【朱雀】進路希望調査
マスター名:夢村円
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや難
参加人数: 11人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/12/12 10:35



■オープニング本文

【このシナリオは朱雀寮 3年生合格者専用シナリオです】

 陰陽寮の3年生達はそれぞれ忙しい日々を送っていた。
 委員会の活動に毎月の課題。
 それに加え依頼を受けて開拓者として希儀の調査にも加わっている者も多い。
 だから、と言うわけでは無いがなかなか卒業研究用の勉強に取り組めない者もいた。
 今年もあと残りわずか。
 新年を過ぎれば卒業まで残り僅かである。
 焦るわけでは無いが自分は卒業後どうするのか。
 陰陽寮に何を残せるのか。
 それ以前に卒業できるのか。
 そんな考えがまったく頭を過らない者はいないだろう。
 
 寮生達の気持ちを知ってか知らずか。
 11月の講義に集まった寮生達を前に寮長 各務 紫郎はこう告げた。
「今月の課題は進路希望調査です」
「えっ?」
 前置きも無い、思いもかけぬ言葉に首を傾げる寮生達。
 彼らに向けて寮長はそれぞれ1枚の紙を手渡した。
「皆さんはあと半年後、卒業試験を迎えます。合格できるかできないかは皆さん次第ですが、最初から留年するつもりの人もいないでしょうから、卒業後自分はどうしたいかを考えてその紙に書いて提出して下さい。期間は三日間。やらなくてはならないことは希望の提出だけですから後はアヤカシ牢で実験をしたり、図書館で資料を調べたり、フィールドワークに出たりするのもいいでしょう。卒業研究の中間纏めをする為の期間と思ってくれて構いません」
 前回が未知の土地での調査であった事に比べると今回は拍子抜けするほど簡単だ。
 寮生が思ったその時
「ただし」
 寮長は冷たい声でこう言ったのだった。
「この三日間、原則として同学年同士の接触を禁止します。今回の進路希望について相談するのは勿論、余計な会話もしないこと」
「ええええっ?」
 今までにない程に驚く寮生達の様子を無視して寮長は続ける。
「寮内ですれ違って挨拶する、程度の事はまあ許しましょう。同じ机で勉強するや、図書館で本を読む、アヤカシ牢で実験をするなども構いません。しかし、三日間の間は必要以上の雑談や交流は意図して断って下さい。それが今回の『課題』となります」
「…あの、もし違反したらどうなりますか?」
 おずおずと一人の寮生が手を上げて問う。
「別にどうということはありません。私が人魂を寮内に飛ばしている、とはいえ全てを把握できるわけではありませんから、やろうと思えばこっそり示し合わせて話す事もできるでしょう。しかし、それは『課題』を守らなかった、ということ。誰が見ていなくても自分自身がそのことを一番解っているのではありませんか?」
 寮長の答えを聞いて寮生は顔を下に向けた。
「次の委員会活動の日までには『課題』は解除されますので心配はいりません。また朋友との会話、朋友同士の接触も妨げません。手紙も…まあ禁止とはしません。ただ、今回の課題の意図を良く考えれば望ましくはないのは解っていますね」
『課題』の意図と寮長は言った。陰陽寮において今まで無駄な課題があった事は無い。ならば…。
「卒業後、五行に任官を希望する者については卒業前に希望する進路に合わせて試験が課せられます。その調整の為もありますので良く考えて希望を提出して下さい。
 以降、この部屋を出て後、全員が希望調査を提出し終えるまで寮生同士の会話、接触は禁止です。では、始め!」
 寮長が去った講義室で、寮生達は顔を見合わせる。
 思えば今まで、朱雀寮の課題は互いの協力が不可欠なものが多かった。
 お互いが助け合い、力を出し合い、高め合ってここまでやってきたのだ。
 互いの接触を断つこと。それが『課題』であるというのなら…。
 
