【南部】過去と未来と
マスター名:夢村円
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 易しい
参加人数: 7人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/01/14 22:50



■オープニング本文

 ジルベリアの冬は厳しく、長い。
 空から落ちる雪という白い贈り物も、二度三度、積み重なれば彼らの動きを止める厳しく重い壁となる。
 だが、そこに住む住民達。彼らは冬に負けてなどいない。
 篝火を焚き、モミの木を美しく飾り、テーブルの上にはお酒に温かい飲み物、たくさんの大皿料理にケーキに菓子が溢れる。
 歌と、ダンスの溢れる広場で大切な人と共に新年を迎える。それが人々の楽しみであった。

「今年の新年パーティ、中止はなさらないのですね?」
 上司であり、領主でもある叔父に元、従卒であった少年はそう問うた。
 答えは勿論解っている。
「しません。事件は表ざたにはなっていないし、毎年恒例の行事です。人々も楽しみにしているものを中止にはできないでしょう」
 予想通りの答えを返した南部辺境伯グレイス・ミハウ・グレフスカスは仕事の手を止め顔をあげた。
「確かにハロウィンの事件の時と同じような事件が起きないとは限りません。だから、今年は去年に比べれば小規模なものにする予定です。各地の領主も今年は地元で新年の催しがある様子。自分の街を優先して欲しいと伝えてあります」
 辺境伯が言うハロウィンの事件とは今年のハロウィンパーティに不審者が侵入し、食べ物に異物を混入した事件である。
 実行犯はその場で捕まったし、その後の調べで、誰が何の為にそのようなことをしたのかおおよその見当はついた。
 しかし、主犯であろう人物は、同じ南部辺境の領主の一人であること。追い詰めるには証拠もないことからこれ以上の追及は、今はできないのだ。
「犯人が我々の思うとおりであるのなら開拓者に牽制もされています。怪しまれていると解っている今、動くことはしないでしょう。無差別に無関係の人間を殺めるようなことはしないと期待したいところでもあります」
 そして、辺境伯は机に再び向かうと一通の手紙に封をすると少年に手渡した。
「これを開拓者ギルドへ届けて下さい」
 少年は怪訝そうに首をかしげる。
「何ですか? これ?」
「招待状です。開拓者に南部辺境の新年祭においで下さいとお願いするチラシが入っています」
「なるほど。開拓者にまた護衛をお願いするのですか?」
「いいえ」
 辺境伯は首を横に振る。
「純粋に南部辺境に足を運んでもらい、祭りを楽しんでもらえればというものです。まあ、たくさん開拓者が来ることで牽制になれば、という意図は否定しませんが」
 そう言ってもう一つ、地図も差し出す。
「今年は南部辺境の主要の町、メーメル、リーガ、ラスカーニア、フェルアナ。各街で新年の祭りが開催されています。大晦日と新年二日の夜までそれぞれの土地で、それぞれ趣向を凝らした祭りを用意すると言っていました。それを一つのイベントとして位置付けてみたのです。今まで南部辺境にあまり来た事のない開拓者にも冬の南部辺境を楽しんでもらえたらと思うのですよ」
 メーメルは歌と踊りなどがメイン。春花劇場の一般出演者などが演技を披露するかもしれない。
 リーガは海、魚、肉と食材が豊富だから料理を主体にすると言う。料理コンテストも行おうと言う話らしい。
 フェルアナは特産の衣装や仮装衣装、天儀から取り寄せたまるごとなどをレンタルしての仮装パーティ。
 ラスカーニアは今年雪が多いらしい。
 雪まつりパーティと銘打って、雪像を作り飾っていると言う。
 参加者にも作って貰ってパーティをする予定だとか。
「ジルベリアや南部辺境を、『寒い所』『戦争の起きた地』ではなく、楽しい所、人々が生きるところと思って貰えれば嬉しいですね。貴方にもしっかり手伝って貰いますからよろしくお願いしますよ。オーシニィ」
 辺境伯の笑顔に
「はい!」
 少年は明るい笑顔でそう答えたのだった。

 そうして開拓者ギルドにチラシが貼り出される。

『南部辺境 冬祭り

 新年を純白のジルベリアで過ごしてみませんか?
 今年は南部辺境各地で独自の祭りが行われています。
 
 リーガ城下町 料理食べ放題の大パーティ。
        肉、魚、野菜の料理が盛りだくさんです。
        併設イベントとして料理大会を開催。
        自慢の腕を振るって下さい。

