う決して短くは無い間…お待たせしてしまって申し訳ございません。そしてその間、変わらずに愛してくださった事を…感謝します」 優雅に一礼したエリーゼは『花婿』を。自らの伴侶となる相手だけを見つめて 「わたくしも、シフォニアさまを愛しております」 そう答えた。 「…ありがとう」 二人は庭園舞台の真ん中に立ち、寄り添った。 立ち会う辺境伯と、二人を見つめる参列者たち。 彼らの前でシフォニアはエリーゼの指に、エリーゼはシフォニアの指にそっと指輪を嵌めた。 そして、彼らの親愛なる人々の前で誓う。 「「永久に、この手を離さない」」 と。 二人は互いの指を絡めあい、見つめ合い…そしてキスをした。 タイミングを合わせるように鐘が鳴り、楽隊が音楽を奏でる。 「マルセール様!」「おすそわけだ!「二人」で受け取れ!」 ブーケが高く空を飛ぶと拍手が沸き起こる。 「おめでとうございます。お二人共…すごく、素敵です」 「おめでとう!」「お幸せに!!」 ブーケを受け取ったマルセールは驚きに目を見開き、 「ありがとう。二人とも本当に素敵だ…」 胸に抱き止め、イズルは勢いで最敬礼する。 かくして花と音楽と、祝福の中。 漆黒を身に包んだ新郎新婦はここに、永遠の愛を約束し、夫婦となったのだった。 ●白百合と剣の誓い パーティの舞台となる広場は花と純白のリボンに飾られている。 中央には赤い絨毯。その奥で礼服に身を包んだ花婿ニクスが花嫁を待つ。 黒字に金の模様が縁どりされた騎士の正装はニクスの凛々しさは見物人がざわめく程であるが 「あら?」「おやおや」 参列者の笑みの理由はそれではない。 「ふーん。お前の目をまともに見るのはどれくらいぶりかな」 立会人を務める竜哉がトレードマークのサングラスを外したニクスを壇上から茶化す様に告げる。 竜哉の服装は黒い神父風。 一応ジルベリアで問題にならない程度には留めてある。 横に立つのは淡い桃色のドレスのイリス。彼女は二本の剣を大事そうに胸に抱いている。 「…まあ、流石に結婚式…だしな」 「義兄さんったら…」 照れたように頬を掻いたニクス。 その深くて黒い目が今日の日を祝福する為に集まってくれた親友達の上を彷徨い 「お、来たぞ」 ある一点で留まった。 花の門をくぐり、静かに歩んでくる花嫁の入場である。 純白の花嫁。 白銀の髪に白百合のドレスが眩しい程に似合っていた。 長い裾と透かし彫りのヴェールを持つのはリネット。 花嫁の介添えを勤めるブライドメイドは紫乃とニーナ。 「可愛らしいお二人と並ぶのは少し勇気がいりますね」 若葉と深緑の混じったような緑のドレスで揃えた少女達はまるで白百合の花を飾る新緑の妖精のようである。 花は勿論、花嫁ユリアだろう。 「ユリアさん、ほんとに綺麗。まるで女神様みたいよ」 白百合と鈴蘭を中心に青い忘れな草や薔薇を配して作った手作りのカスケードブーケ。 それを手渡したニーナに 「ありがとう」 花嫁は輝くとびきりの笑顔を見せた。 「自分でも驚いてるのよ。私が結婚するなんて。奇跡の花束を運命の女神が振り撒いたみたいだわ」 「いいえ。奇跡の女神は貴女です。ユリアさん」 紫乃が真っ直ぐに花嫁の新緑の瞳を見つめ、微笑む。 今日のユリアは女神と言っても過言でないと誰もが思う程に美しく眩しい。 (あ〜、なんでだろ。なんだか視界が霞んでよく見えなくなる…) 「私、席の方に行ってるから」 目元を押さえるフラウはその理由が勿論解っているが、口に出さず心に収めた。 「ん、確かに。とびっきりに美人で綺麗だぜ。ニクスの元に送り届けるのは癪だが…そろそろ、行こうか」 ヘスティアの贈ってくれた青いガーターを身に着け、差し伸べられた腕を微笑んだユリアがとった。 奏でられる竪琴の音楽に合わせ、ゆっくりと花嫁が赤い絨毯の上を進む。 一歩、進むごとにいろいろな思いがユリアの胸に溢れてくるようであった。 出会った日の事。 共に受けた数多くの依頼。 ぶつかり合い剣を合わせた事。 