【朱雀】目指す力
マスター名:夢村円
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 5人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/06/05 12:30



■オープニング本文

【これは朱雀寮一年生用のシナリオです】

 五行と陰陽寮を揺るがす戦いを終え、朱雀寮は一応、平常授業の体制に戻った。
 進級と卒業は授業が潰れた分後ろ倒しとなるという。
「符というのは、陰陽師が使用する呪術武器です。
 符そのものを武器として使用することはできませんが、装備して戦うことによって知覚を高め、術の効果を上げることが出来ます。
 現在、符の種類は百種以上あると言われており、陰陽師オリジナルのものも含めればその数はさらに増えます。
 霊符、呪殺符、護法符、陰陽符、守護符、その他。
 名前はいろいろですが、基本的に知覚を高め、術の効果を高めると言う点で大きな差を持ちません。
 符に精霊や神などの力を封じ込めたものもありますが、それらは符を使ったからと言って召喚されるわけでは無く、力の方向性を助けるだけのものです。
 ただ、それぞれの符にはそれぞれに特性があります。
 限界より高く力を得る符は命や、守りを削る必要があります。守りの力を高める符は術の効果が高く上がらず、なんの代償もない符は得る力もそれほど目立って強いわけではありません。防御を高める代わりに練力を大きく削るなど、符の特性を理解し、自分に合った符を選択することが必要です。
 符はあくまで皆さんの手助けをする為のものですから。敵と向かい合うのは自分自身です」
 符の種類とその効果ついての講義を聞きながら一年生達は前回の委員会活動時、寮長が言っていた事を思い出す。
 例年二月から三月は進級試験の為の準備期間となるのが一年生の通例であるらしい。
 そして、その試験とは…
「まもなく進級試験を行いますので今回の課題はその相談となります。
 陰陽寮の進級試験です。勿論、簡単なものではありません。
 自分自身との戦い。準備の必要性と重要性をしっかりと理解して試験に臨んで下さい」
 講義の終わり。
 一年生達はそう告げた朱雀寮長 各務紫郎の言葉に背筋を伸ばした。
 はい! と陰陽寮生の一人が手をあげて問う。
「進級試験って符の作成、でしたか?」
 そうです。と頷いた寮長はさらに続ける。
「朱雀寮生の進級試験の課題。特に一年生のそれは例年実技試験と小論文と決まっています。小論文の内容については試験の時に発表されますので、今は、教えることはできません。
 実技課題は例年のことですが符の作成を行います。そして、今回はそれが皆さんの課題です。
 一年生全員で、自分達が進級試験で作成する符をどんなものにするか決めて下さい」
 例年のこと、と言った通り陰陽寮の上級生は皆、自分達で符を作った経験があるらしい。
 三年生の紅符「図南ノ翼」。二年生の守護符「翼宿」
 陰陽寮の上級生は自分達が作った符を大事にしていると聞く。
「自分達で全部決めるのですか?」
 そうです、ともう一度寮長は頷く。
「符の種類から、外見のイメージ。そして符に描く絵や文字、符の名前まで全て。一年生が自分達で考え、決めます。
 勿論、多少の調整は入りますが基本的には皆さんの考えたイメージが優先です。
 ですから皆さんで作成する符の方向性を決めて下さい」
 そう言って寮長は黒板にいくつかの符の名前を書き記す。
「瘴気と全て同じように思えますが、見る者が見ればその特質は微妙に違います。
 符の作成、呪術武器の作成。式の構成など、それぞれに適した瘴気を使う必要があります。
 自由であるとはいえ皆さんは符の作成が初めて。ですから準備はこちらで整え選んだ符に適した瘴気を後で実習の時、皆さんに与えます。
 なるべく強い符を作りたい気持ちは解りますが、最初です。ある程度作り易いものからにしましょう。
 候補は五つ。
 第一は知覚を高める力は弱いが、物理的な護りの力が高まり、身の動きも機敏になる陰陽符
 第二は知覚を高める力はそれほど高くは無いが、霊的な防御力が上がる護法符。
 第三は特に大きく力を高めるわけでは無いが、僅かずつでも確実な力を与えてくれる術符。
 第四は生命力を削るがかなり知覚と術への抵抗を上げてくれる呪殺符。
 そして最後に生命だけでなく、集中力や、護りの力を削るがかなり飛躍的に知覚と術の力を高める死霊符です」
 名前については必ずしも陰陽符、術符などとする必要は無い。
 ある程度自由だと言った上で寮長は続けた。
「但し、個人で好きな符を作れるわけではありません。皆さんが考えた符を実際に構成する為には準備なども必要になります。
 一学年に一種類。
 故に今回に限っては相談必須です。もし話し合いで纏まらなければそれぞれが一番希望する符を選んでの投票とします。
 自分がどんな陰陽師になりたいか、何をしたいか。そしてその為にどんな力を望むか、必要とするか。
 それを自分自身に再確認し、仲間に伝えて下さい。
 結果、自分の考えを貫くもよし、仲間に譲るもよしです。基本的に私は口を出しません。
 話し合いの過程で得たもの、経たものが皆さんの力になるのですから、後悔だけは無い様に」

