【神代】残された陰【陰陽寮】
マスター名:夢村円
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 難しい
参加人数: 32人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/03/13 11:45



■オープニング本文

●襲撃
 開拓者ギルド総長、大伴定家の下には矢継ぎ早に報告が舞い込んでいた。
 各地で小規模な襲撃、潜入破壊工作が展開され、各国の軍はそれらへの対処に忙殺され、援軍の出陣準備に手間取っている。各地のアヤカシも、どうやら、完全に攻め滅ぼすための行動を起こしているのではなく、人里や要人などを対象に、被害を最優先に動いているようだ。
「ううむ、こうも次々と……」
 しっかりと守りを固めてこれらに備えれば、やがて遠からず沈静化は可能である。が、しかし、それでは身動きが取れなくなる。アヤカシは、少ない労力で大きな被害をチラつかせることで、こちらの行動を縛ろうとしているのである。
「急ぎこれらを沈静化させよ。我らに掛けられた鎖を断ち切るのじゃ」
 生成姫がどのような策を張り巡らせているか、未だその全容は見えない。急がなくてはならない。


「いいなあ〜。透兄様も雷太も」
 五行北東。鳴澄の森で戦場を遠巻きに見つめながら少女は呟いた。
「おかあさまのお役にたてて…。私も透兄様みたいにおかあさまの隣に立てるようになりたいな。雷太みたいにこの身体を捨てられるのも捨てがたいけど…」
 その呟きには心からの羨望が滲む。
「ま、その為にもお役目、頑張らないとね。行くよ!」
 隣で少女を見守るように立つ怪狼に声をかけて、少女は戦場を後にした。
 目的は五行西域。山頂の祠。透より渡された地図によるとそこに生成姫の配下が封じられている筈なのだ。
「おかあさまの眷属なら私達の仲間、だよね。早く助けてあげないと。それに…」
 少女は自分の想像に頬を緩ませた。
「お役目を果たしたら、おかあさま、私の事も褒めてくれるかな?」
 自らの「お役目」の先に待つものを知る由もなく…。 

●動乱の西域
 五行西域は動乱の最中にあった。
 襲撃とそれに伴う戦乱に呼応するように魔の森から今までにない数のアヤカシが溢れ出て来て村々を襲い始めたのだ。
 西域を守る陰陽集団西家は人々を避難させ、西家の村に保護を進めている。
 だが、彼らを守る西家もまた混乱の中にあった。
「透様が裏切った?」
「雷太と透様がアヤカシの配下だった? まさか? そんなことが?」
 西家の長、帰還した西浦長治の言葉に驚かない者はだれ一人いなかった。
 元々西家は長の一族を除いて血のつながりで結ばれているわけでは無い。
 人々を救い、守りたいと言う志を持った陰陽師達のいわばギルドのようなものである。
 だからこそ、その関係は互いの信頼で結ばれていた。
「…真実だ。透は大アヤカシ 生成姫に育てられた暗殺者。雷太を生贄として生成にとって裏切り者である天女アヤカシを傀儡に変え去って行った」
 悔しげに、噛みしめるように長治は一族の者達に事の次第を語る。 
「嘘だろう?」
 雷太や透と親しい若い陰陽師達は動揺し
「我々は…騙されていたのか?」
「まさか? 他にも?」
 年長の陰陽師達は互いを疑心暗鬼の目で見る。
 チッ!
 長治は舌打つ。
 新入りであった雷太はともかく若長と共に陰陽寮に学び、長の右腕、若頭と信頼と期待を一身に受けていた透の裏切りは一枚岩と信じていた西家の絆に大きな皹を入れたのである。
(ここまで計算していて透を潜ませていたとしたら、生成姫、恐ろしいなどと言う言葉では言い表せぬな)
「とにかく落ち着け。こんな時だからこそ、我々の西家の結束が試されているのだ。人々を守り、この西域を守る。それが西家の使命だと言う事を忘れるな」
 一族の者達に激を飛ばして後、
「三郎はどうした?」
 弟の名を彼は呼んだ。若い陰陽師の数名が顔を見合わせ、そして首を横に振る。
「若ならアヤカシ退治に出たままです。いくら呼んでも戻ってきません」
「目についたアヤカシみんな殺す。くらいの勢いです。こういう時は頼もしいですが、若が暴れたら俺らじゃ止められませんよ」
「あのバカ…」
 長次はそれだけ呟くと長の顔に戻った。
「それで? 透が残したものから何か解らなかったか?」
 長治は一人に問いかける。
 透は雷太と一緒に魔の森についての調査を行っていた。
 西域の魔の森には八咫烏に関連すると言う神殿があり、護大に関わるとされる遺跡もあった。
 他に何かあるかもしれないと遺跡や神殿の追跡調査と合わせて、透は独自に調査を行っていた筈であるのだ。
「それが…どうやらあの遺跡のあった山の山頂に上級アヤカシを封じた祠がある様なのです。透の残した資料の中に密書らしきものがありました」
 透の部屋を調べていた若い陰陽師がそう告げる。
「透は祠の開封を狙うつもりだったのかもしれませんが…」
 と彼は一通の手紙を差し出した。
 差出人の名はなかったが、おそらく生成姫からの密書であると思われた。
 手紙には裏切り者である鬻姫を傀儡にする為の命令と、その為の生贄として雷太を送る旨が記されていた。
「雷太。あいつは…最初から生贄として用意されていたのか…。哀れな奴だ」
 長治は一瞬だけ、躯さえ残されずに消えた少年を思い目を閉じ、ふとあることに気が付いた。
 手紙をもう一度読み返すと、立ち上がり
「直ぐに陰陽寮に連絡を!」
 そう、声を上げたのだった。

