【神代】導く者【陰陽寮】
マスター名:夢村円
シナリオ形態: イベント
危険 :相棒
難易度: 難しい
参加人数: 38人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/02/24 09:44



■オープニング本文

●護大奪還作戦
 上級アヤカシ『鬻姫(ひさき)』の襲撃を受け、しかし所属する陰陽師たちの奮闘によりこれを撃退した五行の研究学問施設、陰陽寮だったが、ほぼ無傷で済んだ青龍、朱雀、玄武の三寮とは対照的に、鵺の攻撃を受けて焼け崩れた白虎寮は今や見るも無残な瓦礫の山と化していた。
 しかし、そんな光景に落ち込んでいる者など一人もいない。
 誰もが気落ちしている場合ではないと知っていたからだ。
 神楽の都――開拓者ギルドで保管されていた希儀の護大が鬻姫率いるアヤカシの大群によって奪われ、その足で此処に現れた鬻姫は、陰陽寮生によって戦力のほとんどを削がれ、彼らの目の前で護大を呑み込もうとした。
 幸いにも偶々居合わせた五行西域の陰陽師集団、西家頭目の西浦 長治によって事無きを得たが、これが束の間の回避でしかない事を彼らは予感していた。
 故に長治は五行王に「手を結ばねばならない」と告げたのだ。
「我々には情報がある。おまえが五行の王であるなら、国を守るために絶対に必要な情報だ」と――。

 数日後、青龍寮の一室で顔を揃えたのは青龍だけでなく、朱雀、玄武の寮生はもちろん、五行王・架茂天禅(iz0021)とその側近である服部平蔵、鬻姫とは浅からぬ縁があるらしい玄武寮の副寮長狩野 柚子平(iz0216)、そして西域の西家頭目・西浦長治と、件の壁画を解読したという七松透、雷太が西域から呼び寄せられていた。
 朱雀寮を卒業した透とは顔馴染みの寮生も多かったが、今回が初対面となる者の多い雷太は長治から簡単な紹介がされた。
 まだ十代の年若い少年であるが陰陽師としての才覚は申し分無し。
 更には知識も豊富で、遺跡の壁画解読も彼の力に依るものだ、と。
「遺跡の壁画って何の話だ?」
「西域の魔の森で遺跡が見つかったんです。先日、その調査に朱雀寮の二年生が西家の協力要請を受けて現地に赴いたのですが、その地下にものすごい量の壁画があって」
 長い廊下に延々と続いたそれは、アヤカシの蔓延によって滅びを迎えそうだった世界に、一人の人物が黒い力――絵からもそれが禍々しいものだという事が伝わってくるのだが、其処から世界に降り注ぐのは白い光り。これによってアヤカシは失せ、世界は救われると言う物語になっていた。
 問題は、更にその先。
 扉の奥に続いた壁画だ。
 描かれていたのは黒い光と、白い光。
 その中央に佇む人物が掲げていた黒い力。
 この黒い力を、西家の陰陽師達は『瘴気の塊』だと解釈した。
 それが――。
「護大……?」
 寮生の一人がぽつりと零した呟きに、長治は頷いた。
 瘴気の塊である護大を用いる事で瘴気と精霊力どちらをも操る事が出来る、それが西家の陰陽師達が出した結論。
 ただしそれを可能にするには、今は失われた秘術が必要であり、件の遺跡から何者かに持ち去られたと考えられる『何か』が必要である、とも。
「何かとは何だ」
「それが判れば苦労はない」
 五行王の疑問に長治が忌々しげに返す。
「ともかく護大を扱うには相応の場と、儀式と、その『何か』が必要、……そうだな?」
 そうして彼が先を任せたのは雷太。少年は緊張した面持ちながらもはっきりとした声音で語る。
「失われる秘術には失われる理由があります……瘴気の塊を操るにはきちんとした手順を踏まなければ、その強大な力に呑み込まれ破滅する」
 その恐ろしさゆえに術は失われたと解釈すればこそ、あの時、長治は鬻姫が護大を呑み込もうとするのを止めたのだ。
「……鬻姫は大アヤカシになる事に執着しています」
 それまで無言で話を聞いていた柚子平の言葉にふと、寮生の一人が顔をあげた。
 そういえば、と。
「鬻姫と狩野の間にあったことって何ですか?」
 あの時、玄武寮の生徒の一人が鬻姫に言っていた。
『私は、貴方が生成姫の部下であったことを知っています。貴方と狩野の間にあったことも。生成姫がこの事を知ればどうなるでしょうか?』
 その疑問に柚子平と、当人である玄武寮の寮生ネネ(ib0892)目を合わせ、小さく頷く。
 先を任されたのはネネだった。
「【忌み子】の仕事で、偶然知った話です。鬻姫は……副寮長のご先祖様の元式神、いえ『利害が一致して式神のフリをしていた』というべきかも」
「式神のフリ?」
「大昔、五行東を掌握していたのが鬻姫でした。でも生成姫が現れた」
 アヤカシの社会は絶対的な縦社会だ。
 当然、この土地で発生し、支配権を握っていた上級アヤカシでも、その支配を逃れることはできない。
「不本意ながら生成姫の支配下に入った鬻姫を見て、ご先祖様が取引を持ちかけたそうです」

『……古のアヤカシよ、取引をしよう。

 そなたを魔の森の王にしてやろう。
 その代わり、生成姫を封じる為の手伝いをせよ。
 大アヤカシになる方法を探す代わりに、私の孫が天寿を全うするまで、都に害を成さないで欲しい。
 そなたが私に操られているふりをすれば、私は人の世で影響力を持つことができる。
 人々もまた、式神のそなたを討伐しようとは考えぬ。
 必要な餌は都の外で、下級に命じて集めさせればよかろう?』

「条件を了承した鬻姫は、生成姫を封印場所まで誘導し、生成姫の封印に成功。一時的に狩野家の式神化した鬻姫は討伐されず、五行は束の間の平穏を得た」
 これが鬻姫との密約。
「鬻姫は、虎視眈々と大アヤカシ化の機会を狙ってきたはず。一方で生成姫は『裏切り者』を探していたようで……容疑者に制裁を加える事件が起きています」
 そして。
 今や鬻姫は『護大』を入手した。
 生成姫の元へ帰らないのは『膝を折る必要がなくなった』為だろう。
 鬻姫の大アヤカシ化は、絶対に阻止しなければならない。
「―−天禅」
「無論」
 五行王は低く応じた。
「遺跡から消えた『何か』を持ち去ったのが連中でないとは言い切れん。一刻の猶予もあるまい。……お前達の手を借りたい」
 王は陰陽寮生達の顔を順に見遣り、もう一言を残す。
「……頼む」
 と。

