【朱雀】委員会勧誘祭
マスター名:夢村円
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: やや易
参加人数: 26人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/10/16 22:48



■オープニング本文

【このシナリオは陰陽寮朱雀合格者専用シナリオです】

 例年になく長く続いた暑い夏も、ようやく終わりを告げて毎日が過ごしやすくなったと感じるある日の事。
 始めての授業を終えた一年生達は寮長からの招集を受けて講堂に集まっていた。
 毎月の定例実習にはまだ早いある日。
 何事かと顔を見合わせる一年生達の前に現れたのは朱雀寮長 各務 紫郎と三年生達であった。

「皆さん。陰陽寮の生活や授業にはそろそろ慣れましたか?」
 まず、前に立ったのは寮長である。
 返事を求める問いではないので、彼は一年生達の様子を見ながら話を進める。
「一年時の授業は実習が主となります。実戦を通して陰陽術の様々な点について基礎を再確認するのが趣旨ですから、今後ギルドの依頼にも劣らないアヤカシ退治を行う事もあるでしょう。いろいろ大変な面もあるかと思いますが、一つ一つの実習や経験を疎かにせずに頑張って欲しいと思います」
 一年生達それぞれの目に浮かぶ決意や、思いを確認して頷くと寮長はさて、と告げて微笑した。
「今回皆さんに集まって貰ったのは他でもありません。皆さんは委員会活動、というものを耳にしたことはありますか?」
 寮長の言葉に一年生達は思い出す。
 そう言えば
『体育委員会に入らないか?』
 と誘われたり
『何の委員会に入るなりか?』
 と問われたことがあった。
 図書室で本の貸し出し手続きをしてくれたのは先輩で、
『委員会っていうのよ。お楽しみに』
 と差し入れを渡してくれた先輩もいた。
「陰陽寮は国営の研究機関であり、陰陽師としての知識を求める者が集う学び舎でもあります。専任の職員は大勢いますが、特に朱雀寮では寮生の自立と勉学の一端として寮生が運営、管理の手伝い等を行う委員会活動を推奨しています。
 寮生は各委員会に所属し、さまざまな作業、実務を先輩、後輩と共に行うというものです。無論、強制ではありませんが、活動の実績は成績に大きく加味されるうえ、実践的な勉強にもなるので参加する者が多いです。皆さんも委員会に所属し、朱雀寮の為の活動に参加して頂きたいと思います」
 例年恒例の説明の後、寮長は後ろに控えた三年生達を目で招いた。
 前に進み出たのはその中の五人、各委員会の委員長だと紹介された彼らは軽い自己紹介をした後、委員会の説明をしてくれた。
 一番最初に進み出たのは銀の髪の少女だった。赤い瞳が印象的な彼女は保健委員長であると名乗り、優しく静かな声で説明を始める。。
「まず保健委員会から説明させて頂きます。保健委員会は陰陽寮内での怪我人や病人の手当、治療にあたる委員会です。実習や実戦で怪我をした時の治療、回復も担当致します。
 陰陽術には、治癒符などもありますが、治癒符は病気の治療はできませんし、失われた体力も戻りません。
 また練力を使い切った後に不慮の事態が起きると言う事もあり得ます。
 それに小さな怪我にまで術を使っていては身体が持つ本来の回復力が発揮できないと言うのが保健委員会の考え方でその為、応急手当の方法や、薬学などを学びます。大切な人を守る力を身に着ける為に、ぜひ保健委員会へいらして下さい」
 次に前に進み出たのは長身の女性であった。
 さっきの保健委員長と同じ赤い目をしていたが、こちらは赤い髪。どこかシャープな外見を見せつつも口調はどことなくほんわりとしている。
「次は図書委員会ですね〜。図書委員会は読んで字の如く陰陽寮の本の整理や管理を行っています〜。いろいろと珍しい本が見られますよ〜。資料を整理したり、新しい本を作ったりもしますね〜。本が好きな人には堪らないと思いますよ〜。興味のある人はぜひ、一緒に楽しんで学んでいきましょ〜♪」
 レディファーストか、三番目に進み出たのも女性であった。
 黒髪、黒い瞳の少女は調理委員長だと聞いている。以前、入寮式の時や歓迎会の時に世話になった覚えがある。
「調理委員会は、陰陽寮の学生食堂のお手伝いがメインの仕事。季節ごとに新作メニューを作ったり、皆で集まった時の料理を作ったり。皆の美味しい、って笑顔と勉強を頑張る活力を作る場所ね。
 食べるのが好きな人、お料理が好きな人、大歓迎よ。
 料理が苦手でも大丈夫。ちゃんと教えてあげるから。どうぞよろしくね」
 次にお辞儀をしたのは銀の髪の青年。用具委員会委員長は手に持った人形を巧みに操りながら腹話術のような声で用具委員会の説明をする。
『朱雀寮で、実習、実験、講義などに使う用具、道具の整備、修補、管理などを行う委員会が用具委員会です。普段見ることの少ないような道具、用具に触れる機会が多いですね。
 一つ一つ、使う理由を持って作られる品々とそれに込められた心を大切にしてくれる方をお待ちしていますよ』
 最後にやってきたのは体育委員会の委員長だった。
 何かにつけて目を引くこの青年は揺るぎない自信と、強い意思を全身に湛えている。
「体育委員会は、各委員会のサポートや実習の準備などが多い。体力資本の委員会だから、体力づくりには力を入れている。身体作りの一貫としてランニングをしたりするが、その過程でアヤカシがいるなら退治にって感じで活動してる、普段は雑用も多いが、実習や実戦で前線に出て皆を守る力を身に着けるのも体育委員会の役割だと思っている。一年間やり通せば得られるものは必ずある。待っているぞ!」
 そして彼らにはチラシが渡された。
『朱雀寮 委員会勧誘祭』と大きく、ダイナミックな文字で描かれたチラシが。

