【朱雀】冬の鬼ごっこ
マスター名:夢村円
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 普通
参加人数: 5人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/12/03 12:42



■オープニング本文

【これは朱雀寮一年生用のシナリオです】

 毎月恒例の陰陽寮の合同講義及び実習。
 一年生の授業は月の半ば十五日頃に行われる。
 今年は少し遅れたが、だんだんに始まって行く本格的な講義、そして実習に一年生達も真剣に向かい合っていた。
 今回の講義は朋友と呼ばれる存在について。
「開拓者と共に生きるパートナーとなる存在。それを総称して朋友と呼びます。
 この朋友は簡単に分けると三種類に分類されます。
 まず元から天儀に存在する生物達。駿龍、甲龍、炎龍、走龍。鷲獅鳥、忍犬、猫又、霊騎、迅鷹。広義で言えば羽妖精や鬼火玉、管狐、もふらなどもこの分類に分けられるでしょう。
 第二に人の手によって作られた『乗り物』これはアーマー、滑空艇などのことを指します。
 そして第三が人の手によって作られた存在です。人妖、土偶ゴーレム、ジライヤ、そしてカラクリなど。もちろん、これは大雑把すぎる分類ですが、朋友の事を考える時、一つの目安となるでしょう」
 寮生達は考える。
 最近町でも比較的、良く見られるようになったカラクリ。
 あれも人の手によって作られた存在、という意味なら確かに第三の分類に入るのだろう。
「カラクリ、という存在にはまだ未知のことが少なくありません。現在の技術による再現も簡単ではありませんが、太古の人間達の願いや思いが込められている存在です。
 人妖も陰陽師が瘴気を集めて生成したものであり、どちらかというとアヤカシに近い存在です。
 ですが、彼らも人の希望を持って生まれた者。気まぐれなところもありますが絆を深めれば大事なパートナーとなってくれるでしょう。言うまでもありませんが、生物である朋友は勿論、人工の命である朋友達も大切な友として、仲間として大事にして欲しいと願います」
 確かに、言うまでもないことだと寮生達は思った。
 その後、朋友達の性質などについての講義がなされて後、
「さて、皆さん、今回の課題ですが鬼ごっこをして貰います」
「えっ?」
 寮長が告げた言葉に寮生達は目を瞬かせる。それはまたあまりにも意外な『課題』発表であった。
「鬼ごっこ?」
「そうです。皆さんには逃げる人妖とカラクリを捕まえて貰います。朱里、凛」
『はーい!』『失礼いたします』
 そう言って入って来たのは陰陽寮の人妖。朱里。その背後からカラクリの凛がお辞儀をした。
 朱里は陰陽寮朱雀の寮生の世話役を担当している人妖。
 凛というのは二年生担当教官、西浦三郎のカラクリであると聞いていた。
 二人を前に寮長は話を続ける。
「場所は陰陽寮から少し離れたところにある森。そこで朱里と凛が隠れますので皆さんはそれを探して下さい。期間は丸二日。三日後の朝から始まって五日後の朝までに朱里を見つけられれば皆さんの勝ち。捕まえられなければ皆さんの負けです。人間で無い者を捜索し捕える訓練と思って下さい」
 そう言って後、寮長は青い手ぬぐいを各人に渡した。そして課題の注意点を箇条書きに告げる。
「まず、第一にあまり派手な攻撃手段をとらないこと。術の選択は自由ですが朱里は一切の攻撃スキルを持たないし、使用しません。凛も同様で武器も持ち出してはいません。万が一にも朱里に強い攻撃を与え消失させたり、凛が破損した場合は失格以上のペナルティーとなります。
 第二にその青い手ぬぐいを必ず腕に巻いておくこと。その手ぬぐいを朱里によって取られたら、その時点で失格です」
「つまり、彼女らはこちらに攻撃を仕掛けてくる、ということですね」
『そ、チャンスがあれば攻めに行くよ。朱里は結構強いのだ〜』
『私も御命令ですので手加減なく攻めさせて頂きます』
 ぐっと力こぶを見せる朱里。お辞儀をする凛。
 朱雀寮の体育委員会の活動にもたまに参加しているという彼女ら。
 実力は侮れないだろう。
「第三に期間中は森から出ることは禁止です。二人は森から出ませんし、出たら失格です。食料品や防寒具はしっかり準備して行って下さい。また朋友を同行させることも、今回は禁止します。皆さんは五人で二人を捕まえる事。どちらかだけでも捕えれば合格とします。二人とも捕えられなかったら不合格です」
「朱里さんと凛さんは、大丈夫なん?」
 心配そうに問う一年生に寮長はニッコリと笑って大丈夫と首を振る。
「二人とも基本食はいりませんし、寒さにも耐性があります。心配なのは皆さんの方です。体調を崩さないように気を付けて…。森では先日、初雪が降ったようですよ。なお、これ以上の質問は受け付けませんので下調べ等をしっかりして課題に臨んで下さい。では、課題開始!」
『じゃあねえ〜』『では、また後程』
「やれやれ、鼠退治の次は鬼ごっこか」
 去っていく彼らを見送りながらも、この課題に込められた意味と攻略法を考え始めたのだった。

