【南部】吹き抜ける風
マスター名:夢村円
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 7人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/12/16 01:56



■オープニング本文

 ジルベリアの秋は短い。
 ハロウィンの祭りが終ればもう冬。
 南部辺境でももう既に雪の便りがあちらこちらで聞かれている。
 春の名を関する南部辺境劇場も冬の装い。
 春には桜、夏には向日葵が満開に咲き揃った庭も、今は冬支度を終えて眠りに入っているようだ。
「ですが、むしろ冬こそが劇場のかき入れ時であると言えますね」
 視察に来た南部辺境伯グレイス・ミハウ・グレフスカスは、集まった劇場のスタッフたちにそう告げたと言う。
「春や夏は外で活動的に楽しむことが多かった人達も、冬は暖かい室内でのんびりと過ごすことを好むでしょう。そして退屈した彼らは劇場に足を運ぶ。冬公演は今まで劇場に足を運ぶ事が少なかった人達にも舞台を楽しんでもらうチャンスです。今までにも増して頑張ってくれることを期待しますよ」
「はい!」
 オーナーである辺境伯直々の激励の言葉にスタッフたちの多くは喜び、今まで以上のやる気と意欲で仕事に戻って行く。
 …そう、多くは。
「…辺境伯、少し、お時間を頂いてもよろしいでしょうか?」
 スタッフの一人が辺境伯を呼び止めた。辺境伯を劇場のスタッフとは言え直接呼び止めるなど、本来であれば礼に反することだ。
 しかし、顔を顰める警備の者達を制し
「なんですか?」
 辺境伯はその人物に答えた。男性はこの劇場の舞台衣装主任である。
「…あの…冬蓮の、ことなのですが…」
 冬蓮。
 その名を聞いて辺境伯の表情が変わった。
 冬蓮少年は天儀からその才能を見込まれてやってきた衣装スタッフの一人である。
 しかし、少年はその身に大きな秘密を持っていたのだ。
 辺境伯の甥であるという…。
 それを知る者は今はまだ決して多くは無い。直属の上司である男性も知らない筈である。
「ハロウィンの祭り以降冬蓮の元気がありません。やる気がないわけでは無いのでしょうが作る作品にもデザインにも生気が感じられず実際の製作でもミスばかり。
 恋人が故郷に戻ってしまったからかとも思いますが、そんな簡単な事ではない様に思うのです」
 事情の全てを知る辺境伯には理由が解る。
 先の祭りで冬蓮は開拓者達から、自分の出生の秘密と素性を知らされた。
 そのことについて悩んでいるのにおそらく間違いないだろう。
「おそらく軽いホームシックであると思うのです。兄が側にいるとはいえ彼もまだ少年です。故郷が恋しいと思っても仕方ありません。一度帰してやりたいと思うのですが、ご許可頂けないでしょうか?」
「それは、…できません」
 辺境伯の答えに男性は驚いた顔で問い返す。
「何故ですか? 兄にまだ何かの容疑がかかっているから、ですか? しかし彼はこの間帰国していましたし、濡れ衣は晴れた筈では?
 無理にここに置いても、このままでは彼は使いものになりませんよ?」
「それでも…彼の出国を今、認める訳にはいかないのです」
「だから、何故です?」
 辺境伯は知らず握り締めていた手に汗が滲むのを感じていた。
 胸の中にもやもやと湧き上がるものを振り払う様に首を振って、辺境伯は男性を見つめた。
「それは、貴方が知り、口を出すところではありません。彼の事については私も考えましょう。今は、仕事に専念して下さい」
 感情の見えない、領主の声で辺境伯は男性に告げると話を打ちきりその場を離れた。
 そして、そのままリーガに戻ると依頼書と一通の手紙をかきあげたのだった。

 開拓者の元に辺境伯から開拓者ギルドに届けられた文書は二通。
 一通はいつもどおり、南部辺境劇場の出演者やスタッフたちに向けた新規公演の出演依頼であった。
『冬公演と銘打ち、年末から新年にかけて新しい演目を用意したいと思っています。ぜひ、また皆さんのご協力をお願いいたします』
 演目の製作と、舞台への出演。
 この辺はいつものとおりであるから依頼として出すのに何も問題はないだろう。
 しかし、若いギルドの係員は同封されていた封筒の中身に首を捻る。
 そこに書かれていた文章は、たったの一行。

