【南部】謎の騎士
マスター名:夢村円
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 10人
サポート: 1人
リプレイ完成日時: 2013/04/13 00:41



■オープニング本文

 南部辺境伯 グレイス・ミハウ・グレフスカスはその日も仕事に追われていた。
 山積みの書類、視察、謁見。
 領主の仕事と言うのはまともに丁寧にやろうとすれば大変な激務であり、手を抜くことはできない。
 それに不満を持ったことも無いし、手を抜きたいと考えた事も無いのだが…
 少し仕事の区切りがついたある時、グレイスは執務机の中から一通の手紙を取り出した。
 差出人はサフィーラ・レイ・グレフスカス。
 彼の母親である。
 手紙の中身は
「五行の戦乱が終わるまではこちらで手伝いをします。
 開拓者の皆もいるから心配しないでね」
 そう明るい口調でつづられていた。
「まったく、母上が羨ましくなりますね」
 グレイスは呟くと手紙をピン、と指で弾くのだった。
 そう、正直、羨ましくなる。
 何の迷いも、躊躇いも無しに自分のやりたいと思うことができる立場というものが。だ。
 グレイスの父は現皇帝が皇太子時代から側に仕えて来た筋金入りの騎士である。
 早すぎる引退を惜しまれていたが、今も領地で若い騎士達の育成に励んでいる筈である。
 父から教えられた剣の腕に自信がないわけでは無い。
 グレイスが皇帝に辺境伯として抜擢されるきっかけとなったのは戦場であったのだから。
 だが、ヴァイツァウの乱以降、数年間、グレイスは訓練以外で剣を抜いたことが殆どなかった。
 それが、少し気持ちを苛立たせる。
 領主としての自分は近年、人々に受け入れられ、役に立っていると思う。その自負はある。
 しかし、騎士としての自分はどうだろうか。
 そんな考えが頭を過ったのだ。
 考えても仕方がないことではあるのだが…。
 もう一度息を吐き出して彼は次の書類を見る。
 そして、手を止めた。
 その書類に書かれていたのはアヤカシ出現の報告事例であった。
 クラフカウ山脈奥の小さな木こりの集落。
 まだ、雪の残るその集落近くの森で今までいなかったオークやゴブリンが集まってきているのだという。
 理由はどこからともなく流れてきたサイクロプス。
 身の丈4mはあろうかというその鬼が呼び集めているのか、率いているのかは解らない。
 だが日を増すごとに鬼の数は増え、今では50を超え、100に届こうとしているらしい。
 集落の者達は既に避難を完了しているが、このまま放置するとさらに数が増え、手が付けられなくなるかもしれない。
 早急退治の手を差し向けて欲しい、というそれは要請であったのだ。
 グレイスは手を止め、少し考えると
「母上に倣ってみましょうか」
 楽しそうに微笑んだのだった。

 係員は提出された依頼に首を傾げる。
 受理したのが若い係員であった為、普通に受理したのだが…。
「どういうことだ?」
 別に依頼の内容そのものに問題は何もない。
 依頼人は南部辺境伯グレイス・ミハウ・グレフスカス。
 クラフカウ城からそう遠くない大ケルニクス山脈に現れたサイクロプスとオーガの集団の退治依頼である。
 数が多いのとサイクロプスはやっかいであるが、それ以外のオーガはゴブリンやオーク程度であるから、それほど問題は無いように思える。
 報酬も申し分ない。ただ…
「同行者一名? 誰だ、これ?」
 ミハエルという騎士が一人同行する、とある。
 今まで辺境伯が依頼を出して来た事は少なからずあるが、大抵は本人が依頼を出すか名代の甥がやってきた。
 ミハエルなどという騎士の名前は聞いたことが無い。
「ああ、その人は依頼を出しに来た騎士さんですよ。一緒に同行して手伝う。足手まといにはならない様に気を付けるから、と」
「どんな人だ」
「え〜っと優しげな感じの方、でしたよ。茶色いロングヘアで、茶色い目をしていて…」
「茶髪に茶色い目の優しげな騎士?」
 一瞬、依頼人の顔が頭を過った。
「…まさか…な?」
 まあ、とにかく断る理由は無い。
 係員は依頼を貼り出した。

