【神代】襲来!【陰陽寮】
マスター名:夢村円
シナリオ形態: イベント
危険
難易度: 難しい
参加人数: 39人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/02/12 09:12



■オープニング本文

【このシナリオは陰陽寮 合格者専用シナリオです】

●その名は生成姫

 五行国東方、渡鳥山脈周辺一体に広がる魔の森――その主の名を、開拓者達は知っている。


 魔の森の最奥、人間には到底入り込めぬ瘴気に満ちたその場所で美しき大アヤカシ『生成姫』は艶やかに笑った。
『徴』が開拓者の内に発現したとて己に何の問題もあろうはずがなかったが、それが失われた時の人間達の絶望を思えば放っておくにはあまりにも惜しい玩具。
 ましてや、今この時に現れたとあらば利用しない手は無かった。
 希儀の大アヤカシ『アザトッホニウス』から回収された護大が神楽の都、開拓者ギルドで保管されている、いま。
「人間同士が争い、警備は手薄。動くなら今であろう」
 そうして視線を投げ掛けた相手は、生成姫に勝るとも劣らぬ美しき女の姿を象る僕だ。
 天女という形容がこれほど似合う姿形もないだろうと思える上級アヤカシ、その名を鬻姫(ひさき)。
 生成姫は目を細め、朱色の唇で弧を描く。
「どうじゃ鬻姫。わらわの為に働いてくれるか?」
 問い掛けるようで、しかしその言葉一つで数多のアヤカシを平伏させる威圧感に、鬻姫はただただ膝を折る。
「ふふ……いまやそなたはわらわの懐刀……失望させてくれるな」
「承知いたしました、姫様」
 天女は従順に頭を垂れた。
 伏せた表情を誰に知られる事もなく。

 ――穂邑に現れた徴に関連し数多の開拓者、浪士隊が一触即発の事態に陥る中、警備の薄れた神楽の都、開拓者ギルドから、鬻姫率いるアヤカシの軍勢によって護大の欠片が奪われたのは、それからわずか数時間後の事であった。



●来襲!

 青龍、朱雀、白虎、玄武――五行国が誇る陰陽師の育成機関、陰陽寮は首都結陣の中央、封陣院や知望院と隣接している他、五行王が政務を執り行う場所にも近く、正に五行国の中枢と言えるだろう。
 この日、五行国の王・架茂天禅は側近の矢戸田平蔵、そして玄武寮の副寮長にして玄武寮内に置かれた封陣院分室の長・狩野柚子平と並んで陰陽寮を訪れていた。
 今日は青龍、朱雀、玄武の三寮合同新年会の打ち合わせで生徒達が集まっている。この機会に、今後の青龍寮に関して王自らの口で語ろうと決めたからだ。
 無論、更に十数人の警護が後方には控えていたが、彼らの会話は聞こえない距離を保つ……否、今回に限って言えば保たせていたと言うべきか。
「つまり天禅に妙な事を吹き込んで白虎寮に籠らせたのはおまえの差し金だったって事だな?」
「差し金とは人聞きが悪いですね。私は『護大の欠片を用いて封印する方法があるかもしれない』と申し上げただけですよ」
「そりゃああるだろう、実際におまえのじいさんがやってんだ」
 平蔵の言葉に柚子平は薄く笑い「しかし今は失われた秘技です」と視線を前方に移した。
 かつて生成姫という名の大アヤカシを封じる為、上級アヤカシを使役し生成姫を罠に嵌めて封印に成功した稀代の陰陽師――柚子平はその直径の子孫にあたる。
 だが、柚子平はその話題を続ける事はせず、何を思ったのか平蔵にとても穏やかな笑みを浮かべて見せた。
「王のなさった事には問題あれど、結果として矢戸田様に奥方候補が見つかって良かったではありませんか」
「は?」
「王からお聞きしましたよ、白虎寮を出奔した事であの頃の寮生の間ではとても有名だった朱真という少女。とても美しく成長されていたとか」
「あぁ……? おい、ちょっと待て、それでどうして朱真が嫁候補になるんだ?」
「惚れたと王に話されたそうではありませんか」
「ちょぉ待て! 確かに美人になっていて驚いたとは言ったが惚れたとは言ってないだろ!?」
「……おまえのあんな顔は初めて見たぞ」
「どんな顔だってんだこるぁっ!」
 平蔵の怒鳴り声に後方の警護の者達が驚いた。
 だが、それ以上に彼らを驚かせたのは息を切らして駆けて来た役人が齎した報せだ。
 曰く「天女姿のアヤカシが数多の配下を連れて開拓者ギルドで保管されていた希儀の護大の欠片を強奪、五行方面に逃げ去った」と。
 その名を――。
「あああ!!」
 不意に警護の一人が空を見て叫び、次々と視認していく。
 最初は雨雲かと思ったが、接近するにつれてそれが夥しい数のアヤカシの群れだと知れた。 
「……何て数だ」
 平蔵の呟きは驚きのあまり力なく掠れ、五行王は無言で空を見据える。
「陰陽寮の生徒達に報せを。今日は青龍寮の彼らも含め全員が集まっているはずです、一刻も早く……」
 柚子平は警護の者に使いを頼もうとして、そこで一度言葉を途切れさせた。
 一瞬の沈黙。
 そうして続けた言葉は。
「一刻も早く戦闘態勢を整えて此処へ救援に、と」
「はい!!」
 そうして使いの者が急ぎ駆けていくのを見送る柚子平の耳に、天女。
「五行王だけでなく貴様もここに居たとは、ね。なんて幸運……ふふっ……ふふふふ! 私がこの五行を支配する新たな大アヤカシとなる瞬間を見せてあげるわ!!」


