【朱雀】三年対一年 護
マスター名:夢村円
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 11人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/02/01 10:33



■オープニング本文

【このシナリオは朱雀寮 三年生専用シナリオです。
 なお朱雀寮 一年生は見ない方が楽しめるかもしれません】

 朱雀寮の合同授業は現在月一で行われている。
 そしてその順番は大抵、一年、二年、三年、である。
 日程の早い遅いに差はあれど、それが変わることは殆どなかったのだが今月、寮長から一番最初に招集を受けたのは三年生であった。
「どうしたんだろうね?」
 疑問符を浮かべながら集まった三年生達を前に、朱雀寮寮長各務 紫郎はこう告げた。
「皆さんにはこれから一年生と戦って貰います」
「はああ? 戦う?」
 さらに大きな疑問符が飛ぶ中、
「もう忘れたのか? お前ら。一年生時の冬の事。桜や伊織に痛い目に合った奴もいるだろうに」
 楽しげに実習担当教官 西浦三郎が笑って見せる。
 その言葉に…
「あああっ!!」
 三年生達は思い出していた。二年前の冬。
 西浦三郎を筆頭とする当時の三年生達と、ある勝負をしたことを。
 その時、一年生だった彼らに与えられた課題は三年生が隠し持っているある品を探し、奪い取ること。
 品物が何かを探し出し、手に入れることはできたが偽物を掴まされた者もいて開拓者とは別の意味で実践慣れしていた三年生に一年生達は手玉に取られた形であったことを思い出す…。
「あの授業は毎年恒例なんだ。去年も今の二年生がやってたの知ってるだろ?」 
「今年は皆さんが試験官です。一年生達が例年通り皆さんから品物を奪いにやってきます。それを守りきること。今年は三年生の方が一年生より多いので、各委員会に一つずつ品物を預けます。その委員会ごとにどう品物を隠し、守りきるかを考えて下さい。委員会どうし協力し合うことは妨げません」
「一年生から品物を守りきれば合格。一年生に品物を取られたら不合格、だ。不合格には減点があるからな」
 二人から渡された品物は、かつて彼らが一年の実習と同じものである。
 かなり大きいし、かさばるから下手な場所には隠せない。工夫が必要だろう。
「方法その他は皆さんに任せますが注意点がいくつかあります」
 そう言って彼は指を折った。

 一、必ず一年生とどんな形でも対決すること。
     無条件に品物を渡す事をしてはいけない。
     なのでさりげなくヒントを与えて下さい。その為の場所を用意してもいいですね。
 二、今年の品物の数は一年生の人数分丁度しかないので、原則的に一人一個とすること。

「特に二には気を付けて下さい。二個以上獲得しても評価は変わらないし、一人が二つ得ることで誰かが不合格になりますからね」
「寮長!」
 一人の三年生が手を上げた。
「ダミーを用意するとかしてもいいんですか? 以前私達がされたみたいに」
「勿論、その点は三年生の工夫として認めます。他にも何かいいアイデアがあるならしてもかまいませんよ」
 三年間を陰陽寮で過ごしてきた開拓者達である。
 実戦経験に基づくアイデアは沢山あるだろう、と寮長は頷く。
 いくつかの注意点の後
「最後に一つ言っておくことがあります」
 寮長は静かに告げた。
「不合格における減点は確かに課せられますが、それ以上の何かを一年生達に感じるのなら渡しても構いません。
 絶対渡さないようにするか、努力が見られたら渡すか。その辺も皆さんの判断に任せます。一昨年の三年生も、去年の三年生も、一年生に努力と創意工夫が見られた場合には品物を渡していたようです」

『このテストは一年生育成の為みたいなものだから私達が納得すれば渡していいんだ』

 何人かは課題勝負の時の三郎の言葉を思い出していた。
「この課題が終って後は卒業試験の準備やその他で忙しくなるでしょう。のんびりできる課題もおそらくこれが最後です。どちらも後悔の残らない様に楽しんで下さい」
 寮長はそう言って三郎を伴い退室していった。

『卒業試験の準備』
 彼はさらりと言ったが、もう気が付けば卒業まであと半年を切っている。
 論文作成とおそらく実技試験。
 一年生ですら進級課題の準備が始まるのだから確かにのんびりできるのはこれが最後になるだろろう。
 ならば寮長の言うとおり楽しまなければ損である。
「みんな? どうする?」
 三年生達の頬には心からの楽しそうな笑みが浮かんでいた。