 待ち合わせ場所はリーガ城門前。
 依頼を受けた開拓者達が同行の騎士と出会う頃、リーガ城内では辺境伯の甥が声を上げていた。
「叔父上は、どこだ!!!」
 と。


■参加者一覧
黎乃壬弥(ia3249
38歳・男・志
アーニャ・ベルマン(ia5465
22歳・女・弓
フレイ(ia6688
24歳・女・サ
デニム・ベルマン(ib0113
19歳・男・騎
アルマ・ムリフェイン(ib3629
17歳・男・吟
ウルシュテッド(ib5445
27歳・男・シ
エルシア・エルミナール(ib9187
26歳・女・騎
紫ノ眼 恋(ic0281
20歳・女・サ
リーシェル・ボーマン(ic0407
16歳・女・志
ヴァレス(ic0410
17歳・男・騎


■リプレイ本文

●謎の騎士の正体
 南部辺境伯グレイス・ミハウ・グレフスカスの甥にして、補佐役のオーシニィはその日、叔父の不在に気付いて後、城内を探し駆け回った。
 もしかしたら、怪しい人物に連れ去られたということはないだろうか? と。
 部下の騎士に取り繕い、執務室を確認すれば、今日までの仕事は全て終えられ、残されていた。
 騎龍の小屋からは辺境伯の騎龍である駿龍は残され、オーシニィの騎龍、炎龍がいなくなっている。
 そして書類の上に残された手紙。

『数日で戻る予定です。留守を頼みます』

 はあ、とオーシニィは大きくため息をついた。
 とりあえず、自分の意思で外出したらしい。自分の騎龍を使わなかったあたり、外出を知られたくないのかもしれない。
「まったく、僕にくらい話して行ってくださればいいのに。プライベートな外出くらい止めないのに…。叔父上もあの、おばあさまの子、だよなあ」
 いっしょに置いてけぼりをくらった辺境伯の駿龍の頭を撫でた彼は寂しげに呟きながらも叔父に頼まれた通り、辺境伯の留守を預かる仕事に戻っていった。
 ただ、オーシニィがもし、グレイスの行った先を知っていたら本当に手伝ったかどうかは解らないのであるが…。