 メーメル 春花劇場  歌と踊りと、劇のファンタジー。
        南部辺境自慢の春花劇場 ヒカリノニワの出演者達が歌や踊りを披露します。
        特設ステージでは飛び入り参加も自由です。
        皆で、歌って、踊って、楽しみましょう。

 フェルアナ  コスプレ大パーティ。
        フェルアナは染色が盛んで織物や編み物も人気があります。
        様々なドレスや、衣装の他、天儀から取り寄せた着ぐるみなども貸し出します。
        今までとは違う自分になって新しい年を迎えましょう。

 ラスカーニア 雪像コンテスト
        雪に負けてはいられません。雪を楽しみましょう。
        街のあちらこちらに雪像が飾ってありますのでご覧になって下さい。
        またお客様もぜひ、ご自由に雪像を作って下さい。
        完成した雪像は祭り期間終了まで会場に飾らせて頂きます。

 各地共、メインのパーティは12月31日の夜から翌日1時の朝まで。前夜祭と後夜祭を含めた3日間の祭りになります。
 今まで南部辺境にいらしたことのなかった皆さんもお誘いあわせの上、ぜひおいで下さい。
 お待ちしています』

 今年一年間、いろいろなことがあった。
 その最後を極寒の中で熱く生きる人々と迎えるのも悪くないかもしれない。
 
 祭りのチラシは冬祭りでありながら鮮やかな色に彩られ、開拓者達を誘うのであった。


■参加者一覧
/ フェルル=グライフ(ia4572) / 和奏(ia8807) / フェンリエッタ(ib0018) / 門・銀姫(ib0465) / フィン・ファルスト(ib0979) / フルール・S・フィーユ(ib9586) / ルイ (ic0081


■リプレイ本文

●祭りの始まり
 暖炉の火も消えた朝、起き上がって外を見る。
 ジルベリア、南部辺境、リーガの朝。
 粉砂糖を振りかけたかのように、街の外は真っ白に染まっている。
 宿の窓を開ければ部屋の中に入り込んでくる凛とした空気。
 少し身震いしながらもフェルル=グライフ(ia4572)は起き上がって大きく伸びをした。
 空を見上げれば雲一つない青空。
「う〜ん! 絶好のお祭り日和ですね」
 明日は新年。
 昨日から町はかなり賑わっていたが、今日はいわゆる大晦日で、きっと昨日にも増した賑やかな日になるだろう。
「そろそろフィンさんも起きたかしら?」
 フェルルは身支度を整えて、一緒にやってきたフィン・ファルスト(ib0979)の部屋の扉の前に立つ。
 今日はリーガで美味しいものを食べて、夕方のうちにメーメルに移動。
 そして、メーメルで年越しの予定であった。
「楽しい新年になるといいんですが…おや?」
 もう外から、ジュウジュウと何かを焼く音や、野菜を煮る甘いにおいが漂ってくる。
「きっと、大丈夫ですね。…フィンさん! 行きましょう!!」
 そうして、フェルルは、フィンの部屋の扉を叩いたのだった。

 天儀の晦日と新年は年の瀬の市で賑やかではあるが、どちらかというと神聖なる歳神を粛々と迎えるイメージがある。
 特に夜は各自が家に集まり、新年を迎えていた筈だ。
 だが、ジルベリアの、特に南部辺境では大きな篝火を町の中心で焚いて、その火を囲んで皆で年を迎えるのだと言う。
「こちらの年越しは賑やかですね」
 人で溢れるラスカーニアの街を歩きながら和奏(ia8807)はそう呟いた。
 アツアツのスープ、焼き林檎。木の実たっぷりの焼き菓子。パンに肉や野菜を挟んだものは立ち食いなどと、眉をひそめる者もいそうだが食べてみると美味しかった。
 周りは雪がたっぷり積もって一面の銀世界。
 しかし、街の人々はそんな寒さなど気にも留めないようだ。
 いや、寒ささえも楽しみに変えている。
「あら、こんなところで奇遇ね。ルイ(ic0081)さん」
「フルール! お前も来ていたのか?」
「ええ。ジルベリアのお祭りというのに興味があって。雪を見るのも初めてなのだもの。でも、意外ね。寒いの苦手だと思っていたわ」
「ああ。ジルベリアの寒さというのを舐めていたと思っていた所だ」
「そうね。でも…悪くないわよ。あ、丁度いいわ。一緒に祭りを回りましょう? 一人で祭りを見るのもなんだし、向こうでこの雪を使って雪像コンテストというのをやっているのですって。見てみたいわ」
「ん? まあ、いいが…」
「よかった! じゃあ、決まりね! あ、このマント貸してあげるわ。さあ、行きましょう!」
「おい! こら! まて! 引っ張るなフルール!!」
 微笑ましい会話を耳にして、和奏は心から楽しそうに微笑んだ。
「いいですね。こういうの。雪像コンテスト、ですか。そちらも見に行ってみましょうかね」
 祭りの賑わいの中、引っ張られていく青年と引っ張る娘。小走りに駆けて行く二人の後を、ゆっくりと彼は歩いていった。