「鬻姫の居場所は判っているのか?」
 寮生の言葉に長治は頷く。
「奴は魔の森――五行北東に位置する魔の森の奥にいるようだ。
 さすがに生成姫の領域には戻れなかったのだろう。其処は浸食が随分以前から止まっていると聞く。主が居ない魔の森となれば護大と共に隠れるにはうってつけの場所だ」

 出発は明日早朝。
 現地の手前までは五行国が手配する飛空船での移動となる。
「……それまでしっかりと休んでおけ」
 王の言葉に全員がはっきりと頷いた。


●秘事
 出発を数時間後に控えた真っ暗闇の中、彼は一人で外にいた。
 誰にも見られず、知られず、……ただ一人、ひっそりと空に二羽の異形の鳥――アヤカシを放つ。
 一羽は北へ。
 一羽は東へ。
 その足には文が。
「……もう間もなくです……『おかあさま』」
 彼は笑った。
 それはとても嬉しそうに。
 誇らしそうに――。


■参加者一覧
/ 芦屋 璃凛(ia0303) / 俳沢折々(ia0401) / カンタータ(ia0489) / 青嵐(ia0508) / 蒼詠(ia0827) / 玉櫛・静音(ia0872) / 氷海 威(ia1004) / 胡蝶(ia1199) / 露草(ia1350) / 御樹青嵐(ia1669) / 喪越(ia1670) / 四方山 連徳(ia1719) / 八嶋 双伍(ia2195) / 瀬崎 静乃(ia4468) / 平野 譲治(ia5226) / 樹咲 未久(ia5571) / 鈴木 透子(ia5664) / 雲母(ia6295) / ゼタル・マグスレード(ia9253) / 劫光(ia9510) / 宿奈 芳純(ia9695) / 尾花 紫乃(ia9951) / サラターシャ(ib0373) / アッピン(ib0840) / ネネ(ib0892) / 无(ib1198) / 真名(ib1222) / 尾花 朔(ib1268) / 羊飼い(ib1762) / 晴雨萌楽(ib1999) / 雅楽川 陽向(ib3352) / 寿々丸(ib3788) / 緋那岐(ib5664) / リオーレ・アズィーズ(ib7038) / カミール リリス(ib7039) / 比良坂 魅緒(ib7222) / 羅刹 祐里(ib7964) / ユイス(ib9655


■リプレイ本文

●運命
 運命、などという言葉を軽々しく使いたいとは思わない。
 だが
「…これが…私と彼女の運命なのですよ」
 そう言って「彼」は姿を消した。
「透…。この馬鹿野郎…!」
 かつての友と仲間であった筈の者達の絶叫を残して…。