 その日は本当はのんびりとした陰陽寮合同新年会になる筈であった。
 順番で言うなら青龍寮が担当することになる筈で、しかし事情から休寮状態になっている青龍寮にそれを願うのはどうか、と心配していたのだが、架茂王が彼らに今後の方針を話すらしいと聞き、とにかく久しぶりに皆で集まってぱあっと騒ごうと、思っていた所に、それはやってきた。
「なんだか、薄暗くなった。また雪でも降るのかな?」
 急に暗くなった室内に疑問を感じて一人が立ち上がり、窓を開ける。
 そして悲鳴に近い声を上げた。
「な、なんだ。あれは!!」
 そこに見たのは正しく空を埋め尽くすアヤカシの群れ。
 人面鳥に鬼面鳥、怪鳥は数知れず。
 中には死龍や鵺さえいる。
 そして…先頭に立つのは
「あれは…天女アヤカシ?」
 驚く彼らの前で、天女は片手を上げた。背後に控えていた鵺達から雷が地上へ、正確には陰陽寮の一角、白虎寮へと落ちて行く。
 地震かと錯覚するかのような地響きの後、煙と、朱炎が舞い上がった。
「うわあっ!! 白虎寮が燃えてる!」
「あそこに確か王が今日来てたんじゃないのか?」
「なんだ? 一体? 何が起きたんだ?」
「そんなことを考えている暇はない!」
 三年生の一人が窓から飛び出すと駆け出した。
「俺達の陰陽寮でこれ以上勝手をさせられるか!」
 その言葉に仲間達も頷いた。
「確かに、考えている暇はないね」
「街が襲われていないだけ幸運と思いましょう。ここにこれだけの陰陽師が揃っていることも!!」
 次々と寮生達が飛び出していく。
 そこに寮の違いも学年も無い。
 何が起きたか、考えるのはとりあえず後だ。
「今はただ、あいつらを追いだす! 俺達の陰陽寮から!!」
 寮生達の心は今、一つとなっていた。


■参加者一覧
/ 芦屋 璃凛(ia0303) / 俳沢折々(ia0401) / カンタータ(ia0489) / 青嵐(ia0508) / 蒼詠(ia0827) / 玉櫛・静音(ia0872) / 氷海 威(ia1004) / 胡蝶(ia1199) / 露草(ia1350) / 御樹青嵐(ia1669) / 喪越(ia1670) / 四方山 連徳(ia1719) / 八嶋 双伍(ia2195) / 瀬崎 静乃(ia4468) / 平野 譲治(ia5226) / 樹咲 未久(ia5571) / 鈴木 透子(ia5664) / 雲母(ia6295) / ゼタル・マグスレード(ia9253) / 劫光(ia9510) / 宿奈 芳純(ia9695) / 尾花 紫乃(ia9951) / サラターシャ(ib0373) / アッピン(ib0840) / ネネ(ib0892) / 无(ib1198) / 真名(ib1222) / 尾花 朔(ib1268) / 成田 光紀(ib1846) / 晴雨萌楽(ib1999) / 雅楽川 陽向(ib3352) / 寿々丸(ib3788) / 緋那岐(ib5664) / 十河 緋雨(ib6688) / リオーレ・アズィーズ(ib7038) / 土御門 高明(ib7197) / 比良坂 魅緒(ib7222) / 羅刹 祐里(ib7964) / ユイス(ib9655


■リプレイ本文

●陰陽寮大襲撃!
 五行、最高学府である陰陽寮は広大な空間を東西南北に分けている。
 そしてそれぞれに研究学問施設。寮が存在するのである。
 東の青龍、南の朱雀、西の白虎、北の玄武。
 四神をその名に冠するそれぞれの寮は決して仲が悪いわけでは無いのだが、寮から寮までは普通に歩いて10分以上かかってしまうし、研究方針が違うなど色々な理由から、それほど頻繁には交流が無い。
 一緒に動くのはいいところ、合同入試と入寮式、そして新年会くらいのものだろう。
 しかし、今、各寮生達は肩を並べて、走る。
 新年会の打ち合わせに集まっていた者達も、そうで無い者達もほぼ全てが全力疾走だ。
 目的はただ一つ。
 彼方に見える空を覆い尽くすほどのアヤカシの群れ。
「あいつらを陰陽寮から追い出す!」
 それだけである。
「まさかあのテストと似たような事が起きる日がこんなに早く来るなんて思いもしませんでしたよ」
 走りながらそう呟いて露草(ia1350)は空を見上げた。
「テスト?」
 首を傾げるユイス(ib9655)に「何でもない」と露草は手を振る。
 違う寮の一年生に、ゆっくりと説明している暇はない。
「話は後で出来る! とにかく今は目の前の敵に集中だ!」
「はい!」
 横を走る劫光(ia9510)の声にユイスは慌てて答えるが、その時には既に劫光の姿は遥か先にあった。
「流石、朱雀の切り込み隊長。体育委員長だけあって凄いなあ」
 走龍と共に奔る者、
「私達が犠牲を覚悟しないと街が…そういうレベルですよ。これ…」
 鈴木 透子(ia5664)のように霊騎と共に駆ける者。
 屋根を伝い一直線に白虎寮を目指す者さえいる。
「先に行くわ!」
 その時、頭上からも声が上がった。
 見れば甲龍、駿龍、炎龍達もまた群れを成して飛ぶ。龍達に乗った寮生達が駆け抜けていく。
「無理はしないで下さいよ!」
「大丈夫!」
「こっちばかり上から攻撃されたんじゃ、敵わないわね。…私が地上に叩き落してやるわ。そこを狙ってちょうだい。行くわよ。モユラ!」
 胡蝶(ia1199)は下にそう声を落として横を飛ぶモユラ(ib1999)を見た。
「陰陽寮は新年早々、事件続きだねェ。ま、何も起こんないよりマシ…なのかなぁ、コレ」
 ため息をつきながらモユラは前を見る。遠くに立ち上がる黒い煙。
 白虎寮――あそこはまだ足を踏み入れたことのない場所だった。
 ほとんど見たこともないのに燃えてしまうとは何とも切ないが…。
「まあ、こうなったらやるしかないよね」
 モユラは人魂を発動させると、先行して飛ぶ龍達よりもさらに先へと進ませる。
「そういえば王は大丈夫でしょうか? 白虎寮にいらっしゃるのでしたっけ?」
 樹咲 未久(ia5571)が微かに眉根を寄せるが
「大丈夫。陰陽寮の生徒に、王様です。こんなくらいじゃ、やられません!」
 横でネネ(ib0892)が微笑んだ。
 確かに玄武も朱雀も、青龍もない陰陽寮の総力戦だ。
 これで負けたら陰陽寮、ひいては五行の敗北だろう。
「客の多い新年会だな。振る舞う酒が足らんぞ。…誰の描いた脚本かは知らんが、今は踊る他あるまい。だが、固くなるなよ。久方ぶりの祭りだ」
 成田 光紀(ib1846)が飄々と告げる。そのおかげで、皆の肩の力も少し抜けた。
「売られた喧嘩です。丁重にお相手しないといけませんねぇ」
 ニコニコと未久も笑って前を見る。
「よし! 行くよ! みんな!!」
 スピードを上げたモユラの後に続く様に、寮生達は空一面の敵に向かって突き進んだ。

