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■オープニング本文 それを最初に、考えたのはいつごろから、だったろうか? ずっと、思っていた。 寮生として仲間達と共に戦い、傷つく彼らを治療する時に、また病に侵された人の看護にあたる時、必要な薬や道具が一箱に纏められて、誰にでも使えるようになっていたらどんなにいいだろう。と。 それを卒業までに形にできたら…と。 「さて、大掃除です」 「えっ?」 12月の委員会活動の日。 集まった一年生達を前に、三年生達はそう告げた。 「毎年恒例。12月の委員会活動は年に一度の朱雀寮大掃除を行います」 朱雀寮は国の施設なので、基本的な清掃は事務や雑用を担当する職員がたくさんいて、彼らが毎日行っている。 加えて自分の学び舎。掃除も各学年で行ってもいる。 しかし、一年間暮らしていれば、埃もたまるし、汚れも目立ってくる。 整理が行き届かないところだってある。 だから、それを1日かけて大掃除するのだと、委員長達は一年生と二年生に告げる。 「図書委員会のメインの仕事は〜、図書館の整理整頓と、希儀調査の資料まとめですね〜」 天気が良かったら、本の虫干しもしたいですねぇ〜」 ほんわかと笑うのは図書委員長だ。さらに 「調理委員会は台所の大掃除よ。プライドにかけて黒害虫なんか出ないように気を付けて清潔にしているけど、細かいところとかは行き届かないところもあるから綺麗にしたいの」 と調理委員長が言えば、 『用具委員会は倉庫の整理です。用具の分類、整理。朱雀寮の用具倉庫の部屋数は50以上にも及ぶと聞きます。全部…は無理でもこれを機にどこに何がちゃんと掃除がてら整理したいと思っています』 と用具委員長(の人形)がにっこりと笑う。 「体育委員会は特に持ち場が決まっていないから、各講義室や研究室の掃除をして、それから各委員会の手伝いをするってことで」 体育委員長がそう言った時 「…あの、実は手伝って欲しいことがあるのです」 おずおずと、前に進み出た保健委員長は寮生達に告げる。 「手伝う、って? 何やろか?」 一年生が質問! というように手を上げた。 「救急箱、作りです」 「救急箱?」 「はい」 と頷き、委員長は続けた。 「今まで実習などの時は、使うかもしれない薬草などを選んで持って行っていました。でも、思っていたのです。手軽に必要な薬品などを持ち運べる薬箱、救急箱ができないものだろうか、と」 そう思っていたのは委員長だけではない。 この間も試作品のようなものを作ったりしていたのだが、時間が無くて形にできなかった。 「保健委員会は薬草園の手入れと、薬草の仕分けと、救急箱の中に入れる薬品などを用意しなくてはならないので、箱を作るのに皆さんに協力して貰えたら、と思っています」 「…とりあえずは、寮内で…使う。でも、ゆくゆくは…町の人達の、一家に一箱。朱雀の救急箱、なんて…、できたら…ステキかな…って」 確かに、と思う。 実習などの時に救急箱を持って行ければ、いざという時、役に立つだろう。 店で売られるようになったら、開拓者達も旅先や戦場で使って貰えるかもしれない。 そして…貧しくて薬が買えない家庭に贈ったりできたら、いつかその救急箱が人の命を救うかもしれない。 「確かに、ステキですね」 「そう言うわけでぜひ、手がすく時間があれば箱作りとデザインの協力をお願いします」 勿論、大掃除もしなくれはならない。 今年もあと一月も残っていないから、新しい年に向けての準備と掃除はしなくては…。 「宴会ばっかりって笑われそうだけど、終わったら、皆で食べる夕食は用意しておくからね」 「それじゃあ、皆もいろいろ大変だろうけど、気持ちを切り替える意味でも、しっかりやろう!!」 三年生の激が秋晴れ、というには寒くて高い空に向けて飛んで、消えて行ったのだった。 |
