【朱雀】委員会の一日
マスター名:夢村円
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: やや易
参加人数: 21人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/11/16 10:23



■オープニング本文

【これは陰陽寮 朱雀合格者専用シナリオです】

 入寮式から早や三か月が過ぎ、季節も夏から秋へ移り、間もなく冬へと変わろうとしている。
 朱雀寮委員会勧誘祭りも終わって一カ月。
 しかし、今年はまだ全ての寮生が委員会を決定し終えてはいなかった。
「それで? どうするんだ?」
「ん〜、とりあえず、通常業務かな?」
 調査から戻ってきた三年生の主席は問う仲間にそう答えたのだった。
「新しく一年が入ってきた委員会は一年生に仕事とかを教えないといけないでしょ? まだ迷っている一年生も仕事を見て興味を持ってくるかもしれないし、体験とかしてみれば委員会決定の参考になるんじゃないかな?」
「確かに」
 主席の答えはもっともである。
 それで、各委員会の委員長達は、それぞれ副委員長と二年生達を呼びだした。
「今月から本格的に今年度の委員会活動を開始する。とりあえずは通常業務をこなしていくが、二年生にはそれに加えて一年生達の指導を頼みたい」
「一年生の指導を…僕達が…ですか?」
 不安げに先輩達の顔を見る二年生もいるが、大丈夫。
 と委員長達は一様に微笑む。
「昨年のことを覚えていませんか〜。あの時も〜、私達が先輩達に同じように言われて皆さんに、仕事を教えたんですよ〜」
 言われてみれば確かに。
 右も左も解らない委員会で、一つ一つの仕事を教えて貰った。
「図書委員会は本の整理と、三年生が集めてきた資料の整理をするそうです。
 用具委員会は道具の整備点検。
 体育委員会はいつものとおり、アヤカシ調査と鍛錬と言っておられましたね」
 保健委員長が各委員長達を振り返ると、彼らはそれぞれに頷いていた。
「えっと、保健委員会は?」
「薬草園の手入れと採取、それから薬の整理ですね。秋は根や実に薬効を持つ植物の収穫時期なのですよ。それと、依頼や実習の時に持ち運べるオリジナルの救急箱を用意できないかと思っているのですが…」
 委員会の仕事というものは手を抜こうと思えばいくらでも抜けるが、やろうと思えばいくらでも見つかるものなのだ。
 二年生達は顔を見合わせるとそれぞれに頷いた。
 自分達が先輩にいろいろ教わったように、今度は自分達が後輩に教えて朱雀寮の伝統と心を繋いでいく。
 それが一年間、守られ、教えられてきた自分達の義務であり、責任であるのだから。
「仕事が終わったらいつも通り食堂で打ち上げね。最近寒くなってきたから身体が温まるもの用意しておくわ」
 調理委員会委員長の笑顔に見送られ、彼らはそれぞれ準備に動き出したのだった。
 
 かくして一年生達は11月のある日、こんな張り紙を目にすることになる。
 
『本日、委員会活動日。
 各委員会の参加者はそれぞれの委員会の活動場所へ集まること! 時間厳守
 委員会未決定者は自由見学を認める。その後、数日中に委員会を決定の事』

 朱雀寮の平凡(?)な一日が始まろうとしていた。


■参加者一覧
/ 芦屋 璃凛(ia0303) / 俳沢折々(ia0401) / 青嵐(ia0508) / 蒼詠(ia0827) / 玉櫛・静音(ia0872) / 喪越(ia1670) / 瀬崎 静乃(ia4468) / 平野 譲治(ia5226) / 雲母(ia6295) / 劫光(ia9510) / 尾花 紫乃(ia9951) / サラターシャ(ib0373) / アッピン(ib0840) / 真名(ib1222) / 尾花 朔(ib1268) / 雅楽川 陽向(ib3352) / クラリッサ・ヴェルト(ib7001) / カミール リリス(ib7039) / 比良坂 魅緒(ib7222) / 羅刹 祐里(ib7964) / ユイス(ib9655


