【神代】最終決戦【陰陽寮】
マスター名:夢村円
シナリオ形態: イベント
危険 :相棒
難易度: 難しい
参加人数: 46人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/04/25 17:55



■オープニング本文

 生成姫・消滅。

 その情報にある意味人の世よりも大きく揺れたのはアヤカシの世であった。
 五行最大の魔の森の主にして大アヤカシ生成姫。
 彼女がいなくなったことでアヤカシ達の統率は完全に乱れていた。
 そしてその中で人でありながらアヤカシに属する者達がいる。
 生成姫の子供達。
 一番の衝撃を受けたのは勿論彼らであった。
「透兄様! アヤカシ達が言う事を聞いてくれないの!」
「おかあさまが死んだって、嘘でしょ?」
 透を取り囲み問うのは彼より年下の「子供」達。
 戦場での撹乱を命じられて各地から集められた彼らは、戦いで死んだ者もいるのでそれほど多くは無いが、それでもある程度残っていた。
「…おかあさまが、お隠れになったのは事実のようです。開拓者達に討伐されたという報告が事実であると確認しました」
 静かに告げる透の言葉に子供達は
「嘘! おかあさま!!」「どうして! どうしてお隠れになってしまったの?」
「おかあさまは不滅の山神なのに!」「私達は、これからどうしたらいいの!!」
 絶叫にも似た悲鳴をあげ、泣き叫ぶのであった。
 どれほどの時が過ぎただろう。
「貴方達は山を下りなさい」
 泣く声も枯れたように俯く子供達に透は告げた。
「兄様?」
「嫌! 開拓者に仕返しをするの!」「おかあさまの所に行く!」
 そう告げる子供達を透は宥めた。
「今は、と言いました。身を隠し、時を待ちなさい。お役目に動く仲間達を助けるのもいいでしょう。
 おかあさまは山神。いずれお戻りになることもあるかもしれません。その時、皆がいなければ悲しまれます」
「…兄様は?」
「私はやるべきことを片づけてから行きます。息を潜め、人に紛れ、時を待つのですよ」
 子供が言葉に従い、それぞれに山を下りて本当に間もなくの事であった。
『ガキどもを逃がしたのか?』
 音もなく透の前に一体のアヤカシが現れた。
 吸血鬼である。ただし通常のそれとは比較にならないほど強い気配を放つ…。
「逃がした、のではありません。新しい役目が来るまで時を待てと告げ、放っただけです」
 臆することなく透は『彼』を見る。
 その目に怯えの色が無いのを見て『彼』は楽しげに笑った。
『ガキどもを逃がしたのは何より我らから離す為であろう? 姫様がいなくなった今、奴らを生かしておく理由はもう何もないのだからな?』
「おやおや。随分と不死王ともあろう方が頭の悪いことをおっしゃる。人の世に疑いなく有れるアヤカシの仲間の有効性はお判りかと思うのに…」
『まあ、ただの餌よりは楽しめるかもしれんが、そう考えないものもいるということだ。我を含めてな。
 姫様、いや生成が亡くなってアヤカシの世は変わる。誰が次の魔の森の王になるのか。目ぼしい上級アヤカシも皆討ち取られた今、我らとて手をこまねいているわけにはいかぬのだ』
「そのとおりでしょう。だから、お呼び申し上げたのです。お待ちしておりました」
 そう言って透は不死王と呼んだアヤカシに膝を付く。
「おかあさまの遺した護大を人の手から奪い返したく思います。どうかお力をお貸し下さいませ」
『生成の護大…とな?』
 生成姫消失の際、彼女が体内に持っていた護大が地上に残されていることを知性を持つアヤカシ達は勿論知っていた。
 護大と呼ばれる瘴気の塊を体内に持つ者が大アヤカシと呼ばれ他のアヤカシと一線を画す最強の存在になれるのだということも。
「人の手より取り戻せれば、護大は手に入れられた方に委ねます。おかあさまの護大を手に入れれば、皆様もおかあさまのような力を得られるやもしれませぬ。そうでなくてもおかあさまの後継者として大きく名乗りをあげられるのでは?」
『護大は得体がしれぬ。…下手に手を出せば鬻姫の二の舞ということもあるぞ』
「無理強いは致しません。ただ、今はまだ、おかあさまの没した場所にある護大、いずこかに運ばれ封じられては手出しができなくなりましょう。
 今が唯一の機会。上級を超え大アヤカシと呼ばれる存在になれる機会がそう幾度とあるとも思えませんが?」
 下手に出ながらも挑発するような口調の透に、アヤカシはクッと笑って見せた。
『流石は姫様が育てた人に生まれしアヤカシよ…。我らを利用しようとは見上げたものだ。
 …よかろう。
 他の者達にも声をかけ宴といこう。姫様の護大。手に入れたが者が次なる魔の森の支配者とな』
「ありがとうございます」
『ただし、お主も参加せよ。虫共らは、まだお主の笛の音になら従うだろう。我らを煽っておいて逃げるは許さぬぞ』
「無論」
 首を垂れた透の前から、アヤカシは消え失せた。
 一人残った彼は懐からそっとあるものを取り出す。
 袋に朱花と小さな根付の結ばれた笛を彼は、そっと握りしめるのであった。

 罠か、それとも…。
「貴方の元にこれが届いた、というのですね?」
 与治ノ山城を守る朱雀寮長、各務紫郎の質問に、はい、と陰陽集団西家の遣いとしてやってきた西浦三郎は頷いた。
 寮長の手にある手紙は人の使う通信手段によって、西家に届けられた。
 その差出人は『透』
 陰陽寮と西家の裏切り者にして今度の合戦において、ある意味アヤカシよりも開拓者達を苦しめた生成姫の子である。
『某日、某刻。
 生成姫の護大を奪い返しに、アヤカシが参ります。
 その数は数百。
 知性のある中級アヤカシも新たな大アヤカシを目指し護大を狙うとのこと。
 どうぞご注意されませ』
「寮長。…透は…!」
 三郎が伺うように寮長の顔を見た。
 その眼が、心が望むものを紫郎は十二分に理解している。
 だが捕えられた少女と違い、透に関しては例えどんな理由を付けても罪は消えない。
 捕えられた時点で極刑が確定する。
 万が一、逃がせばただでさえ危うい『裏切り者を出した朱雀寮』の存続以上のところに関わる。
 紫郎の首一つで済む話ではない。
 彼は一度だけ目を伏せ、立ち上がった。
「陰陽寮生と、開拓者に連絡を!」