 約一日前。
 陰陽寮生達を乗せた飛空艇はトラブルなども殆どなく無事に魔の森へと到着した。
「危ないですから、安全なところへ下がっていて下さい…」
 鈴木 透子(ia5664)の言葉にここまでの運転を担当していた者は頷き
「御武運を!」
 祈りのような言葉を残し機体を後方へと下げて行った。
 目の前に広がる瘴気に満ちた魔の森。
 この奥に天女アヤカシ鬻姫がいる。
 ギルドから奪い取った護大の欠片を使い大アヤカシになる為の儀式の準備をしている筈だ。
「裏切り者は、二度とは信用されぬもの」
 憐れむ様にゼタル・マグスレード(ia9253)は口にする。
「生成姫の下に戻る事はできず、さりとて嘗てのように人と手を結ぼうとも一時凌ぎである事は、鬻姫も理解していよう」
「うん」
 オリーブオイルチョコを一粒口に投じながら
「あの鬻姫って奴、仮に護大の力を得たとしても…利用されるのがオチだと思うけどな…」
 緋那岐(ib5664)は頷き
「裏切りの代価は誰も信じることのできない孤独の道…。哀れな者ですね」
 御樹青嵐(ia1669)は呟きながら目を伏せる。
(鬻姫の裏切りを生成姫は知らない筈がありません。その上で自由に動かさせているのは何故か…)
 今、考えても仕方ないこと、と解ってはいるが、皆同じように考えているのでは、と御樹は思った。
 その証拠に
「…逆に利用してやる、というのは腹黒いでしょうか」
 ネネ(ib0892)はその優しい容姿には似合わぬ笑みを浮かべる。
 彼女は生成姫やその子供との縁が深い。
 だからこそ、この件への思いも深いのだろう。
「生成姫の子供達の件を出して焦りを誘おうと思っています。彼らを通してもう企みは知れているぞ、と。少しでも隙ができればいいのですが…」
 彼女はさらりと言った言葉であろう。
 だが彼女の言葉もまた寮生達の思案の泉に石を投げかける。
「紫乃の言うとおりでなければいいんだけど…」
 真名(ib1222)は準備をしながらふと、寮生達とは別のところで打ち合わせを続ける西家の者達を見つめた。
 サラターシャ(ib0373)が再会を喜びながら彼等に問うている。
「雷太さん。大アヤカシ化の儀式と言うのは、どのようなものでしょうか?」
「おそらく、瘴気を最大限に高めた場所で護大に己の瘴気を注ぎ込むことではないかと思います。そうすることで…護大と言う触媒が反応して…」
『…真名さん』
『なあに? 紫乃?』
 親友・泉宮 紫乃(ia9951)がこっそりと彼女に告げた言葉は寮内に内通者がいるかもしれない、ということであった。
『前回の襲撃はタイミングが良すぎました。もしや寮内に……』
 西家の同行者は三人。長であるという長治と元朱雀寮生 七松透。そして雷太と言う少年。
『内部を知っていて、寮生じゃないとすれば…雷太って子かしらね。疑いたくはないけど、注意しておく』
 彼女との約束を真名は守るつもりでいた。
「法事行ってる間におもし…大変なことになってるですねぇ」
「護大の欠片とやらいうものも、何が起こるか不明なので、丁重にお返し頂くでござる。黙ってお持ち帰りとかブン殴ってお持ち帰りとも言うでござるー」
 軽い口調の羊飼い(ib1762)や四方山 連徳(ia1719)の目にも真剣な光はある。
「まー。愛するおーさまに頼まれましたからねぃ。ただ喜んでもらおうなんて二流三流ですのようふふ」
「五行が潰れて陰陽寮が無くなればせっかくのねぐらがなくなるのでござる。それは困るのでござるよ」
 寮生達の思案や会話の間にも出発の準備と打ち合わせは続く。
 一刻を争うからこそ、役割分担は重要であった。
 朱雀寮の俳沢折々(ia0401)が三年生筆頭の立場から、この場の指揮にあたる。
「とりあえず、先行と本隊に分けようか。先行はとにかく前進して道を切り開く。本隊をなるべく無傷に進ませられるようにね。
 ただ、思うんだけど、鬻姫の方もゆっくりしていられる状況じゃないはず。
 直属の中級アヤカシが何体いるか分からないけど、決して無闇に展開させてはいないんじゃないかな。
 時間を稼ぐ意味でも、自分へと至る経路に配置している可能性は高いよね」
「つまり、強い敵がいればそこが正解である可能性が高い、というわけか」
「うん、だから先遣隊はその分消耗も激しいんだけど」
 気遣う様に言う折々に先遣隊に手を上げた者達は一様に大丈夫と首を横に振る。
「心配するな。思いっきり暴れて道を切り開いてやるさ」
「ほどほどに、と言っても無理でしょうけれど…、全力を尽くしますよ」
「大丈夫…にいやが無茶し過ぎないように、見てるから」
 劫光(ia9510)、尾花朔(ib1268)、瀬崎 静乃(ia4468)と続く掛け合いに露草(ia1350)はあらあらと楽しげに微笑む。
「いつも思う事ですが朱雀寮の皆さんは仲がよろしいのですね?」
「縦割りで委員会とかしてるからかな? 先輩後輩同士も結構交流があるし」
 芦屋 璃凛(ia0303)がそう説明する視線の先で
「先輩、これで…どうですか?」
 羅刹 祐里(ib7964)が保健委員長である玉櫛・静音(ia0872)に救急箱の中身の確認をしていた。
「そうですね。今回は外傷がとにかく多いと考えます。ですから止血剤、痛み止めなどを多めに…」 
 上空から巨大な羽音が聞こえてきたのは、その時だ。
「? 炎龍?」
 駿龍かと見まごう程のスピードで飛んできた炎龍から一人の青年が飛び降りて来る。
「わっ!」
「兄者! 透!!」
「西浦先生?」
 驚いたようにサラターシャ(ib0373)が声を上げる。
「先生?」
「西浦三郎先生。朱雀寮の講師先生なんですよ。ついでに西家の長治さんの弟で」
 出発の準備をしていた胡蝶(ia1199)にカミール リリス(ib7039)が教える。
 手に何かを握り締めたままの彼は兄の元に詰め寄ると
「私も行く!!」
 そう大声を上げたのだった。
「私も行く! そして、どうしても確かめないといけないことがあるんだ!!」
「解った解った。まったく4年ぶり以上の再会の開口一番がそれか?」
 両手を上げた長治は折々の方を見て問う。
「と、言うわけだ。こいつも数に入れてやってもらえないか?」
 長治の言葉にう〜ん、と考えて折々は適材適所を考える。
「それじゃあ、先輩は先遣隊でいいよね? 劫光くん達と思いっきり暴れて!」
「任せておけ!」
 手から握りしめられていた紙が落ちる。それを拾い上げたのは青嵐(ia0508)であった。
 自分が書いて残してきた紙と、目の前の元先輩の顔を見比べて苦笑する。
『あまり時間をかけていられねぇな』
 小さな呟きはおそらく誰にも聞こえていない筈だ。
「俺も先遣隊に入ろう。以前陰陽寮にいた時は俺も体育委員でな。保健委員長であった紫郎とはよくやりあったもんだ。透。雷太は本隊と共に来い」
「解りました」「はい」
「へえ〜、そうなんだ」
 長治の言葉に璃凛は微笑む。
「それじゃあ、先遣隊は体育委員会、揃い踏み…って、あれ? 譲治先輩は?」
 きょろきょろと首を回す璃凛の肩を劫光がぽんと叩く。
「あいつは、あいつで考えがあるみたいだ。大丈夫。前回みたいな無茶はしないと約束した」
 劫光は空を見上げる。今はまだ平野 譲治(ia5226)の姿は見えないのだが…。
「さて、突っ切りますか!」
 无(ib1198)は懐に手を入れて笑った。それが合図になったかのように
「よし、行こう! 目指すは魔の森の奥。天女アヤカシ鬻姫。一人でも多くの人間が辿り着き、大アヤカシ化を阻止するんだ!」
 掲げられる手、重なる声。
 陰陽寮生達は魔の森に踏み込んで行く。
 心の多くを一つにして…。

