【神代】春の帰還【南部】
マスター名:夢村円
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや易
参加人数: 7人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/05/04 19:32



■オープニング本文

「母を迎えに行って貰えませんか?」
 南部辺境伯 グレイス・ミハウ・グレフスカスは開拓者ギルドに自らやってきて依頼を出した。
 グレイスの母、サフィーラはと言えば志体を持たない元女性騎士。
 人々の役に立ちたいと戦乱を終えたばかりの五行国、点鬼の里で救護活動の支援をしている筈である。
「首魁である生成姫が討伐され、戦いにも一つの区切りがつくと聞き、そろそろ戻ってきてほしいと手紙を書きました。そしたらこのような返事が返ってきたのです」
 そう言って差し出された手紙は飾り気のない文字で
『今、点鬼の里に避難していた人達が戻りつつあります。彼らの生活の区切りがつき次第帰ります』
 と書かれてあった。
「確認したところ、母の言う通り戦乱の区切りがついたということで避難していた人達が点鬼の里に戻ってきてるようなのです。本景の里はまだアヤカシが残っている可能性も高いですが、点鬼の里は元々開拓者のベースキャンプでアヤカシの手に落ちたこともないので復興は早い様子。とはいえ、周辺の森のアヤカシ退治とか荒れた村の修理とかやるべきことはたくさんあるでしょう。それらが完全に終わるまでと言ったらいつまでかかるか解りません。
 加え、母の事です。やるべきことが終ってもどこかにまたふらふらと行ってしまう可能性があります。
 冬と違って春、夏となればいかに引退したとはいえ、領主の婦人にはやるべきことがいろいろあるのです。母にはそろそろ領地に戻って貰わねばなりません」
 ああ、と係員は頷く。
 つまりは首に縄を付けて引っ張って来ないと戻らない。
 そして、その縄は開拓者でないとおそらくすぐに切れてしまうだろう。ということか。
「母や点鬼の里の人々の手伝いをして、なるべく早く彼らの生活が安定するように手伝って下さい。そして、母をジルベリアまで連れ戻って欲しいのです。よろしくお願いします」
 彼女は話の分からない人物ではないから、納得すれば素直に戻ってくるだろう。
 しかし、逆に言えば納得しなければ戻ってこない。
 納得できるように場を作るのも仕事のうちということだ。
「まあ、復興作業の手伝いも仕事のうちに入ってるからの報酬だな。よろしく頼むな」
 係員がそう言って笑った机の上にはジルベリアの早咲きの桜の枝が優しく揺れ、春を告げていた。


■参加者一覧
フェルル=グライフ(ia4572
19歳・女・騎
フェンリエッタ(ib0018
18歳・女・シ
門・銀姫(ib0465
16歳・女・吟
アルマ・ムリフェイン(ib3629
17歳・男・吟
クロウ・カルガギラ(ib6817
19歳・男・砂
国無(ic0472
35歳・男・砲
庵治 秀影(ic0738
27歳・男・サ


■リプレイ本文

●再会
 ここが戦場であった頃は雪も降っていた。
 五行北東。
 時折吹く風は冷たくもあるが、それでもあの時に比べれば、確かな空気の温かみと春を感じると空を行く開拓者は思っていた。
「ジルベリアの、南部辺境を思い出しますね…」
 その上空を飛ぶ二羽の鷲獅鳥。
 肩を並べて飛ぶフェルル=グライフ(ia4572)の呟きは風に紛れたが、フェンリエッタ(ib0018)もそれに近しいことを考えていた。
 かつてジルベリアでも大きな内乱があった。
 戦で焼かれた街を人々が再建するのにどれほどの時をかけ苦労したかを彼女らは知っている。
「あ、あれは村に戻る方達かしら」
 フェルルが下を指す。街道を歩いていく人々が見える。女、子供が多い。
 大きな荷物を抱えている人も、それを護衛しているような霊騎や迅鷹。龍もいる
「そうかもしれませんね。アルもあそこにいるのかも」
 街道の向こう。
 彼らの視線の彼方に、点鬼の里が見える。
「里の方達にとってはこれからが本当の戦いですよね。この地の皆さんも冬を越え春を迎えられるよう、元気にお手伝いに参りますよっ!」
「行きましょう。アウグスタ!」
「フィー!」
 頷きあった二人とその相棒は空を滑るように飛んで行った。