彼の申し出を幾度、拒んだだろうか。 だが、彼は決して諦めず、幾度となく彼女を受け入れ、包み込んだ。 (呆れる位の大馬鹿。そして――私を変えた唯一の人) 彼の顔が一歩、また一歩と近づくごとに目頭が熱くなる。 染み入る様な感動が胸に広がって行く。 「ほら。受け取れ。お前の花嫁だ」 「ああ…ありがとう」 ヘスティアが差し出した花嫁ユリアの手を取り、ニクスはそっと抱き寄せた。 「ニクス…」 ユリアはニクスに身を寄せる。 白百合の優しい香りが花嫁と花婿を包み込んだ。 「まさかお前らが真面目にくっつくとは予想してなかったぞ。さて…。そろそろいいか?」 ニヤリと笑う竜哉に、二人は頷き、揃い立つ。 「今日、ここに我らが集いしは、この男と女が夫婦として誓い立つ、その時を見届ける為…。イリス」 「はい…。義兄さん、ユリア。おめでとう…」 イリスは二本の剣の前に捧げ持ち、花嫁と花婿に渡した。 「新郎ニクス 君は生涯ユリアを愛し、傍らにあり続けることを誓いますか?」 竜哉の問いにニクスは頷く。 「誓います」 と。 「新婦ユリア 君は生涯ニクスを愛し、傍らにあり続けることを誓いますか?」 ユリアもまた躊躇いなく答える。 「誓います」 「ではお互いに剣を持ち、互いの右肩に乗せてくれ」 二人はそれぞれの剣を持って右肩に乗せる。 あまりにも凛々しい姿に微かなざわめきが揺れた。 その様子に口角を上げながら竜哉は続ける。 「健やかなる時も病める時も、時に口喧嘩をしながらも共に笑い、泣き、歩み続けることを相手と、己の誇りにかけて誓いますか? 誓い破られしとき、その首を落とし、落とされる事を、受容れますか?」 「ああ、俺はもうユリアを離さない。決して」 「私も、生涯を共に生きると誓います」 肩を叩いた剣は、首に触れ、そして互いの心臓の上に、その刃先を乗せる。 (ユリアと付き合って二年) ニクスは思いかえす。 (互いに思いを交わし、剣も交わした…。互いに真剣に。互いに譲らず。その結果、ここにいる…) だから、この剣に捧げる誓いこそが相応しいと思ったのだ。 「「ここに集いし会衆と、剣と、互いの命に誓う。生涯を共に生きると。死が二人を別つまで…」」 誓いの言葉に涙ぐむ者もいる。 二人の様子を満足げに見つめて竜哉は手を広げて告げた。 「今、ここに二人の結婚を、宣言する。愛は虚空を照らす光なり、祝福もて生きなさい」 宣言と共に剣を降ろした二人は、互いに見つめ合い、寄り添い…誓いの口づけをする。 剣を受け取り、花嫁に花束を渡したイリスは涙ぐむ。 あまりにも美しい光景である。 「愛してるわ、ニクス」 ユリアはニクスを真っ直ぐに見つめ 「愛してる、ユリア」 ニクスはユリアをそっと、壊れないように、抱きしめて。 その瞬間、拍手と花と祝福と、鐘の音が新たに夫婦となった二人に溢れる光の如く降り注ぐのであった。 ●祝福の時 「結婚おめでとうございまーすっ! 行くぞ。ネムちゃん!」 「おめでとうだぞ〜。ハヤ兄ぃ。せーの!」 バッチーン!! 合同披露宴を兼ねたパーティが始まった瞬間。 満面の笑みを浮かべたハヤテとネムが投げた特製クリームパイがシフォニアとエリーゼ。 つまりは主役である花嫁と、花婿の顔にめり込まれた。 「クリームたっぷりのパイを貰えないか、という依頼は…こういうことでしたか」 苦笑いする辺境伯。だが 「きゃー!? 容赦ないですよ、お二人とも」 会場に現れたエリーゼに花束を渡そうとやってきたたんぽぽも、 「あらあら。素敵な贈り物ですわね」 目を丸くしながらも楽しげなリリアーナも 「おおっ! ああいうのもいいなあ〜」 楽しげに笑うヘスティアもユリアやニクスもそれを見つめる者達はみんな笑顔。 そして何よりパイをぶつけられた花嫁と花婿も 「大丈夫…あの二人ならきっと笑ってくれますから」 ハヤテの確信通り彼が撒いた花の中。 「なかなか、意表をついた祝福だな」「ステキなお祝いをありがとうございます」 真っ白な顔でニッコリと笑っている。