|
■オープニング本文 その日、南部辺境春花劇場にやってきた少女は、普通の観客ではなく、チケットも持ってはいなかった。 一人での旅行とは思えないほどの大荷物を抱えていることに荷運びの者達は不思議に思ったという。 そして彼女はスタッフの一人に用があると丁寧に取次ぎを頼み、やがて出てきた人物に飛びつく様に抱きついたのだった。 「冬蓮! 会いたかったわ」 「美波?」 周囲で見ているスタッフ達も興味深そうに笑ってみている。 劇場衣装係の冬蓮は天儀から来たいわば留学生扱いのスタッフだ。 天儀に知り合いがいてもおかしくない。 それに見れば、明らかに二人は恋人であると解った。 遠距離恋愛をしている恋人同士。感動の再会。見ていてなかなかいいものである。 だから、顔を顰めているのは冬蓮の兄である秋成くらいなものだった。 「どうしてここへ?」 「もう一年近く会えていなかったでしょ。最近は手紙もくれないし…だから、どうしても会いたくて来ちゃったの」 「お店は?」 「兄さんに押し付けてきた。それにちょっとこっちでもやりたいことがあってね」 荷物を横目に見ると片目を閉じて美波は微笑む。 冬蓮が首をかしげていると 「何事ですか?」 背後から声が聞こえてきた。 慌てて振り返る そこにはこの劇場の責任者が立っていたのだ。 南部辺境伯、グレイス・ミハウ・グレフスカス。 「すみません! 天儀から知り合いが来ていて…」 慌てて頭を下げる冬蓮を手で制してグレイスは少女の方に向かい合った。 少女の方はというと状況から目の前の人物が身分の高い人物だと解ったのだろう。 優雅にジルベリア風の礼をとって挨拶をする。 「お初にお目にかかります。辺境伯。私は天儀で貸衣装屋を営んでおります美波、と申します。ここにいる冬蓮とは幼馴染で仲良くさせて頂いておりました。留学している彼に一目会いたくてお騒がせしたことをお詫びいたします」 グレイスはクスッと笑ってその礼に応える。 「これはご丁寧に。私はグレイス・ミハウ・グレフスカス。この劇場の責任者という事になっています。 冬蓮君や、その兄である秋成さんにはいろいろお世話になっています。 何か困ったことなどがあればいつでも言って下さい」 「ありがとうございます。ではお言葉に甘えて一つお願いがあるのですが、よろしいでしょうか?」 「何ですか?」 「美波?」 怪訝そうな顔を浮かべる冬蓮を気にせず美波は続ける。 「私は先ほども申し上げました通り、天儀で貸衣装屋をしています。そのイベントでハロウィンというのを何度かやっておりましたが、私自身はそのハロウィンというのを体験したことがありませんでした。それで、本場のハロウィンを体験したく思うのですが、こちらでそのような祭りのご予定はおありでしょうか?」 言われて辺境伯はふと考える。 「そう言えばハロウィンというものをイベントとして考えてはいませんでしたね。丁度収穫祭のシーズンでもあります。秋祭りを兼ねてというのを仮装パーティやってみるのも面白いかもしれません」 いい客寄せになるかもしれない、という経営者としての計算が働く。 そこを狙う様にして美波は続ける。 「そして、できれば私もそこで出店を出させて頂きたいのです…」 「出店? 貸衣装の、ですか?」 「はい。天儀の衣装などは一部持参しています。冬蓮…君と一緒に」 「美波!」 秋成の静止の声など美波は聞かない。 冬蓮を恋人の目で見つめる美波の様子を見てグレイスは 「いいでしょう」 と頷いた。 「丁度冬公演に向けての休演時期です。劇場に足を運んでもらういい機会になるでしょう。舞台衣装を貸し出して着て貰うなとどいうのも良いかもしれませんね」 「わあ! それは素敵ですね。