【嵐】小さな思い
マスター名:夢村円
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/01/30 00:59



■オープニング本文

 現在、南部辺境、ラスカーニアには神教徒達が保護されている。
 その数は数十人
 神教徒の乱の生き残りと、隠れ里にいた老人子供達である。
 彼らは領主であるユリアスから貸し与えられた古い館を中心に、小さな小屋などを作って暮らしていた。
 最初は命に係わる大けがを負っていた神教徒達もその多くが現在は怪我から立ち直り普通の生活ができるまでに回復している。
 生活は決して楽ではないが、食事は支給され、静かに暮らすことができる。
 強制労働を課せられている他の生き残りに比べればかなり良い待遇であると言えるだろう。
 とはいえ、それはそれでいろいろと問題も発生する。
 特に問題になっているのは働かない神教徒達が衣食住を保障されているのはズルいという町の住人達の意見である。
 かといって彼等に職を与えて働かせようかと言うとまた別の問題が生じる。
 南部辺境は、元々が神教徒達に比較的好意的な者が多い地域だ。
 彼らを積極的に嫌う者はそう多くは無いが、自分達の仕事を奪われたり、一緒に同僚として働くことに関しては忌避する者が多い。
 これは、どうしても仕方のない話だ。
 隠れ里から保護してきた子供達もそうだ。
 多くが家族を失っている。
 一緒に来た老人達や、生き残りの神教徒達も面倒を見ているが、それぞれに辛い思いを抱えた彼らは町の子供達と馴染めていないようだという報告もあった。
「こればかりは、急に解決できる問題ではありませんからね」
 報告を聞き、仕事を処理しながらラスカーニア領主ユリアスは目を伏せる。
 神教徒達を受け入れると決めた時からこういう問題が発生するであろうことは解っていた。
 人の心は、難しい。
 時間をかけてゆっくりと解決していくしかないだろう…と。

 だが、大人達はそれを待つことができる。
 しかし子供達は…そうもいかなかったのだ。

「馬鹿! 何言ってるんだ!」
「お母さんの所に行く! お父さん探しに行くの!」
「ダメだ! みんな、遠くに行ったんだ。探しになんていけない!」
「遠くってどこ? メイも行く!」
「遠くは…遠くだ。俺達じゃいけないところだ」
「どうして行けないの?」
「…煩い! 黙れ!!」
「お兄ちゃんのいじわる!!」
 兄弟げんかの末、逃げるように出て行った妹を、兄は追いかけなかった。
 ため息と共に座り込む。その隣に一人の青年が腰を下ろした。
「…辛いな。ルイ」
「アレク兄ちゃん…」
「すまない。守りきれなくて…、俺だけ生き残って…」
「兄ちゃんのせいじゃ…ないよ」
 生き残りの青年の一人は聞き分けの良すぎる少年の言葉にかえって胸が痛むのを感じていた。
 彼等は親友の子供達。
 共に神の為にと戦ったのに、自分だけ生き残ってしまった。
「神様の国に行った、って言えば良かったのかな?」
「それだと自分も、と言うだろう。…もう少し待って俺が話してみるよ。あの子は頭のいい子だ」
「うん。…おねがい」
 この時は、その会話はここで終わった。
 だが、その日の夜。
「メイ!! どこだ!!」
 少女は忽然と姿を消したのだった。
「お父さんとお母さんをさがしにいきます」
 そうかきおきだけを残して…。

 事態は急を要すると、ギルドの係員は思った。
 子供が行方知れずになってから丸一日が経過しているからだ。
 消えた子供の名はメイ。
 8歳の女の子である。
 神教徒である彼女は、隠れ里から開拓者に保護された子供の一人だった。
 両親は先の戦乱で死亡しており、家族は兄だけ。
 とはいえ隠れ里では老人達や残っていた子供達と家族のように過ごしていた。
 しかし、両親の死を知らない彼女は、探しに行くとこっそり家を出たのだという。
 防寒具はきっちり纏い、食べ物などある程度は持って行ったようであった。
 周辺地図なども消えているので持って行った可能性はあるが、果たしてちゃんと理解できるのかどうか…。
 どこを目的地とし、どこに向かったのかも解らない。
 固い大地は足跡も残してはくれなかった。
「神教徒達も探し、街の者達も手を貸してくれていますが、何より子供の事。どこにどう向かっているのか全く分かりません。どうか、お力をお貸し下さい」
 ラスカーニア領主ユリアスはそう言って依頼を出して行った。
 ジルベリアの1月である。
 1日過ぎるごとに生存確率は下がって行くと思っていい。
「急いだほうが良いな」
 そして係員は祈りと共にその依頼を貼り出したのだった。