美しい笑顔で。 「わぁ…」 美しいドレスに身を包んだ花嫁も美しいが、クリームに包まれながらも幸せそうな笑顔も輝かしい。 スケッチブックを抱えた狼 宵星(ib6077)は思わず目を輝かせた。 最初の最初に贈られた笑顔の贈り物は、あっという間に会場全体に広がって、後は躊躇い遠慮一切なしの無礼講、大パーティになったのだった。 「はい、どうぞ」 差し出された手ぬぐいで顔を拭く二人。 とはいえシフォニアの方はそれこそ、顔を拭う程度ですむが、化粧が崩れたエリーゼの方はそうはいかないようだ。 「お化粧を直して参りますわね。すぐ戻ります」 一礼してエリーゼがその場を離れ一人になったシフォニアの周りに参列者達が集まってくる。 幸せそうな笑みのシフォニアにまず、ハヤテが進み出る。 「別れたりしたら後ろ指をさして笑ってやりますから。嫌なら末永く幸せに」 どことなく嫌味っぽい祝福であるが、それに眉を潜めるような者は誰もいない。 彼が素の顔を見せていること。 心の底から今日の日を祝っていることを皆、ちゃんと解っているからだ。 「こんな時でも捻くれ者め…。だが、安心しろ。そんなことには決してならないさ」 フッと笑うシフォニアの目には自信と決意がはっきりと見える。 「捻くれてるですって? 別に…大きなお世話ですよ」 その様子にくつくつとハヤテは笑う。その表情は作りものでは無い、本当の笑顔だ。 (素直じゃないですね) 想ったのは誰であったろうか。 やがて、化粧を直し終えたエリーゼも戻り、 「ごめんね〜。エリー。今度はろるパパだけにするねぇ〜」 「そうして下さいませ」 「おいおい!」 場はまた賑やかになる。 「でも…こんな時でもいつも通りの私たちですね。それが、微笑ましいです…♪」 「そうだな。…たんぽぽ」 シフォニアはたんぽぽの手を取ると優雅に騎士の礼でお辞儀をする。 「出会わせてくれてありがとう。花の君に、多くの幸あらん事を」 彼の誠実な言葉にたんぽぽは 「シフォニアさん…こちらこそ、ありがとうございます。お二人も…もーっと幸せになってくださいね」 その名にふさわしい花のような笑顔を見せた。 シフォニアは集まってくれた家族にも等しい友や仲間、一人一人に言葉を贈る。 「ネム」 いたずらっこな『娘』の肩をそっと抱き寄せ頭を撫でる。 「まだまだ手のかかる娘だ。共に居よう…俺は「パパ」だからな」 「ず〜っと〜、一緒だもんね」 その優しい手と胸に、ネムは嬉しそうに頭を摺り寄せた。 「リリアーナ」 「はい」 薄ピンクの膝丈のドレスのリリアーナは満面の笑みでシフォニアを見る。 「血が繋がっていなくても大切な者とは繋がっている。…そうだろう?」 「はい」 彼女は頷く。 「血ではなく、絆を繋ぐ……繋がれた絆に…幸福の光が満ちますように」 輝かしい時間を大切な人達と共に過ごせるのが嬉しくて 「あ〜、お祝いのプレゼント、いっぱいあるんだよ〜。エリー。これ持って〜」 「はいはい」 この日、彼らの間から幸せの光が消えることは無かったのだった。 それは勿論、もう一組の花嫁花婿と、参列者達も同じこと。 「ん〜、良い式だったぜ。ユリアとニクスの式って感じだな」 「…私は、剣を持たれた時、少し驚いてしまいました。でも、本当にお二人らしいですね」 花嫁と花婿を囲み、笑顔と言う幸福の光は消えない。 「ありがとう…。私達が誓うなら神様とかじゃなく…って思ったのよ」 「まあ、何に誓ってもユリアと生涯を共に生きる。それに代わりは無い…」 「ごちそうさま、ですね。これから先も末永くお幸せに。お二人とは付き合いが長いだけに、なんだか不思議な感じがしますよ」 「お、オメデトウゴザイマス! 二クスんとユリアん。シアワセニネゥ…!」 「どうしたの? フラウ? なんだかカクカクしてるよ?」 「き、気にしないで!」 「まあ、斬新な式だったわよね。でも、大切なのはこれからなんだからね」 「幸せになってくれよ。ユリア…。