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■オープニング本文 その日、南部辺境春花劇場にやってきた少女は、普通の観客ではなく、チケットも持ってはいなかった。 一人での旅行とは思えないほどの大荷物を抱えていることに荷運びの者達は不思議に思ったという。 そして彼女はスタッフの一人に用があると丁寧に取次ぎを頼み、やがて出てきた人物に飛びつく様に抱きついたのだった。 「冬蓮! 会いたかったわ」 「美波? 周囲で見ているスタッフ達も興味深そうに笑ってみている。 劇場衣装係の冬蓮は天儀から来たいわば留学生扱いのスタッフだ。 天儀に知り合いがいてもおかしくない。 それに見れば、明らかに二人は恋人であると解った。 遠距離恋愛をしている恋人同士。感動の再会。見ていてなかなかいいものである。 だから、顔を顰めているのは冬蓮の兄である秋成くらいなものだった。 「どうしてここへ?」 「もう一年近く会えていなかったでしょ。最近は手紙もくれないし…だから、どうしても会いたくて来ちゃったの」 「お店は?」 「兄さんに押し付けてきた。それにちょっとこっちでもやりたいことがあってね」 荷物を横目に見ると片目を閉じて美波は微笑む。 冬蓮が首をかしげていると 「何事ですか?」 背後から声が聞こえてきた。 慌てて振り返る そこにはこの劇場の責任者が立っていたのだ。 南部辺境伯、グレイス・ミハウ・グレフスカス。 「すみません! 天儀から知り合いが来ていて…」 慌てて頭を下げる冬蓮を手で制してグレイスは少女の方に向かい合った。 少女の方はというと状況から目の前の人物が身分の高い人物だと解ったのだろう。 優雅にジルベリア風の礼をとって挨拶をする。 「お初にお目にかかります。辺境伯。私は天儀で貸衣装屋を営んでおります美波、と申します。ここにいる冬蓮とは幼馴染で仲良くさせて頂いておりました。留学している彼に一目会いたくてお騒がせしたことをお詫びいたします」 グレイスはクスッと笑ってその礼に応える。 「これはご丁寧に。私はグレイス・ミハウ・グレフスカス。この劇場の責任者という事になっています。 冬蓮君や、その兄である秋成さんにはいろいろお世話になっています。 何か困ったことなどがあればいつでも言って下さい」 「ありがとうございます。ではお言葉に甘えて一つお願いがあるのですが、よろしいでしょうか?」 「何ですか?」 「美波?」 怪訝そうな顔を浮かべる冬蓮を気にせず美波は続ける。 「私は先ほども申し上げました通り、天儀で貸衣装屋をしています。そのイベントでハロウィンというのを何度かやっておりましたが、私自身はそのハロウィンというのを体験したことがありませんでした。それで、本場のハロウィンを体験したく思うのですが、こちらでそのような祭りのご予定はおありでしょうか?」 言われて辺境伯はふと考える。 「そう言えばハロウィンというものをイベントとして考えてはいませんでしたね。丁度収穫祭のシーズンでもあります。秋祭りを兼ねてというのを仮装パーティやってみるのも面白いかもしれません」 いい客寄せになるかもしれない、という経営者としての計算が働く。 そこを狙う様にして美波は続ける。 「そして、できれば私もそこで出店を出させて頂きたいのです…」 「出店? 貸衣装の、ですか?」 「はい。天儀の衣装などは一部持参しています。冬蓮…君と一緒に」 「美波!」 秋成の静止の声など美波は聞かない。 冬蓮を恋人の目で見つめる美波の様子を見てグレイスは 「いいでしょう」 と頷いた。 「丁度冬公演に向けての休演時期です。