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■オープニング本文 五行国に大アヤカシ出現。 戦乱の噂は国を超え儀を超え、衝撃と共に広く天下に伝わった。 それはジルベリアも例外ではない。 大アヤカシに襲撃された五行に支援を、加えてジルベリア内でも警戒を。 そんな検討がなされ始めた頃、一つの依頼がギルドに並んだ。 差出人は南部辺境伯 グレイス・ミハウ・グレフスカスからの依頼書は一人の婦人を探して欲しいと記されていた。 名前はサフィーラ。 年のころは三十代後半から四十代前後に見える。 茶髪に茶色い瞳。小柄でややほっそりしているとあった。 一人、おつきの侍女を連れているだろうと記されていることから身分のある女性なのかもしれないと思われる。 「?」 係員は首を捻る。 確か前も同じ依頼が出なかったろうか? その依頼は開拓者がちゃんと完遂した筈。 このサフィーラと言う女性は確か辺境伯の母親で…。 そう思って依頼書を見直すと今度の捜索範囲は五行北東、とある。 「え?」 よりによって五行? 係員は目を丸くした。 現在五行国は大アヤカシ生成姫の襲撃を受けて大混乱になっている筈だ。 そこになぜ、ジルベリアの婦人が、辺境伯の母親が? その疑問には依頼書を持ってきた辺境伯の甥、オーシニィが答える。 「サフィーラおばあさまは、若い頃から戦場に出ていた騎士だったんです。と、言っても志体をお持ちではないから主に後方支援や看護、救助を担当していて戦場を支える花と称えられたこともあるとか」 表だって武勲を立てられる場所ではないが、救われた者達の中には彼女を尊敬する者も多く、夫であるグレフスカス卿と結ばれるきっかけとなったのも戦場であったと噂されている。 「今はおじいさまもおばあさまも家督を叔父上に譲ってのんびりと暮らしておられるんですけど、おばあさま、叔父上が気になって南部辺境に来た筈なのに五行国の合戦の話を聞いて間もなく書置きを残して侍女一人連れてこっそり飛びだしてしまったみたいなんです」 差し出された書置きにはこうある。 『五行国でお手伝いをしてきます。危ないことはしないから心配しないで』 係員は考える。 そのサフィーラと言う女性が孫の言う様に経験と実力を備えていると信じての話になるが。 戦場を良く知っている人物であるというのなら与治ノ山城のような最前線に一人、ないし侍女と二人ではいくまい。 救護の手は求めているだろうが、危険すぎてかえって足手まといになることもありうる。 と、いうことは人が多く、なおかつ怪我人や一般人が集まる場所。 天鬼の里か本景の里か…その周辺に。 「おばあさまはもう引退なさっているからジルベリア国が勝手な行動を問題視することは無いと思うけど、危険な戦場だし何があるか解らない。なんとか早めに見つけて連れ戻して欲しい、と」 母親を心配する息子の気持ちは解らなくもない。 「だが、手伝いをしたいと家を出たんだろう? 終わるまで帰らない、とでも言ったら?」 「その時は区切りがつくまで護衛と手助けを、って。一応戦場で足手まといにならない能力はあると思うので好きにさせてやってくれとのこと」 ああ、と係員は思った。 おそらく依頼人は解っているのだ。 母親はやるべきことを終えるまで帰っては来ないと。 五行国であるなら彼女を知る者はいない。むしろある意味安全であるかもしれないが…。 「多分、おばあ様は冗談でなくある程度事態が落ち着くまでは戻って来ないと思います。正直な話。おばあさまは志体持ちじゃない騎士としては尋常じゃなくお強いから、五行国の後方支援のお手伝い、くらいのつもりでいいと思います。おばあ様をどうぞよろしく」 そう言って少年はお辞儀をして帰って行った。 若い開拓者より長い人生を夫と共に戦場にあったという女性。 異国の戦乱の地に降り立って彼女は何を思うのだろうか? それを、少し聞いてみたい気がするのであった。 |
■参加者一覧