●宣戦布告
「西家、長治から連絡がありました」
 一年、二年、三年。
 与治ノ山城にて城を預かる朱雀寮寮長、各務 紫郎は陰陽寮生、特に朱雀寮生を前にしてこう告げた。
「西域のある山の山頂にに生成姫配下の上級アヤカシが封印されている可能性があるということです。長治はその遺跡の調査に陰陽寮生を派遣して貰えないかと言ってきています」
 現在、西域もアヤカシの進行が激しく調査に手が回せないと言う事と、もう一つ。
「かの地のアヤカシの封印を解くべく、生成姫は子供を差し向けると言っていたそうなのです」
「子供」
 その言葉に寮生達の間に震えが走った。
 西家と陰陽寮を裏切った陰陽師。生成姫の子 透は今、鬻姫と共に戦場にある。
 しかしアヤカシと鬻姫に守られた彼には今、容易に手は出すことができないでいた。
「配下が開封されて生成姫の戦力が増強されることを見逃すわけにはいきませんし、その子供を捕えれば今後の戦いに際し何か有益な情報が掴めるかもしれません」
 寮長の顔色はいつもと変わりがなく見える。
 でも、それが見かけだけであることを寮生達は皆、知っていた。
「ここは、私の全責任において守ります。絶対に陥落などさせません。皆さんは西域に赴き、配下の開封を阻止すること。これ以上、けっして生成の好きにさせてはなりません」
 寮長にしては珍しい怒りを孕んだ、それは命令であった。

 そして、寮生達は立ち上がる。
 自分達から大事なものを奪ったまだ姿見えぬ敵への宣戦布告の為に。
 


■参加者一覧
/ 芦屋 璃凛(ia0303) / 俳沢折々(ia0401) / カンタータ(ia0489) / 青嵐(ia0508) / 玉櫛・静音(ia0872) / 胡蝶(ia1199) / 喪越(ia1670) / 四方山 連徳(ia1719) / 八嶋 双伍(ia2195) / 瀬崎 静乃(ia4468) / 平野 譲治(ia5226) / 樹咲 未久(ia5571) / 鈴木 透子(ia5664) / 雲母(ia6295) / 劫光(ia9510) / 宿奈 芳純(ia9695) / 尾花 紫乃(ia9951) / サラターシャ(ib0373) / アッピン(ib0840) / ネネ(ib0892) / 无(ib1198) / 真名(ib1222) / 尾花 朔(ib1268) / 羊飼い(ib1762) / 晴雨萌楽(ib1999) / 雅楽川 陽向(ib3352) / リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386) / クラリッサ・ヴェルト(ib7001) / カミール リリス(ib7039) / 比良坂 魅緒(ib7222) / 羅刹 祐里(ib7964) / ユイス(ib9655


