【神代】希望と祈りの運搬
マスター名:夢村円
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 普通
参加人数: 28人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/03/22 14:49



■オープニング本文

●襲撃

 開拓者ギルド総長、大伴定家の下には矢継ぎ早に報告が舞い込んでいた。
 各地で小規模な襲撃、潜入破壊工作が展開され、各国の軍はそれらへの対処に忙殺され、援軍の出陣準備に手間取っている。各地のアヤカシも、どうやら、完全に攻め滅ぼすための行動を起こしているのではなく、人里や要人などを対象に、被害を最優先に動いているようだ。
「ううむ、こうも次々と……」
 しっかりと守りを固めてこれらに備えれば、やがて遠からず沈静化は可能である。が、しかし、それでは身動きが取れなくなる。アヤカシは、少ない労力で大きな被害をチラつかせることで、こちらの行動を縛ろうとしているのである。
「急ぎこれらを沈静化させよ。我らに掛けられた鎖を断ち切るのじゃ」
 生成姫がどのような策を張り巡らせているか、未だその全容は見えない。急がなくてはならない。

●支援の心

『とおいところにいるおともだちへ。どうかげんきをだしてください。わたしたちもおうえんしています。
がんばって、としかいえないけど、がんばって』

 戦場や災害が発生した時、それを助けたいと思う心は誰しも必ず持つものだ。
 五行東方。アヤカシの襲来に特に国を同じくする者達はアヤカシという災害に襲われた彼らを助けたいと強く願っていた。
 災害に会ったのが自分達であったらと思う気持ちや、東方が墜ちれば次は自分達かもしれないという恐れから生まれたものであったとしても支援したいという願いに変わりはない。
 能力がある者は直接助けに向かうことが出来る。
 開拓者や、救護所で働くと言って物資をかき集めて行った女性などはそのいい例だろう。
 だが、それが出来ない者達もいる。
 無思慮に出かけても役に立てない。ならばせめて物資やお金で支援を。
 そう願う人々の思いが今、一つに集まりつつあった。
「さて、どうしたものかな?」
 物資に添えられた子供の手紙を見ながら開拓者ギルドの係員は思う。
 食料、医薬品、酒、服など五行各地から集まった支援物資はかなりの量になる。
 物資は仕分けられ梱包まで済んでいる。
 それらの作業は有志の女性や子供が進んで手伝ってくれた。
 だが、ここでできるのはそこまでである。
 今、一番これらを必要としているのは戦地の中央にあり拠点となっている点鬼の里。
 あそこには周辺の里から逃げてきた避難民も少なくない数いると聞いている。
 そして最前線となっている与治ノ山城だろう。
 特に籠城作戦を強いられている与治ノ山城にはある程度の備蓄はあっても補給がない。
 物資は少なくなっている筈だ。
 どちらもいつ退却、放棄の命令が出るか解らない程に敵は間近まで迫っている。
 与治ノ山城には大きな飛空船が着陸できる場がなく、点鬼の里もアヤカシの襲撃の中で空からの運搬は困難だろう。
 今、開拓者の多くは戦地に向かっている。
 人手は足りない。
 しかし、ここに積み上げていてはこれらを必要する人達には届かない。
 助けたいと願う人々の心は届かない。
 物資を運ぶ手とそれを配る手が必要なのだ。
 それができるのは、やはり開拓者しかいないだろう。
「なんとか頼めないか?」
 戦地に向かう開拓者達に係員は問う。
「届けて、くれるだけでもいい。物資は厳選した。万が一退却になっても後で利用できるものばかりだ」
 助けを求める人々たちに、手を差し伸べる人々の心を届けて欲しい。

 開拓者ギルドに祈りを込めた依頼が貼りだされたのだった。


■参加者一覧
/ 羅喉丸(ia0347) / 俳沢折々(ia0401) / 胡蝶(ia1199) / 鬼灯 仄(ia1257) / 瀬崎 静乃(ia4468) / 平野 譲治(ia5226) / 菊池 志郎(ia5584) / からす(ia6525) / リエット・ネーヴ(ia8814) / メグレズ・ファウンテン(ia9696) / 尾花 紫乃(ia9951) / ヘスティア・V・D(ib0161) / 琥龍 蒼羅(ib0214) / ニクス・ソル(ib0444) / 无(ib1198) / 尾花 朔(ib1268) / リア・コーンウォール(ib2667) / 杉野 九寿重(ib3226) / ウルシュテッド(ib5445) / 鴻領(ib6130) / 黒嶄(ib6131) / 久喜 笙(ib9583) / 何 静花(ib9584) / ルース・エリコット(ic0005) / 草薙 早矢(ic0072) / 厳島あずさ(ic0244) / ジャン=バティスト(ic0356) / ナザム・ティークリー(ic0378


