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■オープニング本文 【この依頼は陰陽寮朱雀 2年生専用シナリオです】 五行、西域。 魔の森に面したこの地域の人々は古くから常にアヤカシの脅威に晒されていた。 彼らを守る為に陰陽師が集い、彼らはやがて西の一族、西家と名乗るようになったという。 そのような経緯から西家の陰陽師は長の家系を除けば血で結ばれた絆を持たない。 殆どがその技を人々の為に使い、護ると言う志に共感し集った者達である。 長の元、彼らはその絆が血肉よりも深いと信じていた。 「我々の知らない遺跡に未知の技が眠っていたと?」 「はい」 「実はな、透。新しく一族に加わった者の一人が、西域の遺跡のいずれかに大アヤカシさえも封じる古の封術が眠っているらしいという情報をもたらしたんだ」 「あの子…ですか?」 「そうだ。半信半疑ではあったがそのような事実があるのなら、可能性は高いと思わないか?」 「調べてみる価値はあると思います」 「そうだな。だが、西域は遺跡がかなりある。街を空にするわけにもいかないし、どれが当たりかも解らないし、当たりがないかもしれないのにあまり大人数を裂く訳にもいかない」 「そうですね。では、陰陽寮に協力を要請してみてはいかがでしょうか? 先の件の貸しもあります。人出を貸してくれるかもしれません」 「そうだな。より、そうしてみよう…久しぶりに三郎に会えるかもしれないしな」 「会いたければ会いにいけばいいのに。まったく二人とも妙なところで意地っ張りでいらっしゃるんですから…」 くすくすと笑う元寮生の手によって一通の手紙が陰陽寮に届けられた。 それが、西域と彼らの運命を大きく変えるとも知らずに…。 丁度、三年生と一年生が毎年恒例の合同対戦授業を行っている頃、二年生達は講堂に召集を受けていた。 月に一度の合同講義。 彼らに今回、前置き無しに与えられた課題は三年一年とは全く質の違うものであった。 「皆さんには西域に赴き、ある遺跡の調査を行って貰います」 そう告げたのは二年担当教官である西浦三郎、ではなく朱雀寮寮長の各務 紫郎であった。 「遺跡の調査、ですか? 西域で?」 問う二年生に寮長は頷く。 「そうです。皆さんの中には少し前、三年生が魔の森での調査を行ったことを聞いている者もいるかと思います。五行西域は現在魔の森の勢力がとても強い所ではありますが、古くから陰陽師の力も強く様々な研究がなされている場所でもあります。 陰陽寮で使用されている『壷封術』アヤカシ捕える『封縛縄』などの技術の基本もかの地で生まれたと言われています」 瘴気を封じアイテム作成に使う、アヤカシを捕えるなど、陰陽師にしか使えない特別な技。 今の二年生にはまだ使用はできないが、興味は十二分にある。 寮長は話を続けた。 「先の魔の森の遺跡調査で封縛縄の変形、もしくは原型と思われる品が発見されました。アヤカシのみならず精霊をも縛せるという縄は瘴気にまみれ使えなくなっていましたが、その技術を再生させることができれば、今後のアヤカシ対策の大きな力になると言われています。現在研究中です。 西域には、その地方を守護する西家と呼ばれる陰陽集団がいます。彼等は先の魔の森調査にも同伴したのですが、彼らはその際に発見された技術に興味を示すと共に、他にも失われた技術などが残っていないかと近隣の遺跡を再調査することに決めたそうです。 とはいえ西域は広く、遺跡も各地に点在していて彼らだけでは調査の手が足りないので陰陽寮に手を貸して貰えないか、と連絡が来ました」 五行として見れば西家は王や国の方針を良く思っていないので警戒すべき相手であるが、彼らの言うとおり今は失われた何か特別な技術などが見つかれば、今後の大きな力になる。 それに西家の領域の遺跡を調査できる事、西家の動きを監視できると言う事、様々な理由と思惑が絡み合って、西家の申し出を受けることにしたのだと言う。 「彼らは陰陽寮に要請してきたのですが、牽制の意味合いもあり五行全体からいくつかのチームを派遣することになりました。そのチームの一つに皆さんも参加し、西家の陰陽師と一緒に遺跡の調査を行って下さい」 そこまで言って寮長は地図を寮生達に配った。 