●それぞれの戦い
 寮生達が白虎寮に到着した時、既に戦端は開かれていた。
「ほほ〜! 思ったよりやるじゃねえの」
 まだ燃えていない建物の屋根の上から感心したように喪越(ia1670)は声を上げた。
「いきなり此処に攻めてくるたぁ、なかなかどうしてアヤカシも考えるもんだぁね。しかも王様が来ている最悪のタイミングで」
 彼らの眼下。燃え上がる白虎寮の前で架茂王や御付きの陰陽師達が圧倒的多数のアヤカシを相手に良い勝負をしていたからだ。
「おっと、今、王様が放ったのは雷閃か? いいキレしてるねえ」
『だから、言ったろう? あの王は簡単にくたばるタマじゃないと』
 けっこう素の入った用具委員長青嵐(ia0508)の吐き出した言葉に喪越は肩を竦めると敵と眼下をもう一度見つめた。
「陰陽寮はアヤカシ対策に重要な資料が集まる所…大きく動く前に障害を払いに来たのかもしれん」
 屋根に上がってきた氷海 威(ia1004)は言う。
 だが、彼らは他の建物に直接火をかける様なことはしていないのだ。
 あくまで人狙い。建物はそのついでのようで一体何を目的にしているのか。それが見えて来ない…。
「ま、とりあえず親玉をぶっ飛ばせば解るかねえ。名前を売っとくチャンスかな、とも思ってる。敵の総大将がいる可能性も高いだろうしな。被害の大きい総力戦よりは、頭を潰して短期決戦狙いでイこうか」
 喪越はそう言いながら、近付いてきた怪鳥の攻撃を巴で交わすと手に持った六尺棍で力任せに叩き潰す。
 ただ親玉は集団戦闘の類に漏れず、敵の集団の奥のそのまた奥だ。
『ギルドなどには援軍を要請しました。各陰陽氏族にも連絡済みです。外壁で街に敵を出さないように動いてくれる方もいます』
「なぜアヤカシが…いいえ、考えている暇はありません。急ぎましょう!」
 サラターシャ(ib0373)が伝令を買って出て、寿々丸(ib3788)達玄武寮の者も動き出している。
「陰陽寮が燃えようとも…! 我らがいる限りは、まだ、負けませぬ!」
 人々を避難させ、零れ逸れるアヤカシから人々を守ってくれているのだ。
「私は彼らと共に外壁から敵を逃がさないようにしてみます。敵の動きを阻害し、有利な場を作れないか、やってみるつもりです』
(『それが…俺の戦いだ』)
 手に持った封縛縄をブンと振って青嵐は屋根を蹴った。
「またな!」
 喪越もまた敵の只中へと飛ぶ。
「武運を!」
 彼らの行動を援護するように襲い掛かる敵に威は魂魄を放つ。
 ギャアアア!!
 悲鳴を上げて落ちるアヤカシ。
 でもまだ戦いは始まったばかり。敵はまだ空を真黒く覆い尽くしていた。

「こんな時だからこそ冷静にならなくっちゃね」
 自分に言い聞かせるように俳沢折々(ia0401)は目を伏せた。
 周囲にアヤカシが溢れているが、怖れる気持ちは驚く程に少なかった。
「王様に告白したばかりだしね。この程度の苦境で怯んでるようじゃ、架茂王の右腕なんて夢のまた夢! 見方を変えれば、王様に、すぐ近くにこんなに頼れる者たちがいるんだって見せるチャンスかも」
 顔を上げると折々はもうそこから迷うことなく朱雀寮の仲間達に指示を出す。
 もう個々に動き始めている者も少なくないが、闇雲に動くことは危険であると判断したのだ。
「清心くん! 白虎寮の構造は? 食堂や保健室はここにもある?」
「はい! 燃え残っているあちらの棟です」
 かつて白虎寮にいた後輩の返事に頷くと折々は保健委員長である玉櫛・静音(ia0872)を見た。
「静音ちゃん。救護所をお願いできるかな? もう既にけっこうな怪我人が出ているみたいなんだ」
「勿論です。つもりで整えてきました。保健委員の皆さんもその準備はできていると思います」
 そう言うと彼女は手に持った朱雀の救急箱を掲げ、後ろで待つ保健委員達を見た。
 そこには瀬崎 静乃(ia4468)、蒼詠(ia0827)ら頼りになる委員達がいる。
「傷病者の搬入にももう動いて頂いています。こちらは、お任せ下さい」
「解った。任せたね。青龍と玄武の人達にも協力を仰いで、私も迎撃に加わるから」
 振り返らない背中は信頼の証。
 駆け出していく折々を見送って後、その信頼に応えるべく
「蒼詠さんは食堂を担当して下さい。怪我の比較的軽い人は食堂へ。重傷者は保健室に搬入してくれるよう頼んであります。静乃さんは両方のサポートを。大変ですがお願いします」
「私も及ばずながらお手伝いさせて頂きますわ」
「では、ネネさんは食堂へ。手が足りない時は保健室にお呼びします」
 静音は仲間と共に自らの戦場へと向かうのであった。