 開拓者と陰陽寮生達は戦場に残された巨大な目。
 生成姫の護大の周囲に集まった。
 アヤカシの大群の襲来が確定している今、一般兵の護衛はかえって危険であるから返してある。
 一時期触れるのも怖いほどの瘴気に満ちていた護大であったが今は、まるで眠っているかのように落ち着いている。
 与治ノ山城のものと、神殿のものと、そしてこの生成姫の護大。
 三つの護大を運搬、封印しなければならないが、ここの護大は最後の輸送と決められている。
 理由は朱雀寮長 各務紫郎からの依頼と一致していた。

『この護大を餌に集まってくるアヤカシを殲滅せよ』

 やがて指定された時間。夕闇に染まる空。
 護大を守るように取り巻く開拓者達の前に合戦時にも勝るとも劣らぬ数のアヤカシが、天から地から押し寄せてくる。
「透…いるのか?」
 そんな三郎の呟きはアヤカシの上げた奇声に掻き消され、消えていく。

 護大に纏わる一つの最終決戦が今、始まろうとしていた。


■参加者一覧
/ 星鈴(ia0087) / 芦屋 璃凛(ia0303) / 薙塚 冬馬(ia0398) / 俳沢折々(ia0401) / 青嵐(ia0508) / 玉櫛・静音(ia0872) / 氷海 威(ia1004) / 胡蝶(ia1199) / 喪越(ia1670) / 八嶋 双伍(ia2195) / 瀬崎 静乃(ia4468) / 平野 譲治(ia5226) / 倉城 紬(ia5229) / 樹咲 未久(ia5571) / 鈴木 透子(ia5664) / 雲母(ia6295) / リューリャ・ドラッケン(ia8037) / 咲人(ia8945) / 劫光(ia9510) / 宿奈 芳純(ia9695) / 尾花 紫乃(ia9951) / ユリア・ソル(ia9996) / フェンリエッタ(ib0018) / アルーシュ・リトナ(ib0119) / ヘスティア・V・D(ib0161) / サラターシャ(ib0373) / アッピン(ib0840) / ネネ(ib0892) / 真名(ib1222) / 尾花 朔(ib1268) / 羊飼い(ib1762) / 杉野 九寿重(ib3226) / 雅楽川 陽向(ib3352) / 寿々丸(ib3788) / シータル・ラートリー(ib4533) / リィムナ・ピサレット(ib5201) / リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386) / ローゼリア(ib5674) / サミラ=マクトゥーム(ib6837) / クラリッサ・ヴェルト(ib7001) / カミール リリス(ib7039) / 比良坂 魅緒(ib7222) / 雨傘 伝質郎(ib7543) / 羅刹 祐里(ib7964) / わがし(ib8020) / ユイス(ib9655


■リプレイ本文

●最後の決戦
 彼女は一生忘れられそうにないと思った。
 寂しげに、愛しげに微笑んだ彼の眼差しを…。

 時は夕刻。
 逢魔が時。
 開拓者が集まった山野の一角に篝火が灯った。
 紅い松明の炎に照らされて不気味で巨大な目玉が浮かび上がる。
「護大…不気味ね。まるで巨大な人型の一部…」
 フェンリエッタ(ib0018)が呟きながら今は静かであるそれを見つめた。
 生成姫の護大。
 五行の闇を長年支配してきた大アヤカシの残滓でもある。
「護大は守り抜くよ! あ、もう少し篝火増やした方がいいよね」
「そうですね〜。影鬼とかが来ない様に光は強めにしておいた方がいいですからね〜。手伝いますよ〜」
「気休めですけど、布で覆って荒縄で固定しておきましょうか〜。いざとなったら〜」
 リィムナ・ピサレット(ib5201)とアッピン(ib0840)が薪を取りに行き羊飼い(ib1762)が微笑みながら作業する。
 そんな様子を横眼に護大を睨むと
「こんなくそ迷惑な物、壊していいならさっさと壊したい所だな」
 煙管を強く噛みしめ雲母(ia6295)は吐き捨てるように言った。
「そんなことは言わないで欲しいわね。これも滅多に見れるものではないよ」
 くすくすと笑いリーゼロッテ・ヴェルト(ib5386)は護大にそっと触れる。
「随分と豪華な餌ね。寄せ餌としてはこれ以上ないでしょうけど。ホント。これにも興味が尽きないんだけど…封印されちゃうのよねぇ…」
「封印とかいうぐらいなら破壊すりゃいいだろう。つかえなきゃ生ゴミだな」
「使えるかどうかはこれからのことよね…でも」
「母さん!」
 自分を呼ぶ娘クラリッサ・ヴェルト(ib7001)の声に応じて歩き去るリーゼロッテの背も見ず雲母は護大を見据えた。
「ふん! なら精々餌として役立ってもらおうか」
 持ち場へと向かう雲母を松明を掲げたユイス(ib9655)は黙って見送り
「間もなく始まる世紀の一戦〜。
 生成姫との決戦を経た開拓者。
 中織り成すは因縁足る陰陽師集団。
 英雄譚には事欠きませんね〜」
 楽しげに、歌う様に告げる声に振り向いた。
「英雄譚…なんてものでは多分ありませんよ?」
 静かなユイスの言葉におや、とわがし(ib8020)は声を上げると頭を下げた。
「これは、失礼をしました、かね」
「失礼でもありません。ただ…」
 ユイスは首を振ると周囲に目をやる。
 周囲にいるのは朱雀寮の仲間ばかりではない。
 だが、今はやはり彼らが目につく。
『松明に炎を絶やさないで!』
 いつにない強い決意と意思をその目に現して周囲に指示をする青嵐(ia0508)。
 向こうでは
「あなたは、一体誰なんですか? 誰って? そこに突っ立ってる木偶人形の事ですよ」
「なんやて!」
「馬鹿ですか? 怒りを、ぶつける相手を見失う何て璃凛さん!」
 悩み落ち込んで内に籠っていた芦屋 璃凛(ia0303)にカミール リリス(ib7039)が辛辣な言葉をぶつけていた。
 空を舞い飛ぶ幾筋もの鳥の影は先輩達の人魂であろう。彼等はアヤカシに紛れた一人の人間を探している。
 友であり、先輩として慕った「アヤカシの子」透。
 涙を堪え、それぞれに思いを抱き、彼らが戦うのは多くの人を救う為だけでは、きっとない。
「この戦いは英雄譚、などではきっとないです。それぞれの思いのぶつかり合い…」
「いいえ」
「?」
 わがしはユイスの視線の先を見て
「おいらと一緒に行こうなのだ。璃凛…」
「ありがとうございます。先輩…力を貸して下さい」
 その顛末に微笑んで…そして首を振る。ポロンと手に持った琵琶が音を立てた。
「人が人を想っての戦い。それこそが英雄譚で無くてなんでしょう? 何より皆様本気で挑んでらっしゃる。私はそれを間近に見せて頂き、全力で援護させて頂くだけですよ」
 吟遊詩人の言葉の意味を全てユイスは解ったとは思っていなかった。
 だが…
「先輩達の思いは伝わってきます。先輩達にその強い思いを費やして貰う様に、力を尽くすのが後輩としての役目ですから」
 護大の前で誓う様に告げる。
 これは終わりと始まりの為の戦い。それだけは解っていた。