「お久しぶり…アーナ」
「フェンリエッタ(ib0018)さん! どうなさったんですか? 顔色がお悪いですよ」
 メーメルの領主アリアズナは、祭りの視察の途中出会った恩人とも言える開拓者の顔を見てそう聞いた。
「ちょっと、体調がすぐれなくて…。でも、ここで貴女に会えて良かった。渡したい物があったの。他の領主の方々にも届けるのだけれど…」
 そう言うとフェンリエッタは荷物から取り出した破魔矢「巳」を取り出してアリアズナに差し出すのだった。
「これは?」
「天儀の縁起物。この矢が魔を祓い、幸せを呼ぶと言われているの。貴女とこの街に幸せがありますように…」 
「ありがとうございます…!」
 フェンリエッタの手がアリアズナの手に重なった時、ハッとしたアリアズナはフェンリエッタの顔を見た。
「メーメルのお祭りを軽く見させて貰ったら、リーガに行きます。リーガで年を越そうと思うから…では、お元気で。また」
 いつもと変わらない笑顔で彼女は去って行ったつもりであったろう。
 でも、アリアズナは側にいた侍女にこう囁く。
「リーガに使いを…」
 と。

●ジルベリアの祭り
 今日はいわゆる大晦日であるので昼からリーガの屋台は賑やかであった。
 その中で、フェルルとフィンは朝と昼兼用に食事をしていた。
 クリスマスプティングとケーキは広場に大皿が用意されていて、誰でも自由に取って食べることができる。
 他にも沢山の屋台には気になる料理が多くて、自然、食べまくりとなる。
 広場の椅子に座って食事をするが、見れば中央に大きな舞台が用意されていて、そこに竃なども据えられていた。
「料理コンテスト、があるんでしたっけ。どんな料理が出るんでしょうね?」
「興味があるなら出てみたら? あ、このサラダ美味しい!」
「そうですか? フィンさん。少し味見させて頂いてもよろしいでしょうか?」
「どうぞ。どんな風に作るか解る?」
 皿を差し出したフィン
 ニシンとジャガイモ、卵、ビーツが重ねられているようだ。
「ビーツの紫が綺麗ですね。味も中に入れるものでいろいろアレンジできそうかも…。小さく切り分けてあるからケーキみたいにしたらお店に出せるかもしれませんね」
「あと、挽肉料理が多いのかな。ピロシキや挽肉巻きのクレープもあったけど。この揚げ餃子最高! 外はさくさく、中はトロ〜リ」
「本当ですね。寒い中アツアツのスープや揚げものは幸せになれますね。あ、このフルーツジャムのケーキも美味しいですよ」
 ほっぺを押さえながらフェルルは食べた料理をどんな風にお店で出そうか、いろいろ考えているようだ。
 時々、メモもとっている。
「今日の所は、コンテストは見送ります。夕方にはここを出たいですしジルベリア料理の本場でいろいろ勉強もしたいですしね」
 リーガは海にも面しているし、内陸にも広い平原がある。
 肉、魚、野菜、果物と幸が豊富で、それらで作る料理は実際、屋台でさえなかなかのものだ。
「ジルベリアの料理は、少し味が濃い目ですね。身体を暖める料理が多いみたいです」
「うん! 暖かいって幸せだもんね」
 冬の寒さに苦しめられているからこそ、春の暖かさを、夏の輝かしさを慈しむ。
 そんな心意気が塩漬けのニシンや上手に作られた果物のジャムにも現れているようだとフェルルは思うのだった。
「さて、もう少ししたらメーメルの街に移動するんでしょ?」
「ええ。新年は向こうで過ごせたら、と思っています」
「じゃあ、あたし、もう少し屋台回ってくるね。後でまたここで待ち合わせってことで」
「解りました」
 フィンは嬉しそうに楽しそうに人波の中を泳いでいく。
 フェルルもそれに続こうとして
「?」
 ふと、視線を止めた。人ごみに紛れるように消えたあれは…
「フェン?」
 どうしよう、とフェルルは思った。
 この喧騒の中、祭りの人ごみに紛れた友人を探すのは困難である。
 その時
「どうしました?」
 彼女に背後から優しい声をかけた人物がいたのであった。