「皆さんの行く場所は魔の森を麓にもつ大きな山の中腹にあるそうです。魔の森の中でこそありませんがアヤカシの多い場所ですので十分な注意が必要です。また、その遺跡は規模で言うと中程度ですが、今まで特に興味を持たれず放置され、荒れるに任されていました。危険な個所などがあるかもしれませんのでその点でも気を付けて下さい」 何が出るか、何があるか、ないかも解らないミステリーツアー。 しかし、それが課題であるというのなら行かなくてはならないだろう。 「西家から派遣されるのは七松透という元朱雀寮出身の陰陽師と、若い陰陽師の少年だそうです。地形などに関しては彼らに利があるでしょう。彼らと協力して皆さんの目で遺跡の調査を行えばより充実した調査ができると思います。ただ、他のチームとの出発の兼ね合い上相談の期間が少ないので注意して下さい」 今の三年生は西家とも七松透とも関係が深いが、二年生は直接の面識や関係は無い。 だが、だからこそ、遠慮せずにすむところもあるかもしれない。 「今回の調査は西家の領域での活動ですが、彼らは陰陽寮に本来依頼してきた。皆さんは一番期待されているわけです。加えて五行の代表でもあります。臆することなく堂々と行動して下さい」 寮長はそう二年生達に告げて去っていった。 残された二年生はある意味掴みどころのない依頼に戸惑いながらも、未だ誰も知らぬ何かが見つかるかもしれない遺跡探索に心を躍らせるのであった。 |
■参加者一覧
芦屋 璃凛(ia0303)
19歳・女・陰
蒼詠(ia0827)
16歳・男・陰
サラターシャ(ib0373)
24歳・女・陰
クラリッサ・ヴェルト(ib7001)
13歳・女・陰
カミール リリス(ib7039)
17歳・女・陰 |
■リプレイ本文 ●遺跡探索 失われた技とは一体、どのようなものなのだろう。 蒼詠(ia0827)はふと、作業の手を止めて考える。 かつて優れた技があり、それが今、失われているとしたら、失われた理由があった筈だ。 それを呼び戻すことがいいことなのか…。 今回二年生達に課題として与えられたのは西家と呼ばれる陰陽集団と共に遺跡を捜索し、失われた技の手掛かりを探す事。 「アヤカシを封じる失われた技と西家…どちらも気になりますね」 蒼詠が思う疑問は他の二年生達も思い悩むことであった。 「ジルベリアのアーマーしかり、アル=カマルの神殿船しかり、何かしら失われる技術をもとにしています」 カミール リリス(ib7039)は芦屋 璃凛(ia0303)に語り 「しかし、失われるにも理由があるものですよ」 そう続けた。 「ま、そうだろうね」 と璃凛は答え、口を閉ざした。 『なんだかキナ臭いな。瘴気に侵された縄もそうだが』 図書館で調べものをするクラリッサ・ヴェルト(ib7001)の横で猫又ルナは警戒するように尻尾を振っている。 「うん。でも調査しないわけにもいかないから」 本に伸ばした手を下げてクラリッサは答える。 「もし本当に運用できるものが見つかれば、大きな力になるんだから」 だが、…それでも嫌な予感は確かにする。 「皆を守りたいし、その為にも得られる力があるなら手に入れたいよね」 『そうだな…』 「行こう。ルナ」 『ああ』 このルナは前を見て、前を行く少女の後をそっと追いかけて行く。 彼女を守るのは自分の役目だと言う様に…。 待ち合わせ場所は西家の本拠地である村の前の門。 「西浦長治だ。うちの弟が世話になっているな。そして、今回は世話になる」 三人の男性が集まった二年生達を出迎えてくれた。 少年と青年と、中年と呼ぶには若いが威厳のある男性。 おそらく彼が西家の長なのであろうと寮生達にも理解できた。 「はじめまして。陰陽寮二年サラターシャ(ib0373)と申します」 臆することなく優雅にお辞儀をするサラターシャ。 「弟?」 「西浦、だから三郎先生だろ?」 お互いに肘を突きながら囁く彼方と清心に 「そうですよ」 と青年が微笑んだ。 彼が七松透。現三年が一年の時の先輩で、元用具委員長であることは聞いている。 「三郎は陰陽寮が好きだから、とか言ってなかなか村に戻って来ない。困った奴だ。まあ、お前さん達みたいな生徒なら当然かもしれないがな」 明るく言うと透とその後ろにいた少年を紹介する。 