「第一陣が来ます! 西方向から主に小鬼と食屍鬼。その数はおよそ100。指揮しているらしい白冷鬼のような姿も見えます」
 偵察に出ていたリリスの言葉に開拓者達の場が震えた。まだここからは逆光で影しか見えないが、それなりの知性がある者が指揮を執っているようだ。
「おやおや。生成姫が居なくなっても元気ですね。居なくなったから元気なのかもしれませんが…まぁ、良いです」
 術符を構え八嶋 双伍(ia2195)が微笑む。俳沢折々(ia0401)も空に放った人魂で周囲を見ながら呟いた。
「護大が狙われてるのはピンチだけど…逆に言えば、生成配下の野心あるアヤカシたちを一網打尽にできるチャンスでもあるかも…」
「それが、あの人形遣いの作り上げた一世一代、最期の舞台、ということなのだろうさ」
 青嵐が人形遣いと称した青年は、彼らに襲撃の日時と数と、一部であるが種類さえも伝えていた。
 その意図は…
「うん。頑張って倒さなきゃね。あ、上空からも来るよ。主に怪鳥と人面鳥がおよそ50。側にいるのは以津真天かな?」
「解った。そろそろ皆に告げて準備を」
「はい」
 伝令に走る雅楽川 陽向(ib3352)とすれ違うように
「咲、いい処に居た。一緒に来い」
「げっ、冬兄貴」
 敵を睨みつけていた咲人(ia8945)はふと背後からかけられた声に振り向き、そこに立つ薙塚 冬馬(ia0398)に驚きの声を上げた。
「おや? 咲君も手伝ってくれるのですか?」
「って、久兄も居るのか」
 にっこりと微笑する樹咲 未久(ia5571)は心底嬉しそうに笑う。
「未久の世話になっている青龍寮は当たり前だが陰陽師ばかりだ。つう訳で前衛が必要になるんだ。咲、手を貸せ」
「仕方ねぇな、兄貴達の頼みだ。俺なんかの槍でいいなら手を貸してやるよ」
 咲人はニヤリと笑って槍を大きく回して一閃、構えた。
「上空のはともかく、地上のはこの方向なら少し減るだろう。足が鈍ったところをこちらが先手を取って行ければな…」
 と、同時
『ぎやああ!!』
 アヤカシの悲鳴らしきものが聞こえた。一つや二つでは無い。
「何かしたんですか?」
 問う羅刹 祐里(ib7964)にああ、と氷海 威(ia1004)は答える。
「敵が来ると思われる方向に地縛霊を敷き詰めてある」
「襲撃される場所、現れる時間まで分かってるのだからね。せいぜい20ヶ所だけど、足元が気になって進軍が鈍るでしょ。さあ、初撃行くわよ!」
 胡蝶(ia1199)の声に
「皆さん…どうかお気をつけて」
 小隊の仲間や前線に向かう者達に倉城 紬(ia5229)が加護結界や神楽舞「瞬」をかけた。
「お! ありがとな」
 笑いかける冬馬。思わず身を固くする紬。彼女は男性が苦手であるようだ。
 そんな光景に咲人は肩を竦め未久は楽しげに笑った。これから始まる戦いへの不安を打ち消す様に。
「樹咲家の義兄弟が3人揃いましたね」
「冬兄貴は樹咲に来る前の元の氏だけどな」
「お前も樹咲を名乗らないだろうが! いいからお邪魔虫は一匹でもでも多く潰すぞ。未久! 初撃任せた。そこを咲! 切り開くぞ」
「「了解!」」
 未久が地縛霊で陣形の崩れた敵に氷龍を放つ。
 それが戦い開始の狼煙となった。
(大掃除の仕込みにしては随分と沢山の手間暇かけたようだな。お膳立てをして貰った以上は、きっちり乗ってやるさ。最後までな!)
 まだ見えない人形遣いに青嵐は空を見上げ、胸の中で呟くと
『この盛大な劇の幕引きをしようか!』
 火炎獣を轟かせた。
 五行北東の最後の合戦が、今始まったのである。