 冬の森での鬼ごっこが今、始まる。


■参加者一覧
雲母(ia6295
20歳・女・陰
雅楽川 陽向(ib3352
15歳・女・陰
比良坂 魅緒(ib7222
17歳・女・陰
羅刹 祐里(ib7964
17歳・男・陰
ユイス(ib9655
13歳・男・陰


■リプレイ本文

●鬼ごっこの前に
 場所は陰陽寮から遠くない森の中。
 実習の舞台となるここに一年生達がやってきていた。
 1年生の11月授業の課題はこの森の中で人妖とからくりを探し出す事。
「冷えるのお」
「確かに。とはいえ、冬だ。やはり寒いな…」
 微かに身震いした比良坂 魅緒(ib7222)と羅刹 祐里(ib7964)が顔を見合わせる。
 その様子を見ながらユイス(ib9655)は頷いた。
「雪、こそ降っていないけど、霜は降りた形跡がある。実習中も防寒対策はしておいたほうが良いね」
 注意深く周囲を見回るユイスの視線の先では
「追いかけっこや、追いかけっこや♪ めっちゃ楽しそうやで!」
 雅楽川 陽向(ib3352)が正に尻尾を振らんばかりだ。
「確かに。今度は鬼ごっこみたいなものだし。楽しそうだね」
「毛布と天幕も持ってきたから、宿泊場にしたらと思うんよ。食料はもろうて来たけど他に汁粉や甘酒も持ってきた。まるでキャンプやね」
「あったかくなるもの…用意しておくか…あまり辛いものは食いたくないのじゃが…」
「おいおい、授業だからな」
 と祐里が軽く注意するがそれは勿論無用の心配である。
 皆、周囲の観察には怠りがないのだから。
 ここで得た情報が実際の勝負を大きく左右するだろう。
「解っているよ。でも、せっかくなんだから楽しまないと。手は抜かず、油断せず、真面目に謙虚に。そして何よりも楽しんでいこう、皆で仲良く、ね」
「皆で…か」
 吐き出す様に祐里が呟く。
 皆でと言うのならここには一人足りない。
 ここに来る前、事前調査に行こうと皆を誘った時
『探索も地図もいらんだろう
 こっちから一方的に捕まえるんじゃないんだから。
 足を引っ張られるのはごめんだ。私は一人で動くからな』
 一人、雲母(ia6295)はそう言って行ってしまったのだ。
「やっぱり…止めるべきだったか?」

『そうか、判った。一人で、動いて良いぞ。ただ、情報交換はしてくれ』

「今回の実習は単独行動そのものが良くないと思うんだが…止められなかった」
 自分の行動に迷いを残す祐里の背中をユイスはぽんと叩いた。
「雲母君とももう少し仲良くできれば、とは思うけど…こればかりはね。ゆっくりやっていくしかないと思ってる」
「確かに無理強いはできぬ。だが…一人で出来ぬことがあるのだと解ってくれれば…」
 心配そうに自分の顔を見る仲間達に
『ありがとう』
 そう言って祐里は下を向いてしまっていた心と頭を上に上げる。
「いう事は言った。それで、駄目なら仕方ないさ」
 言って伝わらないなら、気付くまで待つ。それしかない。
「よし! じゃあ作戦を決めようか?」
「それについて、うち、ちょっとした提案があるんやけど」
 話しながら彼らは森を後にする。
 数日後、実習の舞台となる森を。