 燃え上がる炎は勢いを増している。
「どなたか! 逃げ遅れた人はいませんか?」
 泉宮 紫乃(ia9951)は建物の中、必死に声を上げ、呼びかけた。
 だが、返ってくるのはバチバチ、ジリジリという炎の声のみ。
 必死に水をかけ、濡らした布をかけてもまさに焼け石に水である。
「この建物は、もうどうしようもないのかも…」
 そう思った時であった。炎の中、微かなうめき声を紫乃が耳にしたのは。
「どこです! どなたです!!」
 応える元気はもう無いのかもしれない。だが、救いを求める声を紫乃は必死で追いかけた。
「紫乃! こっちよ!!」
 真名(ib1222)の呼び声に紫乃が駆け寄ると
「あっ!」
 やがて倒れた梁の下に伸びた手と黒い頭を見つける。
「大丈夫ですか! 今、助けます!!」
 手を掴み梁の下から身体を引き出そうとする。だが、木は固く重く、紫乃と真名二人では助け出せそうに無かった。
「待っていて下さい! 真名さん、今、人を呼んで…」
 そう言いかけた時
「危ないですから、少し離れて」
 静かだがはっきりとした声が聞こえ、紫乃は言われた通り少し身を避けた。
 バシィッ!!
 まるで達磨落としのように勢いをつけて横から振るわれた大鎚。大掛矢で梁は砕け横に飛んでいく。
「別に、陰陽師だからといって全てを術で解決しなければいけない訳ではありませんよね」
 現れたリオーレ・アズィーズ(ib7038)は頭に被っていた濡れた毛布を怪我人にかけると紫乃に微笑みかけた。
「ありがとうございます」
「先輩達! 大丈夫か?」
 炎の中、紫乃を迎えにやってきた羅刹 祐里(ib7964)は怪我人に気付くと注意深く抱き上げる。
「見てきましたが、もう建物内に残っている人はいない様子。外に出ましょう」
「はい!」
 三人が建物を出ると炎はより強まり勢いを増していく。
「先輩! 祐里さん。良かった! 無事やったんやね」
 尻尾を振って出迎える雅楽川 陽向(ib3352)に紫乃は助け出した怪我人を委ねる。
「治癒符で傷は塞いでいますが、火傷がかなり厳しいですね。陽向さん。この人を保健室へ」
「了解や! 祐里さん。いくで!」
「ああ!」
 二人が場を離れるのを待って紫乃は燃え上がる白虎寮を見つめた。
「これ以上の延焼は、防がないと。…紫乃」
「解っています。貴重な書物は守らなければなりませんし、煙に乗じられても困ります。力を貸して頂けませんか?」
「勿論ですわ」
「私も、お手伝いします」
 リオーレと、真名。紫乃。別側から消火に当たっていた露草も加わって四人はまだ火の回っていない所に向けて、一斉攻撃を放った。
 ガシャン!! ガラガラガラ!!
 白虎寮の一角、研究棟が音を立てて崩れていくのを彼女らはそれぞれの思いで見つめていた。

 救出された伝令の一人は僅かに意識を取り戻した時、寮生達にこう告げたという。
「ギルドから護大がアヤカシによって強奪された、と?」
「そうです。そしてその足でアヤカシは陰陽寮にやってきたようだ、と」
 御樹青嵐(ia1669)は一直線に襲い掛かってくる怪鳥の超音波を踊るように交わす横で戦うゼタル・マグスレード(ia9253)にそう告げた。
 怒りに任せ突進してくる怪鳥を斬撃符と珠刀「青嵐」で一閃して。
 友の言葉にゼダルは考える。この陰陽寮にはアヤカシに関する資料が山ほどある。
 アヤカシが脅威と思う技術も少なからずあるだろう。だが…
「護大を入手して尚、この陰陽寮も攻め落とそうとは…狙いは一体何を…いや、誰を、か?」
 思い当たる人物の顔が思い浮かばなくもない。
 折しも今、この寮にいるとも聞いているし、ここで研究をつづけていたと言う話もある。
 だが…
「ゼタルさん! 次が来ます。今度は人面鳥です。さっきのようにはいかないかもしれません」
 ぼんやりしている暇も、気を散らしている暇も今は無い。
 彼らの背後には消火活動と救出活動に専念する仲間達がいるのだから。
「困ったものですが玄武寮の名に掛けて引くわけには参りません」
「そうだな」
 距離を開けて、人面鳥が魅了の歌を歌う。
 だがそれを、二人は意思の力で降り払った。
「氷龍で撃ち落とします! その隙に呪声で意識を乱して止めを!」
「解った!」
 強く陰陽刀「九字切」を握り締めてゼタルは敵を見据えるのであった。
 
「うおー! 外が五月蠅いと思ったら、大変な事に! 拙者のステキ☆非人道的すげぇ術の研究を妨害するとは万死に値するでござる!」
 妙にテンションが上がった声を上げると四方山 連徳(ia1719)は周囲の敵に向けて氷龍をぶちかました。
 数匹が地面に落ちるが、まだまだ数が減る様子は無い。
「研究中の術を狙って来きたのでござるか? なら貴様らで試してやるでござるー! と思ったけど触媒と生贄が足りないでござる…。いやむしろお前らを触媒とか生贄にしてやるでござる!」
「冗談はとりあえず後にして下さいよ。っと!」
 八嶋 双伍(ia2195)は小さくため息をつくと空から攻撃してくる鵺を見つめ唇を噛んだ。
 鵺を見つけ攻撃しているうちの大混戦。気が付けば玄武の仲間と離れてしまった。
 素早い上に遠距離からの雷術攻撃。なかなか射程に捕えこちらから術を発動させるチャンスが掴めないでいた。
「おっと! お主。そこ危ないでござるよ」
 後退しようとした双伍の手を蓮徳がぐい、と引いた。
「な、なんです?」
「まだ燃え残ってる建物の入り口に呪縛霊を敷いたのでござる。これ以上建物を壊されたり文献を焼かれたり王様を何とかされたりしては困るでござるから」
「なるほど」
「まあ、王様はもう外でバリバリに戦ってござるから護衛の必要は無かったのであるがな」
 はあ、とため息をつく連徳の言葉に双伍はあることを思いつく。
「すみません。手を貸して下さい」
「ん? なんでござるか?」
 素早く作戦を耳打ちすると双伍はいずこかに走って行く。残された蓮徳は
「やーい! ここまでおいでなのでござる〜!」
 空の鵺に向けて手を叩いた。そして背を向けて建物の中へと逃げ込もうとする。
 彼女の挑発が効いたのかどうかは解らない。だがアヤカシは真っ直ぐに敵に向かって突進をしかけてきた。
 双伍の思った通りに。
 グアアアッ!
 素早い鵺、だが地縛霊は空を飛んでいる敵でさえも捕え動きを縛る。その上を通りさえすれば。
「消えなさい!!」
 双伍が放つ渾身の蛇神に鵺はのた打ち回った。
「ついでの止めでござる!」
 蓮徳の氷龍とのトリプルパンチに鵺は身動きできないまま。
「おっと!」
 小さな雷を残し、瘴気に還っていった。
「ありがとうございます。また火事になったら大変ですからね。鵺は最優先で倒したかったのです」
「なんのなんのなのだ!」
 二人は小さく手を叩きあうと
「仲間と合流するまで、お付き合いいただけますか?」
「まあよいのだ。ほら、またきた」
 背中合わせの戦闘をまた始めるのであった。