私の店でも最新のジルベリアの服を出せるように見てみたいです」 「では、その責任者は冬蓮君に任せるとしましょうか。丁度彼は衣装係ですから」 「ありがとうございます」 かくして南部辺境劇場はハロウィンパーティに向けて、一気に活気づくことになったのだった。 そしてギルドにはこんな張り紙が出されることとなった。 【ヒカリノニワにて魔法の一時を ハロウィン仮装パーティ開催】 チラシの内容はこんな感じだ。 【ハロウィンのパーティを南部辺境劇場で行います。 飲食費込参加費 1000文 仮装してきた方は半額になります。 貸衣装屋などもありますので、ご利用ください。 周囲には出店なども出る予定です。 芸達者、腕自慢の方はぜひ舞台でその技をご披露下さい。 参加者には抽選券を配布。 当選した人には春花劇場で実際に使われた衣装を着て舞台に上がって貰うサービスがあります。 憧れの人と同じ衣装を着るチャンスは滅多にありません。 秋の収穫を祝い、皆でパーティを楽しみましょう】 秋の収穫祭のメインイベントと言う位置づけになるらしい。 ジルベリアはこれから厳しい冬を迎える。 それ故に秋祭りは例年、盛大に行われ、人々の心の支えとなるのだ。 賑やかで楽しいことだけの夢の時間を、皆で楽しむことができるだろうか? チラシを見た者達はそんな思いに胸を膨らませるのであった。 |
■参加者一覧 / 柚乃(ia0638) / 氷海 威(ia1004) / 礼野 真夢紀(ia1144) / ユリア・ソル(ia9996) / フェンリエッタ(ib0018) / シルフィリア・オーク(ib0350) / エルレーン(ib7455) / ラグナ・グラウシード(ib8459) |
■リプレイ本文 ●ジルベリアのハロウィン ハロウィン。もしくはハローウィンと呼ばれる祭りは基本的に土着の精霊や自然を称えるものであったという。 それが後に神教会に取り込まれ行事となった。 子供達が、時には大人も様々な衣装に身を包み、精霊や、アヤカシ、魔法使いなど、いつもと違う自分になって祭りを楽しむ。 トリック・オア・トリート。 お菓子をくれなきゃ悪戯するぞ! その言葉を唱えるとこの日ばかりは大抵の大人が笑顔でお菓子をくれる。 だから子供達にとって、この日は年に一度の楽しみであった。 神教会の行事に端を発すると言うイベントだが、頭の固い者達も流石に収穫祭を兼ねた秋の楽しみに文句を言ったりしない。 この祭りは間近に迫った冬を乗り越える為の大事な一時であるのだから。 「ふむ。ここが南部辺境劇場というところか」 大きな建物を見上げながらラグナ・グラウシード(ib8459)はフムと腕を組んだ。 ここでハロウィンの祭りがあると聞きやってきたのだ。 活気のある街並み。 楽しげに笑う人々 それは決して悪くはないのだが、いやむしろ楽しいのだが…。 「ねえ、次は何を食べようか?」 「向こうのプリニャキがいいわ」 「ムム…」 「待ったかい? 遅れてごめんね」 「ううん。私も今来たところだから」 「ウムムムム」 「ほら、ほっぺにピロシキのカスが…」 「ああ、すまないな。取ってくれるか?」 「ウムムムムムムム!!」 「このケーキ美味しいわよ。はい、あーんして」 「あーん。うむ。美味しいな。お前も味見をしてみるか?」 「あら、ありがとう…。じゃあ、貴方から貰うわ。さあ、キスして」 「だああ!。まったく日中から人目もはばからず何をしているだ。りあじゅう共は!」 横を見ればカップル。向こうを見れば恋人同士。 正直言って目の毒である。いっそ殲滅させてしまいたいところであるが、流石に祭りで大惨事は拙い。 「まったく。