■参加者一覧 / 芦屋 璃凛(ia0303) / 俳沢折々(ia0401) / 青嵐(ia0508) / 蒼詠(ia0827) / 玉櫛・静音(ia0872) / 喪越(ia1670) / 瀬崎 静乃(ia4468) / 平野 譲治(ia5226) / 雲母(ia6295) / 劫光(ia9510) / 尾花 紫乃(ia9951) / サラターシャ(ib0373) / アッピン(ib0840) / 真名(ib1222) / 尾花 朔(ib1268) / 雅楽川 陽向(ib3352) / クラリッサ・ヴェルト(ib7001) / カミール リリス(ib7039) / 比良坂 魅緒(ib7222) / 羅刹 祐里(ib7964) / ユイス(ib9655) |
■リプレイ本文 ●朱雀の救急箱 12月に入って、急激に冷える日が続いている。 防寒具やコートがないと思わず身体が震えてしまうような空気の冷たい日も、唸り声のように風が吹き抜けて行く日も、だ。 しかし、そんな中でぽっかりとまるで陽だまりのように空いたある12月の晴天の日。 今日は、朱雀寮の大掃除の日。 そして、今回はもう一つ、やることがあるのだった。 講堂に集まり、まずは大掃除の打ち合わせをする。これは自由参加であるが 「保健委員長、玉櫛・静音(ia0872)です。よろしくお願い致します。皆さん、今回はお手伝いありがとうございます」 お辞儀をする保健委員会委員長の右横では 「正直、委員会だけでの話題でしかないと思ってました」 と蒼詠(ia0827)が苦笑するように笑っていた。蒼詠の側には 「どんなのがいいかな? やっぱり使いやすくて…」 と考えに耽る羅刹 祐里(ib7964)。左には泉宮 紫乃(ia9951)に尾花朔(ib1268)。瀬崎 静乃(ia4468)も並んで保健委員会揃い踏み、である。 他にも 『どんな材料が必要ですか? 紙に書きだしておいて下さいね』 「救急箱はこそばゆいとこに手が届く感じだといいですね」 「資料も必要なら探しておくよ」 「救急箱ね〜いいわ、素敵ね。調理委員にもバスケットボックスとか作りましょうか」 用具委員会の委員長青嵐(ia0508)図書委員会の委員長アッピン(ib0840)と三年主席俳沢折々(ia0401)。楽しげに笑う調理委員会委員長、真名(ib1222)もいる。 「なるほど…救急箱。置き薬、か。確かに便利だね。 一般の家庭にも普及させるなら、薬の知識が無くても使えるようにしないとダメだよね。 薬の使用方法を書いた冊子を中に入れるとか、あと間違えないように、薬や薬草を入れる袋にも判りやすく名前を書いておいた方がいいよね」 「小冊子は、箱の底の部分をスライドさせた部分に収納スペースを、用意するとかどうでしょう? あ、でも強度とか使いやすさ、持ちやすさとかを…考えるとやはり机上の空論、でしょうか?」 「各委員会ごとに中身は調整したいよね。その委員会ごとにメインで使う薬とかは、違う様な気がするから…」 クラリッサ・ヴェルト(ib7001)は微笑み、カミール リリス(ib7039)や芦屋璃凛(ia0303)と話し合う。 「小冊子には絵も入れたいですね」 「朱雀の絵を描くなら、ボクに描かせて頂けませんか? 躍動感のある朱雀にしたいです」 サラターシャ(ib0373)にユイス(ib9655)。 他にも二年、一年も大よそ集まっていてとても賑やかだ。 「おいおい。一応、確認しとくぞ。救急箱も結構だが…メインは大掃除だって事、忘れてる奴はいねえよな?」 体育委員会委員長劫光(ia9510)が笑いながら釘を刺すが、勿論その点は心配ないだろう。 「はい。実際の作業は大掃除の後に行う予定です。それに、今回作るのは試作品で…最終的には業者に発注してある程度数を作って貰わなくてはなりません。だからもしできましたら作業しながら良いアイデアなど考えておいて下さると助かります」 「やっぱり、朱雀寮の救急箱だもの。