 目の前に広げられた白い紙は告げる。
 夢のような時間は間もなく終わるのだと。
 そして誰も助けてくれない、自分自身との戦いの始まりを…。 


■参加者一覧
俳沢折々(ia0401
18歳・女・陰
青嵐(ia0508
20歳・男・陰
玉櫛・静音(ia0872
20歳・女・陰
喪越(ia1670
33歳・男・陰
瀬崎 静乃(ia4468
15歳・女・陰
平野 譲治(ia5226
15歳・男・陰
劫光(ia9510
22歳・男・陰
尾花 紫乃(ia9951
17歳・女・巫
アッピン(ib0840
20歳・女・陰
真名(ib1222
17歳・女・陰
尾花 朔(ib1268
19歳・男・陰


■リプレイ本文

●それぞれの思い
 朱雀寮寮長 各務 紫郎による課題発表から約一日。
「…あ、真心?」
 保健室で薬草の整理作業をしていた玉櫛・静音(ia0872)は窓の向こうから聞こえる羽ばたきの音に驚いて首を横に向けた。
 もしかしたら自分の鷲獅鳥が、と思ったのだがそんな筈は勿論無かった。
「…違います…ね。当たり前ですか。勝手に真心が出歩く筈もないのに…」
 そこまで言って静音はハッとした。自分が驚いている事に驚く。
 人の声を聞いたのが久しぶりのような気がしたのだ。
 実際はほんの一日のことなのに…。
「ここまで誰とも話さないのはずいぶんと久しぶりな気がします」
 かつて家に居た時には一人でいた事の方が多かったのに、それが遠い昔の事であるかの様な錯覚を覚える。
 同級生との接触を断ち、自分の進路について考えることが課題であるが故に今は同じ保健委員達ともあえて違う仕事をしている。
 それが、少し寂しい。
「私も変わったという事ですね」
 変えてくれたのは寮の先輩・同級生・後輩達…。
『先輩達もやはり同じ様に悩んだのでしょうか…』
 先輩の優しい顔を思いだしながら思いを馳せる。
 今、同級生達は同じ様に考えている筈。
「みなさんは、どうしているでしょうか?」
 小さな吐息と共に静音はそんな思いを吐き出したのだった。

 その頃瀬崎 静乃(ia4468)は朋友白房を連れて薬草園の手入れをしていた。
 通路や土の上に積もった落ち葉を、丁寧に集め肥料置き場へ。
 寝かせている肥料の発酵状況を見て、良くかき混ぜる。
 土内部の水分量など土質を調べたり、薬草の葉裏を診て健康状態を調査。
 園内の隅々まで人魂を走らせて、細かい部分の点検。
 園内の補修まで、仕事に没頭していたと言っていい。
『姐さん。ちょっと働きすぎじゃ…』
「…いいの」
『?』
 考え事をする為には、何も考えず働くのが丁度いい。
「あと少しで終わるから。…そしたら休憩。図書室で…」
『解った』
 頷くと白房も静乃を手伝い始めたのだった。

「おや?」
 貸し出しカウンターに座って本を読んでいたアッピン(ib0840)は今日、何人目かの来客にふと顔を上げて会釈した。これくらいはいいだろう。
 さっきは劫光(ia9510)が資料をあたり、平野 譲治(ia5226)が調べ物をして行った。
 そして今は尾花朔(ib1268)が奥の机にいて、静乃がやってきた。
 これからもまだ来るかもしれない。
 人は迷う時、本に何かを求めるのだろうか。
 とりあえずアッピンも本に目を戻す。
 彼女自身の進路は、おおよそ定まっている。
「う〜ん、人造アヤカシの作成技術である「人妖」について知りたいと思ったのですが、これは資料が多すぎますねえ〜」
「人妖」関連の書物を読み漁って作成の仕方や、人妖の人格の形成…その他いろいろ。
 その過程と卒業研究に資料はいくらあっても足りないし、読む時間もそれを調べ、理解する時間も足りないような気がしていた。
「まあ、まずは焦らず行きますかねえ。あっと、後でやわらぎさんも構ってあげないと…気分転換に遠乗りでも行きますか…」
 彼女はそう言って微笑みながら空を見上げたのだった。