 村に到着。
 その瞬間、歓声が上がった。
 村の外からも、中からも。
 人々が村に到着するとほぼ同時、先に村に戻っていた家族や知人が嬉しそうに出迎えに出て来たのだ。
「戦が終わって里の復興か。定住者にとって、住んでた所に帰れるってのは嬉しいもんなんだろうな」
 クロウ・カルガギラ(ib6817)は霊騎ユィルディルンから降りて溢れる人々の笑顔を眩しげに見つめる。
 ここに来る途中で偶然戻る者達と出会い、護衛を頼まれたがこの笑顔は思いもかけない報酬となった。
「あら、奥様は久しぶり、かしら」
 出迎えの人々。
「ありがと。あの時は命拾いしたわ」
 その人ごみの中に一人の女性を見つけて国無(ic0472)は本当に嬉しそうに微笑む。
「貴方は…。怪我が治って元気になったのね。良かったわ」
「おかげさまで、ね。今日は村と村の人に恩返しに来たの。働くわよ〜!」
「恩返し?」
 軽くウインクをする国無と
「サフィーラさん! お久しぶり!」
「あら? 貴方も?」
 親しげに手を振るアルマ・ムリフェイン(ib3629)を見てその女性が目的の女性だと気付いたのだろう。
「はじめまして。えーと、よろしくお願いします。…お姉さん」
 クロウは言葉を選び、探してお辞儀をした。
「お姉さん、なんて言って貰えるとお世辞でも嬉しいわね。ありがとう! 貴方もステキよ」
「わっ!」
 ぽん、と、肩を叩かれてクロウは思わずよろける。
 女性とは思えないくらいの強い力だ。
「パワフルな方だな。噂以上の若々しさ。辺境伯のお母上ならどう見積もっても50歳以上の筈だけど…まあ、いいか」
 少し気圧されたが、ああいう人は嫌いでは無い。
「俺もできるかぎりの手助けをするぜ!」
 クロウは手にぐっと力を込めた。
「お初にお目にかかります〜♪ ご領主殿のお母上〜♪ 門・銀姫(ib0465)と申します〜♪ お目にかかれて光栄です〜♪ 我々にできることでしたらなんなりと〜」
「ご領主? さっき彼も言ってたけど貴方達…」
 歌う様な口調の銀姫の言葉に首を傾げていた彼女、サフィーラは、やがて空を見上げてああ、と頷いた。
 旋回してきた鷲獅鳥が村の外れに降りフェルルとフェンリエッタ。二人が走ってくる。
「お久しぶりです。サフィーラさん。私達もお手伝いに来ました♪ 里の状況を教えて下さい」
「貴方達。また来てくれたのね」
 二人を笑顔で出迎えてすぐ、サフィーラは軽く頬を膨らませ、腕を手の前で組んだ。
 彼女の事だ、誰が自分達を何の為に差し向けたかはもう解っているのだろう。
「あの子ったら。まったくもう…ちゃんと帰ると言っているのに。忙しいでしょうにごめんなさいね」
 そう、今回の依頼はサフィーラをジルベリアに連れ戻ること。
 その為に点鬼の里の復興作業を手伝う事。
 もはや顔見知りとなった開拓者達は、サフィーラの言葉にいいえ、と異口同音、首を振る。
「私達が来たくて来たんです」
「今回の戦いは僕達にとっても他人事じゃなかったしね」
「前回のようにこの後に戦場に行く事もありません。心行くまでご一緒させてもらいます♪」
 春の日差しの様に暖かい開拓者達の言葉に、サフィーラはふんわり微笑んだ。
「…ありがとう。本当は人手が足りなくて困っていたのよ。助かるわ」
「村の再建、か。まぁ、大事な事だよなぁ。そんじゃ、とっとと取りかかるか!」
 腕まくりをした庵治 秀影(ic0738)の言葉が合図となって、
「じゃあ、こっちに来て。大変でしょうけどお願いね」
「はい!」
 開拓者達の依頼を叶える為の仕事が始まったのだった。