箱に朱雀の絵とか描きたいわよね〜」 真名が言うとまたそれぞれにアイデアが上がってくる。 「おいおい!」 そう言いかけた時、 「ごめん! おそくなったのだ!」 平野 譲治(ia5226)が飛び込んでくる。 「こら! 譲治。引っ張るな! 逃げやしないから!」 後ろ手に引いた手には雲母(ia6295)が引きずられていた。 その様子に思わず劫光はくすりと、手を口元に当てた。 「いや、丁度良かった。じゃあ、とりあえず午前中は各委員会担当箇所の掃除な。終わってからまた集まって救急箱つくりだ」 そして仲間達を笑顔で促す。 「よっしゃ! それじゃあ、頑張るぜ」 喪越(ia1670)の声をきっかけに陰陽寮の大掃除が始まったのだった。 ●用具委員会の大掃除 掃除の前に用具委員会は、少し遅い新加入メンバーを出迎える。 「初めまして、こんにちは。うちは雅楽川 陽向(ib3352)、言います。ふつつかものですが、用具委員会の皆様、よろしゅうお願いします」 緊張の面持ちで委員達の前に立った陽向は一生懸命そう言うと丁寧に頭を下げた。 『はい。いろいろと厳しいことも言いましたが、こうして加入して頂いた以上は大事なメンバーです。よろしくお願いしますよ』 「力仕事とか多くて大変かもしれないけど、頑張ろう!」 委員長青嵐…の人形と、副委員長清心が笑いかけて手を伸ばす。 その手をとり、日向はしっかりと握りしめた。 『さて、大掃除ですよ』 挨拶も終わったところで青嵐は委員達に指示を与える。 『今回は用具倉庫を調べましょう。基本は上から、ですね。 まずは棚などに上げたものを一通り下して、外に運び出しましょう。 その後、長柄の箒で蜘蛛の巣取りと行きましょうか』 箒や道具などは揃えられている。 「掃除は高い所からが基本やもんな、頑張るで!」 『一つ一つ、貴重な品ですから、疎かには扱わないで下さいね。かつて封印壺の一つが割れてアヤカシが逃げたという事例もあるそうですから、気を付けませんと』 「はい!」 「無事、練習の成果が出せて良かったな」 元気に返事をして仕事に入ろうとした陽向の背を通りすがり喪越がポン、と叩いて行く。 「はい!」 と答えたと同時、気が付く。その言葉の意味を。 さっきまで鏡の前で、何度も挨拶の練習をしていたことを…。 「う、うちの百面相見られとったん!?」 顔を真っ赤にして俯く陽向を喪越(と、実は青嵐も)、笑いながらも優しい目で見つめていた。 そして用具委員会はてきぱきと仕事を進めて行く。 「青嵐先輩。それ、なんですか?」 『小さいサイズの呪術人形にモップをつけたものです。幸い、以前の人形パーツを流用すれば小さいものは作れますし。 傀儡操術で、掃除に使ってみようかと、動きは一瞬ですが、行って、戻ってで一往復はさせられるでしょう。隅などを掃除するにはいいかと思いましてね。 小さい分、汚れを掻きだせそうですし、簡易的なものですから出力ありませんしね』 「ほらほら、力仕事は任せな。次はどこだ?」 「じゃあ、こちらの壷をお願いします」 「はあ〜。凄いなあ。先輩達は」 掃除を進めながら陽向ははたきを手に感心したように声を上げる。 「しかし皆しっぽ無いのに、台に乗っても、重心が取れるん? …服に仕掛けあるんかな」 …感心するところが違う気もするが、 『はたきをかけ終わったら棚を拭いて荷物を移動させて、それから床の拭き掃除です。ぼんやりしている暇は、ありませんよ』 「はい!」 とにもかくにも用具委員会の作業はスムーズにまったりのんびり進んでいくのであった。 ●図書委員会の大掃除 用具委員会の大掃除はいわゆる大掃除、であるが図書委員会の場合は少し、違う。 「希儀関連の資料も増えましたし、図書館を整理するにはいい機会かも知れませんね〜」 アッピンはそう言って積み重ねた資料を委員達に指し示した。 