【朱雀】手の中にある力
マスター名:夢村円
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや難
参加人数: 11人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/06/13 11:14



■オープニング本文

【これは朱雀寮三年生用シナリオです】

 後の世に【神代】の戦いと呼ばれるであろう五行の歴史に残る大戦は、国と人に大きな傷を残しながらもひとまずは大アヤカシ生成姫の消滅という人間の勝利で幕を閉じた。
「この戦いで失われたものは少なからずあります。しかし、そこから生まれてくるものがあること。
 そこから始まることがあると信じて、生き残った者達は先に進まなければならないのです」
 朱雀寮長、各務紫郎は集まった朱雀寮三年生達に厳しく、強い視線でそう告げる。
 この戦いである意味、一番、悩み、苦しんだのは彼らであろうことは解っている。
 だが、いつまでも立ち止まっていてはいられない。
 人は生きている限り、前に進むしかないのである。
「さて、例年であるなら三年生の皆さんは卒業試験を行っている頃です。しかし、今年に関しては前に伝えたように授業過程は全て後ろ倒します。卒業は当面延期。
 ですが卒業試験が行われない訳ではありません。
 故にこれから全ての時間は卒業に向けての準備期間と思って下さい。卒業試験と卒業研究の発表に向けて自分自身や研究を見直し、纏めることに取り組んで貰います。勿論、授業過程を行いながら、ですが」
 そう言って紫郎は寮生達の前に一枚の紙を貼りだす。
 それは地図だった。しかも寮生達の良く知っている…。
「この地形に見覚えはありますね? そう、今回の戦乱の舞台となった五行北東です。皆さんには今回、この地に赴き、現状調査とアヤカシ退治を行って貰います。
 主に調査対象となるのは天鬼の里、与治ノ山城、本景の里、そして白立鳥の森のあたりです。この地域が、戦乱が終った今、どうなっているのかを皆さんの目で確かめて下さい。範囲が広いので効果的な調査が必要です」
「調査とアヤカシ退治、ということは出会ったアヤカシは可能な限り退治せよ、ということですね?」
 寮生の質問にそうです、と寮長は頷き答えた。
「どのようなアヤカシが残っているか、森や、土地や人にどのような影響を与えているか…その点を調べた上でできる限りアヤカシを退治して来て下さい。特に本景の里はまだ人が戻るには難しいでしょうが、点鬼の里には避難していた人達が戻ってきています。彼らや各地の人々の生活の助けとなるようにアヤカシは可能な限り倒してくるのが望ましいですね。それからもう一つ…」
 寮長は服の隠しからあるモノを取り出した。
 それは不思議な色合いを放つ手のひらサイズの宝珠であった。
「寮長…それは?」
「これは瘴封宝珠です。話に聞いていても間近で見たり触れたりするのは初めての筈ですね。
 ああ、人形や符の作成の時に使ったものとはまた別。これはまだ空っぽ。これから瘴気をこの中に封じる為のものです。今回はこの宝珠を皆さんに一人、一つずつ貸し出します。宝珠の中にいろいろな瘴気を封じて来て下さい。それが今回の『課題』です
「いろいろな…瘴気を封じる? 瘴気ってそんなに違いがあるんですか?」
 疑問符を浮かべる寮生に寮長は答える。
「厳密に言うと違うのですが、とっても大雑把に解りやすく言えば水のようなものだと思って下さい。
 塩分を含んだ水も、浄化された水も、泥が混じった水も全部水には変わりありません。土地ごとに水の味が違う様に、瘴気も魔の森ごとに微妙に違います。アヤカシごとには…そう大きな違いがあるわけでもありませんが、まあそれでも差はあります。なので、できるだけいろいろな場所で、いろいろなアヤカシを倒して、瘴気をこの宝珠に封じて来て下さい」
 つまり、さっきの寮長の例えを借りるなら色々な土地で水を汲んでくること、ということなのだろう。
 各地の水質の違いなどを肌で感じながら。
 アヤカシ退治については「課題」ではないということか…。
「今回の課題の注意点はできるだけ、いろいろな場所で、いろいろなアヤカシを倒して瘴気を封じてくることです。同じ場所や同じアヤカシの瘴気があまり多い場合には減点となります。
 それからこの宝珠はとても貴重なものです。破損、紛失した場合には先の場合と比較にならないくらい大きな減点になりますのでそのつもりで。一人、一つ、責任を持って使用し、必ず持ち帰って下さい」
 寮長はそう言って後、寮生達一人一人に、宝珠を渡すと最後に宝珠に瘴気を閉じ込める呪文を教えて、部屋を出て行った。
「壷封術と似たものですが、多分入る量はそんなに多くないのでしょうね」
 そう言って彼らは手の中の宝珠を見つめた。
 見かけは普通の宝珠と変わりないが、不思議な程重く感じる。
 普段、当たり前のように使っている瘴気とこれは向かい合う実習なのだろう。
 寮長は言った。
 これからの授業は全てが卒業に向けての課題だと。
 
