【南部】毒姫と言われた娘
マスター名:夢村円
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/06/16 00:38



■オープニング本文

「すまない…ティアラ。僕のせいで君に不自由な思いをさせる…」
「もう! 何度も言っているでしょう? 謝らないで! って。買い物も料理も家事もけっこう面白いんだから嫌じゃないの! …それに貴方がいるんだから…」

 ジルベリアはこれからが一番美しいシーズンだと誰もが口にする。
 短い春が終わり、やがて夏が来る。
 全土が美しい緑に覆われてたくさんの花が彩りを添えるだろう。
 青い空と澄み切った空気。
 この数カ月の為に厳しい冬を堪えるのだと思う程の輝かしさである。
「ん、街の様子もいい感じだ。流石叔父上」
 露店で買った果物入りのパンを齧りながら、南部辺境伯の甥オーシニィは満足そうに街を歩く。
 南部辺境伯グレイス・ミハウ・グレフスカスが治めるリーガの街。
 人々の笑顔の溢れる路地は良い治世の証だ。
 最初の頃は辺境伯を良く思っていなかった民も今は彼が領主であることに誇りを持っている。
 彼の努力を間近で知る者であるからこそ、オーシニィはその結果を嬉しく思っていた。
「さーて、お使いも終わったし少し遊んで帰ろうか…な?」
 大きく伸びをしたオーシニィの手が上がったまま凍りつく。
 信じられないものを見たかのように。
「え? 今のは…」
 いや、彼は本当に信じられないものを見た。
 見間違う筈は無い。でも、まさか、やはり見間違いだろうか?
「あの女がこんな所にいる筈は…でも…」
 少し考えて後、オーシニィは自らに言い聞かせるように頷くと走り出したのだった。

「ティアラ姫を見た?」
「はい。しかも地味なドレスで手に籠を下げて、下町の商店街で…多分、見間違えだと思うのですが」
 城に戻り事の次第を報告したオーシニィに
「それは、見間違いでは無いかもしれませんよ」
 辺境伯グレイスは一通の書状を差し出した。
「あ、おじいさまからの手紙?」
 昨日届いたという手紙。差し出されたと言う事は見ていいと言う事だろうとオーシニィは封を開ける。
 そして中身に目を走らせ、驚愕の声を上げた。
「えええっ!! ティアラ姫が駆け落ち家出〜〜?」
「正確にはお父上の怒りをかって勘当されて家を出た、ということのようです。なんでも縁談のあった家で出会った青年と知り合い、恋をしたとか…。
 縁談は当然壊れ、青年もジェレゾにいられなくなり、姫は彼と共に逃げるように行方をくらましたそうです」
「じゃあ、僕が見た彼女は…」
「…高い可能性で本人でしょう。王都育ちの彼女。ですが、他の土地に比べれば、まだいくらかこの南部であれば土地勘がありますからね」
 グレイスは優しい口調で言う。
 彼らが言うティアラ姫というのはかつて辺境伯のお見合い相手だった人物だ。
 皇帝の姪にあたり、美人ではあるが気が強く、口が悪く、性格も悪い娘であった。
 オーシニィや使用人達は毒姫と陰口を叩いたことさえある。
「あの姫が駆け落ちですか。しかも話の流れからするに相手は多分平民ですよね。贅沢好きで男を自分の道具のようにしか見てなかった彼女がよくもまあ…」
「オーシ!」
 日頃穏やかな辺境伯が珍しく声を荒げた。
「失礼でしょう。弁えなさい」
「あ、すみません」
 甥を諌めて後、それでも…と彼は続けた。
「やはり心配ですね。彼女は確かに人づきあいが得意な方ではありません。まして駆け落ちしたことを後悔していないのならいいのですが、一時の熱病であったのなら本人も相手にも不幸でしょう…」
 少し考えてグレイスは書状をしたためる。あて先は開拓者ギルド。
 内容は、オーシニィにも解った。
「開拓者に依頼を。リーガの下町にいるかもしれない女性を探して下さいと。私が直接の部下を使えば話は早いのでしょうが、そうするといろいろと事が大きくなりますから」
「解りました」
「くれぐれも事を荒立てないように願いますと伝えて下さい。
 彼女が自らの意志で相手と共にリーガにいたいというのであれば、受け入れる用意はあります、とも」
「はい」
 一礼して立ち去った甥を見送ると辺境伯は窓を開けた。

