【朱雀】三年対一年 攻
マスター名:夢村円
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 5人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/02/04 13:46



■オープニング本文

【このシナリオは陰陽寮朱雀 一年生専用シナリオです】

 新年最初の委員会活動も終わったある日のこと。
 今年最初の合同講義は良く知る術の再確認から始まった。
 講義室。朱雀寮寮長が壇上から授業を行っている。
「皆さんは、自分自身の使う術の事をどのくらい知っていますか? また術はどのような仕組みで作られているのか解りますか? 自分の使う術でどのようなことができて、どのようなことができないか解りますか?」
 自分の使う術、そう言われて一年生達の多くは少し返答に困って顔を見合わせた。
「例えば、皆さんにとっても身近な技であろう人魂。その名称から人の形を取れると思う者は多いですが、実は人間型を作ることはできません。既存の生き物をアレンジして空想上の生き物を象ることはできます。しかし、例えば小型の駿龍を作ってみる、ということはできません」
 そう言って寮長が象った人型は炎の鳥、朱雀。だがよく見れば基本形はきっと鷲なのではないだろうかと思える。
「また逆に小さすぎるものも具現化できません。例えば偵察に人魂を飛ばす場合、小さければ小さいだけ有利とも思えますが、あまり小さいと象を保てなくなります。指先くらいが限界でしょう。蠅や蟻を作るとしたら少し大きめになりますね」
 彼が指先を弾くと朱雀はひばりになり、蝶になり、トンボになり蜂になり、最後にふわふわと飛ぶ蛍になって消えて行った。
 流石に蠅にはしなかったようだ。
「名前のイメージが先行し、術の本質を勘違いする例は他にもあります。その最たるは瘴気回収ですね。あの術は空気中に存在する瘴気を練力に変換する術ですが、周囲の瘴気を減らす力は持っていないのですよ。知っていましたか?」
「えっ?」
 と思った者も
「知ってる」
 と思った者もいるだろう。
「良く知る術式も工夫次第でいろいろと応用ができます。二年になればそれら術の研究を行い論文を作るという課題もありますし、今から当たり前に知っていると思うことにも興味や関心を持って向かい合って下さい。それが陰陽寮という学舎に学ぶ者の姿勢というものですからね」
 そこまで語って後、さて、と寮長は一年生達の顔を見た
「皆さんが入寮してから半年が過ぎようとしています。今の三年生も一年生であった時があるように皆さんも試験に落ちない限りは二年、三年になるのです。一年の進級試験は三月頃から本格的に始まります。準備は少しずつ進めておいた方がいいですよ」
「…あの…」
 一年生の一人がおずおずと手を上にあげる。
「寮長」
「なんですか?」
「進級試験って何をやるんやろか? 準備ってなにをしたらええの?」
 心配そうな顔で寮長を見る寮生達に、寮長は小さく、だがしっかりと優しく微笑んだ。
「朱雀寮の進級試験の課題は例年小論文と、実技と決まっています。
 実技は一年生の皆さん全員で新しい符を作成して貰うということになります」
「符の作成!?」
 寮生達の間にざわめきが走る。
 今の三年生も、二年生も同じように驚いた事を彼らは知る由もないが…。
「勿論、一人で作るのではなく、皆で意見を出し合って一種類の、今までにない新しい符を協力して作るのです。詳しくはいずれ話します」
 さらに彼は続けた。
「術符の作成にはいろいろと用意しなければならないものがあります。今回は符の作成時に使う大事な品物を確保するのが皆さんの課題です」
 さらりと、あまりにもあっさりと題が発表されたので、一年生達は一瞬気付かなかった者もいたようだった。
「え〜〜〜〜っ!?」
 驚き顔の寮生にいつも以上に楽しそうに笑って彼は説明してくれた。
「現在、陰陽寮の三年生にあるものを預けています。彼らにはその品物を守りきるように指示しました。彼らが持つその品物を手に入れることができれば合格です」
「品物を、手に入れる、と?」
「そうです。方法は自由です。勝負を挑むなり、出し抜くなり。
 ですが、陰陽寮の規則は生きていますので、術で相手を傷つけることは原則として禁止します。どうしたら三年生達からそれらの品を得られるか、自分達で良く考えて下さい」
「寮長! 質問してもいいですか?」
「どうぞ」
 寮生の一人が手を挙げ問うた。
「その品物はなんでしょう? 三年生全員が同じものを持っているんですか? 誰から手に入れてもいいんですか?」
 それによって対策が異なるからだ。
 寮長は答えられる答えには答えてくれた。
「品物が何かは言えません。それを探り出すのも課題です。また、複数持ち歩けるものではないのでどこかに隠すでもしているかと思います。
 預けた数は五個。
 各委員会ごとに一つずつ預けていますが、自分の委員長から、という縛りはありませんので、誰から手に入れても構いません。但し、一度手に入れたら二つ目の入手は避けましょう。一人が二つ集めたとしても評価は上がりませんし、他の誰かが不合格になってしまいますからね」
 そこまで告げてから、寮長はもう一度、一年生達の方を見た。
「三年生にとってもこれは合同実習課題です。品物を取られた場合は三年生に減点が科せられることになっているので、そう簡単には渡さないように言ってあります。そして品物は今後の皆さんの進級試験に使う物ですので、誰も入手できないと進級試験そのものが危うくなります。勿論、貴重な品ですので壊した場合は不合格です。頑張って下さい」
 寮長が浮かべる笑みはどこか楽しげであった。