『…あの子を、助け、支えてやって下さい』

「あの子?」
 よく意味が解らない係員の手によって二通の文書は依頼として貼り出された。
 その一文に込められた辺境伯の思いを、知る由もなく…。


■参加者一覧
氷海 威(ia1004
23歳・男・陰
フェルル=グライフ(ia4572
19歳・女・騎
フェンリエッタ(ib0018
18歳・女・シ
アイリス・M・エゴロフ(ib0247
20歳・女・吟
ファリルローゼ(ib0401
19歳・女・騎
アルマ・ムリフェイン(ib3629
17歳・男・吟
ウルシュテッド(ib5445
27歳・男・シ


■リプレイ本文

●冬の祭りとその影で
 冬。12月。
 既に何度も降り積もった雪が町をすっぽりと包み込む頃。
 いつもなら寒さに震え、クリスマスと新年を待つだけの街は久しぶりに活気づいていた。
 美しい吟遊詩人達が明るい声で歌う。
「冬だからこそ、春の花々に包まれてみませんか?」
「春花劇場にて冬の新作公演です。皆さんと一緒に作る舞台を楽しみましょう〜」
 くるくると踊る羽妖精に、日差しを感じさせるような歌声。
『大したものだな』
 護衛のように影から様子を見守るからくり、カフチェが呟いた。
 主アルマ・ムリフェイン(ib3629)はもちろんその親友であるフェンリエッタ(ib0018)も羽妖精ラズワルドも人々にチラシを配りながら、笑顔を絶やさない。
 その笑顔にまた人が集まる。そして笑顔がまた増える。
 歌と、笑顔の不思議な魔法が目の前で繰り広げられていた。
「遅くなって…ごめんなさい」
 小走りに駆けてきた金髪の娘が息を切らせながら頭を下げる。
「お疲れ様です。フェルルさん。向こうは…どうでしたか?」
「その件は…後でまた。イリス(ib0247)さんや皆さんがついていてくださいますから」
 フェルル=グライフ(ia4572)は息を整えながらそう言うと、
「いきましょうか? ウルくん?」
 朋友のウルーヴに声をかけた。ぬいぐるみのような着ぐるみを来たからくりウルは
『この恰好で?』
 と小首を傾げる。
「可愛いですよ」
 微笑むフェルルを加え、歌と笑顔の輪はさらに広がって行く。
 それらを守ろうと、カフチェは彼らの代わりに周囲を警戒するのであった。

 さて、その頃劇場では新作舞台の準備に大忙し。
 大きな荷物を運んだり、小道具を整えたり、会場の準備はまるで戦場のようである。
「音楽や歌や踊りで賑やかにミュージカル。
 子供から大人まで楽しめるように、冬だからこそ心温まる物語を」
 そう言ってフェンリエッタが用意してくれた脚本は出演者の殆どが動物であり、主役も人では無い。
 正確には人型ではない。
 雪だるまである。
 特殊な衣装の多くが今回は天儀に発注され、届けられていた。
「へえ〜、変わっていますね…。全身に着るぬいぐるみのようだ」
 興味深そうに見る衣装係や小道具の若者に主任はにやりと笑って見せる。
「ジルベリアではあまり見ないか? まるごと…っていうんだそうだ。冬蓮の恋人の店に世話になって…。おい? 冬蓮!」
 ぼんやりと心ここに非ずと言った様子の少年、冬蓮の名を主任は呼んだ。
「あ! は、はい。すみません!! なんですか?」
「今回の衣装の管理は任せる。他の連中に扱いとかを教えてやれ。お前の彼女のつてで借りた天儀の衣装なんだから汚すなよ」
「はい。解りました」
 そう答えたもののどこか落ち着かない様子の冬蓮を見て主任はため息をついた。
 主任も冬蓮も気付いてはいないだろう。
「彼が冬蓮…。事情はフェンから聞いているが、やはり不安が見て取れるな」
「さて、なんとかしてあげたいかな。問題が増えた分だけあの子らが苦しむからね」
 その様子を観客への御土産用にと編み物をしていたファリルローゼ(ib0401)やウルシュテッド(ib5445)、大道具の手伝いをしていた氷海 威(ia1004)が見つめていたことを…。

●春花劇場 冬公演開幕
 さて、暫くぶりにお客の入った春花劇場、開演前。
 美しいアーマー、アマリリスが迎える中。
「初日特典をどうぞ」
「うわ〜、可愛い。雪だるまだ!」
 人々の歓声が上がる。
 チケットは完売。
 劇場内のロビーでは小さなイベントが行われていた。
 町で配られたチラシにはこう書かれてある。