 陰陽寮での三年間の終わりももう間近い。
 一つ一つの課題に、今までと違う覚悟で臨まなければならないのだと彼らは宝珠を握り締め、思うのだった。


■参加者一覧
俳沢折々(ia0401
18歳・女・陰
青嵐(ia0508
20歳・男・陰
玉櫛・静音(ia0872
20歳・女・陰
喪越(ia1670
33歳・男・陰
瀬崎 静乃(ia4468
15歳・女・陰
平野 譲治(ia5226
15歳・男・陰
劫光(ia9510
22歳・男・陰
尾花 紫乃(ia9951
17歳・女・巫
アッピン(ib0840
20歳・女・陰
真名(ib1222
17歳・女・陰
尾花 朔(ib1268
19歳・男・陰


■リプレイ本文

●希望の宝珠
 それは、手にして見れば思っていたよりも小さなものであった。
 掌に収まるくらいの小さな宝珠。瘴気を集め捕える特別な品。
「瘴封宝珠…っ! そんなものがあるなりねっ!」
 自分の手の中にある見た事の無い力を寮生達は緊張の面持ちで見つめるのだった。

 再開された陰陽寮の授業。
「授業を行うのは久方ぶりになりますね」
「ホント。ひさしぶり…いろいろあったからね…」
 玉櫛・静音(ia0872)の言葉に噛みしめるように真名(ib1222)は頷いた。
「真名さん…」
 躊躇いがちに呼ばれた名。その名を呼んだ親友泉宮 紫乃(ia9951)に振り返り
「大丈夫よ。紫乃。心配かけてちゃったのならゴメン。…うん。物思いにひたってる場合じゃないわね!」
 真名は明るく笑い返す。
「お弁当、作って来たのよ。後で一緒に食べましょう!」
 ポンと優しく叩かれた肩と贈られた笑顔に
「…はい。楽しみにしています」
 紫乃もまた精一杯の笑顔で答えたのだった。
「少しは立ち直って来たか?」
 調査の確認をしていた劫光(ia9510)が少女達の笑い声にふと振り返り、安堵の声を上げる。
 紫乃の側に控える人妖桜。それに瀬崎 静乃(ia4468)や相棒白房。アッピン(ib0840)も加わって実に楽しげだ。
「生成姫との合戦のお陰で研究をする時間がすっ飛んじゃいましたけど、何とかできるといいですね〜。さて頑張っていきましょ〜」
 そんな声も聞こえる。
「ええ…大丈夫ですよ。紫乃さんは強い方ですから。それに一人ではありませんし」
 眩しそうに少女達を見つめ、尾花朔(ib1268)は微笑む。
 完全に乗り越えるにはもう少し時間がかかるだろうが、朔は彼女なら今回の悲しみも苦しみも、必ず乗り越えられると信じていた。
「それで、今回なのですが二つぐらいの班に分けて行うほうがいいのかな、と思ってます。五行北東を左右、もしくは上下でわけ、二班でさらに場所をわけて、日数をかけて詳しく調べていく、というのはどうでしょうか?」
「うん、今回はアヤカシを全滅させる必要もないしね。人数を分けて、向かう場所を増やすのは必要だと思う。でもさ…」
 朔の提案に頷きながら俳沢折々(ia0401)は懐の隠しから布に包まれたものを取りだす。
 瘴封宝珠。
 今回の授業の最重要アイテムだ。
「今回の課題、単にアヤカシを倒して瘴気を封じるだけなら簡単なんだけど……瘴封宝珠を破損させたりなくしたりしたらアウト、ってのが意外と難しいかな。
