【朱雀】未知の地【希儀】
マスター名:夢村円
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 5人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/01/03 23:34



■オープニング本文

【これは陰陽寮朱雀 一年生用シナリオです】

●新たな大地
 大樹ヘカトンケイレスが消滅し、主要なアヤカシの多くを討ち果たした希儀――明向。かつての宿営地として建設されたその名は、やがて、隣接する都市の名として通ずるようになっていった。
 希儀には精霊門も開かれ、大型輸送船の定期航路開通も決定。
「入植予定の方はこちらで身分改めを願います」
 ギルド職員が木のメガホンを手に大声を張り上げる。希儀は無人の大地が広がっているとあって、天儀各国はおろか、アル=カマルやジルベリア、泰からも入植者を受け容れることとした。無論、土地は非常に安価で、魔の森に追われた家庭など、対象者の状況によっては一銭も徴収されない。
 明向周辺は人口も急増し、俄かに活気付き始めた。

 さて、月に一度の合同授業の日。
 集まった一年生達は寮長の講義を聞いていた。
 今回はアヤカシの種類とその進化についてだ。
「アヤカシという存在は、日々、進化成長を続けています。同じ種であってもその土地ごとの風土に合わせ長い時をかけて変貌することもあり、またその土地に合った形で新たに発生することもあります。変貌するアヤカシや瘴気に適切に対応する為には我々陰陽師も、常に情報を収集し、自己の研鑚に励まなくてはなりません。進歩しようという意欲を無くせば、そこで立ち止まるだけ。立ち止まってしまえばいつかアヤカシにその命を啄まれることでしょう」
 そこまで言って彼は手に持った資料を寮生達の方に配って見せた。
「これは…」
 それはアヤカシの資料。それも先に三年生が調査した希儀のアヤカシのものであった。
「それは、見ての通り新大陸希儀のアヤカシの調査資料です。本当に初期の時に三年生が調査したものですが、それだけ見ても希儀というのが特殊な儀であることが解ります。天儀と同じ系統のアヤカシもいますが、全く違うアヤカシもいる。また、今後天儀から希儀にアヤカシがわたっていく可能性もあるでしょう」
 そこで課題です。と寮長は告げた。
「皆さんには希儀に渡り、アヤカシの調査をしてもらいます。今回の課題に置いては種類を重要とします。勿論、それぞれの調査に手を抜いていいということではありませんが、なるべく多くの種類のアヤカシを発見し、その外見、能力などを調査してきて下さい。最低でもその三年生の調べてきた調査資料より多くのアヤカシを発見してくること」
 先に三年生が希儀の調査を行った時に比べれば、主要なアヤカシは討ち果たされている。
 一般の入植者も受け入れているくらいだから、かなり安全になってきている筈だが、アヤカシの調査を行う以上安全な場所にいるわけにもいかない。
 危険であることに変わりはないが、陰陽寮の課題に置いてそんなことを言っていては始まらない。
「天儀で既に確認されている、いないは問いません。天儀にいたとしても、同じ能力を持つのか、違う形に進化しているか、調べる点はたくさんあります。希儀でなるべく多くのアヤカシを発見してくること。それを記録してくること。記録する内容は皆さんに任せます」
「ここに、記録されているアヤカシも、ですか?」
 寮生が三年生の資料を指し示して問う。
「勿論。彼らが見落としていた点、気づかない点があればそれを修正するくらいのつもりで挑んで下さい。とはいえ基本は下級アヤカシを中心に。中級以上のアヤカシと無理に出会おうとする必要はありません」
 先輩超え。
 それが今回の課題の一番の目標であろう。
「希儀は簡単な調査が終わったとはいえ、まだまだ未知の地です。これから入るであろう多くの入植者たちの安全の為にもしっかりとした調査を行って下さい。以上」

 今年最後の課題は新大陸での調査。
 今までに知ることのなかったアヤカシなどと出会う旅である。
 どんなに学んでも終わることのないアヤカシという敵。
 未知の大陸ではさらにどんなアヤカシが待っているのだろうか。

 危険であると解っていても彼らも開拓者。
 どこか、胸が躍るのであった。


■参加者一覧
雲母(ia6295
20歳・女・陰
雅楽川 陽向(ib3352
15歳・女・陰
比良坂 魅緒(ib7222
17歳・女・陰
羅刹 祐里(ib7964
17歳・男・陰
ユイス(ib9655
13歳・男・陰