『陰陽寮朱雀 委員会見学、勧誘祭! 父兄、招待客の参加可 。
 五行の子供達の見学も同時に行います。
 興味のある方はぜひおいで下さい。


 保健委員会 場所 薬草園&保健室 薬草茶作り&匂い袋作り
 図書委員会 場所 一年図書室 季節の花を使った栞作りと朗読会。音楽と陰陽術の競演。
 用具委員会 場所 実践準備室 用具・術具・符の展示、他。
 体育委員会 場所 中庭 希望者との組手、演武など。
 調理委員会 場所 学生食堂 料理のアイデアコンテスト 料理の体験実習。作る料理のアイデアも大募集

 皆で力いっぱい楽しみましょう!』

 今年は下町の子供達などにも陰陽寮の一部を開放して賑やかにやるという。
 正に祭。
 寮生達は、迎える方も、迎えられる方もどこか浮き立つ心を押さえられずにいた。 


■参加者一覧
/ 芦屋 璃凛(ia0303) / 俳沢折々(ia0401) / 青嵐(ia0508) / 蒼詠(ia0827) / 玉櫛・静音(ia0872) / 喪越(ia1670) / 瀬崎 静乃(ia4468) / 平野 譲治(ia5226) / 雲母(ia6295) / 劫光(ia9510) / 尾花 紫乃(ia9951) / ユリア・ソル(ia9996) / アルーシュ・リトナ(ib0119) / サラターシャ(ib0373) / アッピン(ib0840) / 真名(ib1222) / 尾花 朔(ib1268) / 雅楽川 陽向(ib3352) / 玖雀(ib6816) / サミラ=マクトゥーム(ib6837) / クラリッサ・ヴェルト(ib7001) / カミール リリス(ib7039) / 比良坂 魅緒(ib7222) / 霧咲 ネム(ib7870) / 羅刹 祐里(ib7964) / ユイス(ib9655


■リプレイ本文

●朱雀寮『委員会勧誘祭り』
 陰陽寮というのはその性質から、基本的に外部の者との関わりを好まない傾向がある。
 特別な式典とかの時以外は関係者以外立ち入り禁止。
 寮生であっても特別な資格を持たない者は入れない場所が少なくない。
 だから今日、こんな光景は稀に見ることだ。
「うわ〜! ここがおんみょうりょうか〜。すっげええ〜」
「ひろ〜〜い! そしてきれ〜〜」
 大きな口をぽかんと開けて建物を見上げる子。おそるおそる門に触れる子。
「わ〜い!」
 と走り回る子。
 子供達が寮内にいるなどということは。
 掲げられた横断幕には
『朱雀寮 委員会勧誘祭り』
 と大きく色鮮やかに描かれている。
「こらこら。あんまり勝手に走り回っちゃいけないなりよ!」
 その下でじっとしていない子供達を集めて平野 譲治(ia5226)が言い聞かせていた
「いってみるものですね〜。こんな賑やかな陰陽寮は始めての気がしますよ〜」
 手作りの地図を渡しながら受付を手伝うアッピン(ib0840)や尾花朔(ib1268)も思わず微笑んでしまう程、微笑ましい風景だ。
 満面の、100%の笑みを浮かべる譲治。その丸い瞳は手のひらに握られた6のサイコロの目を見てから皆に向けられる。
 見守る先輩や招待客、一年生達もつられる程に明るい笑顔で
「朱雀寮の中は広いし、危ないものもいっぱいあるのだ! 迷子にならない様にお隣の人としっかり手を繋いであるくなりよ!」
「「「「は〜〜い!!」」」 
 子供達皆が手を上げたのを確かめて譲治は受付役や、あちらこちらに立つ仲間達に向けて頷くと、高く手を上げた。
「それじゃあ改めて! いらっしゃいなりっ! ここは朱雀寮なのだっ! どうぞごゆるりと!」
 大きな拍手と歓声が『朱雀寮 委員会勧誘祭り』の幕開けを知らせたのだった。

「お祭りや、お祭りや、めっちゃ楽しみやで!」
 さっきの子供達に負けず劣らずの笑顔を雅楽川 陽向(ib3352)は浮かべている。
 比喩では無く尻尾を大きく楽しそうに振って。
 今日は委員会勧誘祭り。
 メインは一年生達がどの委員会に所属するかを決める為の見学会だが、招待客の入場はOKで、今年は一般の子供達も招かれている。
 いわば年に一度の学内発表会。文化祭と呼んでもいいかもしれない。
 飾りつけや準備に先輩達がやっていたのはこれだったのだ、と一年生達は気付き、多くはワクワクと胸を躍らせていた。
 ただ、例外もいる。
「勧誘の祭ねぇ…騒がしいのが好きなこって」
 吐き出す様に言った雲母(ia6295)は軽く肩を竦めるとクルリと人ごみに背を向けた。
「せっかくだ。みんなで、見て回ろうぜ!」
 そう言う羅刹 祐里(ib7964)の誘いに集まった一年生達にも、だ。
「雲母!」
 祐里は呼び止めるが彼女は後ろを向いたまま。
「委員会とやらに入らないとは言ってない。もう体育委員会に決めてるから他の委員会を見る必要は無いだけだ」
 軽く左手を上げてそのまま雲母は歩き去ってしまった。
「はあ〜。雲母は仕方ねえか」
 諦めたように祐里がため息をつく。
「まあ、無理させても…ね。でも、良ければ僕も皆で見て回りたいな」
 一緒に彼女の背を見送りながらユイス(ib9655)は言って仲間達の方を見る。
「こら! 逃げぬ! 逃げぬから私の手を離せ。陽向!」
「あ、忘れてた」
 とパッと陽向が握っていた比良坂 魅緒(ib7222)の手を放した。
「まあ、私も皆と一緒に回りたいと思っていた。せっかくだからな。よろしく頼む」
 少し照れたような魅緒に小さく頷きながらユイスは笑った。
「前回で僕ら1年バラバラだったし、今回の事で少しはお互いをわかる様に親睦を深められたら良いんだけどね」
 一瞬、互いの間にシンとしたものが流れるが、それを祐里は大きく振った首で払い飛ばした。
「終わったことは気にしないで今日は楽しんで行こう! 最初はどこだっけ?」
「先輩は子供達を保健委員会に連れて行ったみたいだね」
「よし! 行くぞ」
 先頭に立って歩き出す祐里。その後をユイス、魅緒が追う。
 最後に走り出しかけた陽向はふと、雲母が去って行った方を振り返るように見つめる。
「雲母さん、もしかして、右手が…?」
 もう遠ざかって見えない程小さい、けれど大きな背中。
「うちが言う事や、気にすることやないのかもしれんけど…」
 囁く程小さな言葉は誰にも聞こえないまま握られた陽向の手の中にだけ残って溶けて、消えて行った。