 生成姫の配下が未だ残っているとしたら、奇襲夜襲搦手が得意なのが多いだろうし。先手を取られて、そのまま混乱してガシャーン! なんてのは避けたいところ」
「壊すな、とあれだけ念を押されたことから考えるに、意外に壊れやすいのかもしれませんからね」
「そんな貴重品、俺に預けていいんかねぇ? 真っ先にお値段の事を考えたんだけど…おっとっとと!」
 お手玉のように手の中で宝珠を玩んでいた喪越(ia1670)が宝珠を取り落すような仕草をする。
「危ないなり!!」
 思わず平野 譲治(ia5226)が声を上げ、仲間達も一瞬目を見開く。
 宝珠が地面に落下する! 
 ということは勿論無いが、肝が冷えた。
「冗談は止めて下さい。壊したら弁償ではすまないのですからね!」
「うわっち! 解ってる。解ってますって!」
 青嵐(ia0508)の容赦のないツッコミに手を上げる喪越。
「ただ、なんとなくだがこいつ、そんなに脆いような感じはしないぜ。宝珠だし。結構な強度はあるんじゃねえの?」
「じゃあ、試してみますか? あなたの宝珠で」
「…ごめんなさい。許して下さい」
 そんな光景を笑い声と共に見つめながら
「でも冗談抜きに、丈夫かも知れなくても破損厳禁。取り扱いには注意が必要ですから、人数をあんまり分けるのも危険ですね」
「そうだな。とりあえずは点鬼の里を拠点にさせてもらって、そこから二手に別れる。班分けはどんなアヤカシを狙いたいかによって決める、でいいだろうな」
「とりあえず、希望を言っていこうか。それから連れて行く相棒も確認して、移動手段も確保してね。私は山頭火を連れて行くから歩きかな」
「龍で行く連中と便乗でもいいんじゃないか? どっちかなら乗せてってやるぞ」
「おいらの強でもいいなりよ!」
(まだ許したわけじゃない。…ったく)
 唸り声をあげる譲治の相棒はまるで肩を竦めたように見えた。
「じゃあ、お世話になろうかな。私は譲治くんに乗せて貰って…」
「了解! なのだ。そういえば、折々とこうやって一緒に行くのは初めてなりかね? いつも色々とありがとなりねっ♪」
 寮生達はそうして分担を決め、まずは点鬼の里をめざすことにした。
「ああ、その前にこれ。頼まれていたものです。使うのならどうぞ」
 青嵐が朔を呼び止め小さな木箱を差し出す。
「ありがとうございます。ああ、丁度いい大きさですね」
 丈夫に作られた小箱を開けて宝珠を入れると朔は周囲に生えている詰草を緩衝材に入れた。
「良ければ他の方もどうぞ。宝珠はここからはしっかり自分で管理した方が良い。責任を持って」
「瘴気を集める珠。……ふむぅ。瘴気を研究する上じゃ欠かせねぇ技術だな。
 アヤカシの生命源となる瘴気。現状、その多くは人間の血肉から生成しているみてぇだが、その代替品を作る事ができりゃ、少なくとも穏健派のアヤカシを黙らせる材料になる。和平への足掛かりも夢じゃねぇかもな。そう言う意味からしても希望の珠ちゃんかもしれねえ」
「だから、取り扱いに注意しなさいと言ってるのに!」
 お手玉のように玩ぶ喪越はさておき、ある者は大切に布で包み懐にしまい、ある者は箱に入れて龍に括り付け、宝珠をしまう。
 そして
「さ、いくわよ! クリムゾン!」
 預けられた宝珠と共に彼らは課題へと飛び立ち、走り出すのであった。