 かつてのお見合い相手の顔を思い出す。当時は振り回されたがその過激な性格や口調も今は妙に愛おしい。
 彼女に恋愛感情を抱いたことは一度もないし、今もないが、まるで妹かなにかのような気分はする。
 幸せであって欲しいと思う。
 毒姫、台風と称せられた娘はあれからどう生きて、どんな道を選んだのだろうか。
「そういえば、春花劇場の夏公園の準備をしないといけませんね。何か面白い企画があればいいのですが…」
 呟き、外を見つめる辺境伯。
 苦労性の彼の頬を撫でるようにふんわりと暖かい春の風が静かに流れていた。


■参加者一覧
龍牙・流陰(ia0556
19歳・男・サ
八嶋 双伍(ia2195
23歳・男・陰
フェルル=グライフ(ia4572
19歳・女・騎
和奏(ia8807
17歳・男・志
フェンリエッタ(ib0018
18歳・女・シ
門・銀姫(ib0465
16歳・女・吟
クロウ・カルガギラ(ib6817
19歳・男・砂
津田とも(ic0154
15歳・女・砲


■リプレイ本文

●開拓者の心配
 彼女と最初に出会ったのは、冬の気配を感じる十一月の事であった。
「この地に足を踏み入れるのは約二年ぶり…少し長い修行の旅になってしまいましたか」
 眩しい日差しと溢れる緑に目を細めながら龍牙・流陰(ia0556)は呟く。
「しかし、ティアラ姫…。いえ、今はティアラさんと言うべきです。開拓者としての活動を再開し始めてすぐにまたあの方の名前を目にすることになるとは…」
 優しく嬉しそうに微笑みながら。

