【南部】謎の婦人
マスター名:夢村円
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/02/15 00:58



■オープニング本文

 リーガ領主であり、南部辺境伯グレイス・ミハウ・グレフスカスは珍しく動揺していた。
「まったく…あの人は…」
 そう呟くと彼は幾度目かのため息を吐き出し、落ち着かない顔で窓から街並みを見下ろすのだった。
 
 事は、少し前に遡る。
 メーメルの春花劇場、リーガやクラフカウの冬の様子について、新領主が治めるラスカーニアの様子。
 油断できない領主ラスリールとフェルアナの状況の報告。
 南部辺境伯には日々たくさんの手紙が届く。
「あれ? お爺様からですね」
 手紙と書類の整理を手伝っていたオーシニィはふと一通の手紙に目を止めひっくり返した。
 見慣れた文字と押印は彼の祖父であるグレフスカス卿のものであった。
「…父上から? 貸しなさい」
 グレイスにしては珍しく奪い取るようにオーシから手紙を取り上げた。
 オーシニィの祖父はグレイスにとっては勿論父親にあたる。
 齢六十。
 家督をグレイスに譲り隠居して、中央から離れてこそいるが、若い騎士の育成に関わったりして人生を謳歌している。
 基本息子に対しては放任であるが、時折結婚話などを投げつけてくる。
「また見合い話とかかも? まあ…叔父上の歳で跡取りが独身ってのをお爺様が心配しても無理は無いんだけど…」
 他人事のようにオーシニィは口にした。
 グレイスが結婚を強いられず独身でいられるのはオーシニィがいるからで、もしグレイスが跡取りをもうけない場合には彼が家督を継ぐことはほぼ決まっているのだが…。
 ガタン!
 椅子が蹴飛ばされ、倒れる音がした。
 この部屋で滅多に聞いたことのない音に驚いたオーシニィはさらに見た事の無いものを目にすることになる。
「あの人が…南部に?」
「叔父上?」
「…オーシ。…開拓者ギルドに依頼を出して来て下さい。…とにかく、大至急で!」
「依頼? どんな依頼ですか?」
「いいから! 手紙を渡せばそれで構いません。急いで!!」
「は、はい!」
 いつ書いたのだろうと思うくらい素早く書かれた依頼書をグレイスは厳重に封をしてオーシニィに手渡す。
 そして小走りに部屋を出て行った甥っ子の足音が遠ざかり消えていくと、深く深くため息をついたのであった。

 南部辺境伯 グレイス・ミハウ・グレフスカスからの依頼書は一人の婦人を探して欲しいと記されていた。
 名前はサフィーラ。
 年のころは三十代後半から四十代前後に見える。
 茶髪に茶色い瞳。小柄でややほっそりしているとあった。
 一人、おつきの侍女を連れているだろうと記されていることから身分のある女性なのかもしれないと思われる。
 だが、一番大事なのは依頼書にグレイスがこう書いている点だ。
『彼女は南部辺境の賑わいを見てみたいと家を出たそうです。
 だから身分を隠して南部辺境のどこかの街にいると思われます。彼女を一刻も早く見つけ出して頂きたいのですがくれぐれも私が依頼を出し、探していると言う事は他者には内密にして頂きたい。
 それはリーガの城の者であっても例外ではありません。
 私の知り合いであることを絶対に知られないようにして、リーガ城まで連れてきて下さい』
 その女性はグレイスにとって大事な人物であることは確かのようであった。
 以前あったような婚約者、と言う可能性もあるがそれにしては前回と態度が違う。
 辺境伯グレイスの知人となれば歓迎もされるだろうが、危険も多くなるのは間違いない。
「早く探さなきゃってのは解るが…、しかし一体何者なんだ?」
 ギルドの係員の疑問に依頼書は答えてはくれない。
 ただ、グレイスの珍しい動揺を表す様に、その字だけは不思議に揺れていたのだった。


■参加者一覧
フェルル=グライフ(ia4572
19歳・女・騎
フェンリエッタ(ib0018
18歳・女・シ
フィン・ファルスト(ib0979
19歳・女・騎
アルマ・ムリフェイン(ib3629
17歳・男・吟
ウルシュテッド(ib5445
27歳・男・シ
松戸 暗(ic0068
16歳・女・シ


