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■オープニング本文 【この依頼は朱雀寮三年生対象シナリオです】 ●八咫烏を奉ずる 年末――希儀の探索がひと段落つき、多勢の開拓者が天儀に戻り始めていた。 彼ら開拓者の多くは神楽の都に住まいを確保しているが、一部の者は天儀各地それぞれの故郷や地元へと帰っていく。中でも、武僧らの多くは元々東房出身者で、属していた寺のこともあり、年末年始を寺で過ごさんと東房へ里帰りする者も少なくない。 そうして彼らは天にその姿を見る。 「いつ見ても立派なものよ……」 空に浮かぶ八咫烏。その雄大な姿は、古えより伝わる精霊の御魂を想起させ、仰ぎ見る者に自然と畏敬の念を抱かせる。そんな八咫烏も、今は管轄は東房より開拓者ギルドに移され、内部の整備が進められつつあった。 しかし…その最中、不可思議な依頼が出されるのであった。 誰であろう。朝廷より…。 ●魔の森の神殿 五行国の西域は深い魔の森が広がっている。 かつてアヤカシとの大きな戦いがあり、その時、瘴気に汚染されたのだと伝えられていた。 「その地に神器がある? と?」 五行国の重臣たちは朝廷からの依頼という名の命令に首をかしげていた。 「そのようです。なんでも魔の森の中に神殿があり、そこに神器が眠っているとつたえられているのだとか。それがあれば噂に聞く古代の飛空艇、八咫烏を制御する精霊の力を押さえ、人の命令で動かせるようになると言われているのでぜひ手に入れたい、と」 「解せないな。確かに八咫烏とやらは制御できれば大きな戦力になるだろう。今のままではそれが難しいから、という意図は解らなくもないがその為に他国の、しかも魔の森の中を探る必要があるのだろうか?」 「しかも伝えられているというからには五年十年の話ではない昔だろう。我々とてそんな話を聞いたこともない。五行の人間が知らないことをなぜ朝廷が知っている?」 「手伝えと言う割にこちらに伝わってくる情報が少ない。おそらく彼らとて半信半疑なのだ。あれば重丁とくらいにしか思っていまいよ」 「確かにな。例え神器とやらがあったとしても何年も魔の森にあったものが使いものになるとは思えん。それくらい奴らにも解っているだろうに?」 「他に制御する方法くらいないのか?」 そこまで結論付けた上で、彼らはギルド経由の朝廷からの依頼を受けるか、否か考える。 「無視はできまい。断れば朝廷の手の者達が直接やってくる。彼らに五行で勝手はさせたくない」 「だが、場所が悪い。西域の奥。魔の森としてはそう奥ではないが…あそこは奴らの領域だ」 現在も西域は他所よりもアヤカシの出現事例などが多い。 国の中枢から遠く、五行国の目や手が届き辛いこともあり、かの地を守るのはその多くが国に属さない陰陽氏族である。 彼らの多くは五行国を…正確には五行王を良く思ってはいない。 「もし神殿とやらに何か力とやらが残されていたらやっかいだし、それを彼らが手に入れたら、さらに面倒なことになる」 「ただでさえ、奴らは最近より大きな力を求めて何か研究をしているようだ、との噂もある」 「だが、噂程度で正規な兵を送っては反発を招くし、奴らに大義名分を与えることになる…。王はなんと?」 「この国で勝手な事をさせるな。と…」 「と、なると道はただ一つ、だな」 そうして…彼らは今まで沈黙を守っていたある人物を、大きなため息を吐き出すその人物を見つめたのだった。 「三年生の皆さんに、魔の森を調査して欲しい、というやっかいな依頼が来ています」 陰陽寮朱雀寮長、各務 紫郎は集まった三年生達にそう告げた。 「魔の森の調査!?」 「どういうことなりか?」 