■リプレイ本文

●はじめての委員会
 ごく普通のありふれた秋晴れの一日。
「どないしよ。どないしよ〜〜」
 ここは朱雀寮、用具倉庫。大扉の前。
 右に左に歩く茶色の影があった。大きな紙袋を抱えて
「あ〜ん、どうしたらいいんやろか、見学なんて言うたら邪魔ちゅうて、お、怒られんやろか?」
 呟きながらうろうろうろうろ。
 うろろ、うろうろ。
「おーっし。今月も点検日がやって来たかぁ。年越しの準備もぼちぼち始まってるだろうし、抜かり無ぇようにな。なんせ、お祭り騒ぎは俺のホームだからYo! ん?」
 大きく伸びとあくびをしながらやってきた喪越(ia1670)は、ふと自分の目的地の前で歩きまわる影を見つけて足を止めた。
 あれは確か人獣の一年生。
 今年はまだ一年生に用具委員会の参加希望は出ていないと聞いていたが…何か用だろうか?
 興味が出てきて、喪越はその人物の前に行くと片手を上げて見せた。
「よ〜! そこのお嬢ちゃん。用具委員会の倉庫になんかようか? ここのか、とおか?」
 割と使い古されたギャグであることとは承知しているので、反応がないことはあまり気にしない。
「あ〜。まあ、それはさておきホントに何か用かな? こんな寒いところでうろうろしていると風邪ひくぜぃ」
 身長差50cm以上。小柄な一年生に目線を合わせると少女は少し逡巡したのち意を決したように話し始めた。
「えっと、うち、雅楽川 陽向(ib3352)いいます。できれば早めに委員会決めるよう寮長から言われてたんやけど、まだ決めかねてて…。それで、その用具委員会に興味あるんやけどもう一回、見学って、させてもらえんやろかと思って…。でも、なんだか入りづらくて…あ、これおみやげ! です!」
 まだ、耳はぺったり、しっぽは力なくへにょりと下がっているが、一生懸命に言葉を探し、語る様子が微笑ましくて、喪越は小さく、本当に小さく微笑んだ。
 そして
「お〜焼きいもじゃねえの。こりゃまたご丁寧に! 見学はきっと大歓迎だぜ。セニョリータ。さっそく中へどうぞ。お〜い! 委員長、副委員長。いっちねんせいがお呼びだぜ〜」
「あ、ちょっと待って。まだ心の準備が〜〜!」
 がらりと鉄の扉を開け、中に向かって大声で叫ぶ。そしてがっしりとした大きな手で陽向の手首を優しく掴むと、強く中に引き入れたのだった。
「あわわわわ!」
 明るい所から急に暗い倉庫の中に入って、陽向は目の前が真っ暗になる。
 比喩の意味ではなく、本当の意味でのブラックアウトだ。
 やがて暫くして暗闇に眼が慣れてくると、そこに人がいるのが解った。その横で人形が踊っている。
『おや、君は一年生の陽向さん、でしたね。何かご用ですか?』
 いつも腹話術を使って会話する独特な先輩が用具委員長である青嵐(ia0508)であると知っていた。
 だから、陽向は手のひらをグーに握り締めると顔を上げて真っ直ぐに委員長の顔を見た。
「うち、用具委員会を見学したいん…です。お手伝い許可して下さい。お願いします」
 返ってきた返事は本当に、直ぐのことであった。
『見学は自由ですが、立ち入り禁止の場所には入らないこと。それではリスト作成と倉庫整理と参りましょうか。手伝うと言うのなら働いて貰いますよ』
 そう言って先頭に立って歩きはじめる。
「は、はい!」
 陽向はその後を本気で走って、追いかけた。
「んじゃまあ、行くとすっか。清心」
「はい」
 そして喪越と清心もゆっくりとその後を歩いて行ったのだった。