「今回の大掃除では最新の研究と情報を元に古くなった資料を準備室か倉庫に入れて、新たに希儀のアヤカシや風土などに関する棚を設置して整理してみようかと思います」 「まずは簡単に書棚の掃除をして、その後本の整理。最後に埃が立った部屋をもう一度拭き掃除、ね。後は時間があったら、保健委員会が作る救急箱の小冊子。その参考になりそうな本も選り分けておいてくれるといいな」 「「「「はい!」」」」 「それじゃあ、始めて下さい〜」 三年生の指示に二年生、一年生達は素直に頷き動き始めた。 「先輩。これはどうしたらいいんでしょうか?」 「ああ、それはこっちに。っと…濡れ雑巾で書棚を拭くのはいいけど、直ぐに本を入れちゃダメだよ」 「本に湿気は大敵です。天候も悪くないですから、本棚が渇くまで虫干しをしましょうか。埃落としも念入りに。カーテンも綺麗に洗って修繕して光から本を守りましょう」 「いつもは掃除しない隅々までしっかりと掃除。見落としが無いようにね」 「全体の掃除が終わったら、後は分担しましょう。本の虫干しと、あと室内の清掃に」 おしゃべりしながらも皆てきぱきと働いている。 彼らの様子にアッピンも安心して本の仕分けに集中する。 そんな中。 「なんだか一年間があっという間だなー。去年は宝探ししたんだっけ」 独り言のように折々が呟くのを耳にして、アッピンはふと顔を上げた。 どこかしんみりとした折々の言葉の意味を、アッピンは理解している。 「そうですねえ〜。一年に入学した時は三年もある、と思っていましたけど、気が付いたらもう残り半年ですからね〜。進路希望調査も提出しましたし〜」 「うん。本当にあと少し。だから、たくさん残していきたいね」 成果とか思い出とか。言葉に出すと陳腐になってしまうけれど…。 「そうですねえ〜。そうできるといいですねえ〜。今回の救急箱も、きっとその一つになりますよ〜」 「そうだね。あ、アッピンちゃん。ちょっと掃除の区切りがついたら小冊子の参考書探ししてもいい?」 「いいですけど〜、夢中になりすぎて掃除を忘れないで下さいよ〜」 「解ってるって! あ、みんな! 大物の本とかは後で体育委員会の子が来てくれることになってるから、それまでに纏めておいてね〜」 「「「「は〜い!」」」」 鮮やかな笑顔がいつもなら静かで暗い図書室に光を与える。 図書室の大掃除も順調に進んでいた。 ●体育委員会の大掃除 図書室や用具倉庫などしっかりとした持ち場を持つ各委員会とは違い、体育委員会は委員会室以外の明確なそれがない。 「だから、体育委員は忙しそうな所を手分けして手伝いだ。寒いなんて言ってないで声出してけよ」 「はい!」「了解なのだ!」 ビシッとした返事を返す璃凛と譲治とは裏腹に 「まったく、いつまでこんなことをすればいいんだろうかね」 やる気なさげに煙管を吹かしていた雲母はわざとため息をついて見せた。 「雲母!」 彼女は自分の心情を隠そうと思ってはいないだろうし、それを聞き逃す三年生でもない。 諌めるように膝を突いた譲治や、あわあわと慌てる璃凛を軽く手で制して、劫光は体育委員長として雲母の前に立つ。 「普段は参加不参加に口出しはしないが、寮全体の行事であれば別だ。ここで暮らしてる以上は最低限のルール。その辺は解ってるよな?」 ワザと作った低い声には無言の圧力を感じる。 相手は年上+先輩。 そんなことで臆する雲母ではないが、くるりと煙管を回して灰を落とすと黙って片づけた。 「別に掃除をするのは構わん。やらないとは言ってない」 「よし、それでいい。じゃあ持ち場を決めるぞ〜。譲治。掃除の分担地図作ってたよな。見せてくれ」 「おっけーなのだ。去年の地図に改良と下調べを加えたパワーアップバージョンなりよ」 広げられた陰陽寮の見取り図に劫光が分担を書き込んでいく。 「うちはまず図書委員会の手伝いですね。それから全体の掃き掃除と拭き掃除…。譲治、どっちが多く丁寧に綺麗に出来るのか競争しない?」 