『イベント名 冬の花畑』
 冬枯れの劇場に「花」をみんなで持ち寄って劇場名のように花や光でいっぱいにしましょう』

『いらっしゃいませ。ようこそ春花劇場へ』
 劇場のロビーでは衣装を身に纏ったスタッフや吟遊詩人、銀色の毛並みの人懐っこい仔犬。着ぐるみのからくりウルーヴらがお客達を出迎える。
 頭上では羽妖精が飛んで回っていて、既にロビーから幻想的な雰囲気だ。
「お客様も私達も等しく舞台を作る一員ね、皆で楽しみましょう!」
 入り口のところで紙を渡された観客が中に入るとあちらこちらに机が並べられ色鮮やかな色彩が踊っていた。
 用意されていたのは沢山の絵の具とたくさんの色紙。
「これに花の絵を描いて頂けますか? 舞台で使用したり、劇場内に飾らせて頂きます」
「こちらは折り紙コーナーです。天儀ではこういう紙を折ってお花や動物を作ります。興味のある方にはお教えしますのでぜひやってみて下さい」
 親子連れは勿論絵を描く。男性や女性も折り紙であればそう気恥ずかしくもない。
「できましたー!」「これでいい?」
 カラフルな花が次々に完成した。
「はい。ありがとうございます。これをどうぞ」
 花を受け取ったスタッフは代わりに雪だるまの編みぐるみと宣伝チラシ。
 そして劇場向日葵の種を一粒お土産に渡したのだった。
「夏の記憶と未来のお裾分けです。春に皆で撒いてまた劇場を花でいっぱいにしましょう」
 春にはその種を皆で撒くイベントも予定しているとチラシにはあった。
「楽しみだね」
 子供だけではなく、大人も貰った種を宝物のように大事にしまったのだった。

 舞台裏では開演前のリハーサル中であった。
「夢を諦めた人が残した宝物…それを預かっていたスノードロップ…一体どんな気持ちだったんでしょう?
 その画家さんとはきっと仲の良い友達で…だから諦めてしまった事が悲しくて、夢の詰まった道具を宝箱にしまう事が切なくて、そしてその鍵を託されたのは嬉しかった…」
 舞台に最初に上がるイリスは自分の役を胸に抱く様に目を閉じて、セリフや劇の流れを確認する。
「奇しくも私の大好きな『春待ちの花』…頑張って行きますね」
 イリスは花のように微笑んだ。
「大道具、小道具、全て確認は終了した。異常はなさそうだ」
 威はそう言って舞台の上から降りるとファリルローゼと顔を見合わせて頷く。
「今回はラスリールは欠席、と言う連絡がきているそうだな」
「だが、油断は禁物だ。ラスリールの手の者が何かをしかけてくるかもしれない」
 ウルシュテッドと威はファリルローゼを交えて見取り図を広げ、警備の打ち合わせに余念がない。
 一方、主役のアルマ。
「う〜ん、ちょっと動き辛いかな」
 着ぐるみの雪だるまの衣装を身につけて手をぐるりと大きく回した。
「でも、脱ぎ着はしやすいように手は入れて有ります。ソリの上に座っておけるときはおいて場を離れても大丈夫だと思いますよ」
「まあ、役は何でもいいって言ったし、主役の雪だるまの感情表現ができていないとせっかくフェンちゃんが一生懸命書いてくれた物語が台無しになっちゃうからね。頑張るよ」
 衣装を着けてくれた冬蓮に頷いてから、アルマは彼を見た。
 フェルルから彼の様子はざっと聞いている…。
「ねえ、冬蓮ちゃん。ねえってば!」
 意識を別の場所に向けていた冬蓮はアルマの呼び声にやっと、我を取り戻したようだ。
「は、はい、なんでしょう?」
 彼とは何度も劇場で顔を合わせているが、こんな彼は初めて見る。
 アルマは服のポケットに入れておいた封筒をそっと、服の上から撫でると
「えっと、ごめん」
 意を決したように冬蓮の顔を見た。
 冬蓮もその目でアルマを見つめ返す。
「無神経なこと言うけど、冬蓮ちゃんはどこで、悩んでるの…? お兄ちゃんと血が繋がってないこと、じゃないよね」
 ピクンと冬蓮の頭が上がった。そして、また下に下がる。
「僕は色んな人の家族の形を見てきて、血縁じゃなくて、家族だと思える人が君の家族だと思う。
 僕自身は…家族が何であろうと僕で、君も君だと思ってて…。多分、君が悩んでいるのは天儀が好きで、ジルベリアも好きだから、だよね。帰りたいだけだったら方法はいろいろある。助けてもあげられる。でも…それじゃあ、問題解決には多分ならないんだ。君にとって」
 フェルルは言っていた。
『帰りを願うなら、力になると言ったんですが、彼は戻りたい、とは言わなかったんです。だから、私の気持ちを伝えてきました』
 と。
「間もなく開演です。準備お願いします」
 スタッフがアルマを呼ぶ声に解った、と返事をすると彼はもう一度冬蓮を見た。
 真っ直ぐに。
「…これからを決めたら、僕らは力になるから。
 …でもラスリール卿とかは、自分自身でも気をつけるんだよ?」
 そう言い残すと、手を握るように一通の手紙を冬蓮の手の中に残して舞台に向かって行く。
 この手紙は内密にグレイスから預かったものである。
「彼の事も気になるけど…、今は舞台に集中!!」
 動物や雪の妖精、その他をかけ持つフェルルや、ナレーション役のフェンリエッタ。
「絆、団欒、夢…厳しい国にも心が繋ぐ優しい未来は必ずある
そう、親友達と一緒に想いをこめ作った舞台
南部の人々や彼ら、冬蓮やグレイス様にも届けたい…笑って欲しい」
「頑張って成功させよう!」
 ロビーから戻ってきた仲間達と、楽屋の仲間。
 頷きあうと、開幕のベルと共に舞台に上がったのだった。