「それじゃあ、陽向は用具委員会に行ったんだな?」
 仲間を心配していた羅刹 祐里(ib7964)の問いにうん、と横を歩くユイス(ib9655)は頷いた。
「うん。勇気を出して行ってみる、って言ってた。手土産も用意していたみたいだよ」
「そりゃよかった。少し心配してたんだ」

『それと委員会って、体験もできるん? せやったら、いっぺん見学行ってみたいな…。先輩の邪魔せんように、気をつけなあかんけど。個性的な一年生の一角の自覚は、持っとるねん』
『陽向、悩むのは入った後でも出来る。気負うな』

 希望する委員会がまだ決められず悩んでいた陽向の事を一年生達はそれぞれ心配していたのだ。
「そう言えばユイスも決めたのだったか?」
 さらに横を歩く比良坂 魅緒(ib7222)が隣を見た。
 先の文化祭、もとい委員会勧誘祭りの時委員会を決めていなかったのはユイスと陽向の二人。
「うん。ボクは図書委員を希望するよ」
 彼がそう頷いたので、そうか、と魅緒は指を折る。
「祐里が保健委員会、ユイスが図書委員会。雲母(ia6295)が体育委員会。そして私が調理委員会だからこれで本当に陽向が用具委員会に決まれば全委員会に平等に一年が入ることになるな。それぞれの委員会も委員長も喜ぶだろう」
「まあ、それがプレッシャーにならずに陽向が自分の行きたいところを選んでくれればいいけどな…じゃあ、そろそろ行こうか」
 同じ一年生でもいつまでも歩く道は同じでは無い。
 分かれ道。
「じゃあ」「後でまた」「腹が減ったら食堂に来るとよい」
 彼らはそれぞれが選んだ道に向かって歩き出したのだった。

●体育委員会の役割
 ここは中庭。体育委員会の活動拠点。
「う〜ん、いい天気だねえ。今日は絶好の委員会日和」
「うおっしっ! 賽の目は五。いつも通り何て言わせないなりよっ!」
 平野 譲治(ia5226)の意気も上がる。
 大きく伸びをした後芦屋 璃凛(ia0303)は体育委員長劫光(ia9510)を見上げた。
「先輩。今日はどうしますか?」
「いつものとおり、アヤカシ調査と鍛錬を兼ねたランニングだ。璃凛、先導は任せたぞ。俺は後ろを行くから」
「はいっ! 了解しました!」
 ビッと敬礼するように背筋を伸ばすと璃凛は一年生の新入委員、雲母の方を見る。
「そう言うわけでこれからフィールドワークに行くね。まあ委員長も言った通りのランニング。五行の街の均衡をぐるっと回って、山の方とか足を延ばして戻ってくるの。アヤカシがいたらもれなく退治して」
「ホントはアヤカシ調査ってのもやるなりが、いつも鍛錬で終わっちゃうなりよねっ! じゅーなんじゅーなんっ! 体をやわかくするのが秘訣なりよっ!」
 フォローするように譲治が続けるが相変わらず雲母にはやる気が見えない。
「今更鍛錬など必要ないのだがな」
「雲母! 一応委員会では上級生や委員長の言う事を聞くなりよ!」
 あいも変わらず壁に背を預けぽっかりと煙草を吹かすマイペースの雲母の耳に譲治は諌めるように囁いた。
「ねえ、雲母…」
 何か言いたげな璃凛の様子をフッと躱す様に笑うと解った、と彼女は立ち上がる。
「まあいい。譲治の言う事を聞かなきゃならんのなら、譲治の言う事は聞かないとなぁ。付き合ってやるよ」
「雲母!」
 わしゃわしゃと頭を撫でられた譲治は嬉しい様な少し困ったような顔を見せるが、璃凜は大丈夫、と微笑む。
「了解。じゃあ出発!」
 軽いアップの後、彼らは走り出した。