 一年生達は知っているかどうか解らないが、この課題は毎年恒例の朱雀寮名物である。
 現三年生も一年生の時に行った課題である。
 陰陽師同士の戦い。それぞれの思いのぶつかり合いが、今まさに始まろうとしていた。


■参加者一覧
雲母(ia6295
20歳・女・陰
雅楽川 陽向(ib3352
15歳・女・陰
比良坂 魅緒(ib7222
17歳・女・陰
羅刹 祐里(ib7964
17歳・男・陰
ユイス(ib9655
13歳・男・陰


■リプレイ本文

●三年生対一年
 ユイス(ib9655)はふとあることを思いだした。
 先の委員会活動の時、天儀でのアヤカシ資料を貸し出した先輩が、教えてくれたこと。
『陰陽寮には他所には無い、不思議な技と品があるんですよ。コフウジュツ。もうすぐ皆さんも出会う事になるかもしれませんね』

「コフウジュツ…。壷封術か」
 ユイスは考える。図書室でいろいろ調べた結果、手に入れるべきものはそれに間違いないだろう。と。
「暴力行為は禁止だが、その他の行為は良し、か。確かに攻め手に有利ではあるかな。先達に敬意を払ってはいるが、負けを認めるつもりは毛頭ない。絶対に勝ちに行くぞ」
 三年生と一年生の対決課題の日。
 集まった講堂で比良坂 魅緒(ib7222)は握り締めた拳にぐっと力を入れた。
「そこで、皆に提案があるのじゃが…」
 窓辺に座り外を見ていたユイスは遠くに行っていた意識を引きもどし魅緒を見た。
「まずは誰が誰を狙うかを決めよう。その上で手を組まぬか? 極論、五対一を五回成功させれば我らの勝利じゃ」
 真っ直ぐに自分達を見つめる視線が嬉しくなるのは何故だろうか。ユイスは立ち上がり手を差し伸べた。
「ふふ、先に言われちゃったね。ボクは手を組ませてもらうよ。よろしくね、魅緒君。五対一を五回っていうのがベストじゃないかとボクも思う」
 パシンと合わせた手にもう一つ、音が重なった。
「我は全ての委員会に挑むつもりだし、手伝うつもりだ。そして手に入れたものは委員会の相手に渡そうと思ってる」
 羅刹 祐里(ib7964)もそう言って笑うと
「どうだ?」
 後ろの二人に声をかけた。雅楽川 陽向(ib3352)と雲母(ia6295)にである。
「うちも…入ってもいいん? 風邪で前の時役にたてへんかったし、今も全快やないからあんまし役にててんかもしれへんよ」
「気にするな。陽向だからこそ気付けることもあるやもしれんからな。ふむ、まだ熱があるか? 無理はするでないぞ」
 魅緒は陽向の手を掴むと手の平を上げさせた。
「…おおきに…な」
 もう一つ音が鳴る。しかし
「まったく。本気で勝負…の割にはぬるいな。全く権限だの資格だの鬱陶しい…いつまでも足踏みさせるとは」
 ぷかりと煙管を吹かした雲母から四つ目の音が鳴ることは無かった。
「体育委員会はこっちが受け持つ。だが私の分まで取られない様に持っておけよ」
 立ち上がり背を向けて歩き去ってしまう。
「キーワードは壷封術。狙うは壷だよ!」
 ユイスの言葉も聞こえているのかいないのか…。
「やれやれ。相変わらず、か? 必要ないといわれるかもしれないが、後で手伝いに行くとしよう」
 祐里はそう言って肩を竦めると、仲間達と相談を始めたのだった。