フェルル=グライフ(ia4572)
19歳・女・騎
フェンリエッタ(ib0018)
18歳・女・シ
クルーヴ・オークウッド(ib0860)
15歳・男・騎
フィン・ファルスト(ib0979)
19歳・女・騎
杉野 九寿重(ib3226)
16歳・女・志
山中うずら(ic0385)
15歳・女・志
国無(ic0472)
35歳・男・砲
神楽 蒼夜(ic0514)
20歳・男・武 |
■リプレイ本文 ●花を探しに その依頼を見た瞬間、幾人かの開拓者は確信した。 「あの人だ」 サフィーラ。 宝石の名を持つ女性のウインクが見えるような気さえする。 「多分じゃなく絶対に、この合戦が落ち着くまでは帰らない。きっとサフィーラさんはそのつもりですっ」 「そのような女性であらせられるのでしょうか?」 杉野 九寿重(ib3226) の問いにええ、とフェルル=グライフ(ia4572)は頷く。 「優しくて、前向きで…強い方です」 「サフィーラさん、今度はこっちに来ちゃってるんですね…。 初めて会ったときもそうでしたけど、パワフリャーなおば様ですっ」 フィン・ファルスト(ib0979)の言葉にもどこか楽しげな色が浮かぶ。 「でも、ちょっと驚きです。あの方、志体持ちじゃ、なかったんですね」 「優しくて、行動力があって、志体無しでも強い騎士のおばあさま…まさに私のあこがれ、目標です! 絶対に探し出して支援の手伝いをしましょう!」 「おばあさま、などというと怒られるかもしれませんよ。でも…お会いしたいのは私も同じです。早く見つけられるといいのですが…」 フェンリエッタ(ib0018)は山中うずら(ic0385)に微笑むと今の五行の戦況図と地図を見比べた。 五行東方はいうまでも無くアヤカシの大襲撃を受けている。 各地の村々や町は避難を完了している筈であるが…。 「そのご婦人が志体持ちでなく、しかも侍女を連れて、というのであれば単身であまり危険な場所にはいかないでしょうね?」 クルーヴ・オークウッド(ib0860)の質問におそらく、とフェンリエッタは答えた。 「ええ、ギルドの方がおっしゃっていた通り、単身で与治ノ山城や危険な場所に行くような方ではありません。しかも手ぶらで行っても戦場で役に立てることは少ない。必ずどこかで支援物資などを確保し、持って行っている筈です」 「女性二人がある程度の荷物を持って行動となれば、使える道も限られるか?」 地図を見ながら神楽 蒼夜(ic0514)が頷く。鬼面をつけたままの顔が思案の表情を浮かべているのが解る。 「ならば可能性としては近くの村や町で荷馬車を仕立て、街道を行くと言う形だろう。目的としては…本景…いや、点鬼の里…かな?」 「ええ、その可能性が高いと思います」 蒼夜の言葉にフェンリエッタ達も頷いた。 「本景に行っていたとしても、里の状況を見て避難し遅れた方を助けつつ、後退。点鬼の里で支援にあたるというのが一番考えられる線だと思います。点鬼の里には開拓者の方が救護所を開いていますから、その手伝いなどをしておられるのではないでしょうか?」 「点鬼の里自体は住民の避難を完了しているということですが、逃げ遅れた人達がまた集まっている可能性は高いです」 正論だ、蒼夜は納得する。 「それなら飛行朋友を持つ者は空から捜索を行い、本景の里の方向を確認してから点鬼の里に向かう。でいいか? 既に点鬼の里に辿り着いている可能性も高いが万が一、本景に向かっていたら危険だ」 フェンリエッタ達は頷くと、九寿重とうずらに手を差し伸べた。 「良かったらご一緒頂けませんか? 手分けして捜索に当たるのに人出があると助かります」 少し考えて九寿重は縦に、うずらは横に首を振った。 「私は、そのご婦人と面識がない。単独行動は危険と判断するので、ご同行させて頂けるならありがたい」 「決して同行が嫌と言うわけでは無いですが国同士の関係や戦乱に詳しい訳でも無い私は、とりあえず点鬼の里に直行しようと思うのです。