世も末だな」 ため息をつきながら歩いている彼を 「お客様、良ければ仮装パーティに参加なさいませんか? いろいろな衣装が取り揃えてありますよ」 ふと、呼ぶ声がした。どうやら貸衣装屋の客引きらしい。 「えっとおー、じゃあ、この…狼の着ぐるみにします、なの」 「はい。じゃあ奥の部屋で着替えをどうぞ」 ふと、大きな看板が目に付いた。 【弧栖符礼屋 分店 貸衣装あります】 「パーティ? そう言えばハロウィンと言うのはそう言うイベントであったらしいな」 足を止めると、男女の店員が並んで楽しそうに接客している。 『いらっしゃいませ』 店番のからくりが声をかけたが彼の耳には入っていただろうか? 「ここもか…」 と言う思いをとりあえず口には出さず、大きなため息だけ一つついてから、ラグナは衣装を物色することにした。 せっかくなら楽しまなくては損である。 「ふうん、仮装、ねえ…そういえばアレがあったな」 がさごそがさごそと衣装を探すラグナ。 その間にも客は次々と訪れてくる。 「…冬蓮くん。美波さん。…久しぶり。…元気だった?」 「あ〜! 柚乃(ia0638)さん。お久しぶりです。おかげさまで。柚乃さんも元気そうでなによりです」 「うん。今日は、トリック・オア・トリート! …ですよね♪」 「「はい」」 冬蓮と美波と呼ばれた店員たちは嬉しそうに柚乃を見つめる。 「今日はバカンスに?」 「…そう。本場のジルベリアの…ハロウィンを楽しみたくて。…でも、二人が一緒にいるの見るの、久しぶり。こっちに来てたんだ?」 「はい。僕がちょっとこっちに勉強に来てて、美波が遊びに来て…」 「遊び、というか仕事半分でもあるんですけどね。柚乃さん。今日のお衣裳、ステキですね」 「…ありがと♪」 柚乃は嬉しそうにくるりと回って見せた。可愛らしい猫耳になりきり魔女セット。白猫の魔女と言った感じだ。 「…だけど、もっと可愛い衣装あるかな?」 「いろいろありますよ。星の精霊とか、もふらイメージのふわふわのも。本店に比べればあんまり衣装のバリエーションは無いですけど、ご覧になりますか?」 「うん」 女性店員である美波が柚乃を衣裳部屋に案内していき、一人になった冬蓮が店番をしていると 「こんにちは。こんな所で会うなんて奇遇ですね」 聞きなれた、優しく可愛らしい声がする。 「あ! 真夢紀さんもいらしていたんですか? こんにちわ」 美波の店で何度か見かけた常連客、礼野 真夢紀(ia1144)の姿に冬蓮は破顔すると笑顔で挨拶を返した。 「わあ、可愛いですね。黒猫ですか?」 真夢紀の衣装に冬蓮は素直な賛辞を送ってくれた。 「黒猫の仮装に見えますか?」 「はい! バッチリですよ!」 黒の外套と黒猫の面、黒猫の耳と、黒い毛糸を束ねて編んで尻尾のように外套に縫い付けてある。首の所に金色の鈴を髪紐で留めてあって、さっきの柚乃が白猫の魔女ならこちらは黒猫少女と言う感じだ。 二人が並んだらさぞかし可愛いだろう。 「それだけ素敵な仮装だと、十分だと思いますけどもし、他の衣装に興味がおありの時は寄って下さいね」 「はい。見事な衣装が多いから目移りしちゃいますけどね。このお姫様なんか素敵ですね」 「それは夏公演の時の星のドレスですよ。きっとお似合いだと思いますけど」 「この劇場の演目ってあんまり詳しくないんですよね〜。着てもよく解らないから…」 「あら、まゆちゃんなら似合うと思うわよ。着せて貰ったら?」 まゆちゃん。 自分のことを愛称で呼ぶ人物がいる。真夢紀は後ろを振り向いて、そこに知人の顔を見つけた。 シルフィリア・オーク(ib0350)。すらりとした長身の美女だ。暖かそうな毛皮のコートに真っ赤な薔薇が目を引く。 「あ、シルフィリアさんこんにちはです。