 重ね積んだ本の山から顔を上げ、朔は思わず息を吐いた。
「やれやれ。一休みしますか…」
 大きく伸びをする。
 アッピンや静乃と目が合うが、軽く会釈だけして視線を本に戻す。
「卒業後…ですか」
 彼は二つの進路のどちらを取ろうかと悩んでいた。
「…食堂か旅回りか…」
 朔が目指しているのは五行国を巡り、市井の暮らしや人々の意見を拾い上げて伝える目付け役。もしくは料理屋である。
 医食同源を基本理念に学んだ知識で人々を笑顔にしたい。
 まったく違う道のように見えるが、根本にあるものは同じである。
 人々の思いを大事に、拾い上げたいと…。
「まあどんな道を選んだとしても、その側には…一緒にいて欲しいのですが…」
 開いた白い本のページに大切な人の笑顔が見えたような気がしていた。

●願いと祈り
 泉宮 紫乃(ia9951)はその日朋友瑠璃の毛をブラッシングしながらぼんやりと考え込んでいた。
 視線の先には朔の朋友十六夜がいる。
 話してはいけない。そう考えれば考える程、朔のことが頭に浮かぶ。
「朔さんとずっと一緒にいられたらそれだけで…」
 考えかけて慌てて打ち消した。
 それは進路ではない。甘えにも似た願望である。
「少し切り替えないと。だからこその『一人で』考える時なのでしょうから…。瑠璃、ちょっと待っていて下さいね」
 朋友の待機場に忍犬を置いて紫乃は一人歩きはじめる。
 それを
「おや。恋するお嬢はたいへんだねぇ。俺と違って」
 走龍での早駆けから戻ってきた喪越(ia1670)が楽しげに見つめていた。
 他人事のように言うが喪越とて、真面目に考えていないわけでは無い。
「卒業後の進路っつってもなぁ。そもそも俺は卒業できるんだろうか?」
 とはいえ寮長が考えろと言う以上は考えなくてはならない。
「ま、あの人が課題として吹っ掛けてくる以上、それにも何か意味があるんだろ。それくらいに信頼はしてるのさ。無意味な事はしない人だ。俺と違って」
 冗談めいた声だが目は真剣な光を宿す。手近な木陰に寝転びながら喪越は希儀でのことを思い出していた。
「結局希儀でもアヤカシとヒトの争いは起こっていて―というか、ヒトが滅ぼされたのか。いずれにせよ、「アヤカシとの和平」という大目標への道は閉ざされたまま…。道はなかなか見えねぇな…」
 人が手を差し伸べてもアヤカシ側が変わらなければ意味がなく、アヤカシがどうしたら変わってくれるかも見当がつかない。
「やれやれ、結局のところ堂々巡りだな。しゃーない。ちょっとお昼寝をば…」
 日の当たる中庭でそのまま彼は目を閉じた。

「おいおい。日なたとはいえ12月だぞ」
 通りすがりの劫光(ia9510)は昼寝をする喪越を見て一瞬瞬きしたが、声はかけず通り過ぎた。
 彼とも長い付き合いだ。ぶざけているようでもちゃんと物事を考えているのだと知っている。
 朱雀寮での三年、様々な授業を通し互いが互いを信頼しあえる絆を培ってきた。
 それは在学中に培ってきた財産だ。
 だが協調と依存は違う。
(自分の道は自分で決めるもんだ)
 誰もが頼りきるのではなく、自分に出来る事は自分で努力する意思を持ち、一人では及ばない事を協調出来てこその仲間。
 卒業すれば今までの様に全員が常に共にある訳じゃない、自分で決めて自分だけで歩いていかねばならないのだから。
(俺が判る事を出来て無い奴はここにはいないからな)
 それは、強い信頼であった。
『まあ、頑張れ』
 言葉には出さない言葉を残し彼は歩き去った。
 新しく入手した滑空機の整備をしようと思ったのだ。
「そういや、名前をつけてやらんとなあ。しかし、滑空艇の名前、何がいいかな?」