●踏破
 打ち捨てられた魔の森とはいえそこは魔の森。
 瘴気の濃さもアヤカシの数も尋常では無い。
「前々委員長! そっちに蜂が行ったぜ!」
「解りました!! 取り零しはお願いします!」
 本隊前衛。喪越(ia1670)の言葉に西家の七松透は得意の傀儡操術を駆使して蜂達を叩き潰す。
 今回のような場合には人形そのものの重さも利用して叩き潰す作戦が効果的だ。
 僅かな取り零しはあるが、それは約束通り喪越が始末する。
「お見事! なかなかやるじゃん。陰陽寮の先輩?」
 モユラ(ib1999)がひゅうと唇を鳴らす様に笑った。
「ありがとうございます。でも背中を守る後輩の方が頼りになるからですよ」
「いや〜、そんなことあるけどね」
 楽しげな先輩後輩に微笑んで
「やー、こんな状況でなんだけど、前回から三寮揃って合同作戦とか、ほら、なんかちょっとワクワクするよネ」
 モユラは周りを見る。
 確かに玄武寮と朱雀寮と青龍寮が肩を並べる場などはそうあるまい。
 その分、西家の少年、雷太が寂しげに見えるのだが
「雷太さん、側にいて下さいね。逸れないように」
 サラターシャが付いているから大丈夫だろう。
「!」
 前方に注意を払っていた氷海 威(ia1004)が剣に力を込めて前を見つめた。
 かさかさと草むらを鳴らし戻って来たのは若鼠を象った人魂であった。
「先発隊に、何かあったのでしょうか?」
「お待ちを!」
 足を止めた本隊の前に寿々丸(ib3788)が飛び出してくる。
 息を切らして、膝を付いている。
 先発隊と本隊の繋ぎ役を担当した彼。
「どうしたんです?」
 心配そうに問うリオーレ・アズィーズ(ib7038)が差し出した手を取って立ち上がりながら寿々丸は切らした息も構わず告げた。
「先発隊の方達が強敵と戦闘中です。鵺が数羽。おそらく鬻姫直属の部下かと。このまままっすぐ進むのは危険です!」
 既に本隊も一度ならずアヤカシの襲撃を受けているが、全て速攻で倒されていた。
「余分な体力を消耗するわけにはいきませんからね」
 八嶋 双伍(ia2195)が足元で瘴気に還って行く小鬼を見下ろしながら告げる。
 蛇神一閃。
「ちょっと、待って下さいね」
 目を閉じて樹咲 未久(ia5571)が何かを『見る』。
 少しの間、場に静寂が包まれた。
「念の為、征暗の隠形を貼っておきましょうね〜」
「その間に貴方。傷の手当てをしないと!」
 後方に控えていたカンタータ(ia0489)が術の結界を貼ったのを確かめて胡蝶が寿々丸の手を引いた。
「いや、この程度で引く訳には…。うっ!」
「ほら見なさい。まだまだ戦いはこれからなのよ」
 言葉は厳しいが優しい胡蝶の目に寿々丸は素直に手を差し出した。
 朱雀寮の保健委員会から借りた薬で軽く手当をしてから胡蝶は恋慈手をかける。
 未久と同じように目を閉じて何かに集中する保健委員長静音。
「お手伝い致しますよ」
 宿奈 芳純(ia9695)の術と羊飼いの手当て。三人がかりの治療で本当は上げられないくらい痛んでいた寿々丸の手はやがて動かせるように回復した。
 それとほぼ同時、手が離せないと言われていた静音が目を開き首を横に振った。
「ダメですね。この先右方向にはかなり多くのアヤカシが待ち構えています。鬼族を中心に…かなり強敵です」
「左も、ですね。ただ、こちらはケモノ系のアヤカシが多いので、まだなんとかなるでしょうか…」
 未久がため息をつく。前方は先遣隊が戦闘中だ。後戻りは、当然できない。
「どちらであろうと構わん。寮での借りを10倍にして返してやるわ。積極的に倒して道を開こうぞ」
「魅緒ちゃん。ちょっと落ち着いて」
 意気上がる比良坂 魅緒(ib7222)を宥めながらユイス(ib9655)はまだ術の行使を止めない雅楽川 陽向(ib3352)を見た。
「あった!」
 急に陽向が上げた声に周囲の目視が集まる。
 20人余の視線を受けて一瞬慌てふためいた陽向であるが大きく深呼吸して前と左の丁度真ん中、木々の隙間を縫う様な道を指差す。
「この道が今、一番アヤカシが少ないと思う。もし流れて来たとしても未久さん? が言うた通りケモノアヤカシが多いから皆で行けば大丈夫の筈や」
「…確かに。この先にアヤカシの反応が少ないな」
 レンチボーンを握り締めて鏡弦を試していた雲母(ia6295)が陽向の発言を後押しした。
「雲母さん!」
「勘違いするな」
 尻尾を千切れんばかりに振る陽向を横目に雲母は煙管を取出し、吹かす。
「別に誰かがアヤカシになろうが賊になろうが気にせん、ただ私の野望の邪魔だから早めに潰すだけだ」
「確かに、ね。早く辿り着いてとっとと潰してしまいましょう」
 胡蝶が握り拳に力を込めた。
「急がないと、後方からもアヤカシが追って来そうですよ〜」
 のんびりとした、だが鋭いアッピン(ib0840)の言葉に本隊の寮生達は前を向く。
 目指す場所はまだ奥。
 吐き気がするほど濃くなっていく瘴気のおそらく先だ。
「やれやれ、連戦か。いい年したおっさんなんだから少しは楽させてくれ」
 喪越の言に透がくすくすと笑っている。
「貴方が口で言う以上に働き者なのも、仲間を大切に思っているのも解っていますよ。貴方は解っている。力は自分の為ではく、大切な誰かの為に使ってこそ意味があると言う事を」
「それは、あんたもだろ?」
 まるでお見通しと言う様な相手の表情に、喪越は思わず顔を背けた。
 一方、カンタータは帰路の確保の為に木に目印の縄を結び、双伍は白墨で線を引いた。
 彼らが後ろを向いたのはそれだけ。もう足を止めている時間は無い。
「行くよ!」
 前を見つめ、彼らは再び前進するのであった。