ハロウィンパーティ、参加されるんですか?」 「ええ。仮装パーティって楽しそうだから。実はもうこの下に着ているのよ。着替えの場所、お借りできるかしら?」 「あ、はいどうぞ。こちらです」 冬蓮が着替えスペースに案内する。 それと入れ違う様に 「あの…それ、女物ですけどよろしいんですか?」 心配そうに美波が『男子』用の着替えスペースから出てきた人物に声をかける。 「ああ、いい」 「じゃあ、メイクとかは? サービスしますよ」 「別に構わん」 その声に冬蓮と真夢紀は好奇心でそちらを見そして、固まった。 現れた男性、ラグナはなりきり魔女セットを着ているのだ。しかも背中に可愛らしいうさぎのぬいぐるみを乗せて。 「これはうさみたんという。よろしくな」 決して見苦しいとか、ではない。と思う。多分。 しかし、筋肉質の男性がフリルとレースのミニスカートを着ているのは…正直表現に困る。 「さて、祭りに行くか? のう? うさみたん」 うさぎに話しかけて微笑むラグナ。その背後から 「プハハハ! なあに? あれ?」 盛大な、遠慮のかけらもない笑い声が聞こえた。 「何奴だ? 失礼な!」 怒り顔で後ろを振り向くラグナであったが、今度は彼が凍りつく。 「ゲ! エルレーン」 そこには妹弟子であり、ラグナの仇敵。エルレーン(ib7455)が立っていたのだった。 狼の着ぐるみの仮装をしているエルレーンは、腹を抱えて大声で笑うと、人でごった返す広場や道に向けて大声で叫ぶ。 「ぷふー! おーい。みなさーん。あそこに気持ち悪い魔女がいるよぉー☆」 なんだかんだと人の視線が弧栖符礼屋とその前にいるラグナに集まる。 人は知らない人の間ではけっこう大胆になれるものだが、生暖かい人々の視線は…正直イタイ…。 「ぐ…く、じ、じろじろ見るなーーッ!」 ラグナは人ごみをかき分けるように全速力で走り出した。 「な、なに?」 「ん?」 首を傾げるユリア・ヴァル(ia9996)や氷海 威(ia1004)の横を風のように駆け抜けて行くラグナを店員たちは微妙な表情で、そしてエルレーンは 「アハハハハ! あのラグナの顔を見れただけでも来た甲斐はあったかな?」 楽しそうに見送ったのであった。 「おっとどこに行ったか追跡追跡! っと」 彼を追いかけながらもその頬から笑顔が消えることは無かった。 ●それぞれの祭り 「パーティの受付はこちらでどうぞ」 急に決まった祭りであったので、受付や準備に劇場職員は勿論、リーガやメーメルの城や開拓者達も手伝いに駆り出されているようだった。 魔法使いの恰好をした龍が来場者にお菓子を配ったりしている。 「しっかり頼むぞ」 威は朋友の背を労う様に叩き励ましている。 そして受付は各地の来賓も迎え入れる役なので、辺境伯が派遣した少年騎士オーシニィが警備を兼ねて受け持っていた。 「こちらにお名前を。そして会費を向こうでお支払い下さい。これは、抽選券です。後でくじ引き大会がありますのでそれまでお持ち下さい」 一人一人に丁寧に、貴族とは思えない丁寧な態度と笑顔で対応していく。 「あ、柚乃さん。お久しぶりです」 「オーシ君。…元気?」 「もふら達も元気ですよ。また遊びに来て下さいね」 開拓者や一般客などが次々に中に入って行く中、一際目を引く女性が受付に立った。 銀の髪に映える妖精のティアラ。新緑の瞳。女神の薄衣を纏ったバランスの良い長身。そしてその背にはまるで妖精のような羽根が生えている様に見えた。 「キレイね〜」「まるで妖精の女王様みたい」 周囲が漏らすため息にも似た賛辞に美しい微笑を浮かべながら 「開拓者のユリア・ヴァル。よろしくね。辺境伯は後からいらっしゃるのかしら?」 