驚く寮生達に寮長は朝廷の依頼から始まって、五行国の思惑、西域の陰陽集団との確執まで全てを三年生達に話した。 「つまりは西域の陰陽師達にあまり角が立たない調査隊が、俺達、というわけか」 「そういうことです。陰陽寮の実習と言えば、彼らは五行国の調査隊よりは好意的に受け止めて貰える可能性がある、と上が判断した、ということです。 朝廷の依頼は、魔の森にあるという神器を捜してくること。神器のある場所は魔の森全体から見ればそう奥ではないようですが、魔の森に踏み込まないといけない時点でかなりの危険を伴います。よって、今回の件については、実習の形をとっていますが欠席しても点数を下げることはしません。自由参加とします」 「本当に…不参加でも、いいんですか?」 「はい。但し参加し成果を残した場合には加点はしますよ」 寮生達は顔を見合わせた。 そんな彼らに寮長は魔の森の場所や資料を渡し、さらに続ける。 「…今回の依頼は私の私見ですが、あまりにも不可解です。確かに、精霊が勝手に動かしている今の八咫烏の状況はあまり良く無いとは思いますが、他国に借りを作り、なおかつ瘴気にまみれている可能性の高い神器に何故頼らなければならないのか…。 朝廷は何かを隠そうとしているようですね」 だが、依頼と言う名の朝廷の命令を放置もできないし、魔の森の内部を探る機会でもある。 「調査に先立ち、可能であれば西域の陰陽集団、西家には挨拶をしておいた方がいいでしょう。もしかしたら、彼らも一緒に行くと言い出すかもしれません。彼らの希望を受け入れるか否かは皆さんに任せます」 そういうと寮長は寮生達の顔を見つめ、頭を下げた。 「皆さんを国や、人同士の思惑に便利に使っている感があり、それは謝罪します。しかし、これから特に五行に属して働くとなればこんな場面も増えてくるかもしれません。参加する時は心して臨んで下さい。そして魔の森から無事戻って来て下さい」 寮長が謝罪し、頭を下げる姿まで見るのは初めてのような気がする、と寮生達は思った。 それ故に背筋は伸びる。 この調査、失敗はできないと…。 人々の思いや願い、思惑を嘲笑うかのように八咫烏は今日も空を舞っていた。 高く、高く…。 |
■参加者一覧
俳沢折々(ia0401)
18歳・女・陰
青嵐(ia0508)
20歳・男・陰
玉櫛・静音(ia0872)
20歳・女・陰
喪越(ia1670)
33歳・男・陰
瀬崎 静乃(ia4468)
15歳・女・陰
平野 譲治(ia5226)
15歳・男・陰
劫光(ia9510)
22歳・男・陰
尾花 紫乃(ia9951)
17歳・女・巫
アッピン(ib0840)
20歳・女・陰
真名(ib1222)
17歳・女・陰
尾花 朔(ib1268)
19歳・男・陰 |
■リプレイ本文 ●思惑と実習 三年生の合同実習出発日。 「自由参加って話だったけど…」 三年主席である俳沢折々(ia0401)は集まった仲間達を見て、微笑んだ。 全員がそこにいる。 朱雀寮三年生十一人とその朋友達。 からくりや人妖を連れている者が自分も含めてかなりいるから、結構な大人数でだ。 魔の森の中にあるという遺跡の調査。危険であるから自由参加と言われていたのに。 「…まあそりゃ全員いるよね、うん」 苦笑も混ざるが、どこか誇らしげで嬉しげな笑みである。 「そりゃあ、まあなあ〜。どう見たって額面通りの仕事じゃねえ。こんなややこしい面白い話見逃す手はねえだろってな。よしよし。こら、引っ張るな。華取戌」 走龍を宥めながらの喪越(ia1670)の言葉は一見軽そうに見えるが、その内には微かに真剣なモノを孕んでいる。 「確かに。朝廷からの依頼で魔の森調査、か…。