●復興の為の課題
 戦乱の地となった五行北東。
 その中で、点鬼の里は数少ない復興の始まった場所。
 人々が戻ってきている場所であった。
 その一角に陰陽寮生達の飛行朋友が着地する。
「おとうさん!」
「心配かけたな!」
 村の子供の一人が龍から降りて来た男性の元に駆け寄り抱きついた。
「心配したんだよ。お父さんが一人で森の方へ言ったって聞いて」
「すまないな。どうしても急に薬草が必要だったんだ…皆さん、本当にありがとうございました」
「いいえ、ご無事で良かったです。今後お気を付け下さいね」
 鷲獅鳥、真心の背を撫でながら静音が微笑む。この里に来る途中の上空で怪狼に襲われるこの人物を見つけ、全員で助け出したのだ。
(本当は、アヤカシではないかと疑ったのですが…)
 幸い彼は間違いなく人間であった。彼の事情と身元を確認して寮生達はこの村に送り届けたのだ。
「うちの薬師を助けて下さり感謝します」
「気になさらないで下さい。ただ、できればこれからこの近辺の調査などを行いますので我々がここを拠点とすることをお許しいただければ…」
「勿論です。空き家もまだありますので、ご自由にお使い下さい」
 静音が村の長などと話している間、
「ほら、見て、色が変わってる…」
 折々は自分の瘴封宝珠を仲間達の前に指示した。
「ホントなりね。さっきまで透明だったのに…。折々が入れたのはさっきの怪狼なりよね?」
「うん。みんなで倒した時に入れてみたんだ。私は特にどんなアヤカシってこだわりなかったから」
 さっきの様子を思い出す。いつもなら倒した途端散って、消えていく瘴気が渦を巻いてこの中に吸い込まれていた…。
「色だけか? 変わったのは? 重さとかは?」
「特に変わっていないと思う。瘴気の気配も感じないし…呪文を唱えたら後は宝珠が勝手にやってくれる感じかな。そう言う訳だから、みんな、気楽に行こうよ? ね?」
 折々が明るく笑って片目を閉じる。早速アヤカシが現れて少し緊張していた寮生達の力具合もいい感じに抜けた。
「村の方が場所を提供して下さるそうです。荷物を置いたらさっそく向かいましょう」
「夜には一度戻って状況確認を」
「解りました」
 そうして彼らの実習が始まる。