●保健委員会 優しさの香り
 まず案内されたのは保健委員会の薬草園である。
「うわ〜。凄くいい匂いがする〜」
「これは金木犀の香りですね。今が丁度盛りです」
 子供達の目が輝く中、まず一人の女性が前に進み出た。
「皆さん、今日はようこそ、朱雀寮へ。私は保健委員長の玉櫛・静音(ia0872)です。宜しくお願い致します」
 優雅にお辞儀をすると彼女は自分の横に立っていた少年に目で合図する。
 事前に彼女は保健委員達を集めて指示をしていた。
「今日は外来の方が来られる日。緊張感を持って臨んで下さいね。特に…蒼詠(ia0827)さん。
 貴方は順当に行けば委員長になるのですから、その分しっかりとお願いします」
 先輩からのプレッシャーは重くもあったが
「何時も通りにやれば平気ですよ。お願いしますね」
 静音は微笑んでくれた。今の笑顔はあの時と同じ。
 彼は横に立つ人妖に背を押され、集まった人々の前に立った。
「あの…、僕は副委員長を務めます蒼詠です。皆さんには、まずはここで、薬草や花を集めて貰います。ただ危険な植物や今は熟していない実、休んでいる植物などもあるので採取の時には委員の指示に従って下さい。採取したものを後から保健室に戻って匂い袋や薬草茶に加工します。その時に基本的な応急手当の方法などもお教えしますね」
 蒼詠の言葉にタイミングを合わせて数名の生徒達が集まった子供や来客達に小さな手籠を渡し始める。
「はい。どうぞ。×の印が付いているものは触ってはダメです。○の印が付いてるものも花や木を痛めないようにそっと採って下さい」
「解らないことがあったら聞いて下さいね」
 参加者達にそんな声をかけている保健委員を
「朔君。紫ちゃん」
 ふと呼ぶ柔らかい声があった。
「ユリアさん! いらして下さったんですか?」
 振り返った泉宮 紫乃(ia9951)はそこに大切な幼馴染、ユリア・ヴァル(ia9996)を見つけて破顔する。
「相変わらず陰陽寮はお祭り好きね。可愛い幼馴染たちの晴れ舞台を見に行こさせて貰ったわ♪」
「ようこそ。ユリアさん。ユリアさんもどうぞ楽しんで行って下さいね」
 朔も嬉しそうに言う。
「ありがとう。どんなのがいいかしら?」
「匂い袋を作るなら金木犀がお勧めです。今、丁度花と香りが最盛期です。お茶にするなら薄荷、ビワの葉、オオバコなどがいいですね」
「紫ちゃんは昔から薬湯が得意だったけれど、ますます腕が上がったかしら。胃に効く薬湯を教えて貰った方がいいかしらね。私にじゃなくて、苦労性な私の恋人の為にだけど」
「胃ならゲンショウノコなどどうでしょうか? 今が摘み時ですし」
 盛り上がる少女達の向こうでは一年生達も賑やかだ。
「ただの花や草に見えるのに、これが薬になるんだ。面白いよな」
「そうやね…あ、つわぶきや」
 祐里と一緒に薬草園を回っていた陽向が声を上げて木の影を指差した。
「ツワブキ?」
 見れば黄色くて可愛らしい花が咲いている。
「可愛い花ですが、それも薬草ですよ。ほら、これを見て下さい」
 蒼詠が差し出した資料を一年生達はマジマジと見つめる。
「茎や葉を、打撲や火傷、湿疹の治療に用いるんか」
「でも、陰陽師には治癒符がある。火傷や外傷に使う薬はあまりいらないのではないか?」
 素朴な一年生の疑問にそうですね。と頷きながら、だが蒼詠ははっきりと言う。
「治癒符は便利ですけど、あまり軽々しく使い過ぎると身体が本来持つ治癒力が弱まると言われています。術以外の治療の術(すべ)を習う事は今後きっと役に立ちます」
 それは代々の委員長から次の委員長へと受け継がれている保健委員の理念でもある。
 その真っ直ぐな目を一年生達。特に祐里は強い眼差しで見つめている。
「…そろそろ、いい? 保健室に…戻って匂い袋、作りましょう。…お茶も入れるし、お菓子もある…から」
「お菓子!!」
 保健室の準備をしていた瀬崎 静乃(ia4468)の呼び声に子供達は目を輝かせて走り出す。
 その後を、ゆっくりと美しい秋の薬草園を見ながら、一年生と来客達は歩いて行ったのだった。