「掃除は競争じゃないなりが、おいらは負けないなりよ。寮内をぴっかぴっかにして見せるのだ」 「その意気だ。俺は持ち場を片づけたら調理委員会に頼まれてる手伝いに行く。双樹は保健委員会の手伝いな」 『解りました』 「雲母は譲治と一緒に窓磨きや床や棚の掃除をしてくれ。それじゃあ始め!」 軽く手を叩いて合図をするとそれぞれが仕事に動き始める。 最初の持ち場である図書委員会に行こうとした時、ふと璃凛は気になって振り返った。 体育委員会における年上の後輩。 「雲母…。無理にやることも無いけどさ、関わっては…欲しいな」 知らず独り言のように呟いていた。劫光に注意を受けて譲治に促され、雲母も掃除をしている。 「うち、余計なお節介なんかして、副委員長失格だ」 自分の頭をぽかんと叩いた璃凜に 「そんなことはないぞ」 後ろから優しい声がした。振り返る。 「先輩…」 「そういう心配は、いくらでもしてやればいいさ。お前さんらしく、な」 くしゃくしゃと頭を子供のように撫でられる。 「はい! あ、図書委員会に行ってきます!」 そうして劫光は、軽く敬礼のように挨拶をして走って行く璃凛を、やると約束してからは真剣に掃除をする雲母を、誰よりも一生懸命にくるくると掃除に励む譲治を柔らかく微笑んで見つめて後、自らに気合を入れるように腕を捲ったのであった。 ●調理委員会の大掃除 こちらは朱雀寮、学生食堂厨房。 「まさかあのようなアヤカシがいようとは…。下界恐るべし…」 「違うって…。魅緒、黒害虫、見たの始めて?」 「あたりまえじゃ! あのような恐ろしいもの…。ああ! 今思い出してもゾッとする!!」 真名はまだ興奮冷めやらぬ様子の比良坂 魅緒(ib7222)を見て大きなため息をつく。 料理長に頼まれた買い出しの帰り道。 偶然立ち寄った食堂で黒害虫を見た魅緒の様子は、思い出しただけでまた頭痛がしてくる。 「…………きゃあああああああ!! め、滅殺すべしじゃ、塩を撒け、清めろ、結界を張れ! 近づくなあああ!!」 あわや店の中で術を使って黒害虫退治か、というほどの大騒ぎであった。 「まあ、あんなものは見ないに越したことはないですよ。はい、お茶をどうぞ」 「ありがと。彼方」 暖かいお茶を飲みほして真名は大きく、息を吐き出した。 自分も、少し落ち着けたような気がする。 「真名。…よもや、陰陽寮の厨房にアレはおるまいな?」 「あたりまえでしょ!」 探るような魅緒の言葉に真名は即答した。 「三太夫先輩、そして紅玉先輩から引き継いだ大事な場所だもの。清潔第一。あんなモノなんて敷居も跨がせないわ」 「黒害虫は掃除の行き届かない不潔な部屋に出るものですから。キチンと清掃された場所になんか出ませんよ」 珍しく真名が厳しい顔をしていた。真名のいう先輩達の名を魅緒は知らない。 しかし真名にとっては大切な人の名であり、調理室を清潔に保つということは彼女の矜持に関わることだということは…解った。 魅緒は知らず背筋を伸ばし、委員長の方を見た。 「すまなかった。で、妾は何をすれば良い?」 「調理道具を別室に一度運び出して、部屋中を水拭きと乾拭きでピカピカにするの。もうじき体育委員会から助っ人も来るはずだから…。水瓶や漬物の瓶は重いだろうけど壊さないように気を付けて」 「了解じゃ!」 「おーい、手伝いに来たぞ〜」 扉の向こうから声がする。あれは多分、劫光の声だ。 「今行くわ! 彼方。劫光を厨房まで案内して!」 「解りました!」 調理委員達も手分けして動き始める。 厨房、台所の掃除は大変である。 しかし、実は毎日こまめにやっていれば、こびりついたりせず、後が簡単なのだとかつての調理委員会委員長は教えてくれた。 隅から隅まで綺麗に。水拭きに乾拭き。 仕事をしながらこの場所であった事、思いなどを起こしながら…丁寧に掃除をする。 「一区切りついたら、壺とか道具、戻していいか?」 