●乱戦の先 
 樹咲兄弟の初撃に続く様にアヤカシの群れに攻撃を放ったのはユリア・ヴァル(ia9996)である。
「緋槍風が相手よ。さあ、かかっていらっしゃい!」
 そう言って手に持った扇からブリザーストームを放つ。
 眼前の屍人は凍りつき動きを止めると、ユリアの蹴りに音を立てて砕け散った。
 だが敵の数はまだまだ減ったとは感じられない。
「ユリアさん! 避けて下さい!」
 ユリアが踊るように飛びのくと、その横を氷の龍が唸りを上げて敵に襲い掛かって行く。
 その勢いと威力は半端なものでは無い。
「大丈夫ですか? 紫乃さん!」
 背後を守る様に銃を構えていた尾花朔(ib1268)は息を切らせる泉宮 紫乃(ia9951)にそう声をかけた。
 血の契約を使って威力を増した氷龍の威力は絶大だが、同時に彼女の生命を奪って行く。
 一緒に同じ術を行使する双伍もまた隷役を使って術を強化しているが、術が術者に与える負担は比較にならない筈だ。
「大丈夫です…。双伍さん。タイミングを合わせて下さい」
 紫乃はキッと顔をあげて敵を睨みつける。
 彼女はこの戦闘の前に友に、仲間に告げていた。
(悩むのも悲しむのも後回しです。今はただ、やるべきことだけを…)
「今は盾よりも剣をとりましょう。後で言い訳できないように…己の罪を実感できるように」
「まったく! らしくないわよ。紫乃」
 真名(ib1222)は彼女の背後に結界呪符「白」を置くとポンと肩を叩く。
「なら、私が貴方の盾になるわ。今は、迷わず全力で戦いましょう!」
「はい!」
 一途に前を向く紫乃の背を朔もまた叩く。
「頑張りましょう、今は」
「朔! 来るぞ!! 上だ!」
「姉さん!」
 ヘスティア・ヴォルフ(ib0161)の声に、朔は瞬時に手に持ったマスケット銃を構え、引き金を引いた。
 前線で戦う開拓者達の頭上を超えて飛行部隊とも呼べるアヤカシ達が中核に迫りつつあったのだ。
 折々が言った通り人面鳥と怪鳥が主だが数が多い。
 加えそれらを指揮するように以津真天が唸りをあげる。
 大きく翼を広げて眼下の開拓者達を見ている…。
「まさか毒風?」
「散るのよ!」
 真名の言葉に開拓者達はバラバラに避けた。だが、躱しきれなかったヘスティアの腕が毒の風を受け焼かれたように赤黒くなる。
「くっっ!」
 唇を噛みしめるヘスティアはそれでも、剣を手から離しはしなかった。
 眼前の敵を双剣で止めを刺す。
「ヘスティア! 下がって治療を。紬!」
「これくらい!」
「まだ先は長いんです。今、倒れられては困りますわ」
 庇うようにユリアがヘスティアの前に立つと後ろに追いやった。
 入れ替わるようにシータル・ラートリー(ib4533)が前に出てきて真空刃を以津真天に向けて放ち気を引く。
 ローゼリア(ib5674)とサミラ=マクトゥーム(ib6837)も前に進み出る。
 前方の敵も、上空の敵もまだ目立って減っていない。
「…解った。ここは頼む」
「お任せあれ!」
 そう言って笑うとローゼリアはピストル「アースィファ」を連撃で以津真天を守る鳥達に向けて打ち放った。
 彼女を援護するように祐里が「流星墜」を打ち放てば何羽もの怪鳥が、人面鳥が落ちてくる。
 さらに背後から雷閃が飛んだ。
「先輩! 璃凛!」
 平野 譲治(ia5226)と璃凛。そして星鈴(ia0087)らが雲母とタイミングを合わせ怪鳥の群れ減らしをしてくれているのだ。
『ぐぎゃあ!』
 怒りに任せた呪声と共に以津真天が地上の開拓者達に向けて飛び込んでくる。
「目を閉じて!」
 サミラの声と銃声が周囲一面を光で純白に染めた。閃光練弾!
 以津真天は他の鳥よりも一瞬早く回復するがそれこそ開拓者が待っていたタイミング。
 フェンリエッタの支援の神楽舞に威力を底上げされた真名と紫乃。そして双伍の氷の龍三体が以津真天の両翼の機能を奪う。
 悲鳴と共に落下する以津真天。その瞬間を見逃さずローゼリアとユリアが翼を奪い取るように攻撃を仕掛ける。
 身動きも取れぬまま玉櫛・静音(ia0872)が作った結界術符に以津真天は激突した。
 空を飛ぶ力は失われたとはいえ、周囲にはまだ毒の風が渦巻いている。
 苦痛と恨みの顔で身を起こし真っ直ぐに飛び込んでくる。その眉間に向けて朔は銃の引き金を引いた。
「姉の仇です!」
「勝手に殺すな! 消えるのは貴様だ!」
 動きを止める以津真天の身体にヘスティアはアチャルバルスの赤い刀身を突き立てた。毒の風に唇を噛むが、刀を握る手から力が失われる事は無い。
『ぎゃああ!!』
 やがて断末魔の悲鳴と共に以津真天は消失した。
 上空の鳥達がまるで蜘蛛の子を散らす様に散って行く。
 半数は上空を飛ぶ駿龍達を追いかけようとしているようだが…
「逃がさないし、させないわよ! さぁ…墜ちなさい!」
 リーゼロッテのメテオストライクの連撃で放たれ、大半が地面に落ちて消える。
「やった!」
「ヘスティアさん! 具合は?」
 仲間達が気遣う様に集まってくるが、大丈夫、と彼女は笑った。
「まだまだこれからだ。行くぜ!」
「これを!」
 祐里が救急箱から取出し、投げた解毒剤を
「ありがとよ!」
 飲み込んでにやりと笑うヘスティアと共に
「解りました。行きましょう!」
 彼等は仲間達の元へ駆け出すのであった。

