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■オープニング本文 ジルベリアの冬は厳しい。 時に深く降り積もった雪が交通を遮断し、春まで集落が孤立してしまうということもままある程に。 今年最初の大雪と呼べる積雪があった翌日。 南部辺境ラスカーニア領主ユリアスは、見回りの最中、ある者達に呼び止められた。 「ご領主!」 呼びかけてきた者達を見て、護衛は微かにざわめく。 相手は先の戦乱で傷つき、この街に保護された神教徒達であったからだ。 「ご領主に…折り入ってお願いがございます。そんなことを頼める立場ではないと、解っているのですが…」 剣の柄に手をかけかけた護衛を手で制して領主は問う。 「貴方達からの、頼みとは珍しい…。なんですか? 私が聞けることならいいのですが」 「ある人物を助けに行って頂きたいのです…。お願いします…」 「ある人物? 助け…?」 その後、涙を堪えながら話す神教徒達の言葉をユーリはじっと、黙ったまま聞いた。 後に護衛の何人かは 「そんな話、聞くことはありません!」「危険です! ご領主御自ら動かれることは絶対にいけません!」 そう止める。 確かにそうだと思う。 「でも、捨て置くわけにはいかないでしょう…」 ユリアスはそう言うと静かに立ち上がったのだった。 そして開拓者ギルド。その奥の部屋で 「開拓者の皆さんにお願いがあります。大ケルニクス山脈の中腹に小さな集落があります。そこに留まる老人と子供を救出しては頂けないでしょうか?」 ラスカーニア領主ユリアスは自らの名でそう依頼を出した。 「集落? 老人と子供って、他に住人はいないのか?」 「ええ。そこはかつての神教徒達の隠れ里の一つであったと思われます。先の騒乱で動ける者の多くは戦いに参加し、命を落としました。しかし僅かな老人、子供が村に残っていた筈だ。と我が領地に預けられた神教徒達が言うのです」 ユリアスは説明する。 多くの者達が死を畏れることなく戦いに参加した。 老人も死を恐れずに戦い、子供を連れてきた者も少なくなかったが、その中でも動くこともままならない老人と、子供数名はその村に残ったようだ。と。 「村にはある程度の食料は残されているそうですが、村人も戻らず、残っているのが老人子供だけとあれば補給もままならないでしょう。加えて雪が降りました。ジルベリアの冬は、これから深まる一方です。後もう一〜ニ度雪が降れば、隠れ里と呼ばれる地は春まで、完全に封じられ春まで誰もたどり着けなくなるでしょう」 今なら、まだ間に合うかもしれない。とユリアスは続ける。 「雪深い山道を行き、彼等を無事保護して戻ってくるのは、開拓者の皆さんにしかできません。まして神教徒と解っている者達です。一般の兵は差し向けられません。彼らを保護した後の受け入れと保護は私が責任を持ちます。どうか、受けて頂けませんか?」 確かに、公にしてしまえばいろいろと問題も起きてくるかもしれない。 依頼を受けてくれるのは開拓者だけ、というのもまたその通りであろう。 しかし、気になることが一つ…。 「彼等は、あの戦乱の結末を、知っているのか?」 「…連絡はおそらく届いていないでしょう。生きている者も、死んだ者も、彼等に知らせる様な余裕は無かった筈です。でも気付いている可能性はあると思います。…だから、開拓者の皆様にお願いするのです。彼等を説得して、山から下ろして頂くことができるのも、皆さんだけだと思いますから…」 下手をすれば救出に行っても拒否される可能性はあるだろう。 しかし、そこに命があると知った以上、見捨てるわけにはいかない。 ユリアスの思いは解るから、ギルドは依頼を受理し開拓者に提示する。 雪は冬からの贈り物。と言う者もいる。 だが、その雪に今、命を脅かされようとしている者達がいる。 救出は間に合うのか。 そして彼等に救いと言う名の贈り物を与えられるのか? 祈りと共にその依頼は貼り出されたのであった。 |