■参加者一覧
俳沢折々(ia0401
18歳・女・陰
青嵐(ia0508
20歳・男・陰
玉櫛・静音(ia0872
20歳・女・陰
喪越(ia1670
33歳・男・陰
瀬崎 静乃(ia4468
15歳・女・陰
平野 譲治(ia5226
15歳・男・陰
劫光(ia9510
22歳・男・陰
尾花 紫乃(ia9951
17歳・女・巫
アッピン(ib0840
20歳・女・陰
真名(ib1222
17歳・女・陰
尾花 朔(ib1268
19歳・男・陰


■リプレイ本文

●始まり 三年生と調理委員会
 冬晴れの青空の下。
「おっはよー! なのだ!」
 元気よく龍から飛び降りた平野 譲治(ia5226)は側でのんびりと文字通り羽根を伸ばす鷲獅鳥に声をかけた。
 玉櫛・静音(ia0872)の朋友真心と共に、今回は自分の龍にも出番はないだろう。
「いい子で待っていて欲しいなりよ!」
 龍の頭を撫でながら、ふと譲治は動きを止めた。
 これから勝負が始まる。
 三年生と、一年生の真剣勝負。この戦いに自分は三年生として一年生である『彼女』と戦うのだ。
 胸に微かに不安がよぎる。
 でも、手加減をするわけにはいかない。彼女もそんなことは望んでいないだろう。
「おいら達はおいら達の出来る事をするっ! それが一番なのだっ! 出来る事は全力でするっ! それがおいらなりよっ! いつかの時から思ってたなりが、軌跡をなぞるだけ、なんてつまらないのだっ!」
 ぐっと手を握り締めると自分自身に気合を入れる。
「よしっ! まずは、用具委員会に行って、道具を借りて、それから劫光(ia9510)と打ち合わせて、あれを仕掛けて…、預かったあれを埋めて…。長丁場になるなりから学食でお弁当を貰って行くのだ。うん、のんびりしている暇はないなりね!! 強! 行って来るのだ!」
 バイバイと手を振って走って行く譲治を朋友達は静かに見送っていた。