先だってのカラクリの件もある。朝廷は一体どれほどの隠し事を秘めているのやら…」 肩を竦める劫光(ia9510)に 「んー。「きな臭い」って奴なりねっ!」 平野 譲治(ia5226)も頷いた。 「…何故、東房の遺跡にあったモノがここ五行にあるのでしょうか…。寮長の言われる通り少し気になる事が多いですね」 持ち出し用の薬草を確認していた玉櫛・静音(ia0872)の言葉に 「そう! それよ。ヤタガラスの遺跡に関連するものが…なんで五行にあるのかしら?」 「八咫烏ですか。あらぶる精霊というのも厄介ですよね〜、それを鎮める何か〜とかでしょうか?」 真名(ib1222)、アッピン(ib0840)とそれぞれが疑問を口にした。 いくら考えても今はまだ答えが出るわけでは無いのだが、疑問は尽きない。 この実習と言う名の依頼は、最初から寮長が言った通り、表だっての意味だけでは無い何かを隠し持っているのだろう。 寮生達も不穏な空気を感じずにはいられなかった。 広がりかけた暗い空気。それに気付き振り飛ばす様に 「何にせよ、おいらはおいらのできる事を全力でやるのだっ!」 譲治が握り拳に力を込めて明るく笑った。 ころころといつものようにサイコロをころがす。 賽の目は4と中吉を告げた。 「そうですね。その通りです」 尾花朔(ib1268)の横で泉宮 紫乃(ia9951)が花のように微笑み、あたりの空気も色を変える。 「とはいえ、ピンチはチャンスだ。西家との繋がりを強化するも良し、遺跡で本当にナニか見つけちゃうのも良しってか? ま、陰陽道ヤってる奴で魔の森に興味が無ぇ奴もいねぇだろうしな。命懸けのお散歩に俺もドキがムネムネです。ってか?」 『あまり飛ばしすぎないで下さいよ。西家も朝廷も油断などできない相手なのですからね』 喪越に静かに青嵐(ia0508)がツッコミを入れる。それを見て折々はくすりと小さく笑った。 本当にいつもと変わらない。 「まあ、確かに解らないことをいつまで考えてても、仕方ないよね。とにかく行動あるのみ!」 主席の激が実習の始まりを告げる。 「お弁当の用意もバッチリよ!」 「薬などもしっかり準備しました。いつでも出発できます」 『封印壷も借りてきました。寮長が持っていくようにとのことでしたので』 空を行く者、地上から行く者。それぞれがそれぞれの役目を再確認し頷いた。 「じゃあ、いいかな? では! 出発!」 龍や鷲獅鳥が飛び、走龍が駆ける。 朱雀寮三年生の実習、と言う名の魔の森調査が今、はじまったのだった。 ●西家当主登場 「やっぱり、心配?」 不安そうな表情の紫乃の顔を瀬崎 静乃(ia4468)は覗き込む様に見て、問うた。 「…いえ、…はい」 頷いた紫乃は自分を心配そうに見つめる人妖桜の頭を大丈夫、と撫でて自分達の横にそびえ立つ館を見つめていた。 ここは五行西域を束ねるという陰陽集団西家の拠点である。 寮生達が調査に向かおうとしている魔の森はこの館のある村より、さらに先に行った西にある。 この先に人の住む村はないというから、ここが最前線ということになるだろう。 『地元の有力者を無視したり、敵対するってのはさすがに無いよね。筋は通しておいた方がいいと思う』 折々の言葉は全員の総意であり、折々と青嵐、そして朔が代表として屋敷に出向いたのだ。 他の者達は近くの広場で待つようにと命じられたのだ。 村の人達は気さくで優しい。譲治などは既に子供達などと仲良くなっているようだ。 「この村は陰陽師様に守られてるからねえ」 陰陽師だから信頼されているということかもしれないが。 一方で彼らを見張る陰陽師達の様子は様々だ。気さくな者、遠巻きに見る者。 そして… 「ふん、五行の犬が!」 