【朱雀】風邪と風
マスター名:夢村円
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 普通
参加人数: 20人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/01/25 00:02



■オープニング本文

 今年の新年、各学年とも寮生達はそれぞれが厳しい課題と向き合うこととなった。
 それを終えてののんびりとした新年のある日。

「あれ? 今日も彼方は休みか?」
 台所にやってきた調理委員達を見ながら、料理長は首をかしげるように問うた。
 新年が明けてからここしばらく、確かに彼方の姿を見ていない気がした。
 陰陽寮は月に一度の定期課題を除けば出席にそれほどうるさくは無いのだが…。
「無断欠席とはあいつらしくないな。新年会を兼ねた新作メニュー発表会でもしようと思ったのに」
 どこか寂しげな料理長の様子を見ながら料理委員達は顔を見合わせた。
「どうしたのだ? 一体?」
「さあ、聞いてないわね…。帰りにちょっと彼方の家に寄ってみましょうか?」
 そんな会話があって、やってきた結陣の下町。
「清心くん。彼の家ってこっち?」
「家っていうか、下宿ですけどね…、向こうの筈ですが…?」
 清心が首をかしげる。家には明かりがついておらず人気は無い。
 だが、その数件先のある家から
「うわっ! ちょっと待て! 落ち着けってば!!」
 聞きなれた声が聞こえてきたのだ。
 寮生達はふと声の聞こえる家の前に立ち、中を覗き込む。と…そこに彼方がいた。
 前掛けをしてお盆を持って忙しそうに働く彼らの周りには、見ればたくさんの子供達が…。
「失礼する!」
 とんとんとノックをして、彼らは扉を開けた。
「あ…、皆さん。どうしてこんなところへ?」
「どうしてってお前が休んでるから、心配して来たんだろ! って大体一体何してるんだよ?」
「…、見ての通りおさんどん。ここの家のおばさんが風邪で寝込んでてさ。子供達の面倒を見て欲しいって頼まれたんだ」
 見れば奥の方に確かに敷かれた布団が見える。
「今年は、なんだか下町は風邪が流行っていてさ、一家に一人誰かしら風邪をひいている感じなんだ。それも一人が治るとまた別の一人がかかってって、正月前からずっと。それで風邪を引いてない僕が手伝いに回ってたってわけで」
 理由を聞けば、責める理由は無い。
「まあ…それはそれで仕方ないんだろうけど…だからって…」
 清心も歯切れが悪い。
「定期課題には行くし、もう少しすれば落ち着くよ。多分。この風邪の大流行のせいでどの家もお正月どころじゃなかったらしいから…せめて子供達の相手位はしてやらないと」
「おにいちゃん。おなかすいた!」
「解った。今用意するから、もう少し待っててくれよ。そう言うわけで委員会活動休みます」
 小さくお辞儀をして、彼は仕事に戻って行く。
 邪魔をしないように部屋を出た彼らは、
「先輩。…どうしましょう?」
 誰からともなく顔を見合わせ、大きく息を吐き出したのだった。

「そういうわけで、新年会かねた新作料理パーティは延期ね」
 調理委員会委員長はそう仲間達に告げた。
 今回は特に何をしなければならないという事もないから、特に問題は無いのだが…
「何か手伝ってあげれたら、と思うんだけど…私達に何が出来るかしらね」
 呟く小さな声に残る寮生達もそれぞれに考えるのであった。

 新年の委員会活動日の前日のことである。


■参加者一覧
/ 芦屋 璃凛(ia0303) / 俳沢折々(ia0401) / 青嵐(ia0508) / 蒼詠(ia0827) / 玉櫛・静音(ia0872) / 喪越(ia1670) / 瀬崎 静乃(ia4468) / 平野 譲治(ia5226) / 雲母(ia6295) / 劫光(ia9510) / 尾花 紫乃(ia9951) / サラターシャ(ib0373) / アッピン(ib0840) / 真名(ib1222) / 尾花 朔(ib1268) / 雅楽川 陽向(ib3352) / カミール リリス(ib7039) / 比良坂 魅緒(ib7222) / 羅刹 祐里(ib7964) / ユイス(ib9655


