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■オープニング本文 【このシナリオは陰陽寮 朱雀2年生用シナリオです】 後に、後輩たちは思うことになる。 先輩が心配し、気遣ってくれたことはこれであったのだろうか? と。 陰陽寮朱雀の二年生達はある日、二年担当教官西浦 三郎の後をついて歩いていた。 目的地は解らない。 ただ、ここは朱雀寮の奥と言われる場所であることだけはなんとなく理解していた。 一年時、立ち入り禁止とされていた場所はけっこう多い。 秘蔵品の倉庫や二年生用の図書室、研究室など覚えるも結構大変であったのだが、ここはさらにそことは違う、主殿よりもかなり離れた場所だった。 「一体、どこに向かうのでしょうか?」 主席の言葉には未知なるものへの不安が微かに滲む。 やがて三郎は一つの建物の前へと足を止めた。 一見してみれば石造りの割とよく見るタイプの蔵のようだ。 だが、注意してみればこの倉が普通のものでないことは簡単に解る。 礎石は深く埋められ、石壁もかなり厚い。窓は一つもなく、扉は三重。鍵も一つや二つではなく備えられている。 「凛」 やがて鍵を時間をかけてゆっくりと開いた三郎は二年生達の方を振り向き、告げる。 「足元に気を付けて中に入れ。全員が入ったら最後の者はすぐに扉を閉めろ」 そう言って彼は重い鉄製の扉を手で押して中に入っていった。 唯ならない何かを感じるが、中に入れと言われた以上入るしかない。 三郎の後に続き、中に入った寮生達は 「!」 言葉を失った。 中は真っ暗で、灯は三郎の持つランタンの灯りのみ。 だが、その薄暗がりでも解る。闇の中に浮かぶ影。 「ここは‥‥牢、ですか?」 固い格子戸、閉ざされた扉。時折漏れ聞こえる怨嗟の声。 それはまさしく牢であった。 無論、人のそれではない。 「まさか‥‥アヤカシの牢や‥‥?」 「そうだ」 と三郎は答える。 「ここは陰陽寮のアヤカシ牢。陰陽術の実験、訓練の為のアヤカシを捕えておく特別な場所だ。一年時は立ち入り禁止。場所を教えることも禁止されている。 実際にここで実験などを行えるのは二年の後半のアヤカシ選択と三年生。教職員のみだ。 朱雀寮にこのような場所があることを他者に漏らすことも原則として禁じられている。理由は言うまでもないな」 そう。言うまでもない。二年生達にもそれは簡単に理解できる。 しかし、頭で解っても簡単に気持ちの整理がつくものではない。 言いたいことはいろいろあるのに言葉が出てこない。 三郎も、彼らの返事など待たずに話を続ける。 「ここにいるアヤカシは、寮生達や教職員が捕えてきたモノが殆どだ。 術の開発や瘴気の確保などに利用される。アヤカシの生態調査や相関図の把握などにも利用される。捕えていても餌を与える訳ではないから長くても数週間程度で瘴気に返す。要は処分するってことだがな」 人がやってきたことに気付いたのだろうか? 牢の奥にいたアヤカシ達も格子の傍までやってきて声を上げる。 手を伸ばすモノもいる。 見れば一体一体にそれほどレベルの高いモノはいない。 化け猫、剣狼、子鬼、豚鬼、いいところ火兎や大蝦蟇くらいまでだ。 だが、それらが寮生達を見つめる目には一様に同じものが浮かんでいた。 怨み、憎しみ…。 「目を逸らすなよ」 静かに、だがいつも陽気な彼にしては珍しいまでに強く厳しい声で三郎は二年生たちに告げた。 「目を逸らしたり、逃げ出したいと思ったり、万が一にもアヤカシがかわいそうなんて思うなら朱雀寮だけじゃない、陰陽寮を出ることだ。術、符、道具。我々が今使っているものは全て、先達がアヤカシとの戦いの中、命がけで作りだし、会得し、生み出していったもの。陰陽寮の寮生はそれを正しく学び、身に着け次代に繋いでいく義務がある。その為に、ここは必要な場所だ。ここからいくつもの道具や、術が生まれ、知識が伝えられていく。 全ては‥‥大切なものを守る為に。その覚悟もない奴は陰陽寮にはいられない」 彼らが今まで享受してきたものが先達が作り上げてきた陰陽師の光であるなら、これは間違いなく闇。 