もし、確実にそちらにいないと言う場合には連絡係を兼ねて本景に向かいますので」 二人の方針に仲間達の異論は勿論ない。 飛行移動手段の無いクルーヴは地上から真っ直ぐ点鬼の里を目指すで話は纏まった。 「では、私は荷物を積んできます。支援物資はいくらあっても足りないでしょうから」 「そうですね。出来る限りの支援物資は携行して役立たせて貰いたいですしね。ヴァーユにも頑張って貰いましょう」 立ち上がり動き出す開拓者達。ふと、フェンリエッタは周りを見回した。 「そう言えば、もうお一方依頼を受けていた筈ですよね」 国無(ic0472)という名前がギルドに上がっているが、まだ彼の顔を見ていなかった。 「五行の戦いに参加していると聞いている。何かあったのかもしれない。…依頼を放棄していなければ向こうで出会う事もあるかもしれんさ」 「そうですね。ちょっと心配ではありますけど」 そして、立ち上がる。時間を無駄にしていてはいけない。 「行きましょう。戦場に咲く花を探しに」 開拓者達は動き出した。 その頃、国無は一足早く花と出会っていた。 「大丈夫? 早く救護所に行きましょう」 自分達を追ってきたアヤカシの眉間を射抜いた銃の先からはまだ煙が上がっている。 まだ寒い三月。 震える自分に躊躇いなくコートを着せ掛け、微笑む女性を国無は美しいと感じていた。 ●再会 「やはり、点鬼の里でしょうか?」 九寿重の言葉にフィンはそうですね。と頷く。 上空から見る限り、本景の里に人影は見られない。少なくとも女性が一人ないし、二人で滞在できる場所ではないと思えた。 「街道側のフェルルさん達と合流して点鬼の里に向かいましょうか。でもサフィーラさんって凄い女性ですね。う〜む、まるで若い頃の叔父様を彷彿とさせる元気さ」 「年の功に勢いが付きますと、ある意味怖いものですがね」 顔を見合わせ二人はくすくすと笑う。 誰かの役に立ちたいと思った時、迷わず行動に移せる人物と言うのはそう多くはない。 能力の面でも、心の面でも。 だから、それができる人と言うのは、やはり尊敬に値すると彼女らは思っていた。 それが年上の人物であればなおのこと、だ。 「態々危険を顧みず合戦の支援をしてくれるのは感謝しますが、流石に親類の不安を押し切ってならば関係者が何より心配なさるでしょうね」 「ええ、早く見つけないと。ヴァーユ!」 鷲獅鳥に跨って空に飛び立つフィンを追いかける様に九寿重も自分の鷲獅鳥と共に空に飛んだ。 と、街道側に声のような気配を感じ九寿重は下を見る。 見れば人影とそれを襲うアヤカシ、そして…。 「ご覧を! あれは?」 「! フェルルさん! フェンリエッタさん!」 九寿重の指差す方向を見てフィンは瞬きした。 避難民らしき集団を襲う、飛行アヤカシの群れ。それらから庇う様にフェンリエッタの駿龍キーランヴェルと、フェルルのスヴァンフヴィードが舞っている。 勿論、主をその背に乗せて。 「助けに行きましょう! ヴァーユ! 全速で!」 「頼みます。白虎!!」 二人は即座に飛翔して仲間の元に向かう。 数を頼みに襲撃していたアヤカシはその殆どが鬼面鳥や人面鳥程度のものであったからか。 「天狗礫!」 「逃さぬ!」 援軍が来たと思った時点でそれらは即座に攻撃を止め、撤退していく。 開拓者達は追撃を、しなかった。 「とりあえず、今はこの方達を安全な場所に避難させるのが最優先です」 近くの集落からの避難者を保護してきたフェルルの言葉に頷いたからである。 途中、合流し先導役を買って出てくれた蒼夜と彼の龍、空の後に付き、彼女らが点鬼の里にたどり着いたのは夕刻近かった。 「皆さん! ご無事でしたか?」 入口を守るクルーヴが嬉しそうにアーマーモラルタから降りると 「あら?」 その様子を聞きつけたのだろう彼の背後を守るように銃を携えて立っていた女性が楽しげな声をかけた。 「貴女達。来てくれたのね。嬉しいわ」 片目を閉じて笑う女性に 「サフィーラさん、お久しぶりですっ! まさか天儀でお会いするとは思ってなかったですよー」 「私も、またお会いできて嬉しいです。