劇場に足を運んでもらういい機会になるでしょう。舞台衣装を貸し出して着て貰うなとどいうのも良いかもしれませんね」 「わあ! それは素敵ですね。私の店でも最新のジルベリアの服を出せるように見てみたいです」 「では、その責任者は冬蓮君に任せるとしましょうか。丁度彼は衣装係ですから」 「ありがとうございます」 スタッフの間から歓声が上がった。もう準備に動き出している者もいる。 「いいんですか?」 側に控えていた従者であり甥のオーシニィがそっと囁く様に聞いた。 「良いのです。それに仮装パーティというのはいい機会であるように思うのです。敵も味方も動きやすくなる。私も直接開拓者から話を聞きたいと思っていましたから。それに…」 「それに?」 グレイスは恋人と共に笑う少年を見つめる。 「彼が恋人と楽しい時間を過ごす手伝いはしてあげたいと思うのですよ。彼には何一つ罪は無いのですから」 「叔父上…」 寂しげに笑って場を去って行ったグレイスの背。 それをオーシニィともう一人だけが見つめていたのだった。 ギルドにハロウィンパーティのチラシが貼りだされたころ、開拓者達の所には別にこんな招待状が届いた。 差出人は南部辺境伯グレイス・ミハウ・グレフスカス。 【というわけで、春花劇場においてハロウィンパーティを行うことになりました。 つきましては出演者の方々、並びに開拓者の皆さんにハロウィンパーティの警護と出し物への協力を依頼します。 仮装パーティという内容上、怪しい人物が紛れ込んでくる可能性は少なくありません。 参加者の安全を守る為に警備の者は勿論用意しますが、それとは別の視点から注意ができる開拓者の協力を願いたいのです。 また簡単なものでも構わないので、劇場出演者が出し物を行ってくれるとさらに盛り上がることと思います。皆さんの協力を心からお願いします。 グレイス・ミハウ・グレフスカス 追伸 私もパーティに参加予定です。 皆さんのお話を聞かせて頂けると嬉しいです】 ジルベリアは間もなく冬を迎える。 冬が始まる前に秋の祭りを盛大に行うのは良くある話だ。 だが、この依頼にはただの祭りの協力以外の何かを感じる。 ハロウィンの仮面の下、辺境伯はこの祭りに一体何を求めているのか。 開拓者達は祭りのチラシ程にはこの依頼を気軽に手に取れず、暫し、見つめるのだった。 |
■参加者一覧
氷海 威(ia1004)
23歳・男・陰
フェルル=グライフ(ia4572)
19歳・女・騎
からす(ia6525)
13歳・女・弓
フラウ・ノート(ib0009)
18歳・女・魔
フェンリエッタ(ib0018)
18歳・女・シ
アイリス・M・エゴロフ(ib0247)
20歳・女・吟
ニクス・ソル(ib0444)
21歳・男・騎
将門(ib1770)
25歳・男・サ |
■リプレイ本文 ●祭りに向かう者 ハロウィン。もしくはハローウィンと呼ばれる祭りは基本的に土着の精霊や自然を称えるものであったという。 それが後に神教会に取り込まれ行事となった。 子供達が、時には大人も様々な衣装に身を包み、精霊や、アヤカシ、魔法使いなど、いつもと違う自分になって祭りを楽しむ。 トリック・オア・トリート。 お菓子をくれなきゃ悪戯するぞ! その言葉を唱えるとこの日ばかりは大抵の大人が笑顔でお菓子をくれる。 だから子供達にとって、この日は年に一度の楽しみであった。 神教会の行事に端を発すると言うイベントだが、頭の固い者達も流石に収穫祭を兼ねた秋の楽しみに文句を言ったりしない。 この祭りは間近に迫った冬を乗り越える為の大事な一時であるのだから。 とはいえ、祭りを用意し、恙なく運営させる方は参加するだけの方に比べたら簡単ではない。 