 いつものことだが寮長は決して全てを教えてはくれない。
 自分達で考え選び、結果を導き出さなくてはならない。
 それが陰陽寮朱雀の授業である。

 陰陽寮の一年間が間もなく終わろうとしている。
 その先に何が待つのか。
 それを確かめる為にもまず彼らは目の前の課題に向き合うのだった。

 一人だけではなく、仲間達と共に。


■参加者一覧
雲母(ia6295
20歳・女・陰
雅楽川 陽向(ib3352
15歳・女・陰
比良坂 魅緒(ib7222
17歳・女・陰
羅刹 祐里(ib7964
17歳・男・陰
ユイス(ib9655
13歳・男・陰


■リプレイ本文

●戻ってきた授業
 講堂に集まった一年生達。
 自然に円を描いて席に座る。
「なんだか久しぶりな気がするね」
 楽しげに笑ったユイス(ib9655)が仲間を見た。
「ふむ、久し振りの課題じゃな」
 戻ってきた日常にどことなく嬉しそうな比良坂 魅緒(ib7222)。
「授業再開したんやね。うん、良かった」
 雅楽川 陽向(ib3352)も尻尾を振っている。
「やっと、だからな。大事に進めて行かないといけないな」
 羅刹 祐里(ib7964)の噛みしめる様な言葉にユイスはうん、と頷く。
 視線の端に雲母(ia6295)がいる。
 輪の中に入らず、壁に背を預けている彼女。
 小さく息を吐き出して後。
「今回の課題は符の作成。そのデザインだって。さ、どんな符にするのか。決めて行こうか?」
 ユイスは仲間達に告げた。
「符って、作れるもんなんやな?
 店で買うか、くじで引き当てるもんやと思っとったもん。めっちゃ興味あるで♪」
「どんなものでも、誰かが作ってるから店で売ったり買ったりできるんだよね。でも、自分達で自分達のオリジナルの符を作れるって言うのに興味があるのは同感。良い符を作って行きたいよね」
「五種類の中から選べ、ということだったな。どんなものだった?」
「え〜っと、知覚を高める力は弱いが、物理的な護りの力が高まり、身の動きも機敏になる陰陽符。
 知覚を高める力はそれほど高くは無いが、霊的な防御力が上がる護法符
 特に大きく力を高めるわけでは無いが、僅かずつでも確実な力を与えてくれる術符。
 生命力を削るがかなり知覚と術への抵抗を上げてくれる呪殺符。
 そして生命だけでなく、集中力や、護りの力を削るがかなり飛躍的に知覚と術の力を高める死霊符。この五つだね」
 開拓者達が通常、手に入れられる符も殆どがこの五種を基本にしている。
 これをベースにしてそれぞれに符の個性をつけていく、ということだろう。
「少しは実践的とは思ったが、型にはまった奴か。こんなところで3年もか…」
「雲母君?」
 雲母の呟きを耳にしたユイスが声をかけるが、構うなというように彼女は手を振る。
 再び息が零れるがそれを振り払って後のユイスは何も言わなかった。
「時間も無いことだ。まず、自分の目指す力を全員提示しないか。
 割れるのは、仕方ないがこれで恨みっこ無しには出来るだろう。そこから、絞れることが出来てイメージをまとめられたら良いんだがな」
 腕組みをしていた祐里が顔を上げて言う。うんとユイスは頷いた。
「そうだね。まずは意見を出して、そこから積めていこう」
 こうして一年生達の話し合いが始まったのだった。