 目の前にはアヤカシ。
 さして強くもない小鬼だが、数は複数。
「明鏡止水…なり!!」
 一度目を閉じて瘴気回収。
 心を落ち着かせた譲治は、再び目を開けた瞬間、バネのような瞬発力で敵に向かって行った。
 符以外の武器は持っていないが小鬼の数匹程度今の彼にとってはさしたる敵では無い。
「委員長やさぶろーの攻撃に比べたら全然楽勝なりよ!」
 数刻と経たないうちに森に集まり子供達の遊び場を奪っていた小鬼達は全て瘴気へと還って行った。
「おっと。も一度瘴気回収! 強、もう少し待っていてくれなのだ〜!」
 感覚で瘴気の回収量を感じてから、譲治は朋友の小金沢 強に跨ると五行の街に戻った。そして骨董屋に向かう。
「終わったなりよ!」
「おう! あんがとよ。流石陰陽寮の陰陽師。頼りになるねえ」
「お兄ちゃん、ありがと」
 素直な礼に頭を掻くと譲治は店の中を見回した。
「瘴気の込められた品物、とかないなりかねえ〜」
「そんなもの有りすぎたら商売できねえけどな。でも、もしそれっぽいのがあったら取っといてやるよ」
「ありがとなのだ」
「なあにいいってことよ。タダでアヤカシ退治して貰ったからな」
「お兄ちゃんカッコいい! 私も陰陽師になりたいなあ」
 子供も嬉しそうである。
「ん、ありがとなのだ」
 その笑顔を見ながら譲治は考えていた。
 自分のこれからのこと。自分の目指す道。
 その為には…
「おっちゃん! また来るのだ!」
「またね〜!」
 店を出た譲治はぐっと
「心落ち着かせて考えるっ! 明鏡止水って奴なりねっ!
 全力で明鏡止水するなりよっ!」
 手と心に力を入れたのだった。
 
「えっ…相談禁止? 相談しちゃいけないって…」
 寮長の課題発表を聞いて驚きの声を発したのは真名(ib1222)であった。
『各自の進路は、各自で決める他ない、ということなのでしょう。誰かがいるから、とかそんな理由で決めるものではありませんからね』
 青嵐(ia0508)の言う事はもっともだし、それが課題であるならば受け入れるしかない。
 しかし
「こら! 油断してると指を切るぞ!」
「あ、ごめんなさい!」
 料理長の指摘に慌てて包丁と食材に向かう。
 だがどうしても気になってしまうのだった。
「皆はどう考えてるのかしら…?」
 朔や紫乃、それに劫光…これまで苦楽を共にして来た仲間達だけでなく、自分達を見守り、指導してくれた先輩達の顔が一人一人思い浮かぶ。
 あの先輩達も同じように悩んできたのだろうか?
「そう…よね。私の進路なんだから私が自分でちゃんと決めないと」
 皆だって自分の足で自分の道を歩んでいるんだもの。
 私も私の道を考えなくては…。
「菖蒲! ちょっと調べものをして来るからこっちはよろしく。そして、ちょっと頼みがあるんだけどいいかしら?」
『なんでボクが…』
 ため息交じりで、しかし頷いた人妖に真名はありがとう、と微笑んだのだった。

「元々『俺』の目的はあくまでアヤカシを知り、それらを活用することができる技術を身に着けること。
 何も知らないままに対峙するよりも、相手を知り、性質を知り、習性を知ることで被害はより小さくでき、また陰陽術のように逆用することもできる。
 俺が人形を使うのは、より客観的な視点を持つ為。
 己自身でない分、一歩下がった視点が持てるから。
 俺が『私』という自分を演じるのも同様。
 演じる、という認識が主観から一歩引いた視点に変えてくれる」
 全ては『知る』為だ、と青嵐は倉庫の片づけをしながら独り言のように呟いていた。
 ように、というのは
『主上が思いのほか捻くれ者であることは良く解ったでありますが、それを某に聞こえるように話すことに何の意味があるのでありますか。あと作成中の術具を壊したとはいえ正座5時間はきついであります』
 側に正座のまま話を聞くアルミナがいるからだ。
「まだ動くなよ。それに意味なんてないぞ? 唯の自己確認とお前に反省させる為と嫌がらせだから」
『はあっ』
 わざと大きな声でアルミナはため息をついて見せた。
『本当に他の生徒には見せられない俺様っぷりでありますな、主上。で、結局進路はどうするのでありますか? 皆様方には何か意味深っぽいことをのたまったでありますが』
「そんなもの決まっているさ」
 他の寮生達には見せた事のない笑みで彼は答えたのだった。