祭りの始まる少し前のメーメル、春花劇場。 「こんにちは。美波と言います。今回はよろしくお願いします」 「こちらこそ。どうぞよろしくお願いいたしますわ」 明るくお辞儀をした今回の祭りの提案者、神楽の都の貸衣装屋の看板娘。美波にイリス(ib0247)は笑顔で返した。 「君の店には恋人と一度行ったことがある。楽しい店だったよ。今回もよろしくな」 「私もだな。夏祭りと一昨年のハロウィンだったか。寄らせて貰った。良い店だったな。こちらでまた会えて光栄だ。冬蓮殿も元気でやっているようで何より。また世話になる」 「ありがとうございます」 「ニクス(ib0444)さんにからす(ia6525)でいらっしゃいますよね。こちらこそまたよろしくお願いいたします」 お辞儀をする美波の横では慣れた手つきで冬蓮が手伝っている。 他の開拓者達にも挨拶をすると、さっそく衣装箱の蓋を開けて中身を並べた。 「朋友様達も衣装が合うのがあればぜひ、どうぞ」 天儀の衣装を中心として、着ぐるみなども数種類。まるで部屋に花が咲いたようである。 「そう言われてもアンネローゼに着せられるのは帽子とマントくらいなものだな。仕方あるまい。今回は門のあたりで留守番だな」 「でも、こうして見るとなかなか壮観ね〜。さて、どれにしてみようかしら…。あ、っとリッシーハット。悪戯しちゃダメ。衣装に穴が開いちゃったら大変でしょ?」 フラウ・ノート(ib0009)はイリスと共に肩口に乗せた猫又を押さえながら衣装の物色に入っている。 「やっぱし仮装とやらはした方がいいのか?」 彼らの仕事は祭りの護衛と手助けである。 衣装を楽しげに見つめる女性達を遠巻きに見ながら頭を掻く将門(ib1770)にそうですね。とフェルル=グライフ(ia4572)は頷いた。 「その方が今回は目立たないと思います。周り中仮装している中、素でいると逆に目立つでしょう? ウルくんはこの辺なんかどうかしら?」 楽しそうなフェルルに軽く肩を竦めると 「まあ、別に仮装することそのものに異論はないんだ。焔。良いのを見繕って貰え。動きの邪魔にならなくて武器を隠せるような奴だ。俺は…天儀の服装そのままでも大丈夫そうだが、もう少し派手なのを用意して貰うか」 同伴のカラクリに将門はそんな声をかけながら衣装を見て。と同時に集う人々も観察するように見つめた。 それぞれの参加者達の仮装を覚えようと思っているのだった。 イリスは姫君、フェルルとニクスは吸血鬼。からすはジャック・オ・ランタンの典型的なハロウィン衣装を選んだようだ。 「キリエもう少しセクシーに攻めてみるか? あと悪魔尻尾と長いフォーク持てば、まんま、小悪魔完成だ」 からすは羽妖精のキリエをおめかしさせている。キリエの方もノリノリだ。 『ボクのキュートさに皆釘付け! お菓子一杯!』 でも…主を見ながら 『ハロウィンにはもってこいですけど、地味すぎじゃないですか?』 キリエが心配そうに問う。おそらく自分の方が凝っている。 「いいのだよ」 黙ってからすはかぼちゃを被って見せるのだった。 同じように朋友の衣装を選んでいるのはフェンリエッタ(ib0018)だ。自身は吟遊詩人ジゼルの仮装を選び 「ツァイス。これを着てみて」 と差し出した。 『? これを着ればよろしいのですか?』 ツァイスと呼ばれたからくりは素直にそれを受け取るが…周囲から 「えっ?」「それを?」「なかなかやるな」 含んだ笑い声が聞こえるくらいにそれは『楽しい』選択である。 「えーっと、この青い布を肩から巻いてみたり…、ウェディングベールで髪の毛も隠してみようかしら」 フラウは花嫁衣装をベースに異国風の雰囲気を出せないか試行錯誤している。 