【朱雀】温故知新
マスター名:夢村円
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや難
参加人数: 5人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/11/01 16:24



■オープニング本文

【これは朱雀寮一年生用のシナリオです】
「皆さん、アヤカシというのはどういう存在か知っていますか?」
 朱雀寮一年生にとって二度目となる実技実習が始まる。
 陰陽寮は学問を学ぶ場であるからして、ある程度の基本のカリキュラムがあり、それに合わせて授業が行われている。勿論、与えられる課題はその年ごとに違うが、基本理念は同じだと聞いている。
 朱雀寮一年の最初の実習は術の応用。
 そして二度目の合同授業が寮長のアヤカシ論になるのは、これもまた例年の事である。
 朱雀寮寮長各務 紫郎(iz0149)の講義は続く。

「アヤカシ、というのは人間が付けた現象の呼称に過ぎません。瘴気から生まれ、人間に害をなす存在を一纏めにしてアヤカシと呼んでいるのです。しかし、一口にアヤカシと呼んでも実際は多種多様な種類、種族が存在し、それぞれがそれぞれに独特な個性、能力を持っているのです。
 それを例えて言うなら天儀人、ジルベリア人、アル=カマル人、修羅、獣人全てを纏めて人と呼んでいるようなもの。いえ、魚、鳥、獣など全てを生き物と呼んでいる、という方が近いでしょう。その生態には謎が多く、種類も多彩。
 次から次へと新種のアヤカシが発見され、既存のアヤカシなども新しい力を身につけはじめるのです。
 故に我々陰陽師は常に周囲を警戒、認識することを怠ってはならず、アヤカシそのものもただ倒す存在と見るだけではなく、それが、どういう力を持つ、どのような存在かをしっかりと見つめる必要があるのです」
 寮生達は寮長の話を真剣な眼差しで聞く。
 実戦でさまざまなアヤカシと戦ってきた経験を持つ開拓者であるからこそ、その言葉に対し、実感を持って頷くことができたのである。
「陰陽寮には今まで確認されたアヤカシの外見、能力など解る限り、情報として収集しています。その量と質は天儀全体でも上位に位置すると言えるでしょう。ですがアヤカシの進化全てを把握しているかと言うと決してそうではなく、まだまだ解らない事も多いのです」
 そこまで言って寮長は言葉を止めた。
 空気が変わる。
 今までの講義と変わる何かを感じて寮生達は背筋を伸ばした。
「五行から西に一日程歩いたところに、魔の森があります。規模はそれほど大きくはないのですが、住まうアヤカシの数は少なくなく、近隣の住民の悩みの種です。その森から最近、珍しいアヤカシ鼠が出ると言う噂があるのです」
「珍しい鼠、ですか?」
 寮生の質問に寮長は、ええと頷く。
「それは、外見はほぼ普通のアヤカシ鼠と変わりありません。ですが能力が格段に違うと言うのです。火炎、雷撃、氷結、さまざまな術を使いこなし、統率力にも優れ、他の鼠を指揮する強さを持つと言います。回避能力に優れる上に直ぐに人喰鼠や苔鼠に紛れてしまう為、発見も困難です。その為、通常であればさほどの脅威では無い鼠たちもさらなる強敵となって周辺の村々を襲っているのです」
 そして寮長は告げた。
「今回の皆さんの課題はこの鼠の調査です。ただ退治するだけならやっかいではあってもやり方はいろいろあるでしょう。しかし、今回はそのアヤカシ鼠の能力を可能な限り調査して来て欲しいのです。勿論、最終的に倒してしまう事は問題ありません」
 つまり、相手を逃がさず倒さず、その能力を見定めることができないといけないわけだ。
 相手が小さな鼠だけにそれはかえって難しいことに思えた。
「ただ倒すだけではなく、相手を良く見ることが大事です。敵の能力を把握する力は今後、必ず重要になりますから。
 なお今回の課題は学年全体の協力、分担が重要となります。成績は個々人ではなく参加したチーム全体で取りますのでよく相談、協力を行って下さい。そして…最も大事なことですが、雑な情報収集は許しません。皆さんの集めた情報は、朱雀の記録に残され、今後のアヤカシ対策の大事な資料となるのです。確実に自分の目で見た情報を集め報告しなさい。期日は一週間です。では、これより開始となります」
 寮長の言葉を合図に寮生達は立ち上がり、動き始めた。
 これは課題である為、余分な情報は与えられない。
 どのように調査を行うかも評価のうちであるはずであった。
「協力、分担…か」
 ただ倒すだけではなく、相手を良く見ることが大事だと言った。
 力だけではできない何かが必要になるのだろう。
 楽しいだけでは無い陰陽寮の授業。
 まだこれはそのほんの入り口であるが、一年生達は改めて背筋を伸ばし、与えられた課題に今、挑もうとしていた。