 次から次に現れる強敵。
 さっき鵺を倒したばかりだと言うのに今度は以津真天だ。
 吹きかけられる毒霧をぎりぎりで躱しながら劫光は霊青打を込めた御雷を以津真天の翼を狙って力を込めて振り切った。
 グギャアアア!
 悲鳴を上げながらも以津真天は攻撃の手を緩めない。
 劫光に向かって口から呪うかのような声と共に毒旋風を吐きつける。
「先輩!」「にいや!」
 璃凛や静乃が声を上げるが、助けに行くにはこちらも手が足りない。
 後方支援に当たっていた静乃のさらに後ろから人面鳥の群れが襲ってきたのだ。
 とっさに璃凛がサポートに入るが、数が多い!
「お二方! 避けて下さい!!」
 聞こえてきた声に二人は一瞬の迷いもなく左右に避けた。
 その空間を狙って白い龍が駆けぬけて、アヤカシ達の羽を白い氷で包み込む。
「…今!」
「了解!!」
 呪縛符と氷、二段構えで動きを封じられた人面鳥達は動けない。そこを狙って璃凛の珠刀がアヤカシ達を瘴気へと戻していった。
「先輩は!?」
 璃凛が慌てて劫光の方を見るが、どうやら心配は不要であった。
「こんなところで膝を付くな!」「解ってる!」
 助けに飛び込んだ三郎が劫光と背中合わせで戦っているのだ。
 二人が敵の眼前で注意を引きつけている。その瞬間を狙って
『消えろ!』
 背後から気配を消して近づいていた青嵐が以津真天の首に縄をかけた。
 封縛縄。
 動きが止まった瞬間に劫光は首を、三郎はその腹にそれぞれの渾身の攻撃を打ち込んだ。
 ギャアアア!
 今度響いたそれは紛れもない断末魔、息を切らせながらも三人は何とか膝を付かずに消失していく以津真天を見下ろすのだった。
『劫光…さん。貴重な封縛縄…切らないで、下さいよ』
「…悪い。だが、加減、できる…状況じゃなくって…な。まだ、あるだろう?」
『さっきも、使ったので…残り、三本です。もう…無駄遣いは、できませんよ』
「無駄って…、まあ、もういい…。少し、休ませてくれ」
「だらしないぞ…って、言っても…流石に鵺二匹と以津真天の連戦は、私も…疲れた」
「先輩!」
 剣を収めた劫光に祐里はまず解毒剤を飲ませた。
 それから劫光、三郎、青嵐の怪我の手当てもする。
「三郎先輩。手を見せて。それから青嵐も」
 真名も救急箱を持って手当てを始めると露草、璃凛、静乃と皆、自然とその場所に集まって来ていた。
 女子三人も決して無傷と言うわけではない。祐里は素早く手当を続ける。
「本当は休んでいる暇は無いんだぞ…。だが、腕を上げたな。三郎。他の者達も大したものだ」
 そんな言葉を発しながらやってきた、西浦長治はだが愛しみの籠った目で寮生達を見る。
 まるで家族を見る様な優しい眼差しだ。
「西家と言えば五行国と対立する陰陽集団と聞いていましたが?」
 露草の問いに長治は首を横に振る。
「別に我々は五行国に敵対しているわけではない。むしろ逆だな。五行国の為に我々は命を賭けるつもりでいる。問題は研究だなんだと言って陰陽術を囲い込む天禅の態度にあるのだ」
 肩を竦めると長治は寮生達を見た。
「陰陽術と言うのは何の為にあると思う? 人でありながら瘴気の力を操る者と後ろ指、指されることもある。それでも我らが陰陽術を使うのは何の為だ?」
「えっと…誰かを守る為?」
 璃凛は以前、やはり魔の森で同行した透が言っていた事を思い出していた。
 西家は辺境に生きる人々を守る為にやってきた開拓者が始祖であると。
「そうだ。瘴気と言う呪われた力。であるからこそ使う以上は自分では無い誰かの為でなくてはならない。それが西家の信念だ」
「素晴らしい考えですね」
 露草は頷く。
「そうだ! だから私は証明しなくちゃいけないんだ。陰陽師に、ましてや西家や陰陽寮に裏切り者なんかいないと…」
 立ち上がった三郎はくるりと背を向けると手に力を込めて握り締める。
「それが、あんたがここに来た理由か?」
 劫光はその背中に問うた。
 青嵐が陰陽寮に手紙を残して来た事は知っていた。
 未久も残る者達に言い残していた。
「大丈夫だと思いますが身辺に注意をしておいて下さい。生成姫の子供達が内部にいるかもしれませんから」
 彼らだけでは無い。幾人かが同じことを考えて警戒している。
『寮生でも内通者の懸念がある』と。
「当たり前だ。そんなことはありえない。安心しろ」
 長治ははっきりと言ってのけ弟の背を叩いた。
 それを見て劫光はくくと声を出して笑っていた。彼だけでは無い。他の仲間達も、だ。
「何が可笑しい!」
「いや、あんたも弟だったってことにな」
「うるさい!」
「漫才はその辺にしておきましょう。また敵が来ますよ」
 朔は周囲の気配を感じ取って仲間達に告げた。
 時間にして数分しか経っていない筈だが、それだけ敵の本拠に近付いているということだろう。
「長治さん。儀式を止める為の術などがお有りでしたら本体に合流して下さい。サポートします」
 だが、長治は首を横に振った。
「術に関する知識であるなら透達の方が上だ。奴らが辿り着けばきっと大丈夫」
「透は私なんかより本当は術も知識もずっと上なんだから。入寮当初は神童って言われていたくらいだ!」
 絶対の信頼。彼らの思いの強さに朔はほんの少しあった不安を頭と一緒に降り払った。
「なら、本隊に連絡をして少し迂回して貰いましょう。そして我々は派手に前進して敵の主力を引きつける!」
「派手な戦闘なら任せておけ!」
「また暴れるとしよう!」
「なら、俺は繋ぎに行ってきます。先輩達。こらえてくれよ!」
 走り出した祐里の背後で再び戦いが始まる。
 …後で祐里は思った。もしも長治が、三郎が、青嵐が、劫光が…あの場にいたらどうなっていたのだろう。
 何かが変わっていたのだろうか、と。