「辺境伯は特に変わった仮装ではなく、騎士の礼服で来るらしい。貴公はどうするんだ?」 将門は自分の横に立つ氷海 威(ia1004)にそう問いかけた。 「うむ、しっかりと果たさねばな、この依頼仮装パーティと言う名目で怪しい輩がどんな算段をするやもしれぬ」 真剣な顔で彼は衣装を選んでいるが、彼と参加者達が見ているものが衣装だけではないことくらい、将門も解っていた。 「何かいろいろと背景がある依頼の様だな」 同じ依頼を受けた開拓者達から話は少し聞いていた。 南部辺境に蠢くいくつかの事件と言う影。 その一つの中心となるのがあの冬蓮という少年なのだ、と。 「まあ、依頼外のそれは背負ってる者に任せて俺は字義通り仮装パーティを警護し、成功するよう努めよう」 将門は自分の刀を握り締めながら決意するように呟いたのだった。 ●祭りの始まり そしてパーティ開始時刻。 「パーティの受付はこちらでどうぞ」 開拓者は何人かに分かれて持ち場に着いた。 急に決まった祭りであったので、受付や準備に開拓者や劇場職員は勿論、リーガやメーメルの城や開拓者達も手伝いに駆り出されている。 受付担当は辺境伯によってリーガから派遣された少年騎士オーシニィである。 そして威がその補助に着いた。 「しっかり頼むぞ。翔雲」 物々しい雰囲気にならないように手に持つ呪術武器もぬいぐるみ仕様にしてあるので外見的に言えば、黒い帽子に黒いマントの魔法使いテイストだ。 朋友の駿龍翔雲も、魔法使い風とんがり帽子(手製)前掛けをマント風にはおらせる等で仮装させ、首から菓子の入った籠を下げ共に入場者に挨拶をさせていた。 籠の中には招待客へのお菓子などを持たせていた。 その服装と仕草が微笑ましく龍に慣れた開拓者以外にはなかなかの評判である。 威は朋友に来客の注意を集めつつ客達の様子を注意深く見ていた。 それぞれにやってくる一般や開拓者の楽しそうな笑顔には大きな問題はない。 見知った顔もあるので時には会釈した。 だが問題は招待客の来賓達である。 「今回はよろしくお願いいたします」 微笑んだこの街の領主アリアズナはまだいい。 「お招き、ありがとうございます」 今日はラスカーニアの領主ユリアスとしてやってきたユーリ。 そして 「今日は楽しませて頂きますよ」 怪しい笑みを浮かべるフェルアナ領主ラスリールは心配なところである。 「何を楽しむというのか…。まあいい。私は持ち場に行くのでこちらはお願いする」 「はい」 オーシニィは元気よく返事を返してくれた。 彼の胸元にはいつしかアローブローチが輝いていて、威は小さく微笑むとこっそりと参加費を置いて仲間達の待つ会場へと向かったのだった。 折しも丁度祭りが開幕するところ。 冬蓮と美波が舞台の上に立っていた。 「皆さん! 本日はヒカリノニワのハロウィンパーティにようこそ」 「今日はパーティを思いっきり楽しんで行って下さい」 彼らの宣言に合わせて楽しげな音楽が周囲に鳴り響く。アルマ・ムリフェイン(ib3629)を始めとする芸達者たちの演奏に 『さあ! ボクをみて!』 からすの羽妖精キリエのダンスが文字通り光を会場に振りまいている。 小悪魔の恰好をしたキリエが空に舞うたび光の粉が雪のように舞い散って 「うわあっ。妖精さん、いえ、ハロウィンの精霊さん…ね」 人々はため息を零していた。 掴みは完璧。 最高の盛り上がりの中、南部辺境のハロウィンパーティが幕を開けたのだった。 ●祭りの影の陰謀 祭りは盛大に盛り上がった。 沢山用意されたごちそうに、酒。ハロウィンなのでお菓子も山積みだ。 「あ、この料理美味しい」 フラウはさっそく一人で飲み食いを始めた。 