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■オープニング本文 ●無人の大地 嵐の門を突破し、数日間の航行の末にたどり着いた新たな儀――希儀。 希儀国は既に滅んだか人影はなく、しかしながら、周囲に魔の森の繁茂も見当たらなかった。石造りの街並みは廃墟となって蔓草に覆われ、もはや往時を知る者はいない。 「アヤカシ、出ると思うか」 「あいつらまで滅んだとは思えないね」 遺跡の石柱の上へ駆け上がり、周囲を見回すシノビに、砂迅騎が問いかける。 どこまでも広がる瑞々しい大地の中、遠くどこかよりケモノの遠吠えが流れてくる。彼らは互いに顔を見合わせると、各々獲物を手に龍へと跨る。羽ばたき、空高く舞い上がる龍の群れ。 「ようし、行くか!」 誰からともなく猛り声が響いた。 時は少し遡る。 ここは五行、陰陽寮朱雀。三年講義室。 陰陽寮生達が集まる前で、朱雀寮寮長各務 紫郎はさて、と前置きなしに彼らに話し始める。 寮長の前にいるのは朱雀寮の三年生達だ。 これくらいで驚いたり、狼狽えたりするものはいまい。 「皆さんはもう、新大陸。希儀のことは聞いていますね?」 頷く者、はいと返事をする者、真っ直ぐに寮長を見る者。 彼らの行動は様々であったが、全員の目が是と告げている。 寮長は頷いて簡単な説明の後、話を続けた。 「希儀と名付けられたかの地は現在のところ、魔の森もなく、廃墟が広がるだけ。人も、アヤカシも見られない静寂の世界であると言われています。しかし、この世界にアヤカシがいない国はないように希儀も、未だ見つかっていないだけで、アヤカシが存在する可能性はかなり高いと思われます。故に皆さんには希儀の調査に参加し、かの地に存在するアヤカシやケモノの調査にあたって欲しいのです」 「それは、開拓者として? それとも陰陽寮生としてですか?」 寮生の問いに寮長の答えは即答であった。 「無論、陰陽寮生として、です」 そして、続ける。 「今回の作戦は理穴、武天国が中心となって行われています。特に理穴国は国王自らの出陣。五行国としては表立った軍の派遣は要請の無い限りでしゃばるべきではないというのが現在の方針であるようす。しかし…」 彼はそこで言葉を止め三年生達の顔を見た。 「しかし、今まで外界と殆ど交流の無かった希儀。その中にどんなアヤカシがいるのかは是非とも把握しておきたいところです。ですので、皆さんにはできるだけ多くのアヤカシと出会い、戦い、調査を行って欲しいと思います」 「調査内容はアヤカシだけなりか? それとも希儀全部?」 「基本的にはアヤカシですが、住環境なども含めると希儀についての調査も必要ではないかと思います。細かいバランスについては皆さんの判断で構いません。陰陽師として調べておきたい箇所があればそれを重点的に調べるのがいいでしょう」 「はい!」 一人の女性が手を上げた。 「希儀には現在のところアヤカシが確認されていないと言う情報もあります。行ってみたけれどアヤカシが存在しないという可能性も考えられますが…」 「その時には何故、アヤカシが存在しないのか。どうしたらアヤカシの無い世界が可能になるのか。アヤカシがいない世界のケモノなどはどうしているのか。そんな点を重視して調べてみてはどうでしょうか? とにかく新大陸です。見るべきものが何もないということは無いと思いますよ。私も責任のある立場で無ければ行きたいところです」 一瞬、ほんの一瞬であるが彼の瞳に何かが浮かぶ。 それを見逃す寮生達では無かったが、次の瞬間には彼はもう『寮長』であったのでそれを問う事は止めた。 「期間は五日間。決して長い時間ではないので手分けするなどして解る限りの情報を集めてきて下さい。以上」 かくして朱雀寮三年生達はここにいる。 新たなる大陸にその一歩を踏み出す為に。 |
■参加者一覧
俳沢折々(ia0401)
18歳・女・陰