二年生となった寮生達は言葉もなく、その闇を見つめていた。 その後、三郎は寮生達を外へと促すと再び鍵を閉める。 そして、教師として彼らに課題を与えたのだった。 「陰陽寮朱雀二年生の十月実習はアヤカシの捕縛である。 場所は五行西域の魔の森。魔の森の中に入れと言うわけではないから近隣でアヤカシを捕獲すること。 数は自由。捕獲するアヤカシの選択も自由。 だが数を多く捕えれば得点が上がる、という訳ではない。 また、中級以上のアヤカシの捕獲に挑むことは禁止する。 今回は壷封術の使用者は私を含めて同行せず、特別なアイテムの貸し出しも行わないので捕獲の方法は自分達で考え実行すること。 通常の檻、箱、縄、袋の類であれば用具委員に届け出の上、持ち出し、使用は可だ。 注意点として捕えたアヤカシを陰陽寮に運ぶまでの間に一般人に不安や危害を与えることは許されない。 そして絶対事項として朱雀寮一年を含む他者に陰陽寮が実験にアヤカシを捕獲していると知らせることも禁止とする。 期間は一週間。では、これより始め!」 三郎は、それだけ言うと彼らを残し歩き去ってしまう。 その場に残されたのは二年生だけになって、彼らは互いの顔を見合わせるとだれともなく後ろを振り返った。 ほんの数刻前、なんの変哲もない石造りの蔵に見えた建物が今は恐ろしいまでの圧力を彼らに与えている。 「先輩が、おっしゃっていたのはこのこと、だったのでしょうか?」 図書委員の一人が呟く様に、吐き出すように言った。 先輩達も昨年これを見て、同じようなことを考えたのだろうか? 二年生になり、実質的に最初の『実習』。本格的な『課題』 それは技術以上に覚悟が問われているのかもしれないと彼らは皆、感じていた。 陰陽師としてアヤカシと、瘴気と向かい合っていく覚悟を…。 |
■参加者一覧
芦屋 璃凛(ia0303)
19歳・女・陰
蒼詠(ia0827)
16歳・男・陰
サラターシャ(ib0373)
24歳・女・陰
クラリッサ・ヴェルト(ib7001)
13歳・女・陰
カミール リリス(ib7039)
17歳・女・陰 |
■リプレイ本文 ●闇に向ける背中 例年、陰陽寮朱雀では二年生になるとアヤカシ牢の存在を教えられる。 そして、その牢に入れて実験に使うアヤカシの捕獲を命じられるのだという。 「やはり、こういうものはあるのですね…」 牢の見学と課題の発表を終えた牢の前で、担当教官を見送った二年生達。 呟く様に牢を振り返るカミール リリス(ib7039)の背後で 「それじゃあ、今回の課題も頑張ろうね」 明るく、いつもと変わらない笑顔を見せて、クラリッサ・ヴェルト(ib7001)は仲間達にそう言った。 「クラリッサさん。…その、大丈夫ですか?」 心配そうに声をかけるのは同じ二年生の清心、だ。 「ん? 何が? 別に具合が悪いわけじゃないよ」 クラリッサは小首を傾げる。 「あの…アヤカシ牢の中で、随分と…その…」 言いよどむ清心の様子にクラリッサは彼が見て、心配してくれた理由が何か解った。 蔵の中でアヤカシたちが怨みごとを言った時、自分はがどんな目をしていたか思い出したからだ。 憎しみの眼差しを、きっと黒い、冷ややかな目で見つめ返していただろう。 (お前たちがそんな目をするのか…。私は同情なんか、決してしない。そも、孤児になった原因はアヤカシなのだから。忘れもしない…、あの日の事は…) 「まあ、精々役に立てばいいんですよ。あんなものは」 「?」 まるで自分の思いをそのまま吐き出したような呟きを耳にしてクラリッサは、ふと横を向いた。 そこでいつも穏やかで優しい彼方とは思えないような暗い光を湛えた目と視線が合う。 「僕は、あんまり覚えていませんけどね。僕の家族も故郷も、何もかも奪ったのはアヤカシですから。同情なんか絶対しませんよ」 目の色は違うけど、きっと今、彼と自分は同じ色の目をしている。 そう思うと、クラリッサは少し胸につかえたモノが落ちた気がした。 決して消えたわけでは無いけれど…。 小さく微笑むと 「…そう、だね。あ、彼方君、清心君。