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■オープニング本文 【このシナリオは陰陽寮朱雀 三年生用のシナリオです】 さて、一年生、二年生が今年度初めての授業にそれぞれの立場で動き始めた頃。 そして三年生の授業の前。 彼らは、用具委員会が見つけたある道具を前に集まっていた。 「…これは、縄?」 『ええ、三年生用の倉庫の中にあったものですが、ちょっと気になることがあって借りてきてしまいました』 そう言いながら用具委員長はそれを手に取る。 教卓の上に置かれたそれ見かけは普通の縄に見える。 実際材料そのものはごく普通の、糸や布などである筈だ。だが符で封じられている縄など普通はないだろう。 それに触ってみると普通の物とは明らかに違う「何か」を感じる気がする。 それが、何かと言うと具体的には言えないのだが…。 「なんか、こう…術道具と近い感じがするんだけど…」 「おや、そこにあったのですか。探していたのですよ」 「!!!」 背後からそんな声が聞こえて、三年生達は慌てて振り返った。 そこにはニッコリと微笑む朱雀寮寮長 各務 紫郎がいる。 「なかなかいい洞察眼です。丁度いいから説明しましょう。皆さん、席に着いて」 慌てて席に着く彼らの挨拶が終ると、寮長は教卓に残されていた縄を手に取った。 「これは封縛縄と言います。読んで字の如く。アヤカシの力を封じ、縛する為の縄です」 「アヤカシの力を…封じる縄?」 呟きにも似た一年生の声に、寮長は頷く。 「そうです。この縄でアヤカシを縛ればアヤカシの動きや力を封じ、速やかに捕獲することができます。特にこの縄の優秀なところは実体を持たない幽霊系のアヤカシも縛することができる点です。その理論を説明するのは難しいのですが、とにかくこの縄はアヤカシを捕獲する為の陰陽寮の道具と思って下さい」 アヤカシを捕える縄。今まで幾度となくあればいいと思っていた道具が思いもかけぬ形で目の前に出てきたことに、寮生達は目を丸くする。 「そんな便利なものがあるのであれば、実戦にもっと利用すればいいのでは?」 そんな寮生達の質問もまたもっともであるが、寮長は小さく笑って首を振った。 「確かにそうなのですが、今言ったとおり、この道具は陰陽寮で管理されている道具。原則として外部への貸し出しは禁止されています」 「どうして?」 「一つには悪用を防ぐ為。アヤカシを縛し利用して悪事に使おうと言う者の手に渡ればいろいろと厄介なことが起きますから。第二に縄の力を超えるアヤカシは捕縛できないこと。いいこと下級か、中級の下くらいのアヤカシしか捕まえられません。加えて志体持ち、もっと言えば陰陽師以外には扱いが困難であることとアヤカシをある程度弱らせてからでないと捕獲できない等の制限もあり、けっして使い勝手が良い道具では無いのです」 「なるほど…」 寮生達は頷く。誰もが使えるアヤカシ捕縛アイテム、そんな訳にはなかなかいかないということか。 「そして何よりアヤカシとの対峙において捕縛などと甘いことを言っている余裕はあまりないということです。アヤカシは人に害を及ぼすモノ。それに例外はありません。陰陽寮がアヤカシを捕縛するのはアヤカシを理解し、陰陽術をより高度に発展させる為。それを良く理解しておいて下さい」 そう告げて後、寮長は今月の実習課題を発表した。 「ある街にアヤカシが現れました。それを捕縛して下さい」 アヤカシ捕獲そのものは以前にもやっている。始めてでは無い。 ただ…。 「街に、ですか?」 「そうです。