 主に彼らは二手に別れることにした。
 本景の里と与治の山城方面に、だ。
 到着して寮生達はとりあえずであるが本景の里が現在人の手に戻っている事。生成姫の軍の一部が近辺に残っており、白立鳥の森の方から時々攻撃を仕掛けてくることを知る。
「里の中に露骨に現れるのは夜くらいですけど、まだ周囲にはアヤカシが多くて…火を放たれたこともあって本景の里の復興には時間がかかりそうです」
 里の周辺を警備する五行の護衛兵は寮生達にそう語った。
 つまり里に主に現れるのは夜であるということ。
「それじゃあ、白立鳥の森の方に行ってみましょうか〜。やわらぎさん、頼みますよ〜」
 アッピンはそういうと駿龍に跨った。
「桜ちゃんもこちらへどうぞ〜」
 本景の里方面に来たのは偶然だが少女達ばかりである。
 気心も知れている。
「とりあえず、白立鳥の森で敵を探索。退治。その後、本景の里で夜に襲ってくるというアヤカシを退治しましょう〜」
「それが…いいですね」
 頷きあって彼らは相棒と共に空に飛んだ。
「あの村…、ちょっと驚いた…」
「何が、です?」
 静乃の呟きを耳にしたのだろう。静音が問い返した。
「本景の里…瘴気、だけじゃなく、精霊力も…ちゃんと流れてた」
 真なる水晶の瞳で見た瘴気と精霊力の流れ。アヤカシに荒らされた村ではあったが瘴気に汚染されているわけではないようだ。
「アヤカシが…いなくなって…人が戻れば…きっと復興できる」
「そうですね…。その為にも頑張りましょう」
「ん…」
 優しく微笑する静音に頷きかけた静乃は
「静音!!」
 声を上げた。気が付けば目の前にふわふわと群れ飛ぶ白羽根玉の群れ。
 その後ろには彼らを指揮するかのように唸り声を上げる鵺がいる。
「とりあえず、森へ!!」
 寮生達は急降下。白立鳥の森へと降りる。
 逃亡の中
「白房!」「やわらぎさん! あの鵺の背後へ!!」
 飯綱雷撃、火輪と敵への牽制攻撃も忘れない。アッピンにいたっては黄泉より這い出る者で鵺に留めさえも狙っていた。流石に鵺は強敵で、一撃では落ちてくれなかったけど、周囲の白羽根玉は数を減らしている。
「真名さん! あれを!!」
 紫乃が森の多くを指差した。
 彼女らの突入に気付いたのだろう。アヤカシ達が集まってくる。
 浮目玉や屍人など、強敵と言えるものでこそないが、それなりの数だ。屍人も…いる。
「けっこう凄いわね…頑張ればここで全員、目的の瘴気を封じられるかも」
「でも、その前に敵を倒さないと…」
「そうね」
 紫乃の言葉に頷いた真名は自分の持っていた宝珠を取り出すと紫乃に手渡す。
「…真名さん」
「後ろは、任せたわ。私たちが元気でやってこそ、報われるってそう思うから…から元気でもいいじゃない、がんばろう。ね?」
「はい!」
「来ます! 真心! バイトアタック!」
「行くわよ!」
 少女達の戦闘が始まった。