■参加者一覧
フェルル=グライフ(ia4572
19歳・女・騎
和奏(ia8807
17歳・男・志
ジルベール・ダリエ(ia9952
27歳・男・志
フェンリエッタ(ib0018
18歳・女・シ
ニクス・ソル(ib0444
21歳・男・騎
アルマ・ムリフェイン(ib3629
17歳・男・吟
マックス・ボードマン(ib5426
36歳・男・砲
スチール(ic0202
16歳・女・騎


■リプレイ本文

●消えた少女
 開拓者達がその依頼を受けた時、少女がいなくなって既にまる一日が経過していた。
 折しも南部辺境ラスカーニアの天気は雪。
 まだ振り始めであるが、これから積もる気配を確かに漂わせる大粒の雪、であった。
「…急ぐ必要があるな」
 分厚い雲を見上げながらニクス(ib0444)はそう呟いた。
 ジルベリアの冬である。
 この寒さの中の夜明かしは子供でなくても命の危険がある。
「既に一日経っているなら、急いで見つけないと…っ!」
 フェルル=グライフ(ia4572)は唇を強く噛みしめた。
 直ぐにでも鷲獅鳥のスヴァンフヴィードで空にと飛び立ち探しに行きたいと思う気持ちを抑えて彼等開拓者は神教徒達の元へとやってきていた。
「困った子だ、と言ってしまえば簡単だが…ま、怒っても仕方がない。帝国の流儀がああである以上、起こる可能性は十分に考えられた事だしね。急がば回れ。まずは手がかりを親しい者達に聞くべきだ」
 マックス・ボードマン(ib5426)が言うとおり、どこに行ったか解らない以上、捜索の為にもまずは手がかりが必要だと感じたからだ。
「くそっ、こんな事態になる前になんとかしたかったな…」
 手を握り締めるスチール(ic0202)。その気持ちは開拓者も神教徒達も皆同じである。
「どうか、メイを宜しくお願いします」
 頭を下げる長老に
「全力を尽くして、必ず見つけ出します」
 フェンリエッタ(ib0018)はそうはっきりと答えた。
「ただ、私達はメイちゃんの顔をしっかりとは覚えていないんです。彼女と会ったことがない仲間もいるので外見や特徴などを改めて教えて貰えませんか? それから、何か彼女の持ち物もお借り出来たら…」
「無論、できる限りの事はさせて頂きます。…ルイ」
「はい!」
 長老に呼ばれてやってきた少年は憔悴しきった顔をしている。神教徒の隠れ里で出会った少年ルイ。行方不明になった少女メイは彼の妹であるという。
「…そんなに泣きそうな顔をしないで。必ず見つけ出すから。絶対間に合うから…。だから、協力してね」
 小さな肩を優しく、抱きしめるようにして言うフェンリエッタ。
「君の妹は必ず見つけ出す」
 そう約束してくれたニクスに、開拓者達にルイは目元に溜まった雫を手で擦ってから
「お願いします」
 深く、真摯に頭を下げたのだった。
「それから、地図などもお借りしたいですね。地図を持って行ったようだと言う事なのでそれと同じものと、彼女が行ったかもしれない心当たりの場所のものがあれば…」
 和奏(ia8807)の言葉にジルベール(ia9952)は頷いた。
「うん。子供やさかいな。使い方もおぼつかんのに地図持って行ったってことは、行きたい場所が載ってたんやと思うけど…それらしい場所とか建物、地図に載ってなかったやろか?」
 開拓者達に問われメイ達家族と親しかった青年アレクが答える。
「…可能性としては遊びに行ったリーガ、メーメル。あと…家族で行った海などでしょうか? あの子も隠れ里育ちですからそんなに土地勘があるとは思えないですし、出かけた事があり、あの子が知っている場所はそれくらい。戦場の話は、したことがありませんし場所も教えていません」
 そう言うと彼は机の上に毛糸の帽子を置いた。お気に入りでいつも身に着けていたものだという。
「母親からの最後のプレゼントがあって、それを身に着ける為に帽子を置いて行ったのだと思います。服装は多分、赤いリボンに手袋、コートにマント。後は家族からプレゼントされた人形とポシェットというところだと思います」
「アレクさん、家族の思い出の海というのは…」
「メイが持って出たらしいって地図だが、同じ物は誰か持ってないかね? それから、彼女の両親とやらの出身地は?」
 フェルル達の質問に答えようとするアレク達の横でアルマ・ムリフェイン(ib3629)はテーブルの上の帽子をそっと手に取り握り締めた。
「フェン」
「はい! アル?」
「フェランを借りて先に行っていいかな? 似顔絵描いたり話を聞いている間、少しでも調べておきたいんだ。雪も降ってるから匂いを追うなら早めの方がいいし…」
 足元で待つ忍犬フェラン。アルマとフェラン、両方の顔を見てからフェンリエッタはフェランに目でアルマの所へ、と命じた。
「…解ったわ。手がかり探し、お願いね」
 すり寄るフェランの頭を撫でてから
「終わるか、時間になったら一度待ち合わせよう」
 懐中時計をフェルルに手渡すアルマに
「私も手伝おう」
 スチールが駆け寄る。
「ありがとう。じゃあ、後で」
 アルマは小さく微笑むとその後は後ろを振り向くことなく、フェランとスチールと共に雪降る外へと真っ直ぐに駆け出していったのだった。