 そして、本隊もまた最後の包囲網に向かい合っていた。
 目の前に有るのは人ではないが、まさしく人海戦術と言わんばかりにアヤカシ達が強弱問わず壁を作って寮生達を押し留めんと襲い掛かってくるのだ。
 だが、その先に…確かに目的地があるのを寮生達は感じていた。
「あの先に…確かにいますね」
 濃く、強い瘴気の気配…。
「瘴気回収、実際に使って驚いたけどえらい回復するんやな? それだけ、人が住めんところにうちらが来たちゅうことか…」
 陽向は唇を噛みしめるが、
「そうそう。回復し放題なのだ。そして術も使い放題なのだ〜〜!」
 楽しげに笑うと連徳はドッカンと、最奥で何かを守るようにして立つ羊頭鬼に向けて黄泉より這い出る者を仕掛けた。
 血反吐を吐くような苦しみである筈なのに、羊頭鬼はこちらを睨みつけている。
 そして武器を構えたまま突進してきて
「うわわ〜。来るななのだ〜〜!」
 連徳がもう一度術を発動させようとした時、
「皆! 避けてなり〜〜!」
「へ?」
 頭上から巨大な質量が猛スピードでツッコんできたのだ。
「危ない!!」
 ミサイルのような突進はアヤカシの壁を薙ぎ払い、ほんの一時であろうが彼らの前に道を切り開いた。
「譲治!!」
 雲母が彼と彼の騎龍に駆け寄る。
 幸い、ちゃんと対策防御はしていたようだ。どちらにも怪我らしい怪我は見えなかった。
「だ、大丈夫なり! あ! でも早く行かないと!」
「解っている! 行くぞ!」
 雲母は後方に声をかけた。本隊の者達が一瞬の逡巡の後、走り出した。
 それと時をほぼ同じくしてアヤカシ達がまた壁を作ろうとするが、彼らの多くの足は止まりはしなかった。
「コイツの相手は任せて、貴方たちは前に進みなさいっ!」
「魔の森とて、恐るるに足らずですぞ!」
「先に行くんだ! 僕達も後を追うから」
「ボク達は大丈夫ですよ〜。そっちはお任せしますからね〜」
 胡蝶、寿々丸、緋那岐、カンタータと自ら足を止めた者達に背を押されたからだ。
「行きましょう。皆を…頼みますよ。喪越君?」
「任せときな! 前々委員長!」
「道を、切り開きます。援護を!」
 威が剣を掲げて一歩を踏み出した。
 魂魄と共に振り上げられた剣。
 その側に御樹とゼタルが付き未久も呼応する。
「瘴刃烈破!!」
「白狐!」
「吹きなさい『氷柱』!」
「早く!」
 エル・コラーダを抜いた双伍の声に追われるようにして彼らは駆けた。
 駆け抜けた。
 そうして彼等が辿り着いた先で
『待っていたわよ』
 怪しげに、美しく天女アヤカシ鬻姫が微笑んでいた。

●対峙 そして…
 開拓者達は一歩、その場に踏み込んだ瞬間、言葉を失った。
 鬻姫が待ち構えていたのは魔の森の奥の奥。
 小さく開けた場所であった。
 通常であるなら森の主が鎮座する場所であったろう地の一段高い場所から、鬻姫は開拓者達を見下ろしていた。
『本当に待っていたわよ。待ちかねたわ。陰陽師共!』
 高笑いする鬻姫の背後には小さな祭壇が築かれている。
 そこに安置された黒いモノが護大の欠片であることは間違いない。
 だが、開拓者達が息を呑み込んだのはそんなことではない。
 もっとおぞましいもの…。
「なんですか? それは?」
 震える声で透子は問うた。
 透子の声を震わせたものがなにか鬻姫は最初、本当に解らなかったのだろう。
 何を言っているのか、と怪訝そうに首を傾げた。
 だが、そのうち恍惚の表情で微笑む。
『今、食事を終えた所なのよ。人間と言うのはステキね。私達の食事となり、喜びとなり、そして今、こうして私に力を与えてくれるのですもの』
 祭壇の周りに転がる彼女の「食事」の跡。
 かつて人間であったものの成れの果てであった。
 手足を引きちぎられ、首を切られ苦悶の表情を浮かべ彼らはモノのように打ち捨てられていた。
 大人もいる、女も、子供も…。
 それを見た瞬間、透子が胸に抱いていた計画は消し飛んだ。

 ――……鬻姫も追い詰められていると思います。話し合ってもう一度協力するようにさせられないでしょうか?

(自分の力、練力くらいならと思っていましたが…やはり、甘かったのでしょうか?)
 キッと唇を噛みしめると透子は冷静に周囲の状況を見定めた。
 ここは狭くない空間だ。
 目の前にいるアヤカシは鬻姫と、彼女を守り立つ鵺と以津真天の二体だけ。
 おそらく手駒の殆どは自分達を止める為に配置していただろうから、ここにいるのが最後の手札であろう。
 つまりこいつらを倒し、護大を奪い返せばこちら優位でまだ交渉ができるかもしれない。
 自分達を先に進めてくれた仲間の為にもここで引く訳にはいかない!
「これが…最後のチャンス! 行きます」
『お行き! そいつらも我が力にするのよ!』
 二つの声が重なるのと空に向けて銃声が鳴り響くのはほぼ同時。
 狼煙銃の音と共に最後の決戦が始まったのだった。


「いきなさい。眼突鴉!」
 静音が以津真天に向かって眼突鴉を放った。人に良く似たその首の一つから切り裂かんばかりの悲鳴が上がる。
 だが、以津真天とてただやられてはいない。
「キャアア!」
 静音が頭を押さえて蹲った。脳に響く呪いの声。抗う事が出来ない頭痛が彼女を襲う。
「静音さん!!」
 駆け寄った紫乃と静音。二人を狙う様に吐き出される毒霧。
「危ない!!」
 それからとっさに二人を庇い救ったのは緋那岐と寿々丸であった。
 緋那岐の攻撃と魂魄に敵が集中している間に寿々丸の結界術符の影で、二人は息を整えた。
「大丈夫ですか?」
「なんとか…すみません」
「間に合って良かったのですぞ。ただ、あいつはやはり強敵!」
 寿々丸が言うとおり。先遣隊と本隊の後衛を欠き、直接の攻撃力の高いメンバーが少ない上に空を飛ぶ敵、開拓者達は苦戦を強いられていた。
「君たち。手短に言う。これを使えるかな?」
 敵の攻撃を交わして、結界術符の影に滑り込んできた无が黒い短銃を差し出した。
「鬻姫に術封じを使われる前に一気に行く。援護を頼む」
「解りました」
 静音は銃を受け取って胸に抱えた。紫乃もクロスボウに矢を番える。
 牽制にしかならないかもしれないが、彼らが術を整える、その一瞬を作れれば。
「紫乃さん!」
「はい!!」
「来ますぞ!!」
 男性達の絶え間ない攻撃に以津真天は空に逃げようと身を返したところであった。
 だが、瞬間、消えた結界術符とその影から現れた少女達を見つけた瞬間、目標を変えて襲い掛かってきた。
 バシュッ!
 狙いをつけた二筋の攻撃は以津真天のその翼を射抜く。
「見事!」
 ギギャアア!!
 翼を失い地面に落ちる以津真天。そこに緋那岐、芳純、そして无の三人がかりの攻撃が飛んだ。
 ギャアアアア!!
 もう一度響いた悲鳴と共に消失する以津真天。
 それとほぼ同時
「除くがいいのでござる!!」
 鵺もまた魅緒の呪縛符とリオーレの斬撃符に動きを止められた所を連徳と透子、二人がかりの黄泉より這い出る者に息の根を止められたところであった。
「残るは!」
 寮生達の視線は、最奥で死闘にも近い戦いを続ける鬻姫と喪越、譲治と透達へと向かうのであった。