険しい視線を投げかける者。 「…青嵐さんが言っていましたが、西家の方々が陰陽寮生に寄せる思いも様々なようですね」 「そうね。甘えてばかりはいられないかも」 そして、待つこと暫し。 「お待たせ〜!」 小走りに館から出てきた折々。その後ろから交渉に赴いた寮生達と、知っている顔、そして知らない顔が歩いてきた。 寮生達が集まってくると 「久しぶりですね。皆さん元気そうで何よりです」 その中の一人。知っている顔がニッコリと笑ってくれる。 「七松先輩…」 「先輩もお元気そうですね」 知っている顔は、かつての用具委員会委員長七松透であったのだ。 交渉そのものは思った以上に上手くいったのだ、と歩きながら折々は仲間達に告げた。 主に青嵐が前に立ち『魔の森の調査』をしたい、と長に申し出たのだ。 西家の長は男性であった。まだ若く見える。 二十代半ば、というところだろうか。そして…『彼』に良く似ている。 「私は西家当主。西浦 長治。よろしくな。弟が世話になっている」 「弟?」 「三郎だ。お前達を頼りにしていると時々手紙をよこすぞ」 そう言って豪快に笑うところも良く似ていた。 会見では寮生達が新年の挨拶をのべたのだが、その口上を聞くより早く西家の長は、にやりと笑うと。 「いろいろ下準備をしてきたようだな」 彼らに声をかけた。青嵐は微かに舌を打った。その言葉が何を意味しているのか。と考えると空恐ろしくもある。 実習として用意してきた装備や調査の事を言うのか。 「これはお近づきの印に」 「寮長もよろしくと申し上げておりました」 折々や朔が差し出した酒や土産の事を言ったのかもしれない。 「これは良い酒だな。紫郎は元気にしているか? 俺とあいつは同期なんだ。俺が次席、あいつが主席でな」 だが、事前に青嵐が西家以外にあいさつ回りをしてきたことかも…。 そうではないかもしれないが、そう思わせる底知れなさがある。 (借りにも五行王と相対し、一族を率いる相手、只者ではないということですか…) そんな思いは勿論隠し、側で控えるアルミナや仲間達を軽く制して彼は世間話を続ける。 「寮長はお元気です。朱雀寮をしっかりと率いておられます。西浦様にもよろしくとのことでした」 「それは、何よりだ…」 そこまで言って 「それで、何の用だ? 前置きはいい。用件を言え」 小さく笑うと長治はそう寮生達に声をかける。 青嵐は心苦しいのですが、と前おいて彼自身の声で答えた。 「我々は三年生で、研究論文を書かなければなりませんが、複数の魔の森についての研究をしようとしても、「勝手な真似をさせるな」と上から制限される為、西域の外れの方にある魔の森と、その近辺を調査させてほしいのです」 遺跡があり、そこに何かがあるかも知れないと言う話は今はしない。純粋に魔の森調査とだけ伝える。 「私は、人々をアヤカシから守る可能性がある研究が、個人の好悪で制限されるべきではないと考えています。 西域で人々を守る西家の方々であれば、この思いを判ってくれるのではないかと思い、お話しさせていただきました」 嘘では無い。瘴気を研究する仲間は少なくない。 「紫郎や三郎から聞いていないか? 私が天禅を好いてはいない、と」 長治は青嵐を見定めるように問いかける。一度だけ仲間を振り返り、その頷きを確かめて青嵐は続けた。 「聞いていません。寮長も西浦先輩も我々に貴方方と五行の確執を話したことは殆どありません。我々に先入観を持ってもらいたくはないと言うご判断だと理解しています」 これも本当だ。 そしてまっすぐ顔をあげて青嵐は長治を見た。 「勿論得た情報は西家にもお渡ししますし、我々が信用ならないというのなら西家から監視役を派遣しても結構です。