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■オープニング本文 夏の終わりの五行の河原。 「おーい。お化け屋敷が開店したってよ〜」 そんな声に下町の人々は 「お! やっと来たか」 「これがないと夏が終わらねえんだよな」 期待と喜びに胸を膨らませて集まってきていた。 だがそこにいたのは…。 「さあさあ、俺っち達のお化け屋敷にとっとと入んな!」 ゴロツキ風情の男達。 「一回100文だ。入った、入った!」 周囲を取り巻く人達を『強引に』中に引きこんでいるらしい。 中からは時折悲鳴が聞こえる。 だが、それはお化け屋敷の楽しい悲鳴では決してなかった。 「お化け屋敷…を??」 布団から身を起こした人物にはいと頷いて、青年は続ける。 「…しかも、そのお化け屋敷と言うのがただ掘っ立て小屋に黒い布を貼っただけのちゃちなもの。例年のお化け屋敷の評判を聞きつけてやってきた客を無理やり引き込み中で客を包丁で脅かすと言うのですからお話になりません。どうしましょう。頭領。このままでは町の治安が…」 報告を聞いた『頭領』は頭を抱える。 「確かに放って置く訳にはいきませんね。とはいえ彼等がここまで積極的な手段に出て来るとは…」 「今まで頭領の威光を恐れていた連中とは思えませんが…」 「私が動けないのを解っていて勝負に出てきたのでしょう。朱雀寮の皆さんのお化け屋敷の成功を見てやすしと思ったのかもしれませんが…甘いことを」 「頭領? どうしますか?」 「私の身体が動けば、勝手はさせないのですが。…仕方ありません。今年もなんとかお力をお借りできないかとお願いしてきて貰えませんか?」 「解りました」 そうして、青年がある場所に向かったのが数日前…。 陰陽寮朱雀の一年生にとって初めてとなる合同演習授業の日。 一年生講義室では陰陽寮寮長、各務紫郎の講義が行われている。 「陰陽術というのは、アヤカシの根源である瘴気を我がものとして使う術です。瘴気と言うのは目に見えず、でも当たり前のように周囲に存在します。瘴気という力にはまだまだ謎が多く、陰陽師はその力を行使こそすれ増加させる術も、消去する術もほとんど持たないのが現状です」 いよいよ始まった陰陽寮一年生の授業。 最初は例年瘴気と陰陽師の術について心構えと共に語られるのが通例である。 「瘴気と言う力はアヤカシの根源。陰陽師は式と言う短命なアヤカシを術によって組み立て利用します。アヤカシを退治する為にアヤカシの力を使うということで陰陽師を忌避する者も今もって少なくはありません。ですが…」 寮長は言葉をいったん止めて寮生達を見る。 「どんな力も結局は行使する者の心次第。故に強い力を持つ者こそ、より強い心を持って正しく術を使用することが必要なのです」 毎年の一年生達に繰り返し語られる言葉。 今年の一年生達がそれをどんな風に聞き、何と思ったかは解らない。 寮長もそれを言葉や返事で確かめることはせず、代わりに 「さて、ではこれから演習を行います」 彼等を見回し、そう告げた。 一年生達の間に緊張が走る。その緊張が冷めぬまま 「講義はここまで。外出の準備をして半刻後、門の前に集合」 「起立、礼、ありがとうございました!」 寮生達はそれぞれ立ち上がると、大急ぎで準備を始めたのだった。 そして、結陣の一角。下町の小さな河原。 寮生達はある男達と向かい合っていた。 古い平屋の掘っ立て小屋がそう遠くない距離に二軒。 そのうちの一方の前に寮生達が立ち、もう一方を男達が背にしている。 「これから演習としてお化け屋敷実習を行います」 と寮生達が聞いた直後、彼らはやって来たのだ。 「同じ河原でお化け屋敷が二軒あったら商売になんねえ。とっとと消えな!」 そう凄んで見せたがそれに慄く者など朱雀寮には多分いない。 男達を無視して寮長は説明を続ける。 「これから一年生は皆で力を合わせ、ここで一週間のお化け屋敷興行を行って下さい。建物は自由に使って構いません。基本的な衣服や道具はここの持ち主である全法寺殿がご用意して下さる事になっていますから」 「聞いてんのか。ごらぁ!!」 