「逃げ遅れた人はいない? 助けに来たよ! いたら返事をして!!」
 闘いや火事の中央から少し離れた所で、芦屋 璃凛(ia0303)はそう声を上げた。
 中心で無いからこそ取り零された命があるのではないか、と彼女は思ったのだ。
 その考えは外れてはおらず、数名を見つけ避難させることに成功した。
「冥夜。その人を先輩達の所へ。多分、食堂か保健室にいると思う」
『解った。無理するなよ』
 猫又に避難誘導を任せ、さらに進む途中、ふと、彼女は頭上を見上げた。
 敵に向かって攻撃を仕掛ける飛行部隊。その中に誰よりも怯まず突撃を繰り返す影がある。
 彼女にとっては年下の先輩。平野 譲治(ia5226)。
 けれど、その様子がいつもと違う。尋常ではないことが見ただけで解った。
「何? あの様子?」
 真っ直ぐな、でも何時ものそれとは違う、敵しか見ていないような眼差し。
「あれは…!」
 彼女は拳を強く握り締めると今までとは違う方向へ走り出した。


●決戦。そして…
 各地でそれぞれの戦いが繰り広げられている頃、その中央ではやはり苛烈な闘いが続いていた。
 白虎寮襲撃の時、その場にもっとも近い場所にいたのは誰であろう五行王架茂天禅。
 彼とて仮にも陰陽師国、五行の王を張る者。
「我らが領域に攻め入るとはいい度胸だ」
 次から次へと放たれる術とそのキレに感心する者も多く、またアヤカシもそこに集まって来ていたので自然戦いの中心になったのだ。
「王様はこちらか!」
 地上から、上空から陰陽寮生達が集まり、分厚い敵の包囲網を切り開いていく。
「王様。ご無事ですか? 後ろへお下がりになって下さい」
 无(ib1198)は声をかけるが
「敵を倒せ」
 そうぶっきらぼうに告げると无の背後に斬撃符を放った。彼の首元すれすれに放たれた術は、背後から彼を狙う怪鳥の羽を切り裂き地面へと落とす。
「わが研究を阻むもの万死に値する。一匹たりとも生かして帰すな」
 そういうと敵の方へと自分から進んでいく。
「やれやれ。頼もしいのか厄介なのか解らんが…敵の目的が解らない以上、王を狙わせるわけにはいかないからな」
 胸元にそっと手を当てると无は王の背後を守るように戦場へと踏み込んで行った。
「ゆっぴ〜!」
 敵の包囲網を空から抜けて、中央までやってきた十河 緋雨(ib6688)は目的の人物を狙う爪を手に持った鉄砲で打ち抜くと駆け寄った。
「緋雨さん!」
「無事でしたか? こいつらは一体なんなんです? なんでここを襲って来たんです? 解りますか?」
 互角以上に戦っていたとはいえ、王を守って満身創痍であった玄武寮副寮長 狩野柚子平は玄武寮生の登場と救出に、一瞬安堵の表情を浮かべるが同時に考え込むように顔を伏せた。
「ゆっぴ〜!!!」
 逡巡はそう長い時間では無かった。何かを決意したように顔を上げると柚子平は空の奥を指差した。
「この大群を率いているアヤカシがいます。天女のように美しいアヤカシですが、襲撃の直後に顔を見せた以降は群れの奥に隠れたままです。それを捕えることが出来れば何かが解るかもしれません」
「天女アヤカシ? やっぱりアレがそうか?」
 緋那岐(ib5664)はここまで来る途中、ちらっと見えた姿を思い出す。そしてかつて見たあの姿も…
「ここまで派手な事をしでかすとは思わなかったんだけど、人は見かけに寄らないって事だよな。…あぁアレは人じゃないけど」
 フッと笑い声がした。
「因縁やら因果は知らんが、退屈しのぎにはちょうどいい。たまには動かないとな」
 雲母(ia6295)は煙管をしまうと眼帯を外して敵を睨みつける。隠した髪の下の目がキラリと光った。
「親玉がいるならそれを見つけて潰せばいい。隠れているなら引きずり出すまでだ」
「まあ、結局はそれに尽きるのかもね」
 小さく笑って緋那岐も頷いた。『瞳』を凝らす。恐ろしいまでに濃い瘴気が敵のさらに奥に確かに見える。
「副寮長は下がってて。怪我してるし、アヤカシに変なちょっかいを出されるとやっかいだから」
 そう言うと緋那岐は眼前に迫るアヤカシの群れに向けて、渾身の氷龍を打ち放ったのだった。