「お願い! 助かるわ。私達だけだと、うごけないもの」 部屋の掃除の間、どけておいた道具達。 真名はそれらが運ばれてくると、部屋にも道具にもねぎらいの声をかけ感謝する。 「うん、お疲れさま。ありがとう…またよろしくね」 丁寧に、一つ一つを抱きしめるように優しく…。 この台所に立ち、道具たちを使って料理ができるのはあとどのくらいだろうか…。 ふと、頭を過った思いを真名は首を振って打ち消した。 (浸ってなんかいられない、まだ半年残ってるんだもの) あと半年では無く、まだ半年と思おう。 「魅緒! 彼方。掃除が終わったら夜食の準備だから。暗くならないうちに整理を終えちゃってね」 後輩達にそう声をかけると、真名自身も材料を確認し料理の準備に取り掛かったのだった。 ●保健委員会の大掃除 救急箱作成の準備に忙しいとはいえ、保健委員会も勿論掃除に手を抜いていたわけでは無い。 むしろ、一番集中してやっていたと言えるかもしれない。 「祐里くん、そのコモは向こうのビワの木に巻いて下さい。あちらの木にはこの支えを立てます」 「…あ、はい! 解りました」 朔の指示に従って祐里はむしろを抱えて走り出した。 「藁縄を持って行って下さい! でないと木に巻きつけられませんよ!」 「あ! すみません」 「しっかりして下さいね。冬を迎える前の木々にちゃんと冬支度をしてあげる。それをするかしないかで来年の実りも違ってくるのですから…。力仕事は男の仕事、ですよ」 「はい、すみません」 自分より細身の朔が支え木を抱えて行くのを見て祐里は素直に頭を下げた。 「なんだか、心ここにあらず、ですね。どうしました?」 「あ、いえ。なんだか救急箱の方に頭が行っちゃって…」 「困った人ですね。劫光さんも言ってたでしょう? まず掃除が優先、と」 「はい」 別に怒っているわけでは無いから朔は軽く窘めるに留めた。 何よりまだやることはたくさんあるのだから。 「冬の作業だけあって、寒いですからね。あ、朔先輩。落ち葉掃き終わりました」 蒼詠が竹ぼうきを持って近寄ってくる。副委員長の登場を二人は笑顔で出迎える。 「ご苦労様です。仕事は後、何が残っていますか?」 朔に問われて、戸惑う様な表情を見せた蒼詠であったが、それは本当に一瞬のことであった。 『…副委員長。やる事は何があるか、一年生に言ってみて下さい』 そう問われて、答えて。 自分を信頼して薬草園を任せてくれた委員長の気持ちに応えなければ…。蒼詠は背筋を伸ばし、顔を引き締めた。 「木へのコモ巻きと支え立ては終えてしまいましょう。それから土が凍らないうちに春用の植物の確認をして覆いをかけておきましょう。お礼肥えもして…まだ結構仕事が残っていますから分担しては止めに片づけてしまいたいと思います」 「ええ、それでいいと思います」 にっこりと笑って朔は頷き 「よし! 力仕事は本当に俺に任せてくれ」 祐里は精力的に動き始める。 そして、蒼詠は彼らの先頭に立って、仕事に励むのであった。 副委員長としての、自覚と責任を持って。 一方、保健室に残った女子達はてきぱきと効率よく、しかも丁寧に作業を行い、一通りの掃除を終えていた。 「…窓拭き、棚拭き、終了。乾くまで、あと少し…窓は開けておいて」 「掃き掃除と、雑巾がけも終わりました。委員長、確認をお願いします」 静乃と紫乃の言葉に委員長である静音は、薬草整理の手を止めて室内を見回した。 夜光虫で本当に細かいところまで確認してあり、汚れなどどこにも残っていない。 「はい、良いと思います。本当に隅々まで掃除して頂いてありがとうございます。では、夕方、皆で集まるまでに中に入れる薬の準備などをしてしまいましょうか」 微笑んで、静音は信頼する二人を手招きする。 そこには救急箱に入れる薬草や薬、道具などが並べられていた。 「清潔な布、包帯、止血剤、鎮痛剤。後は、どのようなものがいいでしょうか?」 