■リプレイ本文

●願いと祈りの運搬
「まったく! 卑怯よね」
 プンプンとまるで絵に描いたように怒りながら胡蝶(ia1199)は荷物の整理と確認をしている。
「卑怯って、何が?」
 横で同じ仕事をしながら小首を傾げる俳沢折々(ia0401)に
「これよ、これこれ」
 と胡蝶は依頼書に添えられた手紙を指し示した。
『とおいところにいるおともだちへ。どうかげんきをだしてください。わたしたちもおうえんしています。
がんばって、としかいえないけど、がんばって』
 拙い手で書かれた手紙は一目で子供が書いたものだと解る。
 いろんな色を使って、花や動物の絵も描いてきっと一生懸命に描いたのだろう。
「…子供の手紙を依頼文に添えるのって卑怯だわ、本当に。気になって他のことが手に付かないじゃない。って! そこ! 何を笑ってるのよ!」
 くすくすと笑いを堪える陰陽寮の仲間はまだいい。
 けらけらと声を上げて笑っている鬼灯 仄(ia1257)に胡蝶は食ってかかる様に歯を向けた。
「いや、何も笑っちゃいねえ。うん、何も可笑しいことはねえよ」
「いいえ、笑ってるわ!」
「まあまあ、お気持ちは解りますから」
 尾花朔(ib1268)が宥めるように割って入る。彼の顔にも笑みが浮かんでいるが、そもそも仄の言う通り可笑しくて笑っているのではないのだ。
 人々の思いが嬉しくて、胡蝶の優しさが楽しくて…やる気も沸いてくるというものである。
「胡蝶。皆、同じですよ。先にかの地に向かったジルベリアのご婦人を知っていますが、助けたいと言う思いは皆、同じなのです」
 柔らかく微笑む杉野 九寿重(ib3226)の言葉に
「希望と祈りか。確かにそれを聞いてしまったのなら、何としても届けなくてはな」
 羅喉丸(ia0347)も頷いている。
「人が、いっぱい……慣れないと」
 胸の前で手を合わせる何 静花(ib9584)も依頼を受けた開拓者の殆どが同じ気持ちの筈である。
「皆さん、準備の方は如何ですか?」
 声が聞こえる。開拓者ギルドの係員であろう。
「丁度良かったわ。言いたいことがあったのよ」
 顔を赤らめた胡蝶はその声に立ち上がり、ツカツカと詰め寄る。
「子供達や依頼人にちゃんとお礼の返事を書いておきなさ…え?」
 突然勢いの無くなった胡蝶の言葉にヘスティア・ヴォルフ(ib0161)が首を捻って前を覗き込むとそこには係員と、盆を持った子供達がいる。
「あの…依頼を受けて下さって、ありがとうございます!」
「お礼、あんまり出せないから…クッキーを焼いたんです。良かったら、食べて下さい!!」
 甘い匂いのする紙包みを子供達が一人一人の開拓者に手渡す。
 まだ、ほんのりと暖かい。
「焼き立てなんですね。一つ頂きましょうか?」
 ぱくりと朔が焼き菓子を口に入れる。そして、緊張の表情を浮かべる子供達に満面の笑顔で笑いかけた。
「とても、美味しいですよ」
「やった!」「よかったね!」
 子供達は嬉しそうに顔を見合わせる。
「ぼく達は、他にできることがないから…。よろしくお願いします」
 頭を下げる子供達の前に進み出た菊池 志郎(ia5584)は膝を折って目線を合わせる。
「「がんばって、としかいえない」なんて引け目に思う必要はありません。
 祈りをこめて物資を用意し、梱包までしてくれているのですから。
 皆さんの気持ち、しっかり届けてきますね」
「守る戦いは俺の得意とするところだ。全力を尽くして荷物を届ける」
「皆様のお気持ち、必ず届けさせていただきます」
 琥龍 蒼羅(ib0214)、泉宮 紫乃(ia9951)と続けられた開拓者の言葉に子供達もまた満面の笑みを浮かべ
「お願いします!」
 と頭を下げた。
「大丈夫だ。安心するといい」
「全力を賭して行くなりよっ!」
 歳の近いからす(ia6525)や平野 譲治(ia5226)の言葉にさらに安堵したのだろう。
 子供達は係員と共に帰って行く。
「見習いたい…か」
 そう飛び出して行った姪の事を思いながらウルシュテッド(ib5445)は子供達や、若い開拓者達を見つめ、微笑む。
「どんなにささやかであれ、力が集えば困難な道も拓けると、信じるよ。物資も想いも、必ず全て届けよう」
「か弱きご婦人方や、いたいけな子供たちの思いやり、真心…志体を持つ者として、必ずやこれを必要とする所へ届けたい」
 ウルシュテッドや、祈るように誓う様にその背を見送るジャン=バティスト(ic0356)の言葉を聞きながら
「まったく、本当にズルいわよね」
 胡蝶も貰った紙包みを開けてでき立ての焼き菓子を一つ取り出して口に入れる。
 …それは、本当に優しい味がした。
「そういや、胡蝶。服を新調したのか? ほう、馬子にも衣装…っとと、いやなかなか見直したぜ」
「ちょっと! それ褒めていないから!」
「ははは…。そうか。そりゃあ、悪かったな。…しっかり届けてやらんとな」
「…ええ」
 側に立ちわしわしと乱暴に頭を撫でる仄に頷いた胡蝶だけではない、参加した開拓者達は決意と思いを新たにするのであった。