 ここは学生食堂。並ぶ机をキレイに拭いて準備をする。
「さてっと、準備はOK。朔、紫乃。よろしくお願いするわね」
 並べた食材を確認し終えた調理委員会三年真名(ib1222)は、同じように食器を並べていた泉宮 紫乃(ia9951)と室内を設えていた尾花朔(ib1268)にそうウインクした。
「暗幕も吊るし終わりました。後は一年生を待つだけですね。例の品は?」
「あれは、奥の厨房。味噌壷と一緒に並べておいたわ」
 各委員会の三年生に一つずつ品物が預けられ、一年生がその奪取に挑む毎年恒例の真剣勝負。
 人手不足の調理委員会に保健委員会から二人は助っ人に来ていたのだ。
「はい。楽しみですね」
「無事、合格して下さるといいんですけれど…」
 合格イコール三年生の減点、であるが減点を気にする三年生がいないことはもう彼らには解っていた。
 皆で話をした時も
『あんまり難しくはしたくないなあ…』
『ちゃんと狙い通りの行動をして来るなら、少し甘くするつもりだ』
『私の方針としては、足りない所を自覚していただければOKとしていくつもりです』
 と渡す方向で話が進んでいる。
「ま、タダで渡すつもりは無いけどね」
 真名が肩を竦めたその時
「たのもー!!」
 食堂の扉ががらりと開かれた。
「あら、ここが一番? 光栄ね」
「妾達は負けぬぞ。真名! 勝負じゃ!」
 やってきた四人の一年生達を迎えて真名は嬉しそうに楽しそうに笑って見せる。
 二年前を思い出す。あの時は自分達が挑む立場だったのに…時の流れは速いものだ。
「さあ、言うがいい。どんな勝負じゃ? 妾達はどんな勝負も受けて立つ」
 問いかけるのは一年生の調理委員。後ろには仲間達がいる。
(これなら大丈夫かしら)
 小さく胸で呟いてさて、と彼女は皆の前に立った。
 正確には皆の前にある用意しておいた机の前に、だ。
「じゃあ問題よ。私たち、調理委員の課題は、『並べられた食材から料理を推測する事』よ。ここにある食材から、何の料理かを考えて答えなさい」
「食材当て?」
「何の…って? 茄子、ピーマン、豚肉、鶏肉、梅、唐辛子に豆腐? リンゴやサツマイモや、サトイモまであるで。…どういうことやろ??」
「これで、何の料理ができるってこと、かな?」
 疑問符を浮かべながらも一年生達は四人で頭を揃えて考えている。
(おやおや…)(まあ!)
 その様子を見ながら朔と紫乃は嬉しそうに顔を見合わせた。
 四人は真正面から問題に取り組んでいる。周りの飾りつけなどを気にしている者もいるが周囲に飾ってあるダミーの壷には誰も、目もくれない。
 四人でああでもない、こうでもない、それでいいのか?
 真剣に意見を交わして、相談し合っている…。
「よく思い出して下さいね。皆さんが朱雀寮に入ってから食べたものですよ」
 軽くヒントを出すが、もう紫乃自身としてはこの時点で合格にしてもいいかと思っていたのだ。ここは調理委員会。最終的に決定するのは真名であるが。
 ふと、思い出す。二年前、自分達は先輩達からいかにこっそり品物を奪い取るかを考えて行動に移した。
 もし、あの時、彼らのように真正面から挑んだら、あの時の保健委員長はどんな風に応じでくれたのだろうか?
(ねえ、桜?)
 真名の人妖菖蒲と並んで控える人妖桜を見る。
 今は、もう答えの出ない事であるけれど…。
 やがて、結論が出たのだろう。
「答えが纏まった。良いか?」
 一人が一歩前に進み出た。
「いいわ。聞きましょう?」
 待ちかねていたという顔の真名に一つ深呼吸して彼女は応える。
「新入生歓迎会の料理。じゃろう? ピリ辛チキンに茄子とピーマンの辛み炒めに激辛麻婆豆腐に鳥胸肉の梅肉ソースと見た!」
「何故、そう思うのですか? 理由も聞かせて下さい」
 真名が判定を告げる前に朔が一年生達に問う。答えたのは図書委員の少年であった。
「周囲の飾りつけ、です。カーテンが暗幕だったのは新入生歓迎会の時だけだったと思います。果物や芋は少し季節はずれですから、きっと違うだろうと」
「麻婆豆腐やったら、いつでも皆も食べれるやろし」
「それに先輩達の出す問題だ。不条理な知らない料理は出さないと思った」
 大したものだ、と朔は思う。
 推察力、注意力、記憶力、思考力、協調性。
 見たかった条件は全て満たしている。
「それに、何よりも、じゃ!!」
 前に進み出た彼女は真名の前に顔を近づける。
「妾はまだ料理の腕は及ばぬかもしれんが、お主の料理と味は間違えぬ。妾の目標でもあるのだから」
 真名は両手を挙げた。降参だ。文句のつけようがない。
「おめでとう。良くできたわね。合格よ。壷を渡すわ」
「やった!」「やったな!」「やっぱり壷ですか。壷封術、なのですね」
 喜びに飛び跳ねる一年生達を真名は
「さあ! 残りも頑張って。終わったら食堂にいらっしゃい! 腕によりをかけて作ってあげるわ。美味しい激辛料理をね」
 彼らを送り出すと、輝く一年生達のそれよりもっと眩しい笑顔を浮かべたのだった。