課題しに行く為の準備にいろいろ用意しておきたいものがあるんだけど、手を貸してもらえる?」 「はい。食べ物なら向こうです」「わ、待てよ! 必要なのは道具が先だろう?」 クラリッサは彼方達と一緒にてきぱきと先頭に立って準備などを始めたのだった。 とはいえ二年生達全員が簡単に割り切れるわけでは無い。 「強いですね。あのお二人は…」 二人と一人の背中を見送って静かに蒼詠(ia0827)が言った。 「陰陽師は陰と陽を併せ持つ…これが、陰陽寮の陰の部分という事ですね…」 一言一言を噛みしめるように。 陰陽寮の陰を否定するつもりは無いが、あの視線と怨嗟は暫く夢に見そうである。 『蒼詠?』 心配そうに蒼詠の人妖翡翠が声をかける。 蒼詠も解っている。 いつまでも気にしている訳にはいかない。 「綺麗ごとばかりでは辿り着けない道なのですね。闇の中から光を見いだせる様に、多くを…学ばなくては」 サラターシャ(ib0373)は強く唇を噛みしめ 「目を背ける気は無いし、今していることに嫌悪感は無いよ。結局の所、うちの甘さが師匠に迷惑を掛けた。自分の為、仲間の為にも手を抜くわけには行かないんだから」 芦屋 璃凛(ia0303)も視線を前に向ける。 確かに後ろを振り向いたり、怨嗟の声に心囚われている暇はないのだ。 「そうですね、行きましょうか。準備手伝ってあげないと。後は下調べをして…」 「僕も行きます。薬なども借りてきたほうが良いですね。翡翠も手伝って?」 「あ、蒼詠。麻痺の薬とか、毒薬とかって保健室にあるのかな? アヤカシに効くかどうかは解らないけれど」 そうして彼らは歩きはじめる。 闇を見つめて背を向けて。 ●何の為に 寮生達は二手に別れて西域へと向かった。 龍を駆るクラリッサとカミール、彼方。 そして荷車で荷物を運ぶサラターシャ、璃凛、蒼詠、清心である。 「重かったでしょ。ご苦労様。ナハト」 先行して待ち合わせ場所に着いたクラリッサはそう言って大荷物を持って飛んだ己の駿龍ナハトリートを労う。 森からそれほど離れておらず、街からもそうは離れていない場所。 地図で確認した限りではあるが、ここなら活動しやすそうだとクラリッサは思った。 「先にキャンプの用意をしていましょうか? まだ勝手に始めるわけにもいきませんしね。ラビバ」 龍に声をかけ荷物を降ろしながらカミールは仲間を見た。 「でも、近くに見えた村に情報収集に行くのは良いんじゃないかな?」 「じゃあ、ここは僕がやっておきますからお二方行ってきて下さい」 彼方がテントなどを抱えて言うが、それは二人にきっぱり却下された。 「何言ってるんですか。一人でこれだけの準備をするのは無理ですよ」 「それに一人になったところをアヤカシに狙われたら拙いでしょう?」 というわけで三人でキャンプの準備をしたり、周囲を調べているうちに後続グループが待ち合わせ場所に到着したのだった。 「突然なのですが、皆さん。火兎を今回の捕獲対象に加えて頂いてもいいでしょうか?」 『サラ!』 からくりレオの注意も聞こえないかのように 「「「えっ?」」」 到着後、休憩もそこそこにサラターシャが言った言葉に三人は瞬きした。 「サラ、慌てないで。あのね。ここに来る途中で近くの村に寄ったんだ。この近辺で暴れたりしているアヤカシとかの情報を聞けないかな? って思ってさ」 「そうしたら、そこで依頼を受けたのです。最近現れるようになり、山火事などを引き起こすアヤカシがいるから何として貰えないかと」 璃凛、蒼詠が言葉を続けて説明していく。 火兎、つまり炎を操るアヤカシ兎が現れて、商人達の荷物を焼いたり、火種を吐き散らかして山火事などを引き起こしたりしているのだと言う。 「かなり大きな兎のようです。目撃者によると鹿くらいあった、と」 「なるほど。それでその火兎も捕獲対象に入れようってことなんだ」 クラリッサの問いに四人は頷く。 「村の人達には危ないからこっちにはこないように、って伝えてある。どう思う?」 事情が分かれば反対する理由はないのだが… 「鹿くらいある兎か…用意してきた壷や箱に入るかな?」 それが心配であった。