あまり大きくは無いですが、五行と他国を繋ぐ街道の側にあるので活気のある街です。その街に夜になるとアヤカシが現れ、生者をほぼ無差別に襲っているそうです。既に数名の犠牲者も出ています。皆さんはそのアヤカシを見つけ、捕縛して陰陽寮に持ち帰って下さい」 「倒してはいけないんだね? 相手は何体? どんなアヤカシ?」 「現れるのは女性型のアヤカシ1体。実体のない浮遊型。悲鳴にも似た呪いの言葉を放ち、それを聞くと幻覚のようなものを見るという情報があります」 「倒しちゃダメ、なりか?」 「一体だけのアヤカシです。実体がないとはいえ退治するだけなら駆け出しの開拓者であってもそれほど難しいことではないでしょう。捕獲するからこそ三年生の最初の課題としての難易度になるのです」 「なるほど…」 寮生達はそれぞれが納得したように頷いた。 そしてそれを確かめた寮長は教卓の上の縄を手に取ると 「なお、今回はこの封縛縄の使用を許可します。普通に使う分にはただの縄です。札を外して呪文を唱えた後、アヤカシに綱が触れることで効果を発揮して縛することができるようになるのです。後は、実際に使ってみて下さい」 用具委員長に渡した。使用の為の呪文は符に描かれてある通りであるという。 三年生にとって最初の本格的な実習。 それはある意味一年、二年の課題の復習であり、三年生の課題の予習であると言えた。 もう、寮長も余計な指示は出さないし、ヒントも与えてはくれない。 自分達で目の前に開かれた新しい道を進んで行かなければならないのだ。 彼らは陰陽寮の三年生なのだから。 |
■参加者一覧
俳沢折々(ia0401)
18歳・女・陰
青嵐(ia0508)
20歳・男・陰
玉櫛・静音(ia0872)
20歳・女・陰
喪越(ia1670)
33歳・男・陰
瀬崎 静乃(ia4468)
15歳・女・陰
平野 譲治(ia5226)
15歳・男・陰
劫光(ia9510)
22歳・男・陰
尾花 紫乃(ia9951)
17歳・女・巫
アッピン(ib0840)
20歳・女・陰
真名(ib1222)
17歳・女・陰
尾花 朔(ib1268)
19歳・男・陰 |
■リプレイ本文 ●実習の始まり 今年度も一年生達は実習でお化け屋敷をやったらしい。 どんなものであったかは噂に聞くしかないが、多分、亡霊、亡者などは取り入れたのではないだろうか? 死者の怨念がアヤカシとなる話は夏の風物詩に近い怪談であるが別に出現は夏の頃に限るわけでは無い。 普通の人にとって、ある意味一番身近なアヤカシかもしれない。 「ん〜っ、折々〜! アッピン(ib0840)! これっ! これじゃないなりかね?」 図書室で外を見つめていた俳沢折々(ia0401)は自分を図書室には不似合いな大きな声で読んで手招きする平野 譲治(ia5226)の元へ唇に指を立てながら近づいた。 以前自分達が作ったアヤカシ図録。 その中の一ページを譲治が指差している。 「ちょっと見せて。え〜っと、なになに『恨み姫 悲恋の末、恋する人への思いを残して死んだ女性の恩讐を取り込み生まれたと言われるアヤカシ。その最初の犠牲者は大抵思い人であり、その後、命ある者、希望溢れる者を呪い、死に至らしめる言葉を放つ』…うん、確かにこれかもね」 「恨み姫ならこっちにも記述がありますよ〜。『彼女は命を持つ者を探知するかのように見つけだし、その命を奪うと言う。捕えられた者の多くは世にも恐ろしい幻覚を見てそのまま錯乱すると言われている。