●委員長達が求めるもの
 一年生達四人が一緒に行動する、というのはどうやら三年生達には予想外であったようだった。
「ふふ、皆さん、いいチームワークですね」
 保健委員会から調理委員会に手伝いに行っていた先輩はそう言って微笑んだ。
 調理委員会の課題は材料から料理を推察すること、であった。
 一人一人なら見落としもあったかもしれない。しかし彼らは四人
「食堂でパーティをしたことは何度もあるけど、暗幕を使ったのはあの時だけじゃないかな?」
「個人的に怪しい料理は、冬でも作れる料理やと思うよ」
 相談し、意見を出し合えば正解を導き出すのはそう難しいことではなかったのだ。
「答えが纏まった。良いか?」
 魅緒が一歩前に進み出る。
「いいわ。聞きましょう?」
 待ちかねていたという顔の委員長に魅緒は答える。
「新入生歓迎会の料理。じゃろう? ピリ辛チキンに茄子とピーマンの辛み炒めに激辛麻婆豆腐に鳥胸肉の梅肉ソースと見た!」
 思い出しただけでも幸せになれる味が口と心の中に蘇ってくるようで、魅緒は浮かんでしまう笑みを懸命に隠して告げる。
「妾はまだ料理の腕は及ばぬかもしれんが、お主の料理と味は間違えぬ。妾の目標でもあるのだから」
 委員長はそこまで聞くと負けた、というように手を上げて笑う。
「おめでとう。良くできたわね。合格よ。壷を渡すわ」
「やった!」「やったな!」
 喜びに飛び跳ねる一年生達は渡された品を見た。
 ありふれた壷に見えるが、符が貼られ不思議な術力を帯びている。
「これがコフウジュツに使う壷なんだ…」
「とにかく、本物を手に入れた。後は間違わない様に同じ品を手に入れればいい」
「うん、頑張ろう!」
 初勝利に彼らの意気は上がるのだった。

 次に向かった保健委員会で出された課題は先輩扮する病人の治療薬と対処法を答えるというもの。
「先輩達らしい課題だな」
 と祐里は思った。そして、難しい課題ではあるが簡単だとも思ったのだ。
 病人を思いやり、寄り添った対応をする。
 知識と経験によって正しい診断を下し、適切な治療をする。
 自分は医者ではないから知識や経験は足りないが、助けてくれる仲間がいてそれを補う術もある。
 医者だったら当然のことをすればいい、簡単ではないが…簡単で当たり前の事だ。
「解った。みんな、力を貸してくれ」
 祐里はそう言うと役割分担を割り振った。
 祐里とユイスが図書館で治療法を確認し、魅緒と陽向が患者に寄り添う。
「陽向。大丈夫か?」
「大丈夫や。むしろ今やから病気の人がどうして欲しいか解るってもんや?」
「そうだな」
 頼もしい仲間達の力を借りて、祐里はやがて結論を出した。
 まずは患者役に声をかけ、看病をする。患者を思いやることが最優先だ。そして委員長に
「おそらく彼女は風邪の症状であろうと思われる。風邪というのは一纏めにされがちだが、色々な症状が出る。いろいろ調べたが他の危険な病気ではないと判断した」
 言葉を選んで答えを告げた。
 委員長はその答えに満足そうに頷いている。
 患者役であった先輩も同様に。
「技術等は学べば良いのです。肝心なのは技術があって患者さんを診るのではなく、患者さんと向かい合う事が全て。患者さんを気遣う事ができる心です」
 委員長はそう告げて、壷を差し出してくれた。
「私の先輩、同級生達は皆さん、そうした優しい心持ちを持っています。一年にもそれが受け継がれていけばいいなと願ってやみません。どうか、どうか間違わないで欲しいです」
 先輩達がこの課題に託した志と思いを壷と一緒に
「…肝に銘じて」
 祐里はしっかりと受け取ったのだった。