●復旧と復興
「あ、アル。皆さん。お帰りなさい。森はどうでした?」
 畑仕事をしていたフェンリエッタが作業の手を止めて顔を上げた。
 同じように作業をしていた女性達は材木や獲物を運ぶ男性達を出迎える。
 笑い声にも似た明るい声に、微笑んで
「ただいま。フェン。うん、だいぶ、落ち着いてきたみたいだよ」
 アルマはそう答えたのであった。

 開拓者達が最初に頼まれ、取り組んだのは森のアヤカシ退治であった。
「まず、最初は皆で森に行きませんか?」
 フェルルは仲間達にそう提案した。
 点鬼の里は真横に巨大な白立鳥の森がある。
 ここで物資補給が出来れば復興もスムーズに進むと思うのだが、戦乱の時、主戦場になったこともある地。
 まだ残党が多く潜伏している可能性があるので下手に手を付けるのは危険であると思われた。
 その代り、と言ってはなんだが白立鳥の森とは反対側、与治ノ山城の麓の森は殆どが退却。今、残っているのは逸れた妖鬼兵や屍人が僅かにと妖狼など獣系のアヤカシが少しであるという。
「雑魚か…」
「まあ、雑魚とはいえ普通の人達が相手にするのは危険だ。やっぱりここは俺達が行った方がいいだろうな」
 クロウも頷いた。
「最初の一回だけでも周辺の敵を全員で確認、退治。その後安全が確認できたら、次は木材切り出し等で動く里の人と一緒に護衛として、なんてどうです?」
「確かに。フェルルちゃんが言ったみたいに、まず皆か…都合があれば何人かかたまって、周りを確かめられると安全性も増しそうだね」
「おぅ、俺も連れてって貰えるかぃ。なぁに、邪魔はしねぇよ」
「ふふっ。ありがと、秀影ちゃん。頼りにしてる!」
「勿論、ボクもご一緒するよ〜♪ 速やかに撲滅と周囲の憂いを無くすんだよ〜♪」
 話は直ぐに決まった。
「ただ、流石に村を空にするわけにはいかないでしょ。アタシは護衛を兼ねて残るわ。見た所、ここに残っている中で戦えそうなのは五行国の一般兵と、後は奥様くらいなものだしね」
「解りました。では、さっそく始めましょう」
 そうして国無を護衛に残し、彼らは森に出たのだった。
「銀姫〜♪ 周囲の警戒を頼んだよ〜♪」
 同じ名前を持つ迅鷹に銀姫はそう告げると空に放つ。
 程なく迅鷹は高く、嘶くように声を上げた。
「何か〜、いるみたいだね〜♪」
「皆! 妖鬼兵だ!」
 霊騎で周囲を捜索していたクロウはそう声を上げると同時にシャムシールを抜いて掲げた。
「ユィルディルン! スピードを落とさず近付くんだ!」
「後ろの方に小鬼とかもいるみたいだ。数が結構多い、気を付けて!!」
 瘴索結界「念」で敵を把握していたアルマの指示は正確で開拓者達は先手を取ることができた。
 木々の間を素早く駆け回る霊騎を巧みに操りながらクロウはすれ違いざま妖鬼兵に切りつけて行く。
「妖鬼兵は三匹…後ろの小鬼の数がちっと多いな。囲まれんなよ!」
 後ろに向けて声を上げた秀影の言葉に頷いてフェルルとフェンリエッタも互いの背中をカバーしあいながら迫ってくる敵を倒していく。
「おっと!」
 電撃を放った妖鬼兵の攻撃が秀影の肩を掠る。チッと舌を打った。
「…やるじゃねえか!」
「秀影、みんな〜後ろに下がって〜♪」
 銀姫の声と琵琶の音が開拓者に与えた警告を、開拓者達は逃さず、とっさに鬼達から間を開けた。
 同時に妖鬼兵を中心とした敵のど真ん中。
 重力の爆音が響き渡る。
『グアアアッ!!』
 抑えつけられるような重力の重みに鬼達の動きが止まる。
「悪かぁねぇな。俺らが相手じゃなけりゃぁな!」
 成敗! 一気に間合いを詰めた秀影の刀が妖鬼兵の一体の首を一気に跳ねた。
 その横の一体もフェルルの魔祓剣が切り倒す。
 状況不利と見たのか最後の一体が
『ギャアア!』
 奇声をあげて逃げ出そうとする。その先には村が…
「逃がすわけにはいかないわ! 精霊よ!」
 フェンリエッタが高く掲げた剣から雷が迸り背中を見せた妖鬼兵を貫く。
『グギャアアア!』
 上げられた悲鳴がまるで撤退の合図であるかのように小鬼達は逃げ出していく。
「追いましょう。ここで逃がしたらまた襲ってくるかもしれません」
「でも…」
 フェルルは一度だけ心配そうに振り向いた。
 微かに感じる別のアヤカシの気配が村に迫っている。
 あれは、妖狼ではないだろうか?
 国無とサフィーラは…?
 と、その時、パンパン、と乾いた音が聞こえた。
「今のは…銃声?」
「サフィーラさん? 国無さん?」
 心配そうなフェルルとフェンリエッタの前に霊騎に跨ったままのクロウが飛び出した。
「俺が援護に向かう! 大丈夫だ」
「僕も戻るよ。二人とも。そっちは、任せた!」
 信頼の籠ったアルマの眼差しにフェルルの逡巡は一瞬である。
「解りました。お願いします!」
「行くよ! カフチェ! 護衛お願い!」
 そうして彼らは同じ志を持って、正反対に走り出したのだった。