 アヤカシとの戦闘は正しく陰陽寮の総力戦となっていた。
「まず、殲滅すべきは鵺! それから中級アヤカシを狙って下さい!」
 紅色のローブを翻しながらカンタータ(ia0489)は地上の仲間達に指示を送る。
 いつもののんびりした言葉遣いと態度は一時封印しているかのように上空のモユラ達の様子を見ながら連携して機敏に動く。
 白虎寮に雷を落とした鵺は数体いた筈だ。
 今は数を減らしているがそれでも二体が、まだ上空にいる。
「あちらの一体はモユラさん達に任せて大丈夫です。こちらを狙う鵺の殲滅に力を貸して下さい!」
 叫びにも似た声に青龍遊撃の仲間達が呼応する。まず呪声でカンタータがターゲットの注意を引きつける。そして
「黄泉より這い出し者よ。その響きと恨みにて敵を闇に引きずり込め!」
 精神を集中し、透子が黄泉より這い出る者を発動させる。
 ギシャアアア!!
「キャアア!」
 死への呪いが鵺を地上に引きずり落とそうと纏わりつくが、逆に鵺は苦痛に任せた雷撃をカンタータと透子、その両方のみならずめくらめっぽうに放っている。
「透子さん!」
 カンタータは側にいた光紀の結界術符で直撃を免れたが、透子は全身に雷撃を受けて倒れ伏した。
「この!」
「貪れ!」
 光紀の霊魂砲と駆け寄って来た宿奈 芳純(ia9695)の黄泉より這い出る者。
 翼と思考を奪われた鵺はもう一度、断末魔となる悲鳴を残し地上に落下。瘴気へと戻った。
「大丈夫ですか?」
 芳純は透子に治癒符を重ねかける。一度、二度。
 やがて意識を取り戻した透子は
「すみません。ありがとうございます」
 芳純と心配そうに顔を覗き込む仲間達に礼を言うと立ち上がった。
「大丈夫ですか? 下がって休んだ方が…」
「そんな余裕はありません。あちらを見て下さい」
 痛みに軋むであろう身体を起こしながら透子は雲の奥を指差した。
 分厚かったアヤカシの壁が陰陽寮生達の一斉攻撃で薄れつつある今、その奥に水晶の瞳でなくても黒い瘴気の塊が見える。
「間もなく動くでしょう。その時を逃すわけにはいかないのです」
 周囲にはまだ下級アヤカシが蠢く。いつの間にか迫ってきた死龍も彼らを襲おうと首をもたげる。
「避けて!」
 芳純は透子の肩を抱く様にして転がり、カンタータと光紀も瘴気のブレスを間一髪で交わす。
「解りました。行きましょう。怪我の治療は任せて下さい」
 微笑む芳純に透子は小さく頷くのだった。

 それから、どれくらいの時間が経ったろうか。
 大混戦の中、傷つきながらも陰陽寮生達はアヤカシの分厚い包囲網を少しずつ、だが確実に削って行った。
「…よくもまあ攻めてきたものじゃ。我らの学び舎を襲っておいて歓迎せぬ訳にはいかぬよなあ? 劫光。ゆくぞ、伏龍小隊長。いつものように指令を出せ」
「魅緒はユイスと組んで敵を迎撃! 特に保健室に近寄らせるなよ」
 解ったと答えながら比良坂 魅緒(ib7222)は
「劫光、お前はどうする?」
 と問うた。
「俺は上空の親玉になるべく近づいてみる。璃凛に頼まれたこともあってな。余裕があったら援護頼む」
 言うより早く足場を辿り、屋根の上に登って行った劫光をモユラは一瞬だけ、心配そうに見つめた。
「天女アヤカシには気を付けて下さいね〜。あれは只者ではないですよ」
 アッピン(ib0840)がかけた言葉に劫光は軽く片手を上げて応じた。
 大丈夫だろうとは思う。見れば喪越もいるし、玄武、青龍寮の者達と合流もしている。
「ぼーっとしてちゃダメですよ〜」
 アッピンの呼び声にユイスはハッとして目の前に迫る爪を避けた。
 既に黄泉より這い出る者で意識を失っているアヤカシを魅緒は蹴り避けると一歩前に進み出た。
「大丈夫じゃ。あ奴は殺しても簡単には死なぬゆえ」
 ユイスに向けて片目を閉じると同時両手を広げ、眼前に集まる敵に不敵に笑いかけた。
「くくっ、これも進級試験の続きかの? ならば手は抜けぬわ。アヤカシども、せめて白虎寮の修繕費と治療費くらいはおいてゆけよ?」
「ここはボクら皆の家だ。好きにはやらせないよ」
 劫光が信頼して自分達にこの場を任せたのなら、敵をここから先に一歩も進ませはしない。
「信頼の上での適材適所。これが僕らが先輩達から学んだ朱雀寮生の戦い方だよ」
 強い決意で彼は敵に向かって行くのだった。

 龍が言葉を話すなら、きっと少年を諌め止めようとしただろう。
「強っ! 頭を潰すっ! させない…させないのだっ!」
 自分の事など顧みずにアヤカシの中に突進する少年を。
 幾度となく響く唸り声がその証拠だ。
「ちょっと! 君! 無茶よ!!」
 最前線、戦う胡蝶はその手を止めて少年、譲治の進路を遮るように声をかけた。
「行かないと…行かないとっ!」
 譲治は拳を握りしめて胡蝶に訴える。
(何を見ているの。この子は)
 目の前の敵では無い何かを見ているのに気付いて胡蝶はキュッと唇を噛んだ。
「ダメよ! 落ち着きなさい!!」
 このままだと無駄死にだ。なんとかしないと。
 そう思った胡蝶の背後。
『私の前で、仲間割れ? 随分余裕だこと』
「えっ?!」
「胡蝶! 危ない!!」
 モユラが声を上げた。
 間一髪、伸びた爪から逃れた胡蝶であったが、龍と共に振り返ったそこに見たものに息を呑む。
 長く美しい髪に端麗な容姿。
 天女と見まごう姿であるが、その身には明らかに禍々しいものを纏っている。
「天女アヤカシ…」
 胡蝶は呟くと同時、横を見た。
「お前が親玉なりね! あの光景を、これ以上現実にはしないのだ! 煌け! 雷閃!!」
 譲治が血走った目で術を放つ。天女アヤカシはそれを眉をひそめて受けると
『…痛いわね。私を止めようなんて…三百年早いというのよ!!!』
 黒い光でそれを返したのだった。黒い光を浴びた譲治は微かな苦痛と共に
「うっ!! 術が…?」
 術の行使が出来なくなっている事に気が付いた。それでも、彼は前進を止めなかった。
「強! 体当たりなのだ!」
「君!!」
 胡蝶が止めようとし、譲治が進もうとし、天女がそれを迎え撃とうとした瞬間
 バシッ!!
 彼らの中央に、一筋の線が走った。
『きゃああ!』
 天女アヤカシは思わず後ずさるように場から離れた。
「狙撃? どこから?」
 胡蝶は首を回して探す。かなり離れた鐘楼に人影が見えた。
「朔! 良くやった! 譲治! 落ち着け!!」
 劫光が尾花朔(ib1268)に手を振ると、地上から屋根に上り、天女に向けて悲恋姫を、譲治に声を渾身の力で放った。
「先輩!」
 璃凛の声も聞こえる。
 仲間達の呼び声に、譲治はハッとまるで今目覚めたかのように瞬きすると
「あ…。ご免なのだ」
 目の前で微笑む胡蝶に頭を下げた。
「大丈夫よ。モユラ! 天女アヤカシは?」
「後ろに後退したみたいだよ。仲間を盾にしているからそいつらからまず倒さないと」
「了解! 落ち着いて。術の方は戻った?」
「あ、うん。大丈夫みたいなのだ」
「じゃあ、一緒に攻めていきましょう」
「ありがとうなり!」
「譲治! 親玉を追い詰める。手を貸してくれ!」
「解ったのだ!」
 生気の戻った目で、譲治は改めて敵を見据えていた。