「なあ、鬻姫セニョリータ。そろそろ、引き時だとはおもわねえかい?」
 鬻姫から間を取って喪越はにやりと笑って見せた。
『それは、負け惜しみか? お主らの方こそ息も絶え絶えではないか?』
 鬻姫もにやりと笑う。まだ彼らに比べればいくらか余裕があった。
 出会いがしらの譲治の焙烙玉攻撃、その後は透と喪越が肉弾戦を挑みながら譲治が銃でサポートする戦いが続いていた。
 連発される攻撃術に呪声、そして術封じ。
 毒は効かないし、素早いし。
 圧倒的に不利なのは喪越達の方であるのだが、それでも彼は飄々とした態度を崩さなかった。
 護大の欠片は欠片と言っても1mを超える大きなもの。アヤカシ数匹がかかりで運んできたものであるから簡単に浚う事はできない。
(なんとか…こいつをこの前から離さないと…)
 既に術は封じられている。周囲ではまだ術は使えないだろう。
 だが…彼は後ろを見た。
 感じる気配に勝利を確信し、懐から何かを取り出すとお手玉のようにそれを弄び、火をつけると一気に投げつけた。
『な、なに!!!』
「へへ〜ん! 本日二発目の焙烙玉だぜ。物理攻撃が結構効果ありなのは解ってるんだぜ。今だ!!」
 喪越の合図に、今まで完全に気配を消していた雲母が奇襲をかけた。
「これで効果があるのなら三発目を!」
「サンキュ!」
 芳純が投げた焙烙玉が三度目の爆発を招き、その隙をついて雲母の一矢、渾身の月涙が胸の中央を射抜いた。
『だがぐ…こ、この!!!』
 反撃の爪を鬻姫は立てる。
 胸の中央を射抜かれてもまだ、鬻姫はその目から意思の力を失ってはいなかった。
 護大の欠片からも離れない。
 それは、もう執念と呼ぶしかないものであった。
 周囲に悲恋姫を響かせて喪越、透を吹き飛ばすと護大の欠片に覆いかぶさろうとする。
 瘴気が煙のように吹き出し始める。
『私は…大アヤカシになって…、生成を…超えるの…!』
 あの時と、同じ。
 瘴気だ。
「お止めなさい!」
 ネネは声を上げた。
 溢れる瘴気に仲間達の動きが止まる。
 漆黒の闇に身体が縛られる。
 出せるのは声だけ。
「生成の子供は誰が何処にいるかわからないから、もう情報は流れていてもおかしくないのよ! 利用されているのが解らないの?」
 少しでも彼女の気を逸らさなければ。
 その思いでいっぱいだった。
「大体『あの』生成姫が貴方の裏切りに本当に気がついていないと思っているのですか?」
 リオーレもネネの後に続く。
「生成姫が『子供』を開拓者の中に送っている事は知っていますよね。それは私かもしれないし貴方に護大の使い方を教えたあの男かもしれない! いいえ、その方法を解読した者? さて、その護大の使い方は正しいのでしょうか? きっと掌の上で踊っている貴方を見て哂っているのですよ、そう、ほらすぐ後ろに……」
 ふと、吹き出す瘴気が僅かに緩んだ。
 ハハハ、ハハハハハと鬻姫が高笑いを始めたのだ。
『確かに、いるわね。生成の子供がお前達の後ろに!』
「えっ?」
 振り返る寮生達の視線の先で、西家の少年、今まで沈黙を守っていた雷太が震える声を張り上げた。
「里長様……っ、僕を騙したんですか!? おかあさまの為に力を身に着けたいと言っていたのに! だから僕はおかあさまから教わった全てを教えたのに!」
「やっぱり、貴方が?」
 サラターシャの手を振り払い雷太は鬻姫を睨みつける。
『騙してなどいないわ。私が力をつければ生成は楽ができるのよ。永遠の眠りと言う…ね』
 高笑う鬻姫の悲恋姫。と同時に護大に再び触れた手から瘴気がさらに濃く、さらに強く、まるで周囲全てを闇に染めるかのように広がって行く。
『生成の子供など愚かなものよ。おかあさまの為、と言えば何でもする。私のいい手駒になってくれたわ! オホホホホ!!』
「っ! でも、今なら、動けるかも…!」
 寮生達が術に、瘴気に、渾身の抵抗を試みた時。
「よくも、よくも!! おかあさまを愚弄し、俺を騙した貴様! 許さない!!!」
 雷太が短刀を握り、鬻姫に向かって駆け出していのが見えた。
「く、さ、させない! させないなりよ! もう雲の幻想はたくさんなのだっ!」
 譲治もまた呪縛を振り切り、剣を手にし鬻姫に向かって突進していく。
「譲治くん!!」
 今まで気配と意識の全てを隠していた折々は、その時を狙って黄泉より這い出る者を鬻姫に放つ。
「仕方、ありませんね!」
 アッピンもまた雷太を止めるべく折々と同じ術を放った。
 他の寮生達も雷太と生成姫を止めるべく手を伸ばした。
 まさにその瞬間であった。
「え?」
「わっっ!」
 地面に転がる譲治と一瞬で消えた瘴気。
 その場にいた者達が目の前で起きた事全てに凍りつく。
 それは鬻姫でさえも。
『な、なに……っ?』
 少年の首から吹き出す血飛沫と、その中に佇む青年の姿に、彼らは凍りついた。