「ティアラさんですか! …懐かしいですね。…しかし、駆け落ちとは。台風は相変わらずですか。何よりです」
 燭陰の背を叩きながら八嶋 双伍(ia2195)は楽しげに微笑む。
「台風? へえ、そんなに過激なお姫様なんだ。確か、皇帝陛下の姪っ子なんだっけ?」
 クロウ・カルガギラ(ib6817)は仲間達の話を聞きながら楽しげに笑っている。
「本来ならばお嬢様足る存在が〜♪ 態々市井に降りてまで〜♪ 愛する相方と共に居たいという気持ちは判るのだけれど〜♪ やはり身分であるが故に駆け落ちの状況に成らざるえなくて〜♪ 彼女も悩み〜苦しんだのだろう♪」
 歌い、弾む様に話す門・銀姫(ib0465)に頷きながらもフェルル=グライフ(ia4572)柔らかく微笑む。
「ティアラ姫は、確かに以前お会いした時はおてんばな印象だったけど、最後は開拓者数人に心を開いてくれたりと、変わるきざしもあった筈。今は会うのが楽しみ♪」
 そんなフェルルを見て、今まで話に加わらなかった津田とも(ic0154)は
「皆様は、件の姫君とお知り合いであらせられるのでしょうか?」
 と、問う。
「全員という訳ではないですけれど、知っている人は何人かいますね」
 その返事を聞いてともは、それなら、と深く頭を下げた。
「津田はその方とお会いしたことがございません。どのような方でございましょう。事情や外見や歳などをお伺いしても良いでしょうか?」
 依頼人であるオーシニィを一瞥して後、
「いいですよ」
 双伍はそう言うと簡単にティアラに纏わる事情を説明した。
 かつて彼女が南部辺境伯のお見合い相手であったこと。
 美しい娘であるが贅沢好きで大の志体持ち嫌い。
 自己中心的で、我侭でもあったこと。
「なるほど…どうしてシェレゾからの逃避行の先にわざわざこちらの街を選んだのかと思っていたのですが、そういう事情があったのですね」
 和奏(ia8807)も頷く。そういう事情があるなら土地勘のあるこの地に潜もうと思うのも解らないでは無い。
「それにしても駆け落ち、ね。相変わらずの行動力ね」
 フェルルの言葉に頷く双伍はどことなく嬉しそうでさえある。
「駆け落ちとは素晴らしい。そこまで想える人を見つける事が出来て良かったなと思います。…後は、幸せかどうか…一時の気の迷いではないかどうか…。ですね。悪いことになっていないといいのですが」
 彼の言うとおり、ティアラの相手が開拓者達にはまだどんな人物か解らないのでなんとも言えないが、最悪の場合、顔のいい男に騙されて…という事だって有りうるのだ。
「なるほどね〜。だから以前関わったお偉いさんとしては、余りの雰囲気の移り変わりに心配してる様なんだね〜♪」
「へえ、元の婚約者にそんな親身になるなんて、人が好い伯爵さんも居たもんだな」
 軽い口調で言ったクロウは直ぐにああ、と手を横に振った。
「茶化してるわけじゃないぜ、素直にそう思うよ。うん、気に入った。力になりたいと思う」
「ではとりあえずは依頼通り、彼女を探すことから始めましょうか」
 流陰の言葉に勿論、異論は出ない。
「まずは目撃証言のあった場所を中心にさりげなく聞き込み。そしてそれらしい人物が見つかったら確認と…説得、でしょうか?」
「僕のユィルディルンはちょっと目立つから、預かっておいて欲しいな」
「ともの滑空艇、九七式滑空機[は号]が飛び立てる場はありますでしょうか?」
 手早く分担と持ち場を決め、開拓者達は動き出す。
(彼女は彼にとって特別な人。私は、…何だろう)
「フェンリエッタ(ib0018)さん? どこか具合でも悪いんですか?」
 心配そうにオーシニィは彼女の顔を覗き込む。
 いつもと違う様子に気付いたのだろうか?
 心の中に沸き立つ言葉に言えない思い。それを押し隠してフェンリエッタは笑顔を作る。
「なんでもないわ…。ありがとう」
 管狐のカシュカシュをそっと撫でながら気持ちを切り替えるように前を向く。
「では、皆さん、お願いします」
 頭を下げるオーシニィに開拓者達は強く頷いた。