「天女…アヤカシ? あの…ですか? 副寮長」
 保健室で治療を受けながら、問い詰めるようなネネの言葉に柚子平はため息と共に頷いた。
 次々に運び込まれる傷病者。その一人が天女アヤカシが柚子平に向けて放った言葉を聞いており、それを知ったネネが柚子平を問い詰めたのだった。
「そうです。名を鬻姫(ひさき)。おそらくアレがここを襲ったのは大アヤカシになる手がかりを求めに来たのだと思います。護大の欠片を手に入れて、一気に勝負をかけに来たようですね」
 ネネは全ての事情を知っている。取り繕っても仕方ないと彼は、陰陽寮生達に告げたのだった。
 狩野の先祖とアヤカシの取引。その全てを。
「それで、柚子平玄武寮副寮長は、ホントに彼女を大アヤカシにする方法を知っているの?」
 静乃に呼ばれ、立ち会った折々の問いに彼は首を横に振る。
 知るわけはない、と。
「と、いうことは彼女自身も護大の欠片とやらを手に入れただけで使い方も知らないんだ…なら、その辺が、落としどころかも」
 小さく呟いた折々は頷くと振り返り、静音と静乃。陽向と祐里に何事か囁いた。
「ネネさん。ついてきて」
「解りました」
「待って下さい。アレの狙いはおそらく私で…」
 二人が部屋を出ていくのを柚子平は勿論追おうとした。
 だが、追う事は出来なかった。
「…祐里くん。陽向ちゃん」
「解った」「了解や」
「一体何を……っ、待ちなさ……!」
「怪我人はおとなしくしていて下さい」
「…うちの主席と…皆に、任せて……」
 暫くの後、保健室の片隅に柚子平の簀巻きが出来上がっていた。

 長い、長い一日を経て、空は本来の色を取り戻す。
 紫色に染まった空に今も残るのは、ようやく数えられる程度まで減らされたアヤカシと、その中央から凄まじい威圧感を放つ天女アヤカシだ。
 屋根の上には威と劫光、そして武器を構える喪越。
 空には退路を塞ぐように舞う飛龍達とそれに跨ったまま警戒を緩めないモユラ、胡蝶、譲治達。
 遠い鐘楼からは朔が、地上からは雲母が銃と弓を構え、王の側には緋雨に緋那岐。
 他の寮生達も、空を睨みつけている。
 天女アヤカシを取り囲む包囲網はほぼ完成していた。
「いい加減に、ご退場いただけないかねえ。せっかくの美女が台無しだぜ」
 喪越はこちらの優位を見せつけるように肩を竦めてみせるが、天女アヤカシの様子は変わらない。心の中で小さくため息をついた。
 正直、これ以上の戦闘を避けたいと思っていたのは実は陰陽寮生の方であった。
 アヤカシとの連続戦闘は彼らの体力、戦力をほぼ全て奪っている。
 護衛も兵士も職員も多くが負傷し、食堂も保健室も満員。
「全力でいきまするっ! 此処で退いては、玄武寮の名折れ! 行け! 眼突鴉!」
 傷つきながらも戦う仲間達。
 ここで天女アヤカシに暴れられたら、被害はさらに増えるだろう。
「気を付けるのだ! そいつは素早いし、オイラ達の術を封じるのだ」
 下手したら死人が出るかもしれないというギリギリの瀬戸際であった。
 退かせるか、一気に倒すか。二つに…一つ。
「ん? あれはなんでしょう?」
 ふと、地上で見ていた未久が首を捻る。
 天女の背後に控える人面鳥。その数匹が何やら大きなものを抱えているのだ。
 直径数メートルはありそうな漆黒の『モノ』。
 戦闘が優先で会った為、事情の全てを知らない者もいる。
 護大の欠片と呼ばれるものがギルドよりアヤカシに奪われたということも全員が知っているわけではない。
 ただ、その闇色の禍々しさが尋常なものではないという事を見る者全員に知らしめる。
「なあ…そいつは…なんだ?」
 喪越が天女アヤカシに問いかけた瞬間、それは起きた。
 朔の狙撃が天女アヤカシの手を射抜き、一瞬気を逸らさせる。
 と同時に放たれた雲母や、透子やアッピン、幾様の術、幾筋もの攻撃が天女アヤカシの背後で弾け、「ソレ」を抱えていたアヤカシを消失させたのだ。
 地面に落下する漆黒の闇に天女は
『キャアアアア!!』
 悲鳴を上げた。その隙を狙って寮生達が一か八か、最後の襲撃を試みる。
「ここにはいい思い出があり過ぎるんでね。悪いがご退場願おうか!」
 その時、それは『起きた』のだった。