 それから数刻後。
「なるほど、な」
 陰陽寮に戻ってきた雲母は枯れた草地に腰を下ろすと微かに切れた息を整える。
 上級生達は、フィールドワークの反省をしている。
 それを遠目に見ながら、雲母は体育委員会の活動というものを一応評価していた。
 五行の街を巡り、周辺の山道などを走り、途中二か所ほどで流れて来たらしいアヤカシを退治した。
 前衛の璃凜が先陣を切り、中衛の劫光が状況を調べ把握し、指示を出す。後衛の譲治が後方支援とフォローだ。
 フィールドワークと言う名目で陰陽寮のテリトリー内でのアヤカシの存在を把握し、領域を確保する。
 そして外を出歩くことで周辺を把握し、何かあった時に機敏に動けるようになる。
 目立った仕事が無いように見えるがそれが体育委員会の役割でもあると言うわけだ。
「今回は以前よりアヤカシが増えていましたね」
「警戒を強めて貰う様に言っておこう」
 三人の会話を聞きながらそんなことを考えていた雲母にそっと、璃凛が近寄ってきて声をかけた。
「うちは、最初の時、へばったんだけど、流石だね」
「…何の用だ?」
「良ければ組手の相手をして貰えないかな? 伝統だし、うちを知って貰えるからね。フィールドワークの時、もう少し話したかったんだけど話すよりこっちの方がいいかな、って思って」
 雲母は立ち上がり身体の草や土を払う。
「煙管一つでも勝てる自信はあるぞ、私は」
「そうだろうけどね。でも、伝えたいことや教えたいことはあるから」
 そう言って彼女は構えを取る。雲母もまた煙管を置き立ち上がった。
「雲母!」
「好きにさせておけ」
「劫光?」
 背後からの声に譲治は振り返った。
「ま、拳を交えて解る事ってのもあるなりかね?」
「そういうことだ。俺はちょっと保健委員会に頼まれてることがあるから出かけてくる。こっち、任せていいか?」
「いいなりよ」
「じゃ、頼んだ!」
 そう言って劫光が双樹を伴ってその場を離れた後
「タアッ!」「フッ!」
 二人の互いを知る為の組手が始まっていた。

●保健委員会の提案
「羅刹 祐里、保健委員会に入ります。どうぞ! よろしくおねがいします!!」
 保健委員会の活動拠点は保健室。
 二年生と三年生達も笑顔で新しい仲間を迎えてくれた。
「保険委員長、玉櫛・静音(ia0872)。宜しくお願い致します。今年も一年を迎えられたのは喜ばしい事ですね」
 まずは委員長が挨拶を返し、次に副保健委員長へと促す様に目線が動く。
「あ…はい。副委員長を務めます蒼詠(ia0827)です。こちらこそ、よろしくお願いしますね。一緒に頑張りましょう」
「はい。お願いします」
 自分より歳も身長も小さい先輩。けれど祐里は心から素直な気持ちで頭を下げた。
 陰陽寮の委員会では三年生が委員長、二年生が副委員長と決まっているので二年生が先に立ったが、保健委員会は他に三人の三年生を抱えている。
「瀬崎 静乃(ia4468)よろしく」
「泉宮 紫乃(ia9951)です。改めましてよろしくお願いしますね」
「私は尾花朔(ib1268)です。保健委員としては一年生ですから。仲良くやって来ましょう」
 それぞれの笑顔に迎えられて、祐里は晴れて保健委員会の一員となった。
「では仕事を始めましょうか? 保健委員会の仕事は多岐に及びます。まず、どれをやってみたいですか?」
「どれでも! 仕事を早く覚えたいのでなんでもやってみたいん…です」
 祐里の意欲に微笑んで
「では、軽く保健室を掃除して薬草の確認をしてから薬草園の薬草たちの収穫とお礼肥えですね。蒼詠さん、静乃さん。薬草園の方に先に行ってて下さい? 私は祐里さんに簡単に薬戸棚の場所を知らせてから行きます。紫乃さんと朔さんは保健室の掃除をお願いします」
 静音は委員長として委員達に指示を出す。
「解りました」
 そうして委員達は、それぞれの仕事に動き出したのだった。