凄んで寮長の胸ぐらを掴もうとした男達は、ピタリと動きを止める。 目の前の男から立ち上る気配に、そしてそれを見つめる寮生達に只ならぬ何かを感じたようだ。 「誤解があるようですね。これは毎年恒例の我々陰陽寮の実習なのです。素人のやるお化け屋敷に仮にも本職の的屋が叶わないと言うのであれば、それこそどこに行っても勝負になどなりますまい」 「お、陰陽寮?」 眼鏡を持ち上げて冷たい声で言う寮長の言葉に、彼らなりの的屋のプライドが傷ついたのだろうか。 「言いやがったな! よし。それじゃあ勝負してやるぜ。お前らの実習興業やらの間、お前達のお化け屋敷が俺達よりも人数を集めたらお前達の勝ちだ。俺達はここから引いてやる。但し、負けたらお前らの売り上げを全部頂いてやるぜ!」 「覚悟してろ!」 男達は勝手に自己完結して、勝手に去って行ってしまった。 やれやれと肩を竦めた寮長は話を続けましょう、と笑っている。 「この実習は例年一年生が最初にやる課題であり、下町の夏の風物詩になっています。勿論、術を使っての演出を許可します。朋友に協力して貰っても構いません。但し、絶対にお客を傷つけてはなりません。また建物を壊してもなりません。これは絶対の約束です。後の事は全法寺殿に伺って下さい」 「あの連中の事は良いんですか?」 そう聞いた一年生もいたが、寮長の返事は 「気にする必要はありません。別に我々が勝負を受けて立ったわけではありませんからね。貴方達は貴方達のやるべきことをしっかりやりなさい」 自分達のやるべきこと。 陰陽寮最初の実習がいきなりお化け屋敷で、気が抜けると言えば抜けるが毎年恒例の授業と言うのであれば文句も言えない。 与えられた課題の中で自分達で考えて、やるべきことをする。 陰陽寮朱雀、新一年生にとって始めての課題、初めての実習が今年も、始まろうとしていた。 |
■参加者一覧
雲母(ia6295)
20歳・女・陰
雅楽川 陽向(ib3352)
15歳・女・陰
比良坂 魅緒(ib7222)
17歳・女・陰
羅刹 祐里(ib7964)
17歳・男・陰
ユイス(ib9655)
13歳・男・陰 |
■リプレイ本文 ●はじめてのじっしゅう 一年生の最初の実習がお化け屋敷の興業実習と聞いて、一年生達が持った感想は様々であったようである。 「初めの課題が化物屋敷か…。ケモノ共を狩ってこいという事じゃな」 「違う、違うって!」 世間知らずの比良坂 魅緒(ib7222)にユイス(ib9655)は軽く説明する。 「お化け屋敷ってのは、偽物のアヤカシとかを作った見世物小屋で、安全な怖さを楽しむものなんだよ」 「? ふむ、では、陰陽術で驚かせろ。と。怯える為に金を払うとは…市井の者どもは皆こうなのか?」 「皆とは言わねえが良くある出し物だ。なあ、陽向?」 「そ、そうやね。なつはけっこうにんきのあるだしものやね」 棒読みで答える雅楽川 陽向(ib3352)の笑顔はどことなく引きつっている。 「おいおい、大丈夫か?」 心配になって近寄った羅刹 祐里(ib7964)に陽向は 「あ、だいじょうぶ。はじめてのじっしゅうやから、が・がんばる」 笑みを作って答えていた。 「お化け屋敷ねえ〜」 小さく苦笑するように笑ったのは雲母(ia6295)である。 子供だましのような企画を嫌がるかとも思ったが、 「術を行使して、か。術の発想と操作が大事ってところかね」 結構やる気を見せているようだ。 その様子に頷いて 「じゃ行こうか!」 ユイスは仲間達を促す様に声をかけ、彼らは目的の場所へと歩き出した。 彼らの実習会場となるのは河原にある掘っ立て小屋である。 それなりの広さはあり掃除は行き届いているが、キレイとは言えない。 「ふ〜ん、中はこんな風になってるんだ〜」 中を軽く見て回った後、一年生達は出し物の相談を始めた。しかし 「どうも纏まらねえなあ…」 ため息をつく様に祐里は大きく息を吐き出す。 いくつもアイデアは出るのだがそれが微妙に一つに纏まらない。 「人も少ないから分担しないと。出入り口を担当する人が最低一人、ゴロツキ連中への対策もしなければならないね」 「な、ならうちは、出入り口担当にさせてもらえへんかな。