●下町のアイドル
「見知らぬ街で、顔を合わせた事もない人を探す…ちょっと面白そうだと思いませんか? ねえ? 光華姫」
 街を連れだって歩く和奏と人妖光華。人妖は目立つものであるかもしれないが、これだけ人の多い下町ではあまり気にする者もいないようである。
『何度か来た事あったんじゃ?』
「お祭りや依頼で来ただけで、こんないい時期のジルベリアをのんびり歩いてきた事はありませんでしたからね」
 答えながら和奏は仲間達から聞いていた彼女の容姿や人となりを思い出す。
「個性的な方のようですが、人目を避けていらっしゃれば普段とはちがっているかもしれませんね。…お洋服や雑貨…は、お好きかもしれませんがそんな余裕はないかも…見るのはタダですね、確かに…。好きな方が近くにいらっしゃるからこそ身綺麗に…そんな感じでしょうか…」
『そういう人物はけっこう目立つのではないかと思いますよ』
 やがて町を歩いていた二人は
「やあ! 良かった」
 ふと明るい声に呼び止められた。
「クロウさん、どうしました?」
「うん、実はそれっぽい人を見つけたんだ。ちょっと来てもらえるかな?」
 二人は頷き、彼について街を歩く。
「さっき、ともさんにも会ったから城と他の皆にも伝言を頼んだんだ。すれ違わなくて良かった」
 先だって歩くクロウ。やがて彼は
『こっちこっち』
 手招きする人妖と、物陰から様子を伺う流陰にやあ、と手を挙げた。
 もちろん、声を潜めて。
「彼がアドバイスしてくれてね」
 クロウは、あちらこちらの下宿を訪ねて回っていた。いきなり一軒家は買えないだろうと踏んでのことだ。
「アル=カマルは暑くってねえ。いやこっちは涼しくていいや」
 そう褒めると大抵のジルベリアの者達は明るく接して物件を見せてくれた。
「あ、近くに新婚さん居る所は勘弁な。折角暑い所を避けて来たんだからさ」
 冗談めかして話を聞き、何件かに絞り込んだクロウに流陰は言った。
「本人は意識していなくても今までと違う生活に『感覚のずれ』が生じていると思います。その点で噂になっている人を探してみるといいのではないでしょうか?」
 例えば、自分の持ちきれない大きな荷物を買ってしまう。例えば二人分の買い物の加減が解らず、大量に食材を買いこんでしまう。など。
 フェルルも指摘していたその点に気を付けて捜索をしてみると
「そりゃあ、診療所の若奥さんじゃねえのか?」
 と実に楽しげな笑みと共に返事が返ってきたのである。
「最近、お医者がやってきてね。これが若いけどいい腕してるんだよ」
「新婚さんだけど、あの奥さんはきっとどこかいいところのお嬢さんだね。二人ぐらしだってのに、買い物が豪快でさあ〜。どんだけ買ってくんだってなあ!」
「あとから旦那がおすそ分けだって料理配ってたね」
「怪我して泣いてた子を叱り飛ばしたんだよ! でもその後、叱られた子供は若奥さんを気に入って追いかけまわしてるってさ。気風のいい娘さんだね」
「旦那の方が料理上手いんだって。だから最近は近所の奥さんたちに順繰りに料理習ってるらしいよ。まだまだ危なっかしいって聞いてるけどさ」
 …下町の話題は彼女の噂で持ちきりだった。
「でも、悪い噂、ではないのですね…。どうやら結構周りに好かれている様子…」
 和奏も物陰から向こうを見る。
「ちょっと、これ、ほら、ここのところ、傷んでるでしょ。少しまけなさいな」
「かなわねえなあ。奥さんに特別だぜ」
「ティナ姉ちゃん! 遊んで!」
「何で私が…。今は、忙しいんです。ほら、これを持ちなさい。家まで持ってきたらお菓子をあげるわ」
「…変わりませんね」
 流陰は嬉しそうに呟いた。一際目立つ彼女は間違いなくティアラである。
 外見は美人ではあるがそう目を引くわけではない。
 ただ、立ち姿、立ち居振る舞いが自信に満ちていて人ごみの中、目を引く。
「ええ。周りの人達との会話を聞いていましたが彼女には、きっと貴族社会よりもこちらの方が向いているのだと思いますよ」
 パンを手にしながら双伍は流陰に笑いかけ、流陰は人々と楽しげに会話するティアラを見つめ頷いた。
「きっと…そうですね」
「そう言えば奥さんよ。あんたのことを歌いたいって吟遊詩人がいたぜ。内緒だって言ってたけど」
「えっ?」
 八百屋の言葉に、ティアラの顔色が変わる。
「銀姫とサンと仲間達、皆が知らせてくれたのさ〜。君を探していたんだよ〜」
「ティアラさん」
 唄うような声と共に背がぽんと叩かれて、彼女は振り向いた。
「お久しぶりです。お元気でしたか?」
「貴女達…」
 ティアラは手に持った籠を取り落す。
 そこには満面の笑みで微笑むフェルルとフェンリエッタ、銀姫。そして開拓者達がいたのだった。