■リプレイ本文

●揺れる思い
 朱雀寮卒業生。『七松透』の裏切りは五行全体に大きな衝撃を与えた。
 彼の所属していた陰陽集団と共にその影響を一番受けたのは言うまでも無く陰陽寮である。
「七松先輩が生成の子ね。なかなかやりますね〜」
 言葉で聞けば楽しげに聞こえるアッピン(ib0840)の胸中も言葉通りでは無論無い。
 目指すべき背中、尊ぶべき先輩と信じてた人物がアヤカシに組した。
 いや、元々アヤカシの配下であった。
 誰も予想していなかった現実に、陰陽寮生達は信頼と言う絆を揺るがされていたのだ。
『在校生、卒業生全員の身元調査をした方がいいかもしれませんね。まあ、私は不明なのですが…』
 出発前、自嘲するように青嵐(ia0508)は口にした。
 生成姫の配下復活阻止という任務を下された寮生達はその準備を行っている。
 ただいつもであればそれぞれ向かえばいい。だが…もしかしたらまだ、寮生内に生成の子供がいるかもしれない。
「…やりすぎかもしれませんが、身体検査などはした方がいいかもしれません。私が寮長にかけあいましょう」
 保健委員長玉櫛・静音(ia0872)の提案で、調査に出発する陰陽寮生達はチェックを受ける為に一度集まることになったのだ。
 と、言ってもこれから戦いに赴くのである。
 武器や道具を持つなと言われても無理だし、全員、開拓者でもある。
 それぞれに持ち物には趣向を凝らしているから、何を持っているから怪しい、何を持っていないから怪しくないと言うことを簡単に結論付けることもできなかった。
 疑心暗鬼。
 穏やかな保健委員長に、こう考えさせなければならない陰陽寮の現状。
「卑劣な相手ね…人間が嫌がる手口を良く分かってる」
 胡蝶(ia1199)が吐き出す様に告げたその向こうに、後ろ姿の幻を見たような気がし青嵐は
(…いや見事。君らはその信念と絆によってついに陰陽寮全ての団結を打ち壊した。素晴らしい手並みだよ。…憎らしい程に)
 今は言葉に出さない思いを手の中に握り締めた。
「まあ、もう裏切り者は出したくない所、だからね。もういないと信じたいところだけど…」
 苦笑しながら検査と準備を手伝う俳沢折々(ia0401)の言葉に
「そう言えば、どうやって子供達は仲間を見分けているんでしょうか? ふむ」
 身体検査をクリアした羊飼い(ib1762)が自分の横笛を撫でながら何か思いついたような顔をした。
「アヤカシを連れているか、連れていないか…じゃないよね。透先輩や報告されていた開拓者は当然アヤカシを連れていなかったし」
「…雷太も、です…」
 ぽつりと、呟く様に告げた芦屋 璃凛(ia0303)の言葉に、そうだね。と折々は頷いてその背をそっと叩く。
 先遣隊にいて、「その場」に居合わせなかった璃凛はずっと気にしていた少年雷太の辿った運命をカミール リリス(ib7039)に聞いて衝撃を受けていた。
(もし…うちを拾ってくれたのが師匠じゃなかったら。生成姫だったら…雷太であったのはうちだったかもしれない…)
 そんな思いを胸に抱いているのは璃凛だけではない。
「アヤカシを親に…か」
 モユラ(ib1999)は目を伏せ下を向き
「分からない、分からないのだ」
 平野 譲治(ia5226)は頭を抱えていた。譲治は家族を守る力を得る為に開拓者としての道を選んだ。
「おいらが生成姫の子であれば、きっとおかあさまの為に全力で敵を討つ。
 そして、おかあさまの為であれば身をも捧げるのだ。
 だって、家族は絶対なりから。でも、おいらはそうではなくて、おいら一人の物でもなくて…。生成姫の配下は舞台に上げてはいけなくて、でも先輩は母親の為に戦う子供で…」
 譲治は髪を掻き毟るが答えなど出ようはずもない。
「どんな人間であろうと孤独には勝てん。本当の親と引き離されて、愛すべき母と教えられて育ったのなら、生成の子供達があそこまで母親を慕うのも、当たり前だと言えるだろう。奴らは俺達の闇鏡。別の道を辿った俺達かも知れないのだから…」
 剣の手入れをしながら言う劫光(ia9510)の横顔を比良坂 魅緒(ib7222)は見た。
 この男は友の裏切りに、何を思っているのだろうか…と考えながら。
「…にぃや」
 瀬崎 静乃(ia4468)の呼び声に彼は顔を上げ微笑んでみせるがそれが虚勢であることくらいは静乃にも解っていた。
 だから静乃もまたそれ以上は声をかけず、出発の準備に動き出す。
「ただ今戻りました」
 鈴木 透子(ia5664)の声がしたのはそんな時だった。
「透子さん。カンタータ(ia0489)さん。お帰りなさい。いかがでしたか?」
 出迎えた樹咲 未久(ia5571)に二人は大きくため息をついて見せた。
「緊張、しました。ですが、殺してしまえと門前払いをされなかったところはありがたいところです」
「とりあえずは、封印を守り子供を捕えてからの話だと言われましたね〜。まあ当然と言えば当然ではあるのですが〜」
 彼らは架茂王に生成姫の子供を捕えた場合、彼らを保護して貰えないかと談判に行ったのである。
「あの人達の思いは、簡単ではありません。情報収集の観点から捕縛を狙うのは妥当かとは思いますが…最優先すべきは封印解呪の阻止であることは忘れないで下さいね」
 ネネ(ib0892)の言葉に解っています、と透子は頷く。
「ただ、洗脳といってもそれは考え方の大きな違いでは? と思っています。人としての良い所も残しているのなら…正しい保護と教育で元に戻すこともできるのではないでしょうか?」
「今は無理です、この状況下でそれは自殺行為だと考えています」
「朔さん!」「朔!」
 透子とネネの会話を聞いていたのだろう。尾花朔(ib1268)が準備の手を止め透子に厳しい目で歩み寄ってくる。
「自らのうちに、敵を飼うだけの余裕など無いのです。彼らに情をかけて、それによって友や仲間が傷ついた時、その責を貴方は取れますか?」
 泉宮 紫乃(ia9951)が袖を引き、真名(ib1222)が声を荒げるがいつも穏やかな風貌を崩さない朔には珍しい程の苛立ちを孕んだ声は止まらない。
「責任を取る覚悟、無いのであればそれはただの戯言であり、机上の空論。それに対してどうするのか、どう動くのか、そして…どう責任を取るのか。
 全てをもって信念を持って動くことが必須ですよね。かかわるのであれば、覚悟を決めて下さい。その覚悟の先に決めたことであるというのなら私は反対はするかもしれませんが止めませんよ」
 朔の思いを全て受け止めた上で透子は真っ直ぐに彼の目を見据え答えた。
「解っています。こっそり逃がすようなことはしません。封印を守る。それが最優先です」
「なら結構。時間はありません。早く準備をしましょう。事前にできる調査もしたいところですから」
 透子に背を向けた朔の横で
「紫乃…大丈夫?」
「…大丈夫です。ありがとうございます」
 青ざめた紫乃を真名が支える。
「あーもう面倒臭い! 面倒臭いでござるー!」
 頭を掻き毟るように四方山 連徳(ia1719)は声を上げている。
「最近の陰陽寮は超エライ神様の掌でアウアウ喚きながら回ってるも同然でござる!」
 朔の言葉に再び動きを止め何かを考えるような劫光、譲治。
 他の寮生達の表情にも明るいものは一つもない。
 揺れる陰陽寮の絆と思い。
「ハッ!」
 それを少し離れた所から見つめていた雲母(ia6295)は煙管強く齧り、憤りを吐き出した。
「甘い考えの連中ばかりで反吐が出る。不安要素はすべて取り除くのが常だろう」
「あら、それでいいと思うけど?」
「?」
 雲母は振り返る。そこには同じように一歩離れた所から彼らを見つめていたリーゼロッテ・ヴェルト(ib5386)がいる。
「どういう意味だ?」
「別に。気にしないで」
「母さん!」
 娘であるクラリッサ・ヴェルト(ib7001)の呼び声に応じて片手を上げて去って行くリーゼロッテを見送りながら、雲母もまたいつになく揺れる己自身を抑えられずにいた。
「折々先輩は…平気なんですか?」
「透先輩のことは勿論気がかりだけど…それでも誓ってくれたからね。私は卒業式の約束を信じる」
 かくして寮生達はそれぞれの胸に、揺れる思いを抱いて旅立つ。
 自分達の闇鏡と向かい合う戦いへと。