■リプレイ本文

●それぞれの思い
 薄暗く、暖房もない食材倉庫は寒々としていて、しっかりと防寒をしていても風邪を引きそうだ。
「風邪…か」
 作業をしていた真名(ib1222)はふと自分の直属の後輩の顔を思い出していた。
「彼方ったら…まったく、本当に…」
 今頃、彼はどうしているだろうか?
『持って行くものはどれですか〜?』
 外から自分の人妖が呼ぶ声が聞こえる。
「あ! 菖蒲! 待って! 今行くわ! えっと…蕪にネギに大根…。お肉類は途中で買って貰って、生姜とニンニクは薬草園から貰えるかしら? 荷物が多くても劫光(ia9510)がいるから大丈夫よね」
 メモを確認し棚から食材を取り出していく。
「まあいい機会かもね」
 そんなことを一人呟きながら、真名はくすっ、と小さく笑ったのだった。

「お邪魔するなり〜」
 図書室にやってきた平野 譲治(ia5226)は元気よく図書室の扉を開いた。
「お前達の読んでいる本を見せて貰えないかと頼んでいる」
「だから〜、二年生資格がないと見せられない本はまだ貸し出し禁止なんですよ〜。ごめんなさいね〜」
 目の前に立つ人物と話していたアッピン(ib0840)は、譲治に気付くと
「図書室ではお静かに〜」
 軽く片目を閉じてみせる。
「ゴメンなのだ」
 小さな声で謝った譲治は今、交渉していた人物が自分の良く知る人物であることに気付いた。
「あ! 雲母(ia6295)」
 譲治は今度は声を抑えて名前を呼んだ。
 何か見たかった資料があったのだろうか。しばらくアッピンと交渉をしていた雲母であったが諦めたように背を向けると、机の一角に戻って行った。周囲に積み重ねた本の山の中から顔もあげず、返事もしない。
「…忙しそうなりね」
 集中の邪魔をしない様に譲治は雲母にそれ以上、声をかけることはせずいくつか資料を選ぶと、自分も少し離れた所に座った。
「先輩。これでどうでしょうか?」
「…、うん。いいんじゃない? 後は丁寧に色を塗ってね」
「風邪の看病か。ここの皆は優しいね。ボクも何か出来る事があればと思うよ…。先輩。使い終わって余った紙や絵の具貰ってもいいですか?」
「いいよ〜」
 奥ではユイス(ib9655)やカミール リリス(ib7039)、図書委員達が何かを作っており、特にリリスは顔に絵の具がついても気にしないくらい一生懸命だ。
「あ、そうだ。先輩。頼まれていた天儀の資料はどうしますか?」
「ありがとう。後で見せて下さいね」
「はい」
 向こうでは尾花朔(ib1268)がテーブルに幾冊も本を重ねていた。
 朔が重ねている本は術の研究書が多いが、中には絵本のようなものも。その中からいくつかを選んで
「アッピンさん。これをお借りしてもいいですか?」
「はい、いいですよ〜」
 カウンターに持っていく朔に気付いたのだろうか。
 おや、と二年生や一年生達と一緒に作業をしていた俳沢折々(ia0401)が顔を上げて貸し出し手続きをするアッピンの側に寄った。
「朔くんも絵本を借りるの? ということは…?」
「はい。お手伝いさせて貰うつもりですよ。料理などはお任せ下さい」
「それは心強いね〜。真名ちゃんはお留守番するって言ってたから、料理の手はもう少し欲しいとは思ってたんだ。風邪ひきさんには暖かい食べものと栄養が不可欠だから助かるよ」
「真名さんは欠席ですか?
「まあ、いろいろと思うところがあるようだから。無理強いはしないよ」
 二人の会話を聞きながらやれやれ、と雲母は顔を上げる。
「譲治。何の話だ? 留守番とか人手とか」
「ああ。風邪ひきの下町に行って、手助けしてようってことなりよ」
 譲治の問いと二人の会話に気付いたのだろう。
 雲母は右手の本を軽くかざして首を横に振る。
「私は今、忙しい。右手は義手だから開いて無くてな」
「別に強制じゃないんだからいいんだってば…」
 皮肉交じりの雲母に肩を竦めて、折々は苦笑いした。
 寮生達もそれぞれ暇というわけではない。
 特に卒業に向けて三年生達も研究に力を入れ始めていた。
 劫光は同じ研究をする玉櫛・静音(ia0872)と物に瘴気を付与する研究を続けているし、アッピンは人妖の製作過程の検証に余念がない。
「何故人妖の精神は安定して、アヤカシは人を襲うのかなどに注目してみますよ。きっと、魂にあたる情報の問題かもしれませんからね〜」
 皆、それぞれにやりたいことを持っている。
 それでも…やはり行くのだろう。
 助け手を待つ友の所へ。
「先輩! ここのところ、少しアドバイスが欲しいんですけど…」
 奥から後輩達が折々を呼んでいた。
「解った〜。今行くよ〜。じゃあ、朔くん、また後で!」
「ええ。ではまた」
 さっそうと歩いて行く折々や、本を抱えた朔を見送って後、
「皆もけっこう行くみたいなりね〜。おいらも後で手伝いに行ってみようかなあ〜」
 譲治は呟いたのだった。
 隣の雲母からは返事は返らなかったから、独り言のように…。