●守る為の戦い
 だいぶ暖かくなってきているとはいえ、まだ寒さの残る五行の三月。
 道に雪が残る山道を開拓者達の仕立てた荷車はゆっくりと進んで行った。
「戦争の悲劇、なんとしてでも物資を現場に送り届けましょう。八百万の神々は自ら動く者をお助けくださります」
『私はだらだらと眠りたいのです』
「おお、神の使いよ、だらだらと眠れる平和の世の為に自ら動くと。その神聖な心に感謝を表明し、荷物を積載させていただきます」
 まるで漫才のような会話と共に荷物をぎりぎりまで積んだ荷車を引く厳島あずさ(ic0244)とそのもふら。居眠毛玉護比売命、通称ヒメを中心に前後を守る様に霊騎達とそれを護衛する開拓者達が続く。
「頑張って下さいね。千草」
「寒いのは解るが、そう嫌そうな顔をするな。ジャザウ」
 ラクダ霊騎のジャザウ・カスワーウの背を宥めるようにナザム・ティークリー(ic0378)はポンポンと叩いた。
「戦地、被災地への物資供給、輜重隊は命をつなぐ戦場の土台よ。弓と馬の家として、これほど誇らしい事はない。そうだろう?」
 篠崎早矢(ic0072)の言葉に霊騎夜空も誇らしげに嘶く。
 今回は荷物輸送の仕事である為、開拓者の中にも霊騎を連れてきた者が多い。
 鴻領(ib6130)と黒嶄(ib6131)。二人の砲術士が連れてきた西宵と蒼祝。
 ウルシュテッドのミーティア、メグレズ・ファウンテン(ia9696)の瞬に仄の鬼影。
 彼らと彼らの引く荷物を守る事が今回の任務であるのだ。
 その側をやはり荷車を引く二頭の甲龍がゆっくりと行く。
「うがちは皆の護衛ね。無理はしないこと」
「頑鉄もな」
 二頭の龍の主である折々と羅喉丸も朋友達をそう励ました。
 できる限り荷を整理し纏めたとはいえ、荷車の数は十台以上にも及ぶ。
 それを守りながら悪路を行く開拓者達の歩は決して早くは無かった。
「…早く届けたい、けど、無理は…禁物」
 周囲を警戒しながら呟く瀬崎 静乃(ia4468)にそうだね、と折々は頷いた。
「物があるってのは現場の人たちの士気に大きく関わるから、がんばって届けなくっちゃ。でも譲治くんも言ってたことだけど、私達が傷ついちゃ意味ない。あの子達も悲しむし、これからの戦いにも差し支える。荷物と人の安全が第一だよ」
 そして、折々は地図と行程表を見ながら、ねえ? と朔に呼びかける。
「ヘスティアさん達は戻ってきた?」
「先ほど一度戻って来ましたが…やはり進路にアヤカシの気配は多そうだ、と言っていましたよ。気になる事があるので調べたら合流して一緒に進むと言っていました」
 姉と彼女を慕うリエット・ネーヴ(ia8814)。そして久喜 笙(ib9583)が斥候として先行している。
 下調べをした限りでは飢えたケモノが一番の心配。
 第二が飛行戦力だ。鳴澄の森近辺に到着すれば、アヤカシ軍の中でも精鋭と呼べる彼らが襲って来る可能性もある。
「それは、ニクス(ib0444)さんとからすさんが当たってくれていますが、強敵なので心配ですね。それから、軍に配置されていないアヤカシも無視はできません」
「な〜に。どうせ小物しか来ねえだろうよ」
 古酒を片手に気を抜いた様子の仄に胡蝶は微かに眉をしかめた、まさにその時だった。
 草むらをかき分けて、何かが開拓者達の前に飛び出して来た。
「皆!!」
「笙さん! どうしたんです?」
 姉と先行していた筈のシノビの必死な形相に朔は大慌てで駆け寄った。
 傷も負っている。紫乃が治癒符をかけると笙は顔を上げて告げた。
「この先に、怪狼と剣狼の群れが! 数が多いのと…長と見える剣狼がかなり強そうだった。先制されるとやっかいなのでとにかく知らせに戻れ、と」
「姉達は?」
「敵をけん制しながら戻る、と…」
「! どうします?」
 折々の方を見た朔の顔が姉を案じている事は解っている。
「静乃ちゃん」
 人魂を放って周囲を偵察していたはずの静乃を振り返った折々に、彼女は目を閉じ、そして目を開き答えた。
「…確かに狼の群れが近づいて来てる。数は…かなり多い。100以上は…いそうな感じ」
 空を見た折々は上空に影が見えない事を確認して
「とりあえず、迎撃準備! 荷車と霊騎、もふらを中央に敵を迎え撃つ準備をしよう。大丈夫。敵が怪狼、剣狼くらいなら多少の群れでも十分対処できる」
「斥候隊の救援には?」
「多分、上空のニクスさんとからすちゃんが行ってくれてる。ただ、心配だから誰かに迎えに出て欲しい所ではあるんだけど…」
「じゃあ、私が行く」
 後方を守っていたリア・コーンウォール(ib2667)が矛を握り締めた。
「無理な戦闘はしない。見つけて直ぐに戻ってくるからこちらも無茶はしないでくれよ」
「解ってる。もしあんまり数が多い様だったら、突っ切ってしまった方がいいこともあるからね」
「話をしている暇は、ないようだね」
「! お気を付け下さい。もう敵が迫っているようです」
 ウルシュテッドとジャンが告げたとほぼ同時、森の影から狼達が唸りを上げて近付いてくるのが見えた。
 数は100を超えるだろうか?
「…「契約」なのだ。生成への道、閉ざすわけには行かないのだ。その為にっ! 全力を賭して行くなりよっ!」
 それぞれが武器を取り、荷物を守る為に密集陣形を取る。魔槍砲を構えた黒嶄が折々に問うた。
「先制攻撃を、行っても良いか?」
「お願い」
 頷いて横に立つ鴻領と共に黒嶄はメガブラスターを発射した。
 吹き飛ばされる狼達。
 それが宣戦布告となった。
 開拓者とアヤカシの戦いの最初の幕が切って落とされたのである。