「はじめまして! 俺はヴァレス(ic0410)。どうぞよろしく!」
 リーガ城城門前、オーガ退治の依頼を受けた開拓者達は、依頼に随伴するという騎士と顔を合わせていた。
「貴公がミハエル殿か。私はリーシェル・ボーマン(ic0407)。まぁ、民が安堵出来る為に戦うのが騎士の務めだ。私も騎士団に所属する身、助力させて貰うよ」
「ま、少しでも力になれれば、とね♪ 同じ騎士として、少しでも、ね」
 初対面故に気付かず、明るく挨拶を交わす二人。
 だが他の開拓者はと言えば
「お? もしかしてありゃあ…」
「まさか…伯?」
「…やっぱり、か。お母さんのこと言えなくなっちゃうね」
 目を見開いたり、小首を傾げたり、くすくすと笑ったり。
「これが噂に聞くグレイス伯か……」
 睨みつける目、見つめる目。
 ざわめきがなかなか消えることが無い。
 彼が誰であるか、噂であったり、肖像画であったり、依頼であったり、遠目の目視であったりと色々であるが知っている者は少なくなかったのだ。
「南部辺境伯…グレイス・ミハウ・グレフスカス…」
 エルシア・エルミナール(ib9187)は目の前の人物の名を口の中で噛みしめるように呟いた。
「ん〜、その名は呼ばないであげたほうがいいと思うよ」
 側で聞いていたのだろうか。アルマ・ムリフェイン(ib3629)がエルシアに片目を閉じて見せるとエルシアは
「解っております」
 と頷いて見せる。
(ただ、解っていても割り切れるものではないのですけれど…ね)
 エルシアはかつて、彼と敵対して戦ったことを思い出す。
 ヴァイツァウの乱。その時彼女は…。
「思うところが無いわけではありませんが…今は何も言いますまい」
 そっと顔を背け目を伏せた。
「ミハエルさん! よろしくね! こっちはデニム(ib0113)で私の大切な人。そしてそっちは私のお姉! 一緒の依頼に入れてすっごく嬉しい! 頑張るからね」
 アーニャ・ベルマン(ia5465)は明るく笑いかけると恋人であるデニムを紹介するように手を引いた。
 当のデニムは
「修行中の身として、実際に役に就いている騎士と一緒に戦えるのは光栄です。どうぞよろしく」
 深く頭を下げながらも心中はあまり穏やかでは無い。何せ彼は重要人物。
 しかし彼が「ミハエル」と名乗るのなら、今はそういう事にしておくと決めたようだ。
「アンタも苦労してそうな顔してんなぁ。そういや、あのジルベリア動乱からもう三年か。レナとかって皇女は元気にやってんのかねぇ」
 肩を竦めて笑う黎乃壬弥(ia3249)も
「強そうな御仁だな。心強い。この度はよろしく頼む」
 小さく笑ってお辞儀をした紫ノ眼 恋(ic0281)もデニムと同じ結論に達したようである。
 ただ、
「ふぅん。ミハエルね」
「お姉?」
 厳しい顔で一歩前に進み出たフレイ(ia6688)は違ったようだ。
 スッと剣を抜くと「ミハエル」の眼前にその刃先を向ける。
「お姉!」
 アーニャは慌てた顔だがミハエルはと言えば特に表情を変える様子もなく、剣とフレイを見つめ微笑んでいる。
「あら、驚かないのね?」
「貴女に殺気がありませんから」
「そう? じゃあ、少し本気を出すわ。腕を確認させてもらいたいわね。信頼するに足るのかどうか。別に貴方が誰でも構わないの。顔は好みだけど…弱い男には興味ないし、戦場では邪魔なだけ。示してくれないかしら? 貴方の…実力を」
「顔をお褒め頂き、光栄。剣の手合わせでよろしいですか?」
「ええ。非礼はお詫びするけど、私も万全を期したいの」
 開拓者がざわめく。だがアルマは声をかけようと手を伸ばす。だが…
「ウルちゃん?」
 首を横に振るウルシュテッド(ib5445)と視線を合わせたアルマは手を下げ、お互い剣を構えたフレイとミハエルを見つめる。
 他の開拓者も息を呑み込んでいる…。
「じゃあ、行くわよ!!」
 先手はフレイ。地面を蹴ってミハエルの懐を狙って飛び込んでいく。
 払い抜けで一気に間合いを詰めて敵の腹を狙う戦法だ。
 対するミハエルの武器は盾と剣。
 盾でフレイの攻撃を受け流すと、剣にオーラを集めた攻撃を振り下ろす。
「グレイヴソード?」
「お姉!」
 戦いはそれで終わった。
「OK。認めるわ」
 フレイは手を上げた。彼の攻撃は彼女の真横に突き抜けたが、それが彼なりの加減であることは解っている。
 ひゅうと、口笛を鳴らしたのは壬弥であろうか?
 ジルベリア騎士の上級剣技。クレイヴソード。
 要はそれが使える実力があると示したのだ。
 無論、フレイも本気では無い。互いに本気であれば怪我では済まない。
 最低限、彼が戦えるかを見られれば十分であるのだから。大剣を納める。
「とりあえずは当てにできる実力がありそうね。今度は仲間としてこちらからお願いするわ」
「こちらこそ」
 フレイが差し伸べた手にミハエルは答え、握り返す。
「あ〜、ビックリした。お姉ったらもう!」
 膨れた様子で姉を見るアーニャに軽く片目を閉じてフレイは笑うと
「さて。では本題に入りましょうか? オーガ退治について詳しく教えて頂戴」
 ミハエルに告げた。
「解りました。共通理解が済み次第、出発と言う事で」
 彼は地図を広げその周囲に開拓者達が集まる。
「あ〜、ビックリしたね。ウルちゃん。僕達も行こうか?」
 振り返ったアルマはそこに見ることになる。
 ミハエルを見つめるウルシュテッドのいつになく厳しい眼差しを…。