■参加者一覧
雲母(ia6295
20歳・女・陰
雅楽川 陽向(ib3352
15歳・女・陰
比良坂 魅緒(ib7222
17歳・女・陰
羅刹 祐里(ib7964
17歳・男・陰
ユイス(ib9655
13歳・男・陰


■リプレイ本文

●はじめてのアヤカシ調査
 前回がお化け屋敷、今回が鼠退治。
「やれやれだな。まあ、始めはこんなものか」
 歩きながら雲母(ia6295)は大きく煙と一緒に息を吐き出した。
「鼠、ねぇ…確かに群れると侮れんが」
 苦笑か、はたまた嘆息か。肩に乗る瞬も心なしか似たような仕草をする。
「迅鷹ですか?」
 興味深そうにユイス(ib9655)が瞬を見るがその視線に気付いたと同時、迅鷹は大きく羽ばたきをした。
 明らかに威嚇する様子と
「構うな。怪我をするぞ」
 拒絶のような雲母の言葉にユイスは素直に手を引く。
『大丈夫ですか?』
 心配そうにユイスのからくり雫が問いかけるが大丈夫、と明るく返す。
「やれやれ」
 と口に出したわけでは無いが羅刹 祐里(ib7964)はその様子を見て肩を竦めた。
(今回はなんとかチームとして動けるようにしたいんだけどな…)
 彼はできるならこの移動で雲母とも作戦の話や役割分担についての相談をしたいと思っていた。
 龍で先行した女子二人、雅楽川 陽向(ib3352)と比良坂 魅緒(ib7222)に同行せず、走龍ダフがいるのに皆と歩いている理由はそこにある。
 しかし、雲母はと言えば相変わらず。
「慣れ合わんと言った筈だ」
 と煙管をふかしている。
(とりつくしまもないっていうのはこういうことだな)
 思わず口からため息が零れる。
 出発まで彼は忙しく働いていた。
 図書室で、地図と伝染病の資料を調べ、写しを作り。保健室から手当の道具一式を借り、その使い方を学び…。
 その中で、仲間達と打ち合わせを重ねてきたのだ。
 できる限りの努力で準備をした自信はある。ただ…
「図書館で調べられるような敵なら珍しい相手と言われることもないだろう? やれやれ私以外には基礎をまず教えた方がいいんじゃないかね」
 そんな声がため息とともに聞こえて来る。
「上手く行くよなぁ…。話はしたが伝わった気がしないんだよなあ」
 はあ、と何度目か吐き出される息に、祐里の気持ちを察したのだろうか
「まあ、難しい任務だけど、皆で助けあっていこう。雲母君だって協力しないとは言ってない訳だしね」
 ユイスは肩をポンと叩いて笑いかけた。
 心配したい相手に心配された形になって祐里は頭を掻きながら笑顔を返す。
 多分苦笑いに近いものになっていたかもしれないけれど
「そうだな。こうなったらやるしかない訳だしな」
 自分に気合を入れるように拳を握りしめて、彼は改めて前を見る。
 目的の村はまだ、もう少し先である。