●攻防戦
 遺跡のある山は、魔の森にも等しい程にアヤカシが多いことはかつて、別の調査に来た時に体験し、知っていた。
「空からの接近は難しいと思います。怪鳥とか飛行アヤカシも出るし、雪玉のような外見で練力や血を吸う蟲もいました。上空近辺のことはうろ覚えですけど…飛行朋友が着地できるような場所はなかったかと…」
「地上にはケモノ系アヤカシが多かったです。西域はそんなアヤカシが魔の森以外にも多い土地だと…透先輩が言っていました」
 璃凛、リリス、クラリッサ、そしてサラターシャ(ib0373)らの報告を寮生達は聞いていたが、実際はそれ以上かもしれないと登山を開始した寮生達は思っていた。
 一匹一匹の能力は大した事は無い。
 だが、とにかく数が多いのだ。
「うわっ! これ、前より絶対多い! 来るな! 戦わなきゃなんない相手は、あんた達じゃないんだから!」
 瘴刃烈破で目の前に溢れる蛇羽を薙ぎ払いながら璃凛は敵を睨みつけた。
「少し、この山のアヤカシを…甘く見ていたかもしれませんね。一刻も早く到着しなければならないのに…。行きなさい!」
 静音は悔しげに唇を噛みしめると現れた怪鳥の群れに眼突鴉を差し向けた。
「邪魔するものは全部ぶっ潰すでござるー!」
 喜々として敵に向かう連徳。
「先輩達は練力を節約して下さい。この程度ならボク達でもなんとかなります」
 ユイス(ib9655)は魅緒や八嶋 双伍(ia2195)達と共に劫光達を見て微笑んだのだった。
 支援に徹してくれた宿奈 芳純(ia9695)も敵を食い止めてくれる。
 故に彼らはまず封印へ辿り着くことを最優先した。
 そして同時に透が残した資料の確認も怠らない。
『この封印はかつて天女アヤカシであった頃の鬻姫が当時の陰陽師の力を利用して行ったもののようですね。解呪の方法は流石に残していませんでしたが、差し向けられる子供には教えている筈です』
「資料や研究内容を確認した時も思ったが、アヤカシの実態や能力、瘴気に関する研究は驚くべきもの。流石…神童と呼ばれるだけはある」
『アヤカシ側の教育を受けていたのなら、それは当たり前の事でしょう』
 凍りつく様な青嵐の言葉と態度に羅刹 祐里(ib7964)は思わず口を押さえるが、劫光は研究資料とは違うものから視線を離していなかった。
「先輩。それは?」
 サラターシャが問うとああ、と劫光はそれを彼女に渡した。
「透が残した密書だ。借りてきた」
 受け取ったサラターシャは中を見る。
 手紙の中で、彼は我が愛し子と呼びかけられていた。
 間もなく時が来る。裏切り者である鬻姫を処理して戻って来い。
 その為に必要であれば必要なだけ助けを送る、と優しさと愛しみに溢れた文章は正しく母からの手紙、であった。
「奴らにとって見れば、生成は本当に神であり、母親なんだろうな…。生成はそうふるまってきた」
 劫光の呟きに二年生の少女達は顔を見合わせた。
「私も、母さんの為なら命くらい投げ出せる…けど、彼らのそれは意図的に植え付けられたもの。親子の情というより盲信…」
「雷太の部屋を見ましたけど、本当に必要なもの以外、何もなかったんです。、楽しいとか嬉しいとかそういうものを一切排除したような「おかあさまの為」だけの生活が本当に幸せだったとは思えないですよね」
 リリスの言葉に頷くとサラターシャは手紙を劫光に返し告げる。
「子供達を使う生成姫の行いは許せません。ですが、透さんには不思議と怒りは覚えませんでした。
 彼は鬻姫に私達を殺させることも出来ました。でも私達は生きています。
 彼には母親と陰陽の二つの情があると、私はそう信じます」
「甘い、期待かもしれないがな」
 劫光は手紙をもう一度懐にしまうと前を向いて山頂を目指す道へと戻った。
「アヤカシに与するというなら、敵。それだけは間違いないから。…迷わない」
 クラリッサと共に二年生達も続く。
「おいらも、まだ解らないなり。でも、知りたいことができたのだ。なればっ! 全身全霊っ! それに突き進むのみなのだっ!」
 小さいけれど、真っ直ぐに前を行く背中。
「手掛かりが残り過ぎてるな。こいつは、先々代委員長が俺達にさせたい事、伝えたい事があるってわけかねぇ? ――付き合う俺も甘ぇな」
 彼らを守るように喪越(ia1670)も後を追った。
 朱雀寮生達の会話を聞き、さらに後ろを護り行きながら无(ib1198)は
「何故彼が手紙を残して行ったのか…。「人」としての心も手紙と一緒に残っていたならいいが」
 そっと胸元に手を当てながら一人ごちた。
 そして空を見上げ、密かに別行動を取った青龍の仲間達が、答えを子供から聞き出してくれれば、と願うのだった。

「お姉様? 貴方が?」
 羊飼いが、仲間より先にその少女を見つけた事には大きく運が作用する。
 差し向けられた子供の捜索に人魂を放っていた寮生は多い。
 その中で大量のアヤカシが道を塞ぐ山道とは反対側にもしかしたら子供がいるのではないか、と狙った考えが当たったのだ。
 狼を連れた子供は時折笛を吹きながらけもの道を進んでいる。
 道があっても険しい登山。
 道なき道を進む子供の足は、山道に慣れ、なおかつアヤカシの邪魔が入らないとは言え決して早くは無いように思えた。
「このままで行くならほぼ同時か、ちょっとだけこちらの方が遅く着くかもしれません」
 羊飼いは青龍寮の仲間達に知らせて後
「試したいことがあるんです。少しだけ、時間を貰えませんかぁ?」
 そう願ったのだ。
「逃がしはしません。ただ、戦いになってからはできない情報収集もあるとおもうのです」
 周辺を探る限り、他に伏兵の気配はない。
「お目付け役の狼を連れている、ということはそんなに序列の高い子供ではないと推察できますからね…。試してみる価値はあると思いますが…」
 カンタータは頷き、仲間達を、主に透子を見た。
「…無理はしないで下さいね」
「はい。では行ってきます」
 そうして羊飼いは、子供の前に進み出たのだっだ。
「おっと、待って下さい。私も貴女と同じおかあさまの子供、ですよ」
 突然現れた人影に、少女は武器を手に身構えた。間合いを取り、今にも襲い掛かって来ようとした少女は
 おかあさま。
 その言葉に微かに殺気を緩めた動きを止めた。
 両手を上げたまま相手を羊飼いは観察する。
 少女だ。まだ子供と言っていい。
 ただ、外見に似つかわしくない殺気と気配を纏っている。
 軽装に腰に帯びた二本の刀。志士か、もしくは…。
「お姉様? 貴方が?」
 横で狼は唸りを上げ、少女自身も警戒を緩めてはいないが…話はできるかも。
「そうですよ〜。透と同じく人の世の暮らしが長かったので信じて貰えないかもしれませんが、貴方を助けるように言われてきたんです。貴方はおかあさまに信頼された選ばれた子ですからね」
 少女は一瞬、頬を緩ませて年相応の笑みを見せた。だが、横にいる狼に吠えられて首を横に振ってまた厳しい眼差しで羊飼いを睨む。
「お姉様のお役目は?」
「だから貴方を助けることですよ。貴方は透の役目で私は贄。手順を確認してその場に赴いたら即座に命を捧げる覚悟はできています」
 その時、少女の目に疑いの光が宿ったのを羊飼いは感じた。何かを言い間違ったか…。
「楽器は?」
「ああ、それは置いてきて…」
「嘘つき!」
 少女の手元が閃いたかと思った瞬間
「きゃああ!」
 羊飼いの周囲に炎が燃え上がっていた。
「透兄様は贄がいるなんて言わなかった!」
「羊飼いさん!」
 様子を窺っていた透子やカンタータが飛び出すと同時、周囲がさらに煙に包まれた。
「火遁…いいえ、まさか今のは不知火?」
 炎を消し、羊飼いの手当をしながら透子は森に消えた少女の背を見つめていた。