 戦闘は終始、開拓者優勢で進んでいた。
 敵の数は確かに多い。
 しかし、参加した開拓者の多くが中堅以上の実力者達。
 集団相手の戦闘はお手のものであった。
「戦場は、初めてだ……糧にさせて貰う」
 静花は荷物と霊騎達の側で護衛を担当しながら、先輩開拓者達の戦いぶりをしっかりと見つめていた。
 先頭に立って戦うのはメグレズ。
 積み荷の中心である霊騎達から離れた所に自ら進み出るとそこで咆哮を上げた。
 2度、3度。
 標的となった狼達がそちらに向かうのを見計らって早矢が強弓の乱射で集まっていた敵の数を減らして行く。
 同じように弓を持っていた羅喉丸も距離があるうちは弓で敵を減らすことに専念していたが、ある程度距離を詰められてからはロングボウをしまい泰拳士としての技と力で的確に狼達を瘴気に返していく。
 最前衛に立つ九寿重もまた仲間達との連携を重視して敵と当たっている。
 背後とサポートを胡蝶に託しつつ、ウルシュテッドと背を合わせて戦っていた。
 防盾術で攻撃を弱めつつ返しに紅蓮紅葉で敵を討つ。
 一方のウルシュテッドは影と風神を駆使して敵を的確に、確実に減らしていく。
 弓での援護も見事であったが、武器を刀に持ち替えてからこそが、シノビの本領発揮というところであろうか?
 荷物の周りには既に胡蝶が貼り巡らせた結界術符があり、簡単に飛び込んでの接近はできない。
 だからこそ、狼達は開拓者と相対峙しなくてはならなくなり、数を減らしていくのだ。
「獣に言っても無駄だろうが、近寄ってくるなら容赦はしない」
 その言葉通り、蒼羅の秋水は荷に近寄る狼達を一匹も残らず打ち倒していた。
 荷の周りには静乃の管狐が警戒するように飛び回り、二人の砲術士も敵の集団の中にタイミングを見計らっての攻撃を的確に放つ。
 ファストリロードでその攻撃はほぼ連射に近い。
 荷を運ぶ甲龍二匹と志郎の隠逸も警戒するように唸りを上げる。
 この包囲網を簡単に突破できる敵はそうはいないだろう。
 後方から狙って来る敵もいるが、それは譲治が受け持っている。
 攻撃は全て巴で躱し、雷閃で一体一体を的確に倒していく。
 自分の横ではナザムが魔槍砲の砲撃を繰り返す。
 ヒット&アウェイ。攻撃をぶっ放しては直ぐ逃げる。
 それは正しく彼に合った戦い方である。
 あずさは援護にと神楽舞を攻と防を取り混ぜて踊り続け、折々は
「右方向! 敵が集まってきているから気を付けて!」
 白狐で敵をけん制しながら全体を把握、的確な指示を全体に与えていた。
 正しく司令塔である。
「この戦いから、学ばなくてな…」
 回避を主体に静花は敵を退けながら荷物を守り戦う。
 これは守る為の戦い。積み荷を守り、友を守り、約束を守る…。
 そして小半時。
 開拓者達の攻撃で、敵の数は目に見えて減少してきていた。
「さて、あれが親玉かな?」
 今まで、酒を片手に敵を睨みつけていた仄が容器をしまってにやりと笑った。
 妖狼の群れ、剣狼達のさらに奥、仲間達の攻撃によって徐々に前に出てきた一匹の狼がいる。
 身体が大きく、気配も他のそれとは一味違う。
 確実な強敵、である。
「へへ! さあ、かかってきな!」
 仄の挑発が効いたのかどうかは解らない。
 ただ、唸りを上げたその剣狼は自らの身を震わせ身体に生えた剣を立たせると、一気に地面を蹴って一直線に突進してきた。
 先行は剣狼。
 速攻と強攻を併せ持つその渾身の攻撃を受ける仄は受けて立った。
「くっ!」
 身体を切り裂く刃と爪と牙。
 だが怯まず彼は渾身の鬼斬を目の前の狼に向けて放った。
『ぎゃん!!』
 狼は空を飛び叩きつけられるように地面に落ちる。
 仄の攻撃は狼に致命傷に近い傷を負わせたはずであった。それでも、流石に群れの長。
 よろめきながらも立ち上がり、再び攻撃を仕掛けようとするが…
『ぐぐぎゃああ!!』
 その身に落ちた金の雷。
 雷閃を受けた剣狼は大きな悲鳴を上げてそのまま倒れ、今度は起き上がることなく瘴気に還った。
「なんだよ。いいところもっていきやがって」
 小さく肩を竦める仄にすみませんと笑って朔は周囲を見回した。
 狼の群れはほぼ殲滅された。
 負傷者もいるが、全員術で回復できる程度のものだ。
 既に紫乃、志郎、ジャンが手当てに当たっている。
 後は…
「よっ! 終わっちまったか?」
 草木が揺れる音がまたして、開拓者達は身構えるが、その陽気な声に警戒を解く。
 森の中から出てきたのはヘスティア、リア、そしてリエットである。
「狼連中はなんとかやり過ごしたんだが、その後人面鳥の群れとやりあっちまってな。ニクスとからすのおかげでなんとか助かったよ。リアも来てくれたしね」
「遅れてすまなかったな」
 笑いあうリアとヘスティア。
 二人を
「ごくろうさま」
 折々は労い
「…おかえりなさい」
「ただいま」
 朔は静かに笑いかけたのだった。