意識のないまま心を囚われ死に至る者も少なくない』…寮長は実体のない浮遊型で、悲鳴にも似た呪いの言葉を放ち、それを聞くと幻覚のようなものを見ると言っていますから、多分これですね〜」 今回三年生達に課せられた『実習』はアヤカシの捕縛。 女性の幽霊アヤカシだという相手の情報を少しでも得られないかと彼らはここにやってきたのだ。 「悲恋の末…か。可哀そうだし幽霊は人をおどかすのがお仕事だけど、本当に襲ったらダメだよ。うん、それは領分を超えてる」 解る限りの情報を頭に入れて折々は立ち上がった。側に控えるカラクリ山頭火を見てから寂しそうに呟く。 「本当なら、その苦しみから解放してあげられたらいいんだけど、私達は私達のやるべきことをするだけだね」 そして、気持ちを切り替えるように折々は明るい声を仲間達に向けた。 「そろそろ集合時間だから、行こうか」 「そうですね〜。アヤカシさんを放置しておけませんし、ここはきっちり拉致、もとい捕獲しましょう」 「うしっ! 全力全開っ! 臆することなく行くなりよっ!」 勿論、胸の奥には残るものがある。でも、それを今は胸にしまって彼らは歩き出したのだった。 今回の依頼の基本となるのは一本の縄である。 「これが、封縛縄。便利な道具もあったもんだな…瘴気を抑える仕組みがどんなもんか興味はあるな」 「アヤカシを捕らえる為の縄…瘴気を抑制出来るという事でしょうか…」 用具委員長青嵐(ia0508)が自然預かることになったこのアイテムに、陰陽寮生を始め朋友達も興味津々のようである。 目的の街へ徒歩で向かう彼らの話題の中心がそれであった。 劫光(ia9510)が手に取り、玉櫛・静音(ia0872)に渡り、仲間達の手を通って縄は再び青嵐の手に戻って行った。 『アヤカシを捕える縄。かつて同じ事を考えた人も居たのですね。既に存在していたとは』 小さく笑って青嵐は縄を荷物に戻した。 『主上…』 自分をまっすぐに見つめるカラクリアルミナに笑って、彼はその手を頭に置いた。 小さな傷がついていることは見た目に解るが、誰も何も言わない。 「寮長に頼んでアヤカシ牢で使い方の練習してたんだとさ」 少し離れた後方から独り言のように呟いた喪越(ia1670)の言葉を勿論、横に控えるカラクリ綾音は聞いている。 『真面目な方でいらっしゃいますね』 それには答えず、喪越はワザとらしくはあ、と大きなため息を吐き出した。 「しっかし、まああれだ。やってる事はほとんど火事場の人攫いじゃねぇか」 『アヤカシの魂を緊縛して吊るし上げる……何と卑猥な』 「お前ぇさん、絶対言葉のイメージだけで言ってるだろ」 『モチのロンで御座います。――しかしながら主。本当に宜しいのですか?』 彼の気持ちを読むような軽快なノリツッコミ。しかしその目に何かを浮かべて主を見つめる姿は青嵐のカラクリアルミナに勝るとも劣らない。 彼女は喪越の『願い』を知っている。 「……今はまだ、仕方あんめぇ。憎悪の連鎖を断ち切るにゃ、力も、手札もまるで足りねぇからな。手を合わせながら任務遂行だぜ」 組織に属する責任と義務をフーテンと自称する喪越でさえ、二年以上の陰陽寮の生活で学んでいる。 一人の勝手な行動が時に組織全体を揺るがすことになるのだ、ということも。 「で、もうすぐ街だから後は打ち合わせ通りに。で、一つだけ確認しておかなきゃいけないことがあるんだけどいいかな?」 折々の言葉に今まで僅かながらでも楽しげだった場の空気がピンと張りつめたものになる。寮生達は黙って折々を見つめ折々は仲間達に告げる。 「今回の課題は『捕縛』。捕縛ってことはアヤカシ牢に入れるってことだよね。そして現場は街の中。