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■オープニング本文 さて、と南部辺境ラスカーニア領主ユリアスことユーリは考えていた。 メーメルの南部辺境劇場で行われたハロウィンの祭りは貴重な経験ができた場であった。 優れた出し物を楽しむことが出来、南部辺境の領主達とも改めて顔を合わせることが出来た。 自分の目的の為には彼らを味方にすること。 最低でも敵に回さないことが必要なのだ。 しかし、ユーリは思い出していた。 今回出会った貴族達の中に気になる人物がいたことを。 それは南部辺境を統べる辺境伯、グレイス・ミハウ・グレフスカス、では今は、ない。 南部辺境フェルアナ領主ラスリールだ。 彼は会場で仮装していたユリアスに 『やあ、お久しぶりですね』 と笑いかけてきたのだ。屈託のない明るい笑顔に人好きのする外見に惑わされてしまったが、考えるまでもなくユリアスと彼とは初対面であった筈。 『お元気そうで何よりです。良ければいつでもお力になりますので遠慮なく言って下さいね』 もしかしたら、キツネ狩りやどこかのパーティで出会っているかもしれないがその程度の人物である筈だ。でも彼は親しげに笑いかけ、話しかけて来たのだ。 それに… 「…リリーは彼を知っている…」 ユリアスはそう言って呟いた。 今、『彼女』にはいくつかの名前がある。 領主としてのユリアス。吟遊詩人としてのユーリ。南部辺境劇場の出演者であるリリー。そして、真実の名であるユリアナ。 顔や名前を使い分けて、彼女は目的を果たす為に生きて来たのだから。 「彼はリリーを知っている。求愛したことさえあるのだから。でも…それはリリーだけの事なのか、それとも…」 ユーリはラスリールという領主がどんな存在かを知らない。 だから、あの言葉の意味を判じることができないのだ。 そしてラスリールはどんな意図で『リリー』に求愛し『ユリアス』に近づいてくるのか…。 普段であれば自分の目で確かめに行くところであるが、今は時期が悪い。 ケルニクス山脈に雪が積もりつつある。冬を、そして間もなく迎える領地を今、簡単に離れることは許されないだろう。 それにあの男には…何か底知れない物を感じる。 できるなら、近寄りたくは無かった。 「開拓者の皆さんのお力をお借りできるでしょうか…」 少し考えてユーリは南部辺境ユリアスとして一通の依頼書を書き上げたのだった。 依頼書にはユリアス南部辺境の町フェルアナの調査を希望するとあった。 簡単な事情も書き添えられていて 「私はラスリール卿という人物を良く知りません。彼の町についても全く。だから、彼を信じていいのか、悪いのかも解らないのです。どうか、お知恵とお力をお貸しください」 と結ばれていた。 11月。天儀であるなら晩秋と呼ばれる だが、ジルベリアではもう冬と言っていい寒さが始まっている。 それぞれの思惑を胸に、冬はもうすぐそこまでその足音を響かせていた。 ジルベリアを揺り動かすかもしれない冬が、もうすぐ…。 |
■参加者一覧
氷海 威(ia1004)
23歳・男・陰
フェルル=グライフ(ia4572)
19歳・女・騎
フェンリエッタ(ib0018)
18歳・女・シ
クルーヴ・オークウッド(ib0860)
15歳・男・騎
マックス・ボードマン(ib5426)
36歳・男・砲 |