 薬草、毒草、解熱剤、鎮痛剤、下剤などなど。
「薬と毒は表裏一体です。正しく使えば人の命を救う事が出来ますが間違えれば人の命を奪う事もある。しっかり覚えて下さいね」
「はい」
 祐里は静音や紫乃の指示や話を聞きながらまずは薬の種類と、道具がどこにあるかを覚えて行く。
 決して間違えてはいけないから真剣にメモを取り、頭に入れて行く。
「今は聞き流しているだけでも良いですよ。必要な事は自然に覚えていきますから」
 それが一区切りついた頃を多分、見計らったのだろう。
「羅刹さん、すみません、高いところ御願いします……」
 朔が掃除の手伝いに祐里を呼んだ。
「お安いご用だ。任せてくれ」
 手早く棚の上の埃をふき取る。
「ありがとうございます。身長の高い方がこういう時は羨ましいですね」
 寂しげに笑う朔を見ながらふと祐里は思った。
(我位なのか、蒼詠先輩とはだいぶ…)
 慌てて首を横に振ると彼は委員長の方を見る。
「委員長。踏み台か脚榻でも作って良いか?」
「そうですね。お願いしてもいいかもしれません」
 そして委員長は朔と紫乃。二人の方を見た。
「朔さん、紫乃さん。私達は薬草園の方に行ってきます。後で、調理委員会にその籠の材料を届けて下さい。祐里さん、行きますよ」
「あ? はい」
 二人が外に行ってしまい残った二人は顔を見合わせ
「あ…あの、朔さん」「なんでしょう。紫乃さん」
 互いの頬を朱に染めた。
「このリストの件なんですけれど」
 保健室で恋人らしい何をするわけでもないけれど一緒に仕事をしながら同じ空間での時を過ごす。
 彼らにとってはそれだけで幸せなようであった。

「あの二人って、もしかして?」
「そうですね。でも大丈夫ですよ。あそこが薬草園です。あちらの仕事もたくさんありますからしっかり覚えて下さいね」
「あ、いらっしゃいましたね」
 蒼詠が作業の手を止めて、二人を出迎える。
 頭巾に手袋、泥作業してもいい服装。清潔を必要とする保健室での様子とは全く違う姿だ。
「…薬草園の仕事は体力勝負。でも雑に扱ってはダメ…。がんばって」
 タビに作業用の動きやすいズボン。頭巾には「垂れ耳工務店」。本当に土木作業をするようだ。
「はい!」
 祐里は改めて腕をまくった。自分ができること、役に立てそうなことがここにもたくさんある。
「後輩が入ってくれて嬉しいです。藤村先輩も知ったらきっと喜んでくれるでしょうね…」
 微笑む先輩達に囲まれながら
「…土の様子を良く見て。落ち葉や花も…ただ、捨てるんじゃないからね」
「根は傷つけず、丁寧に掘ること。心映えが現れますよ」
「おーい、手伝いに来たぞ。どうする?」
 祐里は新しい場所で、新しい知識を得ることに一生懸命取り組むのであった。