●舞台『雪だるまの宝探し』
 ベルが鳴り響くと、周囲の明かりが落とされていく。
 暗くなった舞台にパッと一筋の明かりが灯った。
 暗闇の中から白いドレスのイリスが、くるりと回ってお辞儀をした。
「ようこそ。春花劇場へ。
 今宵の花の中で見る夢は、冬の中の小さな物語」
 今度は客席にライトがさす。客席の中を歩いていた吟遊詩人が竪琴の柔らかな調べと共に客席に向かって語りかけた。
「貴方の宝物はなあに?
 形あるモノ、無いモノ、それとももっと別のモノ?
 そっと思い浮かべてみましょう」
 そして光は再び、舞台へ。
 巧みな演出に客席の観客達は夢の世界へと引き込まれていくのであった。

『舞台は冬の森。
 雪深い木々の足下からスノードロップの妖精がゆっくりと頭をもたげると楽しげに歌を口ずんでいます。

「♪金色に輝く大きな大きな木の下で、虹の夢見て待ってるの
 あの人の大切な宝物、誰かが見つけてくれるのを♪」

 スノードロップの歌声を、興味深そうに見ているのは、誰かが気まぐれに作った雪だるま。
「宝物って、なんだろう。ちょっと羨ましいな」
 目が輝いています。

 話を導くのはナレーション役のフェンリエッタ。
 可愛い声の雪だるま、コミカルで可愛らしいまるごと風味の衣装や仕草
 子供達の歓声が上がった。

「何故なら春にはとけてしまう…宝物どころか何も持っていないから」
 ぽんと手を叩くと雪だるまは飛び上がります。
「そうか、ならば僕が見つけて来るよ。いざ宝探しに出発!」
「♪それでは宝の鍵をあげましょう
 貴方に幸運がありますように」
 スノードロップに見送られ、通りかかった狼さんのソリに乗り雪だるまは旅に出かけます。
「金色の大きな木、どこにあるか知ってる?」
 森の動物達を訪ねます。
「熊さん、君は知っている?」
「知らないよ。でも茶色蜂の巣なら持っている」
「リスさん、君は知っている?」
「知らないわ。私の宝物はこのしましまの種」
「鹿さん。君はどうだろう?」
「ごめんなさい、私もそれは知らないわ。でも、このどんぐりはどう? ぴかぴか光ってきれいでしょ?」
「うさぎさん。君はしらないか?」
「私の宝物はこの紅い実なの」
 けれども、みんな知らないと首を横に振るのでした。
 ところで狼さんの宝物は?
「ふふん、秘密だよ」
 宝物はなかなか見つかりません


 雪だるまがソリの上にいたから、観客の多くは気付かなかったけれど、この動物達のダンスシーンは出演者皆での総力戦。フェルルも狼からその他の動物まで駆け回って演じている。
 実は、主役の雪だるまも時として動物役にもなって踊っていた。
 動物のまるごとを着替えたりして…。
「ちょ、ちょっとハードだね。でも…楽しんでもらってるみたいだ」
 衣装替えをファリルローゼに手伝って貰いながら、アルマは嬉しそうに微笑んでいた。