だったら注意するべき点が一つだけある。皆解ってると思うけど陰陽寮がアヤカシを捕らえているという事実を一般人に知られないこと。もし、それが知られそうになるなら課題が失敗しても幽霊アヤカシと諸々の証拠を隠滅しようと思っているから」 いいよね。と問う主席の提案に勿論反対の言葉は上がらない。 ただ、少し青い顔の泉宮 紫乃(ia9951)を気遣う様に尾花朔(ib1268)やその朋友槐夏が顔を覗き込む。 「大丈夫ですか? 紫乃さん」『紫乃様?』 「…大丈夫です。ありがとうございます」 「あんまり強がっちゃダメよ。無理はしないで」 そう親友に笑いかけてから真名(ib1222)は仲間達に言う。 「じゃあ、私達の身分はとりあえず…アヤカシ退治の依頼を受けた開拓者、でいいんじゃないかしら。嘘じゃないし」 「陰陽寮生である…ということは隠して…変装もしたりして、聞き込み。時々集まって…情報交換…ね」 瀬崎 静乃(ia4468)の言葉に皆頷いた。 「了解。龍で先行しているアッピンちゃんや譲治くんにも言っておくね。それから…紫乃ちゃんの霊騎には後でちょっとお願いもあるんだけどいいかな?」 「はい。なんでしょう」 「譲治君は龍で引いてくれるって言ってたんだけど、荷車を引くならやっぱり…」 「はい」 「そういや、静音。朋友は?」 「真心は留守番です。私も先行しようかとも思ったのですが、帰りにちょっとやりたいこともありますから」 「あ、静音さん。お預かりした薬草はどう配分しましょうか?」 「私や、真名さん、あと双樹さんや紫乃さんでそれぞれ持ちましょうか」 「私は紫乃さんと一緒に歩きます。デートと言えば不自然でもないでしょうから」 「んじゃあ適当に三人一組で回ろう。4チーム作って東西南北に分かれるか。昼は聞き込み、夜も同様の班で見回りってんでどうだ?夕刻に一度情報周知にここで集まろう」 軽い打ち合わせと確認を終えると彼らは分散して町に入った。 「人妖やらからくりやら連れた人間が群れてたらそれだけで目立ちそうだしな」 とは喪越の弁である。 小さな緊張と共に一歩を踏み出す。 三年最初の実習の始まりであった。 ●悲しき物語 シャラーン。 鈴の音が町に響いた。托鉢の尼僧が鳴らした鈴の音、のようだ。 「…ありがとうございました」 「ご苦労様。気を付けてね」 労いの言葉をかけてくれた女性にもう一度深くお辞儀をしてその尼僧は路地裏の方へと歩いて行った。 程なく歩くと花の手向けられた場所がある。 薄黒く枯れているけれども、それはそこで死んだ人を慰める為に置かれたものに違いなかった。 そっと手を合わせると尼僧、ではなく静乃は編み笠を上げ 「…白房」 小さな声、よほど側にいても聞こえないくらいの声で誰かの名前を呼んだ。 『なんだい? 姐さん?』 フッと出てきた管狐に静乃は 「…狐の早耳」 と囁く。 『合点!』 スッと目を閉じた白房の身体が白く光りはじめる。と直ぐに目を開け大きな声で叫ぶ! 『姐さん! 後ろ!!』 「えっ?」 咄嗟に振り返ればそこには黒い影が… 「!」 とっさに身を躱した静乃は改めて強く睨みつけた。 薄ぼんやりした影は確かに女の姿をしている。 と、同時ヒュンと、風を切る音が静乃の横をすり抜けた。 「こっちへ! 早く」 「今は逃げるのだ!」 見ればそこには符を構えるアッピンと譲治がいる。今のはアッピンの霊魂砲であろうか。 「…白房!」 静乃が走り出すと同時、白房もまた静乃の元へ戻る。 全力疾走。 なんとかその場を離れると三人は息を整えた。 「……ありがと。どういたしまして〜。