●求めるもの、願うもの。保健委員会と図書委員会
 やってきた一年生は四人。
 委員長である静音は、板の間の上で正座をすると深々と彼らにお辞儀をした。
「保険委員長、玉櫛・静音です。よろしくお願いします。では、課題を出させて頂きます」
 丁寧に応じた一年生達を見てから静音はそっといた間の奥の屏風をそっと避ける。
 そこには目を閉じて横たわる瀬崎 静乃(ia4468)がいた。
「先輩?」
「具合でも悪いんですか?」
 真っ先に心配した一年生達に微笑んでから大丈夫、と静音は答える。
「彼女は患者役です。患者役の症状を聞いて、処方薬と対処法を返答して下さい。
 知識も必要ですが、他人の命を預かる立場であることを考えた行動をとる事も大事です。薬草や医療道具はこちらに揃えておきました。では、どうぞ」
 それだけ告げて退いたので一年生達はそっと、静乃の方へ向かう。
 まずは図書委員の少年が
「大丈夫かい? どこか痛い所ある? 失礼」
 と患者に断ったうえでそっと手を取って熱を見た。
 彼女の額には濡れたタオル。手も少し熱く感じる。心配そうに側で管狐の白房が顔を覗き込んでいる。
「ちょっと熱があるみたいだね」
「あと、具合の悪い所はあるか?」
「…喉が痛い。身体が、熱くて、だるくて…節々が痛くて…起き上がれない」
「この間のウチの症状と似てるな。うちは節々は…そんなに痛くならへんかったけど…。どうやろ?」
 仲間に問いかけられて保健委員の一年生は軽く目を閉じて呟いた。
「先輩達らしい課題だな」
「ん? どうかしたの?」
「いや、何でもない。我からも少し聞いていいか?」
 誠実に症状を問いかけた彼は
「委員長に質問や協力は許して貰えるのか?」
「いいえ。でも図書室に調べに行くのはアリです。一年生同士協力しあうのも」
「解った。図書室に行って来る。女性二人は残って暫く我の言うとおりの看病をしてくれないか?」
「解った」「うん、ええよ」
 そうして彼はいくつかの指示を少女達に残して、友を連れて外に出た。
 その間、二人は彼に指示された通り布団をかけ、汗を拭き、暖かい湯を飲ませ額の布を冷えたものに交換した。
 小半時程で戻ってきた彼はまず、患者役に声をかけた。
「大丈夫か?」
 そして
「委員長。いいだろうか?」
 保健委員である彼は静音の前に正座したのだった。
「どうぞ」
「おそらく、彼女は風邪の症状であろうと思われる。風邪というのは一纏めにされがちだが、色々な症状が出る。いろいろ調べたが他の危険な病気ではないと判断した」
「それで、対処法は?」
 静音の問いに彼は保健委員として真っ直ぐに答える。
「症状が重く、熱が高い時は解熱剤を。だが、基本的には皆がやってくれたとおり、症状の具合を見ながら身体を暖かく安静にすること。栄養を取ること。後は時間と身体に任せる」
「なるほど…。どうですか? 静乃さん」
 静音の気持ちは既に固まっていたが、あえて静乃に問う。おそらく静乃も同様であると解っているから、だ。ゆっくり起き上がって彼女は言う。
「僕としては合格。…診察も対処も的確で、何より患者を思いやっていた。僕からは減点の要素は無いけど最終評価はどう纏める?」
「私も、同意見ですね。技術等は学べば良いのです。肝心なのは技術があって患者さんを診るのではなく、患者さんと向かい合う事が全て。患者さんを気遣う事ができる心です」
 それが陰陽師に限らず人として何より大切な事であると信じるからこそ、今回の課題に、一年生への願いに彼女らはそれを選んだ。
「これをお持ち下さい。そして、残りの課題。頑張って下さい」
 静音はそれを差し出すとこれ以上ない程の柔らかい笑みで彼らを見つめる。
「私の先輩、同級生達は皆さん、そうした優しい心持ちを持っています。一年にもそれが受け継がれていけばいいなと願ってやみません。どうか、どうか間違わないで欲しいです」
「…肝に銘じて」
 彼はそう言うと大事にその品を受け取ったのだった。