彼女はそう問うた。 瞬きしたオーシニィは慌てて手続きをとると、はいと答えながら抽選券を手渡した。 「パーティの開会の時には来ると思います。何かご用ですか?」 「ええ。いつも幼馴染や恋人がお世話になってるみたいだから辺境伯に挨拶しておきたいと思ったの。そうお伝えして頂けるかしら?」 開拓者としてのユリアに覚えもある。彼は素直に頷いた。 「解りました」 「ありがとう。ではトリック・オア・トリート! 楽しませて頂くわね」 颯爽と歩き去っていくユリアの背を 「恋人、か…。はあ〜」 と大きく吐き出した息と共にオーシニィは見送る。そんな彼を 「オーシ」 呼ぶ声がした。仕事の途中であることを思いだし、振り向くとそこには彼が敬愛する人物がいた。 「フェンリエッタさん? どうしたんですか?」 「よく解ったわね」 小さくフェンリエッタ(ib0018)は微笑んだ。 白い衣装の吟遊詩人ジゼルの仮装。仮面で目元を隠し、ウィッグ付きヴェールを被っていたから簡単に解らないと思ったのに。 「解りますよ。それで? 何かお手伝いできる事はありましたか?」 「ハッピーハロウィン♪ 護衛と出し物のお仕事があるのだけれど、その前に参加者としても中を見ておきたいと思うの。中に入ってもいいかしら?」 「それは…勿論です。何か用事があればお知らせ下さい。できることはしますから」 一生懸命に言ってくれるオーシの言葉に微笑んで 「ありがとう。…そうだ。これをどうぞ。では、またね」 小さな包みをオーシに手渡すとフェンリエッタはパーティ会場に進んでいく。 「何だろう? これ?」 それを見送りながらオーシはそっと包みを開いた。中には南瓜のマフィンとアローブローチが包まれてある。 そして…カードが添えられていたのだ。 『束ねた矢は容易には折れない。皆の心はいつも傍に』 「フェンリエッタさん…」 オーシニィはプレゼントを胸に抱きしめると、もう見えない彼女の背に深いお辞儀をしたのだった。 「オーシニィ様。さっきの方が参加費を払って行かれましたが…、あと、もう一人分も多くて…」 「えっ?」 さて、そんな騒ぎもつゆ知らず、野外パーティ会場はまだ開始前だと言うのに賑わいを増していく。 少し肌寒くもあるが、篝火も炊かれているし、ギリギリまだ外でのパーティを楽しめそうだと参加者達は思っていた。 豪華な料理や飲み物も所狭しと並び、野外ステージの舞台袖では出演者などが演目の準備などをしているようだ。 酒もかなり上質のワインが並んでいる。 「…とりあえず、飲んで忘れよう」 ラグナなどすでに何本かの瓶を開け、カップを傾けいわゆる自習に入っている。 料金制のパーティであったので誰でも自由参加の無礼講、と言うわけにはいかなかったが、パーティを遠巻きに見てるだけでも楽しいと言うのが集まった街の者達のもっぱらの評判であった。 確かに入場する客の全てがそれぞれ趣向を凝らした仮装をしている。 接客するスタッフも、だ。 魔女であったり、猫であったり、妖精であったり、着ぐるみのもふらや狼などの動物であったり男装の女性であったり、女性の男装であったり麗しの姫君であったり妖精の女王であったり。 デモンストレーションで行われたパレードの時は劇場の出演者やスタッフなどが、衣装を着てきらびやかなショーを見せていた。 そしてこれから行われるパーティでは、様々な出し物や演奏が行われると言う。 会場の外からそれを一目でも見ようと集まる人々や、それを当て込んだ屋台など。 春花劇場とその周辺は活気に満ち溢れていた。 やがて、太陽がすっかりと空から消えた後、舞台の上に二人の少年と少女が現れる。 天儀の着物と浴衣ドレスを纏った彼らは衣装を担当していた冬蓮と美波だ。 