●目指す力
「まず我の考えを述べておく
 我は呪殺符を希望する。理由は、先の合戦で力の無さを実感し、アヤカシを討ち滅ぼす力を欲したいが為だ」
 真剣な顔で祐里は告げた。
 先の戦乱では中級アヤカシと何度も戦う機会があったが一対一ではどれも絶対に叶う事が無い相手であった。
 …あの時、もし力があったらできることがもっとあったのではないだろうか、という思いは消えない。
「気持ちは解るよ。というか僕の考えも祐里君に近い」
 ユイスは同意しつつも
「でもボクは死霊符を推すよ。
 陰陽師の剣となり、盾となるのは、やっぱり術力だからね。何かあった時、それに対抗する力があるにこした事はないと思う。
 なら、中途半端にするよりは突き詰めたいよ。力が必要になった時に後悔する事の無いように」
 彼は静かにそう告げた。
「う〜ん、うちは陰陽符と術符で、悩むところや。
 あんまり、短所は作りたくないねん。いくら知覚が高こうても、倒れたら、術使うこともできんで。自分の身を守りつつ敵を倒す。命と引き換えになんてのは最後の手段や」
「まあ、それはそうなんだが…」
 返事を探すように俯く祐里。
「でもね」
 彼に代わって答えたのはユイスだった。
「陰陽師にとって術の力こそが剣であり、楯だと思う。加えて、陰陽術そのものが、天敵であるアヤカシと源を同じくする力、瘴気を基礎としている以上、自らを削ってでも目的を果たす。そんな力なんじゃないかなって思うんだよ」
 普段、どちらかというと優しげな印象のユイスが珍しく、厳しい顔で強い言葉を発している。
 寮生達は互いの顔を見つめ直して後、ユイスを見た。
「こればボクの中では基本的な事だと思うし、こと、ここ朱雀寮に集まる人の中にこれをわかって無い人はいないと思う。けど、わかっているからこそ、当たり前だからこそ、疎かになってしまう事もあるのでは無いかとボクは思う。
 そんな時に、初心に帰って考える事の出来る符であると良いと思う。忌まわしき力とわかっていて尚行使している…それを忘れたら、ボクらはアヤカシと何が違うのか? ってそう思うから」
 噛みしめるように言うとユイスは笑った。いつもの笑顔で。
「それを持ち、使いこなす目標として、高いレベルを設定する意味合いも込めて死霊符を推すよ。勿論、皆の意見を聞いてから、だけどね」
 その様子を見て、クスッと陽向は笑った。
「まあ呪殺符か死霊符でも、ええよ? 伸るか反るかってところやな。ジルベリアの言葉で「はいりすく・はいりたーん」ちゅうんやって。ハイカラやろ」
 尻尾を振りながら彼女は片目を閉じる。
「言うとくけど、短所が陰陽師スキルで代用効かんかは、考えてみたんやで? その上で納得できれば自分の希望以外の符でも、ええちゅうのが結論や。
 スキルには限界と制約がある。それでも、陰陽術にこだわったんは、うちが陰陽師やからや。陰陽術は、沢山の人の笑顔を作れるねん。なにより、茶屋のみたらし団子が食べられんようになるんは、悲しいで。
 その為に力が欲しいちゅうんなら手に入れんとな」
「妾も死霊符を押そう。実戦で使えそうな符というだけなら他にもある。
 じゃが我らは陰陽師。ただ敵を倒せればよいという訳ではない。
 力を磨き、己を磨き、理の力を高めること。それには基本ともいえる知覚を高める事を優先させるのが正しいのではないかと考えた。故に死霊符。皆の意見に異論なく従おう」
「祐里君は?」
 ユイスが覗き込む様にして問う。その真っ直ぐな目に
「ったく、覚悟が足りなかったのは我の方だったか」
 祐里は自嘲するように笑って顔を上げた。
「それなら我は支える方向を考えるか。皆の意見が纏まっているし、雲母に異論がなければ死霊符で構わない。基本だとか、技を磨くとか言っているが。これを選んだ以上は…制御してやる…、支配するぐらい強い気持ちを持て。
 生きることを勝ち取るためにアヤカシを、たたり殺すほどのイメージを込めるつもりだ。死を扱うわけだからな」
「勿論。そのつもりだよ。陰陽師という道を選んだ時からね…」
 目に宿る意思にユイスは頷いた。そして仲間達の方を見る。
「雲母君はどう? もし異論がない様なら死霊符に決めて名前やイメージを決めたいと思うんだけど」
「下らん」
「えっ?」
 その時、周囲の空気が凍りつく様に冷えた。
 吐き捨てるように言った雲母の言葉にそれまで和気あいあいとしていた一年生達の場が一気に凍りついたのだった。