●用具委員会 踊る人形
 その部屋には色々なものが並べられていた。
「うわ〜。おもちゃ箱みたいやね〜」
 面白そうに陽向が声を上げる。
 委員会室には符や人形が種類ごとなどに分類されて綺麗に並べられている。
「符もいろんな種類があるんだな。知らぬものも多い」
 符だけでも20、いや30近く並べられていて、その全て種類が違う。
「描かれている絵もいろいろあるんだね。龍に朱雀、桜の花や紫陽花。神様や、アヤカシ…わっ。もふらもある」
「これも、符、なのか? なんだか針みたいだけど」
「ああ、それは陰陽符『黒針』っていうんだ。戦いとかの時、陰陽師と悟られると困る場合もあるだろう? そんな時のカモフラージュの意図があると聞いたよ」
 そう説明してくれたのは用具委員会の副委員長の清心という二年生であった。
「ここにあるのは符と人形だけだけど、陰陽術は応用範囲が広いから、それに合わせて道具もいろんな種類があるんだ。最近はジルベリアとかから逆輸入されているものもあるんだよ」
 一年生や子供達の質問に答えながら丁寧に説明をしている。
「こっちは呪術人形かあ。呪術人形っておどろおどろしいもんが多いと思とったけど…えらい、可愛いもんもあるんやな」
 陽向が手に取ったのは『くまさん人形』である。
 その横には呪術人形『けろよん』に『もーすけ』。
 手にかぶせて遊びたくなるくらい可愛い。
「「ねえ、うしくん?」「なんだい? かえるくん?」なあんてな」
「ねえくじゃく〜。あれ買って〜」
「こら、あれは売り物じゃない」
 展示物に見学者が夢中になっている頃。
『ではみなさん。そろそろこちらへどうぞ〜』
 シュタッと、場の中央に可愛らしい人形が現れてぺこり、お辞儀をした。
 わあっ、と周囲の歓声が上がる。
『私は、用具委員会委員長の青嵐(ia0508)です』
 そう言ったのは勿論人形では無く、操っている人間であるが、腹話術を使っているのか本当に人形がしゃべっている様に見える。
『二年生になると陰陽人形を作ってみる実習などもあります。今日、皆さんには本物の呪術人形ではありませんが、実際に人形を作って貰おうと思います』
 そう言うと人形と委員長は先に立って歩き始めた。
 見学者達も後に続いて行く。
 会場には机が並べられていて、釘やトンカチ、のこぎりなどの木工道具、糸や布や紐、リボンなどの入った瓶。絵の具、筆などの道具と共にたくさんのパーツが入った箱が乗せられている。
「うわっ。手や足がいっぱい。なんかシュールやね。でも、意外とちっさい?」
『手のひらサイズの人形制作を体験して頂きます。手順は教えますから自由にやってみて下さい。ただ、道具は危険なものも多いのでふざけたりだけはしないように』
「一年ぶりだが、相変わらず面白い所だな。陰陽寮は」
「なんだか、ワクワクしますわね」
 来賓であるサミラ=マクトゥーム(ib6837)とアルーシュ・リトナ(ib0119)も楽しげにパーツを取る。
 保健委員会見学までは招待してくれた真名(ib1222)が案内してくれたのだが
「真名先輩! 調理の人手が足りません!」
「お願いです。戻って来て下さい」
 半泣きの後輩や厨房の職員に呼び戻されてしまったのだ。
「お客様のご案内でお忙しいかとは思うのですが、すみません」
 二人に向けて頭を下げる後輩にいいんですよ。とアルーシュは微笑んでみせる。
「いいんですよ。彼女も上級生ですからね。皆さん、遠慮なく、真名さんに頼って下さいね。気持ちに応えて下さる方ですから」
「あはは、「真名先輩」なんて私の知らない顔かも、素敵だね。こっちは気にしなくていいからしっかりやってきな。ああ、そうだ。その代りに私の国で「アル=カマル甘味マップ」を作った真名先輩に甘味をリクエスト、しようか。とっておきの甘味を頼むよ」
 二人はそう言って真名を送り出したのだ。
 案内役はいなくなったが、皆と一緒にこうして歩いていればそう困る事は無い。
 のんびりと祭りを楽しむことにしたのだった。
 さて、用具委員会の人形作り。
 道具はなんでも用意してあり見本もあるが、作り方を教えてはくれないので参加者達は試行錯誤しながら人形を組み立てて行く。
 勿論、子供達ができない所には委員達が指導に入るが
『上手くやろう、斬新なものをと気負わず、ゆっくり進むべきです。皆唯の人間で、唯の寮生…学生なのですから』
 と委員長はニッコリ微笑んでいる。
 元々、作り方そのものは難しいものではないので、暫く後、子供も大人も一年生も、来賓も含めて全員が人形を完成させる。
 ネジで手足を止めてある可動式、糸を付ければ操り人形にもできるタイプのものだ。
 面白いものでパーツは殆ど同じものであるのに、人形は一人一人まったく違う顔をしている
『皆さん、上手にできましたね。では、一つお借りして…』
 そう言って青嵐は子供達の一人が作った人形を手に取ると、糸をかけひょこりと動かした。
「わああっ!」
 子供達の目が輝く。自分達の作った人形がまるで命を持っている様に動いているのだ。
 自分達もと人形に糸をつけ、動かそうとする子も少なくない。
 勿論、操り人形を動かすと言う事はそう簡単では無いので糸を絡ませてしまっている子が多い。
 泣き出しそうになる子もいるが
「先輩みたいに操るのには時間がかかるだろうけど、どんなことでもやりたいと思えば絶対できるからね」
 と清心に慰められてまた頑張っている。
 それを見ていた一年生達の横に、気が付けば委員長がいた。
『我々は、目立つもの、派手なものではありません。そういうのを好む場合は不適だと思います。
 人の下に立ち、他の人を支える役割です。だけど、支えるのには何よりも実力が必要です。今は無くても、実力をいつか身につける。そんなやる気と自信がある方だけ、どうぞ』
 静かに告げられた言葉を、一年生達は楽しげに笑う子供達を見つめしっかりと噛みしめていた。