 カツカツカツと勢いよく刻まれる足音は苛立ちを表す。
「全く! 真名があんなに薄情だとは思わんかったわ!」
 プンプンと言う音が聞こえてきそうな程に怒りを露わにして歩く比良坂 魅緒(ib7222)の横で
「ハハハ。大変やね」
 雅楽川 陽向(ib3352)はどこか力の無い笑みを浮かべ頷いた。
「彼方を助けに行きたい! と言うたら『一人でいけ!』と返されたのじゃ。直属の先輩後輩。心配して手伝いに行くのが当たり前ではないか? のお? 陽向。そう思わんか?」
「…そう…やね。でも、真名先輩もいろいろ考えてるんとちゃう?」
「そうかもしれんがそれにしたって薄情じゃ! あやつなど要らん! 妾だけでやってやろうではないか! 陽向も手を貸してくれるな? もう皆も集まるころなのじゃ」
「うん、ええよ…。でも寒中修行の最中に寮を出てええんやろか?」
「ん? 寒中修行? 何を言うておるのじゃ? 陽向?」
 ここで、魅緒は足を止め横を歩く友の顔を見た。何やらぼおっとしていて、目の焦点があっていないような…。
「だって、こんなに寒いやろ? 昨日から布団に潜り込んでもなおらんのや。きっと…寮生の精神を、健全なる方向へ向けるために、寮自体が寒中修業でもしとるんやな? 寮長先生たちが、氷龍召喚して、寮全体を冷やしとるんやな。冬でも動ける実技用の訓練を、実生活でも取り入れとるんか…さすが陰陽寮やな…」
「おい! 陽向。しっかりせよ!」
 ふらふらと足元までおぼつかない様子を見るにつけ魅緒も陽向の様子がおかしいことにやっと気付いた。
「あ、手伝う前に委員会行かんと…景色が揺れるんは、なんでや? 誰かが幻影符で悪戯しとるんかいな?」
 聞こえているのかいないのか。
 顔が赤い。額に手を当てると…熱い。
「お主、熱があるのではないか?」
「先輩たちと過ごせるんも、半年やな。はよう用具委員会の仕事覚えんと…。でも…寒い。目が回る…」
「陽向!!」
 ぐらりと崩れかけた陽向の身体。それを抱き留めた手があった。
「! そなたは!!」
 大きな手の持ち主は用具委員会委員長三年生。青嵐(ia0508)であった。
『これは随分と酷い熱ですね。彼方君のところからうつされた、と言うわけでは無いでしょうが…どこからか貰ってきてしまったのかもしれません。まったく。気が付かなかったのでしょうか?』
「先輩…。今、行きま…」
 譫言でも委員会を気にしているような様子の陽向をくすりと笑って見つめると魅緒の方を見た。
『そろそろ待ち合わせの時間なのでしょう? 彼方くん達の方をよろしくお願いします』
「あ…だが、しかし…」
『陽向さんのことは任せて下さい。代わりと言っては何ですがうちの者達を頼みます』
 にっこりと笑いながら青嵐は陽向をお姫様のように大事に、そっと抱き上げた。
 その様子に少し考え、
「解った。よろしくお願いする」
 魅緒は深く頭を下げると、彼らに背を向け歩き出したのだった。