「最初の時が一番大変だったけどね。後はその都度見つけたら倒してるし、数も減ってるからね。あと少し…かな?」
 アルマが振り返り森を見つめ呟いた。
 あれから数日。
 村の人が木材調達などで外に行くときには開拓者が護衛として側に付きアヤカシ退治をしている。
「おぅ、ここいらのアヤカシは倒したから安心して働きなぁ。ん、木を切るのか? ちょっと貸してみな?」
 秀影などは伐採の手伝いもしている。
「ん〜? こいつぁ頭の悪りぃやり方だったな……仕方ねぇ、ちゃんとやるか、やれやれ。おい! 高弦丸! このロープを引っ張ってくれ」
 地断撃を使い、相棒にも手伝わせて。
「あぁん? ふふっ、そんな嫌そうな顔すんなって。こいつも世の為、人の為ってやつさ。ん?俺だって働いてるぜ、ほら豆が出来てらぁ。くくっ、今は休憩って奴だよ。うぉっ、危ねぇなっ、分かった分かったよ。ったく人使いの荒い相棒さんだぜぇ」
 服を引っ張る甲龍、相棒と真剣にそんな言い争いをする秀影の姿は微笑ましい程である。
「でも〜、アヤカシの件さえ、何とかなれば〜、この村は多分大丈夫ですからね〜♪」
 銀姫が歌う様に告げた言葉にアルマもフェンリエッタも頷く。
 この村の人達は逞しかった。
「水源の確認や村の鼠退治をしたいんだけど、手伝ってくれる人はいないかな?」
 クロウの呼びかけに我も我もと手を上げただけではない。
 壊れた家の修理、物資の調達に分配整理、がれきの撤去に畑仕事。
 彼等は開拓者が声をかけるまでもなく、積極的に仕事に取り組んでいた。
「里を復興させる一番の力は、そこに住む里の人自身の力。彼等のやる気さえあれば、どんな状態からだろうと立ち直る事が出来る。その手助けこそが、俺達のすべき事だろう」
 というのはクロウの言葉であるが、彼らのやる気は十分で、むしろ開拓者達が元気を貰う程である。
「ねえ、一区切り付いたら、さ。簡単な宴会というか慰労会でもやらない? 村の人達を励ます意味で」
「あら? それは良い考えね」
 アルマの背後からかけられた声に、三人は振り返った。そこには楽しげに笑う国無がいた。
「奥様とお茶でもできればと思っていたの。実現できたら嬉しいわね」
「国無さん」
「あ、それならフェルルちゃんにも言っておくよ。会用にお菓子とか調達して貰おうか。ボクのも勿論提供するし」
 スヴァンフヴィードと共にフェルルは買い出しと街道の確認に行っている。
 ついでの買い物を拒みはしないだろう。
「あら、楽しみね。…そうそう。フェンリエッタ。ゴミの片付けが終ったの。畑の土おこし手伝っていいかしら?」
「早いですね。向こうの方は終わったので、こちら側から向こうへお願いできますか?」
「ふふ、力仕事はアタシとこの子に任せて。こう見えて、結構力はあるわよ?」
 霊騎名無シの背中を撫で叩きながら国無は笑う。
「復旧ではなく、復興でありたいわね。せっかくですもの」
 自分達がいて、人々にやる気があるのだ。
 元に戻すだけではなく、もっと良く…。
「ええ。そう思います。その為にも頑張りましょう!」
 フェンリエッタの言葉に開拓者達は頷いた。
「あと少ししたら、お茶にしましょ。アタシはもう一仕事したら行くから」
「畑仕事の手は足りてる? ボクは…木材の加工作業手伝って来ようかな?」
「おっと〜。アルマ♪ 相談が〜♪ 向こうの親子の子供がね〜。お昼寝できないでいるんだってさ〜♪ 怖い夢を見るらしいから、一緒に歌を歌いにいかないかい〜♪」
「勿論。今行くよ。それじゃあ、慰労会を楽しみに頑張るとしよう」
 それぞれに笑顔を絶やさず働く開拓者達をサフィーラは優しい微笑みで見守るのであった。