●道具の名前
 凍結した場から一番早く動いたのはユイスであった。
「それは、どういう意味かな? 死霊符じゃない方がいいってこと?」
「別に。死霊符で構わん。デザインだ、名前だと凝ろうというのは下らんと言ってる。符にいくら絵を描こうが、凝った嗜好にしようが武器としての優位点は全くない、最低限で十分だ」
「ん〜、そういうもんやろか?」
「寮長がやれというのだから、意味はあると思うが?」
「まあ、元々道具に名前なんて無いからな…ただ、焼き物にも、どんな土にするか、形は、どんな上薬にするか、その用途によって違うし、全く色や形も変わってくる。それと同じで術者で有る以上術を磨くことの一つだと思うが」
「符など最低限その符としての効果が発揮できればそれで十分。死霊符と決まったのならさっさと作ればいい。作成が課題ならそれで合格だ」
「まあ、必須ではないね。でも好みとして決めた方が愛着もわくと思うんだけど」
 ユイスは柔らかく言うがその言葉と差し伸べられた手を雲母は払いのける。
「だから、そういう愛着とかがムダだと言っている。後はお前達で勝手にやればいい。決まったのなら私はもっと他にやるべきことがある」
「雲母!」「雲母はん!」
 そう言うと雲母は一人で部屋を出て言ってしまった。
「…雲母はん…」
 しっぽをへにょりと垂らした陽向の頭を魅緒はそっと撫でる。
 やれやれと肩を竦めるユイスになあ、と祐里は言った。
「符って絵や名前が付いていた方がそうでないものより強いよな」
「まあ、全般的にそうだね。理由は解らないけど」
「もしかしたら、瘴気をとどめるために必要なのかも知れないな、特に強い業を閉じ込める為に」
「後は符に対して方向性をしっかりと与える為に必要なのかもね。作者の思いに道具も答えてくれるかもしれないし」
 課題として与えられた以上はきっと意味がある筈。
「彼女はああ言ったけど、やっぱり良く考えてみようよ。僕達が作る符、なんだからね」
 ユイスの言葉に一年生達はそれぞれに顔を見合わせ頷いたのだった。