●図書委員会の笑顔
 図書委員会に一年生が入ってきた。上級生達は集まり彼を出迎える
「ユイスです。宜しくお願いします」
 帽子を外し、丁寧にお辞儀をする。
 勿論ここに彼が修羅だからと言って特別な目で見る者など誰もいない。
「は〜い。よろしくお願いしますね。私は一応いいんちょのアッピン(ib0840)ですよ。隣が折々ちゃん。一応三年生の首席なんですよ〜」
「ここではあんまり関係ないって。というわけで私は俳沢折々(ia0401)。図書委員会は仕事もやることも多いから頑張ってね。じゃあ、私達は前回の調査で調べてきた資料の整理してるから基本的な仕事は二年生ちゃんに任せるよ。ユイスくんは仕事の内容を二年生ちゃん達に聞いて覚えて」
 そう言って三年生二人は二年生三人の方を見る。
 図書委員会は保健委員会とは逆に二年生を三人擁する委員会である。
「サラターシャ(ib0373)です。どうか親しくサラと呼んで下さいね。本に出会える楽しみを、皆さんにも伝えていけたらと思います」
「クラリッサ・ヴェルト(ib7001)。ユイスさん、図書委員会にようこそ。歓迎するよ」
「カミール リリス(ib7039)です。仲良くやっていけると嬉しいですね」
 三人の少女達の笑顔は明るい。見ているだけで幸せになるようでユイスもつられて笑顔になった。
「それじゃあ、やることはいつもの通り、さっそく仕事を始めよう」
「去年と同じく良い天気ですね。虫干し、やってしまいましょう。三人で、ですから分担して教えませんか? ボクも二年生用の書庫の整理もしたいところですから」
「そうですね。まずは全員で本の虫干しをしてしまって、それからユイスさんは私達の仕事を見ながら、本の扱い方とかを見て、覚えて下さい、一年生用の本棚を作ろうと思うんですよ」
「解りました。力仕事があれば何でも言って下さい」
 素早く仕事に入って動き始める一年生と、二年生。
「本は重く、また崩れやすいものもあるので注意します。その虫よけの薬草と湿気取りの紙は去年のものなので新しいものと交換して下さいね」
「はい」
「言う必要も、無いでしょうが…本は書かれていることが全て事実とは限りません。ですから鵜呑みにするのは危険です。特に歴史書は、偏向など当たり前、見聞録ですら著者の空想が混じっていますからね」
「確かに、蔵書はその人の考え方や人格を表すものだよね。どんな本を読んでいるかで、なんとなくその人がどういう人なのか想像できるんだしね」
「そうです。でもそんな『事実ではない真実』が新たな発見に繋がる場合も有るのですがね。だから本を読むと言う事はいろいろな選択肢を選ぶ為の情報を得ることです。そして最終的に決めるのは自分。それを忘れないで下さいね」
「はい」
 真剣に本に触れ、考える後輩達。
「うん。なかなか今年もいい子が入ってくれたね」
「そうですねえ。よかったですねえ〜」
 彼らを見ながらアッピンと折々は嬉しそうに頷いた。
「図書委員会ってさ」
「ん?」
 独り言のように呟く折々の言葉に耳を止めることができたのはアッピンだけである。
「五つの委員会の中でいちばん他の委員会とのコミュニケーションが必要になるところだと思うんだ。
 資料や書籍が一切必要のない分野ってないと思うしね。運動するにしろ、料理するにしろ、本から学ぶことは多いんじゃないかな」
 勿論アッピンに向けて言った言葉ではないが、そうですね〜と彼女は相槌を打つ。
「だから他の人にちゃんと気を使える子だといいなあ、って思うんだ。二年生ちゃん達も、もちろん一年生くんも大丈夫だとは思うけど」
「そうですね〜」
 アッピンはもう一度、頷いた。
「ちょっと資料整理は任せていい? 一緒に仕事してその辺のところ、見てきたいんだ」
「はい、いいですよ〜。ごゆっくりどうぞ〜。資料整理は逃げませんから、私は掃除でもしておきますね〜」
「うん。ありがと」
 笑顔で歩き出す折々の背中を見送りながらアッピンは、資料をとんとんと重ね閉じる。
「なるべく皆さんが本に触れて興味を持ってくれれば嬉しいなですよ」
 そんな彼女の後ろに、
「せ〜んぱい?」
「わっ! なんですか?」
 気が付けばクラリッサがいた。
「虫干し、終わりました。皆はあっちで一年生用書棚の整理してます。資料整理お手伝いしてもいいですか? 希儀のレポートって興味あるんです」
「いいですよ〜。とりあえずサッと掃除してそれからですけどね〜」
「は〜い。あ、先輩。一枚落ちてます。わあっ! 蛇アヤカシだけじゃなくてこんなのまでいるんですか?」
「それは骨の龍ですね。こっちは植物のリスト。まだまだ世の中には解らないことがいっぱいですよ〜」
 普段は私語厳禁の図書室。
 でも今日は楽しげな笑顔と会話が長く消える事は無かった。