●図書委員会 夢の国へ
 図書室というものは通常私語厳禁が基本である。
 だが、今日はいつもと少し様子が違っていた。
 〜♪〜〜♪〜♪
 サラターシャ(ib0373)の奏でる黄金の竪琴とクラリッサ・ヴェルト(ib7001)のオカリナが美しく響く。そしてその調べに合わせて物語が語られていたのだ。
「そうして、ジンの少年は月を見上げてアヌビスの巫女に言いました。
『大丈夫。僕は一人じゃない。友がいて、仲間がいて、そして君がいる。絶対に負けはしないのだと』
『ならば、どうか約束して下さい。
 決して命を投げ打つことはしないと。そして、必ず生きて戻る、と…』
『必ず。その時、僕は…』」
 朗々とした声で物語を語るのはカミール リリス(ib7039)。
 図書委員会の出し物は朗読会と栞つくりと決まり、二年生達を中心に字が読めない子や本になじみのない子にも物語の楽しさを知って貰おうと音楽とコラボレーションした舞台を作り上げたのだ。
 言葉だけで語られる物語。
 絵や動く人形は無いけれど、だからこそ音楽と場面ごとに変わる背景が、物語の世界。夢の国へ子供達を誘うのであった。 場面ごとに楽器を入れ替えるサラターシャの演出にも皆引き込まれている。
「誘われているのは子供だけでは無いみたいだけどな」
 苦笑しつつ玖雀(ib6816)は横に立つ劫光(ia9510)に
「今日は誘ってくれて有難うな」
 朗読を邪魔しないように小さな声で告げた。
「楽しんでいるか?」
 その問いにああ、頷いた後
「俺以上に、あいつがな」
 彼は斜め前で子供達に混じりって話を聞く赤い髪の少女を指差した。
「ああ、あの子がネム(ib7870)か?」
「そうだ。祭りに行くと聞き勝手に付いて来ちまったんだが、もう好き勝手遊んでるよ」
 保健委員会ではハンカチに風で落ちた金木犀の黄色い花を包んで匂いを嗅いでみたり。用具委員会では作った人形に服を着せたりと大はしゃぎだった。 人形買ってとせがんだりもしていたっけ。
 そして今は今で子供たちに交じって図書委員会が語る冒険譚を興味津々で聞いている。
 彼女はここが多分、陰陽寮だと言う事さえ気づいていないかもしれない。
「まぁ祭りは賑やかな方が良いだろうから問題ねぇか?」
「ああ、楽しんでくれてるならそれでいい」
 気が付けば物語はクライマックス。
『そうして、ジンの少年は巨大なサンドワームの前に立ったのでした。
「援護するぞ!」
 頼もしき砂迅騎の一族の声を聞きながら、少年は敵を睨みつけます。
「ここまで来るのに沢山の人に助けられた。僕は、絶対に負けられない!」
 こんなところで立ち止まるわけにはいかないんだ!!!』
 ピピン!
 と俳沢折々(ia0401)の奏でる三味線が緊張感を表現するように鳴り響く。
 シンと静まった部屋。聞こえるのは唾を見込む音だけ。
「…そうして、ジンの少年は長い戦いの末、ついにサンドワームを倒したのでした。
 まるで砂塵に溶けるように瘴気に還って行くサンドワームを見つめながら、しかし少年は思いました。
 これで終わりでは無い、と。
 背後でこれらを操り、人々を苦しめる大アヤカシを倒さなければ終わりは来ないのだと。
 少年は自分の横を見つめます。傍らには友や力を貸してくれた仲間と大切な人。
 この勝利は決して自分一人では得られなかった。
 だからこそ、負けるわけにはいかないのだ。と。
 少年の旅は続きます。いつか宿敵である大アヤカシを倒すその日まで。
 その道は険しく、遠くに。 けれどその道は決して孤独ではないのでした」

 リリスの語りの終わりと共に、サラターシャとクラリッサ。折々の三重唱となった楽器の調べ緩やかに消えて行く。
 少年の道行きを暗示するかのように空に飛んだ白い鳥もすうっと消えていった。
 溢れる満場の拍手。 子供達の歓声もそれに重なった。
「ステキですわね。子供達もあんなに喜んで」
 アルーシュも吟遊詩人としての原点を思い出したようで心からの賛辞を贈る。
「ねえ、続きは?」「その後どうなったの?」
 子供達がリリスを取り巻くが
「それは、また、ね」
 と軽く片目を閉じて笑って見せた。
 次は伴奏をしていたサラターシャの独奏である。
「古い楽譜をいくつか奏でさせて頂きます。聞いて下さいね」
 そして彼女は歌った。
 自然の美しさを。流れる水の輝き。美しく咲く花々。萌える緑。流れる風の歌を。
 四季の移り変わりの中で謳われる、命の煌めきと大いなる恵みへの感謝を。
(人は多くの人や自然に育まれ望まれ、生きているのだと伝えられたら)
 彼女の思いは歌に乗って静かに、だが確かに聞く者の心に響いていく。
 再び溢れる拍手にサラターシャはゆっくりとお辞儀をした。
 演奏が終えた二年生に微笑んで後
「じゃあ、今度はまた栞つくりの続きをやろう? お花だけじゃなくてお話の絵を描いてもステキだね」
 折々が子供達を呼んだ。それに伴い
「お姉ちゃん! ジン描いて!」「僕はサンドワーム自分で描くぞ」
 賑やかな声も移動する。
「はい、お洋服が汚れないようにエプロンをどうぞ」
 サラターシャは子供達の面倒を楽しそうに見ていたが遠慮がちに佇む一年生に笑顔で声をかけた。
「どうぞ楽しんでいって下さいね」
 それをきっかけに少し離れた所で、一年生や来賓たちも栞作りに入ことにしたのだ。
「せっかくだから、楽しんでいってね」
 こちらを担当するのはクラリッサだ。リリスは向こうで子供達に囲まれている。
 三年生は裏方。バック絵や小道具などを用意したり、片づけたりしている。
「ふむ、先輩、最上級生と言うのはなかなかのものだね」
 縁の下の力持ちに徹する彼女達を見てサミラは笑んだ。
 一年ぶりの陰陽寮。だが、去年とは違うものがいろいろ見える様な気がする。
 それは、自分が変わったからだろうか?
「ねえ〜。くじゃく〜。これに絵描いて〜」
「絵? 何描けっていうんだ? こっちの花とかでいいんじゃないか?」
「んじゃ〜、おはなとえ〜」
「こら! 劫光、手伝え!」
「悪い。次は体育委員会に来るそうだから、準備に戻る」
「おい! …だああっ! もう何がいいんだ?」
 子供達のテーブルほどではないが賑やかになってきた中で、ふと陽向は用意してあった押し花の中にあるものを見つけていた。
「あ、ツワブキの花がある。…先輩。花言葉の本ってあるやろか?」
「ん? あるよ。はい、どうぞ」
「おおきに」
 差し出された本をぱらぱらと開く。
「『謙譲』『困難に傷つけられない』…先輩。この花の栞、作ってもいいですか?」
「いいよ。花言葉とか、花を組み合わせるなら色合いの調和も重視して」
「はい。一年の皆に…今のうちらには、必要な言葉やと思うから」
 そして陽向は完成した栞を大事に、愛しげに見つめたのだった。