今回の課題の最重要ポイントは「捕獲」して朱雀寮まで「運搬」することである。 その為に荷車や壷、箱などを用意し、カモフラージュ用の準備もしている。予定にないアヤカシを選ぶ事にはリスクが生まれるだろう。 「それは、捕まえてみないと解りませんね。でも」 サラターシャは仲間達を見て言った。 「捕縛が課題ですが、だからと言ってアヤカシの脅威を放っておくわけには行きません。 忘れてはいけません。この闇を何の為に行うのかを」 真剣な眼差しと、心で。 丸一年以上を共にしている仲間の言葉、そして思いを 「うん。解ってるよ。勿論、放って置くつもりはないから安心して」 友はしっかりと受け止めてくれた。 「規格に合わなかったら倒して別なのを探せばいいことだからね。あ、この近くのアヤカシの情報は仕入れてきてくれた? 私はできれば粘泥を狙いたいんだけどな」 笑顔で答えるクラリッサ。そしてそれぞれに頷く仲間達。もうあえて言葉に出す必要は無いから 「ありがとうございます」 そう一礼だけして 「これがこの森近くで目撃されているアヤカシです。粘泥もごく少数ですが見られていますね」 聞き込みで得た資料を広げた。 「う〜ん、何にしよう。大型のは危険だし捕まえにくいし運びづらいよね。あ…化け猫あたりが良さそうかも」 「ボクはなんでもいいですよ。ただ実体がないと捕まえられないでしょうから幽霊とかは無理ですね。小鬼とか、でしょうか?」 「私も、希望種類はありません。私の課題では特定のアヤカシよりもより多くの多様なアヤカシを見つけたり、感じ取れたりする事が重要になるため、種類を優先します」 こういう時、一年間の呼吸がものをいう。 「お茶が入りましたよ。明るい所で打ち合わせしませんか?」 「そうですね。あ、お菓子も持ってきました。疲れた時にはやはりお茶とお菓子ですね」 やがて燃え上がる火を囲み、流れる様な相談と役割分担が明日からの実習に向けて進められていくのだった。 そして夜。 相棒の眠りを見つめながら猫又の冥夜が独り言のように呟いた。 「ったく、この程度ごときで何を気負っている。まあ、覚悟が出来て居るのなら別に良いがな。しかし、つまらないな…何かしでかしてやるか。いや、邪魔はすまいな」 その愛おしげな声を聞いた者は少ない。 ●アヤカシを捕えると言う事 翌日 「璃凛! そっちです。小鬼が行きました! 三匹です」 「了解! レオ、こっちはうちが、受け持つからそっちをお願い。サラ、援護してあげて」 魔の森のほど近く。 森の中で寮生達はアヤカシ捕獲の作戦を実行していた。 基本的には人魂を寮生達がそれぞれの方向に放ち、アヤカシを見つけたら全員で捕縛にかかるという作戦だ。 クラリッサとリリスの龍が追い立てを手伝ってくれる。 寮長が言った通り、この近辺の森には魔の森から出て来たらしいアヤカシがかなりいた。しかし、殆どが低級のものばかりで強敵と言えるものはいないようだった。 おそらくその辺の下調べをしたうえで二年生に課題として与えられているのだろう。 前衛を受け持つ璃凛が眼前の敵を睨みつけて、そして笑った。 目の前のアヤカシは小鬼。下級アヤカシの代表的なものだ。 「まあ、大物はいても手を出すなとは言われているんだけどね。っと!」 璃凛はとっさに小鬼が投げてきた石を避けた。 どうやら、武器にスリングを使うタイプであるようだ。 「でも…ってことは接近戦用の武器は持ってないってこと!」 敵が次弾を構えようとしている。 その隙を見逃さず 「隙あり!!」 璃凛は一気に小鬼の懐に踏み込んだ。そして鳩尾に近い所に一撃を加える。 『が・あっ!!』 小鬼は簡単に膝を折って沈んだ。 「訓練ってのはやっとくもんだね。先輩達の動きに比べればちょろい!」 『油断するな。璃凛!』 「えっ?」 小鬼は三匹。そのうちの一体は向こうでサラターシャのレオが相手をしている。そして残りの一体は… 「わ! わわっ!」 いきなり背後の死角から襲い掛かられた。僅かに璃凛は体制を崩し、狙う様に敵が追撃してくるが…敵の動きが突然鈍くなる。 『今だ!』 「解った!」 冥夜が敵に飛びかかった。二人の間に間合いができる。