『武器を持たない開拓者に注意しろ。そいつらは術で全体攻撃を仕掛けて来るぞ。一人につき、必ず複数で当たれ』
 最前線を襲ってきたのは小鬼と屍人鬼の群れ。だが数の多さも去ることながらそれらは驚く程統率された動きで迫ってくる。
「一対一であれば大したことは無い相手であるのですが…数の優位を取られるとなかなか厳しいものがありますね」
 杉野 九寿重(ib3226)は目の前の敵を切り倒して後、さらに前の敵に踏み込むことをせず、側に立つ仲間の元へ戻った。
 背中合わせに敵の様子を窺う九寿重に
「そうね。でも…統率も完全じゃない。足元を気にして連中は文字通り浮足立っているわ。だから…指揮官さえ倒せれば…」
 胡蝶は陰陽杖を握り締めた。地縛霊は効果を発揮している。でもこの混乱の状況は長くは無い筈だ。
 集団の指揮官は、おそらく白冷鬼。だが集団と森に囲まれて姿が見つかりにくい。
 声だけは確かに聞こえて来るのだが…。
「どこ?」
 白冷鬼は格闘戦よりも術や配下を使っての戦闘を得意とする敵だ。
 見つけ出しさえすれば…。
「胡蝶の姐さん! 向こうの樹上でやす!」
 現れた雨傘 伝質郎(ib7543)の声に胡蝶と九寿重、そして側にいたクラリッサが反応する。
 伝質郎の示した方角に向けて宝珠銃を放つクラリッサ。銃は当たらなかったが敵は地面に飛び降りる。
「行け! 眼突鴉!」
 威が敵に向けて式を放つと同時、間合いを詰め胡蝶と九寿重が一気に懐に踏み込んだのだ。
『小癪な!!』
「胡蝶殿! 九寿重殿!」
 別の敵に対していた寿々丸(ib3788)が声を上げた。屍人を蹴り倒し駆け寄る。
 放たれる冷気の刃が二人を切り刻む。その隙に間合いを開ける白冷鬼。だが、彼女達は足を止めない。
「逃がさないわ!
「逃しは…しませぬ!」
「お二方! 背後はお任せを! 寿々とて、陰陽寮の端くれ…何があろうとも、護ってみせまする」
 指揮官の危機に鬼達が集まってくるが、彼女達を護るように寿々丸は敵を見据え氷龍を放った。
「想いのままに、ただただその腕を奮うのです!」
 わがしの奏でる援護の歌。騎士の魂に支えられ二人はもう一度敵の前に飛び込んでいく。
『何を!』
 発動しようとした術。振り上げた手は、だが彼の意思では無い力によって動きを止める。
「今じゃ!」
 呪縛符を発動させた比良坂 魅緒(ib7222)とサラターシャ(ib0373)。
 彼女らが作った隙は一瞬であったが、それで、十分であった。
「消えなさい!」
 0距離からの斬撃符と紅蓮紅葉を宿した渾身の一刀。
 二人の魂を込めた攻撃は白冷鬼の存在、そのものを切り刻み消失させる。
 瞬間、鬼達はその統率を失い散る。
「やりましたね!」
 膝を付く胡蝶に未久とネネ(ib0892)が駆け寄り声をかけた。
 飛行部隊をほぼ倒し終えたチームと、鬼達の殲滅を続けていた仲間達が合流する。
 統率を失った下級鬼などは歴戦の開拓者にとって敵では無い。
「アヤカシだろうが人だろうが、数集まればこそ大きな力になるが。個々人がバラバラになってしまえば、こんなものさ」
 竜哉(ia8037)は抗う鬼の頭を叩き割ると鼻で笑う様に言った。
 ネネは傷だらけの二人に閃癒をかけた。
「でも…まだよ」
 胡蝶は消えていく白冷鬼を見ながら杖を握り直す。
 白冷鬼も手強い敵であったが、透が知らせた野心を持つ中級アヤカシとは違う存在の筈だ。
 その時、二つの音が、彼女達の耳に届いた。
 一つは
「キャアアア!!」
 護大の方からの悲鳴。
 何かが護大に迫っているということ。
 そしてもう一つは
「笛の音?」
「透先輩?」
 護大とは逆方向。
 森の中から聞こえる調べと聞こえる呼子笛。透発見の合図である。
 朱雀寮生達は顔を見合わせる。護大防衛が彼らの任務。
 だが朱雀寮生は最初から少なくない人数が透探索に動いていた。
 その為の人数不足が、僅かに敵に先手を許してしまった理由だろう。
 雑魚を斃し、敵の数は減ったとはいえ、今、護大の側を離れるのは…。
 彼らの逡巡を払い
「行って下さい」
 その背を押したのはネネであった。
「私は透さんの人柄を知りません。ただ、…朱雀の人たちの、声を届ける為に…」
「透殿の事は、お任せしまする。…寿々は、寿々の出来る事を…!」
「真名お姉さま、皆様、先に行かれませ。私達にお任せを」
「生成姫…護大…陰陽寮。この国の事は正直よくわからない、けど私が此処に居る理由は、単純、だね。親友を脅かす存在は全て排除する、真名が選択した道を切り開く為に剣を振るう。今が、その時だ」
「…ローザ、サミラ…みんな」
 涙ぐむ真名の肩にぽんとアルーシュ・リトナ(ib0119)は手を乗せる。
「結末はどうであれ逢いたいのですよね? もう一度それなら…探すお手伝いを致しましょう」
「さあ、早く行け! この場は任せな。其れがどのようなものであれ、見届け受け止めろよ」
 ヘスティアが片目を閉じた。その笑みに背を押されるように朔は頷くと
「行ってくるわ!」
「こっちへ! 向こうの方でげす」
 伝質郎とアルーシュの後を、紫乃と真名の手を引いて既に暗闇と化した森へと走り出す。
「行くで! 早くせえへんと先に行った先輩らが用具委員長倒してしまうかもしれん!」
 陽向の言葉に魅緒にサラターシャ、ユイスや祐里達も走り出す。
「…頑張れよ。ま、決めるのは繋がりがある奴だ。それ以外の邪魔ものはご退場願おうか」
「…透君と朱雀の皆さんも、ちゃんと終われると良いですね」
 竜哉の小さな激励に双伍が同意するように頷いた。
 彼らが闇に向かう背に思いを寄せた時間はほんの僅か。
「さて、行くぞ!」
 冬馬は剣を握り直し、胡蝶に手を差し伸べた未久と咲人と共に朱雀寮生達とは正反対の光とその中に待つ敵の元へ走り出したのだった。

●二つの決戦
「お待ちしていましたよ」
 護大とは反対方向の木の上で彼は笛を吹いていた。
「こっちです」
 導く声と共に現れた朱雀寮生を始めとする開拓者達に透はそう言って、静かに笑いかけた。
「透!」「先輩!」
 劫光(ia9510)や折々の呼び声より先に彼は透子を見た。
「ありがとうございます。皆を連れて来てくれて」
「頼まれたから連れてきたわけでは無いですが」
 鈴木 透子(ia5664)は目を閉じる。さっきの会話を思い出すように。
 