…ほら、おばけやしきでたおれたひとがおったら、こまるねんから。うちが、いちばんにたおれたら、あかんやろし」 「それはそれでいいんだけど、中を四人で回すのもなあ〜」 頭を抱える祐里に追い打ちをかけるように雲母は少し離れた場所から言い放つ。 「私はゴロツキ連中を相手にしてやる。中の頭数には入れないでおけ」 「おい! むしろ我はあんたに代表っていうかメインをやって欲しかったんだぞ!」 「やらん。慣れ合わんと言った筈だ。無論、成功の為の仕事はするがな。だから、ゴロツキの面倒は見ると言ったんだ。荒事は苦手だろう? 貴様ら」 「だからって、みんなで楽しまなきゃ意味ないだろ!」 「まって、祐里くん!」 立ち上りかけた祐里をユイスは宥めるように引き留めた。 ふん、と雲母は顔を背けてしまう。 「じゃあ、時間もないし、できるだけ纏めて行こうよ。お化け屋敷の中はメイン三人で回すけど、手が足りない時は手伝ってくれるよね」 「う、うん。がんばるから」 手を握り締めて陽向は答える。その頭をポンと叩いた雲母は答えないが、無言は肯定と取ることにする。 「よし、じゃあ、始めよう!!」 それぞれが動きだし、準備が始まる。そんな中、雲母は一人、少し離れた向こう。 人気のないお化け屋敷を、見つめていた。 ●朱雀寮のお化け屋敷 「ふう、ありがとう。助かったよ」 その青年は安堵したように自分を助けてくれた女性に礼を言った。 「気にしなくてもいい。邪魔したかと思ったが…」 「いやいや、退屈しのぎに噂のお化け屋敷を見に来たのは確かだけど、あんなゴロツキ連中に絡まれるとは思わなかったんだ。しかも入場料100文だって言ってたのに出てきたら、追加料金とかいうんだ…困ったもんだよ」 「ふむ、なら別のお化け屋敷を紹介しようか? 明朗会計。大人でも子供でも楽しめる朱雀寮のお化け屋敷が向こうにある」 「へえ〜。じゃあそっちに行ってみようかな?」 そう誘われて青年はもう一つのお化け屋敷にやってきた。確かにさっきの場所とはムードが違う。 入口には大きな龍と戯れる子供達。 冷やし飴を飲みながら楽しげに笑う大人達。 「いらっしゃいませ〜。お一人ですか? 80文です」 白い耳の獣人の少女の笑顔と 「では、いってらっしゃいませ〜〜」 怪しい声に見送られ、彼は館の中に入って行った。 入口を入ると中は真っ暗。その中でふわりと青く光る蝶が目の前を通り過ぎていく。 「さて、お客人」 「ひっ!」 背後から突然現れた声に青年は怯えたように振り返った。 そこには青白い炎に照らされた背の高い赤褐色の肌の鬼、いや、修羅が立っている。 「ここは、ある人物の心象世界。お主はそこに迷い込んだ。ここから抜け出す方法はただ一つ。蒼く光る蝶を追いかけて鍵となる修羅の女の亡骸を見つけ出す事だ。荒らされた工房を抜け、森を辿り、最後の墓地まで…。一人で行くか。それとも我と共に謎を解くか…」 闇の中、響く低く深い声はまるで地獄から響いて来るかのようで、青年はとっさに首を横に振っていた。 「い、いや大丈夫です。一人で生きます」 「ならば、行くがいい。蒼き蝶がお主を導く…」 すうと光が消えると共に主らの姿は消え、あたりはまた真っ暗に戻った。 「ど、どっちに行けばいいんだ?」 きょろきょろと首を巡らせる男性の前に、す〜っとまた青く光る蝶が横切る。 (『蒼き蝶が…お主を導く』) さっきの修羅の声を思い出して、 「待て!!!」 青年は必死に後を追いかけたのだった。 時間にしてみればそんなに長い時間では無かった筈。 しかし、青年にはとてつもなく長い時間に感じた。 一人で土蔵のような工房から、森を抜けこの墓地に至るまで、彼は普通ではできない体験をいくつもしていた。 工房では不思議な幻影を見たり、壁に貼られた絵からいきなり蝶が飛び出して来たり、足元を蛇が走ったり。 森の中では妖精のような人形が突然踊りだした上に、二つに分裂して顔の横をかすめて行った。 他にもいくつもの仕掛けが彼を驚かしていたのだ。 でも最初の男が言ったことが本当なら、この墓地がゴールの筈。 彼はゆっくりと進んでいく。 この墓地に入ってから何故だか。身体がどんどん重くなっていくのを感じている。 