■リプレイ本文

●希望の大陸
 希儀と言う名前は呼んでの字の如く、希望の大陸、と言う意味で付けられた。
 大規模な調査を経て、広大な無人の大陸は新たな住人となる入植者を迎えてその名にふさわしい変貌を迎えようとしている。
 …とはいえ、希儀は最初に期待されたようなアヤカシの存在しない楽園ではなかった。
 多くのアヤカシがこの希儀でも人々を苦しめることであろう。
「未知の大陸での調査か…敵を知り己を知れば百戦危うからずともいうからな。…自分で知った方が対処しやすい」
 希儀の外れ、入植地となる明向からそう遠くない小さな遺跡で愛用の煙管を吹かしながら雲母(ia6295)は目の前に広がる空と大地を見つめていた。
 一人で、もしくはギルドの依頼で来ていればこの光景もまた別の見方になるのだろうが、今回はそうもいかない。
「雲母さ〜ん。ちょっとだけこっち来てもらえんやろか?」
 向こうから雅楽川 陽向(ib3352)が手を振り雲母を呼んでいる。
 今、彼女は陰陽寮の一年生。彼等と実習調査に来ているのだ。
 行かなければ彼らの方からこちらに来るだろう。
「やれやれ…待っていろ。今行く」
 大きく息を吐き出して彼女は歩き出した。

「だから! 解らない筈ないだろう? 隊を為せているんだから!」
 羅刹 祐里(ib7964)は声と肩を震わせながら雲母を見つめた。
 女性として決して大柄では無い雲母と修羅の自分。
 背の高いのは自分だが視線を合わせると見下ろされているのは自分のような気がして祐里は手を握り締めた。
 陰陽寮一年生の実習調査。
 課題はここ、希儀でアヤカシを少しでも多く見つけ出すことであった。
「ほら琴、好物のおにぎりやで。ぎょうさん食べて、頑張ってや。腹ごしらえも済んだし、冒険に行こか」
 自分の駿龍琴を撫でていた陽向の横で
「数の調査が必要なんだから手分けしたほうがいいよね。二人一組くらいにしようか?」
 一年生達は今回の調査の流れと分担を確認し始めた。
 ユイス(ib9655)が陰陽寮から借りてきた希儀の地図と資料を仲間達に配りながら問いかけると
「まて。それだと一人あぶれてしまう。そして、その一人が誰かも決まってしまわないか?」
 祐里は慌てて顔を上げて反論した。
「ん? ボクはからくりの雫がいるから二人分でいいかな? と思ったんだけど?」
 ユイスの言葉はもしかしたら祐里に聞こえていなかったかもしれない。彼は一人遅れてやってきた雲母を見ると
「雲母。今回は単独行動は控えてくれ。失敗確率が跳ね上がる。2対3でくらいに分かれよう」
 だが、雲母の表情はまったく変わる様子はなく、吐き出す様に答えた。
「単独行動で失敗確率が上がる、というのは理解できんな。今回重要視されてるのは種類だろう? 無理に戦う必要は無い。ある程度観察してから倒すなり逃げるなりすればいい話だ」
「だが!」
「待て! これ以上言い争うな」
 睨みあう二人の間に比良坂 魅緒(ib7222)が割って入った。
「お前らの言い分はそれぞれ解らんでもない。だが相手に解って貰おうとするなら言い方に気を付けよ!」
「私は別に解って貰おうとは思わんがな」
「雲母!」
 雲母は煙管をぷっかりと吹かしてから灰をぽんぽんと地面に落とした。
「偶然にも一緒になっているだけで私を知ったような口をきくな。此処にいるのは通過点に過ぎない、その通過点で多少知った仲の奴にどうこう言われる程、私の意識は低くない…」
「お前! 我は…我はなあ!」
 吐き出す様に言う雲母の言葉に、声を再び荒げかけた祐里を魅緒がキッと睨む。言葉を呑み込んで手を握り締める祐里を横目に見て
「それで? 班はどうするんだ?」
 何事も無かったかのように雲母は問うのだった。
「我らは5人。祐里が言う様に2対3で良かろう。班分けは、空と陸で、だ」
 魅緒の提案に異論は上がらない。それぞれ、自分と朋友の組み合わせを考えて希望を言っていく。
「僕は相棒が空を飛べないから地上に回るよ。希儀に多いっていう蛇アヤカシについて調べたいな」
「………我も、地上に回る。我の朋友は走龍のダフだからな…」
「なら、うちは空に行くわ。歌って踊れる駿龍琴の出番や」
「妾は地上だ。カブトにはキャンプの護衛と、いざと言う時の援護を頼むとしよう」
 ユイス、祐里、陽向、魅緒と続いて最後に全員が雲母を見た。雲母は集まった視線にフッと嘆息すると
「先に行かせて貰うぞ!」
 自分の龍、柘榴の方に向かって歩いて行ってしまった。
 駿龍を使う、ということは空、ということだろう。
「あわわ。ウチも行く!」
 小走りに陽向が追いかけて行った。
「夕飯の前には集合せよ! 良いか!」
「アヤカシを見つけた時に近くに仲間がいれば呼ぶ様にしよう。それから相手の数がこっちより多いとかちょっとでも危ない時には迷わず逃げる様にね。怪我の無いように行こうよ!」
「解った! 大丈夫。うちは雲母さんに引っ付いとくよって!」
 魅緒の言葉に手を振って陽向が答えた。
 やがて空に舞っていく二つの影を見送って
「くそっ!」
 祐里は握り締めていた拳を手のひらに強く、打ち付けたのだった。