先行していろいろ調べて〜、最初の犠牲者が襲われたという場所に向かうところだったのです〜。間があって良かったですよ〜」 「とりあえず待ち合わせの宿に行って休もうなのだ。そこにおいらの強ややわらぎさん達、折々もいるなりよ」 「うん」 一度だけ振り返り、静乃は仲間達の後を追いかけた。 そうして夕刻。 早い日が沈む頃。 「ここ?」 折々の問いに静乃は小さく頷いた。 さっき、静乃がアヤカシと出会った場所に寮生全員が集まっていた。 「なら、間違いないですね。ここは一番最初の犠牲者が見つかった場所と聞いていますから」 朔が紫乃を気遣う様に見ながら言う。紫乃はさっき聞いた話を思い出して思わず俯いた。また涙が零れそうになる。 「ああ、俺も聞いた。そのアヤカシ、街では悲恋の末に自ら命を絶った女ではないかって言われてるらしい。最初に殺されたのは、その女を玩んだあげくに捨てた男だったんだとさ」 「真面目な女の子に貢がせるだけ貢がせておいて、そのお金で資産家の娘の心を捕えて結婚したんですって。良くある話と言えばよくある話だけど、最低の男よね〜」 「でも、その後はもう無差別にこの界隈を通る人を傷つけて、何人かは殺してもいるそうなのだ。放って置くことはできないなりよ」 劫光、真名、譲治と告げられた思いにそれぞれが頷く。 紫乃も勿論例外、ではない。 これは課題なのだ。しかも放っておけばさらにたくさんの被害が出る。 まだ少し先には人通りもある。もう少し、できれば夜まで待ちたかったが、昼間さえも出てきたと言うのなら事は一刻を争う。 「用意はできてるのだ。でも…探しに行かなくて、大丈夫なりか?」 「あのアヤカシさんには〜、どうやら私達が瘴気を探るように命を捕える力があるようです〜。多分探さなくても向こうから来てくれますねえ〜」 アッピンがそう言った時だ。 「来るわ! 上!!」 真名が声を上げた。既に場にはなっていた管狐紅印が、アヤカシを見つけ攻撃を開始したのだ。 「無理はダメよ紅印、少しの間だけでいいわ」 紅印が作ってくれた一瞬の隙。その間に寮生達はそれぞれが態勢を立て直し、持ち場に着く。 「さあて、いよいよか。双樹は下がってろよ!」 前に進み出た劫光がアヤカシを睨みつける。 そして 『きやああああ!!』 絶望そのものを声にしたような悲しい悲鳴を上げて、アヤカシは寮生達に飛びかかって来たのだった。 ●アヤカシ捕縛 その悲鳴は、路地裏を超えて道向こうまで響いたそうである。 術を孕んでいない声であったのにそれを聞いた者は少なくなく 「なんだ? なにがあったんだ?」 と何人かの男達が路地を覗き込んでくる。 「危ないから、皆下がるのだ!」 譲治と真名が彼らを止めようと駆け寄った時 『シャアアア!!』 さらに獣のような声が響き 「ぐあああっ!」 一人の男が声もなく倒れ込んだ。 「白房!」 静乃が駆け込んだ瞬間、足止めの飯綱雷撃がアヤカシの前で爆ぜた。 「くっ! 早く皆を避難させるんだ。少しでも遠ざけろ!」 その前に劫光が飛び込んでくる。 「解ったわ! 譲治。静乃。その人、運べる?」 「な、なんとか…」 「頑張って! 大丈夫、落ち着いてね」 知り合いが目の前で倒れてパニックになりそうな人を慰めるように笑って、真名は周囲の人々を遠くへと誘導し始めた。 ただ、一度だけ振り向かずに呟いた。 「悲しい声…そんなに憎いの? 愛していた人の裏切りは…」 駆け出していく真名。 家の中にいる人には紫乃が一件一件、声をかけている。 「さてメインの役目は充分に人数がいそうだ。となると、俺達がすべきは…」 「茶々を入れる賑やかしですね?」 