●最初の脱落者
 そして、実習当日の森の中。
 二年担当教官の西浦三郎が臨時の試験官として、森の入口で待機していた。
「さて、…と?」
 彼が前に差し出した右手。その上に白い小鳥がふわりと降りた。勿論人魂である。
「行け! 騒ぎの起こっているところを見つけてこい」
 主の命を受けて飛んだ鳥は程なくある場所を見つけたようだった。
 その様子を『見』ながら三郎は笑って言った。
「凛を甘く見たら怪我をするぞ」
 その声は勿論聞こえてはいないだろうが、きっと彼女は実感している筈であった。
 実習開始から数刻。
 既に最初の戦闘が始まっていたのだから。
 
 単独行動を選んだのは、皆に言った理由ばかりでは無かった。
(微温湯に浸かるのもいい加減にやめておくか。こんな事より私は強くならないといけないんだ)
 自分自身を追い込むと言う意味もあったのだ。何より彼女には自信があった。
「どう対処するか、ねぇ…今更だな、本当に」
 一人でもどんな相手だろうと対処できる、と。
「だらだらと無駄な時間過ごすのは他の連中に任せるとするか」
 煙管をふかしながら拠点となる場所を探し、初日から確保するつもりで攻めに行くつもりであった。
 だが、まさか逆に初日から攻められることになろうとは。
『雲母様。布、頂きます!』
 微かな関節のきしむ音が頭上の木の上からしたかと思うと、彼女の頭上を狙い、真っ直ぐに影が飛び出して来たのだった。
「凛?」
 重力の加速度を加えたその蹴りを、とっさに躱した雲母は瞬脚でその場から離れると荷物から短銃を取り出して放つ。
 勿論、本気で撃ったわけでは無く威嚇の意味合いが強い。
 影は自分の遥か頭上に向けて放たれた弾を避けることもせずに、逆に踏み込んで加速度をつけた蹴りを放つ。
「くっ!」
 自分でなければ直撃を食らっていたかもしれない鋭い攻撃に舌打ちしながら、本気としか思えない連続攻撃を放つ目の前のからくりの体術を雲母は受けに回っていた。
「なかなか、やるじゃあないか。攻撃、してこないんじゃ…無かったのか?
『私の主は陰陽寮の実技担当教官です。直々に教えて頂いた体術は、最近お褒めを頂けるようになりました! とはいえ、雲母様には通じませんでしょうが…それがかえってこの場では好都合と、思いまして!』
 確かに数度の呪縛符も彼女の動きを鈍らせる意味しか持たないようだ。
「流石、陰陽寮のからくりと、いうところだ…だが」
 強い踏込みをひらりと躱す。だがいつまでもこのままではいられない。
『そろそろ、決めさせて頂きます!』
 凛が限界解除の気配を見せる。一気に決めてくるだろう。
(だが、動きが素早い分、その足を止められたら命取りの筈。軽く攻撃してから、これで…足元を狙って転倒させる!)
 雲母は片手に符、片手に銀の布を握った。
 そして闘布「舞龍天翔」を閃かせる。銀の龍が空に舞い、踊るように凛の足元に絡みつく。
『わっ!』
「貰った!」
 凛が左足を取られ膝を付いたその、瞬間であった。
『布! 頂き!!』
「なんだと?」
 突然背後に現れた朱里が雲母の腕の布を、するりと外したのだった。
『油断大敵。火がボーボーってね』
「まさか、囮…? 確かに、予測できない事ではなかったが…」
『凛ちゃんが囮になっている間に私が虫になってたの。気が付かなかった?』
『申し訳ございません。各個撃破させて頂きました』
 立ち上がり、お辞儀をする凛の横で朱里が小さな笑みを浮かべる。
『誰か一人、背中を守ってくれる人がいれば良かったのに。ゴメンね』
 皮肉にも一年生最強の寮生が、最初の脱落者となったのだった。