それでも足をなんとか前に進ませていくと、そこに白い服を来た長い髪の女性が立っていた。 美しい後姿。 「やった!」 と駆け寄りかけて彼は思い出す。男は言った。 『最後に出会う女性の亡骸』と。 青年が立ち止まった瞬間、その女は振り返り、真っ白な顔ににたりと笑みを浮かべて後、ふらりと倒れた。 「えっ!」 と同時に落ちる岩首の音と不気味な悲鳴。 女のものか? いや、違う! この女の意識を失わせるほどの何かがいる? 「うわあっ!」 恐怖に耐えきれず走り出した男の先に蒼い蝶と、白い光が見えた。 「出口だ!!」 飛び出た瞬間、彼は目の前が真っ白になる。暗闇から急に飛び出した為と 「ぎゃあああ!」 目の前に現れた巨大な龍の顔に驚いた為。 「おかえりなさ〜い。お化け屋敷コースお疲れ様〜。はい、冷やし飴どうぞ〜。ってあれ?」 出迎えた陽向の前で、青年は暫く意識を取り戻すことはできなかった。らしい。 と、そんな話を聞き、朱雀寮のお化け屋敷には徐々に人が集まりだした。 お化け屋敷だけではなく、冒険や宝探しの要素も含めたコースもあって、歩くコースは同じだが何度も楽しめる。とリピーターも増えているようだった。 街でお化け屋敷の宣伝をする者達もいる。 日に日に人が増え、繁盛する朱雀のお化け屋敷。 だが、それを彼らは当然、面白く思ってはいなかった。 ●お化け屋敷を守る者 翌朝、並ぶ客を蹴散らす様にして男達がやってきた。 「よ、よくも馬鹿にしてくれたな!!」 いきり立つ男達が実習前に注意されたゴロツキ達であることは理解できる。 中にいる仲間に合図したのち、受付の陽向は小首を傾げる。 「馬鹿にしたってどういうこと? うちらは特になんもしとらんよ!」 「とぼけんな! こっちの客にちょっかい出して引き抜いただろう! しかも変なことして脅かしやがって…」 「変な事とはご挨拶だね。ボクはただ、メイクのまま寝てただけ。それを勝手に勘違いして逃げただけだろう?」 お化けの扮装のまま出てきたユイスが蔑む様に男達を見た。 「ちっ!!」 舌打ちする彼らから察するにお化け屋敷を壊そうと忍び込んで逆に脅かされたようだ。 「そればっかりじゃねえ! まあいい。目障りなんだよ。もう我慢ならねえ! こいつら畳んじまえ!!」 「おう!!」 男達が手に手に武器を持って襲い掛かる。 「お客さん! こっちや!!」 とっさに陽向とユイスは並んでいるお客を彼らから離れるように誘導した。 後を追おうとする男。だがその剣は 「うっ!」 鈍い悲鳴と共に地面に落ちた。 客達を、守るように庇う様に雲母が前に進み出たのだ。 「弱き者を脅しそれで私腹を肥やすか」 ほぼ丸腰の女一人、と見たのだろう。 「怯むな! かかれ!」 男達は飛び込んでくる。だが、 「な、なんだ。これは!!」 彼らの足は直に止まった。 まるで地面に縛られるかのように動きを止める足元に不気味なアヤカシが見える。 「う、うわああっ!」 悲鳴を上げた男の背後に回り込んだ雲母はその首もとにひたと包丁をつきつけた。 「…私はそこらの連中より人間はできてないからな。とっとと去れ。さもなくばもっと恐ろしい目に遭うぞ」 「ひい〜」 腰を抜かした男にふと息を抜いた雲母の背後を狙って次の男が来る。だが、それは 「ぐあっ」 彼女に指を触れる前に地面に崩れ落ちた。 「我達のお化け屋敷は皆で守る。一人に押し付けたりしない」 斬撃符を放ったのは祐里であった。見れば魅緒も出てきて呪縛符で敵をけん制している。 「フッ」 小さく笑った雲母もまた敵に向かい、数分後に残ったのはボスらしい男一人であった。 「さて、残るはお前一人だ。このまま退治してもいいが、どうせだ。我々のお化け屋敷、見ていくがいい。これよりもっと恐ろしいものが見られるぞ」 雲母は男の周りにアヤカシの幻影を浮かべる。 祐里達は既に持ち場についたようだ。雲母は震える男の腕を掴むと 「陽向。任せた」 ぽい、と陽向の方に投げたのだった。 「えっ? うちもゴロツキさんと入るん?…皆の演出、気になるから別にかまへんけど受付頼んだで?」 か細い声で頷いた陽向の代わりに受付に座った雲母は 「うぎゃあ!」「ぎえ〜っ!」「た、たすけてえ!」 