●戦いの始まり
 それから間もなく。
 開拓者達は拠点として指示された村に向かい、辿り着いた。
「お待たせ! 山道はちょっと大変だったね」
 アーマーを降ろすヴァレスやからくりなどを連れてやってきた仲間達。そして駿龍ゼファーから飛び降りたフレイを
「お疲れ様」
 アーニャは労った。フレイは彼等が孤立したり迷ったりしない様に上空から誘導していた
「悪ぃな。定國に乗せてやれれば良かったんだが…」
「カフチェもいたし、気にしないで。それより、どう? 現場の具合は?」
 アルマの問いにアーニャは地図を広げた。
「空からアリョーシャで偵察した限りでは、森の入口近辺にやっぱりオーガが群れているみたいですね。サイクロプスがいるのは森の奥。この辺かもしれないって」
 地図と印をつけたあたりを見てリーシェルはふむと、声を上げる。
「ここも小さな空地ですが…確か、この辺には木こりや猟師の休憩所を兼ねた狩り小屋と広場があったと村人から聞きましたが…」
「ああ、それは多分この辺だ」
 サイクロプスがいるであろう場所からさらに少し奥をウルシュテッドが指差す。
 ヴァンデルンと共に地図と調べあわせたメモには周囲の木の様子なども書かれている。
「サイクロプスや比較的強そうなオーガが奥に、森の入り口などの手前に雑魚が多くいるようです」
「サイクロプスと他のオーガをまずは引き離さないといけないわね。オーガ連中が指揮されるとやっかいだし…」
 作戦の概要は徐々に固まって行く。
「よしっ! じゃあ、これでいくとして、騎士殿はどっちに行くかね?」
 作戦立案には基本的に口を挟まず、黙って聞いていたミハエルは突然向けられた壬弥の問いに考える仕草をした。
「ミハエルさん、強そうだからサイクロプスを一緒に倒しませんか?」
「人数は半々だからミハエルはこちらでどう?」
 アーニャとフレイはミハエルをサイクロプス退治へと誘う。
「早めにこちらを斃してしまえば、後の掃討はそんなに難しくなさそうだもの」
 確かに空から見た限りでは雑魚は最初の報告通り、数は多いが脅威になるほどの力は持ち合わせていないと感じた。
「ですが…大丈夫ですか? ミハエル殿?」
 ミハエルを最善に向かわせることに、どことなく心配そうな顔を見せるデニムに
「何? よそ見なんて余裕じゃない?」
 フレイは肩を竦めて首をしゃくる。その先にはアーニャが…。
「君がそれを言わねばならん相手は、他にいるのではないかね?」
 冷やかすような壬弥の声に二人の顔が朱を帯びる。
「…止まらないだろうから、構わないのかもしれないね。退き際は見極めてるだろうし。ね? ミハエルちゃん?」
「勿論」
 彼は頷く。
「皆様には迷惑をおかけするつもりはありません」
 ミハエルは一礼の後、サイクロプス退治側に入ることになった。
「さて 久しぶりに暴れるとするか」
 手の指を鳴らすと壬弥は刀を持ち歩き出した。
「さて、騎士殿のお手並み拝見」
「実戦は久しぶりですが、全力を尽くしますよ」
 後に続く開拓者とミハエル。それをウルシュテッドは最後尾から静かに見つめていた。

 サイクロプスは空き地の中央に寝そべりながら集まったオーガの集団を煩そうに眺めている。
 森の中を通り、気配を隠しながら広場の裏手に回り込んだエルシアはその広場の様子を注意深く見据えた。
「サイクロプスとサバーガカラヴァの集団が、目立つところ、ですね…。後は…多角鬼と鎧鬼程度。やはりまずは分断してサイクロプスを退治するのが妥当ですか」
 霊騎フェルミオンの手綱を握りながら彼女は空を見上げた。
 まだ…。だが、もうすぐの筈!
「!」
 ふと森の入口から音が響いた。
 何かが何かを切り裂く音、力を当与える歌声。アーマーの起動音。
『ぐああっ?』
 異変に周囲のオーガ達が騒ぎはじめ、サイクロプスが身を起こした。
 まさにそのタイミングを見計らって、空と陸、両方から同時の攻撃がサイクロプスに向かう。
「ワールウィンド! 急降下! サイクロプスとサバーガカラヴァの間を狙って!」
 主の命令通り鷲獅鳥が急降下する。身構えるオーガ達の間を縫うように鋭い一矢が飛んだ!
 目を狙った攻撃は大太刀によって信じられないスピードで叩き落とされた。
「うわっ! 一つ目なのに反応早!」
 舌打ちしたアーニャに向けて怒りに燃えたサイクロプスが突進してくるが、その前にひらりと現れたのはエルシアの霊騎。
「作戦とは言え、おめおめと敵に背を晒すというのは、あまりいい気分ではありませんですな…」
「おくれんなよ!」
 エルシアと誘導する声にサイクロプスが駆け抜けていく。
 だが、その後をオーガは追うことができない。
「イフリート起動!! ここから先は一歩も進ませない!」
「おー、やっぱり数が多いね〜」
 風の様に現れたアーマー二機が道を塞ぎ、前方からはオーガの集団を押さえるように開拓者達が歩を進める。
 流星のピンに振れアルマは声を上げた。
「さあ、行くよ。カフチェ!」
「ぎゃはははッ! でけえ祭りのはじまりだぜ! 歯ァ喰いしばって受けてみろァア!」
 オーガ達は開拓者の作戦にまんまと嵌っていたのだから。