●地上を行く者
「どうした? 浮かぬ顔をしておるの?」
 魅緒に突然声をかけられて、瞬きした祐里であったが首は下を向いたまま返事は無い。
 近場の遺跡、そこで出会った屍人や子鬼を倒し記録を付けていた二人。
「やれやれ、段々と難度が上がってくるわ。体育委員長が勧めただけの事はあるというところか…。しかしこの寮に入り既に半年が過ぎた。そろそろ甘い事も言ってられぬの」
 そんな他愛もない会話をふと止めて
「ずっと気になっていたのじゃ」
 魅緒は真剣な目で祐里を見た。
「お主、何故に雲母に突っかかる?」
「突っかかっている、か。…目の敵にしていると、思われても仕方ないか。今となっては、逆に孤立しているのは我だ」
「論点を逸らすな。お主は自分を卑下するが一方で自分の思いを押し付けようとする。自分はこれだけ努力しているからと他者に強要しているかのようだ」
 魅緒の指摘は鋭く、厳しい。祐里は唇を強く噛みしめている。
「どうにかしたいだけ…なんだ。元々いい加減な楽天家だ。悲観的で、いないと不真面目になっしまうから」
 ぎゅっと音が出るほどの思いを魅緒は一刀両断する。
「楽天家の何が悪い。それもお主であろう? 色々な性格の色々な者がいる。互いに補い合い助け合って成長していく。それが仲間、というものではないのか?」
「魅緒…」
「雲母とて慣れ合わぬと言ってもやるべきことはやる女であり仲間だ。信じてやるがいい。お主も楽天的であるというのならもう少し気楽にやればよかろう。陽向が心配して居ったぞ」
 魅緒は出発の前、陽向が言っていたことを思いだしていた。
『少なくとも、希儀から生きて帰るちゅう利害は、皆一致する筈や。生き延びるために利用できるもんは、勝手に利用したらええし、勝手に利用させて貰う。
 ここにおる間は、祐里さんもそれぐらいの気持ちで、ちょうどええんとちゃう?』
「…すまない」
「謝罪はいらぬ。次の時…!」
 頭を下げる祐里に魅緒が手を伸ばしかけた時。
 ピー――!
 彼らの耳に呼子笛の音が聞こえた。
「あれは、ユイスか?」
「そうだな。行こう!」
 二人は走り出す。その途中で
「なあ? 魅緒。この依頼が終わったら何かあり合わせでいい。料理、作れないか? ジルベリアにクリスマスってのがあったな。打ち上げみたいにしてやりたいんだが」
「解った。任せておくがいい」
 二人は顔を見合わせ、笑顔をかわしたのだった。