●体育委員会 強さと決意
 今日は祭りの日だが、人がいない時にはそれなりに静かな陰陽寮で
「ん?」
 静乃は廊下を歩く足を止めた。
「鳴き声? 誰?」
 小さいが確かに鳴き声が聞こえて来る。静乃は周囲をゆっくり見回すと泣いている女の子を見つけたのだった。
「…どうかした、の?」
 聞いても泣きじゃくる子は興奮してしまって耳に入らない。
「…どうしよう…。うん」
 少し考えていた静乃は小さく術を唱えると指をくるんと回して手のひらを子供の前に見せた。
 それは仔犬のさらに小さい、いわば子わんこ。
「わあっ!」
 びっくりしたのか少女の涙がピタリと止まった。
 さらに、小鳥、子猫、鼠と創ってまた子わんこに戻す。
 子わんこは手のひらからぴょいっと静乃の肩に飛び乗ると静乃と一緒にニッコリと笑った。
「…泣いてばかりだと、僕の肩に乗っている静わんこが笑うよ」
 今度はわんこが少女の頭にぴょんと飛び乗った。少女はわんこを捕まえようと手をぱたぱたさせる。もう涙はすっかり乾いていた。
「あのね。まいごになったの。みんなといっしょにあるいていたんだけど、しおりをおっことしちゃって、さがしてたら、みんないないの〜」
 子わんこが少女の手の中に移動し空いた頭をよしよしと静乃は撫でる。
「…栞、ってことは図書委員会は、終わり。…次は体育委員会。…解った。連れてったげる。おいで」
「うん!」
 静乃は女の子の小さな手と自分の手を繋ぎ、ゆっくりと中庭に向かって歩き出した。

 中庭に二人が入ると、譲治がすっ飛んできた。
「ああ! 良かった。探してたなりよ!」
 少女を探していた譲治はホッと胸を撫で下ろす。
「さあ、早く! 今、委員長の剣舞が終わって、璃凛の演武が始まるなりよ!」
 譲治が指差す方を見つめれば副委員長である芦屋 璃凛(ia0303)が剣を構えて演武を披露している。
 男子的な力強く舞ったかと思えば、女子的なしなやかさや美しさなどを出すソロパートもある。
 まるで羽ばたく鳥のような優雅で緩やかな動きだ。最後には剣を持ちポーズを決める。
 凛としたその姿に拍手が上がった。
「なかなか見事ね」
 ユリアも素直に賞賛するほどにそれは美しい舞だった。
 ぺこりと頭を下げて場からはけた璃凛と交代するように譲治が前に飛び出る。
 演武を図解した紙を前の壁に貼り付けて
「よーし! 次は皆で今のをやってみるのだ。簡単なところ教えてあげるなりから、一緒にやってみようなのだ〜」
 子供達の前で手を振った。
 呼び声に応じ子供達が前に集まってくる。
「演武って危なくない?」
 そんな心配の声もあったのだが
「体験してみないと、文字通り身にならないなりよっ! 確かに動いたら怪我するかもだけどそんなときの対処も必要なのだっ! 効果的な方法を教えてもらおうなりっ!」
 譲治はそう言うと
「保健委員!」
 手を大きく振った。
 その先には委員長をはじめとする保健委員達が救急箱を片手に見守っている。
「怪我をしない事も大事なりが、怪我をしてその痛さを知ることも大事なのだ。それ、右手を前に出して、一・二!!」
「一・二・三・四!」
 子供達の元気な掛け声が響く。
 準備やプログラム作成、前に貼った張り紙作りまで、璃凛の今日までの仕事は明らかにオーバーワークであったが、子供達の笑顔を見ると疲れも吹き飛ぶ。
「はい! 後はそれぞれ練習してみるなり。毎日頑張ればきっと強くなれるなりよ!」
 子供達に一通り教え終ると、
「さて」
 と今まで劫光が立ち上がった。
「ここから先は体育委員会との組手だ。希望者はぜひ、名乗りを上げてくれ」
 周囲に声をかけるといくつかの手が上がった。
「飛び入りはOKかしら?」
 そう劫光に片目を閉じて見せたのはユリアであった。
「ぜひ、手合せを願いてえ!」
 そう立ち上がったのは祐里である。
 そして意外にも今まで退屈そうに煙管をふかしていた雲母が
「譲治。暇つぶしにやってみるかい? 例の賭けはまだ有効ってことで」
 と笑って見せる。
「よし、どうせなら三組合同でやるか」
 再び歓声が上がる。こんな場面は滅多に見られないだろう。
「始め!」
 と言う声と共に三か所からそれぞれ、見事な対戦が始まった。
「さあ、踊りましょう!」
 闘布を翻し受け流しながら、月歩で攻撃を足取り軽く躱すユリア。
 一方の劫光の攻撃は力任せに見える豪快さだが、実は巧みに計算されている。
「ご〜こ〜! がんばれ〜〜!!」
 ネムが無邪気に手を振る横で、
「流石だな」
 玖雀は一つ一つの動きをじっくりと見つめ、頷いた。
 一方では二年生璃凛と一年生祐里の攻防が続く。
「修羅の力、見せてもらうよ」
「副委員長手加減は、しなくて良いよな女でも手練れは多いからな、修羅はな」
 その言葉通り互いに手加減などしていない。
 力や体格では祐里が勝っているが、技術などは璃凛の方が上だろう。
 どちらも引かない戦いに子供達も手に汗を握っている。
 譲治と雲母の戦いは雲母の方が明らかに格上に見える。
 片手でもまるで踊るようだ。
 だが、譲治も負けてはいない。小柄な体を最大限に活用して雲母をかく乱している。
 どこを見ていいのか迷うほどに見事な戦いが続いていた。
 陽向と魅緒もその戦いを見つめている。
「うわっ! 凄い凄い!! 演武でもワクワクやったのに♪」
「楽しそうだな。野生の本能か?」
「?…うち犬ちゃうもん、狼やもん」
「よく解らんが…しかし、劫光め。妾を放って置いて何を楽しそうに戦っておるのやら。…というか何故勧誘に来ない…。人を寮に誘っておきながら…なんか段々不愉快になってきたぞ…」
 魅緒がそんなことをぶつぶつと呟いている間に
 わああ!!
 中庭を揺るがすような歓声が上がった。
 改めて場を見ると三組とも勝負はついたようだ。
 三人の体育委員がそれぞれ、立っている。
 大きな拍手を受けて、三人はそれぞれの相手を助け起こすと深く、観客に向けてお辞儀をしたのだった。