「味は、少し濃いかな、寒いから濃いめの味の方がいいのかもしれない…ん?」 ふと、舞台が騒がしくなった。 壇上に上がり主催者の一人として祝辞を述べているのは辺境伯グレイス・ミハウ・グレフスカス。 「そーだ♪」 フラウは食事の手を止め、辺境伯の護衛に着いているニクスに笑顔で軽く手を振ってみた。 顔も隠しているし、最終的な衣装は彼のいないところで決めたから、彼は自分が誰であるか気付いていない筈だ。 「なんだこいつは?」 不審な顔を浮かべるニクスに攻撃されては叶わない。 「どーも。あたしよ、あたし。フラウよ♪ へへー。驚いた? ニクスん」 軽く手を挙げて笑いかけた所に丁度壇上から辺境伯が戻ってきた。 今回は仮装、と言うわけでは無いが騎士の正装をしていて文官のイメージの強い辺境伯にしては珍しくも凛々しい。 その後、彼の周囲に人が途切れることは無かったが、ニクスが側にぴったりと張り付いて護衛をしているから心配はないだろうとフラウはその場を離れる。 「幼馴染や恋人がお世話になってるみたいだから辺境伯にご挨拶を」 「あら?」 美しい妖精の女王が挨拶をしに来たときには微かに彼は顔を赤らめていたがそれに気づいた者はフラウを含め、僅かであったろう。 次に伝説の踊り子アリアーナが飛び入りで舞を踊った。 歌を添えたのが領主アリアズナであったと解った者も少なかったろうが、皆、幸せな笑顔を浮かべている。 良い音楽と踊りは人を笑顔にするのだ。 そして、一番の盛り上がりを見せたのは何と言っても珍しい大きなフラッグを持ってのダンスであった。 フェルルとフェンリエッタの息の合ったダンスは時に一糸乱れぬ軍隊を思わせる凛々しさと、鮮やかで一緒に踊りだしたくなるような楽しさを併せ持っていた。 「うわ〜! 凄い、凄いよ!!」 興奮した子供達は狼の仮装をしたフェルルのカラクリウルや、まるごとひつじの着ぐるみを着たツァイスを引っ張って踊り始めた。 勿論、大人達もそれに加わる。 万が一の事が起きないように、とからすや威、将門は警戒を怠る事は無かったが、幸いこの日一番の賑わったダンスの間、事件は何も起こらなかった。 酒に酔っぱらった男が来賓客に絡んで来た事もあった。 「ここは祭りの場だ。どうか諍いは場所を変えて頂きたいのだが如何かな?」 聞いている分の言葉は丁重だが、実はその言葉と同時に将門に外に叩きだされていた。 「…そこのお兄さん。なかなかやるじゃない? さて、お菓子をくれるのかな? それとも…悪戯がお望みかい?」 モーションをかけてくる女性もいる。だが彼はスッと手を挙げてそれを断った。 「お菓子を仲間が配っているからそれで悪戯は、控えてくれ。手加減はできないからな」 「あら、こわ〜い♪」 次には舞台にイリスと忍犬のゆきたろうが上がる。 リーガの歌姫の噂はメーメルにも届いているので再び大歓声が響き渡った。 人々の視線が舞台に集中している時、 「美味しそうな料理ですね。では、少し頂けますか?」 一人の来賓客が、料理を皿に盛り食べようとしていた。 だが、それを止める声が響く。 「ラスリール卿、その料理を口にしてはいけません!」 彼を止めたのはフェンリエッタとフェルルであった。 「えっ? 貴方達は開拓者の…何かあったのですか?」 彼の手の皿を奪い取るようにして二人は告げる。 「この料理には何かが混入されている恐れがあります」 「なんと?」 驚く仕草を見せるラスリールの前にからすと、将門が一人の人物を投げ捨てた。 「トリックアンドトリート(制裁と没収を)」 ぐるぐる巻きに縛られた男がそこにいる。 「この人物は?」 ラスリールは表情を変えずに問う。 