 村の上空をぐるりと駿龍で回る。
 これで三度目である。
「お疲れやな。琴。でももう少しやから、がんばってぇな」
 龍の背中を軽く叩いて労う様に言った陽向は改めて下の方を見る。
「あっち…やっぱり魔の森の方から来るみたいやな。でも逆方向から来てることもある。決めつけは禁物やな。もう少し下に降りてくれへん?」
 駿龍琴が主の言葉に従って、森の木々の様子が見えるところまで降りてくれた時…
「あれは…?」
「陽向!」
 誰かが自分を呼んだような感覚に、陽向は顔を上げた。
 少し首を返せば視線の向こう側で同じように龍に乗った魅緒が手を振っている。
「よし。ちょっと魅緒さんと合流しよ。そろそろ皆も来るかもしれんしね」
 魅緒に手を振りかえすと陽向は琴に合図をして村はずれの広場に向かって降下する。
 彼女の意図が解ったのだろう。魅緒もその後に続くように龍と一緒に地上へと降りてきた。
「ご苦労だったな。カブト。少し休むがいい」
「ねえ、魅緒さん。鼠達どっちから来ると思う?」
 降りてすぐ、前置きなく陽向は魅緒の傍まで駆け寄るとそう聞いた。
 仲間に先行してやってきた二人の役割は情報収集である。少し考えて魅緒は指差す。
「魔の森の反対側、あの山方向では無いかな?」
「やっぱり。うちもそう思うんや」
 陽向も自分の考えの裏付けができたというように頷く。
 移動の際に踏まれたと思われる草の方向、折れた木の方角などから考えると方向が絞れるのだ。
「来てすぐ聞き込みしたんやけど、昼間はあんまり鼠共活発に動き回るってわけやないんやて。被害の殆どは夜に起きてる。あの鼠ら夜行性なんやね。きっと」
「寝込みを襲えば退治は簡単なんだろうが、それでは意味がないのだったな」
「うん。うちらは迎え撃たんとあかん。それに、なんだか思ったより数が多そうなのが心配なんや。だから、やっぱり村の人らには避難して貰わんと…な」
「妾は交渉事は苦手じゃ。そこはユイス達に任せるとしよう」
「そうやね。うち、安全なコース知らせて来るわ」
 そうして陽向は再び空に舞い、魅緒は互いの見た情報を纏めながら仲間の到着を待ったのだった。

●村を襲う鼠の群れ
 やがて後続部隊が到着し、朱雀寮の一年生達が村に揃う。
 全員揃った彼らがまず行ったのは村の状況確認、そして村人達の説得であった。
「確かに、最近鼠どもは数と凶暴性を増してはいます。家の扉を破られそうになったもののいますから…」
 朱花を見せて朱雀寮の寮生と名乗った上でユイスは
「アヤカシはあなた方の考えるよりも数段危険な存在です。鼠といっても侮ってはいけないのです」
 ここまで集めてきた資料を見せながら誠実に説明をする。
「鼠のアヤカシには人喰鼠や苔鼠がいますが、彼らが恐ろしいのは集団で一人を襲って来る点です。多勢と言う力にはちょっとやそっとの力では太刀打ちできません。まして彼らはどうやらただの鼠では無いと思われるのです。今は家に籠ればまだなんとかなるかもしれませんが、せっかく収穫したばかりの食料などを荒らされたら? 真冬に家の中に入って来られたら? 数日、いえ、一日二日で構いません。近くの村などに避難して頂くことはできないでしょうか?」
「村になるべく被害が及ばない様に努力する。今後長くこの村に住む為にも、今、少しだけ我慢して欲しい」
 祐里も頭を下げた。
 五行では陰陽師の地位は高い。まして陰陽寮生ともあれば一目置かれる存在である。
 その彼らに頭を下げられては無下にもできない話だ。
 村長は解りました、と避難の手はずを整えることを約束してくれた。
「だが、全員の避難が完了するのはどうしても夕方から夜になるというから、時間との勝負だな」
 祐里は村長から借りた空き家で仲間達に向けてそう言った。
 10月ともなれば日が落ちるのも早い。猶予はあと数刻というところだろう。
「とりあえず、我とユイスで村人達を安全な場所まで避難させる。話に聞くところによると鼠達も前は家の中にまで入って来なかったのに最近は家の中まで入ってきて人を襲う事も多いらしいから気を付けないとな」
 祐里は村人の傷の手当をしていた時に聞いた話をした。そして
「俺は後方支援の補助に回る。全体の指揮は雲母に頼みたいんだが…」
 仰ぐようにして雲母に視線を送る。だが帰って来たのは呆れたようなため息であった。
「お前、何度言わせたら解るんだ? 私は慣れ合わんと言った筈だ。前衛として敵を観察、叩くのは問題ない。だが全体の指揮だのなんだのを私に望むな」
「しかしだな!」
 掴みかからんばかりの祐里を陽向が止める。
「止め止め。ケンカはあかんで! でも、祐里さん。なんでそうサポートに回りたがるん? もっと前に出てもええ様な気がするんやけどなあ」
「うっ…」
 口ごもって俯く祐里。それを見てユイスは彼に助け舟を出す様に、じゃあ、と声をかけた。
「祐里君はボクと一緒に避難に回ってもらう事で良いのかな? それなら、逃げる最中に敵と接触したら、ボクが相手どるから先導お願いしてもいいかい?」
「それで、構わんさ。そんなのは、朝飯前だ」
 その助け舟に乗って祐里は役割分担を仲間達と確認した。ユイスが以前言った通り雲母も班分けを拒絶したりはしない。
 アヤカシ退治の注意点などや細かい点を打ちあわせた時、村長が避難の準備ができたと告げに来たのだった。
 彼らは立ち上がり、準備をする。
 外はもう夕暮れ。紫色に染まろうとしていた。
  