どうぞ、お願い致します」 頭は下げているが心は真っ直ぐ相手の方を向いている。 流れる沈黙が暫し。 フッ。 小さな吐息が聞こえてきた。微笑にも似たそれを浮かべ、 「いいだろう。ただし、条件がある」 西家当主はそう告げていくつかの条件の後、寮生達の魔の森調査を許可したのだった。 ●魔の森の遺跡 「さあ、もう見えてきましたよ。あの先が魔の森です」 森を抜け、ふと、透が前に向けて指を指した。 監視役と案内役を兼ねて透が同行することが魔の森捜索の条件の一つなのだ。 魔の森とそうでない所を分ける為に周囲の木々を伐採したのだと言う。 二つの森の空白に上空からすう、と静音と鷲獅鳥が滑り降りた。 「かなり大きな森です。奥は山と入り混じってかなり険しいと思います」 上空から偵察を行っていた静音は仲間達にそう告げる。 覚悟はしてきたが、思わず唾を呑み込む音が聞こえるようだ 「約束の確認です。必要以上に奥まで行ってアヤカシを刺激し過ぎないこと。魔の森での宿泊はしないこと。何かがあったら必ず報告すること。いいですね」 透の言葉に寮生達は頷く。 魔の森の側に生きる者。うかつに魔の森に手を出せばどうなるかを良く知っているのだ。 「気を付けるのだ! 強! お前は残って村の護衛を頼むのだ! どんな人でも絶対に守りきる事っ! それとおいら達が出てきたら駆けつけてほしいのだっ!」 (そいつぁ…また面倒な…。ま、構わないよ) 人間だったら肩を竦めた仕草で譲治の甲龍小金沢 強は羽ばたいた。 飛行朋友達は留守番ということになるだろう。 「それじゃあ、ここを拠点にしよう。手分けして探して、何か見つけたら戻って全員で捜索ってことで」 「ああ。人妖やからくりなど役割が被らない様にしよう」 彼らは最初の役割分担をさらに発展させて、チームを組んだ。 「私はここで山頭火と全体確認と退路の確保をしとくね。調査はお任せするよ。私達は陰陽師だけなんだから、無茶はしないで何かあったらすぐ退却」 「了解!」 折々の言葉に皆の声と心が一つになる。 そして、魔の森の調査を開始したのだった。 魔の森の奥にはいかないこと、というのが寮生に与えられた約束である。 「と、言っても簡単には奥には行けないわよねっ! 劫光、援護お願い!」 「任せろ!」 寮生達の周囲を取り巻く怪狼達に向けて、そう叫びながら駆け寄ると真名はその真ん中に氷龍を討ち放った。 『ぐぎゃああ!』 悲鳴を上げながらもなおも襲い掛かってくる狼を劫光は任せろの言葉通り切り伏せた。 それから数刻の後、寮生達を襲ってきたアヤカシの群れは瘴気へと還って行ったのだった。 息を切らせる真名に紫乃は駆け寄って、腕などの微かな傷に目を向けた。 「大丈夫ですか? 桜。真名さんの怪我の手当てを」 『はい』 「あ、大丈夫よ」 「ダメですよ。ちゃんと手当させて下さい」 救急箱から包帯を取り出し、紫乃は肩口に丁寧に巻いていく。 「ありがと。でも、この魔の森…やっかいね」 真名の呟きに皆、同意のように周囲を仰ぎ見た。 魔の森であるのだから、アヤカシが多いのは覚悟していた。 しかし、ここまでひっきりなしなのは…。 「そうですね。あちらこちらに壊れた家などがあって…かつてはこの辺にも人が住んでいたのかもしれませんね」 「なるほど、魔の森が広がってのみこまれたか。こうなると地図やこの辺などと言う見当は当てにならんな」 劫光もうむと顎に手を当てた。石造りの建物などもいくつかあるがその殆どは民家であるようだった。 「しかも、どれが正解か俺達には解らないからな。とにかく丁寧に調べていくとしよう」 寮生達の一チームがそんな会話をしていた時、 ピー――――! 高い、呼子笛の音が聞こえた。 と同時全員が走り出す。