●調理委員会 美味しい笑顔
「さあ、最後は調理委員会の美味しい料理で締めましょう。沢山作ったからいっぱい食べて!」
 委員会勧誘祭りの最後に辿り着いたのは陰陽寮の学生食堂であった。
「まずはリクエストが多かった秋の味覚、ね。キノコたっぷりの山菜おこわのお握りに、新鮮秋刀魚の塩焼きとマリネ。
 変わった所ではレンコンの三食はさみ揚げ、それからさっぱり、サツマイモと蕪の落し揚げもあるわよ」
「それからもうすぐ、ハロウィンということでカボチャの料理も作ってみました。定番のかぼちゃの煮つけから、カボチャのスープに、クッキー、ケーキ。 ゴマ南瓜に肉みそあんかけはいかがでしょうか? 」
 調理委員会委員長の真名と副委員長の彼方が、テーブルいっぱいに料理を並べていく。
「調理委員会については解説はいらないわよね。とにかく皆に美味しいものを食べて貰うのが活動の全てよ。美味しいって幸せな事だから。そんな笑顔を作りたいと思うの。良かったら入ってね」
 そう言って片目を閉じると真名はまだまだ料理を運んでくる様子だ。
「これは我が作った。料理アイデアコンテスト、というのでな。カボチャと山の幸のキッシュ。良かったら味見をしてくれ」
「それは朔の手作りハンバーグと、クッキー。ケーキね。こっちは皆からのリクエストね。南瓜豆腐と、あま〜いリンゴと梨のタルトと、もっと甘いサツマイモのスイートポテト。南瓜のクリームパイもあるわ。陽向ちゃん。それからサミラ食べてみて…それから、姉さんはこっち」
 真名は小さなお椀をアルーシュに差し出した。
 仄かなぬくもりの紅い椀。
 蓋を開けると中にはサトイモとキノコの吸い物が入っていた。
「色々、考えたんだけどやっぱり、天儀の秋を楽しんでもらうのが一番だと思ったから」
「ありがとう。頂きますわ」
 抱きしめるように優しく、アルーシュは椀を口元に運んだ。
 決して派手な味わいでは無いが、真心の籠った基本に丁寧な、天儀の味がする。
「とっても美味しいですわ」
 アルーシュの賛辞に真名はホッと胸を撫で下ろしたようだった。
「陽向ちゃんやサミラはどう?」
「冷たくて、可愛くておいしいんや! 見てこれカボチャの形しとるんやで。しかも海苔で目鼻作ってあるん!」
 頬っぺたを押さえる陽向は嬉しそうであるが、サミラは黙々と食べるのみ。
「あれ? 口に合わなかった?」
 心配そうに聞く真名にサミラは箸を置いてぽつり、呟いた。
「…甘さが足りない、かな」
「えっ? 砂糖、味のバランスが壊れないまでにいっぱい入れたのに!」
 からかう様に笑うサミラの言葉に真名はガーンという音が聞こえてきそうなほど、ショックを受けたようだった。
「わかった! 待ってて、今作り直して…」
 今にも走り出さんばかりの真名の服の端をサミラが握る。真剣な顔で真名を見つめていたサミラは
「あはは、うそうそ。美味しいよ」
 今度は素の、本当に楽しそうな笑みを浮かべて見せたのだった。
 さて別のテーブルでは魅緒がぱくぱくと、料理を口に運んでいた。
 一番食事に没頭していたと言えるかもしれない。
「調理委員会か…「食べる」のが楽しい事だというのはここに来ての収穫ではあったな」
 サラダにスープ、魚のマリネと食べ進んで魅緒はある皿の前に足を止めた。
 目にも鮮やかな赤い料理。
「な、なんだこれは?」
 ひき肉の間に白い豆腐が浮かんでいるのが見える。豆腐料理ということだろうか?
 でも赤い。
「どれ、食うても良いのか?」
 レンゲで料理を小皿にとり、一掬い。
「――!! これ……は……!」
 思わず魅緒は口を押さえた。涙が出そうになるくらい、辛い。
 それに気付いて慌てて真名が走ってくる。
「わっ! ごめんね。それは超激辛麻婆豆腐なの。普通の人だと辛くて食べられないみたいなんだけど…大丈夫?」
 心配そうな真名の前で魅緒は泣きながらもスプーンを止めない。
「た、確かに辛いが、美味い…。癖になりそうだ」
「ありがとう! 良かったら作り方を教えてあげましょうか?」
「しかし妾は作るのは下手じゃからの…。一から教えて貰えるか?」
「意外と簡単だから、大丈夫」
 二人は厨房に向かう。包丁の持ち方から鷹の爪の種の取り出し方。
 味の一工夫まで教わって、麻婆豆腐の二皿目ができる頃には、魅緒は真名とすっかり打ち解けていた。
「料理というのは面白いものだな。何の変哲も無いものが美味へと変わって行くとは」
「どう? 調理委員会に入ってみない?」
 真名の言葉に
「入ってみようかの…」
 魅緒は自分でも驚く程素直にそう思っていた。
「うん、打倒体育委員会!」
「? まあ、その意気ね。歓迎するわ」
 パチパチ。ふと真名が振り返ると厨房の入口にアルーシュとサミラが立っていた。
「流石、先輩。いいもの見せて貰ったよ」
「陰陽寮でしか見れない真名さん。素敵ですね」
 そう優しく微笑むとアルーシュは小さな栞をそっと真名の手に握らせた。
 白い睡蓮の花びらの押し花。
「あと一年。最上級生としての責任も課題も重いでしょうけれど。真名さんなら、皆さんとなら大丈夫でしょうから…。 ね? サミラさん。卒寮されるその時を、姿を楽しみにしていますね」
 頷くサミラとアルーシュの言葉に、真名は目元を擦る。
 睡蓮の花言葉は信頼。
「ありがとう。その信頼に応えられるように、私、頑張るから」
 真名は後輩の前ではっきりとそう誓ったのだ。