「え〜と、アヤカシ調査で注意すべき点は…」
 上空から事に乗った陽向が指を折った。上空からの索敵が彼女の役割だ。
 山側の入り口では雲母が地上の索敵を担当することになっている。
 山と反対側の出口からは住民の避難を促している仲間達が見える。
「親玉の本性が鼠かどうか。親玉が何人もいるかどうか。あとは人魂を術と見分けるかどうか。人を捕える様な頭はなさそうやね。あとは移動範囲とか、移動速度とか、指令範囲がどこまでとか…」
 調査であるから簡単に倒してしまってはいけないのだが…敵との戦いの中どこまで調べられるだろうか…。
「さて、そろそろおでましかいな…って、えええっ!」
 陽向は思わず声を上げた。
 予想を超える光景がそこにはあった。
「な、なんやあれは! あ、あかん!! 琴!!」
 渾身の力で呼子笛を吹くと、陽向は琴に高速飛行を命じたのだった。

●誤算と
 こんな筈では無かった。と雲母は思った。
 まさか、たかが鼠にここまで追い詰められることになるとは彼女は最初から欠片も思ってはいなかった。
 まず、最初の誤算は敵の数であった。
 群れとは聞いていた。しかし、まさかこれほどの数がいようとは。
 雲母の目の前にある敵の数は100、いや200。もっとかもしれない。
 森までの一角が殆ど鼠で覆い尽くされていたのだ。
 そしてその数の鼠が一気に雲母に襲い掛かってくる。
 家の中などにいれば彼らはそれを破るだけの術は持たない。
 しかし、一人でいる人間が外にいた時、その数百の目はいっせいに雲母を見つめ、真っ直ぐに襲い掛かって来たのだ。
「瞬!」
 とっさに迅鷹の名を呼ぶと雲母は自分の眼前の一角に向かっての攻撃を命じた。一瞬ほんの一角に場が開く。
 その一瞬の隙に結界呪符「白」を発動させた。出現位置にいた鼠たちが弾き飛ばされるように吹き飛んでいく。
 とはいえ、これが一時の時間稼ぎにしかならないことは解っている。敵は幅2mの壁など簡単に超える広さで向かって来るのだから。
 だからヌリカベの上に飛び乗ってそこから様子を見ようと考えた。
 だが、そこに誤算があったのだ。
 出現した壁の高さは4m。助走なし、足場なしではいかに肉体能力に優れた雲母であろうと飛び乗ることは難しかった。
 何よりあまりにも多い敵が彼女にヌリカベに乗る隙を与えてくれなかったのだ。
 しかも鼠達は気が付けば足元全てを埋める程になっている。
 足を動かせば鼠を踏み、気を抜けば身体に這い登ってくる。
 踏み潰せば消え、叩き潰せば倒れる簡単な敵だ。
 しかし、数が多すぎた。加えて一匹が倒れようと怯むことなく襲って来る。
 とても一人では観察するとか絵を描くどころの話では無かった。
「瞬!」
 雲母が声を荒げる。気が付けば自分を援護していた筈の迅鷹が地に伏している。
 どうやら攻撃にやられた訳では無く、睡眠の術をかけられたようだ。
 その身体を踏みつけるようにまた大量の鼠が
「どこだ? どこにいる?」
 雲母は敵の場所を探ろうと眼帯を外し周囲を見回す。と同時集団の中ごろから雲母に向けて一直線に稲妻が走った。
「くっ!」
 額を打ち抜こうとした稲妻をなんとか手で防御して、
「そこか!」
 眼突鴉の術を発動し攻撃を仕掛けようとする。
 だが目標が定まらない。色も、形もほぼ普通の鼠とそれは変わらないのだ。術を発動した次の瞬間にはもう周囲に紛れている。