●点鬼の里とその先
 開拓者が点鬼の里に到着したのは、当初折々が考え、予測していたよりもまる1日遅れてのことであった。
 それからも開拓者達を狙うアヤカシの攻撃は幾度も続いたことが大きな理由の一つである。
「護衛か…つくづく向いてないな。できれば足を引っ張りたくは無いんだが…」
 笙にそう言わせため息をつかせる程に連戦が続いていた。
 強敵、と言えるほどの敵はさほどない。
 妖狼、怪狼、小鬼に豚鬼。いいところ人面鳥、くらいなものである。
 そしてその殆どはからすの事前の集中攻撃で数を減らしており
 開拓者達の数と連携に、彼らは直ぐに退却か、瘴気に還って消えて行った。
 むしろ、彼らの足を止めたのは悪路であったかもしれない。
 降り積もった雪が荷物を運ぶ霊騎の足とそれ以上に荷車の車輪を縛るのである。
「念の為、準備しておいて良かった。事が終わったら修復する故」
 仲間に確認して後、メグレズは用意しておいた木片を使い、車輪に簡易なソリを履かせた。
 街道で夜を迎えた事もあったが、野営の時はジャンの提案で鳴子を設置して周囲の警戒にあたった。
「雪もその音と色が敵の接近を教えてくれます」
 彼はそう言って敵の早期発見に尽力してくれた。
 おかげでなんとか彼らは点鬼の里へとたどり着いたのである。
「お疲れ様です。おいでをお待ちしていました」
 そう言って出迎えてくれた夫人と、彼女と共に出迎えた開拓者に、おや、と言う顔をしてウルシュテッドは笑顔を見せた。
 ほんの少し前までここにいて手伝っていたという九寿重は、到着後すぐ避難所と救護所の手伝いに入っていく。
 運び込まれた沢山の支援物資に開拓者達や五行守備隊達は歓声を上げた。
 食糧、武器、医療品、防寒具…。
「こちらが、薬や包帯などです。食料品はこの箱に…。お菓子類も入っているようです」
 帳簿につける担当する開拓者に中身を教えながら、紫乃は分配の手伝いもする。
 荷物もさることながら、志郎が短冊に書いて貰って一緒に持ってきた子供達からも手紙も大いに喜ばれていた。
 降ろされた荷物は全体の役三分の二。
「残りは、どうするんだ?」
 問う開拓者に折々は答える。
「与治ノ山城へ、届けるんだ」
「え?」
 その言葉に開拓者や五行守備隊は顔を見合わせた。
「与治ノ山…へ?」
「危険だぞ? 今、あの山は…」
 今回の戦いにおいてこの点鬼の里は最前線であり、支援拠点であるが、与治ノ山の危険度はここの比ではない。
 ここが安全であるというわけではない。
 ただ、かの地が危険であるのだ。
 人面鳥、鬼面鳥、妖鬼兵、屍鬼。
 移動中に飛行部隊が襲って来る可能性もある。
 鵺や以津真天。
 そして、何より大アヤカシ、いや、大アヤカシの成りそこないである鬻姫。
 あの肉塊が山にいる以上、落城は時間の問題であるとさえ思われているのだ。
「だが、あの山にも闘っている者達がいる。ならば、この荷を託した人々の心、そして思いを届けなくては」
「約束しましたので。子供達と」
 ニッコリ笑う開拓者達の覚悟は決まっていると見て、開拓者も兵士達もそれ以上は何も言わなかった。
「では、行くぞ。お主もここまできたのだ。最後まで手伝うがよかろう」
 座り込みここで退こうかと思っていた笙はからすに耳を引っ張られると
「痛て! 痛って! 解ったよ!」
 立ち上がる。
「うむ、よい返事だ。山道は荷車が使えぬゆえ朋友に持たせるのと担いでいく分しか運べぬ。一人でも人手はあるにこしたことはないからのう」
 からすが言った通り、ここから先は歩きが中心になるだろう。
 龍がいる者は空からという手もあるが、空から行く場合には飛行部隊に狙われる可能性も高くなる。
 危険度はさらに上がる筈だ。
「急いだ方が、いいよね。少し休憩したら与治ノ山城に向かおう」
「先生、まだ頑張れますか? もう少し先へ行きたいので、力を貸してください」
 志郎の言葉に龍は当然、と言う様に羽を広げた。
 朋友達も最後まで付き合ってくれるだろう。
『私は…』
「おお! 最後までお付き合い下さるのですね。ありがとうございます。流石は尊き神の御使い。心から感謝申し上げます」
 もふらとあずさの様子に微笑みながら、開拓者達は決意と共に空を見上げた。
 点鬼の里から見える与治ノ山は思うより高く、不思議なほど大きく見えるのであった。