「家庭で使用することも考えて湿布薬や風邪薬なども入れたいですね。ただ、なるべく全体的に安価で出せるものを。一般家庭に置いたり補充がしやすいように…」 「…これは、小冊子の素案。…箱の裏とかに止めておいたらいいと思う…」 「私は、小冊子は箱の中に入れるイメージでしたが…箱裏に止めるのであればポケットか、止める紐などが必要でしょうか?」 「…箱の中に入れると、箱を、開けないと出せないから。ちょっとした時に読めるようにした方が、良いかなって…。…ゴムっぽいもので止めれば…、なんとか?」 「機能を損なわず、ゴムで止められる厚みはどのくらいでしょうか? あれも、これも書きたいことを書くと分厚くなってしまいそうですから、推敲しないと…」 絶対の信頼を寄せる二人の会話を静音は時折自分の意見を伝えながらも、黙って聞いている。 こんなあたりまえになってしまった暖かい時間が、実はかけがえの無い大切なものなのだと今更ながらに感じる。 こうして穏やかな時を友と過ごせるのはあと、どのくらいだろうか? 残り僅か。 だからこそ、一瞬一瞬を大切に過ごしたいと思うのだ。 「ただ今戻りました。何か仕事は残っていますか?」 薬草園から男性陣が戻ってくる。 「お帰りなさい」 微笑んで静音は彼らを迎えた。 「こちらの掃除は終わりました。少し早いですが皆さんが集まってくる前に講堂で準備を始めましょう。部屋を暖めて、薬草や道具を揃えて。寒い中働かせて恐縮ですが、用具委員会に行って道具をどなたか借りてきて頂けますか?」 「あ、それは俺が」「私も行きましょう」 「蒼詠さんは薬を入れたこのお盆を運んで下さい。混ぜないように気を付けて」 「はい!」 「では、行きましょうか?」 委員達と保健室を見回して愛おしげに微笑むと、保健委員長はそう言って立ち上がったのだった。 ●作るもの、残すもの その夜、朱雀寮の講堂は夜遅くまで音と灯りが絶えることは無かった。 「はーい! 先輩。材料持ってきたで〜、木材と取っ手の金具と、釘とのこぎりと…」 『小さな箱ですからこれで足りると思いますが足りなかったら言って下さい』 「それで、どんなふうに作るんだ?」 と腕まくりする用具委員達。 「飲み薬・塗り薬などの種別に分けましょう。体のどの部分に効果があるのかを薬袋に絵と共に記すと解りやすいかもしれません」 「構造は使いやすいようにシンプルに。 それでいて開拓者の使用も考えるなら、ある程度の耐久性はあった方がいいかな。 少なくとも少し落としたくらいなら大丈夫なようにしたいよね」 「小冊子の文面の草稿を作ってみました。応急手当の方法が主なんですけれど…」 「ほら、これ見て。この応急手当の方法の本。図解付きで解りやすいんだ。これを参考にしたらどうかな?」 「どんな薬を用意するかによるでしょう。開拓者専用ならともかく、一般家庭に置くのならおなかの薬や風邪薬なども入れたいですよね」 「先輩。朱雀の絵の下書きができたんだけど、どうかな?」 図書委員達は付属の小冊子などの作成を手伝い 「またまた遅くなったのだ! ほ〜ら! きらら!」 「だから逃げやしないと言ってるだろう。まったくめんどくさい。…ん? あんまり詰め込みすぎない方がいいんじゃないか? 取り出しづらくなるぞ」 「なんだか危なっかしいな。ほら、釘と金槌貸してみろ」 「これって箱と基本が完成したら、各委員会ごとにも一つずつ用意して、良く使う薬を中心に各委員会ごとに中身を入れ替えてはどうでしょうか?」 「あ、いいなりね。それ。とりあえずはこのノリ付きの紙に各委員会どんな薬が欲しいかかいてくのだ」 と体育委員会もそれぞれが分担して働き始める。 「皆さんの言う通り、箱の形は多機能よりもコンパクトで利用しやすいのが良いですね。治療はスピードが大事ですし」 「蝶番式は手軽だが、壊れやすいし、考えているものとは違うな。使う者次第だが、とにかく頑丈に、いっそ引き出し式はどうだろうか?」 