 その頃、寮生達の中でも先行した者達は山頂の祠に辿り着いていた。
 一見、どこにでもあるような神社のようだ。
 しかし、見れば周辺に渦を巻く瘴気の異常は一目瞭然であった。
 祠の奥には小さな箱のようなもの封じられている。
 複雑に描かれた符で封じられた扉は勿論、押しても開かない。
 符も剥がれない。
「誰が、封印したんやろ? 人の手によるもんやないんやろか?」
 見覚えのない文様が描かれた符を見ながらぴこぴこと雅楽川 陽向(ib3352)は耳を動かした。側では紫乃が、仲間達が同じように調査を始めている。
「人の手によって成されたもんか、アヤカシが施したもんか…。
 それがわかったら、どないな方法で封印を解くつもりか、手掛かりにならんかと思うんやけど…」
 封印をさらに調べようと陽向がもう一度手を伸ばしたその時だ。
「陽向! 危ない!!」
「え?」
 魅緒の言葉に陽向が振り向こうとした瞬間、陽向の手元で火が弾けた。
「わあっ!」
 尻餅をつく陽向を庇う様に魅緒が駆け寄った。
 周囲の寮生達は現れた敵を前に臨戦態勢に入っている。
「今のは炎の魔法、いえ? 魔法ではないわね。陰陽術でもない。シノビの忍術かしら?」
 リーゼロッテはアゾット剣を握り締めた。
 祠の入り口では符が燃え上がると同時、微かな音がして扉が既に開いている。
「封印が…解けた?」
「符を燃やすことがここの解呪の方法だったのでしょうか? だとすると?」
 紫乃が周囲を見回す。符を燃やすのが開封の方法と知り、躊躇いなく燃やすなら、それは開封の為にやってきた子供しかいない。
「子供は少女のシノビです! 気を付けて!」
 開拓者達がやってきた道の反対方向から透子の声がする。
 と同時に笛の音が彼らの耳に届いた。覚えのある響き。
「どこ? どこにいるの?」
 気配を探る真名の眼前に、笛の音に呼び寄せられたのだろうか?
 怪狼が、群れで現れた。
 空には怪鳥がやはり群れを成す。
 祠の扉は開いたがまだ、箱に変化はない。
 箱を動かない様に縛る紐と、箱そのもの。
「アヤカシの中に紛れて、さらなる解呪を狙うつもりかしら。でも…そうはさせないわ」
 結界術符で入口を封じると胡蝶は陽向達と祠の入口を背に、アヤカシの群れを見据えるのだった。

●守る為に
「邪魔する者は全部、ぶっ潰すでござる!」
 言葉通り連徳は目の前に集まってきた怪鳥に全力、遠慮なしの術を連打する。
 隷役込みの黄泉より這い出る者に耐えられる下級アヤカシなどそうはいない。
 練力の消費も激しいが、瘴気回収との併用で敵は次から次へと瘴気に戻って行った。
 雲母の月涙、ユイスの斬撃符が翼を裂き、怪鳥の群れはその数を目に見えて減らしていた。
 その一方で、群れで襲い掛かってくる怪狼に寮生達の動きは一歩、遅れる。
「子供は狼を連れています。強化された狼である可能性が高いようです。気を付けて」
 透子は朱雀寮生達に告げて、身構える。
 何故、それを先に知ったか、今は問い詰めている時間も無い。
 祠への侵入は絶対に許さないと言う覚悟で彼らは、敵を睨みつけていた。
 怪狼の最大の武器はその俊敏さと集団戦闘にある。
 一際大きな剣狼が嘶くと、数匹の狼達がまずは弱そうに見える子供達。譲治やネネに向かって飛びかかって行った。
 だが、彼らは直にその認識の間違いを己の命と共に自覚する。
「させない…。 させないのだっ!」
 巴で狼の突撃を避けた譲治が斬撃符を放つ。弾き飛ばされるように飛んだ狼達の身体が空に飛んで消えて行った。
 仲間の消失を目に見てもアヤカシ達の足が止まることは勿論無い。
 次の目的は武器を持たない青嵐か。集まる狼達はだが、彼に爪を立てることさえできずに地に伏すことになった。
 隠し持った定風珠。斬撃符に巴、素早さを誇る狼達はその勝負に勝る敵の存在など予想していなかったろう。
 途切れることなく続く狼達の攻撃を交わしながら
「どこ? どこなの?」
 真名は子供の気配を探っていた。
 シュン!
「な、なに?」
 微かな音と共に飛んできたものをほぼ本能で真名は避けた。祠の入口を狙って放たれたのは石の礫。
「気を付けて!」
 ネネが仲間達に声をかける。
 指弾は驚異的なスピードで木々の間から途切れることなく放たれている。
「くっ! でも、攻撃してきたってことはそこにいるってこと、よね!!」
 胡蝶の結界術符に隠れながら真名は敵の動きを目算し、毒蟲を放つ。
「うっ!」
 微かな呻き声が聞こえる、だが動きを止める筈の術は逆に子供の覚悟を促したらしい。
「行って!」
 刀を構えて開拓者の方に飛び込んでくる少女。
 彼女の着地と共に周囲に煙が立ち上った。
「煙遁?」
 目を閉じた寮生達の周囲に散華、手裏剣の嵐が舞う。
「キャアアア!」
 真名やカンタータ、静音。祠の警戒に当たっていた者達の身体を切り裂くが、身の痛みより先に彼女らが案じた事があった。
「行って!」
 その言葉の意味は何者かが動くということ。
「狼?!」
 祠の中に飛び込んだ狼が、封じていた縄を噛み切り、箱を咥えて飛び出そうとしていた。
「…させない!!」
「逃がさないわ!」
 胡蝶は狼の退路に結界術符を出して逃亡を封じる。そして、その隙を見逃さず静乃は狼に呪縛符を放ったのだった。
 動きの鈍った狼はそれでも地面を蹴り口に咥えた封印の箱を離さず逃亡を試みる。
 しかし
「逃がさないよ。絶対に」
 クラリッサの放った蛇神がさらに狼の身体を縛った。
 そして狼は
「刻みなさい『斬撃』」
『!!』
 未久の斬撃符と朔の雷閃によってその脳と身体を裂かれ、貫かれた。
 掻き消えるように消えたその場所に
 からん。
 小さな音を立てて箱が転がり落ちる。
 それを青嵐は拾い上げると布で包んだのだった。