■リプレイ本文 ●南部辺境の領主達 南部辺境と一口に言っても範囲はかなり広い。大ケルニクス山脈から南。 山も川も海もあり、肥沃な平野に豊かな街があるかと思えば厳しい山奥に隠れ住む者達もいる。 そしてそれぞれの土地にそれぞれを治める領主達がいるのであった。 皇帝の腹心グレイス・ミハウ・グレフスカスの持つ南部辺境伯という称号は彼らを束ねる代表としての名に他ならない。 今回の依頼人ユリアス・バートリが治める街、ラスカーニアも、これから開拓者達が向かう町フェルアナも同じ南部辺境である。 同じ南部辺境の領主が、別の領主が治める街を調べる。 「公にはあまりほめられたことではないと解っていますが、それでも私には今、彼について知ることが必要なのです」 そう言って依頼人ユリアス・バートリは応接間に立つ開拓者達に頭を下げた。 「調査をすることについては別に問題は無い。だが…その前に一つ聞かせて頂きたいのだが、よろしいか?」 腕組みをしながら壁際で話を聞いていた氷海 威(ia1004)がふと顔を上げて立ち上がると依頼人の顔を、見た。 「なんでしょう?」 真っ直ぐに見つめ返すその目は信念を強く持つ者の目だ。 それを確かめて威は 「踊り子に扮したフェイカーが、吟遊詩人姿のユーリ殿と接触していた事があると聞き及びました。…ユーリ殿は、アヤカシと接していた自覚がおありでしたか?」 と問いかけた。何事か考えるように目を伏せたユーリはやがて 「フェイカー…それは…シェリーヌの事でしょうか?」 と答えたのであった。 「シェリーヌ!」 開拓者の何人かがその名前に反応する。その名前はフェイカーと呼ばれたアヤカシの最後の宿主であった女性の名。 ざわつく空気の中、ユーリはだが、はっきりと首を横に振った。 「シェリーヌがアヤカシであると知っていたか? と問われるなら答えはいいえ、です。私にとってシェリーヌは女友達であり吟遊詩人と踊り子としての関係、それ以上でもそれ以下でもありませんでしたから。 ただ…一度、彼女が助けれくれた。と感じた時がありました。 開拓者の皆さんの静止を振り切って、バートリの家に行ったあの時。彼女の姿を見た気がしたのです」 顔を見合わせたのはフェルル=グライフ(ia4572)とフェンリエッタ(ib0018)の二人。 フェルルも居合わせた屍人の襲撃の時の事だと思い出す。 ユーリは続けて語る。 「シェル…シェリーヌは私の気持ちを知っていましたから、友としてなら望みに力を貸そうと、アヤカシとしてなら動乱の火種になるようにと私を逃がしてくれたのだと後から思いました。もしかしたらアヤカシかも…と感じた事は否定しませんが、以降一度も会ったことはありませんし何かを唆されたことは無いと誓えます」 その言葉に偽りはないと感じて威は静かに一礼した。 「…解りました。ならば私から言う事は何もありません。依頼に微力を尽くすと致しましょう」 彼とすれ違う様に前に出たのはフェルルとフェンリエッタであった。 「聞いて欲しいことがあるのです。少し、長くなるかもしれませんがいいですか?」 「はい…皆さんがよろしければ…」 無言で頷くクルーヴ・オークウッド(ib0860)と黙って目を閉じるマックス・ボードマン(ib5426)の様子を肯定と取ってまず、フェンリエッタがユーリに問う。 「ユーリはこの国が好き?」 と。 …少しの間無言でいたユーリは静かに答える。 「好きです。…自分の生まれた国ですから」 「そう。…私は愛してる。国も人も全て…だから皆が力や謀で排斥し相争うのは悲しい。 窮した民が故郷を捨てねばならないのが哀しい…」 フェンリエッタは頷き、彼女の目を見た。 この色と同じ目の輝きを知っている…。 「私は、皇帝陛下にお会いしたの」 その人物を思い出しながら彼女は続けた。 「私達の語る理想は否定も無視もされなかった。 『希望の潰えた先に未来はない』と、一理あると陛下は仰った。 皇女も『皇族にも心はある』と…今回の神教徒の件も考えて下さる。同じ人間だもの、言葉は…届く。 だから、貴方にも問うわ。国も私達も、手を携えより良い未来を創る事は出来ない? 貴方の理想が本物なら、民の意識改革を進めると同時に、国の中枢の方達にも働きかけて知って貰う必要がある筈よ。 