サフィーラさん」 フィンとフェンリエッタもフェルルも心からの思いを込めて笑い返したのだった。 ●戦場に咲く花 彼女を見つけ出すことが出来た時点で開拓者が受けた依頼そのものは終了している。 でも、そこで仕事が終わったと思っている者は依頼を受けた開拓者の中にはだれ一人いなかった。 「必要なもの、この辺りで大丈夫です? 話は後、まずはやるべき事、ですよね」 「私達も荷物、いろいろ持ってきました。必要なだけ使って下さい」 開拓者達の言葉に嬉しそうに微笑むとサフィーラは 「ありがとう。後でお礼はするわね。手伝って貰えるなら、まずはこれを付けて」 開拓者達にエプロンと青いリボンを配ったのだった。 「こ、これは…フリルエプロン。ず、随分と可愛らしく…」 女性陣に渡された純白のエプロンに一時九寿重は固まった。それは、他の女性達も同じであったのだが。 「あら、制服って意外に重要なのよ。知らない人間ばかりが集まっている救護所や避難所ではそれが頼ってもいい人の目印になるの。困っている人はその人に声をかけられるでしょ」 「な、なるほど…」 「我々も、身に付けなければならないのでしょうか?」 「着たい? まだあるわよ?」 「い、いや。結構」 既に先行していたうずらはエプロンとリボンを身に着け仕事に入っている。 諦めて、女性達はエプロンを身に着けた。 男性はリボンを肩口に結ぶ。 「それから、笑顔を絶やさない事。笑顔を作れない程疲れたら休みなさい。厳しい顔で介護されても人は安らげませんからね」 「はい!」 「この…鬼面は外した方が良いだろうか?」 蒼夜の言葉にそうね、とサフィーラは小首を傾げた。 「とりあえずそのままでいいわ。子供は喜ぶかもしれないし。怯えられたら外してね」 「解った。さて、己に出来る事をするか?」 「はい。頑張りましょう」 そうして、彼らはサフィーラの指示を受けながらてきぱきと自らの仕事に取り組み始めたのだった。 点鬼の里は最前線の基地であるので、各合戦の傷病者がとにかく多かった。 「怪我の度合で色別の布を巻いてきてください。それは、女性の方々、お願いできますか?」 フェルルは救護所で働く一般女性達に声をかけた。 彼女らはサフィーラが集めていた避難してきた者や里の女性達である。 やることがなく避難所にいるよりは仕事があったほうが良いと進んで手伝ってくれる。 「重傷の方はすぐ、軽傷でも必ず治療に参りますと声をかけてあげてください。 救護ができる方は重傷の方から、救護の心得がない方も、水汲みや水を沸かして布を煮沸したりと、できる事は山ほどあります。 緊急を要する方がいれば、急いで私や開拓者を呼んでください」 そしてフェルルは指示した以上の仕事を自分自身がする。 傷の治療や重傷者への術の行使。 それは正しく八面六臂の活躍であった。 また武僧である蒼夜の活躍も目覚ましい。 「惨い怪我だな、待っていろすぐに治療する」 怪我の具合を即座に見定め、傷の浅い者には傷薬などを使った手当てを、重傷者には躊躇わず浄境の術を行った。 とはいえ、ここは合戦の最前線である。 傷病者、重傷者、重体者は数多く、数名の開拓者の一度や二度の術の行使では回復しきれない者も少なくない。 「…っ!!」 重傷の赤い布を手にまかれた国無は蒼夜の浄境を受けても顔色があまり変わらなかった。 重傷過ぎて身体が回復の術を受け付けないのかもしれない。 「…ごめんなさいね。あちらにまだ治せば闘える人がいるわ。そちらを治療してあげて」 「解った。すまぬな」 頭を下げて去って行く蒼夜を軽く手を振って国無は見送る。 正直、手を上げるだけでも辛い。 だが… 「それでも、ここは天国かも…しれないわね」 そっと肩のコートに触れながら国無は呟いた。 血と、呻き声の溢れる戦場の救護所。 だが、目を開ければ白い服の娘達が微笑いかける姿が見える。 「今、暖かいものをもってきますので、お待ちを! ああ! 