●救いの手
 匂いはあそこで途切れていたようだ、とアルマは仲間達に指差した。
「あちらこちらをふらふら歩いた後、ここに来たのは間違いないようなんだけど…ここから先の行方は解らないんだ…」
 足元で申し訳なさそうに鳴く忍犬の頭を撫でながら、フェンリエッタは周りを見回した。
 ここはたくさんの荷馬車などが集まる街の集積場である。
 人ごみの中、ここまで子供の足取りを追ってきてくれた忍犬だが、ここから先、一体どこに行ったのやら…。
「馬車などに小さい子が黙って紛れたら…、確かに解りにくくなりますね」
「…夜から、朝にかけて出発した荷車も多いみたいなんだ。今もスチールちゃんが聞き込みしてくれているけど…」
「では、私達も行きましょう。大丈夫です。きっと見つかります」
 そう言って、フェルルは俯くアルマの背を軽く叩いて促した。
 集積場の側にはそこで働く者達や、彼等目当ての料理店などもたくさんある。
「子供…ねえ。あんまりこの辺で子供を見かけることはないんだけどねえ。どこの子だい?」
 そのうちの一軒の料理人が腕を捲りながら問いかけた。
 答えるべきか、否か…少し考えてからフェルルは
「この街に避難してきた神教徒の子です」
 とフェンリエッタが描いた似顔絵を差し出して、告げる。
「神教徒?」
 思わずその女の動きが止まった。眉を微かに上げて顔を顰める。だが
(ここで引いては…ダメですね)
 フェルルは意を決して一歩前に進み出た。
「神教徒でも、同じ命なんです。どうか、お力をお貸し頂けませんか?」
 真っ直ぐに相手の顔を見て、フェルルは胸の前で祈るように手を組んだ。
 彼女の顔と差し出された絵。その両方をしばらく見ていた女は、
 フッ。
 小さな笑みを浮かべたのだった。
「うちにもこれくらい小さな娘がいるんだよ。確かに、神教徒だろうと子供は…子供だね」
「それじゃあ!」
「アタシは知らないけど、他の連中にも聞いてあげるよ。少しお待ち!」
「ありがとうございます」
 同じ頃、和奏も地元の住人達に声をかけていた。
「子供の命がかかっています。どうか、お力をお貸し頂けないでしょうか?」
 その祈りにも似た静かな言葉に、最初は渋い顔をしていた大人達もやがて進んで情報を広めてくれた。
 報酬を出す、とも言ったがそれを受け取ろうと言う者は誰もいない。
 やがて…有力な情報が集まってきた。
「あのね。お母さんのおうちに行くっていってたよ」
 そう教えてくれた子供がいたのだ。親と一緒の買い物途中、出会ったメイとその子は少し話をしたと言う。
『もう暗くなるからかえったほうがいいよ』
『わたしはこれからおかあさんのおうちに行くの。きっとおかあさん、おばあちゃんに会いに行ってるから』
「おばあちゃんのおうち…か。リーガやな。確かルイがそんなこと言っとった」
 ジルベールは教えてくれた子供の話を聞きながらルイの話を思い出していた。
 二人の母親は両親の反対を押し切って神教徒となり、彼らの父と結婚した。
 しかし勘当に近い状況で家を出た彼女であったが、両親を慕う気持ちは変わらず時々、こっそり会いにいっていたという。
「孫には甘いじーちゃん、ばあーちゃんやったって話やし楽しい思い出だったんやろな」
 ジルベールはそう思い、頷いた。そして仲間の所に戻る前、ふとクルリ振り向いて話をしてくれた子供の前で膝を折る。
「メイちゃんはお父さんとお母さん探しに行ったんや。でも絶対元気に戻って来るから、今度一緒に遊んだってな」
 心配そうな表情を浮かべていたその子は笑顔で頷いてくれたという。
「きっと、この街なら大丈夫や。だからメイちゃん。早く帰ろうな」
 ジルベールは独り言のようにそう呟いたのだった。