そこに璃凛が渾身の攻撃を加えた。 『ぎゃああ!!』 地面に崩れ落ちた小鬼を見下ろす璃凛のところに 「大丈夫?」 駆け寄ってくる影。その気配に璃凛は今度は完全に警戒を解く。 「ありがとう。クラリッサ。でも、ごめん。一体やっちゃった」 咄嗟だったから手加減ができなかった。小鬼は瘴気に還ろうとしている。 「また捕まえればいいんだから平気平気。それよりもう一体の方はしっかり捕まえておこう。璃凛。その剣少し貸して」 「ん?」 そう言うとクラリッサは璃凛から剣を借りるとなんの躊躇いもなく鬼の目元にその剣を閃かせた。 『ぐぎゃああ』 断末魔のそれよりもある意味苦しげなその悲鳴にも表情を変えずクラリッサは同様に手足の腱も切る。 「まあ、アヤカシに人間と同じ急所がどこまで効くかわかんないけど。とりあえず、これで動けないでしょ」 ありがと。と剣を返したクラリッサに璃凛は声をかけない。 アヤカシには術系以外の毒や麻酔は薬草などでも効果がないようだから仕方がないと言えばないが…。 首を振り、璃凛は剣を受け取る。あちらでもレオがサラターシャや彼方達の助けを受けて敵を倒すことに成功したようだ。 「これで、小鬼が二匹と、粘泥、化け猫、怪狼が一匹ずつ。まあ、悪く無いペースかな」 「欲を言えば粘泥がもう一匹くらい欲しいけど、洞窟とかに多くいるらしいから、あんまり外には出てこないのかな…」 「化け猫も警戒心が強いし、素早いし…。あれから何匹か見つけたけどみんな逃げられたね」 悔しそうに言いながら璃凛は小鬼を縛り上げ箱に収めた。 「後は例の火兎。あれだけは見つけておかないと…」 二人がそう話している時 「?」 背後から感じた気配に二人は同時に振り向く。 感じたのは気配と言うより匂いだ。何かが燃えるキナ臭い匂い。 振り返ると後ろの木が、森が赤い。無論、紅葉などではなく… 「火事!」「火兎? どこ?」 「クラリッサさん! 璃凛さん! あそこです!」 サラターシャが指を指すその先に、赤茶色の毛皮を纏った兎がいる。 見た目は確かに兎ではあるが、話に聞く通り身体は巨大で、ふてぶてしい目をしている。かわいらしさなど欠片も感じられない。 「火を消すのは僕たちに任せて下さい。皆さんは火兎を!」 彼方が氷柱の術を放ち、清心がもってきた水などで消火に当たっている。 ここは二人に任せておけば大丈夫。寮生達はそう信じることにした。 「冥夜! 手伝ってあげて!」「レオもお願いします」「翡翠もお二人の方へ!」 朋友達を預け彼らは火兎に向かい合う。 「危ない!」 リリスが上げた声に反応して、璃凛はとっさに蒼詠を庇って横に避けた。 そのすぐ後ろを炎の息が飛んでいく。 「遠距離攻撃か。炎の兎に火輪は、無謀だね。…弱らせて、捕まえる。援護して!」 璃凛の言葉に頷いて、それぞれが術を紡ぐ。 まず、サラターシャとリリスが呪縛符を放つ。 だが二重の呪縛に縛られているはずの兎は信じられない力で跳躍して、一番手近な人間、璃凛に突進していく。微かにだが火の粉を纏って。 このまま突進を受けては璃凛が危ない! しかし、そこにクラリッサが呪声を唱えたのである。 兎は璃凛の眼前で動きを止める。そこで璃凛は兎の足元に滑り込むような体勢のまま剣を振るった。 『!!!』 表現の仕様の無い兎の鳴き声があたりに響く。そして、ウサギはバッタリと倒れたのだった。 「なんとか、箱に入りそうだね。念の為、蠱毒で弱らせておくよ」 バタバタと悪夢でも見るように手足をバタつかせる兎の身体にクラリッサは毒を送り込む。 「足と手を縛って箱に入れましょう。目と、耳も遮断しておくといいと思います」 「解った。とりあえず手足を縛って運ぼうか」 「僕もお手伝いします」 手早く紐で両手両足を結び手分けして運ぶ。だが、その途中ふと気になることを思いだした。 山火事は? 仲間や朋友達は? 「向こうは、大丈夫でしょうかね?」 心配になって早足で戻った彼らはそこで 「お疲れ様です。…なんとか無事に火は消し止めましたよ」 仲間と朋友達の得意そうな笑顔を見ることができたのだった。 ●何の為に 火兎の退治に成功したという報告は村の者達を大いに喜ばせた。 正確には『退治』ではなかったが。それを言う必要は勿論、ない。 礼をしたいという村人の申し出を丁重に断って実習を終えた寮生達は帰路についた。 とはいえ、帰路もやはり簡単では無かったようだ。 「空路はそれほど邪魔は無かったんだけどね。せいぜいナハトが壷が重くて飛ぶのが大変だったくらい。粘泥が壷を溶かすような力まで持っていなくて良かったけど」 寮に戻った寮生達は捕獲したアヤカシ達を教師たちに預けた後、自然に講義室に集まっていた。 湯飲みを並べ、茶菓子を囲み。時折笑顔も零れるが、内容は真剣な今回の授業についての意見交換であった。 反省会、と言ってもいいかもしれない。 「それで、陸路の方はどうだった?」 クラリッサの問いに 「大変だったよ〜」 と答えたのは璃凛であった。 「途中で何度か衛兵のような人に声をかけられてね。サラターシャのカモフラージュやリリスの活躍が無かったら止められていたかも…」 「活躍ってなんですか? 璃凛?」 「活躍、でしょ? あのはったり、というか躱し方は流石だと思ったけどね」 うんうん、とサラターシャや蒼詠は頷く。後ろのレオや翡翠まで。 「へえ〜。よっぽど凄かったんだね」 「凄いと言うか、見事?」 「まあ、ああいう人あしらいは、ボクの腕の見せ所ですね」 少し照れた様子を見せながらカミールが笑う。 『この荷車に積まれた荷物は何だ? 龍まで護衛につけるほど貴重品なのか?』 『いいえ。別に怪しいものなんて入っていません。水とか石とかの建築資材ですよ。後は採取の時に使った道具とか食料。この先で木材を持ってくる仲間と合流して依頼の場所に持っていく予定です。龍は少し高いところのものなどを採取する為に来てもらいました』 『こっちの荷物は?』 『この中には、何も入っていませんしね。はい、どうぞ。ご覧になって下さい』 「沢山置いてある中から無造作に取り出したように見せて、実はそれだけに仕掛けがある。一つがそうなら、他が全部同じと思う思い込みを利用するってやつです」 「なるほどね〜。私が粘泥の壷と同じ形の食べ物の壷を持ってったみたいなものだね〜」 話が弾む中、トントン。 ドアがノックされた。 寮生達は思わず全員が扉の方を向く。 「私です。全員が揃っているのならちょっといいでしょうか?」 「寮長! はい!!」 寮生達は慌てて手近な席に座りなおし、茶菓子を片づけ寮長を迎え入れた。 寮長は資料を手に中に入ると、柔らかく微笑んだ。 「今回の実習、ご苦労様でした。捕獲したアヤカシ数は粘泥一体、小鬼二体。化け猫と怪狼、そして火兎が一体。初めてとしてはなかなかでしょう。今回の実習は合格とします」 寮生達それぞれの顔に笑顔が浮かんだ。 「それで、寮長。捕まえてきたアヤカシは…?」 伺うように聞いた璃凛の質問に寮長は静かに答える。 「処理を施して牢の中に入れました。必要があれば見る事や『使う』ことがあるかもしれませんが、まだ当面は皆さんには関係のない話です」 そうして、彼は二年生達を見た。 「陰陽師、というのはアヤカシの力、瘴気を操る者です。普段は意識しないかもしれませんが瘴気を使うという点においてはアヤカシと我々は変わりないのかもしれません」 「そんなことはないです。アヤカシは悪。人は善…、とは言い切れないけど同じではないです。絶対に」 真っ直ぐに告げる寮生の言葉に寮長は小さく微笑んだ。 「そうですね。ですから、皆さんは忘れることなく心に刻んで下さい。自分は何の為に陰陽術を使うのか、ということを。自分の為だけに、と思うのであればそれは、広義で考えればアヤカシと変わりありません。他者を思う心。それこそがアヤカシと人の決定的に違うところです」 「はい」 「皆さんなら、決して闇の声に引き寄せられることは無いと、信じていますよ」 それは奇しくも実習中サラターシャが言ったことと同じ。 自分が何の為に陰陽術を学び、何の為にそれを行使するのか。 二年への進級とアヤカシ牢という存在は寮生達に、陰陽師の基本ともいえることをもう一度考え、見つめなおすきっかけとなったのであった。 |