尻尾には触らないで頂きたい!」 まるで猫のようにキビキビと元気に動き回り、その尻尾と行動で周囲に微笑みを振りまくうずら。 「お辛いでしょうが、今少しの辛抱を。ただ今、お身体を起こしシーツを取り替えます故」 小さな体で自分よりもはるかに大きな傷病者を支え、介護する九寿重。 「どんな怪我人も死なせません、一緒に頑張って絶対に助けましょうっ!」 懸命に治療を続けるフェルル。 そして巫女としての仕事の傍ら 「♪春よ来い。 梅香り 桃笑(さ)いて 桜舞う〜 待ち遠しい? なら迎えに行こう〜 さあ手を繋ぎ 歌いながら〜」 子供達と一緒に暗い闇と思いを吹き飛ばすような優しい歌声を響かせるフェンリエッタ。 戦場と言う地獄の中の天国がここにあった。 「大丈夫ですか? まずはゆっくり休んで下さいね」 侍女と共に一人一人に毛布や食べ物を運び、優しく額や手を撫でてくれた母のような手の女性。 「あなたが…戦場の花? かし…ら」 「私は私のするべき事をしているだけですよ。シエナ。毛布と包帯を」 「はい、こちらに」 淑女の声から感じるものは、強さや優しさだろうか? ブレーキ役に傍に置き、侍女に無理をさせないようにして、自らを制している、とも見える。 「よい侍女さんね」 「ありがとう。ずっと一緒にいてくれた大切な友なの。褒めて貰えてうれしいわ」 「そう? いいことね。一人だとどうしても無理しがちになるわ。アタシがそうだしね」 身体はまだどうしようもなく重い。だが同じように重い目蓋は、でも優しい声と共に気持ちの良い眠りを与えてくれそうだった。 「ここにもすぐに戦雲がやってくる。彼女の為にもそろそろ帰るべきだと…思う…わ」 自分にかけられた毛布と同じくらい手を握ってくれた暖かい手のぬくもりを感じながら幸せな気分で国無は眠りについた。 夜。 「サフィーラさんは、どこにいらっしゃいますか?」 フェルルは控所で灯りをつけて包帯作りに勤しむ女性に声をかけた。 サフィーラの侍女シエナ。 「お疲れでいらっしゃるのですから、お休みになった方がいいのではありませんか?」 フェルルはかけられた声に大丈夫です、と返した。 「ちゃんと休みます。少しお話したいことがあるのです」 シエナは頷いてサフィーラの居場所を教えてくれた。 その居場所にフェルルは驚いたのだが、果たして彼女はそこにいた。 「サフィーラさん。そこで何をしておいでなのですか?」 「何を、ってトイレ掃除よ。避難所や救護所で、ある意味一番綺麗にしておかなければならないところはここなの。ここが不潔なままだと病気や感染症の温床になるから」 当たり前のように言う貴族の婦人にフェルルは小さく肩を竦めると桶を手に持った。 「…貴女と言う方は…。私もお手伝いしますから終わったら少し、お話を聞いて頂けないでしょうか?」 「私もお手伝いします」 「フェン?」 人手が増えて、作業は速やかに終わり、三人はそっと救護所から外に出た。 まだ夜風は冷たいが真冬とは違う風の色がするようで、彼女らは夜空を見上げた。 空には満天の星。 「キレイね。こんな星空の下で命を賭けた戦いが起きているなんて、嘘のよう…」 「そうですね」 呟いたフェルルはフェンリエッタの方を少し見てから 「サフィーラさん」 そう名前を呼んだ。 「なあに?」 母のような女性は彼女達を見ている。フェルルは静かに思いを紡いだ。 「年末にジルベリアで褒章を頂いて… その時から暫く褒章の重みに縛られてました。 何とかしないと、頑張らないと、そう思うたびどんどん重くなっていくんです」 サフィーラは何も言わない。ただ、柔らかく彼女達を見つめるのみだ。その眼差しが与えてくれたものを思い出してフェルルは知らず胸に当てていた手を放した。 そして、微笑みかける。 「けど、最近気持ちを切り替えられたんです。 そしてそう、今のサフィーラさんの姿を見て再確認しました。 モノはモノ、何よりはそれを扱う人の気持ち次第なんだって」 「サフィーラさんの翼は儀も越えるほど力強くて…優しさでできてる。 