●眠る少女
 開拓者達は手分けしてリーガへの道でメイを探していた。
 飛行朋友組と地上組。
 真剣な急ぎ足で、彼らがメイを探すには理由があった。
「もしかしたら、性質の悪い旅芸人達に掴まっているかもしれない」
 ニクスは聞き込みの後に仲間達に告げたのだった。
 ラスカーニアの街での聞き込みによって、メイがおそらくリーガへ向かったらしいこと。
 集積場でもある馬車置き場から匂いが途絶えている事から、こっそりか、それとも事情を話してかどうか解らないが、馬車に乗って行ったであろうことが推察できたのだった。
 ニクスが門を守る役人にアーマーケースとアーマーエスポワールを見せ、騎士であることと領主からの依頼であることを話して協力を仰ぐと、昨日の晩から今日にかけて門を出た馬車などについて教えてくれたのだった。そして
「可能性としてはこれが怪しいかと思います」
 役人は記録に残っていたある名前を指示した。
 それは旅芸人達の一座であるのだが、幌の中から子供らしい声が聞こえたのだという。
「ただ、この連中であるなら、注意した方がいいかもしれません。あまり客筋の良くない一座です。税金逃れの品を横流ししているなどという噂もあります」
 そんな一座に子供がいることが不思議ではあったが、一座の者だと言われれば追及はできない。それを知ったからこそニクスは仲間達に急いだ方がいいと告げたのだった。
 リーガへの主街道を中心に、手分けして彼らは地上からと上空からリーガへ行く道で一座の幌馬車を探す。街道を歩いて探すのはフェンリエッタとニクスと忍犬フェラン。
 残りは上空から調査を行っている。
 霊騎プロメスで先行したアルマはじきに戻ってくるだろう。リーガからこちらへ向けての細道などを調べているところかもしれない。
 早足で行く彼らがそんなことを思った時であった。空からひらりと甲龍が舞い降りたのは。
「スチールさん!」
 手を振るフェンリエッタの元に甲龍から降りたスチールがぶるると身を震わせた。
「雪国で空を飛ぶのはひどく体が冷えるな。サーコートのように借りた服を上から羽織ってもなかなか身に染みる…」
「それで、向こうはどうだった?」
 ニクスの言葉にスチールはすまなそうに首を横に振った。
「こっちはダメだった。みんなは?」
 フェンリエッタたちも同様に首を振る。
「まだ、です。轍の跡などが見つかればいいんですが、雪に消されてしまって…」
「だが、逆に言えば雪が残っているところなどであれば轍で後を追えるだろう。なんとか見つけ出せればいいのだが…」
「よし、今度は私は少し高度を落として雪道を探してみよう。後で、また。行くぞ。スカイホース!」
 スチールが言って龍に跨りかけた時であった。
「!?」
 空を切り裂く銃声がしたのは。
「あれは…マックスさんの銃声? 街道方向では、ないところから?」
「ああ、向こうからだ! そう遠くは無い!」
「スチールさん! 少し先にアルがいると思います。彼に私達が銃声の方に先行していると伝えて貰えませんか?」
「解った!」
 スチールが空に飛び立つと同時、フェンリエッタとニクスは銃声の方向に向かって走り出した。