 そして委員会勧誘祭りは大宴会となる。
「このハンバーグ、美味しいわ。…朔君の作ね」
「解りましたか? レシピ用意してありますから持って行って下さいね」
「朔さん。子供達がお変わりが欲しいと言っていますが」
「はい。待って下さいね」
 楽しそうな幼馴染を見てユリアも微笑む。。
「お疲れさん!」
「ありがとな」
 首にタオルを巻いたままの劫光は
「くじゃく〜。けーきおかわり〜〜」
「まったく、世話の焼ける」
「まあ、うちの副委員長も似たようなもんだ」
 劫光はお菓子や料理を食べまくり、満腹になって寝てしまったネムと疲れて寝てしまった璃凛を玖雀と一緒に柔らかい笑顔で見つめている。
「譲治…火、っと禁煙だったな」
 煙管を差し出した雲母がひっこめるより早く譲治が火をつける。
「いいなりよ。ハンデ戦だったし、運が良かっただけだって解ってるなりから。でも次は負けないのだ!」
「まあ、次は負けないがな」
 煙管をふかす雲母に譲治はふと心配そうに問う。
「でも本当に体育委員会でいいなりか? 大変なりよ」
「どこでも私はいーんだよ、選んだ理由は譲治がいるからだ」
 雲母はまだ「体育委員会」を良く知らない筈だ。
陽向とユイスも並んで料理を楽しんでいる。
「ねえ? もう委員会決めた?」
「現時点では図書委員に一番興味を持ってる。先輩も優しそうだしね。 でも、もうちょっと考えたいかな?」
 委員会を決めた者もまだ決めかねている者も、各委員会の寮生達もそれぞれ、今、この一時。
 料理と皆の笑顔の溢れる時間を賑やかに、でも穏やかに楽しむのだった。
「今日は二人ともありがとうございます」
カミールは伴奏を勤めてくれた仲間二人に礼を言う。
「いいえ。お疲れ様でした」
「二年生ちゃんたち。今日はお疲れ様」
 折々は少女達にジュースを配りながらそう労った。
「ありがとうございます」
サラターシャはコップを受け取り回す。クラリッサからリリスへ。
仲の良い三人に折々は優しく微笑んで告げた。
「今日のこの日を、忘れないで。二年生はそろそろ授業も大変になってくる頃だね。
 だけどだいじょうぶ。今、この瞬間の楽しい思い出があればきっと乗り越えられるから」
 折々の言っていることが本当に何を意味しているか、まだ二年生達は解っていなかったろう。
 でも言葉に秘められた優しさは理解できたから
「「「はい」」」
 三人はそれぞれに頷いたのだった。

●朱雀寮委員会
 全てを終えた朱雀寮。
 今回の委員会勧誘祭りは文化祭として大成功であったと言えるだろう。
 招待客の子供達は全員がお土産を抱え、満面の笑顔で帰って行った。
「ぼく、ぜったいおんみょうじになって、おんみょうりょうにはいる!」
「僕も」「私も」
 あの笑顔は得難いものであったと、誰もが子供達の招待の成功に充実した思いを感じていた。
 しかし片付けを終えた蒼詠は
「一人でも良いから、保健委員会に来てくれると嬉しいのですが…」
 ため息のようにそう吐き出す。
「心配なんですか?」
 気遣う紫乃に、はいと蒼詠は答える。
「先輩達から受け継いできた思い。それを僕は次の代へ伝えられるのかなあって思いまして」
「それなら大丈夫のようですよ」
 寮長に今日の報告をしに言っていた静音が部屋の中に入ってくると同時にそう言った。
「それは…誰か保健委員会に来てくれるってことですか?」
「ええ」
 微笑んで彼女は申請書の写しを見せる。
『保健委員会に所属します』
 それにはしっかりとした字でそう書かれていた。
「他の委員会はどうですか?」
 少し心配そうに朔が問う。
「現時点では体育委員会に一名、調理委員会に一名。希望が出ているようです。後の二人はまだ。検討中、ということのようですね」
「今回の五人が各委員会に一人ずつ、というのは望み過ぎ、ですかね?」
「まあ、それは一年生が決めることですから私達が言う事ではありません」
 委員会活動は授業だけ、実践だけでも得られない技術や知識を学ぶ場所。上級生と下級生が共に朱雀寮を楽しむ所。
 できれば皆がその楽しみを感じることができたらと願いつつ、小さく笑った静音は寮長からの話を思い出していた。
『寮長』は今回勧誘祭りに子供達を招待したこと。
 広く門戸を開けた事を褒めてくれた。
 しかし五行の上役などからは
「陰陽寮の権威が失われる」
 と反対意見もあったらしい。

「新儀の発見や新しい国との交流、未知のアヤカシや生物。陰陽師や陰陽寮もいつまでも今までのような象牙の塔ではいられないでしょう。新しい風、それは皆さんなのです」

 寮長はそう言っていた。
「私達も今のままで安穏としていてはいけませんね。常に前を見て進んでいく覚悟で無いと」
「はい!」
 蒼詠は強い決意と覚悟で返事をした。

 朱雀寮の新しい一年。
 その本当の『生活』が、ここから始まって行く。