提案者の責任でどうやら司会を頼まれたらしい。 「皆さん! 本日はヒカリノニワのハロウィンパーティにようこそ」 「今日はパーティを思いっきり楽しんで行って下さい」 彼らの宣言に合わせて楽しげな音楽が周囲に鳴り響く。 『さあ! ボクをみて!』 小悪魔の恰好をした羽妖精が空に舞う。光の粉が雪のように舞い散って 「うわあっ。妖精さん、いえ、ハロウィンの精霊さん…ね」 人々はため息を零したと言う。 そして最高の盛り上がりの中、南部辺境のハロウィンパーティが幕を開けたのだった。 ●楽しいことだけの祭り ハロウィンパーティは例年の行事である。 だが、本当に今年は一味違っていたと後に人々は語る。 まず仮装パーティが例年になく本格的であったこと。 これは、天儀の専門店が出店しているからであろう。 そして辺境伯やメーメルの領主アリアズナなど比較的話の分かる貴族も無礼講として参加している。春花劇場のアピールの意味も兼ねて、であろうか? 近年辺境伯は評判も上がっており、民にもなかなかの人気であるようだった。 今回は仮装、と言うわけでは無いが騎士の正装をしていて文官のイメージの強い辺境伯にしては珍しくも凛々しい。 「幼馴染や恋人がお世話になってるみたいだから辺境伯にご挨拶を」 「いや、開拓者に世話になっているのはこちらのこと。礼には及びませぬ。どうぞこれからもよろしくお願いします」 ユリアの挨拶に誠実に辺境伯は答えたという。 誰が幼馴染か恋人か、ユリアは話していない。もし、解っているとしたら、大したものだ。 「良い男、でいらっしゃいますのね。辺境の民は幸せです事。お会いできて光栄ですわ」 「どうぞゆっくりなさっていって下さい。ご友人達と一緒に祭りを楽しんで頂いても構いませんよ」 「…ありがとうございます。でも、彼らも仕事中でしょうから。では、また」 優雅にお辞儀して彼女はパーティに戻って行った。 辺境伯の側に控える魔法使いの仮装をした男性に軽く片目でウインクをしながら。 その後も、彼の周囲にはご機嫌伺いの人物が引きも切らなかった。 一方で最初は言われなければ解らない程物静かであったのはメーメルの姫、アリアズナであった。 「アンナ。踊ってきてもいいわよ」 「嫌よ。一人でなんて」 「では、私が音楽を添えさせて頂きますわ」 「僕も手伝うよ。噂に聞く踊り子アリアーナのダンスをぜひ」 「…アーナが歌ってくれるなら、ね」 「いいわよ」 そうして舞台の上で、かつてメーメルや南部辺境で一世を風靡した踊り子アリアーナの舞が披露されたのだ。 あでやかで艶やかな舞に、透き通った歌が重なる。 その声が領主のものであると気付いた者は少なかっただろうが、終わった時、満場の拍手が会場に広がり、それを見て二人は心から幸せそうに笑ったのだった。 それからも舞台の演目は大きなフラッグを使っての賑やかでコミカルなダンスに、犬を連れた姫君の演奏と繋がる。 拍手も笑顔も一時も消える事は無い。 御馳走も豪華なものがたくさん並んでいるが、それ以上に庶民用の屋台が大人気であった。 「なるほど…。冬は暖かい食べ物の屋台が、いいですね。このボルシチ…お肉の味が深くて強くて、美味しいです。味の秘訣はなんでしょうか? メモメモ…」 「ホットワインもいいわよ。まゆちゃん。身体が暖まるわ。アルコールが飛んでいるから飲みやすいしね…。向こうでなんだか酔いつぶれている子がいるけど」 気が付けば向こうで数本のワインの空き瓶と共にラグナが顔を真っ赤にして机に伏していた。 背中に着けたうさぎを興味津々で見ていた女の子が係員を呼んで来る。 「ねえ? そこでうさちゃんとおじねえさんが寝てるよ〜」 「えっ? お客さん! 