「うわ〜〜! 素敵ね〜〜!!」
 広場いっぱいに並べられた雪像にフルールは子供のように歓声を上げた。
 ここはラスカーニアの特設雪まつり会場。
 街の住人達が作った雪像がそこかしこに飾られていた。
 とは言っても質はそれこそピンからキリ。
 子供が作ったような可愛らしい雪うさぎから、本格的な芸術家が作ったであろう花までいろいろある。
「雪ってステキね〜。ふわふわで真っ白かと思ったらこんなに固い彫刻にもなるんですもの。触ってもいい?」
「どうぞ」
 フルールが軽く叩いてみるとコンコンと固い音がする。
「フルール。雪を見るのは初めてか?」
「そうよ。ルイさんもでしょ?」
「ああ。確かに外や屋根に積もっていたあの白いものがこんな風に形作れるとはな」
 二人がはしゃぎながら歩いて行くと、少し行った先にさらに人が集まっている。
「何だろうな?」
「行ってみましょう!」
 二人が行った先には見上げるように三体の大きな龍が立っていたのだ。
「うわ〜。大きい!!」
「本当に凄いな」
 もちろん、雪像の。
「ほほう。これは素晴らしいですね。颯に良く似ています」
 駿龍に手を触れながら和奏が感心する程にそれは良くできていた。
「作るのにどれくらいかかったのかしら」
「制作日数二週間。述べ一〇〇人以上で作った龍のモニュメントです。楽しんで頂ければ嬉しいです」
 美しい青年がそう声をかけた。
「楽しむ?」
「ほら! あれよあれ!」
 フルールは首を傾げるルイに指差した。見れば甲龍は子供は背中に上って遊べる滑り台になっているらしい。
「私も登ってみたいわ」
「残念ながら子供だけなんです。もし、よろしければ向こうに一般の方が参加できる雪像作りがありますからやってみませんか?」
「じゃあ、行ってみましょうか! 〜♪〜〜♪」
「おい!」
 またまた去って行った二人を今度は追いかけず和奏は雪像に手を触れた。
 丁寧に、隅々まで丁寧に作られた像には製作者達のこだわりが感じられる。
「沢山の人に喜び、感動して貰いたい。そんな気持ちが伝わってくるようですね」
 他の雪像達にからも感じられた「優しさ」
 冬の寒さの中であるのに、それらはほっこりと和奏の心を暖めるのであった。

●祭りの中で
 やがて周囲が暗くなると、あちらこちらに灯りがともされ、祭りは夜祭りへと変わって行く。
 雪像広場に作られた三龍達のモニュメントの真ん中に小さな舞台が作られて、ラスカーニアの領主であるという青年ユリアスが集まった者達に口上を告げた。
「あら、さっきの人、ここのご領主だったのね」
 フルールは楽しげに笑いながら、屋台で買った料理をパクついていた。
「この揚げドーナッツ、フルーツジャムがたっぷりで凄く美味しいわ。ルイさんも食べる?」
「いい。あんまり食べ過ぎるなよ」
 やがてざわつきを治めるように領主が手を広げた。
 人々の視線が壇上の領主に集まっている。
「今年ももうすぐ終わり。いろいろなことがありましたが、皆さんの来年がより良い年になりますように…。
 では、今宵の祭りをみなさん、最後まで楽しんで下さい!」
 満場の拍手が終わると、もう一人、別の人物が壇上に上がった。
 紙を持った男性の登場に、周囲がさっきにも増してシンとしたので
「なにかしら?」
 開拓者達も注目する。
「では、先ほど行われました一般参加者による雪像コンテストの入賞者を発表します!!」
「あ、さっきのね」
 フルールは思い出す様に言った。
 一般参加者にも祭りに参加して貰おうと、材料と指導が用意された雪像作りコーナーがあったのだ。
 固められた雪の固まりを掘り出してみたり、雪で粘土のように形を作ったり。
 それは自分には少し難しかったが、ルイは見事な雪像を完成させていた。
 上半身が人、下半身が魚の美しい少女。