■リプレイ本文

■リプレイ本文

●謎のレディ
「茶色い髪、茶色い瞳のレディ?」
 その依頼書を見た瞬間、フェンリエッタ(ib0018)には思い浮かんだ顔があった。
 ジルベリアにおいて、茶髪も茶色の瞳も別に珍しいものではない。
 むしろ多い部類に入る外見である。
 ちょっと街を見回せばそんな外見の女性は山ほどいる。
 けれど…何故か思い浮かんだのだ。
 新年祭のリーガで出会った女性の顔が。
「あの時の…?」
 手のひらにあの時の林檎湯のぬくもりが、瞼の下に婦人の優しい笑顔が蘇ってくるようである。
 何の根拠も、証拠も無い。
 けれど…その時フェンリエッタは心のどこかで確信していたのだった。
 宝石のような輝きを持つあの婦人と再会できる、と。

 依頼人は南部辺境伯 グレイス・ミハウ・グレフスカス。
 探し人は女性の二人連れ。
 名前と年恰好しか知らされていない上に、グレイスが依頼人であるということは知らせないで欲しいと言う。
 かなり難しい依頼なのだが、何故かそれを受けた開拓者達は楽しげであった。
「あのいつも冷静な辺境伯が取り乱す程の方。
 …危険な方ではないのは、依頼書の探し人を案ずる様子からわかります」
 フェルル=グライフ(ia4572)はくすくすと微笑む。
「辺境伯も人の子、といった所かな」
 ウルシュテッド(ib5445)も笑顔を浮かべている。
「あ〜。やっぱり、もしかしてそうだったりするのかな?」
 きっと思い浮かべている相手は同じ。アルマ・ムリフェイン(ib3629)におそらく。とフェルルは頷いた。
「辺境伯には失礼だったり迷惑な話かもですが、会うのがちょっと楽しみですねっ。ね? フェン?」
 フェルルは首を傾げる。さっきからフェンリエッタは何か考え顔、心ここに非ずと言った風情である。
「どうしたんですか? フェン?」
 目の前で手のひらをパタパタ。ハッと瞬きしたフェンリエッタは
「ごめんなさい」
 と皆に謝った上で
「実は、ちょっと心当たりがあるんです。その婦人に…」
 リーガの新年祭で出会った女性の事を話したのだった。
「その方の名前を聞いたわけでは無いから、はっきりとそうであるとは言えないんだけど…」
「でも、気になるのですね?」
 フェルルの言葉にフェンリエッタは小さく頷いた。
「実は依頼を聞いた時から思っていたんです。サフィーラさんを見つけてもどうやって辺境伯の名前を出さずにリーガ城へ連れて行けばって…でも、それなら。ね?」
「ええ。私が表向きの依頼人になれば、って思ったんです。勿論、その方では無い可能性もあるのですけど、その場合でも女性の二人組を探す名分は立ちますから」
「姪っ子の恩人探し、か。俺としてはその方が遣り甲斐はあるがね」
 ポンポンとフェンリエッタの頭を撫でるようにして、さあ、行こうとウルシュテッドは声をかけた。
「どちらにしても、そのレディにお会いするのが楽しみだ」
 そう、鮮やかに微笑んで。

●探索行
 南部辺境の街はどこも、とても賑やかだ。
「うん、新年祭の時とはまた違う活気がありますね!」
 人々の集まる市場、その賑やかな呼び声を空から見ながらフィン・ファルスト(ib0979)は眼下に広がる街並みを鷲獅鳥の背から見ていた。
 依頼を受けた時から興味があった。
「割と近所な方なのにあまり来れてなかったけど、どんな感じなんだろ?」
 その答えは賑やかで元気な明るさを持つ街、であった。
 一度、滅亡に近い崩壊を見せた場所だとはもう思えない程に。
「さてじゃあ、とりあえずメーメルは皆さんに任せて先に次に行きますか! ヴァーユ」
 フィンは鷲獅鳥の背を軽く叩くと旋回。
 次の街へと飛び立っていった。