「くそっ! 下種鼠が」
 周囲に問題の鼠はいない。
 そう思って崩震脚で周りの敵を吹き飛ばし潰す。けれど、また敵が襲って来る。
 体に纏わりついて来る。
(こんな相手に…)
 雲母が唇を噛みしめたその時だった。
「雲母さん!!」
 声と同時に雲母の真横を炎の獣が駆け抜けて行く。
「火炎獣?」
 振り返るとそこには駿龍から飛び降りた陽向がこちらに走ってくるところであった。
「馬鹿! 何をしている」
「琴! 雲母さんの迅鷹を拾って空に退避や!」
 陽向の命に従って琴が迅鷹を手荒に掴んで空に飛び上がる。身体に纏わりついていた鼠達が地面に落ちて行った。
 その隙に陽向は雲母の左側から彼女の背中に着く。
「話は後や。とにかく数が多すぎやろ? さっき皆にも伝えたから多分、すぐ…ってうわっ!」
 また稲光が走る。今度は陽向の手元を狙って。
 痺れる手を押さえながら陽向は雲母の方を見た。
「さっきのが親玉やろか?」
「おそらくな。だが、直ぐに周囲に紛れて個体を確認できない」
「だったら、親玉がいなそうな所から潰して数を減らしていこ」
 雲母の言葉を確認してから陽向はもう一度眼前に火炎獣を発動させた。一体とは思えない勢いに周囲の鼠が消え、周りにまた少しスペースが開く。
 と同時ドンと音を立てて落ちる大きな岩首。
 開いたスペースにまた仲間達が飛び込んでくる。
「遅れてすまぬ。カブト。お前も攻撃せよ。たかられるなよ」
「っと凄い数だね。静は後ろで先頭補助。無痛の盾を頼むよ」
『解りました』
「ユイスさん。火炎獣の援護ありがとな」
 次々に数が増えて行くにつれて会話中も止まない攻撃に、目の前の鼠の数も減ったように見えてきた。
「仮にもボスだからあれくらいの攻撃じゃやられないよね?」
 希望的観測も含んでいるがそれに応えるように、今度は燃え盛る炎が寮生達の居場所に向けて放たれる。
「わあっ!」
 雫が文字通り盾となったので寮生達の被害は少ない。
「気を付けろ。奴は攻撃術だけじゃなくて睡眠なども使って来るぞ」
「ありゃりゃ。そりゃあやっかいだ。…ねえ、もう少し戦場を後退させられないかな」
 ユイスが仲間達を見る。
「後退って、あと少し下がると村やで?」
「うん、そこにちょっと仕掛けがしてあるんだ」
「解った」
 敵との交戦を続けながら彼らはゆっくりと後退を続ける。そしてユイスが指示した場所までたどり着くと彼らは一気にその場から飛びのいた。
 追いかけてきた鼠達の眼前に火炎獣と縄で編まれた炎の壁が立ちはだかる。
 巻き込まれた鼠の数はまた減り、敵の数はやっと数えられるくらいになった。
「遅れた! でも住人の避難は無事完了したぜ!」
 そこに走龍で祐里が駆け込んでくる。
「これで、皆揃ったね」
 ユイスが明るく笑うと鼠達の方を見る。
 まだどれがボス鼠かはよく解らないがここからは慎重に攻撃していけば絞り込めるだろう。
「まずは目標の発見。それから能力の確認。手分けして行こう」
「俺達が敵を引き付ける。雲母や日向は敵の確認を任せた。ダフ、行くぞ!!」
「さあ、うぬらの相手は妾よ」
「迅鷹は安全な場所に置いてきたね。じゃあ、うちも行くから。琴!!」
 敵に向かって飛び込んでいく仲間達を見つめ、小さく笑い雲母は再び結界呪符「白」を発動させると地面を蹴ったのだった。