●足りない力
「雲母さん」
 相談の場から出て来た雲母を紫郎が呼び止めた。
「貴方に一度、お話しておかなければならないことがあります。少し来て頂けますか?」
「…なんだ?」
 紫郎は無言で彼女の前を立って歩き、近くの教室へとやってきた。
 中には紙と、筆と宝珠がある。
「雲母さん。そこに符の作成に必要な道具があります。それを使って符を作ってみて下さい。なんでもかまいませんよ」
 雲母は筆と紙を手に取った。
「自分で符を作りたかったのでしょう。どうぞ、やってみてください」
「押し付けがましいのは伝わるのかね、まったく」
 言われるまでも無い、と雲母は思った。
 符の作り方については知っているつもりであった。
 先の委員会活動の時、図書室でだいぶ調べたからだ。
 白い符に文字を書き、瘴封宝珠から瘴気を取り出し符に込める。それで、符ができる筈。
 だが…彼女にはできなかった。
 どこに、どの文字を書き、どうすれば死霊符になるのか。瘴気をどの程度の量を込めればいいのか。そもそも宝珠からどうやって瘴気を解放すればいいのか。
 いざ、やってみようとすると解らないのだ。まったく。
 本には肝心な事が書かれていなかった。
「解りましたか?」
 真剣に討論する同級生をもどかしく思っていた。手間がかかるのは面倒だと思った。
 だが…それ以前に自分にはできないのだと。
 知識と能力が不足しているのだと、改めて問われ彼女は思い知る…。
「貴方は入寮試験の時に言いましたね。
 知らなければ知ればいい。経験が無いなら経験すればいい。それだけで十分な理由だと。
 そう。今の貴方は知らないことがあり、経験が足りないと言う事を理解して下さい。
 自分ができると思えば何でもできる訳ではありません。
 戦って勝つためには身体を鍛え、術を磨かなければならない。
 それと同様に符の作成や道具作りも含め、陰陽術をより高め、学ぶためには知らなくてはならない事があるのです。
 貴方はここに知る為に来た筈。でも、私には今の貴方が自分を過信し知る為の努力をしていないのではと感じられます」
 動かない雲母の目の前で寮長は筆を取り、複雑な手順で文字を書き入れた。
 そして宝珠から瘴気を解放する。
 瘴気は符の周りで渦を巻き、符に吸い込まれるように入って固定された。
 白紙の符が目の前で術符となる。
「できますか?」
 字を書く順番、符を構成する為に必要な手順、瘴気を取り出す方法と符に固定する方法。その全てにノウハウがあるのが「解る」
 目の前で見ても自分に同じ事がすぐできるのかと言われれば…。雲母は手を握り締めた。
「力を求める気持ちは結構。向上心を否定するつもりもありません。
 でも優れた能力を持つ鷹であろうと、身体を作り、心を養い、飛び方を学ばない雛のうちに巣から飛び立てば落ちてケモノの餌食になるだけです。
 陰陽寮はその為の場所。身体を作り、知識を蓄え、心を作りいずれ高い空に飛び立つ為の学び舎なのです。実績も、種族も年齢も関係なくここでは皆、等しく一寮生であり雛。その過程に無駄な事は入れていないつもりです。
 …貴方には優れた能力があります。努力家でもある。
 しかしそれでも、今の貴方には知らないことがあり、足りないものがあり、出来ない事があるのだと言う事をまず理解して下さい。
 目に見える成果が表れず、もどかしいのかもしれませんが、陰陽術は先人が長い間築き上げてきた技術の積み重ね。学び、生かして行く為には正しい知識と経験、そして精神の獲得が不可欠と私は考えます。
 …でないと悲劇を繰り返すことになる」
 一瞬目を伏せた彼は顔を上げ雲母をまっすぐ見据えた。
「強制はしません。ですができるなら仲間と力を合わせ授業に前向きに取り組んで欲しいと心から願っています」
 そう言うと紫郎は雲母を部屋に残し、廊下に出る。
 講堂では、まだ一年生達が相談を続けているだろう。
「…全員で合格して欲しいから言うのですが…ね」
 教師にできるのはここまで。
 祈るように、願う様に呟いて彼はその場を後にした。

 それから暫くの後、一年生四人が結果報告に寮長の元を訪れる。
「符は死霊符。知覚強化型ということでいいのですね?」
「はい。大事なのは強い力を持っても振り回されない、より強い意志。それを忘れない為に…と思うので。ただ…」
「名前とデザインが決まらなかった、ですか?」
「はい、力が足りずすみません」
 頭を下げるユイスを庇う様に仲間達が声を上げる。
「皆でいろいろ意見は出し合ったんよ。ただ…決め手が無くって」
「「猫鳴」、「死龍啼」、業炎符「紅蓮ノ蝶」。「丹書」が陽向の案で「蜉蝣」「胡蝶」のように儚いイメージをっていうのがユイスの案だったよな」
「妾は名前の案まで出せなかった故…」
「なので、できれば後でもう一度皆で話し合いたいのですが…」
 小さく笑って紫郎は頷く。
「構いません。次回の委員会か、授業までに名前とイメージを確定させて下さい。名前を付けると言うのはその事に対して責任を持つと言う事でもありますから、よく考えて決めるといいでしょう。
 過程としては合格とします。今後、さらに精進して下さい」
「「「「ありがとうございます!」」」」
 四人は嬉しそうに頭を下げると、寮長の部屋を辞した。
 廊下に出るとまた賑やかで楽しげな笑い声が聞こえる。
「陰陽師は闇に踏み込む者。だからこそ、その闇に呑まれない為にも自分が掲げる以外の光が必要なのだと…気付いてくれるといいのですが」
 一瞬だけ寂しげに微笑して、彼は仕事に戻った。
 聞こえる幸せの声。
 いつか…あの中にもう一つの声が加わってくれることを願いながら。