●寮生の作戦、そして…
 どうやら雲母は脱落したらしい。
 それを寮生達が知ったのは一日目の夜であった。
「どこからも、煙が上がらないし、姿も見えない…。多分、ね…」
「そうか。助けに行ってやりたかったんだがな」
 二日目の底冷えする朝、食事の最中、互いの情報交換を進める中、彼らは息を吐き出した。
「昨日の夜から、なんとなくこっちが見られているような感覚はある。雲母がやられたのならそろそろこちらに来るやもしれんな」
「…なるべく単独行動は避けないとあかんな…。あ、この豚汁美味しい。味噌味ちょっと濃いけど、寒い時にはこれくらいがちょうどええわ」
「でも具はもう少し小さく切ってくれよ。さといも丸ごとは…」
「そうか…考慮する。で、どうするんだ…」
「彼女達は環境の影響をある程度無視できる。僕らがここは無いだろうと思っているところから来るかも、しれないね」
「それに雲母がやられたということは各個撃破も狙って来るだろう。なら…だ」
 彼らは周囲を伺いながら声を潜めて打ち合わせをして…動き出す。
「二手に別れて捜索しよう。何かあったら連絡してくれ」
「解った! きをつけてな」
 女性二人と、男性二人に別れて森の中に消えて行く。
 それを、実は少し離れた所から見ていた者達がいた。
『どうでしたか? 朱里様?』
『ん〜、誘いかもしれないけどここは一気に攻めちゃいたいところだね。女の子二人、ならまだなんとかできそうだし。合流されてもやっかいだから』
『解りました。では先ほどと同じように…』
『お願い』
 そして二人は隠れていた木の上から姿を消したのであった。
 
 〜♪〜〜♪
 楽しげに鼻歌など歌いながら日向と魅緒は歩いて行く。
 だがその表情は真剣だ。
「ん、ここらへんがええかな? …魅緒さん。少し離れててな?」
「解った」
 森の奥へ向かっていた日向は、ふと足を止めると大きく深呼吸し…術を唱えた。
『………!!』
『わあああっ!』
 どさっ。空の上から何かが落ちてくる。
 響く高い呼子笛の音。
「晴れ時々、朱里か?」
 瞬間魅緒から大龍符が放たれる。朱里は飛びのき、間を取った。
 その隙に二人は木々の間に身を隠した。
 尻餅をついてしまったらしく、お尻をさすりながら頬を膨らませる。
『もう! いきなり呪声なんて荒っぽいなあ。他の動物とかいたらどうすんの!』
「身体に危害を与える術違うからコレにしたんや。ごめんなさいやけど、実害はあんまないと思う。近寄って来ないように声も出しながら歩いとったし」
 身を隠した日向の言葉に、仕方ないかという顔で朱里は肩を竦めると
『ばれちゃったからには仕方ない。行くよ!』
 そう言って二人のいる方に駆け出してくる。
「来るぞ。こっちは任せろ」
「うん、頼んだで」
 その前に立ちふさがるようにして魅緒は仁王立った。
「私が相手をする」
『朱里ちゃんは強いよ!』
 言葉と同時、踏み込んできた蹴りを魅緒は間一髪で躱す。
 もし先に呪縛符で動きが鈍っていなければ避けきれなかったかもしれない。
「さすが、だな」
『伊達に陰陽寮の人妖やってないの。一人じゃ、止めきれないよ』
「確かに…な」
 受けに回っていては『勝ち目』はない。こうしているだけでも追い詰められていく。
「よし! 行くぞ!!」
 魅緒は勝負に出ることにした。
 再び大龍符を放つ。だが、本人も言う通り彼女は『陰陽寮の人妖』これくらいでは威嚇の意味もないことは解っている。
 この術の目的は一瞬の隙を狙って死角へ隠れる事。そして
「貰った!」
『甘い!!』
 その死角から攻撃を仕掛けることであった。
 朱里は渾身の魅緒の攻撃を軽く躱すとその腕を掴み布に手をかける。
『あれ?』
 その時であった。
「つ〜かまえた!」
 背後から日向が朱里をがっちりと抱きしめたのは。
 魅緒の大龍符の目的は一瞬の隙を狙って死角に陽向が隠れること。
「この寮にて学んだ事じゃ。妾が敗れても他の仲間がいる。
『五人で二人を捕まえれば合格』
 つまり捕まえるのは妾でなくとも構わぬという事じゃな?」
 そして気配を潜めた彼女は魅緒が攻撃された瞬間を狙って朱里の確保に動いたのだった。
 奇しくも雲母に朱里達がしたのと同じ作戦。一人対二人なら、二人の方が当たり前に有利なのだ。
「うちらの勝ちやね」
『あ、それは仕方ないけど…これ、偽物?』
 朱里の意識は捕まえられた事よりも魅緒の腕から取った布に行っているようだった。
「うん。本物の手ぬぐいは服の下につけてある。隠したらあかんとは言われてないよ」
『そっか…うん、やられた〜』
 大きく息を吐き出して膝を落とす朱里に日向と魅緒二人はパンと手を叩きあう。
「こっちも捕まえたぞ」
 それを見計らうように森の中から祐里とユイスがやってくる。その背後に控えるように凛も一緒に。
『申し訳ありません。朱里様。掴まりました』
「呪声で隠れていたところが解ったから、ね」
「念の為、二人の側にいたのだ。呼び子笛が聞こえたから駆けつけたら、見つけたんでな。二人がかりでも手ごわかったぞ。俺は布を取られかけた」
『未熟故、二人をさばききれませんでした。援護に伺えず申し訳ありません』
 済まなさそうに頭を下げる凜に朱里は手を振って見せた。
『仕方ないよ。最初の作戦は凛ちゃんが囮でこっちが伏兵だったから。それに布を隠す、なんて作戦立てられたらどうしようもない。そんなの想定してなかったからね。…というわけで私達の負け。お疲れ様でした』
 両手を上げて降参のポーズをした朱里に
「…ん〜。まだ終わりじゃないんや。凛ちゃん、朱里ちゃん。皆も手伝ってくれへん?」
 陽向はそう言った。仲間達も頷きあう。
『何を?』
「後片付けや!」