●はじめての…
 数日後全ての調査を終え、陰陽寮に戻ってきた寮生達は寮長に集合を命じられ、講堂に集まることになった。
 消耗した体力も練力もほぼ回復している。
 集まった一年生達を前に寮長はニッコリと笑って告げる。
「まあ、そう緊張しなくて構いません。単に先日の実習の結果発表と言うだけですから」
 一年生達の多くの顔色が変わるがそれを気にせず、寮長は手元の書類を見た。
「まず実習の結果から発表するなら合格、ということになります。提出されたレポートはそれなりに纏まっていました。絵も添付されていましたし、能力も良く調べられていました。火炎、雷撃、氷結、瘴気水、無刃、幻覚、暴走、睡眠まで使いこなす鼠ですか。無事に倒せて何よりでしたね」
 ホッと胸を撫で下ろす一年生達。だが寮長の言葉はまだまだ続く。より厳しさを増して。
「ですが、注意点はいろいろあります。特に報告を行わなかった者がいること。毎年一年がいつも注意される点ですが、大きな減点対象ですよ」
「報告?」
 寮生達は顔を見合わせた。
 調査報告は祐里とユイスが中心になって纏め一年生のレポートとして提出した。
 だが、退治と調査で頭がいっぱいで終了報告まで頭が回らなかった者が多かったのも事実であった。
「皆さんは五行、陰陽寮と言う名を背負って行動しています。それは五行から与えられた任務であり、仕事でもあります。
 まず、与えられた任務を終えたらそれぞれが必ず報告を行う事。それは組織に属する者にとっては当然の義務です。今回は報告書の提出までが課題です。仲間に任せきりは良くありませんよ」
 寮長の言葉は正論であり、首を下げてしまう事も多かった。
「次にちゃんと村で事後処理をしてきたかどうか? どうです?」
「あっ…」
 口を押さえる者も少なくない。
 家屋などへの被害は最低限にしてきたが、ちゃんと最後まで村人が安心できる処理をしてきたかと言われるとしてきたと胸を貼れる自信は確かになかった。
「アヤカシを調査すればいい、退治して終わり。ではなく、周囲への注意も払うこと。残ったアヤカシがいないか。また襲われる事は無いかなど。可能であれば原因も調べる。そうしないとアヤカシは黒害虫のようなもの。油断しているとまた同じことの繰り返しになりますよ」
 事後処理まで気を配ったのはユイス一人。
 寮長の言葉は冗談めいているが、一年生の失敗点を鋭く突いていた。
「そして何より、全体での協力をと指示した筈ですがちゃんとした連携がとれていなかったことです。村人の避難を優先したことは評価できますが、その後の対応はどうだったでしょう?」
 彼は言葉を切って一年生達を、正確にはその中の一人を見た。
「例えどんなに力が強くても技に長けていても、一人では多勢の敵に叶わない事もあると身に染みて貰えましたか?」
 視線を感じ目を逸らしたのは雲母だ。無意識に手が眼帯に触れる。
 侮ったつもりは無かったが数が多いと解っていても、たかが鼠。アドバンテージなど簡単に取れると思ったのは事実である。
 勿論1対5なら問題は無い。なんとかなる。1対10でも勝てるだろう。
 だが、1対100となった時、一匹なら足で踏み潰せるほどの弱い鼠であろうと死の脅威となりうることを今回思い知った。
 それを知らせる為の課題であったのかと思うのは勘繰りすぎだろうが…。
「この陰陽寮にある限り、皆さんはどんな高い実力を持つ開拓者であろうと、駆け出しの陰陽師であろうとどんな国の者であろうと、どんな人種であろうと等しく陰陽寮、朱雀の寮生です。そして朱雀寮において協力、連携は重要な習得課題であることを理解して下さい。知識や技術など意欲と時間があれば誰でも習得できます。でも心はそうではないのですから。では次の課題に期待します」
 そう言い残すと寮長は去って行った。
「寮長!」
 立ち上がって後を追いかける祐里。
 他の一年生達はそれぞれに今回の課題の反省を、自らの未熟と共に噛みしめていた。

「寮長!」
 歩み去ろうとしていた寮長は祐里の声に立ち止まった。
「…寮長、我(おれ)のしていることは、チームの為になっていないのだろうな」
「多少、空回ってはいましたがやっていることは間違ってはいないと思いますよ」
「でも…、結果として…」
 振り返り寮長は祐里を見つめる。
 身長、体格は殆ど変わりないのにさっきまでの厳しさとはまるで違う眼差しに見つめられるとまるで子供になったような気分だった。
「陰陽寮にある限り、失敗を恐れる必要はありません。失敗し、ぶつかり合い、後悔し、その果てに得られるもの見つかるものが必ずあると信じなさい」
 寮長はそう言って祐里の肩をぽんと叩くと今度は足を止めずに去って行く。
「失敗を、恐れるな…か」
 小さく呟きながら手を強く握りしめると、彼は仲間達の元に戻って行ったのだった。

 かくして一年生のはじめての調査実習は終わる。
 それぞれに課題と思いを残して…。