 図書委員会の課題はさらに簡単に思えた。
「では問題で〜す。図書室内にはいつもと違うところが5つあります。気づいた人は、その「いつもと違うもの」を持っていって構いません。
 ただし一人ひとつまで。――ではど〜ぞ」
 図書委員長はそう言った。
 ユイスは目の前に並ぶ品を見て、思う。
 既に自分達は手に入れるべきものが壷であることを知っている。
 壷に狙いをつけてそれを持って行けばいい。
 だが…そんなに簡単なものだろうか? それに、さっきの言葉…
「ユイス…。気付いておるか。この壷が怪しいが…やはり、のお? どうじゃ?」
「うん。ありがとう」
 魅緒に囁かれた言葉がユイスに確信を与える。品物の中の一つ、鍵を取って委員長に問いかけた。
「先輩。この鍵は、どこの鍵ですか?」
「どうしてそう聞くのでしょう?」
「この中には本物は無い。そう考えるからです」
 ここには本物は無い。それが、彼らの結論であった。
 壷は偽物だし、傘立てなども違う。
 考えてみればさっきの『問題』もあの中に正解の品がある、とは言っていなかった。
 先輩二人は暫く顔を見合わせていたが…。
「いいでしょう。今本物を持ってきますよ〜」
 頷き嬉しそうにそう言ってくれた。
 不思議なものだとユイスは思う。自分達の合格は先輩達の減点であるというのに彼らはなぜこんなに嬉しそうなのだろうか。と。
「いいチームだね。残りも頑張ってね!」
 その疑問を口に出すことはせず、先輩達の応援を背にユイス達は残る二つの委員会に歩を進めるのだった。

「よっ! 対決は一人ずつってルールだから、ちょい順番待ちな。ソーリー。何なら待ってる間、俺と楽しく赤裸々トークでもしてみるか?」
 用具委員会にやってきた陽向は陽気な先輩と話をしながら、彼のカラクリが出してくれたお茶を飲んでいた。
 冗談そのもののような先輩だが、根は違うということは知っている。
「こうやってじっくり話す機会も今回で最後かもしれねぇしな」
 時折こういう事を言う先輩なのだ。
「…なぁ、あんたは陰陽術の未来にナニを見ている? 瘴気を操り、人々からは外道の業だと後ろ指を指され……それでもなお歩みを止めない理由は何だ?」
 ふと真面目な顔になった彼に陽向は少し考えてから答えた。
「…」
 その答えに先輩がどう思ったかは解らない。
 だが
「?」
「陽向。お主の番じゃ」
 しかし彼はその大きな手で陽向の頭を撫でると
「いい子だな。お前さんらは。――っと、時間だな。「しっかりやれよ」なんてお前ぇさんが一番よく分かってるだろうから、まぁ気楽にな。アディオス、アミーゴ!」
 軽く片目を閉じて笑ってくれた。
 勇気を出して陽向は前に進む。
 用具室入ると厳重に鍵はかけられているが、机の上に放置されて壷らしいものが置かれている。
『こちらへどうぞ』
 呼び声がする。つばをごくりと飲み込んで陽向は声のする場所。隣室へと移動した。
『用具委員会の課題は問答です。良く考えて答えて下さい。
「陰陽師」とアヤカシの違いを、述べて下さい』
 簡単に答えるには難しい質問。
 今まで学んできたこと、友人達の顔、そして陰陽寮で出会った者達。
 思い出しながら陽向は考え、答えた。
「陰陽師とアヤカシの違いは練力を使って、技法を操る陰陽師。瘴気を使って、技法を操るアヤカシ。技術面やったら、そないな答えやろな。
 でも心の面で言えば、アヤカシは人間を食べる為に襲う、本能の部分やな。
 陰陽師はそれぞれの理由の為に戦う。しいて言えば、理性で考えて行動することかいな」
『なるほど。では陰陽師の陰陽をどう考えますか?』
「陰陽術には、全く違う文字が書かれとる、「太陽」と「日陰」とも取れるな。
 光と闇とちゃうんがミソや。
 先輩はちゃう言うたけど瘴気から作られ、巫女と同じ解毒を使える人妖も、陰陽師に似たもんやで?
 太陽と日陰は、日常でも同居しとるからな。陰も陽もどちらも抱え、大事にする。それが陰陽師やと思う」
 陽向は汗の滲む手を握りしめた。先輩の求める答えではないかもしれない。
 しかし
『いいでしょう。持っておいきなさい』
 彼は自分の前にあった壷を差し出してくれたのだった。
「へ? あれは?」
 後ろを振り向く自分に彼は言う。
『あれは見本です』
 その眼は髪に隠れて見えないけれど確かに微笑んでいた。