青嵐(ia0508)
20歳・男・陰
玉櫛・静音(ia0872)
20歳・女・陰
喪越(ia1670)
33歳・男・陰
瀬崎 静乃(ia4468)
15歳・女・陰
平野 譲治(ia5226)
15歳・男・陰
劫光(ia9510)
22歳・男・陰
尾花 紫乃(ia9951)
17歳・女・巫
アッピン(ib0840)
20歳・女・陰
真名(ib1222)
17歳・女・陰
尾花 朔(ib1268)
19歳・男・陰 |
■リプレイ本文 ●新しい大地 希儀。誰も知らない謎の儀。 そこに陰陽師達は降り立った。 目の前に広がるのは未知の大陸。不思議な遺跡、怪しい森。 何も解らない謎の世界だと言うのに何故だろう。 彼らの胸は何故か躍るように激しく鼓動していた。 「希儀…か、一番乗りを果たした者として興味深いな」 固い大地を朋友双樹と共に足で踏みしめ、目の前に広がる大地を、森を、遺跡を見つめ劫光(ia9510)は呟いた。 思えば彼は仲間達と共に、嵐の門とアヤカシの襲撃を乗り越えて、この儀に最初に辿り着いたのだった。 闇の彼方に見つけた希望の空と海の青。 あの希望に満ちた色を忘れることは簡単にはできないだろう。 それはきっと彼も同じ筈。劫光は珍しいまでに真剣な眼差しの喪越(ia1670)を横に見た。 「新しい儀にゃヒトもアヤカシもいない様子、と……激戦の挙句共倒れ、あるいは双方どこかに引き篭もって休戦状態、ってぇ可能性もあるか? 後者なら願ったりなんだがな。お互い血を流さず膠着状態に持ち込ませる何か、そのヒントが転がってるかもしれねぇんだから…」 『主。シリアスな台詞が十秒以上続いております。それ以上はお命に関わるかと』 「くっ、恨めしきは我が宿命(さだめ)か……ぱんぴれぽぴょ〜ん☆」 カラクリの綾音をツッコミ役に傍から見ればまるで漫才のようにも見える。 しかしそれを聞いて笑う者は仲間達の他にはいなかった。 『さて、何があったのでしょうね…? この儀で』 持ってきた荷物を飛空艇から下ろしながら青嵐(ia0508)も呟く。 「…白房どう?」 希儀に足を踏み入れて直ぐ、偵察の為に放った管狐が戻ってきた。 瀬崎 静乃(ia4468)が差し伸べた手に彼は止まると人間と同じように小さく頭を振る。 『遺跡の周辺にはアヤカシはいないみたいだね。人も生物もいない…。森とかまで調べたらどうか解らないけどね』 「…そっか。…ありがと」 静乃は軽く目を伏せた。 『それにしても静かな場所ですね。これはこれで趣深いものが御座いますが、やはり人々の生活が奏でる得体の知れない喧騒こそ好奇心をそそられます』 綾音はそう呟いた。 この世界に命は存在していないのだろうか? カラクリにさえそんな思いを抱かせるほど、そこは静かであった。 「お前ぇさんもだいぶ毒されてきたな。俺もまだ見ぬ美女が恋しいし、色々調べてみますかね」 肩を竦める喪越の言葉にそれぞれが心の中で頷く。 再びこの地にやってきたのだ。 この地を生きる、何かに会いたい。 「そうだね」 今まで黙っていた俳沢折々(ia0401)が顔を上げて仲間達を見た。 「さっそく課題に取り掛かろう。ベースキャンプを作ってちゃんと準備をして、それから二手に別れていろいろ調べてみようよ。遺跡の近辺と、あと森、かな」 片目を閉じた主席の言葉に皆が今度ははっきりと頷いた。 『私はいつも通り冥土業務を。お茶の準備もしてきましたので、皆様にくつろいで頂けるかと存じます』 「…すみません。誰か…テントを運ぶのを手伝っては頂けませんか? 私一人では…重くて」 船から何か大荷物を運んできた泉宮 紫乃(ia9951)の囁くような言葉に気付いて尾花朔(ib1268)は慌てて近づくと、 「ああ、すみません。紫乃さん。気が付かなくて…ほら、劫光さん。早く手伝って下さい」 側にいる幼馴染の顔をキッと睨んだ。 「俺? ああ、任せておけ」 紫乃の荷物に手を伸ばそうとする劫光であったが 「は?」 