やがて中から聞こえてきた陽向の金切り声に満足そうに頷いた。 「さて、こんなお化け屋敷だ。興味のある方はどうぞ」 アヤカシの幻影を消して後、雲母は笑ってお客達にそう言って見せた。 その後、お客が以前にも増して殺到したのは言うまでもない。 「うち、アヤカシは平気やけど、お化け屋敷は嫌いやねん…。 …陰陽師でも、お化け屋敷は怖いねん!」 お化け屋敷から出て着た後、そう言って泣きじゃくる陽向をよしよしと、魅緒は頭を撫でながら慰めたのだった。 「くそっ! 覚えてろ」 芸のない捨て台詞を残して去った男達は逆に脳に刻むことになる。 「これに懲りたらお化け屋敷には手を出さないことだね。今度は脅しじゃないよ」 意識の消える間際聞こえたそんな声を…。 ●それぞれに思う事 興業実習最終日。 最後の客を送り出した一年生を前にやってきた寮長は静かにこう告げた。 「実習そのものはとりあえず合格としておきましょう」 「やった! でも、とりあえず、て?」 嬉しそうに飛び跳ねた陽向であるが評価の中に混ぜられた言葉が気にかかる。 「まず、直接の危害はないとはいえ一般人に術を直接行使したのはあまり良くありませんね。例えば呪縛符で身体を重くするなど直接の方法でなくても工夫できることはあった筈です。志体を持たない一般人に直接の行使は危険を及ぼす可能性もあります」 「あ! …確かに…」 俯く仲間を庇ったわけではないだろうが、雲母が煙管を回して言う。 「負傷させたり、傷つけたりしない術なら使っても問題ないと思ったのだがな」 「そこは加減と工夫とも言えますが、やはりお客様に向けて直接術を放つというのは危険であると考えます」 「解った。その辺は理解する」 寮長の指摘は間違ってはいない。素直に頷いた一年生達にさらに彼は続ける。 「それから、術の使い方もアイデアとしては優れていましたがコストを考えるとどうでしょうか。術でしかできないこともありますが、術以外でもできることに術を頼るのはあまり良くありませんよ。練力や道具も無限ではないのです」 自分の事かもしれない、と感じたのだろう。魅緒と陽向は下を向いてしまう。 「後は協力体制、ですかね。個々のアイデアに秀逸なものは多くありました。それを互いに連携させていけばより効果を高めたかもしれません。その辺は、もうお互いに気付いていますね」 確かに話し合いの時から噛み合わない所も多く、ギリギリで纏め上げるのが精いっぱいだったことに反省はある。 少し、シュンとした一年生達を、だが慰めるように寮長は続ける。 「とはいえ今回は始めてですし、最初から上手くいかなくても仕方ないでしょう。一生懸命やっていた。来客に対する気遣いや優しさは見られたという報告もあります。そして来客者を守り、楽しませたことは評価できますよ」 御覧なさい、と寮長は小屋の外を指し示した。 興業は終わったのに周囲には名残惜しそうにこちらを見つめている客が少なくない。 楽しそうにお化け屋敷の思い出を親に話す子供も。 けっしてゴロツキ達のお化け屋敷では見られなかった光景だ。 「興業中、皆さんも見た筈です。人々の幸せそうな笑顔。朱雀寮の精神はあの笑顔を守る事、です。一年時は特に互いの協力が重要視される課題が少なくありません。今回反省点があると思ったら、次回以降はそれを改善していくこと。以上です」 寮長の評価を一年生達はそれぞれの思いで聞いていた。 その後、全員で掃除をし小屋を元に戻した。 「そういえば、ゴロツキ連中は途中でお化け屋敷を諦めたみたいやね。なんでやろ」 掃除の最中、ふと呟いた陽向の言葉に祐里は興行中、案内をした少女の姿を思い出した。 『早く皆の所に行ってあげて下さい。頑張って』 (もしかしたら…あれは…) さっき寮長は「報告があった」と言っていた。 おそらく、この実習を見守る者達がいたのだろう。 「おせっかいな連中がいたのだろうさ」 「毎年恒例と言っていたね。もしかしたら来年の一年生がここを使うのかもしれない」 雲母やユイスも小さく笑う。 「まあ、なかなか面白かったな」 来年はここでどんなお化け屋敷が開かれるのだろうか? こうして小屋はまた眠りにつく。 五行の夏は終わりと共に。また来年の夏まで…。 |