『次に雪だるまが訪ねたのは美しい雪精霊の所。
 彼女も最初は首を捻ったけれど
「何でも知ってる冬将軍に訊くといいわ。今、呼んであげるから」
 そうして、美しく輝く舞を捧げてくれました。
 冬の中に流れる風花のような美しい舞が終わると冬将軍がお出ましになったのです。
 何だか恐そうで大きな物知り冬将軍は、ほんの少しだけ微笑むと
「ふぅむ、あの丘で朝まで待ってご覧」
 そう指差す先に雪を降らせるのでした』

『吹雪に凍えぬよう身を寄せ合い、皆一緒にじっと時を待ちます。
 朝が近付き吹雪が止んで、丘から見渡す先には…西側を絶壁に遮られた巨木の姿が見たのです。
「見てみて! あの木! 光ってる」
 そう、木が金色になるのは、木が纏う雪が朝日に輝く時間だけだったのです。
「うわぁ、きれい!」
 寒さも忘れて皆大はしゃぎ
 その木の根元に宝箱はありました。
 ドキドキしながら鍵を開けたその中には…色々の絵の具や筆、使い込まれた画材と…お手紙が。
 闇に浮かぶシルエット。それは人の絵描きのようでした。
『私は画家にはなれないけれど、どうか夢の続きを貴方の手で』
 でも白い世界しか知らない雪だるまは困ったように首を傾けます。
「困ったな…こんなに沢山の色の使い方、僕には分からないよ」
 すると皆が自分の宝物を差し出して
「この種は夏に太陽になるんだ」
「花が咲くとお山が桜色なの」
 向日葵や桜、紅葉する木と団栗、鮮やかな果実…
 宝物の「元の姿」を描いて教えてくれたのでした。
 と同時に劇場のあちらこちらに灯される光。貼り出されたその絵は劇場を明るく照らして…
「ああ…そっか。僕にも宝物があったんだ」
 そうして、雪だるまは絵を描きました。
 それは紙一杯の「友達」の絵。
「皆のお陰で大切なものに気付けたよ、ありがとう!」
 その時、彼の周りに澄んだ歌声が響き、魔法のようにスノードロップの花が咲いたのでした。
「うわっ! 本物?」
 そしてスノードロップの妖精がふんわりと現れお辞儀をします。
「ほんの少しだけ、プレゼント。ほんの少しのお手伝い。花よ、精霊よ、そして取り巻く全てのものに私は感謝を捧げます」
「さあ! 歌おう! 踊ろう! 手を取り合って!」
「厚い雪の様な軋轢に悩んでも、苦しんでも、頑張れば春は必ずやって来ます。…だから元気を出して参りましょう。貴方を見ている人は、必ずいるのだから…」
 動物が、スノードロップの妖精が、そして雪だるまが、全ての仲間と手を繋ぎ、踊り、そして満面の笑顔で手を振るのでした』


 満場の拍手の中、ゆっくりと舞台の幕は下り、そして吟遊詩人が舞台の通路でそっと告げたのでした。
「貴方の宝物はなあに?
 思い浮かべた宝物が、厳しい冬にも貴方の心にあたたかく輝きますように」

 優雅なお辞儀と共に消された光に、吟遊詩人は消え舞台は今度こそ、本当に幕。
 拍手はいつまでも、いつまでも続いていた。


「うむ、成功だな」
 舞台そでから繰り返されるカーテンコールを嬉しそうに見つめながらファリルローゼは横に立つ冬蓮に聞こえるように、でも独り言のように呟いた。
「この脚本は私の妹が書いたんだ。
 私は彼女が…フェンが愛おしくて誇らしい」
 そこまで言ってファリルローゼは冬蓮を見た
「血の繋がりが全てではない。君の兄は血の繋がりなどなくても家族だろう?
 だが血の繋がりは頼る理由になる。『彼』は君の想いに応える男だ。家族が増えたと思うことは、できないか?」
 『彼』というのが誰を指すのか、冬蓮には解っているつもりだった。
「少し…もう少し時間を下さい」
 光に溢れた舞台を見つめながら、冬蓮はそう呟いたのだった。