■参加者一覧
フェルル=グライフ(ia4572)
19歳・女・騎
からす(ia6525)
13歳・女・弓
ジルベール・ダリエ(ia9952)
27歳・男・志
フェンリエッタ(ib0018)
18歳・女・シ
クルーヴ・オークウッド(ib0860)
15歳・男・騎
アルマ・ムリフェイン(ib3629)
17歳・男・吟
マックス・ボードマン(ib5426)
36歳・男・砲
草薙 早矢(ic0072)
21歳・女・弓 |
■リプレイ本文 ●行く者、送る者 出発の前の日もまた、雪が降った。 今年何度目かになる雪は幸い小雪程度で消えてくれたが、南部辺境ラスカーニアの町。 その道は前に積もった雪が踏み固められて凍りついていた。 少しでも油断すれば転んでしまうだろう。 「わっ!」 荷物を運ぶ子供が足を滑らせて転びそうになった。 それをサッと手を伸ばして支えたのは篠崎早矢(ic0072)である。 「大丈夫か?」 「ありがとう。お姉ちゃん。はい、これ、注文の品」 「ご苦労様。こちらこそありがとう。ほら、よぞら。これをかけて…」 微笑んで子供から荷物を受け取ると、早矢はそれを自分の霊騎よぞらの背中にかけた。 「これから山道を行くのだからしっかり頼むぞ」 首もとで紐を結んでポンポンと背中を叩く。寒さに強くない霊騎を雪山に連れ出す、せめてもの備えであった。 そう。開拓者達はこれから雪山に向かう。 大ケルニクス山脈雪中登山なのだ。山脈の奥にあると言う隠れ里。 そこに残る老人子供を迎えに行くのだ。 「やれやれ。町の中でさえもこれか。先が思いやられるね。レディ。君は寒さには強かろうが雪への備えはしっかりしておいてくれよ」 肩を竦めるマックス・ボードマン(ib5426)の言葉に彼のからくりレディ・アンもソリの準備をしながら頷いた。 彼らの用意した荷物の多くは自分達用では無い。 「政治的・宗教的に追い込まれた上、冬山に老人と子供だけで残されるなど絶望以外ないからな」 早矢はぐっと手を握り締める。力の籠る彼女の言葉にマックスは小さく笑って見せた。 「どう生きて、どう死ぬか。基本的にそんなものは人それぞれで、他人がとやかく言うことじゃ無いとは思うがね」 あまりにも厳しいマックスの言葉に早矢は少し眉を上げるが、彼の言葉と思いには続きがあった。 「ただ、あくまで、それが「自分」の意思に基づいてなされた選択によってもたらされた結果であるのなら。だ。彼らにはそれを自分の意思で決める権利がある」 だから、行くのだと言うマックスに早矢は何も言わず頷いて準備の続きをする。 自費で用意するつもりだった品の多くは依頼人が負担してくれた。荷物をそれぞれの朋友のソリなどに振り分けて積む。 向こうではからす(ia6525)も朋友と一緒に荷物の確認をしていた。 「火種、防寒具。食料に天幕、菓子に医薬品にロープ。後は棒と…そちらは準備良いか?」 『バッチリでありますよ』 もふらの浮舟が飛び跳ねるように答えた。その背に繋いだソリも跳ねる。 「後は…これも…。おや、来た」 ソリに小さな荷物を乗せた時、広場にやってきた集団を見つけからすは顔を上げた。 「遅くなりました。お待たせしてしまいましたか?」 頭を下げたフェルル=グライフ(ia4572)に大丈夫とからすは笑って見せる。 「荷物の準備は大体終わったところだよ。そちらの方の手配は終わったのかね?」 「はい。おかげさまで。領主様からも自筆の書を頂いてきました」 「神教徒の人らから一応地図もろうてきた。危ない所も何か所かあるらしいから、それは後で話すな」 クルーヴ・オークウッド(ib0860)とジルベール(ia9952)がそれぞれ答えた後ろには、静かに立つ依頼人でもある領主ユリアスと、一人の青年が立ってた。 「ありがとう。アレクさん。辛かったのではありませんか?」 沈んだ顔の青年にフェンリエッタ(ib0018)はそう笑いかけるが、彼は慌てて首を横に振った。 「辛いなんて…そんな! 