大丈夫ですか?」 「ああ、大丈夫大丈夫。連れだから。面倒見ておくね。心配してくれてありがと」 狼の着ぐるみを着た女性がそう言って笑っていた。 あちらは大丈夫のようだ。カップに入ったワインを飲み干すと、シルフィリアは警備の男性の前でポーズをとると軽く指を弾く。 「…そこのお兄さん。お菓子をくれるのかな? それとも…悪戯がお望みかい?」 「お菓子を仲間が配っているからそれで悪戯は控えてくれ。手加減はできないからな」 「あら、こわ〜い♪」 くすくすとシルフィリアは笑って肩を竦める。 簡単に悩殺されてしまう男が少なくない中、こういう反応は新鮮である。 そういう駆け引きを彼女は楽しんでいるのだった。 「でも、一番面白かったのは美波ちゃんかったかしら。人あしらいは上手なのにこういうのにはウブみたいね」 『せっかく美人さんなんだから、お揃いの衣装着てみない? 隣の彼氏を悩殺しちゃって、ね?』 『あ、あの、私、仕事があるので…』 「シルフィリアさん。あんまりからかわないであげて下さいね。彼女、遠距離恋愛で大変なんですから」 「ええ。解っているわ」 そんな会話の最中、気が付けば話題になっていた司会の二人が舞台の上に上っていた。 「では、これからお待たせの抽選会を行います。番号を呼ばれた方は舞台の上にどうぞ。今日の姫君、王子として春花劇場の舞台で使用された衣装を来て、閉会の言葉を言って頂きます」 そうして、冬蓮は用意された箱から一枚の木板を取り出すと書かれてあった数字を読み上げた。 「あら? 私?」 シルフィリアは瞬きする。確かに渡された抽選券には読み上げられた数字が書かれていた。 「当選者の方、どうぞこちらへ」 「いってらっしゃい」 見送り手を振る真夢紀の手をシルフィリアはガシっと掴んだ。 「え?」 「一緒に行きましょう?」 「ええ?」 呆然とする真夢紀を壇上に上げるとシルフィリアは司会の冬蓮に問う。 「前後賞なの一緒に参加してもいい?」 「いいですよ。では、どうぞあちらへ…」 「ちょっと、シルフィリアさん!」 シルフィリアに引きずられるように真夢紀も奥へと消えていく。 その微笑ましさに思わず見ていた人達の顔からも笑顔が零れるようだ。 「もう祭りも折り返しです。どうぞ、皆様も存分に今日という日を楽しんで下さい。ダンスも間もなく始まります」 司会の冬蓮の言葉に頷くと、彼らはそれぞれにまた祭りを楽しみ始めたのだった。 お客達にとっては楽しいことだけの夢の時間が過ぎて行く…。 ●祭りと夢の終わり 楽しい時間というものは常にあっという間に終わってしまうもの。 気が付けばもう宴も終わりに近づいているようであった。 「では、皆様、どうぞ、こちらをご覧ください。祭りの姫君達の入場です!」 舞台の裾から出てきた二人はさっきまでの仮装とはまったくイメージの違う、美しい姫として現れてきた。 「シルフィリアさんのドレスはこけら落し公演の時の月の精霊。真夢紀さんのドレスは夏公演の時の星の精霊ですね。いかがですか?」 「ん〜、ちょっと胸元がキツイかしらね。でも、ステキだと思うわ」 「…その、舞台を見ていないので気の利いたことも言えなくて…ごめんなさい。でも…うん、綺麗なドレスを着せて貰えてうれしいです」 二人に満場の拍手が送られる。 舞台上では柚乃が柔らかな横笛を奏でている。 術力の籠ったその音色に惹かれるように、夜だと言うのに小鳥たちが集まってきていた。 周囲に飾られた花も心なしか増えたかもしれない。 「皆様にお菓子と、カードをどうぞ」 女性達が来客達に御土産を配っている。パイとプリニャキの詰め合わせ。 運がいい者には辺境伯や、劇場のスターのメッセージカードが入っていたとか。 