 決戦に先立ち、透子は一つの賭けに出た。
 朱雀寮生達よりも先に、戦い開始より先に、透に会う事は出来ないかと思ったのだ。
 仲間達に何も告げず、危険を承知で伝質郎に頼みアヤカシの側ギリギリで笛を吹かせたのだ。
 透が鬻姫を操っていたあの曲を、だ。
 …そして彼は、現れた。
「やはり貴方達ですか。聡い方ですね」
「貴方は意味を読み取って下さる方だと思いましたから…。どうしてもお聞きしたいことがあったのです。答えて、頂けますか?」
「私に答えられる事でしたら」
 自分が朱雀寮生では無いから現れたのだろう。
 そう思いながら透子は問いかけた。
「おかあさまってどんな方でした?」
 瞬きする透に透子は続ける。
「あたしは親なしなんです。だから…」
「私も、でしたよ」
「え?」
 透子は一瞬下げてしまった目線を上げる。そこにはなんとも言えない目をした透がいた。
 寂しげとも悲しげとも言えない。それら全てが入り混じったような目。
「他の子達はどうか解りませんが、私は最初から親なしでした。盗賊まがいの芸人一座で育てられ、幾人もの人を殺す手伝いをされられていたのです。
 その地獄から救い上げてくれたのがアヤカシ、いえ。おかあさま、でした。人に言わせれば地獄から抜け出て別の地獄に入れられただけだと言われるかもしれませんけれどね。天国のような場所を知ってしまった今だからこそ、思えることですが」
 天国と、愛しげに言った場所がどこであるか透子は知っている。
「私にとって、おかあさまは長くたった一つの光でした。人が思うそれとは違うと思いますが。
 生きる価値がないと思っていた私を特別な子だと、言ってくれた。優しく、暖かく微笑みかけてくれた。抱きしめてくれた。そして守るべき存在。家族を与えてくれた。
 その手と与えてくれたもの為に私は命と身体の全てを捧げると誓ったのです。その誓いは…今も私の生きる理由の半分です」
「…やはり、貴方は仲間を救うために犠牲になるつもりなのですか?
 生成姫の子の長とも言える貴方が処刑されれば確かに残党狩りは早く終わるかもしれませんけど…」
「私は、私の役割を果たさなくてはなりません。ただ、許されない願いも…あります」
 さっきまでとは違う、その決意の目を前に透子は告げた。
「投降して下さい。貴方を待つ朱雀寮の皆さんの為にも」
 返事は即答で帰る。
「それは、できません」
 同時、彼は踵を反した。
「待って下さい」
 透子が追おうとした時、彼は既に笛に口に当てていた。
 伝質郎と透子の前に旋律と共に現れた似餓蜂が壁を作る。
「姐さん。危ない!」
「この戦いは、私の最後の我が儘。それに付き合わされる皆さんには申し訳ないと思っています。だから…全てを結果に委ねます。待っていると、伝えて下さい」
 蜂達を二人が倒し終えた時、そんな言葉だけを残し、透の姿はもうどこにも見えなくなっていた。

「透さんが消えた方向に音と虫を追えば、居場所は簡単に解ります」
 アルーシュや仲間達の人魂の追跡もあった。元より彼は隠れるつもりも無かったのだろうし。
「ようやっと見つけた。先輩!」
「委員長!」
 龍から飛び降りた璃凛と譲治が退路を阻む。背後に着く星鈴。
 こうしてじっくり透の顔を見るのは久しぶりだ、と璃凜は思った。
 先輩や仲間を苛立たせる程に悩んで苦しんだ日々が、この静かな眼差しを見ていると嘘のようだ。
「あん時、雷太と透先輩に一杯喰わされてたんやね。まあ、ええ、過ぎたこと、けど、二つ聞きたい事がある。雷太がうちをどう思っとったか、桃音がどんな奴か聞かせてくれへん?」
「桃音も雷太も良い子です。…ただ、雷太にはあの時、周りを見ている余裕は無かったでしょう。もし、あの子に時間があれば貴方との出会いで、何かが変わっていたかもしれないと感じましたよ」
「その時間を奪ったのは先輩やもんな」
「委員長。おいらも聞かせて欲しいのだ。生成姫、おかあさまは委員長を、桃音を、他の子を愛していたなりか? 駒だったのか?」
「…駒、いいえ、人形でいい、と私は思っています」
 会話の間にも朱雀寮生達が集まり透を取り囲む。
「もう逃げられへんで!」
 陽向が透を見つめる。彼は奏でていた笛をしまうと別の笛を取り出した。
「元より、逃げるつもりはありません」
 透は笛を奏で周囲にアヤカシ達を呼び集める。
 大量の似餓蜂と人喰鼠。
 そして彼は笛を高く投げ上げると自らの術、斬撃符でうち砕いたのだ。
 透の背後にはもたれかかるようにして微笑む夢魔達がいる。
「彼らの足止めを。望むなら私の力を差し上げますよ」
『私達に助けを求めるなんて珍しい。いいわ。面白そうだもの』
「透! ここで終らせよう」
 劫光が剣を抜いた。透も腰に帯びていた刀を抜く。
「頼む! 透の所まで進ませてくれ」
「解りました」
「時間くらい稼ぐんはうちん仕事、かいなぁ」
 真の闇の中、折々の夜光虫が空を舞う。
「朱雀寮は、護ります」
 だから、安心して。静音の声に出ない思いが通じたかは解らない。
 微かな灯りの中、互いの氷龍がぶつかり合った時、最後の戦いの幕が切って落とされたのだった。