『器用ね。何を作ったのかしら』
『人魚だ』
『…人魚?』 
『海に住んでいて、美しく歌う。フルールを見ていたらイメージが湧いた。マントの霊代わり、だな』
『ありがとう。この子…歌が上手なの? いつか一緒に歌ってみたいわね』
『……(どちらかというとアヤカシかケモノに近いと思うが…まあ、言うまい)』

 あれは、時間が無かった割に良くできていたとフルールは思う。
「もしかしたら、入賞するんじゃないかしら?」
「まさか?」
 その時、舞台から思いもよらぬ声が響いた。
「では、優秀賞を発表いたします。…人魚像をお作りになられましたルイさん!」
「なに!?」
「すご〜〜い! ほら、壇上に行ってきて!」
 驚くルイはあれよあれよと言う間に舞台に上げられて拍手と商品を貰って戻ってきた。
「何を貰ったの?」
 人ごみから離れて、雪像と興味津々のフルールの前でルイは包みを開ける。中に入っていたのは
「わあ! 可愛い。雪うさぎの帽子ね」
 自分が身に着けるにはちょっと可愛すぎるかと思ったが、フルールが嬉しそうで、楽しそうなので
「まあ、いいか」
 と彼は思うことにした。
「…この雪像達もいつかは消えてしまう。春までの夢のようなものね」
 フルールはそっと呟く。そして歌を歌い始めた。
 精霊語の静かな歌は、やがて溢れた賑やかな音楽にかき消されて、多くの人の耳には届かなかっただろうけれど、ルイと何人かには確かに届き、彼らはその歌声に高く杯を掲げたのであった。

 その頃、メーメルでも人々の踊りと祭りの輪が最高潮に達していた。
 春花劇場の出演者たちのダンスや歌が舞台の上で続いている。
 その中でもメインの出演者の一人であるフェルルの登場に、集まった人々の拍手は大いに集まったのだった。
「大人気ですね」
 フェルルと背中合わせに歌うフィンが片目を閉じる。
 彼女は自身も人気になっていることを知らないかもしれない。
「そんなことはないとおもいますけど…。じゃあ、次はジルベリアの古謡。中でも皆で楽しく踊れる歌を歌います。皆さん、一緒に歌って、楽しく踊って下さいね!」
 そう告げるとフェルルは、舞台の周りにいた子供達を誘う様に手招きすると舞台に上げた。
 …彼らの多くはヴァイツァウの戦いで家族を亡くしたり、孤児となった子供達である。
 久しぶりに会った子供達はフェルルの事を勿論覚えていて、慕う様に集まってくれた。
 この子達と一緒に踊りたい。
 それもフェルルがメーメルにやってきた理由の一つであったのだ。
「お姉ちゃん! 私開拓者になりたい!」
「今度、春花劇場の試験受けるんだ!」
 あの当時、打ちひしがれていた子供達が徐々に前を向き、未来に向かって歩いていることを確かめられたことがフェルルはとても嬉しかった。
「ねえ、フェルルさん」
 歌の間奏。その切れ目でフィンはフェルルの耳にそっと囁く。
「いつでも、ここまでって訳じゃないですけど…。
 この国の人たちみんなが飢えないで、こんな風に笑っていけるようにしたい……それがあたしの願いです、フェルルさん」
「私もです。フィンさん」
 フィンの優しい思いにフェルルはそう答え、フィンの手を取るとぐいと舞台の前に引き出した。
「わわっ!」
「二番、一緒に歌いましょう。お教えしますから」
「うん!」
 そうして二人の澄んだ歌声はメーメルの夜空に高く、美しく響いたのだった。