「先ほどの舞台の間に料理に何かを混ぜて回っていた者だ。料理の方は彼女らの指示で危険なモノは全て取り替えたよ」 「人々が舞台に集中している間に逃亡しようとしたが、捕えた。ラスリール卿。こいつは、貴公の知り合いでは無いのか? 彼と貴公が話していたのを見た気がするのだが…」 からす、将門が順に彼を追い詰めるように問う。 人々が舞台に集中する時、逆に舞台の出演者からは客席が良く見えるのだった。 フェンリエッタとフェルルは羽妖精キリエに舞台上から合図を送り、それを受けてからすと将門、そして焔が彼を見つけ、捕えたのだ。 ラスリールと彼が話していたというのはハッタリだ。だが、その可能性はある筈。 睨む様に将門はラスリールを見つめた。ラスリールは冷たい目で男を見ると 「知りませんね。こんな人物は見たことがありません」 そう言い放った。 「それに皆さんは私に、私の皿に毒が入っているかもしれないとおっしゃった。本当にそうだとしたら、私がそれを食べようとする筈はないでしょう?」 「なるほど、確かに。失礼した。祭りをどうか楽しまれよ」 そう言って開拓者は男を連れて去って行く。 舞台では丁度イリスの歌声が正に佳境を迎えようとしているところであった。 曲目は『春待つ花』。 厳しい寒さの中、耐え忍び、いつか春に光の中、咲く花を称える歌。 「いつか、皆の想いが、貴方の夢が…美しき花を、開かせますように♪」 万雷の拍手が鳴り響く中、イリスは優雅にお辞儀をしたのだった。 ●祭りの終わり 「夢はいつか醒めるもの。でも、幸せな夢は人に勇気と元気を与え、照らしてくれるわ。この一日の幸せな夢が、どうか皆のこれからの道行の灯火となりますように…」 祭りの最後、抽選で選ばれた姫君が祭りの終わりを厳かに告げる。 美しい音楽と夢のような幻影の中、祭りは大成功で幕を閉じた。 小さな心配はいくつかあったが、開拓者のおかげで大事には至らなかった。 お客達の多くは事件が起きかけたことも気が付かなかったろう。 幸せの笑顔を浮かべ帰って行く。 それは開拓者も、来賓達も例外では無かった。 「ありがとうございます。見ていて下さい。いつか、誰よりも輝きますから」 ニッコリと微笑んで贈り物を胸に抱いて帰ったのはメーメルの領主アリアズナ。 ユリアスは今回は顔つなぎに徹したようだ。 貴族や人々に挨拶をして回るだけだった筈だが 「今回の祭りは楽しませて頂きました。ありがとうございます」 と感謝の言葉を残して去って行った。 無論、問題もいくつか残った。特にラスリールである。 「あの異物を混入した男はラスリールの手の者であるのは間違いないだろう。だが、互いに認めぬのなら証拠も無いか。まったく巧妙な男よ」 からすはそう言ってフラウと顔を見合わせるとため息をついた。 犯人に気付けなかったら、そして彼が毒入りの食べ物を食べてしまっていたら。 彼のペースに巻き込まれていたかもしれない。 パーティに毒の料理が出たと、来賓に毒の食べ物を食べさせたと、辺境伯の責任問題になっていたかも。 彼ならそれくらい身体を張ることはしそうである。 そしてもう一つ。いや一人、問題も残る。冬蓮の問題だ。 「どうしたの?」 祭りの後、美波は明らかにいつもと違う様子の冬蓮に驚く様に駆け寄った。 「私が外している間、一体何があったの?」 彼はそれに答えず黙って彼女の胸を引き寄せて、そこに自分の顔を埋めた。 「冬…蓮?」 泣いていた。 無言で声を殺して泣く恋人にそれ以上の追及を美波はせず、ただ、無言で抱きしめたのだ。 それを見届け、少し離れたところで心配そうに様子を伺っていた開拓者達はそっとその場を後にする。 