「ドンドンパフパフ〜♪ って、ちゃうわ! 騒ぎが悪目立ちしそうになった場合、別の騒ぎを起こして野次馬の目を奪うんだよ。行くぞ」 その言葉通り、喪越も避難誘導とパニックになりそうな人々の目を引きつけている。 「さて、早い所片づけないとね」 その状況を見て折々は目の前の敵を見た。 相手は幽霊。空に逃げられたらやっかいなことになる。 周囲は仲間が飛ばしてくれた夜光虫で薄ら明るいが 「夜の闇はアヤカシにしか有利に働きませんしね」 という静音の言うとおり時間が経つにつれてアヤカシに有利になるだろう。 「青嵐君! 縄の方は?」 『いつでも行けますよ。ただ、寮長が言った通りある程度弱らせないと効きにくいようなので、注意深く攻撃して下さい。アルミナ!』 『了解。主上』 主の命令に従ってカラクリアルミナが攻撃を開始する。 獣爪「氷裂」に光輝刃を纏わせて牽制する。 それにタイミングを合わせるように劫光と朔が牽制の攻撃を繰り返す。 劫光が呪縛符で動きを鈍らせ、逃げようとする空に向けて朔が雷閃を放ち、術を放とうと身構えた瞬間に斬撃符を放つという連携攻撃。 「劫光さん、やり過ぎ注意ですよ」 「解ってる。しかし、耐えるだけってのも面倒な話だな…。! うっ!!」 「劫光さん!」 「だ、大丈夫だ。何か術を受けた感じはあるが、大した事は無い」 守りに貼っていた九字護法陣と双樹がかけてくれた守護童のおかげだろう。 「そろそろ…どうだ?」 遠距離狙撃のアッピン、朔の斬撃符と、アルミナの攻撃。 それらは少しずつ、でも確かにダメージを与え続けている。 折々は横を見る。アヤカシの山頭火は一生懸命、自分の真似をしてくれているが、術はまだ顕現しない。 「やっぱ、いきなりは無理か…みんな。あんまり、やりすぎないようにね。静音ちゃん!」 「解りました。…瘴気よ…」 静音が放ったのは瘴欠片。アヤカシを回復させる術だ。 不思議な靄のような力がアヤカシに吸い込まれていく。 人のように怪我が治るわけでもなく、外見は変わっているようには見えないが、力は回復しているのだろうか。 観察する静音に向かって術が飛ぶ。 「キャアアア!」 「静音!」 訳もない恐怖が静音の全身を駆け抜けていくが 『静音さん! しっかりして下さい!』 自分を揺さぶる双樹に気付き、自分を取り戻す。 「う〜ん、あと少し、だとは思うんですけどねえ。どうですか? まだ、ダメですか?」 アッピンの声に、ずっと直立のままアヤカシを睨みつけていた青嵐は 『折々さん、周囲は?』 「大丈夫。誰もいない。頼んだよ」 その言葉を確認した瞬間。 ダン!! 大きな音共に地面を蹴った。 (正直、この縄が扱いづらいのは解りました。微妙なバランスと力加減は、初めて使うのであれば、私でも難しかったでしょう) でも、彼は幾度とない練習によって、付け焼き刃かもしれないが、その感覚を身に着けていたのだった。 縄を封じていた符を外すと、呪文を唱えた。 「闇より生まれた封縛の力よ。今、我が前に立ちふさがる黒き眷属をその力によって縛せ!」 青嵐が動いたことに気付いた寮生とアルミナは瞬時に動いて正面の場を開けた。 と同時に渾身の力で足止めに入る。 折々と劫光の呪縛符、朔の雷閃、アルミナは背後に回り退路を断ち、頭上に槐夏の人魂が飛んだ。 動きを止めたのは刹那の事であったろうが、その一瞬を青嵐は無駄にしなかった。 口と喉にまず縄をかけ、手を体に結び付け、足を封じる。 縄が完全に結び付けられた瞬間、 ドサ。 あり得ない音を立てて、アヤカシは地面に倒れ落ちていた。 「不思議だね。