私の翼は…心の風が赴くまま高く遠く飛びたがるの」 サフィーラは看護、医療兵であったと依頼人である彼女の孫は言っていた。 誰よりも多くの人を救える場所に立つ人は、同時に誰よりも多くの人の死を見つめる人でもあるのだろう。 まだ自分達はきっと「知らない事」が多い。 「…うん、戻ったらグレイス様に手合せを申し込みます。 剣を振るう姿も知らないし色々な事、実感できそうだから」 「あの子は見かけによらず強いわよ。父親に厳しく仕込まれているから」 クスッと笑ってサフィーラは二人を見つめる。そしてその手を強く握りしめた。 「まず、自分を好きになりなさい。そして、もっともっと人を好きになるの。そうすれば貴方達はもっともっと輝けるわ」 戦場の花とサフィーラを呼ぶ人がいると聞いた。 それは本当に正しいと彼女達は思った。 心から思ったのである。 ●願いを込めて… 後日、更なる敵が迫る点鬼の里から避難民や傷病者の一部が別の場所へ移動することになった。 「では、安全な所まで護衛してきます。後をお願いします」 「私が誘導しますね。この近辺の地理とか様子は調べて来たので」 クルーヴとフィンは見送りに出てきたサフィーラや仲間達にそう告げた。 「生成姫や鬻姫がいつ迫るかもしれません。ここはやはり危険です」 「大アヤカシ……天儀や他の儀じゃ数体倒されてますけどジルベリアじゃまだ、か。 ……いつか、ああいう大きな脅威を駆逐できたら良いのに」 「そうね。簡単じゃないけど、いつか本当に安心して暮らせる大地を取り戻したいと思うわ。その為には貴方達や、子供達の力が必要なの。気を付けてね」 フィンを、クルーヴをそっと胸に抱きしめたサフィーラ。二人は微かに頬を赤らめてそれから 「行ってきます」 と母に言うように手を挙げた。 進む列と人々、その中から抜け出た国無は開拓者達と、サフィーラの前に来て、頭を下げた。 「私の名は国無。貴方を探しに来た開拓者の一人であったの。お役にたてずごめんなさい。でも、お会いできてうれしかったわ」 受けた義理は返す、などとは言わない。 「生きて、またお目にかかりにいくわね。お土産を持って」 肩に羽織ったコートに手を触れ、走り寄ってきた走龍を愛しげに撫でて国無は点鬼の里を離れて行った。 「私を探しに? …ヤダ、あの子ったらまた貴方達に依頼を出したのね?」 「あ、言ってませんでしたっけ?」 フェンリエッタはくすくすと笑って頷いた。 「私は事が終わるまでは帰らないわよ。ここには仕事がたくさんあるのですからね」 「はい。解っています。止めません」 きっぱりとはっきりとフェルルは答え、仲間達も頷く。 「私は私の気持ちから、時間の許す限りご一緒しますよ♪」 「こういう野戦経験や後方支援の経験をするのは若い今がチャンスと思います。皆さんのように物資の支援はできませんから体で! 払います」 「納得の行くまで支援されませ。ご家族はご心配されておりましょうが、それでそれぞれに期待が応えられたら良いですね」 「己の信念に沿って行動する人は嫌いではない。せめてもう少し人はつけて欲しかったがな。 これも修業の一つだ。精霊と共にあれ」 「サフィーラさん」 フェンリエッタは胸に手を当ててお辞儀をする。 「私達の花、憧れの翼。どうか、その力にならせて下さい」 「あら。恥ずかしいわね。そんな風に言われると」 少女のように顔を赤らめる婦人を本当に可愛いと、美しいと開拓者達は思った。 「では、仕事に戻りましょう。やるべきことは沢山あるから」 「はい。でもサフィーラさんもちゃんと休んで下さいね」 「解ったわ。あ、そうそう。さっき支援物資が届いたみたいなの。借りていた分はお返しするわね」 「気になさらずとも良かったのに…」 「さあ、今日も張り切って行きましょう!」 戦場の三月。 まだ、大地に花が咲くには少し早い。 しかし、人々の心に開拓者達の優しさが与えてくれた花はきっと咲くだろう。 希望と言う美しい八重の花が。 |