●与治ノ山登山
 ぬかるんだ溶けかけの雪は足を深く地面にめり込ませる。
 抜いて、再び歩こうと足に力を入れると、今度は雪の下の枯れた落ち葉に滑ってしまいそうになる。
「つ、疲れる!」
 冬の登山は想像以上に体力と、精神を削るものであった。
「皆! 大丈夫か?」
 後ろを振り向くメグレズに開拓者達はそれぞれに手を上げて応じた。
 疲れている、とか、もうダメだとは誰も口にしない。
「後、少しの筈です。頑張りましょう!」
 紫乃がそう声を上げた時であった。
 周囲に奇声が響いたのは。
 ガシャガシャと煩い音を立てるのは鉄の鎧。
「妖鬼兵に…鎧鬼?」
 開拓者達は荷物を降ろし、朋友達と共に中央に纏めると、陣を組んだ。
 敵の数は最初の狼程では無い。いいところ10体。
 20まではいないだろう。
 ただ、統率する鎧鬼と、妖鬼兵が使う遠距離攻撃術を思えば妖狼より容易い相手とはとても言えなかった。
 思った通り、いきなりの火炎術が開拓者では無く、荷物を狙って放たれる。
 箱の一つが燃え上がるが、それは幸運にも譲治が用意したダミーの箱であった。
 怪訝そうな顔を浮かべた妖鬼兵の眉間を早矢の矢が射抜く。
「ふん、奪えぬなら壊してしまってこと? 浅はかだわ…!」
 怒りに手を震わせる胡蝶。
「今後の事を考えるならできる限り、敵は倒すが得策。だが、とにかく荷を砦に届けなくては。朋友達に積んだ分だけでも先に運び込もう」
「上空の連中の、援護は…今は期待できねえみてえだからな」
 メグレズの言葉に仄は頷いて空を見た。
 見れば上空でも戦いが始まっている。
 山道を龍に歩かせては無理と判断して、空に行った面子に飛行部隊の一部が襲い掛かっているのだろう。
「紫乃が言った通り、ここまで来れば後は城まで少しだ。あたしらが道を開く、駆け抜けな!」
 ヘスティアの言葉と視線を受けて、朔は頷くと周囲の仲間達を集めた。
 朋友達にできる限りの荷物を括る。
 先頭が朔、しんがりが譲治。
「荷物の護衛は引き受けた」
 蒼羅が刀に手を触れながら答える。
「前をこじ開けたら一気に走るのだ」
「鴻領さん、黒嶄さん、ナザムさんも…お願いします」
「心得た!」
 砲術士達の集中砲火が前方に炸裂する。
 と同時、敵に穴を開けた開拓者達は朋友達と共に一気に走り出した。
 その後を追おうと妖鬼兵達が走るが
「やらせないっ! のだっ!」
 結界術符で敵の進路を塞いだ譲治が雷閃で縋る敵を弾き飛ばす。
 眉間に蒼羅の天狗礫を受けた者もいる。
『ギギャギャ!』『グギャ!』
「うわあっ!!」
 妖鬼兵の火炎術が殿を守っていた譲治を焼くが
「大丈夫か?」」
 気遣うジャンに譲治は
「大丈夫なのだ! とにかく先に進むなりよ!」
 前進を促す。その小さな身体から発せられたとは思えないほどの気迫にジャンは頷いて仲間達の後を追った。
「あの時の痛みに比べればっ! まだまだなのだっ!」
『早く!』
 静乃の管狐に促され、助けられ譲治もまた走り出す。
「おっと、先に進ませるわけにゃあいかねえな」
 追い落とされ、膝を付き、それでもまだ奇声を上げて後を追おうとする妖鬼兵の前に仄と九寿重が立ちはだかった。
「かかってくるがいい!」
「リア! 背中は頼んだよ」
「解ってる。でも、全部を斃す必要は無いんだから。無理はしないこと!」
「ハハ、それは無理な相談かもね!」
 騎士の制約を発動させるリアにヘスティアは笑いかけた。
 前進する荷物と仲間。
 残った開拓者達はその進路を見送ると、後を追わせない為にその間合いに一気に踏み込んでいったのだった。