「では、宴もたけなわでありますがそろそろ宴を閉じることと致しましょう。姫君、どうか最後のお言葉を」 促されたシルフィリアは、真夢紀をちらりとみた。彼女は任せると言う様に頷く。 少し考える仕草の後、シルフィリアは前に出て優雅にお辞儀をした。 記念にと渡された星のパラソルをくるりと魔法のステッキのように回して手を広げる。 それはかつての劇場で演じられた人々を守り祝福を与えた精霊のよう。 「夢はいつか醒めるもの。でも、幸せな夢は人に勇気と元気を与え、照らしてくれるわ。この一日の幸せな夢が、どうか皆のこれからの道行の灯火となりますように…」 その時来客達は夢のような光景を見たという。 暑い夏。花いっぱいの輝ける南部辺境の夢を。 それはおそらく幻であったけれど、人々の心には紛れもない灯火となったのだった。 「フフ。ま〜ったく。酔いつぶれて寝ちゃってたらせっかくのお祭りのフィナーレも見れないでしょうに…。まあ夢の中で見てるかな?」 豪快なふりをして意外と恥ずかしがり屋なラグナ。 エルレーンはそっと酔いつぶれたラグナの近くまでそっと忍び寄ると、頭を優しくなでた。 「うふふー、かそうとか、もっとがんばりましょうねぇ、なの…!」 ラグナの意識があったら絶対できないこんなこと。 こんな顔を見れて、こんなことができて、こんな時間を過ごせただけでもパーティに参加したかいがあったというものだ、とエルレーンは優しい音楽と、人ゴミが途切れるまでふわふわの着ぐるみの手で彼の頭をそっと撫で続けるのだった。 優しく、花のように微笑みながら。 「すまなかったな」 ユリアはパーティの終わり、そんな声を耳にした。 人ごみの中から囁く様に告げられた声。 誰の声かも解らないような小さな声であったが、彼女はそれが誰からのものであるかよく解っていた。 「フフフ。次は一緒にパーティを楽しめたらいいわね」 もう仕事に戻って聞こえてはいないだろうけれど、きっと気持ちは伝わっているだろうとユリアは確信してパーティ会場を後にしたのだった。 親友の彼女には桜のコサージュ、彼には銀狐の編みぐるみ。 フェンリエッタはお客にお菓子を配る時、そっと大切な人達に贈り物とメッセージを届けていた。 「信頼をありがとう」 と心からの感謝と共に。 辺境伯にも黒の革手袋と金の懐中時計を用意した。 「暖かな冬と、光射す穏やかな時間を」 彼は 「ありがとう」 心からの笑顔で受け取ってくれた…。 「あ、あれは?」 ふと、祭り会場の片隅に彼女は目を止めた。 そこで冬蓮が泣いていた。 「どうしたの?」 駆け寄る美波の胸にその顔を無言で埋めて…。 その理由を彼女は知っている。だから解る。 今、二人に声をかけてはいけない。彼女はそっとその場を離れた。 二人に贈った言葉 「愛しき今は家族あってこそ」 と祈りが彼らを支えてくれることを信じて…。 メーメル領主アリアズナに近づこうと贈り物を届ける者は少なくない。 しかし、これほどの優しさが詰まったものを貰った事は無いと彼女は思っていた。 フェンリエッタから贈られた品物は色硝子の香水瓶。 「女の子の今を誰よりも輝いて」 とメッセージが添えられていた。 今の自分がちゃんと女の子として輝いているかと問われれば、自信は無いと彼女は思っていた。だから、彼女はその手紙を贈り物と一緒に胸に抱きしめる。 「見ていて下さい。いつか、誰よりも輝きますから」 そう贈り物に誓って…。 かくしてハロウィンパーティは平穏の中、幕を閉じる。 南部辺境の秋と共に。 そして間もなくやってくる南部辺境の冬もきっと乗り越えられるだろう。 辛く、厳しい冬の先に、春がやってくることを彼らは、知っているのだから。 |