死んでいった仲間や、彼らに比べたら…自分達なんて…」 キュッと唇を噛む音が聞こえたような気がして皆がアレクと呼ばれた青年を見たと同時、彼は深く、頭を開拓者に向けて下げた。 「ムシのいい話だとは、分かっています。でも…どうか彼らをお願いします…」 その言葉で青年を知らない者も面識がなかった者も、彼が生き残りの神教徒の一人であると解った。 「家族や仲間を亡くして、雪の中に閉じ込められようとしてる人らを…ほっとけるわけないよなあ…。ま、頑張るから待っといてくれな」 頭を掻きながら笑いかけるジルベールの言葉に他の開拓者達もそれぞれが、肯定の思いで頷いた。 「では、出発しましょうか」 「それじゃ! 行くよ。プロメス」 フェンリエッタの声にまずはアルマ・ムリフェイン(ib3629)が歩き出し、開拓者達がその後に続く。 「待って下さい! アルマさん! 皆さん!」 それを、ユリアスは引き留めた。 『――僕は一心に急ぎ進み過ぎてしまった人を知ってる だから、君が統治者で、上に立つ者であるなら、忘れないで欲しい。 …守るべきを忘れず、目を逸らさず視野を広く、思考を縛られずにいて』 アルマのさっきの言葉が耳に残る。 「さっきのお話、考えておきます。いえ、よく、考えます。そして、必ずお返事をします。今は、そんな返事しかできなくて申し訳ないのですが…」 開拓者の前で祈るように手を組みながら告げた領主ユリアス。いやユーリは 「どうぞお気をつけて…」 アレクと共に深く、深く頭を下げて開拓者達を見送ったのだった。 ●出迎えた者 雪は全てを覆い隠す。 道も、危険も。 『主! 危ない!!』 前を行くフェルルの手を彼女のからくり、ウルーヴは強く後ろに引き寄せた。 「キャッ!」 悲鳴を上げたフェルルの眼前にドサドサ! 雪の固まりが落ちてきた。頭上の森、その木から落ちてきた雪である。 「ありがとう。ウルくん」 フェルルはウルーヴに礼を言うと、前を見た。 丁度列が止まり、ジルベールが道の確認をしているようだ。 「ん。このまま行って森を抜けて、最後に少し険しい丘を越えると隠れ里に着くみたいやね」 神教徒達から教えて貰った地図を確かめる。 「あと少しや。頑張ろうな。ヘリオス」 森の真ん中を通る、気を付けないと見落としてしまいそうなこの細い道が彼らを隠れ里へと導いてくれる筈であった。 だが 「あっ! 見て!」 アルマが声を上げて前を指差した。 木が何本も倒れていたのだ。森の出口、そこへの道を塞ぐように。 「…雪で倒れたんかいな?」 「いや、違うと思う。ほら、切り口が…」 腕を組むジルベールに早矢は倒木の根元を指さす。 彼女が言う様にその根元は明らかに斧などで意図的に切り倒されていた。 「村人か…それとも村を出た神教徒か…。どちらにしても村に人が簡単に出入りできない様にしてあるのですね」 考える顔でフェルルが言った。人であるならその木を越えていくことはできない訳では無さそうだ。 しかし、霊騎やもふら、そしてそれらが引くソリは越えられそうにない。 「…ここは僕に任せて下さい」 背負ったアーマーケースを下ろすクルーヴの声に開拓者達は数歩後ろに下がった。 逆にクルーヴは前に進み出るとアーマーを稼働させる。 「ヴァンプレイス!」 迅速起動でクルーヴが乗り込むと、その鉄の身体は立ち上がり、躊躇うことなく前に進んだ。 力強い腕は倒木を軽々と脇へと寄せる。 「もしかしたら、後でまた使う事があるかもしれませんからね」 程なく道ができた。少し先までアーマーで進んでから、クルーヴは仲間の元に戻ってきた。 「お疲れ様です」 「あの先に細い道が続いています。ジルベールさんが言った丘への入口だと思います」 「解りました。行きましょう」 クルーヴがアーマーを片づけ終わったのを確かめて、彼らは進んだ。 進むにつれて深くなっていく雪。 それをかき分けながら進んだ彼らの前に石碑が見えた。そしてやがて村囲いが… 「着いた…?」 そう思った瞬間、 シュン! 微かな音と共にアルマの真横を通り過ぎたのは弓矢と 「そこを動くな!!」 