●風邪の特効薬
 正月以降、大流行した風邪のせいで下町はずっと人の気配も少なく、言葉は悪いがまるで死んだようであった。
 それが、今日は今までとは違う。子供達の歓声が響いている。
「お姉ちゃん! 見てみて! 縄跳びできたよ」
「うん、上手にできたね」
 芦屋 璃凛(ia0303)は子供の頭を優しく撫でながら柔らかい笑顔を彼らに向ける。
 冬の間、見る人もいず、外にろくに出して貰えなかった子供達は久しぶりの外遊びに大歓声を上げていた。
 勿論、元気な子供達だけで、安全には細心の注意を払っている。
 側では先輩達も一緒に子供達を助け、見てくれていた。
「お姉ちゃん。こっちに来て! 一緒に遊ぼう!」
「璃凛! 手伝いに来たのだ! 皆で鬼ごっこするなりよ!」
 遅れてきた譲治もすっかり子供達に混じって遊んでいる。
「はい! 今行きます! 子供は、風の子っていうし、気にしすぎだったかな」
 小さく、自嘲するように笑って璃凛は子供の方に走って行った。
 時を遡ること数刻前。
「何か手伝える事があるかと思いまして。ボクにできることがあれば何でも言って下さいね」
 ユイスは彼方の前でぺっこりと頭を下げた。
「先輩達…皆…、どうして…」
 今もまだ驚き顔の彼方の前で、
「彼方君使っていい台所はありますか? 温かいものを作ってあげたいのですが」
「あと、ここのまとめ役さんに紹介して欲しいな。それから…って、どしたのぼーっとして」
 先輩も後輩も同輩も、てきぱきと動き始めていた。
「どうしてって、決まっていますよ。彼方君…」
 蒼詠(ia0827)はそっと微笑むと彼方の肩に手を置いた。
「仲間が苦労している時、彼方君は放っておけますか? 遠慮せずにもっと早く相談してくれれば良かったのに」
「でも…みんなに迷惑が…」
「バーカ。お前が迷惑をかけるなんて今に始まったことじゃないだろ? 水臭いんだよ」
 ふてくされたように言う清心を劫光が楽しそうに見ている。
「お前の委員長からの伝言だ。…『頑張りなさい、任せたわよ』ってな」
「もう来てしまいましたし、大家さんからもご許可は貰いました。迷惑だなんてことはありませんよ。次はもう少し早くお手伝いに来ますね。ですから遠慮されずに声をかけて下さい」
 ニッコリと告げるサラターシャ(ib0373)。でもまだどこか申し訳なさそうな彼方の額を
「ほらほら、いつまでもそういうこと言ってない! 時間がもったいないよ」
 折々の指がピンと弾いたのだ。
「いたっ!」
「まだまだやることはいっぱいあるんだからね。申し訳ないと思うならほら、こっちに来て御用聞き手伝って。子供達の事は璃凛ちゃんたちに任せておけば大丈夫だから、心配しないで」
「わっ! 待って下さい!!」
「彼方、自分の風邪予防はキチンとしろよ。皆もな!」
 ずるずると引っ張られていく彼方を周囲の人たちは生暖かい笑顔でみつめるのであった。

 下町の為に働くと決めた寮生達の動きは素早く、また的確であった。
 まずは保健委員達が病人のいる家を手分けして診察に回った。
「熱は…下がって来ているようですね。後はのどの炎症を抑えるこの薬を飲んで暖かくしていて下さい」
「…ありがとうございます」
「はいは〜い。毛布が足りないうちはどこかいなっと!」
「喪越(ia1670)先輩! こっちにお願いします!」
「お部屋は…どこ? 火鉢かなにか、あるかな…。祐里くん…。お湯、沸かして…」
「はい!」
「私は朱雀寮の保健委員長、玉櫛・静音と申します。何か心配な事があればお話し下さい」
 保健委員会は医師では無いが、その性質上人並み以上の治療の知識は持っている。だから
「お部屋で湯を沸かすのですか?」
「…そう。空気を暖めて湿らせる…。それがのどの痛みを抑えたりするのに効果的…なの」
 持ってきた薬草を鉄瓶で煎じて飲ませる瀬崎 静乃(ia4468)。
「熱がある時には頭を冷やすよりも脇の下などを冷やした方がいいんですよ。それから水分をしっかり取って、ゆっくり休むこと。それが一番の治療です」
 一人一人の症状に合わせて指示を与える泉宮 紫乃(ia9951)や
「ほら…気持ちいいだろう? こうして、濡れた手ぬぐいで汗を出すんだ」
 ずっと布団から起き上がれないでいた病人の身体をその体格と風貌に似合わぬ優しさで拭く羅刹 祐里(ib7964)など。
 彼らは委員会で学んだ知識を人々に教えるのであった。
 さらにはある家の台所では炊き出しの準備が行われている。
「ふむ。魅緒さん。良い味ですね。良くできました」
 料理上手の朔の太鼓判に魅緒はほっと胸を撫で下ろした。
 一人の料理は不安であったが、朔とサラターシャが大分助けてくれた。
「先輩のご指導と、良い材料のおかげだ。…感謝する」
「それなら、後で真名さんにもお礼を言っておいて下さいね」
「?」
「いえ、いいんですよ。暖かい野菜スープに鳥粥。風邪を引いた時にはこれが一番でしょう。劫光(ia9510)さん。槐夏。菖蒲さんも出来上がったら冷えないならないうちに家々に配って貰えますか?」
「解った。双樹、お前も手伝え」
『はーい、解りました〜』
 そんな声と共に熱い、湯気の立つ料理が運ばれていく。
 家によっては働き手である大人に寝こまれて、ここ数日、暖かいものを口にできない者もいたらしい。
 そんな中、彼らは寮生達のおかげで久しぶりに本当に美味しい料理に舌鼓を打った。
「お母さん。これおんみょうりょうのお兄ちゃんといっしょに描いたんだ!」
 母親の枕元に
「はやくなおってね」
 手紙付きの似顔絵を貼った子もいる。
「上手い下手じゃなく気持ちが大事なんだよ。元気を出してって思いながら描いてあげるのがいいんじゃないかな」
 ユイスにそう教えて貰ったと子供達は笑顔で語るのだった。
 温かい料理と薬と優しい気持ち。
 どれも風邪の特効薬である。
 そして彼らは本当に豊かな気持ちで布団の中に入ることができたのだった。