「…それ、いいかも。引き出しごとに薬を入れ替えられるから…」 「その引き出しにこの段には、こんな薬、と書いておくのが確かに、解りやすいですね。小冊子は…簡単な絵も添えてわかりやすくしたいです。 怪我や病気で慌てている時に見るものですし文字の読めない人にも使ってほしいですから。 できれば骨折など大きな怪我をした時の応急処置も書き添えたいですが、ページ数が多くなってしまうでしょうか」 「解りやすくしようと思うとページは増えるよね。持ち歩くことを考えてどれを書いてどれを削るか決めないと」 「中に入れるものは…、清潔な包帯。薬草、止血剤、解熱剤、風邪薬、湿布薬。陰陽寮由来の生薬が主ですが、清潔な布やハサミなどの道具なども入れておくのがいいと思います。可能ならハーブなどの類も入れたいのですが…それは今後の検討課題、ですね」 「…小冊子は、薄いなら下に止められるか…って、思ったけど、厚くなりそうなら…、箱の横に、入れるスペースを作った方がいい…かも?」 それぞれの意見を出し合って、少しずつ形が出来ていく。 「はーい! 差し入れよ〜。おでん食べてあったまって!」 「だいぶ、形もできてきたな。少し休まぬか? 粥もある。梅粥にきのこと鶏肉入り。妾の手作りだ。特に劫光! 心して食うが良いぞ」 「お酒を飲める方は温めた葡萄酒をどうぞ。飲めない方には蜂蜜を垂らしたミルクがありますよ」 「あと少しです。休憩したらラストスパート頑張りましょう!」 調理委員会の励ましと暖かい料理に気合も入る。 そして…、さらにどれくらい経ったか… 「よし! できたよ!!」 朱雀寮の救急箱が完成した。 いろいろ試作を重ねた結果、選んだ形は横置きの引出型。 薬の用途に応じて引き出しは色分けされ、中の袋と共に薬の位置が一目で解るようになっていた。 横には縦長のは箱が打ち付け、取り付けてあり、薬の正しい使い方や応急手当などを記した小冊子が付属している。 中には清潔な包帯。薬草、止血剤、解熱剤、風邪薬、湿布薬と応急手当てに必要なものが一通り揃えられている。 そして箱の外には朱雀が描かれていた。 今まさに羽ばたこうとする躍動感あふれる朱雀は正しくこれが朱雀寮謹製の救急箱だと告げていた。 皆で作り上げた希望の小箱。 保健委員会委員長、静音は大事そうにそれを手に取り、抱きしめると 「みなさん、本当にありがとうございました」 仲間達に深く、深くお辞儀をしたのだった。 応える寮生達の態度は様々であったけれど、一つだけ共通していたことがある。 それは、皆で一つの事をやり遂げた喜びと充実感に輝いていたこと、だ。 夜、体育委員会の中庭。 「ご苦労だな。まだやってたのか?」 人目の届かぬ場所を丁寧に掃除する譲治を見つけ。劫光は静かに声かけた。 「そうした方が寮も喜ぶと思ったのだ」 譲治らしい真っ直ぐな返事に、劫光は頷いて側に寄った。 譲治もまた少し、仕事の手を止め空を見上げる。 満点の星空が二人をまるで、見守っているかのように。 「そっか。もうすぐここにも来れなくなるかもなりね。この夜空を見られるのも、あと半年、か…」 夜空を見上げながら呟いた譲治にそうだな、と劫光は呟いた。 「でも、残り半年じゃなくてあとも半年ある、って考えた方がいい、って真名も言っていたぞ」 「うん。卒業したからそれで終わりって訳でもないなりしね」 「ああ、卒業するまでの半年も、そしてそれからもきっと、たくさんの思い出が作れるさ。今日、救急箱を作ったように…な」 「うん! なればっ! 今日のように! 全力でやれることやるのだっ!」 「その意気だ! しっかりやろうぜ!」 二人はそう言うと高く掲げた手をパン! と打ち鳴らしたのだった。 かくして朱雀寮は大掃除を終えた。 あと僅かで新年。 新しい年に何が起きるか、どんな思いを抱き、朱雀寮生達が未来を作っていくのか。 まだ、知る者はいない。 |