突き刺すように響く子供達の声であった。 ●遺された者 開拓者達がその村に入った時、感じたのは寒さであった。 ジルベリアの12月である。暖かいわけは勿論ない。 家は少なくない数が立っている。しかし、誰もいないと解る。 人っ子一人いない村。 それが彼らの背中を凍らせるのだ。 「こっちだよ…」 先頭を行く男の子が後ろについて歩く開拓者にそう声をかけた。 彼は村を歩き、やがて奥まった一軒の家を扉を叩いた。 「長老…入ります」 「おかえり…。怪我はなかった…!!」 中には老人が数人と、その世話をしているらしい女の子が数人いた。 長老と呼ばれ、優しく少年を迎えた声は 「な、なんじゃ! そいつらは!!」 瞬時に、その声の質を変えた。驚きと、警戒を孕んだ声に。 と、同時部屋の中にいた者達は開拓者も驚く素早さで長老の背後に集まった。 寝台に横たわる老人ですら微かに身を起こし、開拓者達を威嚇するように睨みつけている。 「ルイ! どうしてそんな奴らを連れてきた! 他の子供達はどうした!」 少女の中には今まで料理に使っていたナイフを震える手で構えている者もいる。 そして彼女らを背後に庇う老人。おそらくは長老も、腰に帯びていた短剣を胸元にしっかりと握りしめている。 ルイと呼ばれた男の子は困ったような顔で開拓者を振り向く。 見張りの彼らは解ってくれたが…果たして。 その顔を安心させるように笑って頷くとフェンリエッタは一歩、前に進み出た。 「驚かせてしまって、申し訳ありません。私達は貴方達を救いに来た開拓者です。子供達は、無事で今、私達の仲間と共にいます」 「子供達を人質にとったか?」 「何を言うか! 騙されぬぞ! 皇帝の手先であろう! 神教徒の最後の生き残りを絶やしに来たか!」 声を荒げる老人たちにマックスは両手をあげて見せた。 「我らが皇帝陛下が、こんなまどろっこしい事をすると思うかね? その気なら騎士団の一隊も送って、それで総てオシマイにするだろうさ」 フェルルもまた武器を何一つ持たない手を大きく広げて呼びかける。 「貴方方は、最後の生き残りではありません! 待っている方がいらっしゃるんです!」 「そんな者…!」 その時であった。 〜〜♪〜〜♪ 「!」 その場にいた全員の視線が、柔らかい音楽とそれを奏でるアルマに集まったのは。 彼が奏でるバイオリンが紡ぎだすのは今はこの村でさえ、絶えて久しい楽曲。 誰も歌う事さえなくなった神を、称える歌。 それにフェンリエッタの竪琴が歌声と共に重なる。 「…神は〜我らを救うために〜、その手を広げ〜差し伸べた〜♪」 開拓者に依頼をした神教徒達が教えた讃美歌であった。 「…救いの扉、今、目の前に〜、共に行かん〜神の園へ…」 「レナ!」 老人の後ろにいた女の子。まだ3〜4歳であろう子は無邪気に歌う。大好きな音楽を聞けたのが嬉しいと、言うように。やがて、その歌声に他の少女や、老人達も己の思いを重ねはじめる。 歌はやがて、合唱となって場に広がっていく。祈りと神への賛美と共に…。 演奏が終ると大きく息を吐き出して、アルマは言った。 その肩には白いカーディガンがかけられている。 「この服に、見覚えはありませんか? それから、アレク…という名前には?」 「! アレク…じゃと?」 「アレク兄ちゃん?」 「あれは、まさか…」 ざわつき始めた神教徒達の前にフェンリエッタは手紙を差し出した。 「これは、貴方方を心配する人達からの、手紙です。どうか、読んで下さい」 「先の戦乱で救助され、生き残った人たちがいるんだ。その彼らからの頼みで僕達は、ここに来た。共に、待つ人の元へ来てくれないかな」 「お願いします」 アルマ、フェルルと繋げられた言葉に、まだ彼らの反応は固い。 その時、ジルベールはふと顔をあげると外へ繋がる扉を開けたのだった。 香ってくる甘い匂い。暖かい湯気の気配、そして…子供達の笑い声。 「まずは暖かくして栄養あるもん食わへん? 