 シノビの少女は完全に自分が追い詰められているのを自覚していた。
 度重なる蠱毒によって身体はもう思い通りには動かない。
 牽制と囮に呼び集めたアヤカシももう、殆ど残っていない。
 少女は祠の影に隠れた。
 周囲に集まる陰陽師達。多勢に無勢。
「箱、取られちゃった! こうなったら!」
 近付いてくる気配に、少女は最後の力で再び煙を周囲に巻き上げた。
 一瞬の隙。
 少女は刀を捨て祠の上に上ると懐に隠していた笛をとって口元に当てる。
 だが、その瞬間をこそ待ってた者達がいた。
「朱夏!」
 死角から一直線に放たれた鳥人形が、少女の手元の笛を高く空に弾き飛ばす。
「あっ!」
 笛を取り戻そうと伸ばした手の先で
 バキン! 音を立てて笛は粉々に砕け散った。芳純の放った黄泉より這い出る者の効果であることを彼女は勿論知る由もない。
「笛が!」
 彼女に解るのは自分の最後の武器が失われたこと。
 高所に上った筈の自分の周囲を壁が取り囲んで逃亡の道が完全に絶たれたこと。
 そして男が二人、もう、目の前に迫ってきているということだけであった。
「イヤ! …止めて!!」
 身体はもう鉛のように重く動かなくなっている。
「覚悟はいいか? 嬢ちゃん?」
 いつの間にか0距離まで近づき、怪しげに笑った一際背の高い男の差し伸べた手から、純白の光が奔る!
「イヤア!!」
 自分の前に弾けた光に、少女は気を失い、崩れ落ちる様に倒れたその小さな体を劫光はそっと抱き留めた。
 喪越は満足そうに眠る少女を見つめる。
 彼が放った光は、少女の身を焼くことも、傷つけることもしない、大龍符であった…。

「封印具は我々が手にしました。もう解呪は不可能です」
 意識を取り戻して後、少女は自分を取り巻き見下ろす寮生達にふん、と顔を背けて見せた。縛られ、武器を奪われ、身体の自由も効かない筈なのに、まったく怯えた様子を見せない強気な少女に小さくため息をついて見せて後、透子は言葉を続けた。
「どうやって封印を解くつもりだったのか、どんなアヤカシが復活する筈だったのか、話して貰えませんか? そうすれば命を取るようなことはしないつもりです」
「知らない。殺すなら、殺せばいいわ。死ぬのなんか怖くない。おかあさまのところに帰るだけだもの」
「先に死ぬのは親不孝です。本当の母親というものは子供に先に死んで欲しいなどとは思わない者ですよ」
「ねぇ、貴女のお母様は、すてきな人なの? …誰かを傷つけてでも、尽くしたい程にさ」
「当たり前でしょ! おかあさまは全能の山神様だもの」
「山神、ですか? 山ごとに神はいて…ケモノもある点では神で」
「一緒にしないで! お役目を果たせば、私達の魂をちゃんと拾い上げて救って下さる。本当に優しい方なんだから」
「そんなことあり得ない! 騙されているだけだ! 雷太は…躯さえ残らなかったんだよ!」
「別の身体に生まれ変われたんでしょ。最高じゃない!」
「違う!」
「よせ! 璃凛」
 堂々巡りの会話。感情をぶつけてしまう璃凛をそっと下がらせて劫光は膝を折った。
 少女と目線を合わせる為に、だ。
 劫光は小さく息を吐き少女の目を見据えた。
「お前はまだ戻れる。生きたくは無いか? もしここで逃れても帰る所は無く、任務を達した所で命は無いんだぞ?」
「そんなことない! 永遠の命を貰って生きるんだもの!」
「永遠なんてない。アヤカシだっていずれ滅する日が来る。全能の神なんて嘘っぱちだ!」
「おかあさまは嘘なんかつかないわ!」
「じゃあ…その目で確かめてみろ。自分で! 嘘だったら…その時は俺を殺せ! 判るまで傍にいろ。この手を取れ、俺が護ってやるっ!」
 劫光は全身全霊を込めてそう叫ぶと少女の細い肩を抱きしめた。微かにもがく様な仕草を見せた少女はやがて抵抗をしなくなっていた。
 それを見て、譲治も歩み寄り笑いかける。
「おいらも、提案があるなり。君がおかあさまが大好きで、おかあさまの為に役立ちたいと思っているのは解ったのだ。でも生成姫は、おかあさまは、どう思っているなりかね? 知りたくはないなりか?」
「えっ? おかあさまが…私を、どう思って…いる…か?」
 自分を捧げる事しか考えていなかった少女はその言葉に目を瞬かせた。
「だから、もしおかあさまにどう思われているか知りたいなら契約をしよう。条件は絶対に生成姫に直接聞く事。
 皆の中で一番であればこの身を捧げる事。一番以外であれば朱雀寮に入寮する事。それまで絶対に死なないで、生きる事」
「朱雀寮? って…本気?」
「ん〜、別に悪くないんじゃないかな? 透先輩もいたことだし…」
 折々は笑って少女を見る。
「一気に信用して、とは言わないよ。でも、とりあえず、死ぬのは止めにしておいて。生まれ変われるにしたって、痛くて苦しい目は合わないに越したことはないでしょ?」
 ね? と片目を閉じて見せた折々に、微笑む透子に、そして今も自分を抱きしめる劫光の熱い体温や譲治の眼差しに少女は一度だけ、目を閉じると
「と、とりあえずは大人しくしておいてあげるわ。武器も無いし、戦う力も無いし…」
 そう答えたのだった。
「そりゃあ、ありがてえな。こっちの都合もあるんで逃がすわけにはいかねぇが、飴ちゃんでも食ってまあ、のんびりやろうぜ。ガキは色んな世間に触れて成長するもんだぜ。で嬢ちゃん。お名前は?」
 頭上に乗った大きな手が髪の毛をゆっくりとかき回す。
 初めての感覚に驚いたのだろうか。
「…桃音」
 少女は驚く程素直に、そう答えていた。