●予防と対策
「あー、楽しかった」
 顔を真っ赤にして、息を切らせて。
 元気に戻ってきた璃凛は子供達にうがいと手洗いをさせてから
「はーい! みんなこっちに集まれ〜〜!」
 手招きする折々の方に子供達を誘導した。
「皆集まったかな? じゃあ、これから紙芝居を読むよ〜〜。暖かいお茶を飲みながらでいいからよ〜く見てね」
 広い部屋に集まった子供達を前に折々は手作りの紙芝居を広げる。
「恐怖のアヤカシ、カゼカゼ〜のはじまりはじまり〜〜!」
「流石、折々先輩。子供達の気持ちを掴んで読むのが上手ですね〜」
「でも、ああして自分達の作った紙芝居が皆の前で読まれるのはちょっと照れますね」
「風邪も、一種のアヤカシなのでしょうからね。割と良くできたと思いますよ」
 リリスはそう言うとユイスと一緒に物語に引き込まれる子供達を嬉しそうに見ていた。
 寮に残った雲母はこう言ったと言う。
『予防と対策をしないから、だろうに』
 と。荷運びをしながら喪越も言っていた。
「風邪の流行ねぇ。俺なんざ「風の子」だから、とんと縁が無ぇな。だが、こうして物資を運んだり炊き出ししたりするのも大事かもしれんが……根本的な解決にはならんわな。
 治療よりも予防の方が重要そうだ、今回は」
 それは参加した全員が感じていたので、治療と同時にこれ以上の感染拡大を食い止める為の予防対策と指導に力を入れることにしたのだ。
 まずは部屋や衣服を清潔にする。これはサラターシャや紫乃が中心になって行った。
「不潔な環境には病気が蔓延しやすいです。掃除ができなくてまた不潔になって…悪循環ですよね。どこかで断ち切らないといけません」
「次も私達がいるとは限りませんから。自分達でできるように覚えて下さいね」
 動ける者達は寮生達に従って作業をしたので、家々は見違えるほどに綺麗になった。
「…病人から、病気が移る。だから、病人に使ったものは特に気を付けて綺麗にする…。それだけでもきっと…違うから」
 薬沸かしに使用した鉄瓶を熱湯で煮立てながら、看病を担当する大人たちに静乃はそう教えていた。
 さらに紙芝居で手洗いうがいの風邪予防、啓蒙指導。
 説教臭くならないように、子供達が楽しめるように工夫して作った図書委員会の力作である。
「と、いうわけで、アヤカシカゼカゼ〜は元気な子供が苦手なんだ。外からそっと忍び寄り、弱っている子供に憑りついてくる。みんな、カゼカゼ〜を部屋に入れないように気を付けて、元気に遊ぼうね」
「は〜い!!」
「健康的な体に風邪はつかないぜよっ!」
「はいはい。家にこれ貼っておくように。正しい手洗い、うがいの仕方。こっちはうちの保健委員会の力作だぜぃ」
 チラシの複製、配布と指導は用具委員会と体育委員会が担当した。
 そして調理委員会は…
「病人にはちょっと強すぎる料理も、かかっていない人の予防にはいいと思いますからね」
「感謝するぞ。健康な者達には病人食は物足りなかろう」
 少し香辛料や味の強めの料理も試作し、寮生を含む皆に振る舞ったのだった。
「ふむ。これは美味いな…。だが、これは?」
 朔の料理を食べながら、魅緒は首を捻る。
 どこか、懐かしいと言うか良く知った味がするような…。
「くすっ」
 朔は小さく笑う。その視線の先には劫光がいて、やはり笑っている。
「劫光! 何が可笑しい!!」
「…もう、気付いてるんだろ? そのレシピが誰のものか…」
 ハッ! 魅緒は目を見開いた。脳裏に浮かぶのはたった一人。
「まさか! ちゃんと考え、用意していた…と?」
 劫光は答えない。だがその笑みが肯定を語っていた。
「真名…準備があるのならそうと…」
 ふてくされた様な魅緒の背をサラターシャがぽん、と叩いた。
「ほら、料理が冷めますわ。早く運んで差し上げましょう」
「そう、じゃな。文句は寮に帰ってからじゃ」
 そして、運ばれた料理は当然好評を博した。 
「終わったら餅つきをするぞ。祐里。手伝うのじゃ!」
「我か? 我は子供には怖がられるんだが…」
「心配無用じゃ。行くぞ! ちゃんと今回はもち米を用意した。皆! ついてこい!! 好き嫌いするでないぞ」
「「「「はーい!」」」」
「今回は、って前は違ったのか…て、ちょっと待て!」
「璃凛。おいらたちもいくなりよ! もう、折に見ぬ花火は打ち上げたくないのだっ!」
「え、? どういうこと。ま、待って、わわっ! 待って先輩!!」
「子供は風邪の子、じゃなくて風の子。元気に遊ぶのが一番だぜ!」
 子供達の歓声と寮生達の頑張り、そして楽しい笑顔は冬晴れの空に響き、アヤカシカゼカゼ〜を遠くへと連れ去ったのだった。