●イヴァンとティアラ
「…どうぞ」
 古びた下町の長屋。
 その一角がティアラと彼の夫の今の住居であった。
「始めまして。イヴァンと申します」
 不機嫌な顔で茶を出すティアラに肩を竦めながら優しげで誠実そうな青年は開拓者達を見た。
「失礼ですが…貴方は開拓者? それとも騎士でいらっしゃる?」
 彼が志体の持ち主であることは開拓者には直ぐに解った。
「いいえ。私は孤児です。ある方より支援を受け、教育を受けましたがそのような高位の存在になれる身分ではありません」
「そう…ですか」
 開拓者達はそこで口を閉ざした。志体嫌いを公言していたティアラ。彼女選んだ人物が志体持ち。その問うような視線に気づいたのだろう。
「だって…仕方ないじゃない。好きになった相手が…イヴァンが…たまたま志体持ちだっただけよ…」
 顔を逸らすティアラにイヴァンは苦笑しつつやがて真剣な目で開拓者を見る。
「それで…皆様はお義父様からの遣いでいらっしゃるのでしょうか?」
「私は帰らないわよ! 帰らないんだから!!」
 声を張り上げるティアラをまあまあ、と双伍が制する。
「落ちついて下さい。私達の依頼人は辺境伯です。連れ戻しに来た訳でもありません」
「え?」
 瞬きするティアラにええ、とフェルルは頷いて見せる。
「辺境伯は貴方の所在と安否の確認をと我々に依頼してきたのです。連れ戻せという依頼ではありません。むしろ「受け入れる用意がある」とおっしゃっています」
「…グレイス様が?」
 俯くティアラの肩をそっとイヴァンは抱きしめた。
「ティアラを連れ出す形になってしまい、ご家族には本当に申し訳ないことをしたと思っています。それでも、私にはティアラが必要なのです。いつも、周りを気にして迷ってばかりいた私に彼女は、揺ぎ無い強さで道を指示してくれた。自分の思う事をやるべきだと言ってくれたのです」
「私にこそイヴァンが必要なの! 遠巻きに見るか、腫物を扱うか。そんな風にしか見てくれなかった私をイヴァンは当たり前に見てくれた。そんな人…開拓者以外に初めてだったの…」
 ティアラはイヴァンを見る。本当に優しい目で。
「幸い、私には医学の知識があります。本来、この知識は帝国の軍などで活用する為に与えられたものですが、私は…できれば市井の人達の為に使いたかった。その為、私は、私の後援者と対立することになってジェレゾを出ることになってしまったのです。ティアラはそんな私に…ついてきてくれました。ご両親の反対を押し切って…」
 ともはじっと目の前の青年を見ていた。彼の心づもりというか覚悟のほどというか、一時の気まぐれでないかを確認したかったのだ。
 本気だったとしても、地位的に、政治的に、家柄的にどれほど難しいかわかってるのか。
 そして出した結論は
「解っている」
 であった。
「でも、私はティアラがくれた勇気をもう失いたくないと思います。彼女と共に、自分の信じ、願う道を行きたいと思うのです」
 その上で彼はどんなに困難でも恋人と、一緒に生きて行く道を選びたいと思ったのだろう。
「私も家出した事あるし、あんまり人の事をとやかく言えないのかも…」
 微笑みながらもフェルルは真剣な目でティアラを見る。
「けど私は家に戻って、きちんとお父さんお母さんに理解してもらって、改めて開拓者として出てきた。ティアラさんはもう戻らないの?」
「戻れるわけないでしょ! お父様の事、貴方達だって知ってる筈よ!」
「確かにお父さんと家の都合から、理解してもらうのに難しい所があるのは確かだと思う。好きな人と添い遂げられない事は不幸だから、逃げ出す決断をするしかなかった、っていうのもわかる。
 …けど大切な人を捨ててきて、更に辺境伯の言葉に単に甘える姿勢で暮らしたら、きっとこれからの苦労に耐えられないんじゃ?」
「そんなことないわ! 一人じゃ無いもの。彼となら、どんな苦労も平気なの!」
 迷いなく答えるティアラに
「ティアラさん」
「何よ!」
 フェンリエッタは静かに問う。
「ティアラさんは今、幸せ?」
「幸せよ! これ以上ないくらい!!」
 返事は即答で返った。
「なら、その素敵な気持ちを大切にね」
 フェンリエッタは柔らかく微笑みを返す。
 ティアラは目を見開いた。
「帰れとは…言わないの?」
「さっき、フェルルも言っていたでしょう? 私達の依頼人は辺境伯ですから。
 …でもただ逃れるだけではいつまでも心が不自由だわ。辺境伯は「受け入れる用意がある」と仰ってる。その意味をよく考えて」
 和奏も頷き、明るい笑顔で告げる。
「恋とか愛というものは周囲が反対すればいっそう燃え上がるモノらしいですね…。というか、本人たちが納得しているのなら周囲がどうこう嘴を挟むコトではない気もします。どんな結果になっても、自分が選んだ結果なら思い出とか経験は貴重です。あまり無粋な真似はしたくありません。馬に蹴られますからね」
「私達は貴方の幸せを確かめに来ただけ。ですよ。それほど愛せる方と出会えて…良かったですね。ティアラさん」
 双伍はそっと微笑み、フェルルもまた笑顔を向ける。
「もう変な事は聞きません。末永くお幸せに、ですよ♪」
「開拓者…ありがとう…」
 笑顔に包み込まれたティアラは流れ落ちる涙を止めることができない。
「なあ、あんた」
 その光景を黙って見つめるイヴァンの手をクロウは引いた。
「あんた、もしかして彼女に追い目、感じちゃいないか? 全てにおいて恵まれていたのを、自分の為に捨てさせてしまったって…」
 そして囁くように口にする。イヴァンの顔には図星を突かれたと、はっきり書いてあった。
 やっぱり。
 肩を竦めたクロウは思いっきりイヴァンの肩を叩く。
「そんな負い目感じたままじゃ、相手も自分も幸せにはできないぜ。腹くくりな。あんたは一人の女性の生き方を変えちまう程、凄い男だって事さ。自信持ちなよ」
 渾身の力を込めた激励。そして
『彼女を…守ってあげて。強気に見えるけど、本当は寂しがりな女の子なんですから』
 主の気持ちを代弁するように手を握る人妖の少女の言葉に
「はい。必ず」
 彼ははっきりと答えたのであった。