●夜の空に想うこと
 それからさらに数日をかけて村の復旧と復興はその場に有る全員の手で進められた。
 家々の屋根が新しく葺き替えられ、破損個所は修復された。
 戦乱の最中踏み固められた畑は柔らかく漉き解され、麦やトウモロコシや大根や青菜の種が蒔かれた。
 田んぼにも水が貼られ緑の稲の苗が顔を覗かせる。
 そして街道と森の安全がひとまず確認され、他所に避難していた村人の最後の一団が帰還したのを確認し、開拓者達は村の復興がひとまず終ったと判断した。
 折しも満開の桜が風に踊り、桜吹雪となっている。その美しい光景を見ながら
「サフィーラさん。どうですか?」
 問うフェルルの言葉にサフィーラは村を優しげな眼差しで見つめると
「そうね…。もう大丈夫ね」
 静かに頷いたのだった。
 開拓者達の帰還を惜しみ、残念がる者は勿論多い。
 だが、同時にいつまでも開拓者に頼ってはいられないことも彼らは理解していた。
 最終日の夕方、村人は帰還の準備をする開拓者達を広場へと案内したのだった。
 そこには大きな篝火が焚かれ、村人のほぼ全てが集まっている。
 周囲には村人達が用意した精一杯の料理が並んでいる。
「今まで、ありがとうございました」
「少しですが、宴を用意しましたので楽しんで行って下さい」
「おやおや。先を越されちゃったね?」
 アルマが仲間達と顔を見合わせて心底嬉しそうに肩を竦めて見せた。
 そして
「開拓者の皆様への感謝をこめて!」
 高く掲げられた杯と共に宴が始まったのだった。
「これも皆で食べて!」
 アルマやフェルル達が提供した料理も供され、暖かい桜湯や酒も振舞われる。
 銀姫の奏でる弾き語りは人々の心に英気を養い、アルマの楽しげな葦笛の音色は人々の心を躍らせる。
 時折、フェンリエッタの演奏も場に花を添えた。
 さらにフェルルの舞が披露された後には満場の喝さいが起こり、人々は手をとりあって踊り始めた。
「お兄ちゃん! いっしょにおどろう?」
 人気者となったクロウも子供達に手を引かれ、いつの間にか広がった踊りの輪の中に入って行く。
 老いも若きも楽しげに踊るその光景を見ながら
「どうだい? 一献?」
 秀影は手に持っていた急須をサフィーラに差し出した。中はお酒ではなく村人から貰った桜茶だ。
「ありがとう」
 注がれた茶を飲みながら楽しそうな村人や開拓者に目を細めるサフィーラになあ、と秀影は囁きかける。
「ここでの仕事は終わりさぁ、俺達も、あんたもなぁ。後は帰りを待ってる人の元に帰るだけじゃねぇかぃ?」
「そうね」
 サフィーラは頷いた。
「別に帰りたくない訳ではないのよ。ただ、少し寂しかったの。息子も、孫も手を離れた。夫と二人の生活は嫌いではないけど、この手で誰かの役に立ちたかったのよ…」
「フフフ。そういう奥様の気持ち、嫌いじゃないわよ。貴方のおかげで助けられた命も少なからずある。…アタシを含めてね」
 国無からも受けた杯のお茶は柔らかな桜の香りでサフィーラを包む。
「あ、花吹雪!」
 白い桜の花びらが雪のように舞う。
「本当に…綺麗ね」
 空を見上げたサフィーラは微かに目元をぬぐった。
 助けられた命もあるが、助けられなかった命もある。
 だが、今、目の前の人々には笑顔が溢れている。前を向いて歩き始めている。
「一緒に帰りましょう。春はもうジルベリアにも。南部の桜も呼んでますよ♪」
 気が付けば周囲には開拓者達が集まっていた。フェンリエッタが笑って手を握る。
「奥様」
 侍女の言葉に頷いてサフィーラは前を、開拓者達の方を向く。
「帰ります。送って頂けますか?」
 頷く開拓者達の頭上には降りやまぬ春の雪が音楽に合わせて踊るように舞っていた。