ニクスは絶対に幸せにしろよ!」 「ああ、必ず」 代わる代わる贈られる祝福の言葉。 幸せいっぱいの二人の笑顔を、取り巻く仲間達の表情を、透夜は白い紙に写し取って行く。 「こういうのって形で残せるのが良いんですよね〜。おや?」 ふと、さっきまでユリアの側にいた紫乃が場から離れていることに気付いて 「どうしました?」 ペンを起き、声をかける。 「あ…。すみません。少し…考え事をしていたんです」 優しい透夜の眼差しに紫乃は、独り言のように思いかえし呟いた。 「…感じていたんです。 ユリアさんがいつかいなくなってしまう事を。いなくても大丈夫、と思ったら消えてしまう事を。 それは、とても寂しくて…でも、守られる側の私では止められなかった」 もう少し、このままで…そう願ったことが無かったとは言わない。 「でも、ニクスさんが何度拒まれても共にある事を望み、挑み続けてくれたから今、ここにユリアさんがいてくれる。あの幸せそうなユリアさんを見て、思ったんです」 目を閉じれば、思い出せる。 ニクスの腕の中で眩しいまでに輝く、ユリアの笑顔を…。 「本当に良かった。ユリアさんが、幸せになってくれて、本当に良かった。それが、今の私の本心なんです」 紫乃は微笑む。微かに痛む胸の中の切なさをそっとしまって。 彼女の気持ちがなんとなく解るから 「でも、結婚しても…お二人は、きっと変わりませんよ。僕達との関係も、変わりません」 透夜は明るく微笑んだ。 「…そう、ですね」 紫乃は頷く。同じように笑みを浮かべて。 「あ、あれは?」 気が付けば、ステージの上には桃色のドレスのイリスが立っていた。 側には吟遊詩人ニーナが歌姫に、ハープ歌姫の調べを奏で贈る。 「今日の良き日に、歌を贈らせて下さい。ユリアさんと、義兄さん。シフォニアさんとエリーゼさん。 そして他にも愛し、愛し合って結ばれたご夫婦に祝福があらんことを…」 そう告げてイリスは歌った。 大地の暖かさ 空の美しさ 花の輝き 風の調べ 溢れる世界の美しきもの、その中でも最も尊い愛の美しさを。 広い広い世界で、出会った二人が互いを愛し、好きになる。 その奇跡と喜びを、高らかに。 澄んだ歌声に音楽を合わせながら、ニーナは思う。 (こういう演奏が一番好き。 吟遊詩人で良かったなって一番強く思えるもの) 集まった人々に幸せと喜びを贈ってイリスの歌は終わる。 溢れんばかりの喝采とアンコール。イリスは花のように笑う。 「では、今度はジルベリアの里謡を歌います。どうか、皆さんで踊り、楽しんで下さい」 イリスの言葉にニーナは片目でウインクして、軽快で楽しい祭り唄を奏で始めた。 「ねえねえ、ハヤ兄ぃ。踊ろう?」 「俺?」 「うん。とーやでもいいんだけど〜」 「なら一曲、私と如何ですか?」 「フラウ! 一緒にやろうよ〜!」 「う〜ん。ま、いっか」 「私達も踊りましょうか? ニクス?」 「喜んで。我が花嫁」 「エリーゼ。お手をどうぞ」 「シフォニア様…ありがとうございます」 「踊る、か。なら…たつにー一曲いかがだ? ちと男の格好だけどな」 「いいさ。見ていて楽しい」 「あら…。貴方は…どうも、はじめまして。ジルベリアの騎士、フレイ・ベルマンですわ。お会いできて光栄です。辺境伯さま」 「こちらこそ」 「いかがです? よろしければダンスをご一緒しませんか?」 「私で良ければ、よろこんで」 踊りの輪はどんどん広がって、輝いて、徐々に暗くなりつつある会場を幸福の光で包むのであった。 パーティの輪から少し外れマルセールは投げられたブーケを膝に置き嬉しそうに見つめていた。 目の前には庭園舞台。さっきまで華やかであった場所は、今は静まりかえっている。 「素敵だったなあ〜。……よしっ!」 ブーケから一本、また一本と花を抜き取りマルセールはなにかを作り始める。 「食べ物を貰って来た……。ん? 何をしているんだ?」 背後から手元を覗き込んだイヅルだったが 「わっ? 何だ??」 