 リーガの夜祭りは食祭りのクライマックス。
 大きな篝火を取り囲み、夜通し歌い、踊る。
 あたりいっぱいに広がる良い香りに鼻孔をくすぐる美味なる匂い。
 そして楽しそうな歌声も、フェンリエッタには殆ど聞こえていなかった。
 彼女はただ、祭りの片隅に立ち一人の人物…南部辺境伯グレイスを見つめていた。
「少しの間、お傍に居てもいいですか…」
 彼女は人ごみの中で一人、立ち尽くす。
 遠目でも彼の姿が見える所へ、声の聞こえる場所を彼女は探して佇むのだった。
 微笑みを作り、彼や祭の笑顔を見守るけど、気が緩めば涙が毀れそうだ。
(今は友の顔も見られない。
 無力で心根の醜い自分が情けなくて、申し訳なくて…大嫌い、私なんて…。
 それなのに…願ってしまう…)
「…好きです。命の限り…ずっと」
 そう呟いて、フェンリエッタは両手をそっと前に伸ばした。
 舞台上で大会の入賞者を労う彼の笑顔に、時間をかけてゆっくりと民の信頼を勝ち得たあの人に向けて。
(貴方に相応しくない私だから、私の幸せは望まない。
 でも貴方の幸せとは何…? 貴方の心はどこに…私、何も知らないのね…
 手を伸ばしてもとても遠くて…)
 誰かと、肩が触れた。
 ふらり、ふと体重が足から抜けるような気がする。
 身体が揺れ、蹲りかけた彼女を
「あら? ごめんなさい?」
 気が付けば、一人の女性が支えてくれていた。
「あ…あの?」
「まあ、貴方熱があるじゃない? 大変。救護テントが確か向こうにあった筈よ。
シエナ。誰か人を呼んできてちょうだい」
「解りました。奥様」
 奥様と呼ばれた婦人はフェンリエッタに肩を貸すとそっと、近くの木箱の上に座らせた。
「大丈夫かしら? 私がぶつかったせいで貧血をおこしたのではなくて?」
「…いえ。そうではありません。ご心配をおかけしました」
 フェンリエッタは立ち上がろうとするが
「まあ、待って! 丁度、さっき買った暖かい林檎湯があるの。これでも飲んで温まるといいわ」
 そう言うと彼女はカバンからカップを取り出すと瓶の中に入っていた林檎湯を注いてフェンリエッタに差し出したのだった。
「ありがとうございます」
 フェンリエッタは断りきれずカップを受け取って口元に運んだ。
(あ、甘い…)
 身体と心が熱を帯び乾ききっていたことを思い出していたかのように、飲み込んだ林檎湯は身体に染み込んでいく。
「どう?」
「おいしい…です」
「そう? 良かった。疲れた時には暖かいものが一番よ。そして、ゆっくり休むこともね」
「はい…」
 フェンリエッタは俯いた。カップを持った手が震え、雫が一つ、零れ落ちる。
「まあ! どうなさったの? どこか具合でも?」
「いいえ…。いいえ…。ただ胸が痛くて…自分が嫌になるんです。好きな人にふさわしくないのに、思いを捨てきれない自分が…」
 見も知らない相手なのに、いや、だからだろうか?
 フェンリエッタの口から今まで誰にも告げたことのない思いが零れていた。
 年の頃で言えば母のようなその婦人は、彼女の言葉を黙って聞き…そして
「辛い恋をなさっているのね」
 そっと彼女の頭を撫でたのだった。
「愛する人を思う貴方の気持ち。私にも覚えがあるわ。ある人を愛して、その人の為になりたくて…でも、その人に手は届かなくて。自分はダメだ、って泣いた時もあるの」
「…えっ?」
 穏やかな声が静かに語る。
「でもね。ある時、ふと思ったのよ。自分はダメだ、ダメだって思っていたら本当にダメになってしまうって。自分が嫌いな人間が他の人に好きになってもらえるだろうかって…。自分が幸せじゃないのにあの人を幸せにできるのかって…」
 それは自分より長い年月を生きて来た人の『生きた』言葉であった。
「逆に自分にはできるって、あの人の心を掴むことができるって思えば、きっとそうすることができる筈だって! そう思って頑張って、あの人の側にずっといたら、あの人の隣に立つことができた。あの人が迷った時、引っ張って、側にいつも立っていたら…あの人と一緒に歩くことができるようになったの」
 そういうと婦人はそっとフェンリエッタの頬に触れた。
「恋や思い。人の抱えるものはそれぞれ違う…。事情も、思いもね。だから、簡単に変われなんては言わないわ。でもね。貴方はきっと笑顔がステキ。しかも有能な方であることは解るわ。その人が本当に誰かを思って、押して押して、押して行けば逃げられる人なんてそうそういないわよ! これは保証するわ」
 片目でウインクした女性は決して美人というわけではないのに、まるで太陽のように見えた…。
「あら、泣かないでね。私はちょっとおせっかいなところがあるみたい。うちの子にもよく注意されて…」
「奥様! 声をかけてまいりました。ただ…」
「まあ、それは見つかると面倒ね。ごめんなさい。ここで失礼するわ。またご縁があったらお会いしましょう?」
「あ、あの…!」
 二人はフェンリエッタが止める間もなく人ごみに消え、入れ違うように数名の男性達がやってきた。
「具合の悪い方というのは…、あ! フェンリエッタさんじゃありませんか?」
「オーシ? 今の方は?」
「誰かいたんですか?」
 もう人ごみに消えた女性達の姿はどこにも見えなかったけれど、フェンリエッタはその背中に深く頭を下げたのだった。
「大丈夫ですか? しっかりして下さい!!」
 熱で倒れ込むまで…。