その手に落とされた荷物は朔が持っていたもの。 そして朔は空いた手で紫乃の荷物を持つ。 「…朔さん。あの…?」 「いいんですよ。さあ、行きましょう」 「こら! おい、朔!!」 劫光の声も気にせず朔は紫乃と肩を並べ歩いて行く。 「みんな〜。頑張って〜! 荷物が片付いたらご飯にしましょ〜! お腹が空いては戦はできぬってね」 向こうでは大きな声で手を振る真名(ib1222)の姿が見える。 「くすっ」 小さな笑い声にアッピン(ib0840)は横を見た。そこでは玉櫛・静音(ia0872)が楽しそうに微笑んでいる。 「? どうしたんですかぁ〜」 「新しい儀。少し緊張していたのですが皆さんと一緒だとそんな心配も無用なのだなと思いまして」 「そうですねぇ〜。みんな一緒ですからねえ〜」 「お〜い! 行くなりよ〜! 早く荷物を運んでごはんなのだ〜」 気が付けば向こうで湯気が上がり、皆、移動したようだ。平野 譲治(ia5226)が手を振っている。 「いけない。早く行きましょう」 「そうですねぇ〜。行きましょ〜」 そうして静乃は救急箱を、アッピンも資料や荷物を持って仲間の元へと急いだのだった。 ●アヤカシとケモノの森 希儀の森は人というものが存在しない為、天儀の人々から見ればかなり荒れていた。 木々は高くそびえ立ち雑草も高く深く生い茂り、人の侵入を容易には許してくれない。 しかも奥に行くにしたがって遺跡にいた時には感じなかった湿度も感じるようになってくる。 「遺跡近くはどっちかというと乾燥した感じだったのにね。近くに沼でもあるのかな?」 額の汗を拭きながら折々はため息をついた。 静乃が勧めてくれた服装、厚手の手袋と長袖の上着にズボン、口や鼻を覆える大きなマスク。そのおかげで一一月だというのに汗がこぼれそうなほど暑い。 「まあ、虫刺されや草で手足を切るよりはずっといいけどね」 ここに至るまでの間に寮生達は「希儀にはアヤカシがいない」という情報が希望的なものであったということを思い知らされていた。 既に何匹ものアヤカシに出会っていたのだ。 天儀で言う小鬼にあたるような素早いアヤカシ。 ケモノとしての狼もいたが狼の形を取ったアヤカシもいた。 そして特に多いのが中型のアヤカシ蛇。草陰に潜み、音もなく攻撃してくる相手に驚かされることは一度ならずあったのだ。 「油断しちゃダメだよ。山頭火」 『衣服が汚れてしまいますね。まあ、仕方がりませんが』 「双樹、前に出過ぎるなよ」 『はい』 だから、今は前にも増して慎重に人魂に先行させ、剣や棒などで注意深く前方を確認しながら先に進んでいたのだった。 ガサガサガサ! 動く鼠の人魂に反応したのか、草陰からまた蛇が飛び出してくる。 今までのよりは一回り以上大きい大蛇であった。 「くっ! なかなか素早いな!」 呪縛符で動きを止めようもなかなか俊敏で目標が定まらない。 「こいつは素早い動きが得意みたいだね。っと!」 敵の攻撃を避けながら観察していた折々の横を衝撃波が飛んでいく。 「術も使うのか…。なかなか強敵だね」 「…白房。にいやの援護」 『ガッテンだ!! 姐さん』 静乃の管狐白房が援護に出た。蛇の真横まで飛んで飯綱雷撃を吐き出した。 すると驚く程に蛇はダメージを受けてのた打ち回る。 「意外に防御は弱いのかもしれん…」 劫光は剣を握りなおすと、その蛇の仲間と朋友達の手助け合って、その蛇もやがて瘴気へと返すことが出来た。 「今までのに比べると強敵だったな…。あの蛇は防御が弱いらしい、っと。やれやれ本当に蛇だらけだ。もっと変わったのはいないのか…」 休憩がてら敵のレポートを纏めていた時、劫光はふとそんなことを呟いていた。 それを耳にした折々はいつも穏やかな彼女にしてみれば厳しい光を目に浮かべている。 「新しいものをバーンと大発見したくなる気持ちはすっごく、うん、すっごく分かるんだ。 でも去年一年間アヤカシの生態を調べて分かったのは、急がば回れってこと。