 湿原の中で出会った蛇は、周りにいる者達と同じく一見普通の蛇アヤカシに見えた。
 普通の蛇アヤカシであれば、既に何種類も確認しているし、それ程の強敵ではない事は解っている。
 しかし、
「何か…違う気がするんだよね。数も多いし…皆を、呼んだ方がいいかな?」
 ユイスは警戒の糸を切れずにいた。
 呼子笛を鳴らして仲間を呼ぼうとした、その時であった。
『危ない!』
 雫が声を上げた。ユイスの真横を風のようなものがすり抜けて行った。
 頬に微かに紅い線が滲む。
「な、なんなんだい? 一体?」
 こちらに気が付いたのか、蛇が身体をもたげていた。周囲には小型の蛇アヤカシが十数匹。
 その中で一際目目立つその蛇は身体を大きく揺らすと…
「わあっ!」
 再びユイスに向けて何かを放ったのだ。
「今のは…衝撃波?」
「大丈夫か? ユイス!!」
 呼子笛とさっきの声に気付いたのだろう。近くで調査をしていた筈の祐里と魅緒が全速力で走ってくるのが見えた。
 ホッとした次の瞬間
「ウッ!」
 頬を走る傷に眩暈のような熱さを感じてユイスは膝を付いた。
「ユイス!」
「僕は…大丈夫。それより気を付けて! 蛇が、風のような魔法を放ってくる! しかも魔法は…毒を帯びているかもしれないよ!」
「なに?」「わっ!!」
 二人は蛇から矢継ぎ早に放たれる衝撃波をなんとか躱しながらユイスの側に駆け寄ってきた。左右を固めるように身構えて、目の前の蛇アヤカシを見る。
「なんだ? ありゃ!!」
 さっきまで普通の蛇と変わらないように見えたその身体から、気が付けば刃のようなものが幾本も飛び出ている。
 そして、周囲の蛇達と共に開拓者に襲い掛かってくるのだった。
「こいつ! 素早い!!」
 氷柱で、数匹の蛇を貫いた祐里も、斬撃符で蛇達を薙ぎ払った魅緒も刃を持つ蛇アヤカシをその素早さ故になかなか捕えられずにいた。
 加えて毒への警戒もある。なかなか近づくこともできない。
 その時であった
「雫!!」
『はい!!』
 ユイスのからくりが、刃の牽制をものともせずに敵の懐に飛び込んで行ったのだ。
 脇では微かにユイスが息を荒げている。
「ユイス!」
「…大丈夫。雫は無痛の盾も使っている。あと少し、引き付けてくれると思う。それより今、蠱毒をあのアヤカシにかけた。動きは、少し鈍ると思う。その隙に…」
「「解った!」」
 二人は頷きあうと、互いに術の準備をする。
「雫があの蛇から離れた瞬間が勝負だ」
「解った。行くぞ。1・2・3!!」
 魅緒が渾身の呪縛符をアヤカシに向かって放った。と、タイミングを合わせた三つの攻撃が蛇アヤカシの動きを封じ
「これ以上は、好き勝手させない!!」
 祐里が放った氷柱が、蛇の頭部を打ち砕いた。
 刃の蛇は微かに暴れた後、瘴気に戻っていく。
 そして残りの蛇アヤカシに向かい合い倒した時、彼等は互いの手を高く合わせ打ち鳴らしたのだった。