「こいつの名は雷太。うちの期待の星だ」 「…宜しくお願いします。雷太です」 気弱そうに少年はお辞儀をした。少年雷太の頭をくしゃくしゃとなでると長治はその背中をぽん、と叩いた。 「ほら! もっとシャキッとしろ! こう見えてもこいつの才能は保障する。知識もなかなかのものだ」 そう豪快に笑うと長治は地図を差し出した。西域の地図。いくつか×印がつけられており、その中の一つに赤丸が付けられていた。 地図を見つめる二年生達に長治はその赤丸を指差した。 「お前さん達に調べて貰いたいのはここだ。この雷太、一押しの場所。不思議な壁画を見た、と言っていたな?」 「…は、はい。以前、山で雨に降られて…雨宿りをしていた時に、見たんです。アヤカシと、それを封じる者の絵を…」 おどおどと、気弱そうな声で、しかしはっきりと少年は告げた。 「あの絵は…、きっと何かを意味しているのだと思います。あそこには、きっと何かがあります」 「西域には他にもいろいろ遺跡がある。その中で怪しそうなのには調査を出しているが…まだあまり結果は出ていないようだ。だから、陰陽師の知識を持つ者の目撃証言があるだけでもここは有望だと思う。宜しく頼むぞ」 長治の言葉に寮生達は頷く。長治の視線が彼らを信頼していると告げているからだ。 その思いに応えるように蒼詠は頷いた。 「全力を…尽くします」 「よしっ! じゃあ行こう! まずはうちとリリスが先行して空から誘導するよ。皆、気を付けてね。風絶!! 向かい風を絶ちきってやろう」 「アヤカシが出るようでした直ぐに急行しますから笛か狼煙で連絡を。ラヒバ。行きましょう!」 甲龍と炎龍を連れた璃凛とリリスが冬晴れの空に飛翔する。 その後を追う様に 「では、行ってまいります」「気を付けてな」 二年生達も歩き出したのだった。 ●アヤカシの地に生きる 西域はアヤカシが多いとは聞いていた。 「だけど、正直ここまでとは思わなかったね」 遺跡の入口で璃凛はため息をついた。 「魔の森ではないのにいつも、これほどのアヤカシがいるのですか?」 璃凛の傷の手当てをしながら問う蒼詠に、透は小さく頷いた。 「そうですね…。最近増えてはきていますが、この程度は普通にありますね」 西家の村から出て北へ行くこと暫し。 山の中腹にその遺跡は確かにあった。 しかし、そこに辿り着くまでがまず、尋常ではなかったのだ。 まずは空から先行する予定だった璃凛とリリス。 龍に跨って飛翔する二人を、程なくアヤカシの群れが襲った。 最初はアヤカシだと思わなかったのだ。 雪が降っている。風花だと思ってその中を飛んだ彼女らは急速に力が抜けるのを感じていた。 「リリス! 止まって! この雪!! 虫…。いや! アヤカシだ!!」 「えっ!」 とっさに身体に取りついていたその虫アヤカシを振り払い、高速でその雪の中から龍達と共に脱出した。 「まだ追いかけてくる!」 「ラヒバ!!」 炎龍の突撃。炎にも似た力を纏ったラヒバの前に気が付けば雪虫達は溶けるようにきえていた。璃凛自身も風絶に全力飛翔させ、雪虫を振り払う。 「大丈夫ですか?」 心配するリリスに大丈夫、と璃凛は笑った。と肩口に残っていた小さな『雪』をとって見る。 それは、やはりアヤカシであった。 まるで蠅のような、蚊のような…白い毛玉のアヤカシ。 「人に取りついて血や練力を奪うタイプか。みんなは、大丈夫かな?」 一匹一匹なら大したことはないがさっきのように気付かず取り付かれたら危険であると璃凛は思った。 と、下を見ると仲間達が足を止めていた。雪虫かと思ったが違う。 周りには小さなイタチかおこじょのような生き物が数匹、いや十数匹。 素早い動きで飛び回っている。周りに空気の刃が渦を巻いて… 「危ない! 風絶!」 気が付けば璃凛は一直線にスカルクラッシュを纏った甲龍と共に真っ白なイタチの群れの中に飛び込んでいた。 「あの後、雪鹿のアヤカシに子鬼に、怪鳥だもんね。本当。魔の森並?」 「璃凛さん。無茶はしないで下さい。僕達だって多少は戦えるんですからね。頼りにして下さい」 空気の刃に裂かれたのであろう。璃凛の肩口の傷に丁寧に包帯を巻き終えると蒼詠は朱雀の救急箱を閉じた。 