●オーガとの戦闘
 小鬼、猿鬼、豚鬼、赤鬼。
 下級オーガ達の数はかなり減らしてきたとはいえ、開拓者達の数倍はいる。
 だから雑魚のオーガとの戦いは完全な乱戦となった。
「カフチェは僕の傍に。護衛、よろしくね」
 頷いたからくりは人形祓と無痛の盾を駆使して主の背中を守る。
 アルマは場の状況を見定めてサバーガカラヴァの一体にスプラッタノイズを放っていた。
 混乱したサバーガカラヴァはもう一体の仲間であろう同族に攻撃を仕掛けるがもう一体は場を抜けてサイクロプスの方へ向かおうとする。
「あ!」
 声を上げるアルマだが、その声に焦りは無い。
 道は既にアーマーが塞いでいた。進路が一瞬遅れればそれで十分。
「ウルちゃん!」
 おいついたウルシュテッドの風神がオーガの頭部を目にも止まらぬ速さで打ち砕き、切り裂き倒した。
「ヴァレス、右側を塞いでくれ、オーガの抑えに回ろう!」
「了解、左は任せたよ!」
 二人のアーマー騎士達のアーマークローが地を裂き背後を抜けて行ったオーガを裂き潰してくれる。
 アルマはもう後方の事は気にせず周囲と仲間の状況把握に専念した。
「オークだかゴブリンだか知らねェが、一匹残らず叩ッ斬ってやらァアッ!」
『賑やかしいこって』
 白銀丸のハンドカノンが作った射線上を恋が周囲のオーガを切り刻みながら突き進んでいく。
 地断撃、回転切り。まさに鬼神のごとき戦いぶりである。
「こっちは…なんとかいけそうかな?」
 精霊の唄で仲間の回復を促して後アルマは呟いた。
 数匹の強敵を倒してしまえば、統率も取れていないオーガの群れなどは開拓者のさしたる敵ではないだろう。後は…と思った瞬間の事であった。
 森に断末魔の絶叫が響き渡ったのは…。

 サイクロプスはやはり中級アヤカシ。
 エルシアの誘導で広場まで敵を追い込んで、なおかなりの強敵であった。
 巨漢の割に何より素早い。
 そして、大きな目を鋭く見開いた次の瞬間は驚く程の視野でこちらの攻撃を見ぬいてくるのだ。
「でも、その自慢の目、使えなくしちゃいますよ〜」
「「アーニャ!」」
 ぎりぎりまで引き付けての彼女の猟兵射。だが彼女の指が弓から離れると同時、放たれた大太刀が彼女を狙う。
「危ない!!」
 ギリギリのところで彼女を庇ったデニムが地面に転がる。とりあえず二人とも無事のようだ。
 フッとフレイは微笑むと横に立つミハエルに声をかけた。
「ダンスも戦闘も同じ。相手次第で良くも悪くもなるわ。貴方はどうかしら?」
「ダンスよりはこちらの方が自信があるかもしれませんね」
「上等! アーニャが目を潰してくれた。武器も捨てた。今がチャンスよ!」
「解りました!」
「では、私が援護を! フェルミオン!」
 エルシアが霊騎と共にチャージをかける。誓約によって高められた力で脇の下から心臓へ、一撃必殺を狙うがサイクロプスの怪力で弾き飛ばされる。
 だが、それもある意味折り込み済だ。
「右! 私が受けるわ!」
 体勢を崩したサイクロプスの左から突撃したフレイが咆哮で敵の意識を引きつける。
 その瞬間を見逃さず踏み込んだ壬弥が右片手抜打ちの秋水を放つ。
「くらいやがれ!!」
 まず右腕が奪われ、ミハエルのクレイヴソードで左手が落ちる。
「それじゃあ! 止め! いくわよ!!」
 フレイがグニェーフソードで渾身の払い抜けを胴に見舞った。防御が取れない状況での三攻撃にサイクロプスが最期にできた事は唸り声を上げることのみ、であった。
『ぐおおおっ!!』
 咆哮が森に轟き、響く。
 と同時音を立てて倒れたサイクロプスは瘴気に還って行く。
「やったわね! ミハエル!」
 フレイの労いに微笑んだ彼は
「感謝します。後は残敵掃討のお手伝いに行きましょう」
 深く一礼すると開拓者達を促したのだった。