全速力で駆けて暫し 「皆!!」 仲間を襲う敵と彼らは遭遇することになったのだ。 「屍人の群れか…。双樹! 下がってろよ!」 「槐夏! 桜さん達を守って下さい!」 人妖達を下がらせて後は大乱戦となった。 しかし、普通の屍人であるなら多少数が多くても寮生達の敵ではない。 「奔れ! 雷閃!」 「…氷柱!」 程なくアヤカシ達を全滅させることが出来た。 「助けてくれてありがとなのだ! この辺、家がなんだか多いから屍人が多いけど、それは人がいたってことだから、この辺にあるかもれないなり……あっ!!」 譲治は慌てて両手で口を押えた。だが、もう遅い。 そこには当然ながら透もいたのである。 透は腕組みをしたまま寮生達に問う。 「そうではないかと、最初から感じていましたが皆さんの目的は『魔の森の調査』ではないのですね。目的を持って何かを探していた。この森にしかない、何か。それは一体なんななのか、そろそろ教えては貰えませんか?」 口調こそ丁寧だが、そこには有無を言わせぬ迫力があった。 顔を見合わせた寮生達。視線での暫しの会話の後、劫光は一際大きな息を吐き出して 「深入は余計なゴタゴタを伴う可能性があるが、それでもいいのか?」 逆に透に問いかけた。 もっともなんと返されるかは解っている。 「無論」 「じゃあ、話そう。今回の実習は朝廷からの依頼なんだ」 そうして寮生達は自分達がここに来た理由を透に話したのだった。 「なるほど。それでこの魔の森に調査にやってきたというわけですか。それなら、最初から言えばいいのに…」 「その辺はまあこっちにもいろいろ事情があってな。で、何か心当たりはあるかい? 元委員長」 喪越に問われ腕組みをしてた透はその手をほどく。 「私達も魔の森の全てを把握しているわけではありません。ただ、心当たりがあることはあります」 「どこですか?!」 「こっちです」 寮生達を連れて透は先を歩き、ある小さな祠へとやってきた。 そこは遺跡や神殿というには小さな場所であったが確かにその門の上に八咫烏の紋章を掲げていた。 「かつて、この地に今はもうない村があったと言われています。優れた陰陽師を多く抱えていましたが、しかし、ある御大により魔の森が出現。村を呑みこんでしまったそうです。この辺は、さっき皆さんが気付いたようにその廃墟なのですよ」 「先輩。じゃあなぜ朝廷の神器がここにあるのでしょうか?」 説明を聞いていた静音が問うが、それに関しては透は解らないと答える。 その伝説の戦いも、10年や20年の話ではない昔の事であるというから仕方あるまい。 「後は、皆さんの目で確かめて見てはどうですか?」 「入ってもいいのか?」 「入らなければ確かめられないでしょう。確認はさせてもらいますがね」 「そうですね〜、そうさせてもらいましょう〜。ほんわかさん。出番ですよ〜」 アッピンが鬼火玉を前に促すと、薄暗い周囲がパアっと明るくなる。 それに合わせて男達は前に進み出て、固く閉ざされていた扉を押し開けたのだった。 中に入るとそこは不思議な祭壇があった。逆に祭壇以外のモノは何もなかった。 「拍子抜けするくらい狭いなりね」 一部屋しかないそこは良くある神社の祠のようであった。 周囲や天井にはいろいろな絵が描かれている。 そして、あるものが一段高い場所に飾られていたのだ。 それは…。 ●封じられた神器 寮生達が遺跡で見つけたのは高い所に祀られている一本の長いロープ、いや、縄であった。 「これは…何?」 静乃は不思議そうにその縄に触れようと手を伸ばした。だが、その肩を 「お止めなさい!」 『姐さん! 危ない!』 透が制したのであった。管狐白房も彼女の手を弾くように飛ぶ。 「先輩? 白房?」 