「少しでもお役にたてればとはせ参じた。忍犬黒銀共々よろしくお願い致す」
「そんなに固くならなくても大丈夫ですよ。フィンさんみたいに南部辺境観光を楽しむくらいのつもりでいてくださいね」
 忍びらしく任務に生真面目な挨拶をする松戸 暗(ic0068)にフェルルは柔らかい笑みで声をかけた。
「でも、変装は良くお似合いです。流石ですね」
 待ち合わせの宿。その酒場は人が多いがジルベリア風の馬丁、騎士の従者である服装は周囲にさしたる違和感もなく溶け込んでいる。
「天儀人がジルベリアの貴族を嗅ぎ回っているというと、浮くことこのうえないので変装したほうがいいとおもったのじゃ。天儀において忍者は虚無僧、農民、修験者、猿回し、薬売りなどに変装すると溶け込みやすいので付け焼き刃かもしれないがジルベリア風にその知識が役立ちそうなものを選んでみた。
 とはいえ、フェルルのアドバイスが無ければなかなかうまくはいかなかったであろうが…。感謝する」
「ほらほら、そう固くならないで…。それで、どうですか?」
 フェルルの問いに暗は黒銀を見て少し、難しい顔をする。
「それがやはり、よく解らないようなのじゃ。フェンリエッタより渡された林檎湯の瓶とそれを包んでいた布の持ち主。確かにこの街にいたようだが今は、はっきりしないようで…」
「時間も経っていますし、無理もありませんね。でも、収穫はありましたからとりあえずフェンを待って…、あ、フェン!」
 入口に良く知った顔を見つけてフェルルは手を上げた。フェンリエッタも気付いて彼らの側に近付いてくる。
「お疲れ様。そちらはどうでした?」
 フェンリエッタは林檎湯を注文するとフェルルの問いに静かに答えた。
「この街にいらしたことは確かです。冬蓮にも確認したけれどそれらしい女性に声をかけられたことがある、と。その時はファンだと言われただけのようですがお菓子を差し入れて親身に話を聞いてくれた、と」
「こちらの聞き込みでも新年祭の後暫く宿に滞在し、数日前に発ったということでした。この街にはもうおられないのかもしれませんね」
「新年祭をリーガで過ごし、見つかりそうになったからメーメルにやってきて、…それから別の街へ、ですか?」
「ええ。サフィーラさんが私達の思うとおりの方なら、南部辺境に来た目的は辺境伯の仕事ぶりを見ることと冬蓮でしょうから」
 辺境伯と直接関係ない場所にはあまりいないだろう。と推察できる。
 リーガ、メーメル。場所はその辺に絞られる筈だ。
「ただ、気になるのは冬蓮が聞き上手の婦人に誘導されてフェルアナの事を話してしまったらしいこと。だからフェルアナも対象に加えている可能性は十分にあります。叔父様やアルもその点を考えてフェルアナに向かったようです」
「フェルアナ、というのは簡単に言ってしまうなら南部辺境にとってあまり良くないと思える領主のいる街なのです」
 事情を良く知らない暗にも解るように説明しながらフェルルは考える。
「リーガの調査は終わったし、メーメルにもいないようなら私達もフェルアナ近辺を探してみます。擦れ違いが怖いですから、フェンはメーメルで待機して調査を続けて貰える?」
「ええ。いざと言う時はいつでもパルフェと一緒に向かいますから」
「フィーで動けば直ぐですからね。目立たないように郊外で待たせているのですが…暗さんもどうしました?」
 二人の話に口を挟まず聞いていた暗は話の切れ目、ポンと思い出したように手を叩き
「そうじゃ。確認したいことがあった」
 フェンリエッタの顔を見る。
「謎の婦人と共に泊まった侍女の名前が解ったのでな。シエナ。どうじゃ? 心当たりはお有りか?」
「シエナ」
 その名を聞いたフェンリエッタの空気が、ふわりと暖かいものになる。
 まるで大切なものを抱きしめるかのようにそっと胸に抱きしめて。
「やはり、そうであったのですね」
「フェン。やっぱりその方ですか?」
 フェンリエッタは小さく頷いて二人を見た。
「他の方にもお願いしましたが、もし彼女達にお会いできたらこう伝えて貰えませんか? きっと解って下さいます」
 と春の陽だまりのように微笑んで。