●空を行く者達
 地上を行く者達の戦いより遡ること暫し。
 希儀の上空にて駿龍柘榴のソニックブームが鳥アヤカシの羽を切り裂いた。
『うぎゃあああ!!』
 既にかなりのダメージを与えられていたそれは羽根を斬られ甲高い悲鳴を残して地上に真っ逆さまに落下した。
 通常であれば地上に落下し叩きつけられる所であったろうが、その前に瘴気となって「それ」は霧散した。
「お見事。流石雲母さんやね」
 パチパチパチと陽向は駿龍と、それに跨る仲間へ拍手を送った。
 群れと出くわしたので無論、陽向と彼女の駿龍も敵を同じように倒しているが、数とその鮮やかさでは敵わないと陽向は素直に認めていた。
「今のは人面鳥、やったやろか? 希儀にもいるんやねえ。あ、メモメモ」
「確かに、天儀で見かけたことがあるな」
 そう呟いて雲母は空を見上げる。
 二頭の駿龍が舞う空は雄大であった。
 天儀と何も変わらない。
 いや、空は天儀と続いている。
「天儀との航路が確立されて後、こちらに渡ってきたアヤカシもいるのだろう」
「そやね。怪鳥とかの類は空飛んで来たのかもしれんね」
「おそらくな…」
 雲母は頷いた。
「でも、こっちでしか見ないのもやっぱり多いと思ったんや。あの稲妻打つ蛇とか、水辺で見かけた変な魚とか」
「あの吸盤を持った魚か。戦闘能力など無いに等しいと思ったが…あの変な吸盤が気になるな」
「あれで何か吸い付けるのかもしれんね。注意するようにメモしとこ」
 地上班と空の班に分かれた寮生達。
 空を担当することになった二人は天儀を見て回り、飛行アヤカシを中心にかなりの数のアヤカシと遭遇することができた。
「他にも狼の群れもおったしね。…あの狼達はアヤカシやろか? それともケモノ?」
「ケモノだろう? 狩りをしていた。アヤカシならそんな必要ないからな。人里などに近かったら駆除もと考えたがそこまでしなくてもいいだろう」
「なるほど…」
 アヤカシでは無いが補足としてケモノも報告に入れてもいいだろう。陽向は記録の中に書き記した。
「雲母さん? 次はどないする?」
 帳面を片づけて後、陽向はニッコリと笑いかけた。
「まだ、見ていない方に行けばいい。どこまで近づけるか解らんが大樹とやらがあった方に行ってみるか」
「そやね。琴!」
 雲母の答えを聞くと陽向はスッと自分の駿龍を雲母の駿龍の横に寄せる。
「何故、そんなに近付く。慣れ合うつもりは無いと言ったろう?」
「慣れ合うなぁ…」
 いつもと変わらぬ拒絶の意思。だが陽向はそれをさらりと流して笑う。
「でも、うちはそれって悪いことやないと思うんや。それに雲母さんの口癖は、『お互いに親しみあう』意味のことやろ? せやけど『示し合わせて事を運ぶ』意味もあるで。今回は調査で、できるだけ多くの目が合った方がええってことが解らん雲母さんやないもんな」
「…勝手にしろ」
 先に龍を進める雲母の背中を見ながら、陽向はくすっと笑った。
 彼女が雲母と同じ空班になったのは空への飛行手段があったから、だけではない。
『ちゅうわけで、うちが勝手に魅緒さんやユイスさん巻きこんで、勝手に雲母さんの後をついて行っても、全然問題あらへんな♪』
 陽向は明確な意図を持って空の班、雲母と同じ班を選んだのだ。
(…雲母さんもいつか変わってくれる。だって、今回は一人で行く言わんかったもん♪)
 微笑んで駿龍を進めた陽向はふと首をかしげる。
「どうしたん? 雲母さん」
「動くな! 陽向!!」
「えっ?」
 雲母の声とほぼ同時、陽向もその気配を感じ取った。
 目の前の雲間から感じる、近づいてくる何か。
 その強大な『ナニカ』を。
「あ…こいつは…」
「三年生が見たという骨の龍…だな。なるほど…こいつはデカい…」
 体長は6〜7mはあるだろうか?
 この龍の前では駿龍達もまるで、子供のようだ。
 息を呑む雲母。だが、決断は一瞬であった。
「危ない!!」
 放たれた瘴気のブレスを避けると、雲母は叫んだ。
「逃げるぞ! 陽向!」
「了解や! 琴!!」
 陽向は呪縛符を放つと同時、龍を反転させた。
 骨相手に蠱毒は効かないだろう。呪縛符もどこまで通じるか解らないが、少しでも足止めになれば…。
「泰国のえらい人が言うたんやって、「三十六計逃げるにしかず」ってな! 雲母さん!!」
「柘榴!!」
 一度だけ、駿龍柘榴はソニックブームを放った。それは、確かに命中した。
 だが、相手はまったく痛みを感じないかのようにこちらを見ている。
 もう一度、陽向は呪縛符を龍に向けて放った。効いているのかいないのか解らないが…
「早く! こないな所で足止めされて、倒されたらつまらんで。アヤカシは見つけたらええねん、撃破する必要ないもん。皆生きて寮に帰るんやから」
「解っている。こんなのに構うな! 行くぞ!!」
 反転、そして全速力。
 そうして彼らはその場を離れた。
 追撃をするでも、術を使うでもない。ただ大きく、ただ『強い』。
 寮生達は骨の龍。後に骸骨龍スケルトンドラゴンと呼ばれる敵をそう報告したのだった。