 そして観客達は笑顔で帰路につく。
 セットに使った雪だるまの仲間の動物達の絵とスタッフ達と、たくさんの花に見送られて…。

●花と夢に溢れた冬
 春花劇場の冬公演はなかなかの好評を博し、新年までの公演が決まった。
 日に日に増える花の絵や折り紙でロビーはまるで春の花畑のようであるという。
 舞台上で本物の花が咲いたのは初日だけのこと
 他に出演者や演出の変更はあったが、その後もスタッフたちの尽力で客足が落ちることは幸いなかった。
 そして、その中で吹っ切れた様に元気に働く冬蓮の姿も、ある。
「もう、大丈夫なのか?」
 心配そうに問う主任にはい、と彼は笑顔で答えたという。
「迷いは空に飛ばしてきました」
 舞台の後、威は冬蓮を朋友である駿龍翔雲との遠乗りに誘ってくれた。
「冬蓮殿。自分は朋友に乗って移動する事が多く、ジルベリアの風景を空から眺める機会がよくあるのだが。
 よろしければ、気分転換に少しだけ飛んでみませぬか」
 一般人が乗っても辛くない、ゆっくりの速度で龍は空を飛ぶ。
 どこまでも深い青空は、人の迷いなど小さなものだと言っているようであった。
「自分は服飾に明るくないが、それでも冬蓮殿の作る衣装は素晴らしいと常々思う。
ジルベリアと天儀、両方の良い部分が合わさり、互いに引き立て合っていると感じられる。
きっと冬蓮殿は、ジルベリアと天儀の双方を愛していらっしゃるのだろうと、そう勝手ながら思っている」
 威は、そう言って冬蓮を励ましてくれたのだった。
「我々に宛てた辺境伯の御手紙にあった。『あの子を助け、支えてやってほしい』と。
 伯は冬蓮殿の事を、そのように思っていらっしゃる」
 冬蓮は胸元に手を当てた。
「そして我々も…自分も、微力ながら役に立てたら良いと思う。
 自分には聞く事しか出来ないかもしれないが、不躾ながら、もしお悩みの事があるなら、いつでも御話を」
 少しでも支えになりたい、調子を取り戻せるように、笑顔になれるように。そんな威の無骨だが優しい気持ちが一言一言に伝わってくるのであった。
 フェルルは彼に告げる。
『南部領をジルベリアと天儀の架け橋にしません?
 禁じられていないものが一つ。
 それは交易。
 今回の舞台のように天儀の品や芸をこの地の人に見てもらい、逆にこの地の品を天儀に運ぶ。
 そうやって互いを知る機会を多く作って、いつか天儀は傍の儀と思わせるんです。
 友達こそ宝物、それに気づいてもらいましょう♪』
 と。希望を、夢を。
『冬蓮さんの仕事。
 二つの儀が手を繋ぐきっかけに、これ程素敵な仕事はありません♪
 私や友は皆が手を取り合える社会を望んで進んでいます
 何年かかるかはわかりません
 それでも良ければ、冬蓮さんも一緒にこの儀をいい方向に変えていきませんかっ 』

 その時、冬蓮は気付いたのだ。
 自分が何故、落ち込んでいたかを。
 自分の故郷は天儀。兄は秋成。それに変わりは無い
 ただ、自分のルーツであり、沢山の友がいるジルベリアも大好きで、だからこそどちらかひとつと強いられることが嫌だったのだ。
「もし…そうできるのなら、その為に、何かできるなら、頑張りたいな」
「ん? 何か言ったか?」
 主任になんでもない、と冬蓮は首を横に振って見せた。
「今度、ファリルローゼさんに新しい浴衣ドレスを見せると御約束したので」
「そうか? 最近は色々なデザイナーが出しているからな。負けるなよ」
「はい!」
 自分は一人では無い。振り返れば見守ってくれている兄がいて、助けてくれる人、支えてくれる人がいる。
 どうせ、自分にできることは多くない。
 最終的な選択にはまだ時間もある。
 ならば自分にできることを、今は一生懸命頑張ろうと、彼は決めたのだった。
 今回の舞台のスノードロップの最後のセリフ。
『厚い雪の様な軋轢に悩んでも、苦しんでも、頑張れば春は必ずやって来ます。…だから元気を出して参りましょう。貴方を見ている人は、必ずいるのだから…』
「いつか、必ず天儀に帰る。堂々と…。それが僕の春だ」
 開拓者の思いと、兄の優しさと叔父からの手紙と共に胸にしまって、彼は前に向かって歩き出すのであった。

 少しの不安と、そして心からの感謝と共に…。