 その時、護大を守る開拓者達は全滅の一歩手前にいた。
 開拓者達の主力が襲撃するアヤカシの集団と相対した時を狙って中級アヤカシが護大の側まで来ていたのだ。
 大量に送り込んだ正面突破のアヤカシとは別に森の奥から下級の吸血鬼達を送り込んで場をかく乱。
 その隙に護大を狙うという作戦であったのだろう。
 無論、開拓者達はそれを予測していたから完全な防衛線を敷いていた。
「後ろから来ます! 数は吸血鬼と屍人十数体」
「解った。そちらは迎撃に全力を注いでくれ」
「…了解。…お願い、朱夏」
 そう肩に留めていた鳥人形を瀬崎 静乃(ia4468)は空へ放った。
 木々の間を滑るように、朱雀寮生の願いの結晶たる鳥人形は吸血鬼達の動きを乱し、切り刻む。
 それを喪越(ia1670)が敵を潰していくのだ。
「キャアアア!」
 大よその敵を倒し終えたと思ったその時、悲鳴が響いた。
 見れば、護大の周囲が霧に包まれている。
 身体に纏わりつくような霧の中に、開拓者達は飛び込んでいく。
 そしてその奥で見たものはリィムナの背後から首を羽交い絞めるアヤカシの姿であった。
「!!」
 口元を塞がれジタバタとリィムナは暴れるが意にも介さずアヤカシはにやりと笑った。
『影鬼を一撃で潰したその術は大したものだが、捕えてしまえば小娘よ』
 首筋に付けられた傷から力と命が吸い取られていくようでリィムナの抵抗は徐々に力無くなっていく。
「仲間を囮に、隙を窺っていた、と?」
 場を荒らす影鬼を的確な指示で追い詰め倒した青嵐であったが、その隙を狙って完全に気配を消していた中級アヤカシが来ていたことに気付くのが遅れてリィムナを奪われてしまったのだ。
 彼女の悲鳴を聞きつけ開拓者達は集まってくるが、仲間を人質に取られ遠巻きに今は見ているしかない。
『仲間などではない。護大を手に入れし者が次なる魔の森の支配者。互いこそが最大の敵よ』
 高笑うアヤカシは振り返り護大を恍惚の目で見る。
『これが護大…。これを手に入れれば我も大アヤカシとなれるのか…』
「護大に飲まれて、知性も姿も失う覚悟があるのだな? 立派な事だ」
 威が挑発するようにアヤカシに言い放つ。
『我は同じ轍は踏まぬ。不死王と呼ばれし我が今度は魔の森の王となるのだ!』
「そうですか? だったらこんなものいりませんね〜」
『何?』
 不死王の前で羊飼いが楽しげに笑っていた。
「動いてはダメですよ〜。その紐に油が染みこませてあるのが解りますか? 取られるくらいなら丸ごと燃やしちゃいましょう!!」
 羊飼いが周囲中に飛び回らせていた夜光虫を消し去り符を掲げた。
 炎程度で護大は焼けはしないだろう。
 けれど、もしかしたら、という焦りが不死王に隙を作った。ふと現れた朱色の鳥が彼の眼前を横切る。緋色の翼に炎が連想された。
『や、止めろ!!』
 その時を狙って宿奈 芳純(ia9695)が結界術符『黒』を護大と不死王の間に発動させた。
『ぐああっ!』
 弾き飛ばされる不死王とリィムナ。
「今だ!」
 その懐に冬馬と咲人が飛びこんだ。彼らに反撃を、と手をかざした不死王は抱えていたリィムナを取り落とす。
「しまった!」
 二人は弾き飛ばされ、不死王は空に逃れるがリィムナは青嵐が抱き留めていた。
『お・おのれええ! 人間どもめ!!!』
 それからは怒りに我を忘れた不死王との大乱戦となったのだ。
 不死王は強かった。
 こちらの攻撃を時に身体を霧と化して躱し、時に目が合った一瞬を狙って心を奪って来る。
 その魅了の力も強力で、もしわがしやリィムナの援護が無かったら開拓者達は同士討ちを強いられていたかもしれない。
 霧と化した身体には攻撃が通らず、傷ついた血に触れられれば体力を吸い取られてしまう。
 射撃も遠距離攻撃も幻惑の霧の中では効果が薄い。
 フェンリエッタと紬、そしてネネが交互に仲間たちを回復させ、一時も休まず波状攻撃を仕掛ける。回復薬をシータルが護衛して。
 単純だがそれしか開拓者にできる手は無かったのだ。
「まだまだ…! 寿々達は、まだ立っていまする!」
 傷ついても、傷ついても彼らは挑み続ける。
 長い戦いの果て。
 とうとう不死王は消滅の一歩手前まで追い詰められていた。
『これほどの開拓者が集まっていようとは…読み違えていた…。ならばここは退くとしよう。なに、まだ機会はある』
「させるか!」
 まだ動ける開拓者全員が不死王に突撃する。
 その瞬間、不死王はにやりと笑い、その身を無数の蝙蝠に変えたのだった。
 一体をフェンリエッタが切り捨てる。手ごたえ無く消えたそれを見て彼女はその多くがダミーだと気付いた。
「本体に逃げられたら、大変な事に!」
 その時、開拓者の前に鳥が現れた。
「さっきの? え?」
 鳥は一体の蝙蝠に寄り添う様に飛んでいる。いや、逃亡を邪魔するように。
「今は考えている暇はない。できる者は全員、あの蝙蝠に集中攻撃だ!」
 青嵐の叫びに全員が呼応した。
 雷鳴剣、眼突鴉、真空刃、黄泉より這い出る者、ブリザーストーム、白梅香、蛇神。そして絶破昇竜脚。
 他にも動ける開拓者全員が、渾身の力を込めた攻撃を蝙蝠に向けて打ち込んだ。
『ぐ・ぐわああっ!!』
 絶叫と共に再び姿を現したアヤカシは悔しげに開拓者達を睨みつける。
『お、おのれ。人風情が、この不死王を…』
「たかが一人じゃ、出来る事なんて知れたもの。大アヤカシだって同じだった。人間の強さを、履き違えるなよ」
『この敗北は、人を侮ったから…とぬかすか…、そうか…』
 くっと、笑って不死王と呼ばれたアヤカシは瘴気に還る。
 それはアヤカシの軍団を操っていた最後の指揮官の消失であり、開拓者達の勝利の瞬間。それを見届けた時。
「あれ? あの鳥は?」
 朱色の鳥は姿を消していた。

 透と開拓者達の決戦は驚くほどあっさりと着いた。
 肩で息をしながら膝をつく劫光の足元。横たわる透がいる。
 そして彼を必死で治療する朔と、陽向が。
「…助ける…のか…」
 劫光の問いに朔は答えず、手は止めず、符水を飲ませる。
 口から水が零れるが
「飲んで下さい。お願いします!」
 彼は叫ぶように声を上げ水を注ぎ続けた。