 そして夜更け。
 アルマは一人、唄う。
 星空と、桜吹雪の中、喪われた命に捧げる鎮魂の唄を…。
 その唄を聞いた者がどれくらいいたかは解らない。
 だが、その歌声は戦乱の終わりを告げるように高く、静かに響いたのだった。

●春の帰還
 ジルベリアの春の訪れは決して早くない。
 しかし、南部辺境の春はその中でも一番早くやってくる。
「うわあ〜っ! 綺麗だね〜」
 アルマが声を上げる程、メーメルの春花劇場に植えられた桜の木は丁度満開を迎え白く、美しい花を咲かせていた。
「本当に…綺麗ね」
 友が贈り根付いた南部の桜を「初めて」見上げフェンリエッタは涙ぐんだ。
(季節の巡りは痛みを伴い、光に満ちる春は辛かった。今は素直に嬉しい…こうして心から笑えるのは皆のお陰)
 フェンリエッタは目を閉じた。
『貴方は私に似てるのよ』
 サフィーラの声が耳元に蘇る。
 帰路
「サフィーラさん。なぜ応援して下さるのですか?」
 フェンリエッタはサフィーラに問いかけた。
 自分がグレイスを想う事を応援してくれるようなサフィーラの行動。
 いや、最初に会った時から彼女は自分の事を知っていたようで…。
 その問いに彼女は答えてくれなかったけれど
『蝶は花があるからこそ、高く飛べるの。花は蝶がいるから美しく咲くの。貴方が花であっても蝶であっても構わない。ただ、せっかくの美しいその笑顔を自らで曇らせないで』
 彼女はそう言って笑ってくれた。
「ありがとう」
 フェンリエッタは呟く。
 自分を支えてくれる親友達。そしてグレイスとサフィーラに心からの思いを込めて。
「フェン! ほらほら早く〜。お花見始まっちゃうよ〜!」
 アルが向こうから手招きしている。
 ヒカリノニワの一角には毛氈が敷かれ料理が並ぶ。
「へえ。これはジルベリアのお菓子? 俺達の故郷のとはやっぱり違うな」
「こうしてのんびりお茶ができるのは嬉しいわね。茶飲み話はどんなのがいいかしら?」
「美しい桜の下で歌う歌〜♪ 美味しいお菓子と人々の笑顔〜♪ 吟遊詩人の喜びここにあり〜だね♪」
「プリニャキとやらも悪くないがもう少し腹にたまるもんがあってもいいな」
「そう思って用意してあります。もう少し待って下さいね」
「ほら、グレイス! いつも仕事ばかりでは疲れてしまうわよ。たまには少し息抜きしなさい」
「いやいや。実はミハエルちゃんはね〜」
「アルマさん! そのことは!」
 溢れる仲間達の笑顔。自分を待っているその喜びの元にフェンリエッタはゆっくりと自分の足で進んでいくのであった。

 やがて点鬼の里の桜は服の色を若葉の緑に変える。
 村の中央に植えられた桜の木と向日葵が、開拓者の代わりに彼らを見守り続けるだろう。
 これから、ずっと…。