既知のネタを掘り下げて掘り下げて、その先に見つかるものだってきっとあるハズだよ」 折々の思いに肩を竦めると劫光は、すまないと言う様に両手を上げた。解っている、と言いかけたその時だ。 「しっ!」 静乃が二人の前に手を伸ばした。声や動きを制する仕草の意味を寮生達は理解する。 「…立ち枯れた草がある。ここの一部の葉だけ少し変色してるから、更に警戒した方がいいと思う」 「範囲が広いな。さっきの蛇より、まだ大きな蛇が、いるのかもしれん」 劫光が真剣な目になった時 ゴボゴボゴボ。 怪しい音が聞こえてきた。注意深く音の方に近づいていくと、そこには大きな沼があった。そして今まさに大蛇がその首をもたげようとしていたのだ。 体調5m以上はありそうな大蛇。無意識に彼らは息を呑み込んだ。 「うわー、凄い。気を付けないと人間なんか人飲みにされちゃうよ」 「でも、このまま放置もできんな」 「…とりあえず、できる限りの調査。それから、なんとか倒せるかどうかがんばってみようか」 そして彼らは再び強大な敵と戦うことになったのだった。 一方その頃上空では 「慎重に飛んで下さいね」 静音が朋友真心の背中を叩きながらそう告げる。朋友もそれに応えるように微かに羽根を震わせた。 「空から見ても…あちらこちら雲がかかったりして見えにくいですが…かなり広いようですね。この儀は…」 遺跡や森が各地に見える。山が周囲を取り囲んでいるところもある。でも、他の儀で良く見る様な魔の森は今の所どこにも見えない。 「?」 「どうしたんですか? アッピンさん」 横を飛んでいた駿龍やわらぎさんと、その背のアッピンがいきなり止まって後ろを振り向く。 「いえ、今、何か影が通った気がするのですが…」 「影?」 二人がその影の正体を探そうとした、その時であった。 「キャアア!」 背中を逸らせた静音が悲鳴を上げた。背後の雲から突然稲光が煌めき彼女を撃ったのだ。 「大丈夫なりか?」 別の調査に向かおうとしていた譲治も悲鳴を聞きつけ龍の小金沢 強と共に寄ってくる。 「静音ちゃん? 何です? どこ??」 周囲を見回すアッピンは雲の中に何かが蠢くのを感じた。 「! 蛇がいるのだ。羽のある蛇!!」 人魂を放って雲を探っていた譲治が声を上げると同時、吹き抜けた風が雲を吹き飛ばした。中から現れたのは譲治の言う通り羽の生えた蛇。 「来ます! 避けて!」 アッピンの声に三匹の朋友達は主を守る為に急旋回する。その横をまるで稲妻のように蛇は飛んで行った。 「凄いスピードなり! アレにぶつかったらただじゃすまないなりね」 「でも、仲間同士は連携してくるわけじゃないようです。敵の攻撃を観察しながら各個撃破していきましょう」 「大丈夫ななりか?」 心配そうに譲治が問うが大丈夫、と静音は頷く。保健委員長を信じて譲治は治癒符をかけて後、敵に向かい合う。 「う〜ん、これではダミー人形は使えませんね〜。生け捕りもしたかったのですが難しいでしょうか?」 突進してくる蛇に白狐をかけながらアッピンはため息をついた。 動きが止まったところを静乃が斬撃符で切り払う。 やがて、なんとか敵を殲滅させた彼女らがほっと一息を吐き出したその時、背後に感じた気配に振り向いた彼らはその心を凍らせた。 巨大な龍がそこにいたのだ。 但し、生きた野生の龍、ではない。 「ホ・骨の…龍?」 「アッピン! 静音! 逃げるなりよ!!」 彼らは全速力で逃げ出した。 三人だけで、負傷した今戦ってはいけないと、とっさに判断したのだった。 そして、その判断は正しかった。 ●希儀の遺産 アヤカシの調査の為に森の奥深くに仲間達は進んだが、正直「希儀の調査」というだけであれば森の周辺と遺跡だけでも何日でもいられそうだと、朔は思っていた。 「これは…ハーブでしょうか? こっちはブドウ? こんなに何種もが遺跡の近くに自生していたとは考えづらいですから、遺跡の住人が栽培していたということなのでしょうか?」 