そして開拓者なら双方を繋ぐ事も出来ると思う」 ユーリもまたフェンリエッタの思いを否定も、肯定もせずに聞き続けた。 「神教徒を蹂躙したアヤカシは『怨は死なぬ』と言った…その意味をよく考えて。私はそんな負の連鎖も断ち切りたいから」 「ユーリさんの「人々の意識を変えたい」という理想。 民の意識が変わり立ち上がっても、結果「ジルベリアに生きる人間同士」が争わず手を取り合い未来を作る。 そんな道もきっとありますよね?私は私で、友と一緒に皆が笑顔になれる道を探り始めました」 フェルルがフェンリエッタの後を同じ思いで繋ぐ。 実現するにはあまりにも遠い道。けれど諦めずに進んでいくと決めたのだ。 「私は今まで多くのアヤカシや人とも戦いました。それらと比べてもラスリールは一、二を争う危険な相手。 用意周到に事を運ぶ慎重さ、アヤカシすら翻弄する知恵。その強さは何より覚悟に根差しています。 貴方にも負けない、命を賭けた覚悟が…」 彼自身を認めるつもりは無いが、その覚悟と思いの強さを否定するつもりもまた、ない。 「ラスリールは目的の為に全てを捨て全て利用する男。用意周到で恐ろしいまでに頭も回る。貴方の正体も気付いている可能性があるわ。…だからこれからどうするか…良く考えて」 「これから…ですか」 フェンリエッタの問いに、そうと頷いたのはフェルルだ。 「貴方の素性。隠し通したいなら弱みになるし女優でいる限り露見し易い。どちら、いえ、どの道を選ぶか、良く考えて欲しいの」 「ユーリさんは前に「交渉する必要があれば」と言いましたが…。彼との交渉で得られるものがあるとは思えません。 だから、この調査の後、報告を聞いて、もし…ユーリさん自身が何か得られると感じたら、一緒に行きましょう。 ユーリがラスリールに惑わされる事はない、二人を知る人物がそう言いました。…私も信じますから」 彼女の返事を待たず、開拓者達はそれぞれ、立ち上がり礼をした。 依頼による調査の結果が出るまで時間がかかる。 ユーリにも考える時間が必要であろうから…。 「…よろしく、お願いします」 そう言ってユーリは開拓者達を見送った。 去って行く開拓者達から数歩遅れ、一人、いや側に控えるからくりレディ・アンと二人残ったマックスは 「ユーリ。私とレディに「アレ」の代わりが務まるとは思わんがね。 ま、暫くは辛抱してくれ」 軽く片目を閉じると…。 「ちょっと便宜を計って欲しいことがあるのだが、聞いて貰えるかね?」 そう言って優しく微笑したのだった。 ●フェルアナの町 南部辺境フェルアナは、大都市と言えるリーガやメーメルから見れば人口が一桁どころでなく違う。 ユーリの町、ラスカーニアよりもさらに小さい。 だが不思議に活気のある町であった。 側を流れる川の恵みで農業や、染色が盛ん。 加えて海とメーメルを繋ぐ交通の要衝でもあり、健康でやる気があるなら仕事にあぶれることもなさそうだ。 『思ったより、明るい町だ…』 横を歩くからくりウルーヴの言葉にフェルルはそうですね、と頷いた。 人々の多くはくったくなく挨拶を返してくれる。 自分達のような外見の者は勿論、威のような天儀人でも奇異の眼差しは感じられない。 「何も、知らなければいい町なのでしょうけれど…」 歩きながらフェルルはふと前から聞こえる、賑やかな声に目を向けた。 旅行者用の龍置き場をキラキラとした目で見つめる子供達がいる。 「龍が来たの久しぶりだね」 「凄いなあ、お前、あんな龍見たことあるか? 空を飛ばないで走るんだぜ」 フェルルは思い出す。 確か、威の連れていた龍翔雲は近くで待たせている筈。 『すまんが、暫く散歩していてくれ。土産は買ってきてやるからな』 だから、子供達の話題になっている龍はクルーヴのグェスとフェンリエッタのジゼルだろう。 