実体のない幽霊のままなのに『縛られて』る」 「どういう仕組みなんだろうな…っと、こんな話をしている暇はないな。譲治が用意してた箱や荷物は?」 「あちらです」 「よし。運ぼう。…お疲れさん」 『いえ、皆さんこそ』 封縛縄の端を握ったままの青嵐は、もう片方の手を上げて、同じく上げた劫光の手と自分のそれを音高く重ね合わせたのだった。 ●道の先 課題を達成した寮生達は街道を帰路についていた。 中央に紫乃の霊騎千草が引く荷車。その荷台には大箱小箱からかんおけまで、たくさんの荷物が積まれている。 それを守るようにして周囲を取り囲む。 先行して戻っていった龍組を除いても人妖、からくりを含むと総数はかなりなものだ。 この大所帯の開拓者の荷を襲おうとする者はまずいないだろう 「よっ! 遅くなったな」 「お帰りなさい。大丈夫でしたか?」 「はい。周辺には今のところ怪しい気配などはないようでした。あのアヤカシはやはり情報通り単体であったようです」 「そう、それは良かった」 少し遅れて戻ってきた劫光と双樹、静音、真名を仲間達が笑顔で迎える。 念の為数名が周囲に残ったアヤカシの気配がないかを確認していたのだ。 「『積み荷』の方はいかがですか?」 「…大丈夫です。さっき、確認をしましたから」 時折、カタカタと揺れる音がする。 それを聞きながら紫乃はキュッと唇を噛みしめた。 『もう大丈夫ですよ。居合わせた開拓者の皆さんが、アヤカシは退治して下さいましたから』 そう町の人達に報告した後、聞いた話が忘れられない。 『あの子も哀れな子だったよ。自ら命を絶った後、残された母親は生きる気力を失って死んじまったしなあ。もし、愛している男に裏切られたりしなけりゃこんなことにはならなかったろうになあ〜』 アヤカシと化した時には既に、人の心は残っていない。人であった娘とアヤカシであるアレは別の「モノ」だ。 と頭で解っていてもそう簡単に紫乃には割り切ることはできなかった。 「……慣れませんね、何度やっても……これも必要な事なのに」 心配そうにこちらを見る朔に重い気持ちをむりやり飲み込んで微笑んでみせる。 その時 ガタン! ガタガタガタ! 突如積み荷が大きな音を出して動き出した。身構える寮生達だが、動いた荷物はアヤカシの入っている『箱』ではなく横の棺桶? ガタン! 『おはよう御座います。……ふむ。これは良いベッドですね』 ゆっくりと蓋を開け出てきたカラクリに皆、はあ、ともほお、ともつかない息を吐き出す。 「もう! 脅かさないでよ〜」 抗議するように真名が膨れて見せるが、それをきっかけに周囲には笑い声が広がって行く。 ポン。 紫乃の頭を大きな手が叩いていく。 「あんま背負いこみなさんなよ」 そう言って去って行く背中を見送るうちに紫乃は少し胸が軽くなるのを感じていた。 カタカタと積み荷はまだ動く。 (ごめんなさい) そう思う気持ちは消えないけれど、しっかりと向かい合っていくことはできそうだった。 これは自分の選んだ道だから。 大切な人を守る為に…。 その後、帰還を果たした寮生達は寮長から合格の告知を受ける。 捕えたアヤカシはアヤカシ牢の中に寮生達の手で放じられた。 決して出ることのできないこの中で『彼女』はこれからも人を呪い続けるのだろうか。 人に向けて限りない怨嗟の声を上げ続けるアヤカシ達の中では、それはもう寮生達には聞こえなかった。 間もなく二年生達もこの扉を開ける日が来るのだろうか。 いつか一年生達も。 そんな思いを胸に寮生達はアヤカシ牢の扉を閉め、三年生初めての実習を終えたのだった。 |