●未来へつながる思い
 さて、朱雀寮の保健室。
「みんな…役に立てんで、ほんまゴメンな…堪忍や」
「まったく。責任感の強いことだ」
 時折熱にうなされる陽向の側で青嵐は静かに看病を続けていた。
 手拭いで汗を拭いたり、交換したり。
(昔妹を看病したことを思い出すな…。あいつも体は弱かったけど。今はどうしているのやら)
 そんなことを考えていた時
 トントン。
 小さく控えめなノックの音が聞こえて来た。
『どうぞ』
 促す声に扉が細く開き、今寮に残っている数少ない仲間。真名の顔が覗いた。
「どう? 陽向ちゃんの具合の方は…。差し入れ持ってきたんだけど」
 その手には温かいお粥の入った土鍋が…。
『ありがとうございます。まだ熱はありますが、症状はだいぶ落ち着いたようですよ』
「それは良かった。ここに置いておくわね」
 近くの七輪に鍋を置いて去ろうとする真名を
『待って下さい。ちょっと、相談というか聞いて頂きたいことがあるのですが…』
 青嵐はそっと呼び止めた。
「珍しいわね。いいわよ。何かしら?」
 彼女が座ったのを確かめて青嵐は問いかけた。
『そう言えば、彼方君の所に行かなくて良かったのですか?』
 くすっと真名は肩を竦めて笑った。
「ここを空にするわけにもいかないし、あの子には皆と協力して上手くやれる様になって欲しいもの。次期委員長として」
 彼女の変わらない優しさに頷いてから、彼は本題に入る。
『真名さんは、先日の実習についてどう思われましたか?』
 突然の質問に首を捻りながら真名は問う。
「どう…っていうのは? 西家のこと? 神器とやらのこと?」
『両方です。実はあの後、寮長に伺ったのです…』