●時と人と…
 リーガ城の使用人部屋。
「だから、彼女は本当は寂しかっただけなんです。それを解ってあげて下さい。では、失礼しました」
 一礼して出て来た流陰に
「貴方は行かなくてよろしいのですか?」
 そう声をかけた者がいる。
「辺境伯…」
 依頼人の登場に流陰は…はい、と静かに答えた。
「構いません。代わりは差し向けていますし」
「彼女は貴方に行って欲しかったようですが?」
「見ておられたのですか?」
 優しく流陰を見つめる瞳に彼はそっと顔を背けた。

『どうして行かないの? 皆で姫のお祝いパーティしてあげようっていうのに』
「師匠の言葉の実践」
『…それって確か「陰になれ」? 「陰から見守る」とかそういうこと? それで意味あってるの?』
「分からないよ、僕だってこれで合ってるのか自信ないんだ」
『本当は直接会って話したいくせに…』
「いいから行って来い」

「時や恋は人を育て、成長させるものなのでしょうか…」
「…時が与えてくれるのは良いものばかりではないかもしれませんが…」
 流陰は噛みしめるように答えた。
「それでも…人は自分が正しいと信じ、できることを自分の場所でするしかないのでしょうね。結果はその後に着いてくると信じて…」
 辺境伯に一礼して彼は自分のやるべき事をする為に戻って行くのであった。