●知恵と志 図書委員会と用具委員会
 俳沢折々(ia0401)はおや、と思った。
 一年生達は五人中四人が一緒にやってきたのだ。
(他の委員会も回ってきているみたいだし。これは、楽勝かな?)
 楽しい気持ちを胸に押し隠して側に控えるからくり山頭火の頭を撫でながら一年生達を見た。指示は図書委員長のアッピン(ib0840)が与える。
 もう仕込みは終わっているから後は待つだけだ。
「はいは〜い。では問題で〜す。図書室内にはいつもと違うところが5つあります。気づいた人は、その「いつもと違うもの」を持っていって構いません。
 ただし一人ひとつまで。何か質問があったら私や折々ちゃんに聞いて下さい。ではど〜ぞ」
 ふわふわと横に浮かんでいた鬼火玉ほんわかさんと一緒にほんわりと笑ってアッピンはそう指示を出した。
 室内にはいくつも違う場所があった。
 例えば椅子の上に朱雀の刺繍が入った座布団が置かれている。例えば花瓶の代わりに壷が置かれている。
 例えばもふらのぬいぐるみが床に転がっている。例えば怪しげな刀が傘立てに立てかけられている。例えば入口の扉にどこかの鍵がぶら下がっている。
 彼らが相談しモノを選んでいくのを折々は楽しそうに見ていた。
 あの中に本物があれば五分の四。誰かが当たりを引ける可能性は高くなる。
「俺はこの傘立てをとろう」「ああ、ぬいぐるみ落ちて可哀想やな」
「この壷が怪しいが…ん! やはりじゃ」
「うん。解った。ありがとう。…先輩!」
 図書委員の少年の声にアッピンはなんでしょう? と答える。
「この鍵は、どこの鍵ですか?」
「どうしてそんなことを?」
「この中には本物は無い。そう考えるからです」
 少年はそう答えた。
「探す品は封印壷。じゃがこの壷は偽物じゃ。傘立ても確認したが違うと思う。ならばこの場に無いが正解ではないか?」
 彼らの結論にアッピンは折々と顔を見合わせて頷いた。
 彼女らが確認したかったのは観察力と真贋の見極めの洞察力。
 その点で彼らは合格のラインに達している。
「いいでしょう。今本物を持ってきますよ〜」
 鍵を受け取りアッピンは部屋を出て行った。
 折々は一年生達を見る。
(うん、こういうやり方もありだよね)
 攻略すべき委員会は五つ。その委員会を皆で回る。一人一つでなく五人で五つ。
 図書委員会の攻略は簡単な方だがそこを狙って争うのではと思ったのだ。
 しかし、こういうやり方であるのなら勝利はより得やすくなる。
「はい。どうぞ〜。壊さないように気を付けて下さいね〜」
 アッピンが品物を渡すと彼らはまず中身を確認し、それから嬉しそうな歓声を上げた。
「おっと図書室ではお静かに、ですよ〜」
 慌てて口を押さえる一年生を可愛いと思って見つめながら折々は
「残りも頑張ってね!」
 心から応援し手を振ったのだった。

「下級生とはいえ人に何かを教えるなんざ、自分の事で手一杯な俺には分不相応な事かもしれんなーって、およ?」
『お疲れ様でした。終わりましたよ』
 用具室から出てきた用具委員長青嵐(ia0508)は廊下で寛ぐ喪越(ia1670)にそう声をかけた。
 椅子と机が並べられてちょっとした休憩スペースができている。そこで給仕をしていたからくり綾音は青嵐とそのからくりアルミナに可愛らしくお辞儀をして見せた。
『お帰りなさいませ、ご主人様。ただ今お茶をお入れします』
「いや、ここは茶屋じゃねえんだから。って疲れるようなこと何もしてねえし。ただ一年生とダベってただけよ」
 茶化すように肩を竦めた喪越に小さく笑って青嵐は椅子に座った。
「で、…どうよ」
 茶と一緒に差し出された問いに彼は静かに答える。
『一人ずつの問答、というのには盲点がありましたね。正解者が複数いても一人にしか正解の品を与えられない』
「って、ことは一応合格にしたんだ」
 そしてクスッと笑うと頷いて見せた。
 最終的には直属の後輩に本物を渡したが、
『「陰陽師」とアヤカシの違いを、述べて下さい』
 やってきた四人はそれぞれがそれぞれに青嵐を唸らせる答えを出したのだった。
「受け継ぎ考える事だと思います」
「違いは、瘴気を用いて自己を表すのがアヤカシ。
 瘴気を用いて人々や仲間のために動くのが陰陽師だろうと思う。力の行使や研究をするだけならアヤカシと変わらない。それを自己のためだけに使わない…それが我の考えだ」
「知識。何かを調べ考える事じゃな」
 そして小さな後輩は病み上がりの身体で真剣に問題に取り組んでいた。
「陰陽師とアヤカシの違いは練力を使って、技法を操る陰陽師。瘴気を使って、技法を操るアヤカシ。技術面やったら、そないな答えやろな。
 でも心の面で言えば、アヤカシは人間を食べるために襲う、本能の部分やな。
 陰陽師はそれぞれの理由の為に戦う。しいて言えば、理性で考えて行動することかいな」
『考える事。他者と協力する事。己の意思を伝え、相手の意思を受け入れる事。それが用意した答えですから、全員が正解と言えるでしょう。全員が正解という事態を考えていなかったことは不覚でした。誰も、許可なく壷を持ち出そうともしませんでしたしね』
「ああ、その辺。もっさんとしてはちょこっと不満もあっかな。物理で挑んでくる面白一年生がいても良かったのに。そしたら委員長に内緒で壷をプレゼントだったのに…」
『おや、そんなことを考えていたのですか?』
 人形の糸に手をかけかけた青嵐に喪越は慌てて手をあげるフリをする。
「でも、ま。一年連中もちゃんと解ってる。それを確認できたんだからよしってことで」
『そうですね…』
 朱雀寮の志は確かに受け継がれている。
 多少減点があったとしてもそれを確かめられたのだから良いと、二人は茶の入ったカップを乾杯のように軽く重ね合わせたのだった。