●前に進む為の戦い
 かつての主戦場であった与治ノ山城。
 まだ、周囲の木々や草地には激しい戦いの跡が今も残っている。
 そして、その跡を上書きするように激しいアヤカシとの戦いが始まっていた。
「アルミナ! 劫光の援護を! ただしエレガントに!」
『この場で相変わらずの無茶ぶりでありますな!』
 言いながらもアルミナは劫光の背後を狙っていた人面鳥を氷裂で切り裂く。
「すまない!」
「申し訳ありませんが、それ以上の援護はできません。こちらにおそらく影足がいるのです。複数かもしれない。見つけ、倒すまでもう少し、持ちこたえて下さい!」
 劫光は言いながら目の前の鵺。その放つ雷撃をギリギリのところで躱していた。
「火太名! せっかく青嵐が地上に落してくれたんだ。空に逃がすなよ!!」
 主の命に従う様に炎龍はその翼を広げ、急降下とラッシュフライトを駆使して鵺の翼と素早さと言う武器を森の中に封じていた。
 与治ノ山城の上空で出くわした鵺に率いられた人面鳥の群れ。
 その統率された動きに対処すべく、青嵐が鋼線を鵺に絡め、劫光の炎龍の加速度を利用してなんとか地上に落したのだ。
 上空の人面鳥の大半を残った朔に任せることになってしまったが、鵺を倒さないことには援護にも行けない。
 鋼線を絡められ動きを制限されているというのに鵺の勢いは留まるところを知らない。
 むしろ怒りに力を上げているようだ。
 頭を大きく上げて口から雷撃を放つ!
「ぐあああっ!」
 必中の落雷が劫光を焼く。
「くっ! やはり、強いな。だが…」
 彼は一瞬、地面を見た。奇しくもここはかつての戦場。護大を抱えた鬻姫が倒れ、かつての友と戦った場所。
「…らしくもないな…」
 あの溢れた血に染まった大地は今は幻視でしかない。
「だが…俺達は前に進まなきゃいけないんだ!!」
 劫光は剣を握り締めた。さらに降りかかる呪詛の鳴。だが
「山頭火! 攻撃!!」
「?」
 瞬間、降りかかる筈の呪いの声は、フッと彼の身体から消えていた。
 折々のからくり、山頭火が鵺の頭部に青銅巨魁剣の一撃を入れたのだ。
『ぐおおっ!』
 唸りを上げて鵺が飛びずさる。まだ致命傷にはならない。
「大丈夫なりか! 劫光!!」
「譲治?」
 駆け寄ってきた譲治が劫光に治癒符をかける。
 見れば、折々と譲治。頭上で譲治の龍も朔の援護に入っている。
「ぬわっはっは! もっさん、参上!! どうせくんずほぐれつするんなら、おねーちゃんのアヤカシが良いんだが…、影足って性別あるんかいな」
「手伝ってくれる気があるのなら、軽口は後にして下さい!」
「わあっってるって! まずは敵を見つけねえとな。華取戌! その辺、走り回ってくれ! 敵にぶつかれば上等だ!」
「そこか!」
 喪越と青嵐が戦っているのを確かめて折々は荒い息の劫光を見た。
「地上のアヤカシを確認しながら来たら、戦闘音が聞こえたから。山頭火。目の前の敵の気配、とか感じる?」
『解らない、としか言いようがないな』
「そっか、焦らなくてだいじょうぶ! 劫光君が回復したら、一緒に攻撃して」
 劫光が立ち上がると武器に霊青打を纏わせた。
「もう大丈夫だ。ダメージに混乱している今が、チャンスだろう!」
「了解。私達も援護するから!」
「おいらも行くのだ!」
「アルミナ!」
『解っているのであります!』
「行くぞ!!」
 二人のカラクリと劫光の渾身の攻撃は白狐と雷閃。
 折々と譲治の援護と共に、打消し瘴気へと変えた。
「やった!」
 安堵の空気が広がった一瞬の弛緩。
「危ない!!」
 譲治は折々の前に立ちふさがった。
「譲治君!」
 譲治の肩から血が噴き出す。
 膝をつく譲治の懐から宝珠が転がり落ちる。
「敵?」
 とっさに折々は目の前の敵に向けて白狐を放った。
 何も見えないように見えたそこに白狐は襲いかかる。
「そこか!」
 青嵐の鋼糸が譲治の前の薄い影に巻きついた。
 糸が捕えた見えない敵。それに
「喪越、思いっきり引っ張って下さい」
「あいよっ!」
 青嵐はカウンター気味の爆式拳を打ち込んだ。
「手こずらせてくれましたが、見つけて捕えてしまえばこちらのものです」
『えげつないというか、まさに外道、な戦い方でありますな』
 アルミナは肩を竦めた。
 上空の人面鳥も甲龍強の援護でほぼ消滅したようだ。
 周囲に敵がいなくなったのを確認して彼らは仲間の元に走りよる。
「譲治君、大丈夫?」
「おいらは大丈夫なり。瘴気が消えないうちに、回収した方がいいなりよ」
 譲治は身体を起こし笑いかける。
 彼の無事と言葉に宝珠を発動させる劫光と青嵐。
 喪越は目を閉じて念仏を唱え始める。
「「人間」の唱える「念仏」なんて、アヤカシにとっちゃ嫌がらせにしかならねぇかもしれねぇけどな」
 地上探索の中、喪越は譲治達にそう言っていた。
「……けど、俺はどこまでイっても人間だし、アヤカシにはなれねぇ。だから人間のやり方で弔うしかねぇのさ。たとえ自己満足だとしてもな」
 目の前の影足、そして鵺。アヤカシ達に向けて譲治も祈るように目を伏せる。
「雲の幻想、お前も参加してたなりかね。
 何でもないなりが、おいらはもう見たくないなりし、見せたくないのだ
 せめてこれからの糧となれ」
『大丈夫か?』
 山頭火は譲治が落とした宝珠を拾い上げた。おそらく手渡そうとしたのだろうが…何故か、彼は宝珠を持ったまま動きを止めた。
「どうしたの? 山頭火? それ、譲治君のだよ?」
『…これ…は?』
「何か、感じるなりか?」
『感じる? これが、感じると言う事なのか?』
 首を傾げる譲治や折々に、山頭火は答えなかった。おそらく、答えられなかったのだろう。
 ただ、手の中の瘴封宝珠をじっといつまでも見つめていた。