「あっ」 恐る恐る手を伸ばす子供達を 「危ないよ」 フェルルが止める前にクルーヴが静止した。 「気の荒い龍じゃないけど、爪とかは危険だからね。向こうで僕と一緒に遊ばないかい?」 「わーい!!」 子供達は笑顔で走り去っていく。それをホッとした気持ちで見送ったフェルルはふと、一人ぽつんと残された少年を見つけたのだった。 「どうしたんですか? 皆と一緒に遊ばないんですか?」 「今、母ちゃんが病気で入院しているんだ。遊ぶ気分じゃないけど…皆が心配してくれるから、さ」 「そうですか。お父さんは?」 「出稼ぎに行ってる。今まで遊び歩いて、母ちゃんの稼ぎに頼ってたけど母ちゃんの治療費に大金を稼がなきゃいけないからって…。この間金が送られてきて、それで母ちゃん、領主様の知り合いの医者の所で治療して貰えることになったんだ」 「偉いですね。でも、あんまり心配していると逆にお母さんやお父さんたちも心配しますから、少しは遊んだ方がいいですよ。ほら皆が手招きしています」 ポンと背中を押したフェルルに促されて少年は、仲間達の元へと戻って行った。 「貧富の差は、少なくてもやはりああいう子はいるものですね」 「フェルル」 ふと呼び止められてフェルルは後ろを向く。 そこには詩聖の竪琴を手に立つフェンリエッタがいた。 「どうでしたか?」 フェルルの問いにフェンリエッタは彼女が調べた事を報告する。 「興味深かったですよ。芸人が自分の技を披露する小舞台や広場があって無料で好きなところで演技してもいいのだとか。勿論、酒場でもいい報酬で歌えますし、宿代も安くして貰いました」 「なるほど、クルーヴさんの考えていた通りですね」 フェルルも頷く。 「なお詳しい町の全体調査は威さんやクルーヴさんがやってくれるそうです。 …私は直接対決をしてみようと思うのですが、一緒に行って頂けませんか?」 フェンリエッタの願いに、フェルルは悩むこともなく 「勿論」 と頷いたのだった。 ●彼の手駒 さてその頃マックスは一人、ラスカーニアではなくリーガのある場所に来ていた。 「やあ、はじめまして。元気かい?」 彼はそこに佇む男に声をかけた。明るい挨拶はこの場には似合わないと解っている。 ここはリーガ城の地下牢。犯罪者達が幽閉された場なのだから。 「お前さんにちょっと答えてもらいたい事があって来たんだがね…」 その中でマックスが面会を望み、声をかけたのは先日のハロウィンパーティで捕えられた異物混入犯であった。 後の調べで致死量ではないが、かなり強力な毒であった事が解っている。 黙秘を続けている彼は未遂であったことも加わって極刑では無く、懲役刑になる見込みであるという。 いずれジェレゾに輸送されることになるだろうが、その前に確かめたいことがあってマックスはやってきたのだった。 「単刀直入に聞こう。お前が狙ったのはラスカーニアの領主ユリアスか? それ以外か?」 彼は何も話さない。沈黙を続けている。 それは勿論、想定の範囲内だ。 軽く見た限りでも、この男は表世界の住人では無いと解る。 かといって裏の世界で力を持つような器も無い。簡単に言えばチンピラだ。 だから、マックスはあえて声音を変えず、続けた。 「あの場にいた総ての貴族を狙ったのなら、当然ユリアスも含まれる事になる。…だが私にはとある友人がいてね。そいつと約束したんだ。ユリアスに害を為す者は総て始末すると…」 まるで雑談のように、彼は脅迫の言葉を口にしたのだ。 笑顔で告げられる死の宣告が、普通の脅迫より恐ろしく感じることは勿論計算のうちである。 「私はできるだけ人は殺したくないんだが、お前さんはどっちだ? 私はお前さんを殺さなければいかんのかね?」 同じ世界を知る者。 