朔は一本のハーブを折り取る。 すっかり野生に帰ってしまっているが薄荷のように思える。しかも匂いが数段濃い。 むせ返るようだ。 「天儀の薬草と似たものもありますね」 「朔さん、こっちに少し来て頂けますか?」 紫乃の呼び声に朔は手持ちのハーブを布で包むと早足でそちらに向かった。 おそらく住宅街であったろうその街並みの中に大きな木が何本もそびえ立っていたのだ。 「かつて、この家に住んでいた人が植えたのでしょうか?」 『おそらくは。根や幹が床を割っています。ここまで大きくなることを想定してはいなかったと考えられます。あちらにも大きな木が何本かありました。果実の実る木のように思うのですが…』 興味深そうに木や植物をスケッチ青嵐の横で控えているアルミナはやや退屈そうだ。 「地味であります、暇であります」 『そういうものですよ、アルミナ。安全な事は喜ばしいものです』 確かにこの遺跡近辺ではアヤカシの姿が見えない。だが鳥やネズミ、ケモノのようなものは時折見かける。人に対して全く人見知りしないのだ。 危害を加えない生き物に寮生達も危害を加えることはしなかった。 「実がたくさん実っていますね。緑や黄色、赤みがかかったものもある。随分、鮮やかですね」 「もしかしたら、あれがオリーブと呼ばれるものではないでしょうか?」 紫乃が指を指した。陰陽寮の保健室の資料に良質の油を採取する実としてそんな名前が確かにあった気がする。 「なるほど。採取してみましょうか?」 いくつかの実を取ってみる。固い感触であるが瑞々しくそして良い香りがする。指に力入れてみるとさらりとした液体が指を濡らした。そっと舐めてみる。 「確かに良い油です。料理などに使えたら良さそうです。陰陽寮の薬草園に植えてみたいですね」 寮生達がそんな会話をしていた時、一匹の鼠が彼らの前に走り出してきた。 攻撃をしかけはしないが全員の目がそちらに向いた時その姿は人妖に代わる。 「どうしましたか? 槐夏」 「皆様、こちらに来て頂けますか?」 槐夏に促されるままやってきた寮生達は、ある場所で、その床を真剣過ぎる顔で真名が見つめている。横には喪越もいる 「どうしたんですか? 真名さん?」 駆け寄った仲間達に真名は安堵したように微笑むと再び壁を睨む。横で管狐紅印も難しい顔をして飛んでいる。 「この崩れた建物の地下に何かがいるみたいなの。多分…アヤカシ」 「外にちっちゃな窓みたいなのがあるんだが暗くて良く見えなくてなあ」 喪越の言葉を聞いて紫乃は横に立つ人妖を見た。 「桜。お願いできる?」 小さく頷いた桜は外に出て、深夜の見張りの時のように暗視の呪文を唱える。 そして、見えたものを主人の耳にささやいたのだった。 「何がいるのですか?」 朔の言葉に紫乃は一度だけ目を伏せて、そして答えた。 「真名さん。扉を開けて下さい。解放してあげないと…いけないと思うのです」 「…解ったわ。お願い」 「りょーかい。よいっせえ!!」 喪越が蹴り割った扉の向こうから、ガシャン、ガシャンと音がする。 「…滅びの時、おそらく閉じ込められて行き場を失った悲しい存在。声が、聞こえます…」 やがて暗闇の向こうの闇に鎧が浮かび上がった。 「今、開放して差し上げますから…」 紫乃はそのアヤカシをまっすぐに見つめたのだった。 ●希望の大地 調査を終え、陰陽寮に帰還した寮生達はさっそく集めた資料を纏め、寮長 各務紫郎に提出した。 「やはり、希儀にもアヤカシは存在しましたか。アヤカシのいない理想郷、というものはなかなかないのですね」 「はい。蛇のアヤカシだけでなく、天儀でいう小鬼のようなもの。狼、そして蛇のアヤカシが数も、種類もたくさんいました」 「加えて死者の屍や無念の魂を取り込んだアヤカシも存在する。朔達が出会ったという鎧のアヤカシや、骨しかない龍のアヤカシ。希儀もある意味天儀と変わらぬ世界、なのかもしれないな。どちらもかなり強敵。