 一座の幌馬車の前方にマックスは己の駿龍を留まらせている。
 ゆく道をとおせんぼしている形だ。
「何の…ごようですかな? そんなところにおられては危険ですぞ」
 仮面をした一座の御者がマックスを睨む。
 怪しく、鋭い視線であるがそんなことを気に留めるマックスでは勿論無い。
「すまないね。子供を探しているんだ。心当たりはないかな?」
「さて、解りかねます。我々は先を急ぎますので道を開けて頂きたいのですが…」
 まったく様子の変わらないマックスを前に、御者は馬車を後ろに下げようとするが…その時彼らの後方に二羽と前方に一羽。鷲獅鳥が舞い降りてさらに道を塞いだ。
「ありがとな。もちっとここにいてくれんな。ヘルメス」
 前方マックスの横にはジルベールと彼の鷲獅鳥。
 後方には和奏の漣李と、フェルルのスヴァンフヴィード。フィーがいる。
 完全に退路と進路を塞がれた形になったのだ。
「メイさん! そこにいますか!! 私達は貴女を探しに来た開拓者です! いるなら返事をして下さい!」
 返事は無い。だが、馬車の中で、微かに何かが揺れる音がした。
「…おるな」
 ジルベールの心眼がメイの存在を馬車の中に感じ取る。
 微かな合図に和奏とフェルルが顔を見合わせ、頷きあった。
 さらにフェンリエッタとニクス。
「遅くなってゴメン!」
 アルマとスチール。
 開拓者達全員が集まって、一座の馬車を取り囲んだのだった。
 ニクスがアーマーをケースから出し、威嚇する。
「ひっ!」
 微かに御者が声を上げた。
「別に、君達に危害を加えようとか、告発しようとか言うのではないよ。ただ、我々は依頼を受けて家出をした一人の女の子を探している。その女の子はリーガへ向かおうとして消息を絶っているんだ。もし、君達が彼女を保護してくれているのなら家族の元へ返してやりたいので速やかにお引き渡し頂けると助かる」
 口調は柔らかいがマックスの言葉に何かを感じたのだろう。
 御者は顔を顰めると馬車の中に声をかける。
 そして暫くの後…やはり仮面を見に着けた男が、毛布に包まった何かを抱いて降りてきたのだった。
 毛布の端から赤いリボンがひらりと落ちた…。
「メイちゃん!」
 フェルルが駆け寄って男から毛布とその中身を受け取った。
 毛布の中では少女が微かな寝息を立てていた。
「この子はリーガに家族がいる。家族の所に行きたいので一緒に連れて行って欲しいと我々に頼んできましたので、馬車に乗せてあげたのです。家出の女の子とは知りませんでした。皆さんがご家族の元にお連れ下さると言うのであればお願いしてよろしいでしょうか?」
 長らしき者がそう言って毛布ごと彼女を差し出したのでニクスはそれをそっと受け取った。
「了解した。責任を持って我らが家まで連れて行こう」
 マックスは自分の駿龍を横に移動させ、ジルベールにも目で合図した。
 前方に空いた道を幌馬車がゆっくりと進んで、やがて森に消えて行った。
「…逃がしてええんか? あいつら、なんかヤバそうやで」
 ジルベールが幌馬車を睨むように見つめ見送る。
「彼らを取り押さえるのは今の我々の仕事では無い。彼らが素直にメイを渡して去ると言うのなら今は事を荒立てる必要もないだろう。危険は、ギリギリで回避できたのだから」
 マックスはそう答える。
 本当に、きっと危ない所であった。あのままもし、メイを見つけ出せなかったら一座に捕らわれるか、売られるか…もしかしたら最悪な事になっていたのかもしれない。
「メイちゃん!」
 フェルル、フェンリエッタ、そしてアルマが駆け寄ってメイに声をかけた。
「う…ん。あ……れ? ここ…は? 貴方…は?」
 寝ぼけ眼でうっすらと顔を上げたメイを、フェルルはフェンリエッタは目元に浮かべた涙と共に、強く、ぎゅっと、抱きしめたのだった。
 
●別れの式
 それから数日後、神教徒達の住まう館の一室に彼らは集まっていた。
 部屋の中央に飾られているのはジルベールがかつて作った故郷の木のオーナメント。
 その前で彼らは、子供も老人も…全員が前方に立つ長老を見つめていた。
「…我々は、受け入れなくてはならない。失われた命の事を…」
 大人達は目を伏せ、子供達も涙を必死で堪えながら手を胸の前に組む。
 開拓者達が提案した乱の犠牲者たちとの「お別れの式」
 そこには、思いを隠さず泣く兄ルイと並んで膝を付き、祈るメイの姿があった。