●割れた壷と体育委員会 そして
 カシャーン!!
 陶器の砕ける音に、その場にいた誰もが凍りついた。
 共に戦っていた劫光も、側に控える人妖双樹も。
 ずっと様子を見ていた一年生達も。
 日没のオレンジ色の光の中
「譲治…お前…」
「今のままではこれを渡す事はできないなりよ」
 自分を見下ろす年上の一年生。大好きな彼女を譲治はじっと見つめていた。

 他の一年生が最後の関門。
 体育委員会に辿り着いた時、そこでは最強の一年生である女性と体育委員会の攻防が最後の局面を迎えようとしていた。
 2対1の戦いを彼女はどれほど続けていたのだろうか。
 眼帯を外し、煙管を置いた彼女はきっと本気で戦っていたのだろう。
 だが、この場面で彼女は間違いなく押されていた。
「ほらほら! 息が上がってきているぞ!!」
 勢いよく蹴りだされる足を彼女は瞬脚で素早く躱して間を開ける。
 さらに後方へと退こうとする退路に気が付けば結界術符「白」。
 足が止まったところに前方から鈴の音が鳴った。
 だが、そちらに彼女は意識を向けず、逆に後ろを振り向いた。
「隙あり! 逃がさないなりよ」
「譲治!!!」
 飛び込んだ譲治は響く声で呼ばれた自分の名に、一瞬身体を震わせる。だが、躊躇わすに呪縛符を放った。
「くっ!」
 身体に纏わりつく見えない鎖に顔を顰めながらも、彼女は足を止めず逆に力を込めて後方に飛んだ。
 だが、そこには既に劫光が待ち構えていた。
 再び退路にヌリカベ。
 目の前に迫る劫光を睨みつける彼女に
「もう、日没だ」
 劫光は空を顎でしゃくってそう言った。彼の手には小さな木片。壷の交換手形があった。
「お前の負けだ」
「…」
 彼女は答えない。
「お前は確かに優秀だ。だが、それでもお前は最強じゃない。強い口をきいてくれたが俺にも勝ることができない。体育委員会の課題は『体術』と『連携』と『注意力』。お前はそれをクリアできなかったんだ」
 彼女は答えない。
 そして唇を噛みしめたままの彼女の前で、地面に埋めていた壷を取り出した譲治はそれを、地面に落下させたのだった。
 壷は砕け粉々の破片となった。
「おいらも、劫光も納得してない。今のままでは、渡せないなりよ…」
 破片と譲治の顔に視線を交差させた彼女はため息を残しその場を去って行った。
「譲治…」
 どこか泣き出しそうな顔の譲治の頭をぽんぽんと撫でると劫光は
「さあ! 第二試合を開始するとしようか。挑戦者が待ってるぞ!」
 明るい声で背中を叩いたのだった。
「へ? でも、壷は…?」
「すまん。あれはダミーだ。本物は双樹に預けておいた」
 片目を閉じる双樹。譲治の顔に再び元気が戻ってくる。
「できる事なら劫光に一泡吹かせてやりたい所じゃ。お手合わせ願おう」
「今度は四対二だ。さっきとは違うぞ」
 構える四人の一年生達に譲治は空高く、こぶしを上げて答えた。
「勿論なのだ! 負けないなりよ!!」
「さあ! 日没まであと僅かだ。お前達の連携を見せて見ろ!!」
 かくして三年生達と一年生の最後の戦いが始まるのだった。

「いつもながら、この課題において三年生は甘いですね」
 一年生と体育委員会の復活戦を見ながら寮長 各務 紫郎は呟いた。
 最終的に壷は五つとも一年生の手に渡るだろう。
 唯では渡さない。けれど、例え自分が減点を受けても一年生に志を託す。
 それを良しとするのが朱雀寮の三年生の資質でもあると三年生を採点する寮長は思っていた。
 減点は確かにある。
 しかし、それを上回る加点があるのがこの課題だ。
「合格です」
 と彼らには告げない。
 けれど、三年生達は自分達の合格をきっと知っていると寮長は確信しているのであった。