一歩間違えば死に至る。対応を考える必要が出てくると思う」 いつもなら、資料の内容の精査は後で行われることが多いのだが今回は寮長も興味があったのだろうか。 その場で確認をし、寮生達の話を聞き、さらにいくつもの質問をしてきたのだった。 希儀の天候、気候、風土。アヤカシの性質など。 「あの鎧騎士と話をしたかったんだが、無理だった。聞く耳持たずって感じでな」 「蛇の多くは毒を持っているようです。外形は天儀と違う進化を遂げたモノが多いようですが毒の質は似ていると感じました」 「…蛇は概ね行動が素早い。沼の大蛇は特に毒針などを使う上に触手で攻撃してきたりも。…負ける危険性もかなりあったかと今なら思…います」 「なるほど」 話を聞くたび彼は頷いた。 「別に報告内容に問題があるわけではありません。単なる好奇心ですよ」 と彼は言ったがその目は真剣そのものであったので寮生達も真剣に答えた。 丁寧に分類調査がなされた土のサンプルと採取植物は特に興味を持ったようである。 やがて寮長は一通りの確認を終えると 「ありがとう。とても良く考えられ纏められた資料であったと思います。五行国の今後の対応を決める上で重要な資料になるでしょう。 いえ、それ以前に私自身も知的好奇心を満足させて貰いました。心から感謝します。合格です」 そう暖かい眼差しと笑顔で告げたのだった。 胸を撫で下ろした寮生達は寮長にお辞儀をすると退室の準備をする。 だがその中でふと、一人の人物が踵を反し、寮長の前に再び立ったのだった。 『寮長、いえ…』 「寮長。一つ、お伺いしたいことがあるのですが…」 人形を置き、自分の言葉で青嵐は問う。 「何でしょう? 私に応えられる事なら良いのですが…」 だから寮長も真っ直ぐ青嵐の目元を見て答える。 「もし、儀一つの人族を食い尽くしたアヤカシがいたとすれば、それは一体、どんなものだと思います?」 「私の主観で良いのですか?」 「はい」 寮長は暫し書類に目をやり考えると 「私は強大な力を持つ御大や一体のアヤカシ…などではないと思います」 静かに答えた。 「人は強大な力には一致団結し、立ち向かえるものです。むしろ人の心を操り、不安にさせる者、人よりも圧倒的な多数で攻めてくる者。そういうものこそが人類を滅ぼせるのではないかと思いますよ。ただ、希儀がそうであるかといわれると解らない、というところですが…」 『ありがとうございます』 寮生達は一礼して去った青嵐を追いかけるように寮生達は部屋を退室していく。 「一仕事終わったから、食堂で食事でもしない?」 「賛成なり! おなかすいたのだ〜」 楽しそうに笑いながら去って行く寮生達の声を聞き、その姿を見送って後、寮長は希儀の資料を再び見つめていた。 「あのさ。きっと寮長も希儀の調査に行きたかったんじゃないかなって、思うんだ」 食堂で折々は仲間達にそう語る。 「陰陽師としては興味がある世界でしょうからねぇ。瘴気やアヤカシのいない…、訳では無かったけど少ない世界」 「うん。詳しく調べれば瘴気を減らす方法とかも解るのかもしれない。私達だってそう思ったもの。だから、できればきっと寮長も自分の目で見てみたかったよね」 「でも…立場上それはできない。だから、私達に託した、ってあたりかしら」 料理を運んできた真名にうん。と折々は頷いた。 「だから、半端な調査はできないと思ったんだ。今後の為にも、そして寮長の為にも…」 「満足して貰えましたかねぇ〜」 「大丈夫だろ。足りなかったらまた調べてくればいい」 「そうそう。おいらたちの前途は明るいのだ」 劫光は微笑み、譲治は手の中に握っていた6のサイコロを見せる。 寮生達は笑いながら、互いの杯を合わせ、遠い大陸に思いを馳せるのだった。 窓の外を見る。秋晴れの快晴。鳶がくるりと回る。 寮長は資料と成績表を纏めていた。 新しい大陸への夢と、間もなく寮を飛び立っていくであろう朱雀達の未来を見つめながら…。 |