「生成姫の子供」である少女を生かすか、殺すかについては寮生の間でも激しい両論があった。
『私は、殺すべき、いや生かすべきではないと考えます』
 そう告げたのは青嵐である。
『人間対人間の戦いは今までにもありました。
 彼らには彼らの目的と信念があり我々には我々の目的と信念がある。
 その中で、五行という国の機関にいるのなら、否応なしに五行を、国全体を優先して考えなければならない。
 五行に属する、陰陽師として。
 瘴気を扱うものとして、「彼らと違う事」を明確に示し「陰陽師はアヤカシに通じてなどいない」という証明をしなければならない。そう思っています』
「私の思いは先に言った通りです。歪んだ母であってもあの子は人を愛する心を持っている。まだ可能性はあります」
「でも…私はだからこそ、眠らせてあげた方がいいとも…思います」
 透子の言葉に反論を述べたのは意外にも紫乃であった。陰陽寮の中でも、優しい心を持つ彼女の言葉に寮生達は目をみはる。
「子どもと言うのはお母様が喜んで下さるなら、なんでもできるのです。望まれるなら、何でもするでしょう。
 だって、逆らえば見捨てられるかもしれないのですから。
 ですから、私は子供達を何も知らないまま眠らせてあげたいと願います。
 自分への愛情など無かったと。ただ駒として利用されただけだと知って絶望するよりは知らないまま、愛されていると信じたままで。そう思ってしまうのです」
「紫乃…」
 目元に雫をいっぱいに浮かべ、それでも気丈に告げる紫乃を真名は強く抱きしめた。
「はん!」
 その光景と思いを否定するような口調で雲母はだが紫乃を肯定する。
「親ってのは子にとっちゃ絶対的な存在でもあるんだよ、私らが声を上げた所で聞かれるかどうかは薄い。今は大人しくてもいつかまた牙を剥くかも。子供であるというのはだからってのはただの言い訳だ。子供一人で他の大多数が死ぬのなら私は迷う事なく子供一人を殺す」
 弓と決意を握り締めて。
「劫光さん、私の意見も最初に言った通りです。人一人の一生…責任を取ると言えるのですか?」
 朔が冷たく言い放つ。親友の厳しい言葉に
「…解っている。だが、それでも俺が嫌なんだ。俺は…見過ごして後悔したくない」
 劫光は魂ごと叫んだ。
「間違っていたとしても、今、自分が少しでも良いと思える方法を選び、実行する。
 偽善でも、傲慢にでも、手を伸ばす。
 それが楽だなんて決して言わない。
 ただ世界は思ってるよりも遥かに広く繋がっているって示すだけだ。
 そして、及ばない時にはこの手で殺めるだけだ。そう決めている」
 劫光の言葉を聞いていたネネが静かに口を開く。
「今まで、幾人もの『子供』達の命を開拓者が切り落としました。あの方達が劫光さんと違う思いだったとは思わないで下さい。みんな、子供達を救いたかった。助けたかった。でも、現実と状況はそれを許さなかった。だから、皆さん、痛む心で命を切り落としその重さを心に刻んだのです」
「命を殺める事を私はきっと気にしないでしょう。ただ決して奪った事を忘れません。それが私の覚悟です」
 ネネと未久。二人の言葉は冷水のように鋭く突き刺さる。
「でも!」
 それでも劫光は仲間達に向けて叫ぶ。
「だが今! 俺達には今までと違う状況がある。互いが無傷に近い状況で生き残り、あいつを殺さなくてもいいという奇跡が!」
「ええ。だから私は彼女を生かすことに反対はしません。ただ、彼女は運が良かった。全ての子が助けられるとは限らない。それは忘れないで下さい」
「私は生成姫の子供を救いたいとの考えを、生かしやり直させたいとの考えを、討つが慈悲という考えを、無慈悲に踏みにじる考え等を全て尊重します。そしてその全ての相克を認めます。全ての結論はその先にいずれ出ることでしょうから」
「間違っていたとしても、生かすという道を選ぶ貴方の結末を、見せて下さい」
 ネネ、芳純、ユイスと続けられた言葉。
 誰よりも厳しく現実を見ていた朔も、青嵐もそれ以上の反対を紡がなかった。
「にぃや」
 静乃が劫光の手をそっと寄り添う様に握り締める。
「全てに於いて正しいことなんて存在しない。なら考えるべきは、自分にとって何を優先したいか。
そしてすべき事としたい事の妥協点をどこに置くか、とかね。」
 片目を閉じるリーゼロッテ。皆を前に劫光は
「すまない…。ありがとう」
 深く、深く頭を下げたのだった。