でも、自分などより遥かに上で、ここまで恐ろしいと感じた人物と出会ったのは二人目であったと彼は後に語る。 「…言えば、殺される。お前のような人間であれば、解るだろう!」 「そうだな。でも考え給え。私が言わなければ、君が吐いたことは誰にも知られないのだよ。そうすれば殺される事は無いのだ。しかし、君がしゃべらないのなら、私は君を殺すかもしれない…。どうするね?」 「………! ダメだ。やはり言えない。俺だけならともかく…」 (なるほど…ね、やはりラスリールは抜け目のない男だ) マックスは俯く男を見て事情をほぼ察していた。 事が予定通りに運べばよし。万が一失敗した場合には自分と関係ない者と切り捨てられるチンピラを実行犯に使う。 そしてそのチンピラが口を割らない様に、多分人質も取っているのだ。 おそらく…当人達が人質とは気付かないように巧妙に…。 「解った。なら依頼人のことは言わなくていい。私も聞かない。その代り、質問に答えたまえ。そうすれば君を殺さないばかりか罪を減じられるように口添えも考えてあげよう」 どうかな? と質問の形式を取っているが男には勿論選択の余地は無い。 「…解った」 蚊の鳴くような声で答えた男に満足そうに頷いて、マックスは 「では、最初の質問だ」 男に問うたのだった。 ●望む未来の為に 領主に開拓者が謁見を求めると、拍子抜けするほどにあっさりと面会の許可が下りた。 「ハロウィンパーティ依頼ですね。お元気ですか?」 謁見室で待つこと暫し、やってきたフェルアナ領主、ラスリールは満面の笑顔で開拓者に笑いかける。 「おかげさまで。貴方の方こそ体調はいかがですか? その後、後遺症などはありませんか? 劇場関係者を代表してお見舞いに参りました」 「これはご丁寧に。私の方は体調にも全く問題なく元気にに過ごさせて頂いております。お気になさらず、と辺境伯にお伝え下さい。」 フェンリエッタが文句の付けようのない完璧な礼で挨拶をすると、ラスリールもまた同じように礼を返す。 「そう言えば、秋公演が終わって久しいですが、次の公演予定はどうなっているのですか?」 「間もなく冬公演を行う予定で、今、準備をしているところのようです」 「それは、楽しみですね」 笑顔で問われれば、フェルルも微笑んで答える。 何も知らなければさぞかし微笑ましい光景に、見えるかもしれない。 だが、実は腹の探り合い。雑談から相手の意図を読み取れないかと互いに警戒という糸を貼り巡らせているのだ。 「そういえば、出演者の一人、リリーが不思議そうにしていたわ、何故ユーリと呼ぶのか? と」 雑談を装いフェンリエッタは切りだした。 「ああ、確か、彼女とよく似た吟遊詩人を知っていたもので、ついそう呼んでしまったのですね。ユーリという吟遊詩人をご存知ですか? 美しい外見と権力に媚びない歌となかなか評判なのですよ」 彼はあっさりとそう答えた。つまり、吟遊詩人ユーリを知っている、と。 「直接話したことがあるわけではありませんが、優れた演者はぜひ招きたいもの。もし、会う機会などありましたらいずれフェルアナにもと声をかけて頂けますか?」 そして開拓者と関係があることを知っている、とも。言葉に出してではないが、はっきりと…。 「そうですね。機会があれば…。では、この辺で」 もうこれ以上の腹の探り合いは意味がない。 フェンリエッタはフェルルを促して立ち上がった。そのまま退室しようとするが 「ラスリール卿。最後によろしいでしょうか?」 ふと、足を止めたフェルルは振り返り、ラスリールを見た。 「なんでしょうか?」 「貴方は未来と言うものをどう考えますか? そして胸に抱く夢をどう叶えたいと思われますか?」 難しい質問ですね。と腕を組んだラスリールはやがて、静かにその腕を解いて答えた。 「未来は自分の意思で掴み、作って行くものです。その為になら全てを賭ける。