 仄の言った通り、その時上空を行く龍達の前にもまた敵が立ちはだかっていた。
 多くは人面鳥であるが、一匹だけ強敵がいる。
「鵺…か」
 ニクスは呟く。こうして、向かい合っても気が抜けない強敵である。
「城まで、突っ切っちゃうのもあり、だけどそうすると奴らが城に攻撃してくるかもしれない。ここで、なんとか仕留めよう!」
「人面鳥は私と、先生にお任せを」
 志郎が彼らの背後を守るように後ろに入る。
 折々の言葉に頷いたからす、羅喉丸は間合いを取った。
 逆にニクスは間を詰める。
 折々はその中間。そして、もう一人、というか一羽の助け手に折々は微笑んだ。
「あ、来てくれたんだ? ありがと」
 蒼羅の迅鷹飄霖がニクスの横を守る様に飛んでくれている。
「行くぞ!!」
 ニクスが炎魂縛武を纏わせた黒鳥剣を手に鵺に駿龍シックザールと共に突撃していく。
 雷撃で応戦する鵺。
 だが放てた術は一度。
 その集中を阻む様にからすが矢を乱射したからである。
 ニクスから攻撃対象をからすへと変更しようとする鵺。だがそうすると今度は羅喉丸のロングボウと折々の白狐が鵺を狙う事になる。
 微かな迷いと惑い。
 それを開拓者は勿論、見逃しはしない。
「喰らえ!」
 ニクスが再び、鵺に攻撃を仕掛ける。鵺は迷わずニクスに反撃する。身体の周囲で瘴気が渦を巻きニクスの身体を切り裂く。
「ぐっ!」
 唸り声を上げるニクス。
 だが、その時からすが再び弓を乱射する。タイミングを合わせて羅喉丸も。
 狙うは羽根と頭。
 攻撃は見事に敵の両翼を貫き、鵺は地面に落下した。
 その途中
「えっ?」
 地上からの弓が、魔法の攻撃が鵺を裂く!
 瘴気に還る鵺。
 開拓者達は攻撃の方向を見る。
 それは、眼下。与治ノ山城からのものであった。
 入場した開拓者達の話を聞き、城の常駐兵や開拓者達が援護の攻撃をしてくれたのだ。
「良かった。無事に本命の荷物は運び込めたみたいだ」
 ホッと胸を撫で下ろしたように折々は微笑む。
「では、残るは目の前の敵を倒す事、ですね」
「後は、下の者達を助けること、だな」
「ヘス!」
「じゃあ、さっさと片付けちゃおう! 行こう!」
 そうして開拓者達は人面鳥の群れに向かう。
 志郎とその龍によって唯でさえ半数に減っていたそれらは開拓者の攻撃と地上からの援護射撃に寄り、それらは程なく、殲滅された。
 地上の妖鬼兵達も、同様。
 荷物を運び終えた開拓者達が戻り、援護することによって敵は荷物に手を触れることさえできずに消失する。
 全員が無事に合流し、与治ノ山城に入城を果たしたのは、それから間もなくの事であった。