話はそれからや? ほれ、今、うちらの仲間が外で暖かいもん作ってるんや。そろそろできたやろ。運ぶの手伝ってくれへんかな? ここで皆でメシにしよ」 「そうだね、腹が減っては戦はできぬ、という言葉もあるそうだよ」 鼻孔をくすぐる匂いは徐々に強くなっていく。顔を見合わせる大人達の背後で、子供達のお腹が、誰よりも早く反応した。 ぐうう〜〜。 「これ皆で食べようと思って持ってきたんです。雪だるま饅頭、良ければどうぞ」 「キャンディもあるよ。美味しいよ!」 テーブルの上にフェンリエッタが菓子を並べ、アルマはキャンディボックスを開けるとポンと自分の口に投げ入れた。 「一緒に食べない?」 「食べる〜〜!」 走り寄る子供達を、老人は微かに手を伸ばすだけで止めはしなかった。 「ほら、汁粉ができたぞ。熱いからやけどしないようにな。他の料理もあるから運んでくれないか?」 「一緒に行きましょうか?」 「「はーい!」」 そして寒々とした部屋はやがて、湯気と子供達の笑い声で溢れることとなったのである。 久しぶりの温かい食事をおなかいっぱい食べて、子供達は気が付けばあちらこちらで眠ってしまっていた。 中にはもふらである浮舟のもふもふの毛から離れず腹を枕にしてしまっている子もいる。 「ふふふ、可愛いですね」 「歌を教えて貰ったんだ。落すなよ」 『解ってるもふ!』 眠ってしまった子供達に毛布をかけて回って後、開拓者達は改めて老人たちと向かい合った。 長い沈黙が、どのくらい続いただろうか? 「やはり…神は、我らを救っては下さらなかったのか…」 あまりにも悲痛な呟きに、だが開拓者は首を横に振ることはできなかった。 「まあ、隠しても仕方ないことだからはっきりと言わせて貰うよ。戦は終わった、大勢が命を落とした上で、だがね。だが、その中で生き延て、かつ信仰も捨てて無い者もいると伝える。この村の事を教えてくれたのも、そういった人さ」 マックスはさらりとそう告げる。あまりにも重い現実は、きっと彼の言葉ほどには彼らの中を流れては行かなかっただろう。 「見たところ、食料や薪などの備蓄もそう多くないようだ。冬の厳しさは、我々よりも良く知っているだろう? 一緒に彼らの元に行く気はないかね?」 その言葉に老人達はまず、互いの顔を見つめ合い、そして、眠る子供達の顔を見た。 早矢も同じように子供達を見る。4〜5歳だと思っていた子供は実はもう7歳だと言っていた。自分達を攻撃した見張りの子もせいぜい10歳程度と思っていたが13歳になるという。栄養失調とまではいかないだろうが、食料の不足が子供達の成長に影響を与えている可能性は十二分にある。 「…レナはアレクの兄の子。いわば姪にあたる。わしにとっても、アレクは孫の一人だ…。神の教えに背いたとはいえ…生きてていて良かったと思う心は…ある。それに子供達のことを思えば…確かにここには未来は無かろうな」 「だったら!」 希望に目を輝かせた開拓者達、だが老人達は自身が山を降りることには、頑なに首を横に振った。 「だが、わしらはここに残る。戦いに、加わることさえできなかった我らだ。今更、山を下りて何もできぬ」 「それにここには先祖や、同胞や…神もいる。捨てていくことはできぬよ」 老人たちがそう言いだすかるしれない事を、開拓者達はある程度予測していた、だから彼らは根気強く説得を続けた。 「お気持ちは解ります。でも…」 フェルルは彼らを見つめ 「ここにいるフェンや皆さんと一緒に、神教徒の方々と何度となくお話しました。 街にいる彼らは今道を見失っている…そう感じています。 その街の皆さんを、どうかここにいる皆さんで支えてあげてください。そうしてこの子供たちが笑顔で大きくなれる、そんな道を皆で探して欲しいんです。 開拓者の私が言える立場ではないのかもしれません。私たちも、私たちの出来る事でこれからも協力していきます。どうか、お願いします…」 深く、頭を下げ早矢も 「今は、絶望しか、感じられぬかもしれぬ。だが…希望を捨てないで貰えないか?」 老人達はに語りかける。