「五行西域は決して豊かな土地、というわけではありません。加え、ケモノ、アヤカシ…年々広がっていく魔の森とそこから溢れる人外の者達のおかげで生活は楽ではありません。多くの者達が故郷を離れました。でも、新天地を求められない人々、移動が出来ない方達は、今も貧しい生活を余儀なくされています」 独り言のように透は言った。 「中央から遠いこの地は、アヤカシの襲撃があってもすぐに助けを求めることはできません。彼らを守る為にやってきた開拓者が西家陰陽師の始祖であると言われています」 「では、何故、先輩は陰陽寮から西家へ行ったのですか?」 「その辺は逆ですね。西家で役に立つ為に陰陽寮に学びに行ったのです。私はかつて家族をアヤカシに奪われ、私自身も死にかけました。それを助けてくれたのが西家の人達だったのです。それにこの地を守りたかった。 アヤカシの多い地でありますが、それでも…我々の故郷ですからね」 少し、懐かしむように目を伏せて後、顔を上げて透は二年生達を見た。 「五行の中央と西家にはそんな過程から確執が今も残っています。今の長、西浦長治は特に五行王を嫌っています。私は叶うならそんな中央と西家を繋ぐ者になりたいと願っているのです。今回の調査とは別に、力を…貸してはくれませんか?」 二年生達は顔を見合わせ、そして頷きあった。 「いろいろ立場は違うでしょうが、志は同じ筈。協力し合えない訳は、ありませんから、ね」 大丈夫ですよ。とサラターシャは微笑んで手を差し伸べた。 見守る仲間達と朋友の前で 「ありがとう」 透はその手をしっかりと握り帰してくれたのだった…。 ●失われた『何か』 辿り着いた遺跡は石造りの思った以上にしっかりとした建物であった。 建築物はこれ一つだけなので調べる場所もここだけであろうと思える。 とはいえちょっとした城並はあるのだが…。 「雷太さん。かつて遺跡らしいものを見たと言うのはどの辺だったか覚えていますか?」 サラターシャに問われ、え〜っとと雷太は考え込む。 「地下か…上階であったと思います。随分、以前の事なんです。雨が上がった時屋上から空を見たのと、穴に落ちて下の部屋で尻餅をついたことは覚えてるんですが、場所まではちょっと…」 「では、二手に別れましょうか? A班は上階を、B班は地階を探しましょう。七松さんはA班、雷太さんはB班にお願いします」 「解りました」「はい」 狼煙や呼子笛の合図を決めて彼らは二手に別れた。 「ここは…神殿とか何かを安置する為に作られた場所ではないようですね…」 周囲を警戒しつつ歩く蒼詠はそう呟いた。 「華美な飾りとかあんまりないものね。生活空間とか、もしかしたら研究空間とか、保管庫、だったのかな?」 周囲を注意深く観察し、一部屋一部屋を回りながら歩く。 固い石造りの建物は確かに、装飾性よりも実用性を重視しているように思えた。 「神殿であるなら、高いところや中央に重要な点を置くもの…なのですが」 一階を巡り、二階に上がり…、奥まった部屋に石造りの扉を見つけた彼らは、力を込めてそれを押し開ける。 「あ! 危ない!!」 後衛にいた清心が扉の隙間から感じる気配に声を上げた。 とっさに飛びのく前衛の透。 隙間から雪崩出るように現れたのは人食鼠の群れであった。 「これは…避けられないか。ルナ! 攪乱宜しく! 敵が集まって来ないうちに手早くいくよ! 七松さん!」 見れば透は既に傀儡操術と体術、そして真空波を駆使して群れに風穴を開けていた。 「さっすが! 清心君は援護頼むね! 行け! 蛇神!!」 小さく口笛を吹くような仕草で笑ったクラリッサは蛇神を起動後、十握剣を握って敵の中に切り込んでいった。こういう知恵の無い鼠には説得も脅しも効かない。 力で押しつぶしていくしかない! 決着そのものはほんの数刻でつき、鼠アヤカシ達はほぼ全て倒しきることが出来た。 「何匹か、逃げたものもいるかもしれませんが…追うよりも早めに調査を終えてしまったほうがいいかもしれません」 蒼詠と翡翠が怪我人達に術での治療を施しながら言った言葉に彼らは頷いた。 「ここには…何もないようですしね…」 透は周囲を見回して言う。 そこは、本当に何もなかった。 机があり、周囲には本棚のようなものが作りつけられている。 