●開拓者達が運んだもの
「さて、できましたよ。皆さん。簡単な料理ですが、まずは暖まって下さい」
 朔は紫乃と一緒に持ってきた食材で早速、暖かい料理を使って振る舞った。
「ひ、人が多い…角はやらん!」
 歓声と共に集まった兵士達や開拓者に静花が慌てふためく場面もあったが、彼らと開拓者も共にでき立ての料理に舌鼓を打つ。
 大なべで煮込んだ簡単な鍋料理であるが、寒い冬、何よりの御馳走であると彼らの笑顔が言っていた。
 戦場で、最大の激戦区とは思えないほどの穏やかな時。
 品物の仕分けや配布を手伝い、一息ついた開拓者達もまた、手にそれぞれ椀を持ちながら人々の笑顔を見つめている。
 そんな彼らに
「皆さん、危険の中、ここまで物資を運んで下さった事に感謝します」
 ふと、後ろから静かで、柔らかい声がかけられた。
 振り返ると、長身の男性。
「寮長…」
 開拓者の中に幾人もいた陰陽寮生達がそう呼びかけた与治ノ山城守備隊の責任者にして、陰陽寮朱雀寮長、各務 紫郎が立っていた。
「お疲れ様でした。皆さんは、この戦場に一番、大事なものを運んで下さいましたね」
 彼の賛辞にだが、折々は微かに首を傾げた。
「この戦場に一番必要なもの? それは戦いの為に必要な物資、ということ?」
 折々の問いにそれもあります、と寮長は答えた。
「それも?」
「では、依頼人さん達の心、ですか?」
 志郎の答えにそれも、ですねと彼は笑う。
「それじゃあ…一体何?」
 静乃の問いに答えるように寮長は眼前を指差す。
 兵士達、救援に集まった開拓者達。与治ノ山城に集まる人々を。
「彼らが憂いなく戦う事ができる状況です」
「? どういうことだ?」
 疑問符を浮かべるナザムや若手開拓者達に彼は陰陽寮寮長。学府の教師らしく教える。
「ここは戦場です。皆、戦う為にここに来て、その覚悟を持ってここにいる。能力や、思いに差こそあれ、誰も戦う事に迷いは無いでしょう。
 ですが、彼らが全力を出して敵と向かい合い『戦う』為には、必要なものがあります。
 それが物資と糧食のある場、です。
 人を戦場に立たせる時、何より彼らを飢えさせてはいけません。
 戦場と言う過酷な場で戦う者達に戦う事以外の心配を抱かせたり、まして飢えさせては力を発揮できない状況に置くことは絶対にならないのです。
 皆さんが物資を運んでくれたことで、彼らはこれからの戦いにおいて飢えることなく敵と向かい合う事ができます。
 そして、支援物資という形で届いた人々の心は、自分達を支えてくれる人がいる事を思い出させ、力を与えてくれる筈です。
 皆さんが運んでくれた物資は、物資としての即物的な意味合い以上に大事なものをこの場に届け、作り上げてくれたのですよ」

 開拓者達は、寮長の言葉にもう一度目の前を見る。
 この場はもう、直ぐにでも戦場になるかもしれない。
 明日、ここにいる人の何人かが傷つき、倒れているかもしれない。
 それが戦場というものだ。
 しかし、彼らはそれでも戦う。その決意をしっかりと胸に持っている。
 開拓者達が運んできた人々の祈りを込めた物資が、彼らに憂いなく敵と向かい合い、戦う力を与えるというのなら、自分達は子供達との約束を守り、彼らの祈りを届けただけではない。
 確かに品物以上に価値あるものを届け、作り上げることができたのかもしれない。
 人々の笑顔を見つめながら開拓者達はそう思ったのだった。

 かくして開拓者達は無事、点鬼の里と与治ノ山城への物資運搬に成功する。
 後に与治ノ山城は大アヤカシ鬻姫との決戦の戦場となり、少なくない被害を受けた。
 しかし、決戦に挑む彼らは飢えることも、物資の補給に悩むこともなく、全ての力を戦いに注ぎ、全力で敵と当たることができた。
 その結果、鬻姫を倒すと言う金星を挙げることができたのである。

 開拓者達が運んだ物資と人々の祈り。
 それは戦士達の希望と力となって結実したと言えるだろう。