 あの日、旅芸人の馬車からメイを救い出した開拓者達は、食事をあまりしていなかった為、僅かに弱っていたメイを暖め、食事をさせた。
「お兄さん達に、心配を賭けさせてはいけませんわ」
「ごめんなさい…」
 優しい言葉で誘いかけられて一座の馬車に乗せて貰ったものの、怪しさに暴れ、気絶させられたことで、メイも自分の過ちを理解したのだろう。
 素直に頭を下げるのだった。
「でも、お母さんや、お父さんに…会いたかったの」
 ぽつりと毛布を掴む手に落ちる雫。ジルベールはその小さな手に自分の手を重ねた。
「お兄さんとアレクさんが、お父さんお母さんのこと話してくれるそうやで。話聞きに戻ろ」
「皆で探しに来たんだ。皆、心配して、待ってる。だから…」
 微かに言いよどむアルマ。その横でマックスもまたメイを見る。
「ラスカーニアの町に帰ろう。残念だが、お父さんとお母さんにはもう会えないんだ」
「マックスさん!」
 諌めるようにフェルルが声を上げるが、マックスはそれでも語り続ける。
「でもね、お前さんの事が大好きで、元気な顔を見たがってる奴らが、あの町には大勢いるんだよ」
 ここで、メイはやはり気付いたのだろう。
「お父さんや、お母さんは…、死んじゃったの?」
「それを言うのは我々じゃない。彼が言っただろう。君の兄とアレクが教えてくれる。君がお母さん達が心配だったように、居なくなった君を皆が心配しているんだ…早く帰って上げなさい。大事な家族を、心配させてはいけない…」
「…はい」
 そうしてメイはラスカーニアに戻り、兄たちから真実を聞かされたのだった。
 真実を聞かされたメイは泣きじゃくることもなく、暫くはただ、膝を抱えて部屋の隅にいた。
 そんなメイをフェンリエッタは上着を脱いで
「聴こえる? 私が生きている証の音よ」
 強く抱きしめたのだった。
「貴方のお父さんとお母さんはこの音が止まってしまって、どこか土の中で眠ってる。
 私のお父様も土になって…毎年どこかで花を咲かせてくれてるわ。
 皆は神様の国へ行ったと教えてくれるでしょ? でも私はね、その前に行く所があると思うの」
「…どこ?」
 顔を上げたメイ。その瞼をフェンリエッタはそっと閉じさせる。
「目を閉じて思い出してみて? 貴方の思い出の、心の中。二人共そこに居るわ。いつもあなたを見守ってくれている」
「メイさん。貴方は一人じゃないんですよ。お兄さんもアレクさんも、そして皆もいるんです」
 開拓者達の優しい心、思いに包まれてメイは泣きじゃくった。
 その涙は激しいものであったけれど、同時に真実を彼女に受け入れさせたのであった。

「本当は神教徒に集会など、開かせるわけにはいかないのですが…」
 領主ユリアスは神教徒達の様子を開拓者と共に隅から見つめていた。
 シンボルも何もない小さな集い。
 それでも彼らには心のけじめをつけさせる為必要なのだという開拓者達の提案をユーリは受け入れてくれた。
「叱られ、悲しみ、泣いて、受け入れたら、きっと前に進んでいける」
 彼らは神教徒達と子供達の心の強さを信じることにしたのだ。

 神教徒達のこれからに課題はまだ多い。
「いろいろ懸念はあります。彼らを利用しようとする者も、きっと。だから何かあったら、私達を呼んで下さい」
 フェルルは手首に結んだ…メイから貰った…赤いリボンにそっと口づけると誓うように領主に告げたのだった。
「…ゴメンね」
 アルマは祈る神教徒達にそう囁くと、彼らに望まれた調べを奏でるのであった。

 神を湛える歌ではなく、死者を慈しみ、弔い、見送る唄。
 彼らの願いと想いは調べと共に冬の空に溶けていく。

 開拓者達はそれをずっと見つめ続けるのであった。
 命と心を救った少女と少年と共に…。