誰かの研究室のような雰囲気だ。 だが周囲の棚にも本どころか資料、紙の一つさえない。 ここにいた誰かが立ち去った時。全てを持ち去ったように見える…。 「ここに、かつて何かあったのでしょうか…」 答えの返らない疑問を蒼詠が口にした時だった。 ピー――! その疑問に答えてくれるかもしれない響きが地階から、響いたのであった。 上階から走ってきた寮生達は 「どうしたの? 一体??」 明らかに戦闘を終えたばかりに見える仲間達を見て声をかけた。 「今、ちょっと…ね」 璃凜は仲間達と苦笑いしながら答えた。 「幽霊のような…アヤカシがいたのです。いきなり呪声を放ってきたので、驚いてしまって…」 「ちなみにそのアヤカシは雷太君と璃凛が倒したよ。雷太君の術は切れが凄くてビックリした!」 彼方の褒め言葉に雷太は照れたように頭を掻く。 その横ではからくりのレオが主であるサラターシャに説教をしている。 『まったく。どこに何が出るか解らないって言ったのはマスターだろ? なのに変なボタン、勝手に押して!』 「ごめんなさい。何かありそうだと思った場所にそれを見つけてしまったものですから」 「でも、そのおかげで隠し部屋を見つけたのですから…」 そう言ってリリスは壁をくりぬいたように開いた穴と、その先を指差した。 「とにかく行ってみよう!」 蒼詠と翡翠に今日何度目かの治療を受けた璃凜は先に立って歩く。 だがその前に 「雷太?」 彼女は西家の少年の名を呼んだ。 「なんでしょう?」 抑揚のない返事に璃凛は一瞬口ごもる。 さっき、彼女と彼はぶつかり合ったのだ。 『止めを刺すのは少し待って!』 『そんな余裕はない!!』 容赦なくアヤカシに止めを刺した少年を別に諌めたい訳では無い。 「うちは、在るかも知れない技を知りたいだけだよ。もしかしたら、あの幽霊が何か知ってるかもしれないと、思ったんだ。気を悪くしたんなら…ごめん」 「別に、気を悪くしたわけじゃ…無いからいいです」 「それと、西域の陰陽師と仲良くなりたいんだ。皆の事を知りたい…。信じて貰えないかもしれないけど…」 雷太は返事をせずに先に進んでいく。しょんぼりとする璃凛の肩を透はぽんと叩いて励ます。 「あの子も優秀ですが、まだ馴染めていないんですよ。やはり親を亡くして西家に拾われた者ですからね。…どうか長い目で見てやって下さい。貴方の気持ちは…きっと解っていますから」 「…先輩」 璃凛が仰ぐように透の顔を見たその時! 「! 皆さん、見て下さい!!」 雷太が声を上げて手に持ったカンテラを掲げた。 と、同時に寮生達は息を呑み込む。 暗くて良く見えなかったがいつのまにか周囲は長い廊下になっていて、その壁に壁画が描かれていたのだ。 壁画は一つの物語になっているようだった。 魔の森の中で戦う人々。溢れ出るアヤカシ。 傷つき、倒れる者達。泣き叫ぶ者達。それを見つめる…者。 彼は次の場面、山の頂のような場所で何かを高く掲げていた。 その『何か』は黒い塊のようなもの。 絵の中からも感じる禍々しさ。 だが、人が掲げたそれからは、白と黒の光が溢れていく…。 そして、光を浴びたアヤカシは縛され、人の足元に転がり、ひれ伏す。 「これです! かつて僕が見たのは!!」 雷太が声を上げる。 アヤカシ達は消えて行き、あるいは逃げ去り、人々に笑顔が溢れて…。 光と自然がいっぱいで…。 …壁画は唐突にそこで終わっていた。 続くのは真っ白な壁と突き当たりの石壁。 そして、小さな鉄の扉。 「開けて…みよう」 その扉は重く固く、その場にいた男子全員が押してやっと開く程。 寮生達は中に人魂を放ち、その後灯りと共に静かに中へと入った。 真っ暗な部屋の中には二階にも、輪をかけて何もなく。 ただ、真っ赤に染められた壁と、最奥の壁に開いた穴に小さな小箱が残されているのみであった。 「箱?」 だが、近づいてちょっと見ただけで箱は空で何も入っていない事が解る。 「雷太? ここから何か持ち出しましたか?」 「いいえ! 西家の名に懸けて」 「じゃあ…一体何がここにあったんだ?」 その問いに答えることができる者は誰もいなかった。 寮生達はただ、血に染まったような真紅の部屋に立ち尽くすのみであった。 ●動き出す何か かくして寮生達は無事に戻ってきた。 