●調理委員会の準備
 さて、その頃調理委員会の厨房に委員長真名(ib1222)の悲鳴にも似た声が響く。
「ちょ、ちょっと待って魅緒! その瓶の中身入れちゃダメ〜!」
「…もう入れてしまったが…」
「どうしたんです?」
 薬草園から生姜やハーブを持ってきた朔と紫乃は苦笑いする副委員長彼方の視線の先、中華鍋の中身をおたまでぐりぐりと混ぜる魅緒を見た。
「ああ…豆板醤が一瓶空に…。一体、本当に何を作っているの?」
「何? と言われても、見ての通りの麻婆豆腐だが。身体が暖まるものを、という話であったろう? 先日真名の作ったものが美味かったので同じようなものを、と思ってな。見よう見まねだが」
「見て解らないわよ! なんで麻婆豆腐にジャガイモを入れる必要があるの? しかも皮をむいてないし…」
「入れぬのか?」
「…しかも、チンメンジャンとキムチと唐辛子の瓶も空?」
「料理を赤くする為にいろいろぶち込んだからな。多分大丈夫じゃ」
「大丈夫じゃない! もう! こっちにいらっしゃい。一から教えてあげるから」
「では、暑くなってきたから甘くてさっぱりしたものが良いな。教えて貰えぬか?」
「…大変そうですね」
「委員長は大変だと思います。でも、大丈夫ですよ。きっと」
 肩を竦めながらも彼方はどこか楽しそうである。
「なんだか僕の師匠に似てるんですよ。繊細なように見えて大雑把なところとか…。芯は優しい所とか。大丈夫です。仲良くやって行けると思います」
「そうですか。なら、良かった。何かお手伝いすることはありますか?」
 紫乃の言葉に朔も頷く。そして彼方は
「ちょっと! そんなに小さく切りすぎたら歯ごたえがなくなっちゃうわよ!」
「細かい方が食べやすいかと思ったのだが」
 賑やかな二人を見ながら
「もうすぐ、皆さんが来ると思いますので、食堂の設えとか、手伝って頂けますか? 今日のメニューはこれで」
 そう頼んだのであった。