●希望の子供達
 集めたアヤカシの資料は二十種を超え、三十種にも近づく。
 三年生が調査した資料に比べれば数は倍以上のアヤカシを発見し、出会うことができたのだった。まずまずというところだろう。
「そのうち半分は他の儀でも発見されているものらしいですが…。一応天儀でしか見聞きしたことのないアヤカシは分けておきました」
 ユイスはそう言うと寮長に自分達が調べた資料を、差し出した。
「先輩達も調べている様に蛇のアヤカシがやはり多いようだ。地上で出くわしたアヤカシの多くは蛇系だった。他に不死系のアヤカシもかなりいたが…」
「不死系のアヤカシの多くは遺跡などにいた。三年生も出会ったという鎧の幽霊戦士は鎧兜のみの存在で実体は無かった。一切の回避行動をとらず、その攻撃力も高かった上、呪いの声を出す。妾達では倒すのがやっとであった」
「逆に、空飛ぶアヤカシには天儀で見たことあるものも結構いたで。あれや。空を渡って移動してきてるのかもしれんって話したんや」
「なるほど。その可能性は十分にありますね。これから人が増えていくにしたがって希儀にもアヤカシが増えていくのかもしれません」
 調査報告を聞きながら寮長は頷くのだった。
「それで、傷の方は大丈夫ですか?」
 報告書にはユイスが一度かなりの怪我を負ったと記されていた。
「はい。吸心符で傷はすぐ癒えましたし、祐里君が救急箱で手当てもしてくれましたから」
「朱雀の救急箱、大活躍やね。朋友達もみんな怪我なし!」
 ユイスが頷き、陽向が明るく笑う。
 全体の資料に目を通し終えると寮長は一年生達の方を見た。
「よく調べましたね。今回の課題は合格とします」
「やった!」
 声をあげて飛び上がる陽向。他の寮生達も安堵した表情を見せる。
「希儀は、貴方達のような大陸ですね」
「は?」
「えっ? それは、どういう…?」
 ふと呟かれた言葉に寮生達は目を瞬かせる。
「別に深い意味はありませんよ。可能性に満ち溢れている、ということです。良くも悪くも、これから、あの地と共に皆さんがどんな風に変化していくか楽しみですね」
 微笑みながらそう言った寮長は一年生達に退室を促した。
「う〜ん、褒められた…んやろか?」
「さてな。あの人の考えることは解らんよ」
 そう言うと魅緒は仲間達を振り返った。
 みんな、それぞれ個性が強く、山あり、谷あり。衝突もしょっちゅう。
 希儀のようだというのは言いえて妙だ。
「でも、だからこそ面白い」
「ん? なんか言うたかいな? 魅緒さん?」
「なんでもない」
 小首をかしげる陽向に笑って答えて、魅緒はさて、と伸びをした。
「皆、食堂に行かぬか? 希儀ではささやかであったがくりすますぱーてぃとやらをやりなおすとしよう」
 その瞬間寮生達の動きが止まった。
「え! 魅緒さんが作るの?」
「妾が作っても良いが、料理長や委員長がおるだろうな」
「よかった」
「ん?」
 一年生達は顔を寄せ合いながらひそひそひそ。
「(ひそひそひそ…)魅緒さんって調理委員会やけど、まだあんまり料理慣れてないんやね」
「(ひそひそひそ…)そのようだな…。味付けが…その…独特と言うか…」
「何か、言いたいことがあるのか?」
 魅緒は首を捻るが陽向は慌てて手を横に振る。
「いや、なにも…。なあ、雲母さんもご飯食べるだけだやから、いっしょせえへん?」
「…慣れ合うつもりはないと言っているだろう?」
「うちも言うたやんか。慣れ合いも悪くないって!」
「おい! こら、ひっぱるな!」
「…行こうか」
「ああ!」
 移動して行く賑やかな笑い声は、その後食堂で遅くまで続いたという。

 寮長は信じていた。
 希望の大陸希儀。
 朱雀寮の一年生達。
 どちらの未来もきっと明るいと…。