 調べ物を終え紫乃は食堂へ行こうとしていた。
 でも紫乃は一人の食事が苦手だった。箸が進まなくなるのが解っている。
(食べないと朔さんや真名さんに怒られるだろうな)
 そう思いながらゆっくりと食堂へ向かう廊下。
 何気なく中庭を見つめた紫乃は声を上げた。
「まあ!」
 砂地の広場いっぱいに朱雀の絵が描かれていたのだった。
 朱花に刻まれたのと同じ朱雀が…
「いったいどなたが?」
『さっき、主席とそのからくりが描いていたよ』
「芭蕉さん?」
 紫乃は振り返って背後に立つ親友の人妖の名を呼んだ。
「折々…さんが?」
 三年主席の俳沢折々(ia0401)と山頭火が描いたと聞いて、紫乃は胸が熱くなるのを感じていた。
 彼女の思いが伝わってくる。
 土に棒で描いた絵だから、きっと直ぐに消えてしまう。けれど離れ離れになったって、その痕跡さえなくなってもここで学んだことは私達の中にある。
 きっとそんなエールだ。
『あ、っと。これ預かりもの』
 差し出されたのは小さな包みであった。
「? なんですか?」
『お弁当。ちゃんと食べなさいってマスターからの伝言』
 まだほのかに暖かいお弁当に、真名の優しさが込められているようで、紫乃は頬から流れ落ちる涙を止めることができなかった。

 その光景を、静音は少し離れた所から見ていた。
「…誰かに頼らなければ自分の進路一つ決められないというなら笑われてしまいますね」
 一つ苦笑をしてから、改めて考える。
 自分が何を望み、何を目指したいのかを…。
 
●目指す進路
 そうして出した結論。希望調査提出の日。
 紫郎は提出された調査書を一人一人の事を思いながら確認する。
 
 静音は考えた末の結論をこう出したようだ。

『知望院を目指したいです。
 アヤカシとは、どこから来てどこへ向かおうとしているのか。
 何故、私達人間と相容れる事の無い天敵なのか…
 アヤカシの発生当初からの資料と歴史を蓄えて来たという知望院なら私のこの疑問へ至る術があるのでは無いかとそう考えました。
 そこに新しい歴史を今度は私が記していく事が出来ればこの国に報いていく事になると思い臨みたいと思います』

 他にも知望院の希望者はいる。

「卒業後に何をするか、かあ。
 でも、わたしは決めているからだいじょうぶ。
 最初から、入寮試験の時からそれは変わらない。変わっていない。
 変わったとすれば、そこがゴールじゃないってこと、かな」
 揺れることなく、ぶれることなく折々は入学の時から変わらない希望を白紙に記した。

『より深くアヤカシに関する知識を習得する為。
 また図書委員の活動を通じて学んだ、書籍書簡の整理修繕のノウハウを活かし、
 貴重な書類の数々を後世に残す為、尽力したいと考えています。
 目指すのは、恐れ多くも架茂王へと進言が叶う位置であり地位。
 五行を変え、世間の陰陽師に対する目を変える。
 その最終目的の為に、この道を選びます』
 
 朱雀寮三年主席のそれが決意であり、最年少の三年生。譲治は
 
『未だもやんとしてるなりが、おいらとしては「封壺術」の取得を唯一に考えたいのだっ!
 故、行き先としては「陰陽四寮」または「知望院」になるなりねっ!
 そしていずれは「世界を回って瘴気回収旅行」なりよっ!
 毒を食らわば皿まで、清濁併せ飲んでおいらと成すっ! なりよっ!』

 強い意思で自分の目指す道を見据える知望院希望は三名である。
 
 そして封陣院希望者も三名。

『希望は封陣院。その後五行の中枢で働くことを希望します』
 青嵐はそう朋友に告げた自分の希望を書き記した。
『大それた野望でありますな』
 と朋友は言った。
「駄目なら駄目で、人形遣いを続けるさ」
 青嵐はそう微笑んだのだった。

 残り二人は図書委員会委員長と調理委員会委員長

『私は封陣院希望です。
 理由は、刻一刻と変化をし続けるアヤカシを調査し、その対策を練り研究をしていくにはアヤカシ対策の最前線である封陣院に入るのが一番のように思います。
 陰陽寮で得た知識や経験を更に進めて、多くの人を助ける為に役立てる場として生涯を賭けるに値すると考えましたゆえ』