突然頭の上に何かを乗せられて、思わず目を瞬かせる。 「でーきたっ!」 満足そうに言うマルセールを見ながらイズルは頭の上のものを上目使いで見た。 ユリの花と薔薇の花。そして鈴蘭の花で作ったそれは、花冠であった。 しかもご丁寧に亜麻のヴェールが絡められて…。 「ほら、エリーゼがこんな感じのヴェールをしてたろう? うん、こんな感じだった♪ なかなかいい出来」 「…エリーゼ? なぜに…俺がエリーゼ?」 満足げに胸をはるマルセールのされるがままになっていたイズルであったが 「………まあ、いいが…マルセール。…一本貰うぞ」 軽く肩を竦めると、花束からそっと鈴蘭の花を一本抜き取った。 マルセールはそれに気付いているのかいないのか…。 「それから…Σ!!」 驚くマルセールの指には気が付けば花で編んだ指輪があった。 薬指にスッと指輪を嵌めたイズルの顔をマルセールは驚きの表情で見る。 「イズル?」 「…いつか……」 顔を真っ赤にして背けてしまったイズル。 (…ここから先が言葉にならん。肝心なところで…ヘタるとは) 落ち込む様に頭を下げるが、もし彼が顔を上げていたらそこで見ていただろう。 幸せそうに微笑むマルセールの顔を。 イズルの言葉を聞き返したいが、できない。 胸の中が熱くなって、心臓の音が耳元で聞こえるくらいに大きく、早く鳴る。 イズルが側にいると思うだけで…。 (…そっか…この感じがきっと、そう…) 「ありがとう… …大事にするよ…」 エリーゼとシフォニアの輝くような笑顔の理由。 結婚の意味を知ったマルセールは、幸せそうに、花嫁にも負けない程鮮やかに微笑んでいた。 ●そして…六月の花嫁達 この日、一番華やかな二つの挙式の他にも、何組かのカップルが式を上げ、結婚を登記した。 「…式は、本当に良いのかい?」 「いいの。私はもう、とっても幸せな式をして貰ったから」 若い夫婦はそう言って、辺境伯にお辞儀をして結婚を登記していったという。 記念にと子供と一緒に貸衣装に身を包む者。 肖像画を描いて貰いたいと老夫婦もやってきた。 賑やかで幸せそうなヒカリノニワをフェンリエッタ(ib0018)は静かに見つめていた。 彼女を見つめる視線に気づくことなく。 ふと、宵星は花嫁花婿のスケッチを止めて、辺境伯の元に駆け寄った。 「お天気雨…ですね。だからこれを、どうぞ」 空色の傘を広げさして渡す。 「今日は…」 いいかけた辺境伯はその先を言葉に出さず、傘を受け取った。 「風邪を引かないように、傘で守ってあげられるのは…たったひとり、だけ。 もしかしたら、相傘できるかもしれないけれど…。 でも、大きな傘じゃないし…ふたりとも濡れちゃいます。 命は、砂時計… 当たり前の事なんて、ないから…特別の今日、花嫁さん達も、世界でいちばんきれいで、幸せそう。 あなたなら、その傘を…どうしますか?」 返事を待たず宵星はお辞儀をして走り去って行った。 傘を持ったまま、辺境伯はそのまま、薄紫に染まりつつある空をそっと見上げている。 問いの答えを、胸の前に当てた手にそっと握り締めて。 「ふふ…やっぱりいい男よね。まだ決めた相手がいないなら…立候補しちゃおうかしら、…ってあら? 何をやっているの?」 ダンスを終え、立食を楽しんだパーティの終わり、フレイは開いたテーブルで何やら作業する少女達に小首を傾げた。 見れば式に参加した女性達がわいわいとユリアのブーケを小さな花束に作り直し、分け合っているのだ。 「ユリアさんのブーケ。投げない代わりに皆で分けるということだったから。青いリボンで結んで…っと。はい。できあがり。これはリネットさんとフラウさん、イリスさんの分」 ニーナが手のひらサイズのミニブーケをユリアに渡した。 花は白百合、鈴蘭、薔薇など皆同じくらいになるように分けてある。 「幸せのおすそ分け♪ 喜んで貰えたなら嬉しいわ。みんな…大好き♪」 一人一人に抱擁しながらユリアは花束を渡す。 「わーい! ありがとう! うれしいなったらうれしいな。