『2、3確認したいことがあります。各務 紫郎寮長』
 突然部屋を訪れた青嵐を咎めることはせず、紫郎は
「何でしょう」
 とその呼びかけに答えるように作業の手を止め青嵐の顔を見た。
『西域で気になった事の話を確認させて頂きたいと思います。
 まず、第一に寮長は、神器の状態…神器が瘴気まみれで使用できない事を把握していたのではありませんか?』
「把握していたわけではありません。でも、可能性はあると思っていました」
 第二に西家家長についてです。あの方はどのような方なのでしょうか? 同期であると伺っています。性格ややりかたなどを教えては頂けませんか?
『人間としては上等な部類に入ると思います。懐深く、豪放闊達。弱い者に対する情けも正義感も人一倍強い人間です。ただ、それ故に王に関しては歯がゆさを感じているのはずっと昔からです』
『では、最後に寮長自身は、西域とどんな関係を築きたいですか?』
「できるなら、このまま互いに大きく干渉しあわず守るべきものを守って行けたらと思っています。でも…それが難しいことも解ってはいるのです。そう遠くない将来、彼らは五行に反旗を翻すでしょう」

「叛旗、とは穏やかじゃないわね。でも、あの寮長がそこまで言ったの?」
 驚く真名にはいと青嵐は頷いた。
『寮長は、彼の立場で癒える範囲、誠実に答えて下さったと思います。
 そう遠くない未来、下手をすれば我々が卒業する前に、何かが起きるかもしれません。その時、真名さんは、どうなさいますか…』
 真名も青嵐も進路に封陣院を希望している。今は寮生として融通も効くが本格的に五行の禄を食む身となれば…。
「ゴメン。今はまだ何も言えないわ…ただ、そうならないように全力を尽くす、としか言えない…」
『やはり、まあ、そんなところですかね。こんな話杞憂に終わればいいのですが…』
 青嵐は、ワザとおどけた風に人形を動かすと肩に乗せた。
 今は、まだ考えても仕方のないことだろう。
 いずれ、『時』は来る。
 悩むのは、きっとその時でいい…。
『あっと、真名さん。ちょっと陽向さんの看病をお願いできますか? 実は皆さんが待ちかねていた荷物ができてきましてね。丁度いいので届けて使って貰えたらと思いまして』
「勿論いいわよ。でも…待ちかねていたもの、って、あれ? なら私にも後で一つ貰えないかしら」
『勿論ですよ。寮生全員の分は確保してありますからご安心を』
 そう言うと、二人は顔を見合わせ笑いあったのだった。

 それから少しの後。
 風邪の流行が峠を越えた下町に大きな荷物が届けられる。
 それは注文していた朱雀の救急箱であった。
「は〜い! 皆さん、注目注目。お待ちかねの朱雀の救急箱の完成だぜぃ!」
『皆さんのご要望が高かったので、今回下町に試作品の救急箱を置いてもらい、感想を聞くことにしました。評判次第で店売りも可能になるかもしれません』
 用具委員会が運んできた荷物を保健委員達は満面の喜びと共に受け取った。
「良かった。間に合ったのですね。保健委員の皆さん。中の確認をして、家々にこれを届けて下さい」
「…委員長。これは我が使った時の感想というか改良点だ。私見ではあるんだが…」
 下町の家々に保健委員会監修で届けられた救急箱は、思った以上の好評を博することになった。
 その評判を聞きつけ、万屋商会が正式に店売りの契約を朱雀寮に望んだのはまた暫く後の事。
 朱雀寮の薬草園からの採取が基本なので大量販売は出来ないが、月に数十個ずつ開拓者や一般向けに販売されることになったのも後の話だ。

 そして、寮生も戻り、賑やかさを取り戻した朱雀寮の廊下にて…。
「先輩。今回はありがとうございました」
「何の事? 私は何もしてないわよ。ずっと朱雀寮にいたし…」
「いいえ、それでも…本当に、ありがとうございました」
「…真名。すまなかったな」
「だから、何の事って…」
「解らぬなら良い! さて、今日から平常営業だな。頑張るとしようか…のう…! お主! 顔が赤いぞ。…陽向と同じ。まさか!」
「彼方! しっかり!! 魅緒! 保健委員呼んできて!!」
「解った!」
「まったく、最後の最後まで世話が焼けるんだから。蒼詠がせっかく欠席扱いにしないようにってしてくれたのにね」
 そういうと真名は腕の中、
「皆さん…、本当に、ありがとう…ございました」
 きっと夢の中でも皆に礼を言っているであろう彼方の額を軽く、笑顔で小突いたのだった。

 寮生達の努力と想いは下町の人々の救急箱と心の中にいつまでも残ることになったのだった。