 と。

 そして真名は

『私は新しい陰陽師の業を研究していきたいです。
 その為に集めた資料の研究施設である封陣院を目指したいと思います。
 アヤカシを構成している瘴気、それを源に行使するのが陰陽術。
 それを否定するのでなく共存の道を見出すのが陰陽師だと思います。
 だから私はこれから続いてくるだろう後輩の為にも、戦いだけでなく、より便利性の高い術を産み出して残して行ける様な道を選びたいです』

 自由な道を選ぶ親友達とは道が離れてしまうが、それでも志がおなじであれば心が離れて行く事は無いと、真名は確信していたのだった。

 この二つの院以外を希望として五行への任官を希望する者もいた。

『目付や地方官の仕事は無いでしょうか?
 五行には目と耳が、足りない用に想います。
 拾うべき声を拾い、その場で出来る限りの手を…、その手段と方法を教えて貰いましたから。
 そちらがなければ料理屋を目指したいと願います
 医食同源、知り得た料理方法、懐かしい物から珍しい物まで提供する店を回転し、人の中からこぼれる情報を集め、必要であれば寮へ伝言を、等出来るように、志井の声を拾いたいで

す』
 
 そう提出したのは朔であり

『五行への仕官を希望する。希望は中央の院だが、配置によって士官を取り止めるという事は無い。個人的な我が侭を言わせて貰えば、研究職や司書よりは、外に出る事の多い文官や砦の兵といった役職が望ましい。
 志望動機としては、陰陽寮で培った知識と力を用い、より良い治世を生み出す為。
 また、陰陽寮卒業生として五行に貢献し、その事で後進の育成へも好影響を与えられれば重畳と考えている』

 と思いもよらず真面目な事を書いてきたのが喪越である。
(…ま、むしろこれからが本番だよな。俺に何が出来るのか、どこまでやれるのか……命を賭けた大博打だ!)
 という彼の本音を勿論、紫郎も知る余地は無い。
 彼らの希望が叶えられるかどうかは王の裁可と試験を経てからであろうが、彼らなら可能性はあると紫郎は思っていた。
 
 そして残りの三名は自由の道を行く。

『希望は調合師や薬剤師。または、薬の知識を更に向上させる為の教育施設入学。
 保健委員を三年間務めて得た薬知識を、利用して役立てたいのが理由』
 
『今回、改めて私は何をしたいのか考えました。
 考えて、考えて、残ったのは。誰かを助けたい、という想いでした。
 私はまだまだ未熟で、この手でできる事には限りがあります。
 けれど、目の前にいる人を。この手の届く限りの人を。精一杯守りたいと、心からそう願っています。
 なので、卒業後も開拓者をしながら術や薬草の研究を続け、街のお医者さんを目指したいと思います』

 それぞれ医術の道に進みたいという二人には薬師を紹介したり、援助をしたりすることで手助けができるだろうか。
 陰陽寮出身は立派な後ろ盾になるから、いずれは開業も可能かもしれない。
 どちらも優しい、人の思いのわかるいい医者になるだろう。
 そして、最後の一枚を紫郎は手に取った。

『かなうなら直接の所属はせず、『朱雀寮出身の陰陽師』という名前だけ背負って各地を廻りたい。
 特定の組織に加入する事でより高い影響力を持つ事は確かだが、反面立場から行動を縛る事にも、相手から警戒を得る事にもなりかねない。

 故に自由な立場で、五行以外でも活動し、先々で『陰陽寮出身』の名前に恥じない行動を心がけて振る舞う事で五行陰陽朱雀寮の名前を外にも印象づける。
 そうありたいと考えている』
 
 組織に属するよりもある意味難しく、また厳しい道のりである。
 だが、彼ならきっとできるだろうと紫郎は思っていた。
 同時に少し、うらやましくも感じる。
 自由に道を選び空に羽ばたける彼らが。

 食堂の方から明るい笑い声が聞こえる。
 全員の希望が提出されて、接触禁止が解かれたから、今頃は皆で楽しく食事をしているかもしれない。
 彼らが空に高く羽ばたけるように、残りの半年、寮生達の為に全力を尽くそうと彼は思っていた。

 そして一年が間もなく終わる。
 新しい年と卒業はもう、目の前に迫っていた。