●新しい夜明け
「皆様! 空をご覧下さい!」
 一面の黒であった夜空が、いつの間にか濃紺から、薄紫に変わっている。
 そして遠い山の向こうからうっすらと光り上るオレンジ色の太陽が…。
「新しい年の幕開けです! 新年おめでとう!!」
 人々は、隣にいる人たちと杯を合わせ、笑顔を交わし合う。

 メーメルで。
 フェルルは膝を枕にして眠ってしまった子供達の頭を撫でながら
「あけましておめでとう」
 フィンが差し出したカップを受けとってコツンと合わせた。
「哀しい事も辛い事も忘れてとは言えないけど…皆さんから元気を貰いました。フィンさんやみんなの今年が良い年でありますように」
「うん、今年もよろしくね」
 そう笑顔を交わしながらフェルルはもう一人の親友を思い、彼女にも優しい太陽が昇ることを心から初日の出に願うのだった。

 その願いを受けてリーガ。
「あ…」
 客用寝室で目覚めた朝。
 フェンリエッタが最初に見たのは窓から差し込む太陽と
「新年おめでとう」
「グレイス様…」
 愛しい人の笑顔であった。
「皆、貴方の事を心配していましたよ。具合は大丈夫ですか?」
「ありがとうございます…グレイス様」
 まだ胸は苦しい。
 婦人の言う事は解るけれど、…そう簡単にはきっと変われない。
 けれど…フェンリエッタは彼に微笑んで見せた。
「新年…おめでとうございます」
 心からの笑顔で…。

 純白のラスカーニアの雪像達は、朝の光を受けて銀、いや金色に輝く。
「キレイね」
「そうだな」
「新年おめでとう」
「おめでとう」
 フルールとルイは並んで座り、同じ太陽と同じものを見つめていた。
「なんだか、嬉しい気分。ねえ、歌ってもいいかしら?」
「そうだな。頼む」
 そうして彼女の歌と新しい太陽を肴に
「なかなかの年明けかな」
 そっと夜酒から朝酒になった杯を飲み干したのだった。

 新年と言っても特別な何かがあるわけではない。
 何かが大きく変わる訳でも無い。
 昨日の続きの今日があり、いつも通りの明日を迎えるだけである。
 でも、新年を迎えた人々の笑顔は、昨日までとは確かに違っているようだ。
「これを見れただけでも来たかいが、ありましたね」
 和奏はそう呟いて、朝日とそれを受けた人々の笑顔で輝く街並みに、静かにまた紛れて行った。

 それぞれが、それぞれに迎えた輝かしい日。
 この日、誰もが祈り願っている事だろう。
 今年一年が良い年でありますように。と。

 彼らの祈りを受けて、新しい年のジルベリアの太陽はゆっくりと昇って行った。