「ありがとうございました」 フェルルは威に頭を下げた。 「なに。翔雲も美波殿を気に入ったようだから何も問題ないさ。あとは、酷なようだが彼次第だ。乗り越えられるか、否か…」 「ええ」 彼に真実を告げた時の事を思い出しながらフェルルは頷いた。 「フェルルさん。大事な話とは一体なんでしょうか? この手紙はどういう意味で…」 「ジルベリアは好きですか?」 フェルルの問いに彼はこう答えた。 「好きですよ。良い人も多いし、勉強になるし…いつかは天儀に帰りますけれど」 彼の答えに嘘偽りはないが、覚悟は足りない。 「もし、運命に立ち向かう覚悟がないのなら、今すぐ美波さんと帰るべきです」 「え?」 目を丸くする冬蓮にフェルルは、そっと秋成から預かった手紙を渡すと事情の全てを話したのだった。 「僕に…辺境伯と同じ血が? ジルベリアの貴族である以上簡単には戻れない…と」 静かに頷くフェルルの前で冬蓮はがくんと膝を落とした。 「今後どうするべきか、何が一番か。私も悩んでいます。 けどこの地に留まる限り、冬蓮さんの身に試練が訪れると思い、伝えました。 試練に向かうならお父さんの気持ちを知った上で、と思ったんです。 私もフェンも、ジルベリアの閉塞的な制度を変えようとしています。 冬蓮さんの力にもならせてくれませんか」 「…すみません。少し…、お願いです。少し時間を下さい」 絞り出すようにそう言った言葉に頷きフェルルはその場をそっと後にした。 後の結論は彼自身が決める事だろう。 「皆さんには、辛い役を押し付けてしまったようですね」 ふとかけられた声に開拓者達は顔を上げ振り返った。 そこにはニクス、将門を伴った辺境伯が立っている。 手にはフェルルが渡した手紙。 客全員に渡した手紙とお菓子に紛れさせた、真実を告げる手紙だ。 「事情は聞きました。このままでは彼の存在は確かに火種になりかねません。存在を明らかにした方がいいのでしょうが…そうすれば彼は故郷には戻れなくなる」 柔らかい目で彼もまた恋人達を見つめる。 その目には慈しみと心配が浮かんでいた。 手紙には知りえた全てを書いてある。つまりはグレイスにとっての兄の真実も。 彼にもきっとショックは大きかっただろうに…。 「もうすこしだけ、時間をあげて下さい。故郷に帰るか、ジルベリアに留まるか。決めるのは彼自身であって欲しいのです」 フェルルの深い願いに辺境伯は静かに頷いた。 「今日はお世話になりました。心から感謝申し上げます」 報酬と土産にと余ったお菓子を貰って、仕事は終わりとなる。 パーティに参加した時に参加費を支払った者達には勿論返金がなされた。 お菓子にはしゃいだ笑顔を見せ、親友たちに贈り物を贈って後、 「待って下さい」 帰ろうとするグレイスをフェンリエッタが呼び止めた。 「グレイス様、私達はこの国を変えます。 「彼ら」とは違う、誰もが尊重し合い「共存共栄の道」を歩む為に。 貴方達が苦しむ必要はないし皆幸せになって欲しい…。 理想論でもその道を模索し努力し続けると、親友達と決めたの。 私はこの国も人も全て、愛しているから。 見ていて下さい。 私達が守り育てたい希望のゆく先を」 迷い無き笑顔で告げるフェンリエッタに辺境伯は静かに頷くと一礼して去って行った。 返事は無かったけれど、彼の手に手袋がはめられているのを見てフェンリエッタは小さく微笑みながら、仲間達と共に静かに彼と、祭りの終わりを見送ったのであった。 かくしてハロウィンパーティは幕を閉じる。 南部辺境の秋と共に。 そして間もなくやってくる南部辺境の冬。そして嵐。 けれど彼らは信じていた。 辛く、厳しい冬の先に、春が必ずやってくることを…。 |