今も、そう思っていますよ」 「その全て、というのは…いえ、何でもありません。失礼、しました」 一礼してフェルルは部屋を後にする。心配そうに顔を覗き込むフェンリエッタに大丈夫、と微笑んで 「ユーリさんに、伝えないといけないですね」 彼女はキュッと唇を噛みしめたのだった。 数日後、ユーリは提出された報告書の束、その全てに目を通した。 まずはマックスからのハロウィンのパーティで捕まった異物混入犯人の調書。 『と、言うわけで奴は目標を決めず、無差別に食事に異物を混入せよと命じられたらしい。ラスリールが一番先に食べようとした理由は解らないが、もしかしたら少しでも他者への被害を減らそうとしたのかもしれない。 もちろん、辺境伯に貸しを作りたかったのかもしれないが…』 威とクルーヴはフェルアナの町全般を調査してくれていた。 『フェルアナの町は表向き、荒れたところが少ない。それは、いわゆる裏稼業の者達が町を荒らしていないからであると思われる。ラスリールは裏稼業の者達とも友好な関係を築いている可能性が高い。それが良いことであるか、悪いことであるか、今の段階では断じられないが…』 『かの町は吟遊詩人や芸人を保護しており、宿が安く泊まれたり、酒場や町角で歌ったり踊ったりすることが自由にできたりするようです。 生活水準はかなり高く子供も孤児は少なく、望めば勉学を学んだり、技術を身につけたりすることができます。税が安いから人が集まり、人が多く集まるからこそ色々なことが出来る。領主としてのラスリール卿は確かに優秀であるようです』 領主として。 ではそれ以外は? という答えの問いはフェンリエッタとフェルルからの報告が答えてくれていた。 『妹を利用し、自らの命さえも駒として賭ける…。彼がフェルアナの領主になったいきさつを知っていますか?』 そう言って彼女達は語ってくれた。その時の様子を。 アヤカシと手を組み、そのアヤカシを裏切って彼は今の地位を手に入れた。 けれど彼にとってそれは目的地では無いのだろう。 『あの方は今もなお何かを求めている。卿の目は確かにそう言っていました。 その為には何でも利用しようとするし、何でもするでしょう。ユーリさんの事も、利用しようと狙っている可能性があります。 …ユーリさんは前に「交渉する必要があれば」と言いましたが…彼との交渉で得られるものがあるとは思えません」 フェルルはそう言って後、ユーリの手を握り締めてくれた。 『けれどもしユーリさん自身が何か得られると感じたら、一緒に行きましょう。 ユーリがラスリールに惑わされる事はない、二人を知る人物がそう言いました。 …私も信じます』 彼女達の言葉が、思いが今も耳に残る。 ずっと考えていた。 彼女達が言う様に、例えば南部辺境全体をジルベリアでありながら、国の方針に捕らわれない…他国と自由に行き来でき、貿易も恋愛も結婚も自由にできるようにできたら…。 「それはきっと理想の国になる。でも…」 簡単に結論が出せる話では無い。ユーリ一人が望んでも無理な話だ。 それこそ、一人一人が意識を変え、領主達が皇帝に猪を唱えると知りながら強くそれを望み訴え、皇帝にそれを認めさせなければ…。 「父上にそれを納得させる方法が…戦い以外にあれば…」 まだいろいろなことを考えなくてはならないけれど、決めたことがある。 ラスリールの手を今は取ることはしない。 「…手を取らなければ、いつか相対することになるのかもしれませんが…」 それでもいいと、ユーリは思っていた。 「あの方達を二度と裏切りたくはありませんから」 …と。 ユーリの決意と同じ頃、フェルアナではラスリールが空を仰いでいた。 「私は、私の望むものを、必ず、手に入れる…」 そう呟いて…。 新しい運命の風がまた 吹き荒ぼうとしていた。 |