●戦いの終結と決戦の始まり
 その一瞬は、後で思い返すとまるで何十分もの出来事だったかのように思えたと、後に胡蝶やモユラ、譲治、劫光らは語る。喪越でさえも。
 止めを刺そうと天女に肉薄した瞬間、周囲に響き渡った声に身体がまるで石のように動かなくなった。
 絶望と恐怖を脳に響かせる圧倒的な『声』。
「く、くそ! 悲恋姫か」
 同じ術を使う者であるからこそ劫光は解った。そしてその強力な効果に抗う術を持たないことも。襲う苦痛に身体が動きを止める。
 と、同時に力が消失するような感覚も感じる。これが譲治の言っていた技であろうか。
 術を封じられ、肉薄しての攻撃も封じられた。倒れないのが精いっぱいの状況。
 寮生達が跨る龍も勿論その例外では無かった。
 羽ばたきが止まり、主ごと地上に落下する。ぎりぎりの着陸は少なくない衝撃を乗り手に与えた。
 だが、それよりも恐ろしいことが目の前で起きようとしている。
『誰にも、誰にも渡さないわ!』
 天女アヤカシが落下する『ソレ』に追いつき、触れた瞬間、禍々しい気体が立ち上る。
 瘴気だ。
 これまでに遭遇して来たどんな瘴気よりも濃く、禍々しく、周囲の陰陽寮生たちにもその影響は及ぶ。
 まるで魔の森の瘴気が一瞬にして全身を汚染したかのような苦痛が全員を襲った。
 それでも残る意識が、聴覚が、天女の声を聞いた。
『そうよ……このまま一つになってしまえば……!』
 それから溢れる瘴気に身を包まれ陶酔の表情になる天女――そのまま更なる脅威へと変態するのか、そう誰もが危惧した瞬間だった。
「止めろ! ここでそれを呑みこめば、お前もただでは済まないぞ!」
 混戦の中、信じられない程に響き渡った声に、力を秘めたその言葉に、天女アヤカシはハッとしたようにそれから手を放した。
 徐々に治まりゆく瘴気の侵略。
 元の姿に戻ったそれを天女の命令によって残るアヤカシ達が受け止めた。
『おのれ……っ』
 天女アヤカシは無論のこと、全員の視線が声の主――五行西域の陰陽師集団の長、西浦長治に向かった。
 同時に、それが敵でない事を確信した陰陽寮生達は落下した仲間を救出に向かう。
 長治はそれを一瞥し、天女アヤカシに向かって声を張り上げた。
「お前は知るまい。瘴気の結晶は大きな力を与える。だが、手順を踏み、場を整えねばお主を逆に取り込み暴走するのだ」
『手順と、場だと……?』
「そうだ。特に瘴気の足りぬ場で行使すれば、確実に…な」
 満身創痍の陰陽寮生と、アヤカシ達。
 それら全てが一人の男の言葉に聞き入っていた。
「我は五行 西家の長 長治。今、陰陽寮からの連絡を受け援軍がここにやってくる。ここで退けばよし。さもなくば援軍にやられるか、瘴気に取り込まれるか、……どちらにしても貴様は滅ぶのだ!!」
「うん! 退いた方が、いいと思うな。鬻姫ちゃん、だっけ?」
 仲間達を庇い、長治の後押しをするように折々が前に進み出る。
 その背後にはネネが立つ。見覚えのある顔に天女アヤカシの顔色が微かに変わった。
「貴女の狙いは大アヤカシになる為の方法を手に入れること、なんでしょ? でもその為の資料があった白虎寮は燃えちゃったし、柚子平さんは意識を失っちゃったし。その上、ここで術を行使したら暴走するかもしれないって解ったのに強行するのは馬鹿なことだと思うんだけど〜」
「私は、貴方が生成姫の部下であったことを知っています。貴方と狩野の間にあったことも。
 生成姫がこの事を知ればどうなるでしょうか? 確実に大アヤカシの力を手に入れられるならともかく、このような事が知れれば裏切りと思われても仕方ありませんよ」
 口調は柔らかくも強い言葉でアヤカシを脅す娘達。
 そして傷だらけで練力も体力も気力も極限だというのに戦意を失っていない寮生達の眼差しを見て、天女アヤカシ――その名を鬻姫はくくっと笑った。
『いいわ、ここは退きましょう……わざわざ西域からやって来て私を護ってくれたその男に免じて、ね』
 守ったのは五行に生きる人々であったが、あえて反論はせず睨み付けるだけの長治に天女アヤカシは笑みを強めた。
 それはとても楽し気で、美しい微笑みだった。
『次に見える時は容赦しないわ――私が大アヤカシとなる時こそ、この国の終末の時よ。二度の邪魔は許さぬと知るがいい!』
 言い放つが早いか護大の欠片と共に残った群れを退かせる天女アヤカシを青龍遊撃隊も、玄武寮生達も、朱雀寮生も…そして外周を守っていたサラターシャや、青嵐、寿々丸も見送った。
 もしかしたら、今、一斉攻撃をすれば倒せるかもしれないと、思う気持ちはあった。
 でも、それによって極限を超えて戦い続けてきた仲間や一般人に犠牲が出たら、と思うとさらなる一歩を踏み出すことはできなかったのだ。
「…寿々丸さん、傷の手当てを…、向こうに保健委員の先輩達がいる筈です。青嵐先輩も…」
 サラターシャが寿々丸に肩を貸して歩き出しても、青嵐は天女鬻姫が去った後を黙って見つめるのであった。

 全てが終わった白虎寮跡地。
「……ご苦労だった」
 天禅は彼にしては珍しく素直な言葉で寮生達を労った。
 怪我の治療や使った道具の回復には責任を持つと約束した上で彼は寮生達に向けた態度とは全く違う態度で、鬻姫を追い払った最後の功労者の筈の男を睨みつける。
「……あのアヤカシに告げた内容は真実か」
 低い問い掛けに、長治は答える。
「概ね、だが。西域の遺跡に残されていた壁画をうちの若いのが調査、解読したのだ。その報告に来てみればあの様だ……まぁ間に合って良かったさ」
 長治はその調査を手伝ってくれた朱雀寮の二年生達、数人の顔を認めてから続ける。
「だが…あのままにしては置けぬ」
「無論」
 五行王は低く返す。
「鬻姫は東方の渡鳥山脈周辺一帯を支配する大アヤカシ『生成姫』の直属の部下だ。今日の様子では裏切るつもりのようだが……このままにしておけば次に何を仕出かすか判ったものではない」
「だからこそ我々も一時、手を結ばねばならないのだ」
「手を結ぶ、だと?」
 頷いて長治は告げる。
「我々には情報がある。おまえが五行の王であるなら、国を守る為に絶対に必要な情報だ」

 戦闘は終わった。
 だが、決戦はここから始まる…。