●そして用具委員会
「よう。疲れたかい?」
 宝珠を一つ一つ磨いて用途ごとに分類する。
 寒い倉庫の中で一生懸命に仕事に取り組む陽向にかけられた声にふと彼女は顔を上げた。
「あ、いえ、大丈夫です。…わっ!」
「随分手が冷えてんな。女子供はあんまし身体を冷やさない方がいいんだぜ」
 武骨な手で陽向の手を包んだ喪越はその手に息を吐きかけ揉みほぐす。滞っていた血流が流れ出すようで陽向は身体が暖かくなるのを感じていた。
「用具委員会の仕事ってな地味な仕事に見えるだろ? いや、実際超地味なんだわ、これ」
 苦笑しながらでも喪越は真剣な目になる。
「でもま、用具委員に期待されてる事ってそういう事なんじゃないかねぇ。いつも使いたい時に、いつもの場所に、いつもの使い心地で、いつもの道具が用意されている。そしてその道具の一つ一つに思い出が積み重なって行く。そういつでも貴女の心の傍に…。喪越ドエスってか」
 最後はドヤ顔で冗談めかしたが自分を励ましてくれていると解る喪越の言葉に陽向は小さく、頷いた。
「…あんな、委員会の思い出、うちにもあるんよ? 北戦のとき、雪降る中の先輩たち見たねん。避難所の炊き出しやっとった。陰陽寮って、こないな事もするんやなって…朱雀選んだ理由や」
 でも、と顔を下げる。
「派手求めるなちゅうても、耳としっぽ目立つし…。一番心配なんは、寮でやって行けるかな…授業受けるたびに、凹んで悩むんよ。先輩も先生も、五行の国王さんも通ってきた道やろけど」
『やって行けるかな? ではなくやって行くのですよ』
 二人は振り返った。そこには別のところで仕事をしていた筈の青嵐がいる。
『委員会であれ、授業であれ大事なのは「自分がその活動でどう動くか」です。悔いること、間違えることがあってもそこで諦めて終えてしまわなければ取り返しがつかないことなどそうはありません。できる、できないを決めるのは誰でもない自分自身なのですからね』
 青嵐の言葉はゆっくりと、だが静かに陽向の心に沁みこんでいく。
「委員長。どっかで立ち聞きでもしてたんかい? 最近縄に興味があるようだしまさか、手に持った縄での緊縛プレイに目覚めたとか?」
 バキッ! 
「がはっ!」
 遠慮ないキックを見舞った青嵐の人形はするりと回転して床に降りる。
『さて、暗くなってきましたし仕事はこの辺にして食堂に行きましょうか。皆も待っているでしょう』
 そしてにっこりと、優しく微笑んだのだった。

●いつもの朱雀寮
 夕方。七草の飾られた食堂には一年、二年、三年。
 朱雀寮の委員会全員がそろっていた。
「さあ、お仕事大変だったでしょ。みんないっぱい食べて」
 並べられた料理に歓声を上げて、それぞれが料理を頬張って行く。
「今回は身体が暖まる料理を中心に組み立ててみました」
 ポトフやカキ雑炊、定番のキムチ鍋に豚汁。
「は〜。仕事の後だから、身体に沁みる〜」
 豚汁の椀を手に祐里が幸せそのものと言った顔で頬を緩ませる。
 他にもすりおろし林檎に生姜と蜂蜜を入れお湯で割ったホットアップルに林檎ケーキ。
 そして麻婆豆腐。
「あ〜! 彼方そのお皿出しちゃダメ!!」
「えっ! あ、すみません」
「いや、勿体ないではないか。劫光。妾の手料理じゃありがたく食するがいい」
「なんだか凄い赤だな。食べられるのか?」
(ぱくっと一口)
「劫光さん! しっかりして下さい!!」
「なんじゃ。軟弱な奴だな。ふむ。この杏仁豆腐は美味い。妾じゃ」
 賑やかで明るい声が食堂全体に広がって行く。
「救急箱の仕上げは次、ですね。デザインと中に入れるのを何にするか決めましょうか?」
「余った木切れ貰えないかな? 踏み台作ろうかと」
「あ、この牛すじ煮、美味しい。後で作り方教えて貰おう」
「…なんだか、皆と一緒にいると悩んでたのがアホみたいに思えて来るわ」
 ケーキを突きながら呟いた陽向であったが、のんびりとそんなことを考えていられる時間は長くは無い。
「ほら、こっちへおいでよ。これも美味しいよ」
 直ぐに人の輪の中に引き入れられてしまうからだ。
「また、宴会か。相変わらず賑やかでやかましい所だな」
「まあ、それが朱雀寮なりからね」
 
 無邪気な笑い声、先輩後輩も、教師も朋友も垣根もない楽しいおしゃべり。
 宴はその日も夜遅くまで続くことだろう。

 何も特別な事のない陰陽寮朱雀のある一日はいつものように楽しく、鮮やかに過ぎて行ったのだった。