キョトンとした顔で透を見る 「その品は瘴気に汚染されています。触れるのは危険です」 「瘴気に?」 その言葉に静乃のみならず寮生達も顔を見合わせ、再度目の前の品を見つめた。 確かに、縄はどこかどす黒く染まっているようにも見える。 「でも、これは持ち帰らないと…」 「ならば、封印壺があったでしょう。それに入れて持ち帰りなさい」 「あ、なるほどね〜」 ぽん、と手を叩いて喪越が荷物の中にあった壺を取り出してうまく中に入れる。 そして、ふたをした。 「ふう、これで一安心、かな?」 「でも、神器とやらが瘴気まみれだったとはな…」 「寮長が封印壺を持たせたのは…これを予想していたなりかね?」 ざわめく寮生達を見ながら透は 「青嵐くん?」 『なんでしょう?』 同じ用具委員の後輩に声をかけた。 「気が付きましたか? あの縄は封縛縄ですよ」 『はい。しかもかなり力の強いものですね』 「封縛縄?」 道具のエキスパートでもあった元用具委員長と現用具委員長の会話に寮生達は目を見開く。朝廷が八咫烏制御の為に必要だと言った神器は実体のないアヤカシを捕えることができるという封縛縄であるというのだ。 「しかもあの縄は特別な加工がしてあると感じました。皆さんの話と朝廷の動きからして、朝廷はこの縄で精霊を縛して意のままに操ろうとしたのかもしれませんね。それだけの力はありそうですから…」 馬の轡や手綱のように精霊を縛り上げ強引にいう事を聞かせる為のものであるといのだろうか。 壺を見つめながら寮生達はどこかせつない気持ちになった。 「…でも、その縄をここに封じた、ということは使わなかった、ということですよね?」 紫乃は言いながら祠の天井、その上に描かれた壁画を見る。 そこには不思議なものが描かれていた。 空を飛ぶ翼を持った女性が、光り輝くように描写された人と手を取る姿。 二人はとても幸せそうに微笑んで、共に空へと飛び立っていく…。 親友の顔を見ながら真名は言った。 「そうね。きっとこれは…精霊を無理に捕え力で言う事を聞かせる為に作られたけれど、それとは違う方法があるから使う必要がなくなって封じられたのではないかしら…」 「そうですね〜。いらないからほったらかしにしてたのかもしれないです〜。精霊や神と心を通わせる力…。誰か持っているとか言ってませんでしたっけ?」 縄で無理矢理縛りつけいう事を聞かせるよりも、もっといい方法の筈だ。 「…人で無い者とも心を通わせることができるのなら…それは、きっと…」 自分達の希望に過ぎないのかもしれないけれど…静音はそっと壊れた遺跡から覗く僅かな空の青さを見上げたのだった。 陰陽寮に戻った寮生達により、八咫烏制御の為の神器『封縛縄』は報告書と共に朝廷に提出された。 瘴気に汚染されたそれは使用することはできないだろうとも書き添えられている。 「その上で、どうするかは…彼らの判断ですね」 寮長、各務紫郎は寮生達を労って後、そう告げた。 朝廷に提出されるのは封縛縄発見に関することだけ。 森の地図や魔の森でのアヤカシなどについての情報は提出しない。 彼らの目的は、封縛縄にあるのだろうから…。 「しかし、あの縄どうするつもりかねえ〜。どう考えても使い物にならんだろうに」 『瘴気を除去することを試みるのですかね』 心配だったのは神器発見後の西家の動きであった。 汚染された縄をよこせとまでは言わなかったが…、封縛縄の発見に何かうところはあるようであった。 「遺跡の調査も含めて、西家の人達とはまた会う事もあるだろうね」 『良いヒントを貰いましたよ』 『いずれ、また…な』 そう言って別れた西家の長と透の顔を思い出しながら、寮生達は近づきつつある何かを感じるのであった。 |