●誰かを思う心
 リーガ、メーメルと謎の婦人の足取りを追ってアルマはフェルアナまで辿り着いていた。
「やっぱり、今はこの近辺が一番可能性がある、ってことだね」
 顎に手を当てて考えるアルマにウルシュテッドは駿龍ヴァンデルンの背を撫でながら頷く。
「そのようだ。先ほど出会ったがフィンもこの街で聞き込みを始めると言っていた。フェルル達もじきやってくるだろう」
「でも、この町にいるなら早く見つけ出さないといけないかもね」
「ああ。ラスリールに見つかると拙い」
 二人は顔を見合わせた。
 今回は辺境伯の名を出さずに調査しているから大丈夫だと思うが、この街の領主ラスリールは彼女の事を知られてはいけない人物リストダントツトップであるのだから。
「急ごうか。ファロ。悪いけどここでウルくんの子と一緒に待ってて」
 ここまで頑張って飛んでくれた駿龍を労ってアルマはウルシュテッドと共に街へ出る。

 いくつかの宿を調べた彼らはやがてその一つに目的の名前を見つけたのだった。
 サフィーラとシエナ。
「彼女達に、人目を避けて隠れる理由はない筈だから」
 フェンリエッタが言う様に二人はどうどうとその名を名乗って宿をとっていたのだった。
「やっぱり、フェンの思った通りか…」
 嬉しそうなウルシュテッドに頷いてアルマは彼女らの行く先の心当たりを宿の主人に聞いた。
「そう言えば買い物に行く、とか言ってたかな。孫や息子への土産物を買いたいと言っていたから」
「ありがとう」
 小走りに宿を出たアルマは、その時、路地裏で思わぬ響きを耳にする。
 剣の打ち合い。鋼の音。そして
「サフィーラさん。なかなか、凄いですね!」
「あら、こう見えても私、若いころは騎士だったのよ」
「奥様! 後ろに気を付けて下さい!!」
 楽しげな女性達の声。
「今の声は…まさか? ウルちゃん!!」
「ああ!」
 顔を見合わせ、同時に走り出した二人が辿り着いた路地裏で見たものは
「ちょっと、そこの貴方達。手を貸してくれないかしら?」
 フィンと背中合わせに一歩も引けを取らずごろつきと戦う女性の姿であった。