授業でもあるし、元々情報公開を約束している。 「期待外れだったか。すまなかったな。今回の情報については陰陽寮に報告して構わないぞ」 そう許可も得ているので帰還後、寮生達は入手した資料を纏め、陰陽寮に提出した。 「なるほど…。安置されていたらしいものは何かに奪われた形跡があった。遺跡には一切の文字記述は無く、絵だけが残されていた、と」 「はい。その壁画がそのものが何かのメッセージであるかと思うのですが、正直その解釈にはまだ自信が…」 俯く蒼詠をサラターシャが補足する。 「西家の方達が、さらに調査を続けて下さるそうです。何か解ったら教えて下さると。西家の長…長治様がおっしゃっていました」 長治。その名前に寮長が書類を見ていた顔を上げて笑みを浮かべた。 「彼は…元気でしたか?」 「はい。お元気でした。寮長にも宜しくと。お知り合いでいらっしゃるのですか?」 「三郎先生のお兄さん、とは聞いているけど…」 「ええ」 紫郎は頷いた。 「彼は私の同期です。皆さんと同じように陰陽寮で共に学んだ中。少々自分の考えに囚われすぎるところはありますが、優秀で高い志を持った陰陽師ですよ。その…高い志が問題でもあるのですが…」 困ったように目を伏せる寮長にかける言葉は二年生達にはまだ無かった。 「我々でも調査、分析をしてみましょう。皆さんにもまた協力して貰うかもしれません」 だからそれ以上を追及することはせずに二年生達は合格の判定と共に部屋を出た。 失われた「何か」とあの遺跡の「秘密」。 その両方を心の片隅にひっかかりとして残したまま…。 一方寮生たちと別れてすぐ、透と雷太は集めてきた遺跡の検討に入ったという。 何も残っていない場所、としてしまうのは簡単だが、残された壁画からしてもあそこには後世に向けたメッセージが残されているという二年生達の意見には同意できる。 資料を当たり推察と考察を繰り返し… そして、やがて長と集った陰陽師達の前で二人は 「謎の壁画が意味するものに一つの仮説が成り立ちました」 こう告げたのだった。 「あの遺跡は瘴気と精霊力、その両方を操る方法を表していたのだと思われます」 周囲がざわめいた。 「どういうことだ?」 長はそのざわめきを手で制すると腕組みをしながら透に問う。 「白い光と黒い光はおそらく瘴気と精霊力を表しているのでしょう。その中央にいた人物が掲げていた黒い力は、おそらく瘴気。瘴気の結晶のようなものではないでしょうか? それを媒介にし、彼が駆使した秘術を行えば両方を操作し、力を増幅することも、あるいは、消失させることも、アヤカシを封じることもできると言うことを表していたのだと思います」 「瘴気と精霊力の両方を…操る?」 「そんなことが…?」 陰陽師達にとっては今までとは全く違う概念になる。戸惑うのも無理はないだろう。 透は続ける。 「おそらく瘴気と精霊力は表裏一体。ならばそれを一つにできるということかもしれません…」 なるほど。と長治は頷く。 「確かに、それができれば今までのアヤカシとは次元の違う戦いができるかもしれないな」 「…しかし瘴気と精霊力の操作は、困難で…正しく行わないと大きな災害が起きるかもしれません。だから…失われた。あの遺跡の壁画の最後、一面の純白と赤は…それを警告している可能性があります」 「それに必要な媒介も問題です。瘴気の塊など一体どう手に入れるのか…」 「遺跡から何かが奪われていたのだろう? 何かその技に繋がる術具があったのでは?」 「誰が奪っていくと言うのだ? 我らですら知らなかった遺跡から?」 陰陽師達の集まりであるからこそ、その危険さ。術の困難さが解る。 寮生達が言った通り、失われる理由があってこその『失われた術』なのだろう。 だが、その先にある可能性の事を思うと放棄もできなかった。 暫く考え込んでいた長治は、立ち上がると一族の者達に告げる。 「あの近辺の遺跡にもう少し人を割いて調べてみよう。 俺はこの報告がてら陰陽寮に資料や人出を借りられないか聞いてみるつもりだ。皆は引き続き調査を」 そして陰陽寮に出かけた長治は立ち会う事となる。 アヤカシの陰陽寮大襲撃と 「あれは…まさか…瘴気の結晶?」 失われた技術と可能性を手に入れる機会。 その瞬間に…。 |