 
●試験終了…そして
 試験終了の翌日。
 寮生達は寮長の部屋に呼び出されていた。
 試験結果の発表である。
「結果としては三人の布を奪ったものうち二人の布がダミー。最終的には二人とも捕えられた、ということですね」
『はい』
『申し訳ありませんでした』
 寮長の前で謝罪する二人。
 シュンとした少女達の様子に ほんの少し、呵責を覚えるが
『…あ! 気にしないで。毎年の事だから』
「みなさんが、責任を感じることはありませんよ。これが彼女達の役目です。完全勝利などされてしまうとまた別の意味で困りますからね」
 朱里と寮長がそう言ってくれたので気にしない事にする。
「最終的に朱里を無事捕え、さらに凜も敗北させたということで個人個人の成績に差は出ますが、一年生全体としての成績は合格とします。ただ…」
「ただ」、なんですか?
「一つ確認させて下さい。ダミーの布を使うという提案は、誰のものですか?」
「はい! うちです!」
 寮長の質問に躊躇いなく陽向は手を上げる。
「アヤカシとの戦場やったら、敵を出しぬくんは大事やとおもいます。心臓は鎧や服着て隠すもんやから。弱点をむざむざ敵に見せたりせんと思います。だから…味方の被害を減らす方向で考えさせてもろたんです」
「なるほど」
 報告の書類を確認する寮長に
「…あの、やっぱりズルかったやろか?」
 躊躇いがちに陽向は問うが、寮長は首を横に振る。
「合格、と言ったでしょう? 布を隠してはいけないと言う条件はありませんでしたからね。仕方ありません。それも創意工夫と認めましょう。アヤカシはもっとズルい手段を使ってきますからね。油断してはいけないということは忘れずに。以上、
戻って構いませんよ」
 言われ、一年生達は部屋を出たのだった。

「ご苦労でしたね。朱里。凛。今回の一年生は、どうでしたか?」
 寮長に問われ朱里は
『まだ歯車が完全に噛み合っていない、というところでしょうか? ちゃんと噛み合えば、きっと…。気配りもできるし発想も柔軟な、いい子達ですよ。キャンプの後始末して、巻き込まれた動物達も治療して謝って…』
『私達も治療して頂き、最後に豚汁をごちそうになりました。美味でした』
 試験内容を思い出しながら、こう答えた。凛も頷く。
 その答えに満足そうに頷きながらも
「そうですね。何故、朱雀寮の一年課題が協力を重視するか…。事が動き出す前に早く気付いて貰えるといいのですが…」
 言葉を止める寮長に朱里と凛は小首を傾げた。
「いえ、何でもありません。でも、未熟と言う事はこれから成長できると言う事、楽しみですね」
 そして寮長は成績表を机に置くと、遠い空を見上げたのだった。
 彼らの可能性のように高く、青い空を…。