●理屈ではない思い
「いや〜、実はよ〜。娘が、小隊の若いのと夫婦になるって言いだしやがったんだ。
 家柄、能力、人格どれも非の打ち所無い相手なんだが、まあ、もやっとした気分は拭えねえはな。
 で、一暴れさせて貰おうと思って来たってわけだ。あいつが付いてくると言えないようジルベリアまでな」
「へえ〜。壬弥さんも結構大変なんだね〜。でも、解るかも。好きな人が出来たらやっぱり一緒にいたいもん。ね? デニム」
「だからな。嬢ちゃんも恋人とラブラブは良いが、家族の事も考えてやんなよ。…あんたもな」
「は、はい。肝に銘じます!」
「そうよね。かわいい妹もっていかれるんですものね。もやっとするのは当たり前。簡単に割り切れるお話じゃないのよ。だから、これからもしっかり見定めさせて貰うわよ!」
「お姉〜、デニムと仲良くしないと私泣いちゃうからね〜」
 オーガ退治を終えた夜の事。
 近くの集落で一夜を過ごすことになった開拓者達は打ち解けての楽しい話に花を咲かせた。
 ミハイル提供の菓子と酒や飲み物が宴を盛り上げる。
 勿論、周囲に向ける警戒は怠っていないがサイクロプスの殲滅に成功し、雑魚オーガはサイクロプスの消滅とそれを為しえた開拓者の加勢で殆どが倒されるか逃亡した。
「この周辺に人が戻ってくるのも間もなくであろうな。めでたいことだ」
「僕らも、少しは騎士としてお役にたてたかな?」
「あたしも思いっきり暴れられたし、まあ楽しめたか…」
「ミハエル殿もちったあ、気晴らしになったかい? 随分いい腕だと感心したが…」
「いえ。腕の鈍りも自覚できましたし、改めて修練しますよ」
「そうね。前線を知らない指揮官に命なんて預けられないものね。頑張って頂戴!」
 穏やかな時間と笑顔が過ぎ、やがて静けさを迎えた夜。
「ちょっと話がある…」
 ウルシュテッドはそっとミハエルを呼び出した。
「何か、ご用ですか?」
「俺は辺境伯が嫌いだよ。あんたにこんな話を聞かせるのも筋違いだがね。
 彼は、俺達が大切に守ってきた娘の人生を良くも悪くも左右する男だ」
 目の前の男はグレイスでは無くミハエル。
 …そう思おうとしたウルシュテッドの思いは、だが段々に歯止めが効かなくなる。
(あんたにとってフェンは何なんだ!)
「腹立たしいよ、全く。半端な優しさは残酷だと何度思ったか知れない。
 ま、好意をどう扱おうと彼の勝手だし、それで恨みはしないが…」
「?」
 ウルシュテッドの言葉を無言で受け止めていたミハエルの前からフッと彼の影が消える。
 次に気が付いた時にウルシュテッドがいた場所は…ミハエルの背後であった。
「フェンリエッタを不幸にしたら許さない。向き合うからには覚悟してくれ」
 ミハエルが背後を振り向いた時には、もう彼の姿はどこにも無かった。

「いいの? あれで?」
「彼等も言っていただろう? こういうのは簡単に割り切れる話じゃないんだ」
「うん。…そうだね」

 やがて依頼の無事終了が開拓者ギルドに届けられた。
 それから程なくリーガ城に戻ったグレイス・ミハウ・グレフスカスはオーシニィに案内された女性と謁見する。
「お帰りなさいっ、グレイス様!」
 無邪気に微笑んでいる様に見える彼女は
「如何でした? お出かけは? でもオーシに心配させちゃいけませんよ。ちゃんと次は相談していって下さいね」
 自分の胸に溢れる思いと言葉をぐっと飲み込んで、そっと彼の手を取った。
 それにそっと恋慈手をかける。
「心は貴方だけのもの、自由でいて下さい。皆で支えますから」
 その時グレイスは彼女の目に微かに滲み、光るものを見た気がしたのだった。
「次のお出かけは私もご一緒したいです。お疲れ様でした!」
 一礼して踵を反し走り去ろうとする彼女の手を、グレイスはとっさに掴んだ。
「グレイス様?」
「…貴女も、忘れないで下さい。一人では無いこと。支える人がいると、いうことを…」
 彼女に向けて照れたように笑うグレイスにフェンリエッタはもう一度、今度はゆっくりと彼の顔を見てお辞儀をして去って行った。

 その後、暫くの経過観察を経てオーガの退去が確認された村には人が戻った。
 春の森にオーガの呻き声ではなく、人々の活気のある笑い声が戻るのももう間もなくの筈である。