●未来への手がかり
 牢の中とは思え無いほどの賑やかな音楽が鳴り響く五行国の牢で
「桃音! 桃音はおいらたちがアヤカシを倒してきた、とかアヤカシが側にいる、とか解るなりか?」
 アヤカシと共に育った子に譲治は問う。
「えっ? 気配、くらいなら普通の開拓者よりは解る自信はあるけど、アヤカシを倒してきたとかそんなところまでは解らないわよ」
「そうなり、よね。じゃあ、やっぱりあれは特別なりかね…」
「何の話?」
「何でもないなりよ。折角だから遊ぼうなのだ!」
 譲治は話題を変える。
 数刻前の寮長への報告の事を思い出しながら。

「全員、無事瘴気を封印し、宝珠も壊さず戻ってきましたね。合格です」
 寮長は戻ってきた寮生達を見てまず、そう言ってくれた。
「現在、五行北東には中級アヤカシの姿は少なく、アヤカシ達は徐々に魔の森に向かって撤退しているようだ、ということですか」
「はい。随分と調査したつもりですが鵺以上の中級アヤカシは確認できず、下級アヤカシも合戦の時に比べればかなり数が減っているように感じました」
「それでも、白立鳥の森のあたりは大変だったけどね」
 紫乃と真名が達は顔を見合わせて笑う。
「点鬼の里では子供を含め、たくさんの方達が復興の為に頑張っていました。本景の里も五行兵の方達が焼けた家などを片付けておられて…」
 苦労をそれ以上口に出すことはしないけれど、彼女達は実習の枠を超え村の復興と生活の為に可能な限りのアヤカシを倒してきた。
「村の生活を取り戻す為に気付いたこととか、周辺アヤカシの事とかは報告書に〜」
「…あの村も、まだ…死んでないから…人が戻れるようになれば、きっと…」
 少女達の見つけてきた希望に、寮長は満足げに頷くのだった。
「ご苦労様でした。良い調査報告ですよ」
 アヤカシの退治と調査を行ったのは与治ノ山組も同様である。そして彼らもまたこの実習で彼女らとは違う一つの希望を見つけてきた。
「寮長」
 折々は寮長の机の上に並べられた瘴封宝珠を見ながら一歩前に進み出る。
「何です?」
「瘴封宝珠は貴重なもので簡単には貸し出しできないんですよね」
「そうです。それが何か?」
「実は…」
 と折々は瘴封宝珠に山頭火が触れた時の事を話す。
「からくりは、瘴気とか精霊力、気とか見えないものを感じられないと思われていたけど山頭火は宝珠の瘴気に反応していた。『感じる』可能性はあるんじゃないか、と思ったんです」
「アルミナにも触れさせてみましたが、もやもやするとかとにかく今までにない何かであったようですね」
「私の卒業研究でもあるし、からくりに瘴気や精霊力を感じさせることができたら、いろいろな可能性が、希望が広がると思います。できれば研究の為、また貸して貰えないでしょうか?」
「興味深い報告ですね。私の一存で可とは言えませんが検討しましょう」
「ありがとうございます」
 折々は仲間達と共に頭を下げた。

「希望っていい言葉なりよね」
 譲治は桃音の横顔を見ながら呟く。
 あの絶望の幻影の先にも希望はあった。
 あきらめない限り道はきっと開かれる。

 寮生達はそれを改めて再確認したのであった。