 アルマとウルシュテッドの加勢でゴロツキは全員地に伏すことになった。
 程なく鷲獅鳥スヴァンフヴィードでやってきたフェルルと暗と合流した開拓者達は、取った宿の一室で探していた女性と向かい合った。
 ゴロツキ達は縛ってそのまま転がしてきた。後で通報はしてあるが、このフェルアナであまり騒ぎになるのは拙いのである。
(なるほど、この方がフェンの恩人で辺境伯の…か。確かに面影がある)
 ウルシュテッドは手早く皆に珈琲を入れるとまずは婦人に差し出した。
 決して万人が認める美人、というわけではないが意思の強さと自信を湛えた目はウルシュテッドにこの女性を美しいと感じさせた。
「ありがとう」
 と珈琲を受け取ると彼女はもう一度別の感謝の言葉を紡いだ。
「先ほどは助けてくれてありがとう。助かったわ」
「いえ、いえ、間に合って良かったです。危ない方に行ったかもしれないと聞いて心配して追いかけたのですが」
 えっ? と彼女は首を傾げた。
「? そう言えば、私、名前を名乗ったかしら? 心配して追いかけたって私を探していらしたの?」
「あ! それは、その…私達、友達の恩人を探していたのでその人の名前を宿で聞いて、ですね…」
 慌てたフィンは助けを求めるようにフェルル達の方を見た。
「姪が貴方にお世話になったそうで、これはお礼代わりに」
「姪?」
 ウルシュテッドはチョコレートを差し出したタイミングに合わせ、フェルルはそっとお辞儀をすると。
「伝言を、預かっています」
 託された言葉を紡いだのだった。
「『林檎湯のご婦人へ。頂いた勇気で変わる努力をと、その前に是非もう一度――片恋の翡翠』
 私達の友、…いえ、親友からです」
「翡翠って…まあ! 彼女の? …なら、貴方達は…」
 フェルルの言葉に、一瞬驚いたような顔を見せ、彼女は…
「そう。もう見つかってしまったのかしら。かくれんぼはもうおしまいね」
 寂しげに微笑んだのだった。
「御婦人。もしかして、お気づきであらせられるのか?」
 我々の真の依頼人を…。
 言葉に出さなかった暗の問いには返った笑みが答えであった。
「奥様はずっとグレイス様を案じておられました。南部に来たのも…」
「おだまりなさい。シエナ!」
 侍女を叱る彼女には貴族の婦人の威厳がある。
「私には私の考えがあって、ここにいるのです。帰りません、と伝えたら許して頂けるのかしら?」
 開拓者達を試すような強い眼差しにフェルルは小さく笑って首を振る。
「元より無理強いするつもりはありません。観光し足りないのでしたらお付き合いも致します。ただ…」
「ただ…なんです?」
 フェルルの思いをアルマが引き継いだ。
「僕らは貴方が誰であるかは聞いていないんだ。ただ、誰かは判らなくても、貴方が彼にとって危険に遭わせたくない人だってことは解る。
 僕もそう願う人はいるもの。ね…彼を安心させて、あげてくれないかな? サフィーラさん」
「そして、叶うならメーメルで待っているフェンに会って頂けないでしょうか?」
「私からもお願いする。姪は貴方に礼が言いたいようだ」
 自分ではない『誰か』を思う優しさ。
 思いの籠った言葉を聞いた彼女はそっと目を伏せると
「解りました。帰ります」
 そう答えたのだった。
「ただし!」
「え?」
「買い物と観光に皆さんが付き合って下さったらね!!」
 条件付きで。
「ええっ?」
「まだフェルアナは見てないのよ。服やアクセサリーが有名なところなのだから見ていきたいわ。珈琲も美味しいけれどお茶も切らしているから買って行きたいし」
 ねっ?
 片目を閉じるサフィーラに開拓者達は顔を見合わせると
「はーい! じゃあお供します。私も南部辺境見て歩きたかったし」
「ね。僕、レディ二人と歩けるご褒美、貰いたいなっ」
「私もご一緒させて下さい」
「南部辺境の名所名産を知れるならぜひに」
「では、私は連絡役を務めるとしよう」
「荷物運びも手伝って頂けるかしら? お土産もおすそ分けするし私の息子の楽しい話を聞かせてあげるから」
「勿論! 喜んで」
 心からの笑顔と共に、つき従ったのだった。

 そしてメーメル。
 広場で竪琴を奏でていたフェンリエッタは歌う。
 感謝と喜びと愛の思いを乗せて。
 やがて聞こえてきた足音と気配に立ち上がり、彼女は
「ご縁を信じてました。サフィーラさん、シエナさんも、先日は有難うございました。
南部は如何でしたか?」
 捜していた恩人に深々と頭を下げたのだった。
 練習した笑顔と共に。
 