●残されたもの
 確保された封印具は封陣院に運ばれさらに厳重に封じられる。それを待つ休息の間、寮生達は再度、透の部屋を調べることにした。
 彼の部屋にも余分なものが殆どなく、必要最低限の身の回りのものは全てキレイに整頓されて残されていた。
「あれ?」
 折々があることに気付き、首を捻った時
「あいつは身一つでここに来た。そして身一つで帰っていったんだ」
 部屋の外から声が聞こえ、寮生達は振り向いた。
 そこに立っていたのは西浦三郎。
 見た目は今までと何一つ変わる様子はない陰陽寮講師は、だがその眼から今まで絶やしたことのなかった明るさを全て失わせているように見えた。
「身一つ…?」
「アヤカシに襲われた村を助けに行った時、唯一の生き残りがあいつだった。行き場がないというから西家が保護して俺の守り役として付けた。今思えば全て、五行の内部に潜入する為の演技だったんだろうけど…。俺は信じてた。親友だと…。あいつの笛を聞くのが好きだった…。皆で、歌って、踊って、笑って…馬鹿な話だ。それがずっと続くと信じてた」
「先生!」
 自嘲する三郎にサラターシャは呼びかけ、その手をそっと握りしめる。
「無茶をしていると聞いて心配です。私には先生のお気持ちを全て解るとは言えないけれど…。
 守護符「翼宿」紫陽花の花言葉をご存知ですか?
 「絆」。
 私は信じます。透さんは、喜々として戻ったわけではないと。彼も止めて欲しいと願っていると…」
 真っ直ぐなサラターシャの言葉に三郎が、どう思ったかは解らない。
 ただ、三郎は小さく口角をあげると
「青嵐!」
 手に持っていたものを投げたのだった。
 受け取る青嵐はそれに見覚えがあった
『これは? 「菊」?』
「透の人形だ。譲治の足元に落ちて残されていた。お前にやる。使うなり壊すなり、売るなりあいつに投げつけるなり好きにしろ」
 これを渡す為にやってきたのか、三郎はそういうと青嵐の返事を待たず部屋から去って行った。
「なあ……透」
 喪越は静かに呟いた。
「アンタには今、どんな風景が見えている? 陰陽寮でのあの日々が紛い物だったなんて、俺は思いたくねぇぜ」
 振り返ることはせず、喪越は仲間の元へと歩いて行く。
 返事の返らない問いを空に飛ばして…。

「子供は預かる」
 架茂王は役割を終え、封印の箱を提出した寮生達に座したままそう言い放った。
「この戦乱の中、余分な手は割けぬ。戦乱が終わるまで練力の回復しない手錠を付けて、厳重監禁。開拓者は勿論お前達も面会謝絶。それが子供を生かす絶対の条件だ」
 生成姫の子供を捕えたい。そして可能なら保護を。
 出立前から透子とカンタータは王にそう強く願い出ていた。折々やネネら他の寮生達も連名で出されたその願い。
 「子供」の捕縛に成功してきた寮生達に架茂は五行王としての判断をそう下したのだ。
「万が一にも奪い返しに来られぬよう居場所はお主等にも知らせぬ。尋問は我らがする」
「ちょっと! 離して!!」
「待っていろ! 必ず、約束を守る!!」
 少女桃音は開拓者の手から奪われるように五行国のいずこかに連れ去られてしまった。
「…やはり人として、受け入れては貰えませんか?」
 透子の問いに架茂が返した返事もまた王としての判断である。
「今の奴らは人に生まれたアヤカシに過ぎん。あの娘を人の世に戻したいというのであれば、一刻も早く生成を斃すことだ。それ以外にあれにも我々にも生き残る術、未来は無いのだからな」
 それだけ言うと彼は立ち上がり
「戻る。お前達も早く行け。敵は待ってはくれぬ」
 寮生の前から去っていこうとする。
 が、その時、折々はハッと顔を上げた。
 王とのすれ違いざま、
「…人としての待遇は保障する。案ずるな」
「えっ?」
 そんな囁きを聞いたような気がしたのだった。
「王…」
 去って行く王の足音を聞きながら折々は微笑むと、その背に深く頭を下げたのだった。

 かくして封印は守られ、上級アヤカシの復活は阻止された。
 捕えられた少女が希望となるか絶望を抱く者になるか、まだ解らない。
 ただ、その小さな命が闇に指す一筋の光明になることを、寮生達は今はただひたすらに祈り、願うのだった。

 
 暗き森。光の殆どない闇の中。
 響く音色がある。
『安っぽい笛の音だな』
 からかう様な声に笛の奏者 透は演奏を止めて、声の主を見た。
 黒い翼、角。夢魔である。
「どこでどんな笛を吹こうと私の勝手です。それで…何用です?」
『封印の解呪は失敗した。桃音は捕えられ、封印は解かれず、敵の手に渡った。…失態だな』
 心底楽しそうに笑って夢魔は目の前の「人間」を見た。
 透は軽く目を伏せると呟く。
「…そうですか。これほど早く封印場所に気付くとは…。封印の箱を持ち帰るだけであるなら桃音一人で十分と踏んだのですが」
『姫様には『勝手』に謝ることだな』
「貴方方に弁護など望みません。早く持ち場に行かれるといいでしょう」
 高笑いと共に消えた影を見送って、透は小さく微笑んだ。
「とりあえず、良かったと思っておきましょうか。これ以上、おかあさまの寵を争う相手が増えるのは望ましくない。桃音もこちらよりよほど安全でしょう」
 真の目的を口に出す権利が自分には無い事を透は解っている。
「私はこれ以外の道はない。自分で選んだのだから」
 彼は篠笛を袋に入れて懐にしまうと
「全ては…おかあさまの為に」
 別の笛を握り、戦場に向かう。

 袋を結ぶ紐に朱花と小さな根付けが結ばれている事を、その意味を知る者はいない…。