揺らぎのない思いに老人達に微かな迷いが生まれた時 「!!」 ジルベールが手を翻し、今まさに動こうとした長老を押さえた。長老の手から落ちた短剣をマックスが拾い上げる。 「自害、する気かね? 君たちの神にその命を捧げる、とでも?」 「本当なら、我々も皆と共に戦いたかったのだ。おめおめと生き延びるなど光の地で待つであろう子孫達に顔向けが出来ぬ…」 「一つ、教えてくれないか? 神様の教えってのは…そもそも何のためにあるんだい? 私はてっきり、正しく生きる為の指針と思っていたんだがね」 問いの形を取ってはいるが厳しいマックスの言葉に老人は顔を背ける。 「あんた達が信仰を守るために死も厭わないのは知っているが、その信仰を捨てずに済む道があるとしたらどうかな。その場合死を選ぶ事に意味があるのかね? 訳もなく自らの命を絶ったり子を殺した者の罪を神は問わんのかね?」 「僕は貴方達に生きて欲しい。春を見て欲しい。そして…貴方の待ち人を悲しませたくない。死ぬなんて、考えて欲しくないんだ」 「置いてきぼりも置いて行く方も同じくらい辛いですよね…。どうか、ここに残るだなんて、まして死ぬなんて寂しいことは言わないで。子供達の未来を一緒に考えて貰えませんか? 街では若い人達が信じた道を無くして迷ってる…貴方達の支えが必要です。 私は皆さんや里の事も全て心に刻んで生きます。 その心で生きて、戦のない、誰もが笑顔で暮らせる未来を創りますから、見ていて下さいませんか」 アルマ、フェンリエッタと続いた言葉に、最後に思いを乗せたのはジルベールであった。拾い上げた短剣を鞘に戻し 「辛い時は永遠に続くような気がするよな でも長い人生、小さな宝物みたいな出来事もあって、決して苦しいことだけやないって知ってるやろ? 子供らの人生をこのまま絶望の中で途絶えさせるんは不本意な筈。一緒に山降りて、子供らを見守って生きてくれへんかな。いつか、ひょっとしたらまたここに帰って来れるかもしれんよ」 はい、と長老に差し出した。 「皆さんを保護する領主の方は言ってくれました。『隠れ里を故意に滅するようなことはしないようにする。彼ら次第でここに戻れる日が来るかもしれない』と…。だから、お願いです」 膝をついてフェルルは祈るように手を組み頭を下げる。 開拓者達の一人一人の思いに老人達は目をつぶると、一言だけ 「…解った」 そう、答えたのだった。 ●生きる者 「お兄ちゃん!」 「レナ!」 数日後、十分な注意と準備のおかけで十数名の神教徒達、全員とその荷物と共に無事山を下りた開拓者達は 「また…会えたか」 「おじいさま…」 家族の再会を満面の笑顔で見届けた。彼らの横で、領主も微笑んでいる。 「ありがとうございました。これで、彼らが生きる気力を取り戻してくれるといいのですが…」 「こっから先は、ある意味彼ら次第、やからね。ご領主。約束は頼んだで」 ジルベールは長老が、もういらんとくれた短剣を玩びながら依頼人である領主を見た。 「神教徒を故郷に返すのは一領主の権限を超える事なので約束はできませんが、彼らを守りいつか故郷に戻せるよう努力はします。彼らを強制労働などに向かわせることは致しません」 「ん、今は、それでええわ」 「彼等に今、必要なのは希望、ですからね」 依頼人としては精いっぱいの誠実な答えに、開拓者達は頷いたのだった。 「さて、行くかな。ええクリスマスプレゼント貰った気がするわ」 間もなくクリスマス。そして新しい年。 彼らの傍らにはフェンリエッタが親しい者達に贈ったものと同じクリスマスカードと、ジルベールが故郷の木を刻んで作ったオーナメントがある。これからもきっと開拓者達の代わりに寄り添ってくれるだろう。 楽しげに歌うもふらの声が聞こえる。 神教徒達が、いつか故郷に戻れるように、希望を胸に前を向いて生きられるように祈りながら、彼らは依頼を終えて、その場を静かに離れたのだった。 絶望に打ちひしがれていた神教徒達に希望と言う贈り物を届けて…。 |