大事にするよ」 花束を胸に抱き、文字通り飛び跳ねて喜ぶリネット。 フラウも照れたように笑いながら 「ありがと。枯らさない様に気を付けるわ♪」 大事に握りしめる。 「幸せになってほしい…いや、なれよ」 ヘスティアは花嫁を強く抱きしめ返し 「ユリアさん。時には荒ぶるのもいいけれど、あんまりニクスさんを泣かせないであげて?」 ニーナは微笑みユリアの抱擁を受け入れる。 ふんわりと白百合の香りが心を擽った。 「あ、そうだ。花束。こっちはユリアさんとヘスティアさんの…どうしたの? 紫乃さん? 顔が真っ赤よ」 「な、なんでもありません!」 花束を受け取った途端、赤面した紫乃はわたわたと手を振る。 思い出したのは、大事な人の事だ。 (いつか…自分も…) そう思うだけでさらに頬が熱を帯びる。 「それなら、いいんだけど…」 花束を手の中で玩びながらフレイは呟いた。 「今日は、いい日、いい式だったわね」 「本当に…」 娘達はもう一度、花嫁、花婿を見る。 幸せそうな二人…? 「あら? ニクスさん、どうしたんでしょう? 具合でもお悪いのでしょうか?」 心配そうに言いながら紫乃は目を開く。 彼が腹に手を置いている。微かに唇を噛みしめているのは何かを堪えているのだろうか? 「ほっとけ。あんまり悪そうなら花嫁が見てくれるだろ」 言ってにやりと笑うヘスティア。 事情を知る男達は心底ニクスに同情する。 彼女は笑顔で花婿に近付き、腹に重いパンチをめり込ませたのだ。 気付いた者は僅かだったろう。 「報告ぐらいユリアにさせずに自分でしろよな? ったく、泣かせたら攫いに行くから覚悟してろよ?」 囁いた言葉を耳に捕えたのはニクスのみ。 だが、彼ははっきりと言葉にした。 ユリアの手をしっかりと握りしめて誓う。 「誰にも渡すつもりはない、ずっとそばにいる」 「ニクス…」 (上等!) 痛みを顔に出さず、真っ直ぐな目で答えた二クスに、そして寄り添うユリアにヘスティアは微笑むと 「なあ。皆で最後にもう一度乾杯するとしないか?」 仲間達に声をかけた。 皆が同意し杯を掲げ持つ。花嫁と、花婿も。 「花嫁と花婿の未来に幸多からんことを願って」 「「「「「「「「「「「乾杯!!!」」」」」」」」」」」 「いつまでもお幸せに」 イリスは義兄と新しい義姉に微笑んだ。 高く掲げられた杯と祈りは、二人への、最後にして最高の贈り物となったことだろう。 空は青から紫、そして濃紺へと色を変えていく。 間もなく、今日と言う幸せの日が終わりを迎えようとしている。 たくさんの贈り物と花束。そして笑顔に二人は今も包まれている。 空を見上げたシフォニアの目からふと、涙が零れた。 「涙? …何故、だろうな。これほど幸せだと言うのに」 「まぁシフォニアさま…。泣かないで下さい」 寄り添うエリーゼが手を重ねそっと微笑む。 六月の花と、空の下。愛する者の笑顔とぬくもりが側にある。 「人は、幸せすぎると涙が出るのかもしれないな…。だが…」 シフォニアは呟くと 「きゃっ!」 強くエリーゼの手を取り、抱き寄せた。 「共に行こう。エリーゼ…。今日よりももっと素晴らしい日を一緒に作り、積み重ねて行こう。もっと幸せになろう」 強いシフォニアの抱擁にエリーゼは目を閉じ、微笑み、そして頷いた。 「はい…シフォニアさま」 それを見守る仲間達の笑顔に彼等は再び思いと唇を重ね誓う。 「「永久に…離さない」」 二人を笑顔と拍手が再び包み、今日と言う日の終わりに最高の祝福を贈るのであった。 「六月の花嫁と花婿に、そして全ての人に祝福を…」 静かになった会場で辺境伯は呟く。 かくして結婚式と言う人生最大の舞台の幕が静かに幕を閉じた。 花の宴は開き、人々は日常に帰る。 沢山の思い出と、白百合の香りを残して。 だが、彼らの舞台は終わらない。 大切な友や家族と共に、愛する人と手を繋いで、人生を歩いて行く。 …彼らの輝かしい物語は、これから始まり、そして続いて行くのだから。 |