●春風の思い
「母上…よくご無事で」
 リーガ城の一室。
 身支度を整えたサフィーラを前に城主にして依頼主である南部辺境伯グレイスはその手を取るとキスをし、そして
「皆さんにはお手数をおかけしました。改めて紹介します。サフィーラ・レイ・グレフスカス。私の母です」
 と開拓者に紹介したのだった。
「よろしく」
 開拓者達に彼女は軽いウインクをして見せる。
「おばあさま。何故急にこちらへ」
 問うオーシニィ。だがその額を彼女は
「おばあさまと、呼ばないで頂戴、と何度も言っているでしょ」
 ピンと指で弾いた。
「だっておばあさまをおばあさま以外に呼びようないじゃないですか? …まったく女傑なんだから」
「何か言った?」
「いいえ、何も!」
「孫をからかってどうするんです? それより本当にどうして…南部辺境に」
「あら? 息子に会いに来るのに理由が必要なの?」
「必要ではありませんが、お忍びでこっそり来るのは問題です。しかも聞けば新年前から来ていたとか? 父上も心配していましたよ」
「あら、父上? 貴方は心配してくれていなかったのかしら?」
「私が心配したのは貴方の周りです。また世直しと称して派手な事をしておいでだったのでは?」
「あら? 南部辺境のお掃除を手伝ってあげただけよ」
「うわ〜、凄い。あの辺境伯が子ども扱いだ。あ、本当に子どもなんだっけ」
「でも、あんなに動揺している辺境伯も本当に初めてですね」
「ええ。あの方のおかげで珍しい一面を発見です」
 まるで冗談のような掛け合いを見物していた開拓者達。
 拗ねた様な表情を見せて顔を背けた婦人に
「そういじめないであげて下さい。心から心配しておいでだったんですから」
 フェルルは助け舟を出した。
 勿論、彼女が本気で怒っているのではないのは承知の上だ。
「まあ、許してあげるわ。私が悪かったのは解っているもの」
 助け舟に乗った彼女は、ふと真顔になって呟く。
「…あの子の忘れ形見が見つかった、と言うじゃないの。だから、…会いたかったのよ。一目で解ったわ。エメラーナ姉さまそっくりだったもの」
「…母上」
 いつも、元気すぎる程元気な母の、寂しげな表情にグレイスはかける言葉を無くしていた。
 事情の欠片しか知らない開拓者はなおのこと…。
 だが、それは一瞬の事。
「なあんてね!」
 薄暗がりのような空気を振り払う様に
「…冬は社交もあまりないから暇だったし。滅多な事では戻って来ない息子と孫の顔を久しぶりに見たかったのよ。それに息子の仕事ぶりもね。まずまず合格点というところかしら」
 彼女は明るく、おどけて見せた。
「もう暫く遊んでいたかったけれど、見つかってしまった以上は仕方ないわ。…戻ります。良い子達とも知り合えたしね。その代わり雪が解けるまで、暫く厄介になるわよ」
「はい。歓迎いたしますよ。母上」
 苦笑いにも似たグレイスの返事を聞くと答えを聞くとサフィーラは、開拓者達に向かうと
「今回はお世話になりました。とても楽しかったわ」
 貴婦人のそれ、ではなくまるで友達に笑いかけるように彼女は開拓者達に礼を述べたのだった。
 その礼に
「なんの。お役にたてて光栄なのじゃ!」
「また遊んで下さい!」
「驚いたな、姉弟に見えますよ。いずれゆっくりお茶でも…」
「こちらこそ。レディをエスコートさせて貰えて光栄だったよ」
「またぜひ、いろいろお話聞かせて下さいね」
 開拓者達もまた友達のような笑みで答えるが…その中で
「サフィーラさん。もしよろしければ立ち会って頂けませんでしょうか。フェルルや、アル…叔父様にも見て頂きたいのです」
 一人フェンリエッタは何かを強く思う眼差しでサフィーラを見つめていた。
(新年祭の時とは…違う眼差しね。前向きで…)
 小さく微笑んだサフィーラは
「ええ。構わないわ。…グレイス!」
 息子の背に回り前へと押し出した。
「わっ! 何を…」
 反論しかけたグレイスであったが、小さな包みを胸に自分を見るフェンリエッタの視線に気づくと反抗せずに彼女の前に立った。
 親友や叔父、そして愛する人の母親の前でフェンリエッタは胸元に着けたブローチにそっと触れると大きく深呼吸を一つ。
「安物だけど、お守りにして。貴方が蝶のように飛べるように…」
(サフィーラさん…)
 そして小さな包みを差し出したのだった。
「一介の開拓者の私に資格がないのも解ってます。それでも、言わせて頂けますか? 私はグレイス様が好き。
 だから種を蒔こうと思うんです。もっと貴方を知る為に。そこで根を張って貴方を支えたい…その根で力を蓄え咲かせた花で、一番に笑いかけたい。
 いつか、貴方の心を聴かせて欲しい」
 そこまで言ってフェンリエッタはニコリと笑った。
「折れても枯れても何度でも…強くなりたい雑草の、今の私の望みです。…食べて下さいますか?」
「ありがとう」
 フェンリエッタの思いの籠った包みを優しく受け取るとグレイスはそのうちの一つ…チョコを躊躇わず口に入れた。
「グレイス様!」
「美味しいですよ。私も…種を育てましょう。今はまだ、貴女の気持ちに応える資格を持たないけれど…いつか…」
「はい…」
 涙ぐむフェンリエッタの肩をフェルルは優しく抱き、アルマは微笑みとウルシュテッド、フィンや暗もそっと見守る。
 そして、誰よりも暖かい目で二人を見つめるサフィーラ。
 早い春の風が静かに人々を見守るようにそっと、暖かく流れていくのであった。