 オーシニィは後に、グレイスに開拓者の依頼の成功とティアラ姫の現状について報告した。
「それで、イヴァン氏は誠実な人物であるのですね?」
「はい。下町でも慕われているようでした。ティアラ姫も本当に嘘のように可愛らしくなっていて…下町の人気者で…開拓者の皆さんが結婚式をと言ったら大勢が祝福に来て…」

 …心に咲いた花をご覧
 小さな幸せが鈴なりに輝いて
 二人の道を照らすでしょう〜♪

 フェンリエッタと銀姫の歌声が小さな部屋に響く。
「今日のお祝いはささやかながら、私たちからプレゼントです」
 フェルルが作った美しいハートが描かれた純白のケーキとフェンリエッタが貸したウェディングベール、そして花だけの質素な式であったが歌と笑顔に溢れた良い宴であった。
「フェンリエッタさん。…実は僕は彼女の事を南部辺境の毒だ。毒姫だ…と陰口を叩いたことがあります」
 フェンリエッタと並んでティアラを見ていたオーシニィは告白をする。
「そう…」
 静かにオーシニィを見た彼女はそっと微笑む。
「今の彼女達を確り見て感じた事を、自分の言葉で辺境伯に伝えてあげて」

 フェンリエッタはオーシニィにそう告げ、そして彼は見たまま、思ったままを辺境伯に伝えたのだった。
「彼女は恋人と一緒にいるのが幸せだと思います」
「なら、私がいう事はありませんね。当面は様子を見ましょう。私からも愛し合う二人に祝いをしてあげられると良いのですが…」
 グレイスはそっと横を見た。
 テーブルの上にはフェンリエッタから贈られた藤色のジャム。
「…叔父上」
 真剣な声のオーシニィに、だが彼は振り返らない。
「なんですか?」
「叔父上は本当に気付いていないのですか?」
 どこか責める様な口調の甥がいる。
「そのジャムを渡す時、彼女は笑顔でしたけど…泣きそうな顔をしていました。叔父上は!」
「私には」
 グレイスは静かに答えた。
「誠実な思い。…私には…本当はそんなものを受ける資格は無いのですよ」
「叔父上!」
「下がりなさい」
 まだ何か言いたげな甥を下がらせてグレイスは目を閉じた。
 オーシニィや城の使用人がかつてティアラの事を毒姫だ、台風だと言っていたことは知っている。
 グレイスとてティアラの事を毒と称したことがあるのだ。
 だが…毒もまた医者の手によって時として人を救う薬になるように、人は愛と、取り巻く人と、何より自分自身の思いで変わって行くことができるのだ。
 毒を薬に、笑顔に変えたティアラのように…。
「まあ、そうは解っていても簡単にはいかないのが人の心というものですが…。好きな人に好きと素直に言える姫が羨ましいですね」
 そう呟いてグレイスは、静かにジャムの瓶を見つめるのだった。

「流陰さん」
 双伍が瑠々那を連れてリーガ城に戻ってきたのはパーティの日の夕方のこと。
「はい。これティアラさんから預かりものです」
 彼は白い包みを流陰の手に乗せる。甘い香りが鼻を擽った。
「これは?」
「彼女の手作りクッキーです。まあ、美味しかったですよ。形はともかく」
『ボクも貰ったの。これはりゅうくんの分』
「どうして…? 瑠々那!」
 瑠々那の髪に結ばれていた髪紐に気付いたのだろう。
『だってやっぱり気づかれないのは可哀そうだと思ったんだもん。彼女、ちゃんと覚えてたよ』
 双伍は頷き片目を閉じる。
「今度はちゃんと会いに来て、最後まで責任を取ってだそうですよ」
「まったく…あの人は」
 流陰はそういう嬉しそうに笑うのだった。

 そうして彼らは新たな町で新たな道を歩き始めた。
 幸せへの道を。
 二人で手を取り合って…。