●決戦 体育委員会
 最初から体育委員会一点狙い。
 雲母は体育委員会の三年生二人と一対二の対戦を強いられていた。
「これを、日没まで守り通すこと!」
 そう言って渡された木板を巡っての長期戦。
 三年生だろうと引けを取らない自信はあった。
「私より先に入寮した、私よりも沢山走り回った、私より多く授業を受けた・・・だから、なんだ? 何一つとして私が負ける根拠にはならない」
 眼帯を外して本気を出す。
「攻撃は禁止だったな、だが私は構わん、掛かってこい『上級生』」
 しかし、気が付けば防戦一方を強いられていた。
「行くぞ!」
 駿敏に攻めてくる委員長の打突を瞬脚で躱す。
 札を守りきることが重要であるので深入りはしない。
 だが、二人の上級生は連携をとり、退路を塞ぎ雲母の動きを制限するのであった。
 シャラン! 鈴の音がする。
 振り向いた後方とは違う方向から可愛がっている少年が攻めてくる!
「くっ!」
 振り返り退こうとする。しかしそこには結界術符「白」。そしてその陰から攻めてくる委員長。
「なに!」
「きらら!!」
 委員長の攻撃は何とか躱したが少年の呪縛符は直撃をくらい、彼女は膝をついた。
 その隙に少年は木板を奪い、退いた。
 雲母はその後も攻撃を続けたが練力も消耗していた身、瘴気回復で回復しながら攻撃と防御を繰り返す二人を捕えることはできなかったのだ。
「もう、日没だ」
 最後の瞬間委員長は空を顎でしゃくって言った。彼の手には奪われた木片。壷の交換手形があった。
「お前の負けだ」
「…」
 彼女は答えなかった。
「お前は確かに優秀だ。だが、それでもお前は最強じゃない。強い口をきいてくれたが俺にも勝ることができない。体育委員会の課題は『体術』と『連携』と『注意力』。お前はそれをクリアできなかったんだ」
 沈黙する雲母の前で地面に埋めていた壷を取り出した少年は…それを地面に落下させた。
「!」
 壷は砕け粉々の破片となった。
「雲母…おいらも、委員長も納得してない。今のままでは、渡せないなりよ…」
 今にも泣き出しそうな顔でそう言う少年の顔を見ながら雲母は静かにその場を後にしたのだった。

 だから、彼女は知らなかった。
「まだ日が完全に落ちるまで時間がある。僕らにもチャンスを貰えないかな」
「できる事なら一泡吹かせてやりたい所じゃ。お手合わせ願おう」
「今度は四対二だ。さっきとは違うぞ」
「今の同輩嫌やったら、皆、授業うけとらんやろ? 一緒に進級するで!」
 残る四人が体育委員会に勝負を挑み、得た本物の壷を雲母の分として提出したことに。

●結果発表
 試験終了から丸一日。
 講堂に集められた一年生達の表情は、明るいとは言えないもの、だった。
 特に雲母の表情は硬い。
 目の前で、しかも可愛がっていた少年に壷を割られた事が胸中に残っているのだろうか…。
 やがて、扉が開き寮長がやってきた。
 緊張の面持ちで迎える一年生達を前に寮長は手元の書類を見ながら
「ご苦労でした。三年生からも頑張っていた、という評価が来ています。今回の課題の品は皆さんも気付いているでしょうが封印壷と呼ばれるものです。壷封術と呼ばれる陰陽寮の秘儀に使用します」
 まずは実習の終了を労ってくれた。そしてその上で
「全体としては合格の評価を与えましょう。各委員会の五個の壷を全て入手しましたからね」
 全体としては…。
 思わず視線が一人に集まった。当の雲母は表情を変えないままであったけれど。
「一人でできることは限られています。だからこそ朱雀寮では協力と連携を重視しています。いくら自分に自信があっても、時に相手に合わせた対応を取ることも大事です。相手が先輩であるなら不合格で済みますが、敵がアヤカシであった時は、命に係わりますよ」
 寮長の告げた言葉が彼女に向けられたのは明らか。
 寮長が去って後
「雲母…はん」
 陽向が伸ばした手を払って雲母も部屋を出て行く。
「もう少し、待とう。あいつだって選んで朱雀寮に来たんだ。きっと…」
 俯く陽向の肩に祐里はそっと手を置くと、仲間達と共に今はまだ遠い彼女の背中見つめていた。