●生成姫の子 透
 何が起きたのかと問われれば簡単である。
 西家の透と呼ばれていた青年が、瘴気の中から飛び出し、突進した譲治を人形で寮生達の方へ弾き飛ばすと同時に、手に持っていた小刀で雷太の首を切り裂いたのだ。
 唯でさえアッピンの術を受けていた雷太である。
 抵抗もできないままほぼ即死であったろう。
 透はそのまま雷太の身体を鬻姫へと蹴り飛ばした。
『……っ!?』
 思わず抱き止めた拍子に、護大に出来てゆく血溜まり。
 瘴気の流出が止まり、寮生達の呪縛も解ける。
「な、何をしているんですか? いきなり殺すなんて!」
 まず声を上げたのはネネであった。彼女は生成姫や子供達とも縁が深い。
 生成に操られた危険であっても哀れな子供達に心を寄せる事さえあった。
 だから少年を殺した透に意義の声を上げた。
 だが。
「雷太はこの時のために育てられたんですから仕方ありません。この瞬間のために徹底的に瘴気との親和性を高めて……結構大変だったんです」
「…い、委員長。まさか…」
 透を知る朱雀寮生、特に三年生達は逆に目の前の光景が信じられず、動けなかった。
 彼の顔が、自分達が知っていた七松透とあまりにも違うから、だ。
 かつて先輩として慕い、共に一年間を学んだ人物が、何故血飛沫を浴びながら嬉しそうに微笑んでなどいるのだろう。
「まさか…嘘だと言って下さい!!」
 最悪の想像が頭を過る。紫乃は絶叫に似た悲鳴を上げた。
 だが返ってきた返事は彼女の望むものではなかった。
「さようなら。愚かな弟よ。一足先におかあさまの元で新たな命を得るのです」
「先輩!!」
 透は冷たい目で雷太を見下ろした。
 と、雷太の身体が護大の欠片に触れ飲み込まれるように消えていった。鬻姫はそれに気づかない。
『おかあさま? まさか…お前…』
 透を見る鬻姫の背後で突然、護大の欠片が蠢くと
『キャアアアア!!!』
 鬻姫に覆いかぶさるように彼女を飲み込んだのだ。
『ガ、…ア…な…に…ゴ……ギャ……あ、い…いやああああ!!!』
 その悲鳴が鬻姫の最後の『言葉』であった。
 鬻姫を飲み込んだソレは生き物のように蠢いている。
 だがその光景は生き物ではありえない。
 寮生達は息を呑んだ。
 周囲に転がる死体をいくつも飲み込み、黒から鈍い赤黒へと変わった姿。
 漂う腐臭。
 ぬらり、ぐちょり。
 どれをとっても醜く、おぞましく、アヤカシを見慣れている寮生でさえ吐き気をもよおす程だった。
 それは周囲の屍を食らい尽くすと、ぬるぬると祭壇を降りて寮生達に近付いてくる。
「わあっ!」
 一番近くにいた譲治の傍まで来た時、不意に不思議な調べが聞こえ、肉塊は動きを止めた。
「早く、お逃げなさい? でないと貴方達も取り込まれますよ」
 血にぬれた髪のまま透が寮生達に告げる。祭壇に腰を掛け不思議な笛を口元に当て…、片手にはいつの間にか肉塊に掛けた縄を握って。
「貴様! 一体何をしたのでござるか!」
 連徳は前置きなしに全力で術を放った筈であった。だが、微かに顔を歪めただけで透はその笑みを崩しはしなかった。
 それどころか、恍惚の表情さえも見せている。
「裏切り者に罰を。さっき貴方方もおっしゃっていたでしょう? おかあさまは全てを知っておられて鬻姫の望みを叶えてやったのですよ。大アヤカシに匹敵する力を得たいと言う愚かで身の程知らずな願いを…ね」
 見れば肉塊の一部には女性のような面影が残っている。
 もはや僅かな面影でしかないのだが。
「まあ、それがこの愚かなモノには似合いでしょう」
「…貴方は、生成姫の子供であったのですか? 陰陽寮を卒業し、陰陽集団で信頼を得ていたという貴方が…」
 ネネが震える声で朱雀寮生達には言葉に出来ないであろう問いをかけ、透は答えた。

「全ては、おかあさまの為に」

 その時、広場の入口から声が響く。
「なんだ? これは!」
「皆? 無事? どうしたの??」
 先遣隊と本隊の者達、彼らが目の前の光景に次々と疑問の声を上げる。
 後輩と、仲間と、親友であった者達の前で透は立ち上がり、手に持った笛を掲げる。
「私を殺しますか? このかつて鬻姫であったものは、今とても飢えています。際限なく周囲のあらゆるものを飲み込むでしょう。この笛が無ければ誰にも制御することは不可能です」
 ハッタリだとこの場で彼を討ち取ってしまえば良かったのかもしれない。
 だが…既に寮生達が幾度も放った黄泉より這い出る者は効果を見せていなかったし、岩も木々も飲み込んでいく鬻姫を彼らはどうしたらいいか、どうしたら止められるのか思いつかなかった。
 やがて透の背後には鷲頭獅子の群れが現れた。
 それらは寮生に攻撃をしかけることはせず透が投げた縄を咥え、肉塊を空へと引き上げていく。
 ねちゃねちゃ、ぐちゃくちゃと汚いモノを撒き散らしながら鈍い悲鳴やうめき声と共に空に昇って行く肉塊。
「安心して下さい。おかあさまのところで言い聞かせて頂けば、これが際限なく周囲を取り込むことはなくなるでしょう。そして従順な僕となるのです」
 肉塊の上昇を確認して透もまた鷲頭獅子の一匹の背に飛び乗る。
 その時だった。
 シュッ! と微かな音と共に人形が肉塊に投げつけられた。
 ごぼごぽと音を立て肉塊が人形を飲み込んでいき、異物を取り込んだ肉塊が悲鳴を上げる。
 透は下を見た。そこには隠した目の下から透を見つめる者がいる。
「青嵐くん…」
 だが、透は暴れる肉塊を笛で抑えると鷲頭獅子と共に空へ。
「何故、お前が…」
 涙目で見上げる三郎に、透はそっと最後の言葉を落した。
「…これが…私と彼女の運命なのですよ」
 やがて「透」は姿を消した。
 何一つ、残滓を残すことなく。
「透…この馬鹿野郎…!!!!」
 いや、かつて仲間であった者達の心に傷と、どこまでも響く絶叫を残して。

 かくして天女アヤカシ鬻姫はこの世から消失し、新たなアヤカシが生まれた。
 信じ難くも護大は鬻姫と一体化し醜悪な化け物へと姿を変えた。
 そして新たな怪物の誕生と空から響いた悲鳴は、五行全土に轟き、新たなる戦乱の時代の幕開けを告げたのだった。