 その少し前。
「今回ん主役はみんなやからな、うちも少しでも手ぇ貸すさかい、しっかり決めぇや」
 仲間達の援護を受け、劫光は透に迫ろうとしていた。
 邪魔は無数に。
 足元の鼠は身体を駆け上り、似餓蜂は毒を噴射し、開拓者を攪乱させようと襲い掛かる。だが、
「真名さん!」「紫乃!」
 二人は名前を呼び合うと同時に氷龍を放った。蜂達が地面に落ちていく。
「貸しじゃぞ。劫光。進め!」
 鼠を岩首で潰し、魅緒が怒鳴った。
 走る劫光の背にゆらりと黒い影が舞うが
「行きなさい!」
 静音の眼突鴉がその眼を貫き、影を追い落とす。
『おのれ!』
 誘惑か、魅了か、劫光への呪いというアプローチを邪魔されて、怒りに燃えた夢魔が寮生達に混乱の術と攻撃を放つが、彼女らはそれを気力で振り切る。
「こんな…もの!! 行きなさい!」
 再び放たれる眼突鴉。夢魔が怯んだ隙を璃凛と星鈴、譲治が切り裂いた。
「先輩!」
 祐里は治療にと駆け寄るが静音は首を横に降る。
 そんな余裕はない、と。頷いて祐里もまた足元に近寄る鼠たちに斬撃符を放つ。
 その頃、透にたどり着いた劫光は彼と刃を交わしていた。
「頭脳派と見せかけて結構やるじゃないか! 透!!」
「里での生活と、三郎に付き合った五年を、舐めて貰っては困ります!」
「三郎…か!」
 この戦いに参加を許されなかった先輩を一瞬思って劫光は剣に力を込めた。
 命の覚悟の籠った剣。覚悟で答えなければ失礼になる。
「桃音は無事だ。今はいないが、必ずその行く末はつけてみせる!」
「それは、感謝します!」
「言い遺すことは?」
「私の、身体と命はおかあさまのもの。それだけです!!」
 互いに渾身の一刀を躱し間を開ける。
 次で決める。劫光がそう思った瞬間。透の纏っていた空気が弛緩した。
「?」
 微笑んだように見えたが、劫光はそのまま踏み込み霊青打を込めた全身全霊の一撃を放つ。
「おおお!!」
 躱されても、術攻撃が来てもそのまま踏み込むつもりだった。
 だが
 ざくり。
「え?」
 劫光の攻撃は拍子抜けするほどあっさりと、透の身体に飲み込まれた。
 肩から胸を裂き腹で剣は止まる。
 透の背後に呪縛符を放ったまま固まるサラターシャ。
 足を貫いていたであろう銃の弾は地面にめり込んでいる。
 劫光は微かに唇を噛みそして、剣を抜く。
 支えを失った透の身体が、地面に倒れ落ちた。
「先輩!」
 寮生達の前に透の赤い血が流れ大地を染めていく。
 透の顔は微笑んでいて幸せそうにさえ見える。
 このままなら、彼は死ぬだろう。
 そんな透の側に最初に駆け寄ったのは陽向であった。
 治癒符の術を手の中に紡いで。
「陽向! おぬし…」
「嫌や! 死にたがる相手の思う通りに動くんが癪や! 死なせへん! 殺す価値もない相手に、先輩たちが手を下す必要あらへん!」
 重すぎる傷に術は簡単に効果を現さない。
 次いで朔が駆け寄り符水を透の口に注ぐ。と同時に治癒符も発動させた。
「飲んで…下さい。先輩…。人としては生き…」
「…朔さん」
 震える朔の手にそっと紫乃が自分の手を重ねた。
「向こうは片付いた。…こっちは?」
 駆け寄ってくる喪越やアッピン、静乃や雲母。そして青嵐。仲間の様子に全ての終わりを確信したのだろう。
「祐里くん。救急箱、貸して」
 折々も透の横に膝を付いた。
「先輩は、やろうと思えば朱雀の暗部を世に知らしめることもできただろうし、もっと効果的に混乱を引き起こすことができたんだ。だけどそれはしなかった、んだよね」
 傷口を拭き、薬をつけ折々は透の手に触れる。
 その時、彼の懐から何かが転がり落ちた。
「…やっぱり。彼の部屋に残ってなかったから、持ち出してると思ったんだ…」
 折々はそれをそっと拾い握り開く。
 更紗に包まれたそれは笛であった。彼がさっき壊したものでは無い。ごく普通の玩具のような笛。
 そして朱花と…朱雀の根付が結ばれてあった。
「今、助けるのは苦しめるだけかもしれない。でも…わたしは透先輩を捕まえる。そして人として、人の法で裁かれることを望む。決してしてはならないことをしたけれども、それでも、彼はわたしの先輩なんだ」
「あ! 飲んだ!」
 陽向が声を上げた。こくんと喉が動き、符水が流れていく。傷が僅かだが塞がり、閉じられていた目蓋が動き、開いた。
「…先輩!!」
 声を上げたのは誰であったか。
「アヤカシは全て退治したそうです。先輩が用意してくれた舞台。私達は期待に答えられましたか?」
 目を開けた透に紫乃はそう告げた。その横で真名も頭を下げる。
「ありがとう…ございました!」
 彼女達は、その時の透の目を一生忘れられないと思った。
「…ありがとう…」
 透は、そう言って再び静かに目を閉じたのだった。

●終焉
「お前達の役目はここで終わりだ」
 全ての戦闘を終え、中級アヤカシを始めとする敵を殲滅させ、護大を守りきった開拓者達。
 報酬を受け、護大移送の為の作業を見守る彼らの顔には、だが、喜びとは違う感情の方が大きかった。
「護大護衛の大任を果たしてくれたことには礼を言う。だが、それとこいつの問題は話が別だ」
 五行王の腹心矢戸田 平蔵が護大輸送に先立ちやってきた飛空艇で彼らが捕えた透を連れ去ったからである。
「こいつには聞かねばならないことが山ほどある。だから国で預かり尋問する。その後は処刑が待っているだけだがな」
「待ってくれ。透を捕えたのは我々だ。我々に預けて貰う事はできないのか?」
「できぬ。こやつは五行始まっての大罪人。しかもお前達が『捕えた』ということは友情等の仲間意識が保持されている可能性があり逃亡の手助けをする可能性を否定し切れない。今後お前達とこいつとの接触は処刑完了まで一切許されぬと心得よ」
「そんな!」「透先輩!」
 治療を受け、回復したとはいえまだ重傷の筈の透は、縄で縛られ、手枷をかけられ、乱暴に歩かされていく。
 寮生達は思わず駆け寄った。
 接近は武器を持った兵士達に阻まれるが、透は一度だけその足を止めて振り返った。
 そこには…陰陽寮にいた頃と少しも変わらぬ柔らかく、優しい笑顔が浮かべられている。
「感謝します。…皆さんのおかげで、私は私のやるべきことから逃げずに、責任を果たせます」
「先輩!」
「行け」
 透は真っ直ぐ前を向き、一切の抵抗をすることなく、自らの足で進み…艇は飛び立っていった。
「これで…本当に良かったのでしょうか?」
「透先輩は…我々との戦いで死にたかったのでは…」
「彼の真意を、心を知りたかったけれど、それさえ許されぬというのであれば、私達のしたことは…」
 誰も誰にも声をかけることもできず、寮生と開拓者達は遠ざかって行く飛空艇を見送ることしかできなかった。

 数日の後。
 陰陽寮生達に知らせが届く。

 それは、透処刑の日時を知らせる決定であった。